2018年12月23日日曜日

クリスマスパーティー

   22日は長谷やんファミリーの合同パーティーの予定だったが、凜ちゃんが熱を出したので、夏ちゃんファミリーとだけになった。
 凜ちゃんについては、今さら一喜一憂しないが少々残念だった。

 くす玉を割って、クリスマスソングを歌って、シャンメリーの栓を道の向こうまで飛ばした。
 くす玉からは昨日の記事に書いた「ふわふわちょうちょ」のキッドも落ちてきたが、近頃少々横着になってきた夏ちゃんは私が作っておいた凜ちゃん用の完成品を欲しがった。(左の写真の夏ちゃんの頭の上に降ってきたのがちょうちょのキッド)

 妻がサンタの帽子をかぶって、私がトナカイのカチューシャを着けて隠しておいたプレゼントを手渡した。
 この年頃の子どもには何を贈ろうかと思案した結果だったが、夏ちゃんは大いに気に入ってくれた。
 パーティーの後半はプレゼントの一つのマジックキッドを順に夏ちゃんが披露して楽しく大騒ぎをした。
 凜ちゃんファミリーの分までクリスマスケーキを平らげたらお腹がいっぱいになった。
 
   この日は、夕方近くまで「古都奈良の文化財 世界遺産登録運動20周年記念講演会&奈良歴史遺産市民ネットワーク総会」だったので、ついでに東向き商店街で極めて素朴な柚子を買ってきた。
 で、話は前後するが、パーティー前にみんなが冬至の柚子湯に入った。

 「チコちゃんに叱られる」で言っていたが、12月25日はキリストの誕生日というよりも「キリストの誕生を祝う日」で、「それなら冬至の日にしよう」となったという説が有力らしい。
 冬至の行事とクリスマスを一緒に行ったわが家の22日は、そういう原点のような日であった。

   鈴鳴らす孫に押されてジングルベル

2018年12月22日土曜日

ギフチョウが飛んできた

 ギフチョウ 学名 Luehdorfia.japonica 分布 日本の本州のみ 愛称 春の女神 ・・が飛んできた。
   You Tubeで「幸せの青い蝶」とか「ふわふわちょうちょ」と検索すると出てくる。

 友人のひげ親父さんが私の二人の孫にとプレゼントしてくれた。
 凜ちゃんには工作は無理なので私が作ってみた。
 微妙にぎこちなく(だから蝶らしく)ヨーヨーの感じで上下に飛んでくれる。(カオスとフラクタル???)
 予想以上に楽しい工作だ。

 このブログのおかげで、二人の孫は友人たち共通の孫のように気遣ってもらえている。
 「酸っぱい蜜柑を好きやろうから」などと言って重い蜜柑をいただいたりもする。
 ありがたいことである。
 さて、1年生の夏ちゃんはこの工作をよう仕上げるだろうか。
 クリスマスパーティーのくす玉からこのキッドが飛び出すように仕掛けている。

   青虫は夢見る故に蝶になる

 あのはらぺこ青虫がどうして想像も及ばない美しい蝶になるのか。きっと美しい夢を見ているうちにそうなるのだ。夢見ない青虫は蝶に成れっこないに違いない。夢は成長の母である。

2018年12月21日金曜日

花柚(はなゆ・はなゆず)

   「桃栗三年柿八年柚子の大馬鹿十八年」ということわざがあるように柚子の木に実が生るのは大変遅い。
 ところが「一歳柚子」といって1本でも1年目から実の生るのが花柚(はなゆ・花柚子はなゆず)で、「代々(橙)家が栄える」などという語呂合わせは別にしても、植木鉢にでも植えておくと料理や柚子湯に重宝だ。

 ほんとうの柚子に比べると相当小ぶりだし「香りもおちる」と書いてある本もあるが、しかし、料理にはこちらの柚子の皮の方が色が綺麗だし、私は香りがおちているようにも思わない。

 その小ぶりの木が庭の隅にあり、適当に料理に使いながら、冬至前にはご近所や友人たちに配っていた。(と過去形)
 しかしその習慣をこっそりと縮小し、お隣さん以外に配っていたのを今年から取りやめた。

   その理由はただ一つ、孫の夏ちゃんのためである。
 以前にも書いたことだが、夏ちゃんはこの花柚が大好きで、普通の温州ミカンのように剥いて実を食べる。
 わが家にやって来た時には自分で収穫して食べるから、木に残しておいてあげなければならない。夏ちゃんの家に行くときのお土産にも置いておかなければならない。

 そんなことで明日の冬至の柚子湯にも3個ほど使用するだけになるだろう。

   柚子の香や一陽来復という温湯

2018年12月20日木曜日

ホワイトハウスへ署名を送信した

 県民投票まで辺野古の工事を停止することを求める米大統領あての電子署名が10万筆を超えている。20万を超えるとホワイトハウスのHPに表示され、何らかの行動が示されるらしい。
 そんなニュースを読みながら拱手傍観していては自分自身が許せない。
 ・・で、初めてのことだが私も参加させていただいた。
 「案ずるより産むがやすし」の言葉もある。
 私でも簡単にできた。少し気分がいい。
 さてその方法だが、

 沖縄タイムスの下記の電子版にアクセスするとホワイトハウスへの電子署名の仕方が書いてあり、ホワイトハウスのサイトのアドレスが出てくる。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/361226 (左のアドレスを反転させてクリックする)

 あとはその記事を読めば解るが、そこに付けてくれているサイトのアドレスをクリックするとStop the landfill of Henoko/Oura Bay until a referendum can be held in Okinawa という署名サイトが出てくる。

 その右下枠に 名前
        姓
        アドレス を入力し Sign now をクリックする。

 そこでメールを開くとホワイトハウスから確認のメールが届いている。

 その中ほどの青色の Confirm Your signature by clicking here をクリックして本人確認を承認する。

 場面が変って、タイトルの上に、草色の You‘ve successfully signed the petition below.Your signature has been verified というのが表示されておれば完了している。

 なんということはない。私にもできたのだから皆さんならすぐできる。

梅酒の梅

 友人のひげ親父さんから「梅酒の梅」をいただいた。
   梅酒の梅は、私などはただただそのまま漬け込んでおいてたまに食べるだけだが、これは一旦出して甘い紅茶で再び漬けたという手の込んだものだった。
 柔らかくて中から梅酒がじゅわ~っと出てくる立派な作品(料理)だった。

 これは一般的にはデザートなのかもしれないが、あまりに美味しそうだったので、食前酒代わりにいただいた。
 わが家では元旦の初行事に大福茶をいただくが、それに似たある種「主人公」の貫禄だった。

 奈良の和菓子店千壽庵吉宗に梅蕊(ばいずい)という梅をじっくり蜜に漬け込んだ和菓子(梅グラッセ)があり好物だが、それに優るとも劣らない。
 あっという間に夫婦で四ついただいた。

 先に触れた大福茶だが、わが家では元旦の第一番目の行事である。
 若水で小梅入りのお茶碗に煎茶を淹れそれをいただく。
 種を出すのに「歯を立てるな」というしきたりだ。

 その後、改めてお屠蘇をいただいて「おめでとうございます」というのだが、ここ数年は息子も娘もパートナーの家に行っているから夫婦二人だけで乾杯する。
 なので宴会風のお正月は後日となるがこの落ち着いた正月が今では気に入っている。
 という大福茶代わりにこの梅をいただこうかと思ったりするが、きっとお正月まではもたないだろうな。

   貫禄は大福茶並みの梅酒の梅

2018年12月19日水曜日

圓宗雑華

秋にあった東大寺福祉事業団のチャリティーバザーで、瑞氣集門と書かれた上司永照師の「書」を購入した。
一生に一度のことだからと妻に頼み込んで購入の許可を受けた。というほどソコソコの金額のものだった。
「情けは人の為ならず」だからと妻も了承してくれた。
通常は額縁で装幀するらしい形だが掛軸にしてもらった。
こういう風に掛軸を注文したのは人生初のことだった。

その掛軸に装幀されたものがようやく届いた。
ところが、バザーのときには書の中心しか見ていなかったが、いざ届いてみると、かろうじて読める東大寺という文字の上の四文字が達筆過ぎて読めない。
そこで浅学が恥ずかしいが東大寺に問い合わせたところ、「圓宗雑華・東大寺」であることがわかった。そこまでに2日間を要したが。

そこで解ったことは次のとおりである。
華厳宗(けごんしゅう)の華厳とは「美しく飾る」を意味する。
すなわち雑華巌飾を言う。
華厳とは「雑華をもって仏を荘厳する」ことを言い、雑華とは花総てを意味する、また「華は花と菩薩の実践(行動)を言い厳は飾る」とも言う。

華厳経も元来は『雑華経』すなわち「様々な華で飾られた・荘厳された教え」とも呼ばれていた。

さらに圓宗とは、華厳宗や天台宗の宗旨。また、華厳宗や天台宗の別称というのも知った。
よって「圓宗雑華」は華厳宗の別称であり、「華厳宗東大寺の上司永照」との署名であるらしい。


次に書のテーマである「瑞氣集門」だが、これは「めでたいことが起る兆しの氣が、すでにあなたの玄関先に集まっている」「めでたい氣が、あなたの家に集まってくるように」といった意味。これは文字から受けた直感どおりで満足している。

集門といっても瑞氣を内に招き入れるかどうかは私の心がけだろう。
論としては親鸞の他力本願に頭を垂れている私だが、素直に心がけを信じたい。
年の暮れに素晴らしい掛軸を手に入れた。
少し清々しい気持ちでお正月を迎えられそうな気がしている。

  新しい軸で迎えるお正月

2018年12月18日火曜日

和包丁

 切る、切れるは「縁が切れる」を連想させる忌み言葉の代表選手みたいに思われているが、「災いを断ち切る」「未来を切り開く」と言えば正反対になるので、和包丁で有名な堺では当たり前に包丁が贈り物になっている。

   写真の和包丁はそんな特別の思い出もない極めて普通のものだが、どう考えても30年は使っている。堺石藤のものだから赤旗まつりで購入したのは間違いないが、それがいつのことだったかは記憶の彼方である。 
 その柄が弱ってきたので付け替えたのも赤旗まつりだった。それからでも20年は経つのでないか。とすると購入したのは40年前か。

 今般その柄が壊れたのでホームセンターで柄を購入して自分で付け替えたが、鉄の方も相当錆びついていたからこの次は寿命と思わなければならないだろう。

 よく考えると、その間、出刃、小出刃、菜切り、柳刃などいろいろ包丁を買ってきた。ペティーナイフやステンレス製の中では上級の包丁も買った。しかし、やっぱりこの三徳風の和包丁が一番スッキリ来ている。
 今回もよう捨てずに修理した理由もそこにある。

   錆の中打ち刃の技あり和包丁

2018年12月17日月曜日

昔取った杵柄

   老人ホームのお餅つき大会を行なった。「参加した」と言いたいところだが、いつの間にかメーンスタッフの一員になってしまったので「行なった」とあえて言う。

 薪(まき)カマドと羽釜(はがま)で蒸しあげたが、1週間前の別のお餅つき大会のプロパンガスと違って気持ちがよいほど蒸気が上がった。薪(たきぎ)おそるべし。”蒸気機関はなるほど”・・と大いに感心。
 結果、お餅も綺麗にできあがった。

 私は4本の杵?を持参した。
 一つは写真のとおり、恥ずかしがって照れている孫の夏ちゃんの持っている子ども用の杵(これは既製品)、もう一つはペットボトルで作った特製の杵、もう二つは発泡スチロールで作ったこれも特製の杵、いずれも基本的には入居者用である。

 そして入居者も104歳を筆頭に何人もが参加してくれた。
 車椅子のままでも気合はみんな100%餅つきモードだった。
 ホームのスタッフが「あの人があんなに上まで腕を上げたのは見たことない」という光景が続出した。
 参加者一同の掛け声が揃うと気合が入るのだろう、「目の色が変って来た」というほど真剣に振り上げてくれた人もいた。
 そうなると勢いペースは中谷堂の”高速餅つき”になり、それはそれで盛り上がるという以上に興奮の舞台となった。愉快愉快。 
 義母も妻(つまり娘)に手を引かれて歩いて出て来て、子ども用の杵で本格的に参戦した。
 『昔取った杵柄』とはよく言ったものだ。

 つまり、入居者にとってはお餅つきは懐かしい当たり前の思い出。そしてその子である家族会の我々はほとんどが「餅つき機」世代。我々が入居者になる時代には「ただただ見学する民俗行事」になってしまうのだろうか。未来はやや寂しい。(子や孫に伝承しておこう)

 『過剰反応社会』の記事に書いたようなご時世だが、入居者には善哉にして振る舞われた。職員にはお土産にしてもらった。
 二三日前の天気予報はずれ込んで雨も降らずに楽しい行事になった。
 いうまでもなくお餅つきは基本的にはハレの行事である。
 来週にはクリスマス会があるが、お餅つきの勢いで来年も穏やかな年になるに違いない。善き哉、善き哉。
 妻は「お父さんが一番楽しんでいたな」と感想を述べた。ふふふふふ。

   何のその老人ホームのお餅つき

2018年12月16日日曜日

イルミネーション

   義母がお世話になっているホームの母体はカトリック教会だから、クリスマスには思い入れが強いように思う。
 と言っても、平均的日本人が想像するクリスマスのバカ騒ぎでなく、おごそかなものである。
 施設の入口にはイエスの生誕場面のジオラマ=プレゼピオが幾つも飾られ、電気に照らされる。

   そして、11月27日に書いたイルミネーションも施設の庭を飾っている。
 と言っても、入居者の居室も団欒の部屋もみんなカーテンが閉まっている。
 ああ、入居者の内何人がこれを見てくれただろうか。
   面会の家族がホッとしてくれればそれでいいが、こんなことは費用対効果で論じるべきではないだろう。

 観光地のような派手さはないが、静かで美しい。
 設置作業に参加してよかった。

   窓閉まるホームの庭のサンタクロース

2018年12月15日土曜日

私の流行語大賞

 「そだねー」よりも「ご飯論法」にしておいてもらいたかったが、所詮は主催がユーキャンだから残念にも思っていない。
 そこで個人的な新語・流行語大賞だが、端的に結論を言えば『人に変わって欲しいと思えば自分が変わらなきゃあ』である。誰が言ったのかは忘れた。
 
 よく企業経営のよくない見本として「成功体験」というのがある。
 歴史的に見れば幾つかの条件が偶然重なったある種の成功体験が頭から抜けずに現在の部下を叱責する、鼻持ちならない創業者のそれだろうか。
 万博礼讃者の主張も似ているように思っているが、その件は別途掘り下げたい。

 端的に答えを急げば、1970年代の民主運動のリーダーたちにもその傾向がないかと私は思っている。
 またまた結論を急げば、例えば共産党の政策は文句なしに素晴らしいと私は感じている。それに対しての自公維などの政策や人士の人としての品位や人柄の低さは明らかだと思う。
 でもなぜ、ある種の政権支持率に大変動はないのか。
 主にはマスコミの姿勢がある。大いに問題がある。間違いない。
 さはさりながら、それだけが「決定的な壁」ならば、未来永劫、金のない庶民の正論は政治に反映されない。要はマスコミまかせということになる。
 『人に変わって欲しい』と願うオールドリベラルに1970年代の「成功体験」があるのでないかというのが言い過ぎなら良いのだが。
 
 お説教は上手いが、その行動や主張に進歩がない。もっと言えばSNSなどに無知であることを誇らしく語る。そんな人間には魅力も薄れてゆく。
 オールドリベラルの一番の問題はそこにあると思うのだが、そういう話は一笑に付されてしまう。もしくは「そんなのはもう無理だ!」の一言。

 『人に変わって欲しいと思えば自分が変わらなきゃあ』。
 大いに自戒している。

   心地よき言葉選ばれし流行語実感のなき社会のひずみ

2018年12月14日金曜日

過剰反応社会

 先日、凜ちゃんファミリーの町内会の餅つき大会があったが「お餅はこの場で食べて持ち帰らないでください」と言われた、と娘夫婦から聞いた。
 主催者が間違いなく100%保健所の指導に従ったのだろう。
 私の町内会でもそうだったが、私は「そんなことを保健所に尋ねることが間違いだ!」と言って、結局「本音と建前」みたいなことにした。

   ”貴方が保健所職員だったらどうします”
 管内全住民はもちろん、全町内会の実情など判りもしない。(そんなことは出来もしない)
 そこで、もし無茶なことがあって食中毒が発生し、「保健所がかまわないと言ったから。どうしてくれる」と言われたら、テレビの前で30秒は頭を下げて、担当職員を処分して、「再発防止に努めます」と涙を流さねばならない。というのが平成最後の年の世間の常識らしい。
 ただしそれを避ける手は一つある。
 持ち帰り厳禁、その場で食べるよう指導することである。「私はいけないと指導したんですよ」だ。

 あるところでは、お餅つきという行事はするにはするが食べるのは購入したお餅にしている。嗚呼。

 だとすると、問題は責任を恐れた町内会役員でもなく保健所職員でもない。
 ”何かあったら””誰かのせいだ”というクレーマーと、そういう姿勢を肯定するマスコミが根源ではないだろうか。
 いや、クレーマーというのは、畢竟圧倒的な現代日本人の”卑怯な根性”か。
 気配りとダンドリと常識で克服できるものごとを忌避する国民に未来はない。
 一見、細部に気が付き注意万端気配りをした意見のようだが、一皮むけば「責任はとりたくない」根性だと私は思う。
 この国ではどんどん常識が崩壊していっている。
 男気(女気)はないのか!と世の片隅で年寄りは怒っているのだ。

 榎本博明著『「過剰反応」社会の悪夢』(角川新書)は世の常識人必読の書であろう。
 このタイトルの重要性が理解できないなら、己が常識力が相当屈曲乃至減退していると思うがいいだろう。
 このままでは社会から常識が消えていく。

   餅食うなと神も驚く平成ゆく

2018年12月13日木曜日

喪中はがき

 喪中はがきが届いた。
 一般的なあいさつ文に加えて、お母さんを偲んだ3首の短歌が添えられていた。
 もちろん、そのお母さんのことは存じあげない。それどころか、頻繁な転勤が常であった現職時代には、ご本人ともたかが数年のお付き合いであったし、病気がちであったご本人とは深く話す機会もなかった。
 しかし、この3首の短歌からは、病気がちだったわが子を受け止めた母、その母を看護し見送った子、その二人の心の通い合いが伝わってきた。

 「喪中はがきには短歌ぐらい添えたらどうか」などと怖れ多いことを言うのでない。
 私自身手も足も出ない。
 短歌ではないが少しじ~んとくる添え書きのはがきもある。
 が、常套句だけのはがきもある。
 喪中はがきにそんな感想を持つ方がおかしいと言われそうだが・・・、

 何事につけ、近頃は非常に形式にとらわれ過ぎて、ものの本質が軽んじられていないか。
 その「形式」なるものが歴史に裏打ちされた「形」(伝統)というよりも、ある種の商業主義、あるいはもっと言えば「長いもの」から期待され、それに忖度するような「形式」であることが多くないか。
 常套句に逃げて「出る杭」にならないように生きるのは寂しいし、結局人生を忖度で過ごすことにならないか。

 この秋以降に不幸があった方にそんな時間や心の余裕のないのはもちろん仕方がない・・・それはそれとして・・・、

 そんな中、心のこもった短歌の入った喪中はがきに私は感じ入った。 

 我が母よ死にたまひゆく我が母よ我(わ)を生まし乳(ち)足らひし母よ 斎藤茂吉

2018年12月12日水曜日

蝋細工

   私はあえて「臘月に咲くので臘梅」と書いているのだが、写真のとおり「蝋細工のようなので蝋梅」でもまあいいかと考えなおしつつある。

 わが家のロウバイは早咲きで、すでに3分咲き以上になっている。
 花の美しさにも満足しているが、その香りも素晴らしい。

 甘い香りというだけでなく、新春が近いぞ!と教えているような清々しさを備えている。
 まだこれから冬本番だというのに、この香りは春を思わせる。
 年々再々花相似たり!と思えるのは幸せなことかも知れない。(政治のことを語れば幸せなどと呑気なことを言ってられないが)

 先日、造園業者に「記念樹として蝋梅を植えたいが」と相談すると「手入れ(剪定)が必要だ」と否定的な返事を受けた。
 そんなことは知らず、わが庭の蝋梅はただ庭が狭い故に剪定を繰り返していたのがよかったのか。

   どこからか主張する香や臘の月

2018年12月11日火曜日

だきつき大根

   宗教についても、つい民俗学で見てしまう癖がある私だがこんなものは知らなかった。
 昨日、厄除けの大根炊きではなく、その進化系?の「だきつき大根」に出会った。
 お参りに来ておられた善女にシャッターを押してもらったので、写真を見ると私の抱きつき方にテレが残っているのが良くない。
 こんな不十分な抱きつき方では厄も十分には祓えていないだろうと反省している。

 先日は来年の節分のことを書いて鬼が笑うと自嘲したが、来年春のOB会の遠足の下見に信貴山朝護孫子寺に行ってこんなのに出会った。
 大根炊きの行事のプラス アルファなのか、来春来てもあるのか調べておくのを忘れたが、大根炊き関連だろうなあ、きっと。

   観光協会に聞くと、4月1日前後2週間はお花見で大混雑するようだ。
 遠足と言っても、昼食が目的の半分のようなものだから、予約を押さえておくことが非常に大切なようだ。

 信貴山には何回も来ている。そして、今年の春には孫の夏ちゃんと空鉢堂まで山を25分ほど登ったが、口だけで生きているようなOBたちはこの山登りに挑戦するだろうか。
 挑戦と言えば写真のとおり開運橋にはバンジージャンプが出来ている。私は通常反対側の参道を通るのでいつからバンジージャンプができていたのか知らなかった。
 富山のケーブルテレビが収録を行っていたが、ジャンプは私が本堂に行っていたときに済んだようだった。もちろんOBで挑戦する者はいないだろう。

   シャッターをお願いをして大根(だいこ)抱く

2018年12月10日月曜日

閉塞く冬と成る

 大雪・初候・空寒く冬と成る

   一昨日の職場現役&OBによる餅つき大会が終わったというのに、昨日行なったのは来週の老人ホームの餅つき大会の準備。
 古材を切ったり割ったりして薪をこしらえた。
 ホームの調理室には大型の本格的スチーマーがあるのだが、「薪コンロの方が情緒がある」ということで、わが家からコンロ、羽釜、蒸器等一式を持ち込む。
 小さいものでいえば、団扇、火吹竹、十能等々、こういうものも入所者に見てもらって楽しんでもらおうと思っている。
 そして、ペットボトルで作った特製の杵や発泡スチロール製の杵。思いっきり参加してもらおう。
 餅つきおじさんはあと1週間倒れるわけにはいかない。
 
 昨日は『孫守』の半日だった。
 凜ちゃんは立火鉢を喜んでくれた。
 炭火でほんわかと温かい火鉢を触って感動?してくれた。
 他人だとか平均だとかに比べると話にならないが、ゆっくりと成長してくれている。
 今年は手術もなく、入院も10日弱だった。
 この子が大きくなると「火鉢を知っている珍しい子」になるだろう。

   大雪や日向ぼっこに立火鉢

2018年12月9日日曜日

餅つき日和

   初雪の便りがテレビから流れ、8日は師走に似つかわしい餅つき日和だった。
 昨年はようしなかったOB有志の餅つき大会、20名近い参加者で楽しく行った。

 私の担当でいうと蒸しの状態にムラができ、大いに反省している。蒸器が大きすぎたのか?

 若い人たち、といっても世間では「ええおっさん」たちだが、彼らがノウハウを引継いでくれたので、将来に希望が拡がった。

 つきたてのお餅をアテ(肴)におおいに語り合ったが、細部は知らないが現役組はいろいろ大変なようだった。

 詩吟あり、ピアノ演奏ありで、まったく”仕込みなし”で盛り上がったのには感心した。
 これを機会に詩吟教室がスタートすることになった。
 
 みんなで食した上にそこそこのお土産を持って帰った。
 お餅つきバンザイ!

 よい言葉を発するとよいことが実現するという言霊ではないけれど、お餅つきは「善き事」を呼ぶ招福の行事である。
 参加者の来年が善い年になるのは間違いない。

   息子より無理をせぬようメールあり寒風すさぶ餅つきの朝

2018年12月8日土曜日

幽体離脱

   私の魂は「まだまだ若いものには負けん」と言いながら、体は全く動かないという馬鹿々々しい幽体離脱。そんなこと、幽体離脱って言いませんかね。

 餅つき大会の準備のためにもち米を購入した。
 5㎏の袋を3つ重ねて持ち上げたが「まあいける」と判断して、その他、餡子なども購入して帰ってきた。
 そのうちの10.25㎏を堺までリュックに背負って行こうと準備をしたのだが、魂は「なんのなんの」と思いながら体の方は魂に応じては動かない。
 若い時に山に登ったときは20㎏近いリュックを背負って歩いたはずなのだが、嗚呼。

 急いで息子ファミリーに電話をして大型のキャリーバッグを借りた次第。
 なるほど、妻の撮った写真にはコロコロにさえ難儀している老人が写っていた。
 もうちょっと胸を張って足も曲がってないところを撮ってよ! と言いたいが、これがリアルマイセルフか。
 遠くから「なんやらの冷や水」という声が聞こえてきそうな気がする。

2018年12月7日金曜日

鬼が笑う話

   来年のことを言うと鬼が笑うというが、その来年の鬼のことで嬉しいことがあった。

 今から5年前の2013年2月15日と23日に『戌亥(いぬい)の隅にどっさりこ考』を書いたが、骨子を述べれば、「わが家では節分の豆撒きのときに、鬼は外、福は内、戌亥の隅にどっさりこ、と声を発するのだが、どうして”戌亥の隅にどっさりこ”なのだろうか。日本の土俗に絶大な影響を与えている道教・陰陽道では、戌亥(北西)の方角を、神門、天門、大将軍などと言い、福徳の方向、同時に禍も来易い方角と信じられてきた。天皇祭祀の中でもとびきり重要な四方拝では、北に向いて天(皇天上帝)を拝み、次いで戌亥に向いて地(国土神・地祇)を拝み、しかる後に四方と皇祖の山陵を拝むことからも明らかだ。このように朝廷から各家まで最も神聖な方角と認識され、各家では蔵や祠を戌亥に建てた」と書いたのだった。

 ただ哀しいかな私の友人たちの中に「うちでもそう言うよ」という声はなく、ネットや書籍を当ってみても同様の話にはたどり着けなかった。
 ミニコミ紙の記事やその送り状にも書いたが、「そういう話は知りません」という返事を数人から頂いただけだった。それから6年近く経過した。

 先日、昭和47年発刊の高谷重夫著『日本の民俗27大阪』(第一法規)という古本をたまたま手に入れた。
 そしてついに、その「年越し行事」の章の中に次の文章を見つけた。
 「・・守口市の佐太一番では・・『福は内、鬼は外、乾の隅へドッサリコ』と豆をまき・・」 やっぱり大阪にこういう習わしがあったのだ!

 そこで気を取り直して少し丁寧にネットを探してみると、梅田茶屋町の画廊『Gallery4匹の猫』のオーナーの日記の中に「生前、祖母は豆まきを率先して行い、半紙を折って作った「みの」に神さんへの豆を供え、最後はトイレに「乾の隅にどっさり」と言って豆をまくように言ってました。何をどっさりやったんか聞いておけばよかったです」というのを見つけた。

 現代では、例えばインフルエンザに罹れば医者に行けばよいが、その昔の冬は油断すると魑魅魍魎にやられる危険な季節であった。
 その感覚があればこそ豆撒きも単なる朝廷や公家の行事を超えて各家に広がった。
 そういう民俗行事に思いをはせて年中行事を子や孫に繋いでいきたいものだ。
 上方文化を愛する方々は来年からこう言って豆を撒いてもらいたい。
 「鬼は外、福は内、戌亥の隅にドッサリコ」。もちろん戌亥には多い目に豆を撒き、そして瞬時に戌亥の方角にある扉をガシャンと思い切り閉めるのである。

   初冬(はつふゆ)に春の話題のあほらしさ 

2018年12月6日木曜日

再び大嘗祭について

 大嘗祭については12月1日に記事を書き、秋篠宮の発言は常識的・理性的だと私は評価した。
   折角なので大嘗祭について私の考えを少し述べると、私は折口信夫説とは少し違っている。

 前提として古代からの日本の宗教観を見る場合、復活・再生のエネルギーは陰と陽の合体によって生まれるという道教(陰陽道)が基底にあると思っている。
 大嘗祭は先代の天皇の死去あるいは引退によって途絶えた『天皇霊』の復活・再出発そのものの最重要な儀式であるから、陰と陽の合体は不可欠だと考えられていたと思う。
 飛鳥坐神社の御田祭りをあげるまでもなく、その種の素朴な祭りは全国にある。
 民俗学的に考えれば、それらは「いやらしい」ことでも「恥ずかしい」ことでも何でもない。
 それを「いやらしい」というなら古事記はポルノ小説だということになる。
 ちなみに写真は奈良の春日大社の子授け石であり、日本宗教のおおらかさの表れだと肯定している。

 さて大嘗祭であるが、この儀式の根本中の根本は新天皇がアマテラスの子孫つまり「神(天孫)」となることにある。
 その場合、アマテラスの神霊を先ず呼び降ろす必要があるが、それは精進潔斎した巫女(処女)が神がかり(憑依)して呼ぶのである。これはほゞ常識に属する事実である。
 そうして、すでに一巫女ではなくアマテラスとなった処女と合体することで新天皇は『天皇(神)』に昇華するのだと私は考える。
 折口信夫は、昭和3年の大嘗祭からはこの巫女の役割を皇后が担ったと考えているようである。
 それ以前は、アマテラスとなった処女と実際に媾(まぐ)わったと言っているように読める。(ただし折口の文章は難解である)

 以上の説は、宮中の秘儀とされているので、私の見解が当っているかどうかを確かめることができない。
 ただ、大嘗宮に湯屋や寝所があるのは誰もが認めている。まさか湯治や物見遊山のためではあるまい。
 そして私は、そういう秘儀があったとしても、ある意味では日本列島の宗教観の当たり前の姿であるから、宗教である以上、それらを「古臭い」とか「いやらしい」とかは一切思わない。
 故に、大嘗祭がその種のものであっても何らかまわない。

 ただし、日本国憲法はそういう側面を持った天皇制を残しながらも近代国家の諸原則を導入した。
 なので、そういう矛盾を常識的・理性的に解決する能力がわれわれ現代人に課せられている。
 そういう意味で、国家的行事ではなく皇室内の宗教行事として、「身の丈にあった」規模の行事にしたいといった秋篠宮の意見を私は首肯する。

 想像すれば、その考えは現天皇、皇太子、秋篠宮に共通していて、きっと深く検討されたものだと私は思っている。
 それを鼻で笑って小馬鹿にしたような安倍政権は傲慢の極みのように感じている。

2018年12月5日水曜日

お餅つき大会第2弾

   8日(土曜日)のお餅つき大会のダンドリをし始めて見たが、「今日はこれから手術だ」とか「買い出しや洗米作業の金曜日には医者に行く」とか「用事が入った」などという話が次々に入ってくる。
 かく言う私も、木曜日には先日からの不調のための受診が入っている。
 高齢者が集まって餅つき大会をしようというにはこれらを織り込んでおく必要があるということだなあ。

 気持ちだけは若いつもりでもこれが自然の摂理というものだ。
 若干綱渡りみたいなところがあるが、まあどうにかなるだろう。
 前日には15㎏のもち米を背負って堺まで行く。
 大寒波らしいから雪山登山の気分で行こうかと思っている。

 一つはできるだけ低い会費で楽しんでもらおうと考えるからこんなことになっている。
 ネット通販等で手軽にそろえる手もあるが、ちょっとでも安い買い物をして参加者や会場を提供してくれるお寺にお返ししたいと思っている。(しかしなかなか上手くいかない)(下手すりゃ赤字かも)
 鬼子母神よ! 年寄の大遊びに御加護を・・・

   餅つきや遊びをせんとや生まれけむ

2018年12月4日火曜日

鎮宅霊符神

   11月21日の弘法さんの日に大阪高齢者運動連絡会の宣伝・署名活動に行ったことは11月23日の『鷹の止まり木』に書いたが、その場所は広い意味では四天王寺の参詣道ではあるが、もう少し細かく言うと四天王寺七宮の一つ堀越神社の前であった。

 堀越神社は非常に歴史の古い神社だが、私はその日、境内の摂社『鎮宅霊符尊神』(ちんたくさん)の方に興味を持った。

 鎮宅霊符神は道教経典『太上秘宝鎮宅霊符』に由来するいわば直輸入の道教神である。
   そしてそういえば四天王寺の有名な引導鐘堂の前にも『茅の輪』があったから、現在の表看板は神社やお寺であるが、日本民族の宗教観の奥底には拭い難く道教があると私は再確認をした。

 ところで鎮宅霊符の信仰は北辰(北極星)・北斗(北斗七星)の星信仰でもある。
 たまたまであるが私たちのミニコミ紙も「ブレない星」北極星に因んで命名している。
 道教の神々に頼る気はないが、この地で宣伝・署名活動を続ける限り、わがミニコミ紙の発展は疑いない。

 もうすぐ年が改まれば統一地方選挙と参議院選挙である。安倍政権は野党共闘つぶしのために衆参同一選挙に打って出るかもしれない。
 そして民主勢力が破れるようなことがあれば、間違いなく憲法改悪、独裁国家が完成する。
 新しい年は、心ある人が全員ジャーナリストになる必要がある。

   北風も北辰示すタオイズム

2018年12月3日月曜日

アイデンティティー

   非常に荒っぽい理論の一つに「中国、韓国、日本は同じ儒教の文化圏」という見解がある。
 しかし、私は常々言っているのだが、日本文化の基底は長江にあって、黄河文明とは異なると私は思っている。
 わかりやすく言えば、黄河文明は穀物を粉にして丸めて蒸して食べる団子(まんとう)の文化であるが、長江文明は穀物を蒸して搗いて丸めて食べる「餅」の文化である。
 日本の文化の深層は長江から東南アジアにある。

 こういうアイデンティティーを省みず、黄河文明はおろか「脱亜入欧」のアメリカ文明しか語ることのできない日本人の多さに少々悲憤している。それでいいのか。

 そうして、・・この国の伝統のようなものについて、どちらかというと右翼の専売特許のように思われ、どちらかというと進歩的な人士がそれに疎いという感じがあるが、私はそれが悲しい。

 12月2日付けの赤旗日曜版にモンベルの辰野会長が登場していたが、奈良公園の大切な規制を「掟破り」して高級ホテルを建設する計画に、氏とともに「奈良らしさを守れ」と反対しているのは政党としては共産党だけであるがこれはある意味ではすばらしいことだと思う。(運動は幅広く広げたいが)
 各地の共産党もこうあってほしい。

 という心持でいうのだが、民主的な団体は年末にはお餅つきをするのがいい。
 お餅つきを知っている高齢者が手本を見せ、若い世代に伝承するのがいい。
 何年か後に、お餅つきという伝統を正しく世に引き継いでいるのは民主勢力だという時代が来る。これは面白い。
 昨日、町内会で17臼搗きあげた。次の世代にそれなりに伝承出来たのではないかと自負している。それにしてもくたびれた。

   ハロウィンは知るも餅つき知らぬらし 

2018年12月2日日曜日

ジャーナリストになる

   同じ一つの写真を見てそれぞれが俳句を作り、夏井いつき先生が「才能なし!」「凡人!」「才能あり!」と断を下すテレビ番組が面白いが、同じようなことはいろんな場面であるものだ。
 さて俳句の話ではなくカール・マルクスについてだが・・・、

 カール・マルクスというと、経済学者、哲学者、そして革命家というイメージが浮かんでくるが、そしてそれ自身なんら間違いでも何でもないのだが、内田樹著『常識的で何か問題でも?』(朝日新書)の小見出しに「ジャーナリスト・マルクス」というのを見つけて、「そういう切り口があったか」と私ははたと膝を打った。

 内田樹氏の文章から引用すると、「1851年にルイ・ボナパルトのクーデターが起きた時『フランスでは一体何が起きたのか?』を知るために、ニューヨークのメディアがまずマルクスに問い合わせたのは妥当な人選だったと思う。マルクスが求めに応じて書いた記事はのちに『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』という書物になり、以後150年以上にわたって読み継がれている」とある。

 「ヘーゲルはどこかで、すべて世界史上の大事件と大人物はいわば二度現れる、と言っている。ただ彼は、一度は悲劇として、二度目は茶番として、とつけくわえるのを忘れた」で始まる有名な「記事」のことである。

 安倍政権による国会無視がはなはだしい。大臣たちのモラルの崩壊も甚だしい。大阪を地盤とする維新がそれにお追従を送る姿も汚らしい。・・というようなことごとが重なるので「それらを掃き捨てたいがいったい何をしたらいいのか」という声を聴くことがある。
 私がはたと膝を打ったのは、「マルクスはジャーナリストだった」という、知ってはいたが注目していなかった視座である。

 集まって議論するのも良い。しかし大事なことは一人ひとりがジャーナリストの気概を持つことではないだろうか。
 ミニコミ紙でもよい。SNSでもよい。
 今はマルクス主義者などとは言わないのだがあえて言う、オールドマルキスト! つべこべ言わずに記事を書こう。

   マルクスはジャーナリストだと膝を打ち

2018年12月1日土曜日

大嘗祭の報道

 秋篠宮が誕生日である30日解禁前提の記者会見で、大嘗祭について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と述べたことが、30日の朝日新聞朝刊のトップ記事だった。
 この儀式だけのために大嘗宮を建設して儀式終了後解体・撤去するのだが、前回の建設費は約14億円(行事全体では22億円)というから、「身の丈に合った簡素化」にまで触れた秋篠宮の発言は極めて常識的なものだと私は思う。

 さて、朝日新聞の同頁にある解説では、「大嘗祭は・・収穫儀礼に根ざしたもので、・・新天皇がその年に収穫された米などを神々に供え、自身も食し、五穀豊穣や国家安寧を祈る・・」とあるが、試験の答案なら落第に近い答えである。

   詳細は折口信夫氏の『大嘗祭の本義』という論文に譲るが、大嘗祭の本質は寝具と湯殿を備えた場所で「天つ神」(の代理)と一体となることで神格(倭の魂)を得た天皇となるという秘儀である。
 秋篠宮の言うとおり、極めて宗教色の強いというか宗教行事(宮中祭祀)そのものであるから、その秘儀(陰事・かくれごと)について我々がとやかく言うこともない。
 もし宗教行事でなく、事実上の国家的行事であるなら、その秘儀が現憲法の理念に背馳しないかどうか公開し議論する必要があろう。

 先の現天皇の退位に関する「お言葉」の際もそうであったが、いわゆる右翼という安倍政権の(首相自身が右翼と言うなら右翼と言ってもらえばよいと述べている)皇室に対する冷淡さというか、一種馬鹿にしたような「無視」ぶりは度が過ぎている。
 常識ある保守主義者は口をつぐむことでそれを了承することになるが、それでよいのだろうか。

 朝日をはじめとするメディアも、良識ある議論をどうして呼びかけない。
 メディアは単純に「右傾化した」のでなく、権力あるものに媚びているだけではないだろうか。

2018年11月30日金曜日

霜月尽

   先日来『記念樹』のことで頭を悩ませている。
 老人ホームの庭に『家族会創立10周年記念』の記念樹を植えようというのだが、一体何が良いだろう。
 桜は何本もある。カエデもある。ブラッシの木、姫リンゴ、・・・いろんな種類の木がある。

 私は植木屋さんにロウバイはどうかと提案したが、剪定が必要だと返された。
 ハナミズキ、ヤマボウシ、クロガネモチ、いろんな意見がある。
 いっそうセイヨウニンジンボク、ジャガランタはと提案しているが、市場にうまく出ているかどうか。

 花がきれいで紅葉がきれいで他の花と開花期等がずれているのが良いと思うのだが、そんなにうまくはいかない。
 渋柿が秋空に光っているのも良いなあと思うが、庭が汚れるかもしれない。
 だいたいがほとんどの紅葉する樹は花も葉っぱも落ちていて、半分は賭けのようなものである。

 街路樹もこざっぱりして霜月尽

2018年11月29日木曜日

原因はストレス?

 かかりつけ医で半年に1度の心電図を撮ったところ「問題なし」ということで帰ってきた。
   そしてその晩、何年ぶりかで頻脈・不整脈に襲われた。
 このときのために準備してあったカルベジロールの錠剤を服用し、横臥すると苦しいので一晩中ソファーで過ごした。
 翌日は、マーフィーの法則ではないが「上手くいかないときはついてないもの」で、かかりつけ医は休診だった。
 あまり慣れるのも良くないが、経験則上一命には関係なさそうなので、体調の悪いまま1日を過ごすと、その翌朝には心臓への電気信号が回復し、全身の強疲労感と強不快感が低減した。

 よく「健康診断は現状を伝えるだけで未来の保証ではない」と言われるが、ほんとうにそのとおりだなと再確認した。
 書店の店頭には「医者にかかるから病気になる」的なタイトルが並んでいるが、半分当たっているかもしれない。
 ただ、かかりつけ医から「そのときの」薬を貰っていたので対処できたのだから、医者とはほどほどに付き合っておくのが良い。
 ちなみに正反対の症状のときのためにニトロの錠剤も用意している。(これを取り違えると上手くない)

 ところで、そも頻脈の原因だが、いろいろな原因要素があげられているが、一番の有力候補はストレスだと言われている。
 入管法、水道民営化、政府答弁もそうだが、維新の府市政と安倍官邸が金や約束手形をバラまいて票を買収したカジノ万博あたりが病原であった気がする。
 この歳になってなんとナイーブなことであることよ。

 トルコのことわざらしいが『明日できることは今日するな』というのがあるし、マニャーナの法則とか言って経営学等にも載っている。
 だが、原稿を依頼していて締切直前に「風邪をひいたからごめん」というのには、何週間も前に約束してあったのにと楽しくない。
 やはり「今日できることは今日のうちにしておこう」が私の性分に合っている。
 明日は何があるかわからない。

   憤死という見出しちらつく不整脈

2018年11月28日水曜日

しろばんば

ネットから
   いうまでもないことだが、しろばんばは綿虫、雪虫の別名である。
 見かけている割にはその生態はほとんど知らない。
 ただ気のせいか、しろばんばの飛ぶ日には「喪中のため年賀状を控える」旨のハガキが多く来る気がする。
 私自身が歳をくったせいか高齢化社会のせいか知らないが、喪中欠礼のハガキがここ数年増えた気がするのは思い過ごしだろうか。
 
 数年前友人のSさんからは「その年いっぱいを喪中というのは民俗的・歴史的にも正しくないので欠礼しない」と届いた。
 その前に母が亡くなった年には私は母の思い出を書いて投函した。その前の義父のときもそうした。

 晩秋以後に亡くなるなど時間がない場合はいざ知らず、十分時間があっただろうと思われるケースでも印刷会社主導の味気ないハガキが多いのはどうしてだろうか。
 「そんなことを思うお前の方がおかしい」と言われそうだが、当たり障りのない対応に右へ倣え!という社会は戦前の匂いがして仕方がない。

 つい先日、香山リカさんが普通に講演する企画に右翼が主催者である南丹市を脅し、結局香山さんは排除された。
 誰だって矢面には立ちたくはない。しかし当たり障りのない対応は嫌な世の中の入口ではないだろうか。おかしいことはおかしいと言いたい。
 
   しろばんば喪中はがきのドサッと来

2018年11月27日火曜日

イルミネーションのダンドリ

 朝からわが家の玄関にサンタのイルミネーションを取り付けた。
 孫が来た時に喜んでくれるようにだ。
 それ以外の電飾は設置するのに些かクタビレて今年はパスをするつもりだ。
 屋外で「夕刻4時間」にセットするためにちょっとした電気工事をした。こういう作業は私の趣味の範疇でとても楽しい。こういうときのために、コード、プラグ、コンセント等を用意している。

 午後からは老人ホームのイルミネーションのセットを行った。イルミネーションのダブルヘッダーだ。
 これは立体的なトナカイが庭園に何頭もいるという相当本格的なものだった。
 何人もで「ここがいい」「あそこがいい」と大騒ぎをした。
 でも、夕食後何人が窓からでも見てくれるだろうか、と一瞬考える。

 ただ、介護の世界を「費用対効果」のような基準で考えるのはナンセンスだ。
 ほんの一瞬でも「わあ、きれい」というような話題が飛び交えばそれでいい。それで十分だと考えなければほとんどの取り組みが”無意味”になる。

 よく健康寿命という言葉が語られるが、食べて寝て排泄するだけが介護ではない。
 一瞬の感動を重ねてもらえればそれでいい。
 

2018年11月26日月曜日

小春日和

   今日のタイトルは老朗介護。
 さて、1年に数回、回線がびっくりするほど繋がるときがある。
 稲刈りは終わったやろうな!
 正月の前には餅つきや!
 誰々さんはどうしている? 等々とこちらが驚くほど饒舌になる。
 ただ、よく聞くとどうも場面は義母が実家にいる小さい頃。
 私も娘婿ではなく、同じ垣内(かいと)の近所の人になってしまった。

 それを違和感と思うか当然と思うか。
 その事実(認識)を訂正することに何の意味があろうか。
 私はもっぱら相槌を打って垣内の住人になる。
 
 一種の躁状態だろうか、夜中に引き出しの中を確認しまくったり電動ベッドのコントローラーが気になったりで大変だったようだ。
 それを、当然のこととして対処してくれる施設のスタッフは神様だ。
 外は寒かったが何となく小春日和のように感じた。 

 先日の音楽療法士による集いの後も、「いつまでも童謡では自分が入居した時にはちょっとねえ」と私は注文をつけたのだが、やっぱり最後は子どもの頃に帰るから正解なのかも知れない。
 『里の秋』も、場数を踏むと私自身郷愁と背中合わせになる。

   時空超え母は兄ちゃんと吾を呼ぶ

2018年11月25日日曜日

なら町の賑わい

 23日に、お歳暮の品の購入のために奈良町の酒蔵へ夫婦で行ってきた。
 用が済んでランチにしようとしたところ、ちょっと名の通った店は予約でいっぱい。あるいは店の前に行列ができていた。
 昔の奈良町を知っている者としては隔世の感がある。
 インバウンド以前からだが、よくここまで盛り返してきたものだと感心する。
 ただ、一方に閉店の店もあり、情報雑誌やネット情報が持っている力の強さ・怖さも感じた。

   インバウンドでいえば、大阪のミナミ同様、百均やドラッグストアなども増えている。
 長い目で見た場合、奈良らしさという「観光資源」を自分たちで壊していかないかと心配する。

 結局、ちょっと贅沢なランチのはずがお好み焼きになってしまった。
 西欧人のペアが近くの席でお箸で食べていたから、「こんにちは」と席まで行ってあいさつをして、「ジャパニーズは͡テコで切ってそのままハフハフハフと食べるのだ!」とジェスチャーで教えてあげた。親切の押し売りであるが楽しい経験が一つ増えたに違いない??
 Oh!と笑顔で喜んでくれたが・・・大きなお世話だっただろうか。

   その帰り道、庚申堂には「申」から発展した「猿」がいた。屋根の上のは、見ざる聞かざる言わざるの三猿だったので、つい今しがた、お好み焼き店で「見て」「言いに行った」自分がおかしかった。

 金子兜太氏の本の中に、氏の故郷の秩父神社の三猿は「よく見る」「よく聞く」「よく話す」という彫刻になっていると読んだ。
 東照宮的な三猿の思想は「忖度」や「見て見ぬふり」の思想に繋がる。
 現代日本に大切なものは秩父的三猿だろう。
 帰宅してから調べてみると翌24日が「庚申(かのえ・さる)」だった。

   お好みを箸で食うかやジャパニーズ

2018年11月24日土曜日

餅つきのダンドリ

   先日の老人ホーム家族会10周年の式典では「水を飲むときは井戸を掘った人のことを忘れてはいけない」という趣旨のことを述べたが、どんな些細な行事でもダンドリする人がいて・・ものごとは成っている。

 12月に入るとお餅つきなので、自治会(町内会)に「杵を全部持ってきておいて」と言っておいた。
 到着した杵のいくつかは、やっぱりというか、相当ササクレだっていた。
 理由は単純で、お餅をつかずに臼(石)を打ったからである。その理由は2種類あり、ひとつは非力等によるふらつき、もう一つは周辺の米粒が気になって臼の端っこ(の石のところ)を打ったためである。
 「搗き手の鉄則は、ただひたすら同じリズムで臼の真ん中を搗くだけ」と口を酸っぱくして言うのだが、米粒を自分自身でどうにかしたい!と思うのも人情か。労働者は基本的に真面目なのである。

 ササクレの酷いところは鋸(ノコ)で削ったうえで鉋(カンナ)をかけた。
 出来るだけ大手術は控えたが、それでも杵のメンテナンスはけっこう大変だった。

 そのあとはホームセンターを「散歩」した。乳幼児用の(手作り)発泡スチロール製の杵をどうにかバージョンアップできないかというためだ。
 発泡スチロール製だと、一部が砕けてお餅に紛れ込む。
 アルコールで消毒すると溶けてしまう。
 なのでサランラップで包んで使用しているが些かイメージが崩れて不本意だった。
 これがバージョンアップしたい理由である。
 結局ホームセンターでは「帯に短しタスキに長し」で、何も買わずに帰ってきた。

   そしてその夜、食事中にキッチンの方に少し大きめの非常にシンプルなペットボトルが目についた。
 「これを杵に出来ないか!」
 内側に塗装して外側がそのままなら、綺麗に洗いながらお餅がつける。
 乳幼児や老人ホームで使っても怪我をするまでのことは起こらないだろう(発泡スチロールよりは固いけれど)。
 こうしてできたのが下の写真の杵である。発泡スチロールと遜色ないほどの軽さに出来た。乳幼児に持たせて写真を撮って喜んでもらえれば嬉しい。

   餅つきの講師は餅を口でつく
 いつの間にか私は餅つきの講師のようになっている。町内で18臼搗きあげる責任は重大だ。

   26日、写真を追加しました。

2018年11月23日金曜日

鷹の止まり木を知ってますか

   11月3日の『啄木鳥(きつつき)』の記事のとおり、源平盛衰記 巻の十に『聖徳太子に討たれた物部守屋の怨霊が太子建立の四天王寺の伽藍を壊そうと数千羽の啄木鳥となって襲ってきたとき、太子は鷹と変じてそれを降伏させた』とある。

 なので、四天王寺金堂の東側に立派な『(太子が変じた)鷹の止まり木』があるのを知ってますか。
 上の写真の矢印のところである。

 大師会(だいしえ)の21日、大阪高齢者運動連絡会の宣伝・署名行動と併せて四天王寺にお参りした。
 境内は老々男女でごった返していたが、この「鷹の止まり木」を見上げている者は皆目いなかった。
 その日は太子会(22日)でなく大師会だったからかも?

   このように源平盛衰記由来の珍しいといえば珍しい不思議もマスコミが宣伝しなければこういうことなのだろうか。
 それでいいのか浪速っ子!

 近頃は鷹が止まらずに鳩が止まるからだろうか、金網が貼ってあるのが見えたがご愛敬。

 11月3日にも書いたが、東南海地震は遠からず必ず来る。
 その前に、大嘘つきの府・市政の横暴によって庶民の暮らしと権利は壊される。
 大阪に縁のある方々は、四天王寺金堂の止まり木を見上げて、この地の安寧のために維新府市政ストップの努力を誓おう。合掌。

   冬晴れや鷹の止まり木ここにあり

2018年11月22日木曜日

過労死落語を知ってますか

   11月23日が大阪道修町(どしょうまち)少彦名(すくなひこな)神社の神農祭であることは昨日書いたが、近頃では勤労感謝の日に重ねて『過労死防止の日』となりつつある。
 厚労省も「毎年11月は過労死等防止啓発月間です」と後押ししている。
 掲載のポスターを駅等で見られた方も少なくないだろう。
 これは非常にいいことなので、どうか拡散していただきたい。

 桂福車、松井宏員著『過労死落語を知ってますか』(新日本出版社)が発刊された。私は発刊日に購入した。
 この過労死落語を最後に見たのは昨年の11月の奈良だった。
 そして今、当の福車師匠も、そして主催者側の中心であった「働く者の命と健康を守る奈良県センター」事務局長であった親友・谷山義博氏も半年もせず若くして鬼籍に入られた。なので表現のできない複雑な気持ちでこの本を読んだ。・・それはごく個人的な感情。

   落語は進んで・・過労自殺した青年の亡者に向かって閻魔の庁の青鬼が、「お前『黙示の指示』を知らんのか?」
 亡「なんです、モグリのすし屋?」
 青「終わるはずのない仕事のため残ってるのを、上司は見て見ぬふりをして『残業せずに帰れ』と指示しなかったら『黙示の指示』や」
 亡「何回か『休みください』と言いに行ったんですが・・」
 青「鬼やなー。労基法39条に『時季変更権』は確かにある。しかしなあ、それはタイガースがあと1勝で優勝いうときに、福留や鳥谷が『よみうりランドに家族連れて行くので休みください』言うたら金本監督キレるやろ。そういうときだけや」
 と落語は続く。

 そんな台本作者の小林康二氏も偉いし、過労死・過労自殺というような深刻な社会問題を『文化』=『落語』に仕上げた人々も偉い。

 私は自分の職業歴と重ねて少し重く読んだが、この本自身は楽しくて笑いも多い。
 憲法漫談で 小林「日本は兵力不足で戦争なんかとても無理とちゃいまっか」
 アベ「名案がある。65歳以上を徴兵する。年金財政も安定して一石二鳥や」 では「もしかしてそんな悪夢もありかも」と笑い転げた。

 11月は厚労省の推進する「過労死等防止啓発月間」だ。
 是非ともこの本を買い求めてお読みいただきたい。税別1300円。

 私自身はこの本で、「メッセージの伝え方」「心に届くメッセージ」について深く考えさせられた。自覚的な民主主義者必読のテキストだ。
 「むつかしいことを・・・・・ゆかいに」。井上ひさし氏も悶えていたのだろうな。きっと。

2018年11月21日水曜日

少彦名

若宮第2番
   親が大阪の船場で商売をしていたから、道修町(どしょうまち)の少彦名(すくなひこな)神社の神農(しんのう)さんの笹に吊るした張子の虎で有名な11月23日の神農祭は小さい頃から馴染んでいた。

 神農は中国古代の神話中の三皇の一人であり道教の神である。
 その名のとおり原初的には農業神であるが、前漢ごろから医薬の神になった。
 故に道修町の薬問屋の守り神になった。

 一方、少彦名命は大国主神とともに国づくりを行った異形の神であり、日本書紀の一書(あるふみ)によると「病を療(おさ)むる方(法)を定め」たといわれ、これも医薬の神である。
 なので、記紀神話の神と道教の神を一緒に祀ってパワーアップを図って今がある。

 さて、先日、奈良の春日大社の若宮15社をめぐっていると、第2番の御祭神が少彦名命であった。寡聞にして知らなかった。
 本来的には「三輪神社」というらしいが(このあたりの関係も知らないが)、それよりも大きく「一童社」とあった。
 少彦名命のキャラクターは一寸法師に引き継がれたという説もあるから、私は一童社の名前にも違和感がなかった。ただし、その連想が的を射ているかどうかもこれも不知。
 御神徳に「子どもの成長」とあったから、特別に面白くもないがそこから一童社というのが近いかもしれない。例祭は11月25日らしい。

 話は戻って大阪の神農祭といえば「笹に張子の虎」。
 縁起は文政5年(1822)大坂でコレラが大流行した際、「虎頭殺鬼雄黄圓」(ことうさっきうおうえん)という丸薬を張子の神虎と一緒に神前祈願して後販売したことによるという。
 ところが張子の虎の職人の後継者がなく、今の形がいつまで続くかは判らない。
 パンデミックが心配される現代、現代人はますます危険水準に近づいている。

   大阪は日中友好神農祭

2018年11月20日火曜日

喪失感

 タイトルほど深刻な話ではない。
 「〇〇ロス」という感じの精神状況のことである。
 実は今年1年で一番おおきな仕事をやり終えた。
 老人ホーム家族会の10周年を祝う式と祝賀会が終わった。
 概ねつつがなく進行し、概ね「よかったよかった」とお世辞も含めて喜んでもらえた。
 いろんな準備をしてきたことが、一つひとつ結実した感がある。
 で、ある種の達成感でも湧いてくるのかと自分自身を見つめてみると、大きな目標が目の前からフ―ッと消えたような、ある種の喪失感を味わっている。おかしなものだ。
 まあ、そういいながら、「あれも上手くいったこれも上手くいった」と含み笑いをしているが。

 結局、人生、課題を背負ってダンドリにあくせくしているときが華かもしれない。
 「楽しいイベントに参加した時よりもそのイベントを主催した時の方が何倍も楽しい」というようなことを小さい子どもたちにも語ってきた。
 そのせいかどうかは知らないが、息子も火中のクリを拾ったようである。
 父は何も言う気はない。
 
 12月には大きなお餅つき大会を3つ控えている。
 それぞれ異なる性格だが、それなりのダンドリを期待されている。
 昔、「賃搗き」という商売があったが、その第一線はこなせないが「親方」ならできるかもしれない。

2018年11月19日月曜日

カジノ万博の末路

 大阪市がいわゆる都構想の経済効果の試算を外部に委託しようとしたところ、世間で知られているまともなシンクタンクは「無理だ」と入札には応じず、嘉悦学園が受注し、結果として経済効果ではなく「歳出削減効果」でお茶を濁した報告書を提出した。
 それを松井知事らが「10年間で最大1兆1千億円」と宣伝するので府・市議会野党が質問するとまともに答えられず、「専門家に聞いてくれ」という馬鹿なことをいうので、そんな非公式でええ加減な場にはいかないと野党は欠席した。

 だいたい政令指定都市(という権限)を失くして新しい産業が興ったり消費や雇用が増えるはずがない。
 吉村市長は「行政をより身近に」というが、嘉悦学園報告書は「行政サービスを削って歳出削減効果を出す」という。

   維新府市政の嘘と誇大広告は今に始まったことではないが、そういう手法が今でも一定通用しているのはメディアがきっちり総括しないことと、それに誘導された世論の弱さにある。

 もし、「そんなことはない」とおっしゃる向きは、2012年1月に府・市の特別顧問を務める堺屋太一氏が「4年以内に10大名物をつくる」といい、新聞テレビやマスコミで維新が鼻高々に語った『構想』を覚えておられるか?

(1)道頓堀に全長2キロのプールを作り、世界遠泳大会を開催。
(2)2015年に「大阪都発都記念博覧会」を開催し、巨大歩道橋を建設。
(3)御堂筋を美術デザインストリートに。
(4)大阪市か堺市に1万平方メートルの超大型ビジョンを作る。
(5)建設中の近鉄あべのタワーに「驚愕展望台」を設置。
(6)JR大阪駅大屋根下に「空中カフェ」を作る。
(7)うめきた2期地域に高層マンションと空中緑地。
(8)うめきた1期の「ナレッジ・キャピタル」を世界的名物に改善。
(9)南港に「エレクトロ・ゲームセンター」を設置。
(10)関西空港と舞洲を一体にして国際特区に。

 何がしたいのか訳の分からないものが多く、とにかく高度成長期の1960年代型大型開発でハコモノを作って客を呼び込もうという前時代的な発想であることは間違いがない。
 こういう頭で推進する「カジノ万博」で大阪府・市民が幸せになることは絶対ない。
 維新を支持するなら、この「10大名物」構想大失敗の総括を語ってから話を始めるべきだろう。

2018年11月18日日曜日

冬支度

   冬支度といってもエアコンのセットを冷房から暖房に切り替えるぐらいで近頃は何とも愛想がない。
 あまりに愛想がないので火鉢の「炭はじめ」をやってみた。
 私の日向ぼっこアイテムである。

 ちょっぴり自慢の信楽焼藍海鼠線輪立火鉢だが、体の弱い孫には微かな炭の煙も良くない。
 で、日向ぼっこアイテム、アウトドア用品に変身した。

 鉄製のストーブやチムニーも悪くはないが、ちょっと日本を意識してみた。
 
    立火鉢昔屋内にありしもの

2018年11月17日土曜日

NHKのFTAとまんじゅう蒸し

 13日にアメリカのペンス副大統領が来日した?
 来日というなら成田空港から入ってくるのが当然だが、米軍横田基地から日本の出入国ゲートを一切通らず問答無用で入って来た。
 それは常識的に見て独立国訪問ではなく植民地への入り方でしょう。
 そんなことをウンともスンとも抗議しない右翼や自称ナショナリストも変ですね。

   それはさておき、ペンス氏は安倍首相と会談をして、共同記者発表で「bilateral trade agreement(2国間の貿易協定)の交渉参加に感謝する」と述べた。
 ペンス氏は東京に到着した12日に自身のツイッターで、安倍首相と協議する中身について「negotiations for a free-trade agreement(自由貿易協定)FTA」と述べていたし、この記者発表を配信した米・ロイターも「ペンス副大統領は日本と二国間のFTA( free trade agreement)を要求」と見出しを建てている。
 内閣と自民党はFTAには一切参加しないと言って来たのに・・・、
 落語の『禁酒番屋』でいえば「この正直者めが!」といったところだ。

 だから記者会見でNHKの同時通訳は常識どおり、そのまま「首相がFTA協議に合意してくれたことに感謝する」と通訳した。当然である。

 ところがNHKの報道フロアが「FTAと訳しましたが「二国間による貿易協定」の間違いでした。お詫びします」と異常な態度で訂正した。
 「戦闘は衝突」で「墜落は不時着」のNHKのフロアが正しかったか同時通訳が正しかったは遠くない歴史が証明するだろう。
 問題は「言い換え」ではなく中身である。

   余談ながら・・・、BSの「にっぽん縦断こころ旅」の青森県「まんじゅう蒸(ふか)し(温泉)」で火野正平さんが、「ここいらの方言でまんじゅうとはお尻のことです」と言って温泉の上のベンチに座っていた。
 国益には関係なさそうだからあえて言う気もなかったが、これも如何にもNHK的な嘘である。

 民俗や言語に関わることなので一言注意をしておけば、青森で「お尻をまんじゅうと言う」ことはない。
 この温泉は子宝の温泉だ。松本修著『全国マン・チン分布考』(インターナショナル新書)を読むまでもなく明らかにNHKは「ウソ」をついた。

   言霊(ことだま)の国の大臣(おとど)の軽さかな
   言い換えは言霊にあらず冬は冬

2018年11月16日金曜日

年年歳歳花相似

   ブログに書く記事が思い浮かばないときがある。正確にはぼんやりとしたテーマはあるのだが、起承転結の結が頭の中で定まらない。
 そんなときは庭や散歩道に季節を探す。

 木々の紅葉も盛りを過ぎた頃、マユミの実が色づき始めた。晩春~初夏に花が咲いてからじっくりと実の季節を迎える木だ。

 木そのものは強くてしなやかなので弓の材料でもある。
 旺盛に枝を横に伸ばすので、少し剪定が過ぎて実の数が多くない。
 もう少し経つとこの小さな行燈のような実から赤い種が吊り下がってくる。

   毎日ほぼ同じ時間に電線に止まって挨拶をしてくれるのはジョウビタキ。
 尉といわれる通り白髪で、紋付を羽織っている。
 ヒタキ=火焚きの名のようにカチカチカチと火打石を打つ。

 ホトトギスの声を「早く田植えをせよ」と聴いたように、このカチカチカチは「冬支度を急げ」と聴こえてくる。

 「これといったブログ記事が書けなかった」と嘆くよりも、「年年歳歳花相似たり」と同じ季節を同じように感じることの方が深くはないかと自分自身を慰めている。

 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

2018年11月15日木曜日

壊れゆく国

 13日に衆議院本会議で審議入りした出入国管理法改正案を見ていると、この国は壊れかけていると感じる。
 タテマエ上は技能実習といいながら実態が人権無視の低賃金労働力であることは明らかだ。
 
   内閣は労働力不足というが、一方に若者の失業、不安定雇用がある。
 労働力は賃金・労働条件を改善すれば自ずと充足される。
 そういう土俵上で外国人労働者も受け入れるべきは当然だ。

 そんなことをすると競争力が落ちて会社がつぶれるというような、何十年も前から三流経営者が唱えていた理屈を言う者がいるが、そういう者は京都のバスの実態を見るべきだろう。

 京都市は「市バスの運転手の賃金が民間よりも高い」といってバス事業そのものを民営化した。
 その結果、バス運転手の成り手がないということで、京阪バスが受託を返上することになった。
 京阪バスは黒字路線だけ新たな路線認可を得て走らせようとしている。
 この一連の流れの中に欠けているのは公共交通という視点である。

 テレビのいわゆる情報番組程度の知識しかないが、現トルコ政府の政治姿勢とは関係なくトルコにおける親日感情は非常に好いといわれている。
 先日の安田純平氏の帰国の際も、通常は本人負担の飛行運賃をトルコ航空は受け取らなかったという。
 その大きな理由の一つが明治22年のエルトゥールル号遭難事件で、日本人の親切さが教科書にも載っているということを聞いた。

 反対にいえば、日本は非欧米系の人びとを低賃金労働者としか見ないのでなく、「私は若い時に日本で働いたから今日がある」と後あとまで語ってくれるような対応をすべきではないだろうか。
 それが、一番の外交であり「防衛政策」だと私は思う。

2018年11月14日水曜日

兎追いしかの山

 10月20日に書いたが秋の1日、OB会の遠足で万博公園に行った。
 モノレールまでは、往きは堺筋線(阪急千里線)で行き、帰りは御堂筋線(北大阪急行)で帰ってきた。
 帰りの千里中央駅は、新聞報道などでは千里セルシーが閉鎖されるなどという千里ニュータウンの斜陽現象(住民の少子高齢化 建物の老朽化 近隣センターの衰退)のようなものが報じられているが、山城地域在住の私などからすると目も眩むような賑わいぶりだった。

 千里ニュータウンは日本最初の大規模ニュータウンで、病を抱えながらも走り続けている巨人に見える。その後ろには堺泉北ニュータウンが付けている。
 私の住む街も時期も規模も違うが、住宅都市整備公団(当時)の開発したニュータウンであるから、千里ニュータウンの再生方向には大いに興味がある。住民の少子高齢化、建物の老朽化、近隣センターの衰退は全く同じである。

ネットにあった写真
   閑話休題、妻は小さい頃この千里丘陵の片隅に住んでいた。
 堺の海辺で育った私が「小学校の水泳の授業は海だった」と自慢すると、妻は「冬の行事は千里丘陵での兎狩りだった」と対抗した。〽兎追いしかの山~である。
 児童が手をつないで、音をたてながら兎を網へ追い立てたという。
 兎は学校の兎小屋に暫く飼われていたがそのうちに居なくなり、子どもたちは「先生が兎汁にして食べたらしい」とほぼ全員がそう言い合っていたという。

 過剰反応社会と言われ、出る杭は打たれるとばかりにびくびくする現代、大阪府下でこんな行事は残っているのだろうか。あるいは、イガから取り出した栗が撒かれた畑で「栗拾い」をして自然を学んだことにしているのだろうか。

2018年11月13日火曜日

石原莞爾と2・26事件

 11月2日と6日に石原莞爾のことを書いた。昭和天皇が2・26事件の際に「一体石原といふ人間はどんな人間なのかよく判らない」と言ったということも書いた。
   そんなもので、澤地久枝著『昭和史の謎・2・26事件最後の秘録 雪はよごれていた』を読んでみた。
 結果は、249ページ中5箇所(5ページ)に石原はさらっと出てきただけだった。
 なので、2・26事件から石原莞爾の本質に迫ることは適わなかった。

 この本は、東京陸軍軍法会議主任検察官匂坂春平の遺品の中にあった片手では持てないほどの資料そのものといってもよい。
 そして、陸軍中央の犯罪に迫りながら、あと一歩のところで適わなかった「文官」の無念の記録である。

 2・26事件は陸軍中央が大いに関与した「クーデター計画」であったが、それ故に真相究明によっては陸軍が空中分解しかねないものであった。
 匂坂春平は陸軍高官の嘘やすっとぼけを追及するのだが、結局は現場の将校が死刑(口封じ)にされて一件落着となっていった。
 本を読みながら私は、何回「森友と同じだ!」※と思ったか知れない。

 反対にいえば、森友にも共通するこういう嘘を許せば、結局は国が破滅に向かうというのが教訓ではないかと心に響いた。
 それにこのときの叛乱軍の合い言葉は「昭和維新」であったから、嘘と無法をまき散らす同じような現代の政党の危険性にも悪寒が走った。

 結局石原莞爾のことは深められなかったが、非常に参考になる歴史の勉強になった。
 余談ながらこの本、昭和63年当時定価¥1200であったが、Amazonで価格¥74、送料¥256であった。

 ※ 森友では「知らない」「忘れた」「記録はない」「廃棄した」はては「部下が勝手に改竄した」という大嘘があった。

 そして2・26事件で陸軍幹部たちは「陸軍大臣告示」なるものを知った時刻、官邸に到着した時刻等について「時刻は判然(はっきり)いたしませぬが」「参謀であったと思いますが、あるいは違うかも知れません」などとのらりくらりと述べている。
 そも軍隊の作戦命令等で陣地を挟み撃ちにする場面であれば、1分以下の単位もおろそかにできない。時刻の指定や記録は絶対である。A部隊には〇時〇分に突入せよと言って、B部隊にはA部隊の反対側から『〇日の昼から合流・突入せよ』などということはあり得ない。軍隊にとって時刻は絶対で、曖昧さやニュアンスによって忖度せよという表現はありえない。
 それを揃いも揃って、口裏を合わせてむにゃむにゃむにゃと検察官に述べているということは口裏を合わせて重要事項を隠したということである。

 戦後レジームからの脱却を言い戦前回帰を露骨に表明している安倍内閣が、揃いも揃って大嘘を突く沿革は、なるほど昭和初期の軍隊にあったのかと妙に感心した。
 南スーダンの日誌問題これあり、時代は妙に再現ドラマに似てきている。

2018年11月12日月曜日

井上章一の問題提起

 国立国会図書館関西館であった「国会図書館開館70周年講演会」は、国際日本文化研究センター副所長・井上章一氏の『本でまなぶこと 街がおしえてくれること』であった。
 1時間半の講演を乱暴に一言でいえば、世に存在している「定説」のようなものが如何に「嘘」であるかということであった。

 曰く「阪神タイガースは昔から人気球団だったわけでない」「関西の人気球団は南海ホークスだった」

 「日本では、興福寺の阿修羅像のように三次元の造形では美的であるのに、二次元の絵画には約束事が多くて美人が残っていない」

 「明治の高等女学校の修身の教科書には『美人は勉強ができない』とあり醜いことが称揚されていた」
 
 「和服の女性もズロースを穿くきっかけになったという白木屋の火事で、和服の女性がそういう理由で多数亡くなったという事実は全くない」

 「法隆寺の柱の銅張が古代ギリシャのエンタシスだという証拠はない」「どちらかというと北方遊牧民(拓跋)の龍門石窟に起源があるだろうが、明治の脱亜入欧意識が前説を生んだ」

 「数寄屋造というのは花街に特徴があるという常識(であったもの)がいつのまにか『格式ばった書院造を克服した粋』とされてしまった」・・・等等々

 そして、「日本人は自己主張を控えて和を大事にする」「それに比べて欧米人は自己主張が強い」という「定説」に対して、それぞれの都市の景観を比べ、「ヨーロッパの都市では調和を乱す建築は許されない」「戦争や地震で壊滅した街はほんとうに元通り復元される」「それに対して日本の都市は全く無配慮で勝手に建てている」という指摘は面白い。
 それはテレビの「世界街歩き」や「鉄道の旅」でも実感するところだ。

 エンタシス関連でいえば、「正倉院の校倉造は湿度調節をはたしていたので宝物の保存が良かった」という「定説」があった。
 しかし、正倉院の大修理の際に見学したが、結構大きな隙間がいっぱい空いていて校倉の伸び縮みなどのレベルでは全くないことが一目で理解できた。
 本庶先生ではないが、「教科書はまず疑え」「定説はまず疑え」だと納得した。

2018年11月11日日曜日

少子化のこと

 私は団塊の世代のトップランナーの位置に居る。
 二部授業、プレハブ教室、講堂内を間仕切りした教室・・・各種の福祉的諸制度は「持ちこたえられない」として次々に改悪されていった世代である。(その一方で、団塊パワーで新しい時代を切り開きもしてきた。それはそうとして)

 だから、息子は団塊ジュニアである。
 景気の巡り会わせもあり、就職氷河期で苦労もあった。ミニ団塊の世代であった。
 ところがその子、つまり私の孫は団塊ジュニアのジュニアにはならなかった。で、やっぱり少子化なのだと実感された。

   小学1年生の孫の運動会があった。少し遅いがジュニアのジュニアである。
 子ども(つまり孫の父親)の運動会は父母がひしめいていたなあと思い出した。
 運動場の周囲では収まらないので父母は教室から眺めてくれといわれたこともあった。
 それが、今はガラガラとまでは言うほどではないが、余裕のある父母席だった。なので、やっぱり少子化なのだなあと感じた次第である。

 ただ、大阪中心部は、早期に少子化だということで学校を潰していって、建築規制を緩和してマンションを建て、その結果、今は学校不足、過密校が問題になっている。全く落語にもならないほど無策だと思う。

 そんな例外もあるが、それ以外の地域では学校の統廃合が進んでいる。
 それでいいのだろうかと私は思う。
 学校というのは建物をさす言葉だろうか。
 母校だとか、同窓だとか、そういう心の故郷を「子どもが減ったから」といって失くしていいものだろうか。

 教育だとか行政だとかを株式会社のスケール、経費の考え方(つまりは損得)で律していいのだろうか。
 宇沢弘文氏の「社会的共通資本」の考え方をじっくり学び直してみたい気がしている。

2018年11月10日土曜日

壊れゆく国

 カリフォルニア州サウザンドオークス市でまたまた銃乱射事件があり12人が死亡した。
 テレビは犯人を元海兵隊員でアフガン帰還兵でPTSD(心的外傷後ストレス障害)だったと報じている。
 遡る10月にはピッツバーグで11人が殺された。2月には高校生ら17人が殺された。昨年11月には26人が、10月には58人、一昨年6月には49人が殺された。唯単に西部劇の国だからだろうか。

 堤 未果著『アメリカ弱者革命』(新潮文庫)に帰還兵のインタビューがたくさんある。
 「イラク戦争のことはもちろん知っていたけど、テレビでは人が死ぬ映像も映されないし、フセインを倒して喜ばれて、いいことしてるんだくらいに思ってた。でも、実際体験してみたら、全然違ってたよ」

 「訓練期間中、俺たちは同じ言葉をリズムに乗せて何度も繰り返し叫ばされた。『その女を殺せ、その子どもを殺せ、殺せ、殺せ、全員殺せ!』 朝の点呼のとき、食事の前と後、訓練の最中、寝る直前まで、両手を背中の後ろで組んでその言葉を叫ばされるんだ」

 「声が小さいと、見せしめに、頭を固定させられて残酷な映像を何時間も見させられる」「あれをやられたやつは毎晩、悪夢で寝られなくなるぜ、それが怖くて、みんな顔を真っ赤にして絶叫してたよ」

 「あるビル内を捜索している途中に5,6人のイラク男性が入ってきて、アラビア語でなんかわめきはじめた。上官は一言『銃をとれ!』と叫んで・・・何がなんだかわからなかった。マシンガンの音がして、ビルを出るように言われ、出たところでミサイルが撃ち込まれ、そこらじゅうが血の海で、イラク人の家族の手足が散らばってて、さっき僕が目を合せて微笑んだ小さな女の子の体の一部を見たとき、・・僕はポケットからカメラを取り出して、その子のボディーパーツを写真に収めたんだ」

 帰還兵は全員必ずダメージを受けて帰ってくる。PTSDだ。2004年の陸軍の調査ではイラクのアメリカ兵6人に1人が重度の精神障害と発表されている。
 アメリカ兵100万人だから、いずれ治療が必要な者は10万人を超すだろう。

 兵士は兵役中は国防総省の傘下だが、帰還者はVA(退役軍人協会)の傘下となる。しかし、帰還兵用の病院のPTSDの予約は1年先の状況だ。ドラッグ依存症、アルコール依存症もだ。帰還兵のホームレスは全くもって珍しくない。

 ここには銃規制だけでも解決できない闇がある。
 日本に、アメリカ兵の代わりに海外派兵に踏み切って肩代わりしてくれという米為政者の切実さがよく判る。
 そしてその先には、壊れゆくアメリカ社会と同じ行く末がこの国で起こるであろうこともよく判る。
 銃乱射事件を見て、「ライフル協会が悪い」「広いアメリカのことは判らん」という感想だけでは足らないのではないだろうか。
 あまり記録が多くはないが、太平洋戦争後の日本でも現実に起こっていた。
 ドラマではあるが、朝ドラ・カーネーションの勘助の挿話は記憶している。
 最初は「戦争で余程怖い出来事があったのやろな」と思って見ていたが、後で母親がポロッと「あの子もやったんやろな」と呟いた。

   枯葉舞う乱射事件の超大国