2019年9月15日日曜日

人災でないか

   千葉県下の大規模停電で老人施設の入居者が亡くなったというニュースに胸が痛む。
 台風は天災かもしれないが、その後の停電やその対応は人災の側面が多い気がする。
 特に、内閣改造だと嬉々として顧みなかった政府の責任はインフラ手抜きの東電同様罪が重い。

 以前に読売テレビの好きでもない番組に共産党の小池書記局長が出ていた時の場面を思い出した。
 確か大企業は応分の税負担をすべきだという小池氏の話に、いわゆる右翼の論客として有名な多くの出席者が、「そんなことをいうと大企業は海外に出ていく」と一斉に非難したが、小池氏は右翼の皆さんに向かって一言こう反論した。「大企業経営者に愛国心はないのか」と。
 右翼の人々は苦笑いするしか反論できなかった。

 今般の台風被害は千葉県以外でも深刻らしいが、当の千葉を含めてあまり報道されていない。
 メディアも政府も、いったい国の主人公は誰なのか。
 電力や鉄道や公共的な大企業が「社会的責任」を投げ捨てている。
 政府の進める「官から民へ」の方針も実は「公共から儲けへ」である。
 小池さんではないがインフラの手を抜く面々に言いたい。「君らに愛国心はないのか」。

2019年9月14日土曜日

お月見

   9月13日は太陰暦の8月15日、つまり仲秋の名月であった。(満月は9月14日というのも興味深いが)
 わが国で月の女神というとすぐに思いつくのはかぐや姫だが、古い中国の神話では月の女神は嫦娥(じょうが)である。
   この間から度々ニュースに登場した香港の行政長官は林鄭月娥(りんていげつが)女史だから、きっと親は月の女神のようになってほしいと名付けたのだろう。
 ただ嫦娥は、夫が西王母からもらい受けた不死身の薬を盗んで飲んで月に逃げたため、挙句ヒキガエルにされてしまったのだから、親はそこのところをどう考えて付けたのだろう。(現在の香港問題とは関係ないが)
 我々が月で兎が餅をついているとみるように、中国では月には大きなヒキガエルにされた嫦娥が見えるという。

 月見団子を買い求めに奈良の有名な和菓子屋に行ったが、写真のような月見団子よりも真ん丸の月見団子の方がよく売れているように見えた。
 東京の文化が関西をはじめとする土地土地の文化を駆逐していっている。
 私は意地でも関西風の月見団子である。
 これは一般に「里芋の形」だと言われているが、私の母は「月に叢雲」だと言っていた。
 よく解らなくてもこういうものは継承することに意味がある。
 イオンあたりで売っているものとは違って本当に美味しかった。

 先日からいつもの散歩道脇の空き地でススキを見つけておいたから、それを数本刈りに行ったが全くなかった。歩き回っても同じだった。
 わが街周辺に風流なご同輩がおられるならうれしいことだが、その徹底ぶりからすると、商売のために根こそぎ刈り取ったのかもしれない。(邪推かもしれないが)
 ススキは月の女神の依代だからこれは絶対に必要だ。で、少し離れたところまで行って刈ってきた。

   月見団子こし餡は叢雲と聞いた

2019年9月13日金曜日

憲法改悪反対

   ひねりも何もないタイトルで誠に恥ずかしいが、第4次安倍内閣の発足に当たって絶対に言っておきたいことがこれだ。
 なにが「党一丸で改憲」だ。
 国民の願いでも選挙結果でもない。

 思うに、自民党の改憲案は戦時体制を作る案だと言える。
 戦時体制というと遠い世界のように感じるかもしれないが、マスメディアが報じないうちに民主主義がどしどしむしばまれている今日、気がついた時には身動きができなくなっているだろう。大げさだと思わないでほしい。

 私の孫は重いハンディを背負っているから彼ら流に言えば生産性が劣ることになる。もっと有体に言えば国の邪魔だと言われかねない。
 「現にある自衛隊を書き込むだけで何も変わらない」というような詐欺師の言葉を信じてよいわけがない。
 自民党はかつての保守党でも何でもない。
 極右思想のカルト集団と変わらなくなっている。

 第4次安倍内閣発足に当たってもう一度言う。
 憲法改悪反対。
 凜ちゃん! お祖父ちゃんは本気だ。
 読者の皆さん、どうか力を貸してください。

2019年9月12日木曜日

水遊びごっこ

   去年の今頃、孫の凜ちゃんは大学病院に入院していたが、実は今年も、曾祖母ちゃんを送った日の夜、熱発と夏風邪の症状がひどくなり大学病院に受診しに行った。(近くの病院ではよくならないし土曜日の夜だった)(親は去年のように即入院の可能性もあると準備していった)

 原因はRSウィルスかもしれないが、今年は入院するまでもないだろうというので帰ってきた。ただ症状はまだ続いている。
 そんなもので、水遊びもできないが水遊びごっこだけはした。

 祖父ちゃんの作った”だし巻き卵”をパクパク食べてくれるから遠からず軽快するだろう。

   来た来たと雷鳴を待つ残暑かな

2019年9月11日水曜日

猫の親ばか

   猫を10匹近く飼っているK2さんからメールをいただいた。
 この夏に『あさご芸術の森美術館』の『はしもとみお氏の木彫りの動物たち』を見てきたらしい。

 はるかに木彫りの水準を超えた作品に驚いたが、実は観覧中にNHKのインタビューを受けてそれが放送されたそうだ。

 5分近く語った内容が十数秒にまとめられて?放送されたらしい。
 それでも、語った本意とそう違わなかったらしいから、これはこれで楽しい思い出だろうが、結局、放送にはある種のシナリオがあって、それを修飾する『絵』を撮っているのだろう。
 私が古墳の現地説明会でインタビューを受けたときもそんな風だった。

 彫刻や古墳の場合はそれでもいいが、選挙時などはやたらに「誰がなっても一緒と違うん」というような「街の声」を繰り返し、選挙が終われば「低投票率が問題だ」的にお説教するのはいただけない。

 そういうマスメディアが日本の政権の腐敗には全く触れもせず、隣国の悪口ばかりを繰り返している。
 マスコミ論調を信じるというのは自ら「教養を欠いている」と言っているようなものではないだろうか。
 
 それらに飲み込まれないためには、権力に媚びず無縁な赤旗などを読むことが重要だが、同時に心あるリベラリストはミニコミやSNSでもっともっと思いを発信することが大切だと思う。

2019年9月10日火曜日

歪む言霊

   朝日新聞に半藤一利さんの『歴史探偵おぼえ書き』が先日掲載された。
 中見出しは『強いスローガンの恐ろしさ』で、写真(漫画)は大阪朝日新聞の「日露戦争の講和条件を批判するもの」。そして、記事の内容は写真のとおりである。(写真上でクリックすると拡大されて容易く読めると思う)

 私はかねがね、明治38年のポーツマス条約を弱腰外交と批判した新聞(例えば:万朝報(よろずちょうほう)「わが国民は小村(寿太郎)を迎えるに弔旗をもってせよ」と主張)の登場から戦前のこの国の進路は誤ったと考えていて、上記の記事に全く同意する。

 半藤氏は別の著作で次のようにも述べられている。
 ■ 朝日新聞は自社の70年史で書いています。
 「昭和6年以前と以後の朝日新聞には木に竹をついだような矛盾を感じるであろうが、柳条溝の爆発で一挙に準戦時状況に入るとともに、新聞社はすべて沈黙を余儀なくされた」とお書きになっていますけれど、違いますね。
 沈黙を余儀なくされたのではなく、商売のために軍部と一緒になって走ったんですよ。
 つまり、ジャーナリズムというのは、基本的にはそういうものでね。歴史を本当には学んでいないんですよ。
 こう言っちゃ身も蓋もないけれど、いまのマスコミだって、売れるから叩く、売れるから持ち上げる、そんなところだと思いますよ。(そして、メディアは日本を戦争に導いた)■

 半藤氏は文芸春秋や週刊文春の編集長も歴任されたされた方で、いわゆる左翼の方ではないが、まじめに近現代史を見てこられた結果がこういう言葉になっている。現在の氏の勇気ある発言の数々には敬意を感じている。
 現代人は、氏の指摘を深く噛み締めながらテレビや新聞に対面することが重要な気がしている。

   勇ましい言霊の国は過去の国

2019年9月9日月曜日

雑文、雑詠

 (1)こういう場面で思うのだが、諸行は無常だが児の声は未来の保証だ。
 大人たちがいくらカッコをつけても、児の元気な声以上の送る言葉は出てこない。
 ちなみに追悼歌は万葉集の時代は挽歌と言われていた?らしいが、その語源は柩を挽く際に詠われたからという。

 たいくつと折り紙で作ったバラの花 ひい祖母ちゃんの上に飾りぬ

 (2)長い職業生活ではふと”そんな目”で周りを見てしまうことがある。
 ”そんな目”で、義母と別れてから頭に思い浮かんだ実につまらぬことがある。
 こういう思考回路は職業病と言えないだろうか。実につまらぬことなのだが。

 目前の炉の建設工事は3506 労災保険率適用細目

 (3)老人ホームでお世話になった方々全員にお礼を言いたいが、交代制のためそれは不可能。
 で、ほんとうに形ばかりのお菓子にメッセージを付けてお配りしたいが、いったい何がいいだろうか。主はメッセージ。
 「どこそこのクッキーは評判がいい」などと娘と言い合っていたが、念のためとネットを開けると、あるはあるはプチギフト。
 およそ人の考えそうなことはほとんど商業ベースで捕獲されていて、その抜け目のなさにただただ感心。こちらが遅れていただけ。
 ここは一応「さすが便利だ」と誉めておこう、ネットショップのプチギフト。

 人の考えは把握済み ネットショップは何でもござれ

2019年9月8日日曜日

勝手に会場係

    白寿であった。故にもう怖いものは何もない。
 なので私は勝手に会場係になって、白寿にふさわしい会場にしようといろんな写真を展示した。
 習い性となるの言葉もある。
 皆は住職の背中よりも写真を見て、楽しく過去を噛み締めてくれた。お坊さん、ごめんなさい。

 そして、その光景を追悼歌にしてこれも掲示した。
 追悼歌は式の中でも紹介してもらった。
 きっと義母も写真のとおり大笑いしてくれたことだろう。
 出席した皆も、この心のこもった光景が思い出になったと思う。

 追悼歌は次のとおり。
   満面の笑み飾られし秋の日は
    お祭り娘の名をほしいまま

 義母は日頃はおとなしかったが、老人ホームのイベントの時はいつも茶目っ気たっぷりに応じて、スタッフや同僚の皆さんを楽しませてくれた。
 故に「お祭り娘」の名を独り占めと詠んでみた。

 そんな行事の時は、缶ビールやノンアルも美味しそうに飲んでいた。
 献杯!  



2019年9月7日土曜日

大馬鹿爺い

 臨時ニュースが飛び込んできて予定していた放送が吹っ飛んだというのがテレビではよくあるが、それに似た事態でこの記事のアップが遅れていた。夏ちゃんごめん。

 孫の夏ちゃん(小二)が夏休みの自由研究とやらで「漫画を描く」と言っていたのは7月27日のこのブログに書いた。
   その後夏休みに何回かわが家にやってきたが、その続きを書いているような様子は一つもなく、てっきり他のことに気が移って漫画はやめたのだとばかり思っていた。

 ところが新学期になって夏ちゃんのお母さんから「夏休みの作品が展示されているのでよかったら見てやって」とメールが入ったので、孫の小学校に行ってきた。

 祖父母が見に来たとわかると照れて嫌がるだろうと思って少しゆっくり目に行ったつもりだが、どういうわけか教室には数人が残っていて、その中に夏ちゃんはいた。案の定「それは見るな」と抵抗したので、じっくりは見なかったが、四コマ漫画のようなものが10数件描かれていた。

 私は予想外の出来栄えに感心した。
 もっと手を抜いたものが1~2件程度のものだと予想していたから。

 見渡すと、「夏休みの自由研究」というような参考資料に沿って仕上げたのではないかと思われるような大作がいくつもあった。
 それに比べると、まったく幼稚でしかもいささか乱雑だが、正味自分で考えて自分だけで仕上げたのが丸わかりの代物だ。
 祖父ちゃんはそこに感心した。
 犬も食わない、大爺ばか日誌である。

   夏風の留まっている廊下かな

2019年9月6日金曜日

玄関から送られる

   「老人ホームへ親を入所させるなんて」という意見を聞くことがある。
 感覚というか人生観は人それぞれだから否定する気もない。
 ただ私の子供たちが生まれた頃だって、「保育園に預けるなんて」という白い目はあった。
 朝ドラの夏ちゃんにしても同じようなセリフというか悩みが語られて、そういう(夏ちゃんのモデルのような)先輩たちの努力の結果、今があるのである。

 さて、老人ホームの話に戻ると、義母の入居した施設の母体はカトリック教会だった。
 そんなもので信徒さんの入居者も少なくはなかったが、圧倒的な数の入居者も、あるいはスタッフの多くも宗教、宗派とは無関係だった。
 それでも基本的な精神のような部分に優しい宗教心のようなものが流れていて、利用者である私たちも感謝することが多かった。

 昨日の記事で義母がターミナルに到着したことを書いた。
 一夜明けて、義母は可能な限りの大勢の入居者とスタッフに見送られた。
 部屋のスタッフの心のこもった言葉があり、聖書が読まれ、賛美歌が歌われた。
 もちろんメーンの玄関ホールでそれは行われ、最後はドアの外まで車いすの方々が出てこられて、車が見えなくなるまで送ってくれた。

 裏口などでは全くなく、正面玄関からこのように送ってくれる精神は宗教心ではないかと私は感心している。
 もし、家庭での老々介護に疲れておられる方で、この記事を読んでそんな施設もあるのかと思われた方がおられたら、一度施設介護の可能性を検討されてはいかがだろう。
 写真は以前の餅つき大会の際の写真である。薪竈も羽釜も蒸し器も義母が使っていたものである。

2019年9月5日木曜日

天使の時間

   義母がいよいよターミナルケアというときに、さらに念押しのための相談が医師と施設からあり、妻は痛み等の緩和剤以外の延命治療は一切望みませんと言い切った。

 そんなこともあり、夏祭りの頃にスタッフが義母に「一番食べたいもの」を聞いてくれたら「ソーメンを食べたい」と答えたので、それならと調理スタッフが全く義母にだけ特別にソーメンを作ってくれた。
 それを、その前からの落ち込んでいた症状が嘘のように、満面の笑顔で食べているのを動画に撮ってくれていて、それを昨日、ファミリーで大笑いしながら見せてもらった。

 「たしかこんなのを天使の時間と言うらしいで」と私は言った。
 どこかでそんなことを読んだことがある。
 ターミナル(終着駅)の少し前に、そんな天使の時間があるらしい。
 延命治療の拒否は、わが義母の場合は全く正解だったと思う。
 施設には感謝しかない。

2019年9月4日水曜日

ギンヤンマはトンボの王様

   孫の童謡のCDに 〽オニヤンマはトンボの王様~というのがあるが、まあここはギンヤンマと読み替えてもらいたい。
 先日から何回か撮影に挑戦したが、シャッタースピードが標準ならブレてしまうし、それを早くしたら深度が浅くなってピンボケになってしまう。
 飛んでいるギンヤンマを撮影するのはほんとうに難しい。

   写真の1番目はようやく撮れた、飛んでいるギンヤンマ。ピント(フォーカス)はまだだいぶ甘い。
   写真の2番目はシャッターチャンスに恵まれたケースだが、つかの間止まった交尾中。失礼。

 トンボといっても、いろんなトンボがいるが、昔少年はヤンマという言葉を聞くとなぜか心が躍ってくる。
   やはり飛ぶスピードだろう。
 子供は、スポーツカーや列車や飛行機が好きなのだ。

 それに昔少年にとってはヤンマはリスペクトすべきライバルだ。
 昔はギンヤンマは、街の十字路から十字路を縄張り宣言しながら周回していた。
 捕虫網で失敗してもまた帰ってくる。それが解っていても網の上や横をするりと抜けていく。悔しい!
 そのトラウマ?がこの歳になっても心を騒がせるのだ。

 写真の3番目はショウジョウトンボ(猩々蜻蛉)。
 ナツアカネが赤くなってきた!と一瞬思ったが、ナツアカネだと周りにいるはずの同類は全くおらず、1匹で縄張りを主張するショウジョウトンボだと同定。

 それにしても総じてトンボが少なくなった。
 水辺が不自然に汚れたからだろうか。あるいは綺麗すぎてボウフラや蚊が少なくなったからだろうか。

   戦闘機は無用ヤンマがかっこいい

2019年9月3日火曜日

近江が呼んでいる

   来年の朝ドラは信楽が舞台らしい。大河は明智光秀で坂本城をはじめとする近江のシーンが少なくないだろう。
 そんなこともあるのでOB会の秋の遠足は近江にしたと言うと「結構ミーハーやね」と妻に笑われた。
 
 そんな中近くのショッピングモールで『近江フェア』が行われていた。
 そういう催しにはあまり飛びつかない我が家だが「鮒ずしを買おう」というのは文句なく夫婦で意見が一致した。
 いうまでもなく、わが国で一番古式を残している馴れずしの一つで、原則として飯は食べないが、購入したものはこれも現代風に改良?されていて飯まで美味しかった。

 おまけに、それまで少し冷たいものを飲みすぎてお腹の具合がもひとつだったのまでが改善された。
 琵琶湖のニゴロブナの激減と数年にわたる手間暇からすると仕方がないかもしれないが、もう少し廉価になれば言うことはない。
 このままだと、一握りのマニア向けの珍味になってしまわないか。
 エヘン、鮒ずしは大人の食べ物である。
 豊かな人生を積み上げてきた者がこの味に魅了されるのだ。(少し偏見)

   秋めいて酒と女房と鮒ずしと

2019年9月2日月曜日

嫌韓キャンペンーンと上皇のお言葉

 先日何人かで酒を飲んだとき、非常にまじめな先輩が「韓国は無理難題を言う」「アメリカも怒っている」というマスコミ論調そのもので話をしたので些かショックだったが、冷ややかに考えると普通にテレビを見ている人はそう思うだろうなあと思う。
 マスコミは政府の言葉を垂れ流し、それ以上に煽っている。これは途上国の独裁政権、あるいは戦前の時代と瓜二つである。
 ただ、現代起こっている徴用工問題の韓国大法院判決やトリエンナーレの慰安婦の少女像については不十分ながらこのブログで書いてきたので今回は重複を避ける。

 そこで少し角度を変えて冷静な議論のために一つの資料を提供する。
 それは平成13年の『天皇陛下お誕生日に際し』ての記者会見の内容である。
 ここの天皇はもちろん現上皇のことであり、文章は宮内庁のホームページのものそのままである。

 ■ 問3  世界的なイベントであるサッカーのワールドカップが来年,日本と韓国の共同開催で行われます。開催が近づくにつれ,両国の市民レベルの交流も活発化していますが,歴史的,地理的にも近い国である韓国に対し,陛下が持っておられる関心,思いなどをお聞かせください。

 ■ 天皇陛下
 日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。
 宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。
 こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。
 私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。 
 しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。

 以上、私はこのような上皇(平成の天皇)の理性的な見解に非常に感銘を受けている。
 そして、反韓国のいわゆるヘイトスピーチを繰り返している右翼の人々はこれらの見解をどう受け止めているのかと不思議に思う。
 冷静になれ、大人になれが今一番大切なキーワードではないだろうか。


■おまけ■ 内田樹氏が次のようにツイートされている。
   この時期に日韓関係について、何を語るのかは、その人の知的誠実さと市民的成熟についての決定的な指標だと思います。僕がもともと「なんか胡散臭いな」と思っていた連中はだいたいがうち揃って「嫌韓コーラス」に参加しているようです。なんてわかりやすい人たちなんだろう。

   丸木舟倭人の故地は西の方

2019年9月1日日曜日

関東大震災の砂けぶり

 大正12年(192391日、私の母は堺でも「揺れた」と生前に語っていた。
 私は「まさか」と思っていたが東北地震の経験の後それを信じるようになった。

 その、96年前の関東大震災の中、朝鮮人や中国人が、住民の「自警団」や軍、警察によって殺害された。
その追悼式に、小池百合子・東京都知事は今年も追悼文を送らないと表明した。
 その式典には歴代知事がメッセージを寄せてきたし、小池知事も就任直後の2016年には前例にならったが、翌年から取りやめた。
 きっかけは、追悼碑の説明文にある「六千余名」という犠牲者数は過大だという自民都議の質問だった。自警団の行動は震災に乗じて凶悪事件を起こした朝鮮人らへの自衛措置だったとも。
 それを受けて小池知事は、虐殺について「様々な見方がある」「歴史家がひもとくもの」とあいまいな言い方で追認した。
 しかし、流言蜚語によって民族的な差別意識を増幅させた市民が、何の罪もない人々を殺傷したというのが、事件の本質である。

 そしてこういう日本の負の歴史について、研究の蓄積を無視した主張を言い募り、あるいは一部に疑問を投げかけて、諸説があるかのような空気をつくり出し、公的な場から消し去ろうとする「歴史修正主義」の動きが近年相次ぐ。
 東京では来年、あらゆる差別を禁じる憲章の下、五輪・パラリンピックが開かれる。
その都市のトップが、ヘイトクライムの過去に真摯(しんし)に向き合おうとしない。日本のみならず世界の心ある人々が知れば、幻滅し、その資質を疑うだろう。
以上は829日付け朝日新聞の社説の要旨であり、私はその主張に同意する。

 ここで2017420日にこのブログに書いたことの一部を再録する。
敗戦時、その存続が危ぶまれた大学が二つあった。神道を教学の柱としていた伊勢の神宮皇学館大学と国学院大学である。
 その危急存亡の秋に国学院大学の宗教研究室の主任教授になったのが折口信夫(おりくち しのぶ)で、学者であるとともに歌人でもあり詩人でもあった。
 はたして、日本会議周辺の神社本庁や神道政治連盟の人々はこの大先達のことをお知りだろうか。
 そして、関東大震災の翌年に折口が発表した詩「砂けぶり二」をご存知なのだろうか。

 少しく長いので一部のみ紹介すると、折口は、
  夜(ヨル)になったー。
 また 蝋燭と流言の夜(ヨル)だ  ・・と、詠い。
 かはゆい子どもがー
  大道で しばって居たっけ
  あの音ー
     帰順民のむくろのー。   ・・と、詠い。
  (初出では)
  おん身らは、誰を殺したと思ふ
  陛下のみ名においてー。
  おそろしい咒文だ。
  陛下万歳 ばあんざあい  ・・と関東大震災時の朝鮮人等虐殺を告発していた。

 関連して折口はこうも言っていた。
 ・・・大正12年の地震の時、9月4日の夕方ここを通って、私は下谷・根津の方へむかった。自警団と称する団体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり囲んだ。その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思ってゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切ってしまふ。あの時代に値(ア)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出来なくなってしまったと。

『吾輩は猫である』のなかで漱石は、「凡ての大事件の前には必ず小事件が起こるものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古来から歴史家の常に陥る幣竇(へいとう:欠陥)である」と語っている。
慰安婦、徴用工、南京虐殺、そして関東大震災時の虐殺。
松井大阪市長、河村名古屋市長、小池東京都知事らの発言を見過ごしていては、モノ言えぬようになったときの大事件の折に悔やんでも仕方がない。

  秋雨や線上降水帯と名を変えて

2019年8月31日土曜日

カジノで街は栄えるか

   わが家からそう遠くないところに『奈良競輪場』がある。
 最寄り駅は近鉄京都線平城(へいじょう)駅である。
 よく、ギャンブル施設擁護論の中に「地元が潤う」というのがあるが、私の知る限る平城駅周辺から競輪場までの道筋に「潤った店」などは皆無である。
 田圃の中の一本道ということもあるが、文字どおり「オケラ街道」の趣がある。

 無料バスの起点である大和西大寺駅周辺にも「競輪場様様」のような店は見当たらない。
 各地のギャンブル施設のことは知らないが、私の見ている奈良競輪場に関しては「地元が潤っている」事実はない。

 反対に『古都奈良の文化遺産』から不自然にぽっかりと秋篠寺が抜け落とされているのは、唯一ほぼ隣接するこの競輪場のおかげである。
 この競輪場がなかったとしたら、平城宮趾から佐紀の古墳群を巡って秋篠寺等に至る「歴史街道」のような観光コースはきっと地元をも潤すことだろう。

 『岸和田少年愚連隊』に登場した(春木中学)生徒会長だった宮本たけしさんが、かつてあった春木競馬、そして今もある岸和田競輪について語っている動画が面白い。
 春木駅には、小学生を呼び止めて「10円」をねだる大人がいた。
 馬券売り場で働いていたお母さんいわく、「絶対に儲からへん」「儲かるんやったら馬券売らんと私が買うわ」など。

https://www.youtube.com/watch?v=IhhT2jyx95Q



 カジノは基本的に客を囲い込む。
 大阪の夢洲案でも関空から高速船で囲い込んで「地元」なんぞには見向きもさせない。IRだとか、家族ずれだとかいうのは端々のことである。
 てら銭は、地元など素通りしてアメリカ等の胴元企業に行く。
 実際、カジノのあるシンガポールよりもカジノのない日本の方が外国人観光客は何倍にも増えている。
 カジノで街が栄えるは不正広告でしかない。

   うそ寒や古刹に近きケラ街道

2019年8月30日金曜日

半径200mの秋

 秋雨前線があちこちで被害を与えているが、わが家周辺半径200mでは猛暑が少しマシになった程度で済んでいる。
 被災された方々には申し訳ない気もあるが、少し風景が変わってきたことの報告をする。

   第1の写真は「イチモンジセセリ」で、この間からいっぺんに増えている。
 「蝶なのか蛾なのかはっきりせい」という感じだが、「セセリチョウ」で蝶である。
 大きな目を可愛いと感じるか不気味と感じるかは個人の自由といったところだ。

   第2の写真は「ヤマトシジミ」か「ルリシジミ」で、これもセセリと一緒に一挙に繰り出してきた。
 みんな夏休みだったのだ。
 セセリチョウもシジミチョウもありふれているが、秋雨前線と共一足早くやってきたご褒美にパチリ。

   第3の写真は「アオスジアゲハ」で、これも全く珍しくないが、少しは秋を喜んでやってきたように見えたのでこれもパチリ。
 結構せっかちなので撮影は割と困難だった。
 ナミアゲハも撮ったが掲載は省略。

   第4の写真は名前の解らない「キチョウ」。
 写真では「シロチョウ」のように見えるが、明らかに薄い黄色。
  翅の表に黒い紋(縁)が見えなかったから「キタキチョウ」の秋型かも知れない。

   第5の写真も名前の解らない蜂。
 一見したところ「クロスズメバチ」に見えるが、スズメバチが花の蜜を吸うのだろうか?
 図鑑にはよく似た蜂にハナダカバチとかハナダカバチモドキというのがあるが、これらも基本的には肉食系。
 スズメバチに擬態で有名な「スズキナガハナアブ」だろうか。ハナアブならもっと頭が大きいだろうに。

 結局、イチモンジセセリとアオスジアゲハ以外の名前は正確には解らないが、秋雨前線とともに秋がやってきたのは間違いない。

2019年8月29日木曜日

悪気はなくとも誤解は広がる

 『鬼の日本史』という本を読んでいると、次のような記述が出てきた。
 ■粽(ちまき)は中国の戦国時代に、楚の人で汨羅(べきら)の淵に身を投じた憂国の詩人・屈原(前343-前277ごろ)の霊を慰めるため作られたのがはじまりとされる・・・本家筋である中国では、楝(おうち・樗とも書く)の葉でくるんだのが、そのはじまりとされる。「オウチ」とはセンダンの古名である・・・「センダンは双葉よりかんばし」などといわれる・・・■

   著者に悪気はないだろうが、植物に関しては縁が遠そうだ。おいおいおい、楝の葉では粽は巻けないぞ。

 その前に、その故事というのを補足しておくと、人々は屈原の死を悲しみ、命日の55日には供物を投げて供養したが、供物は屈原のもとに届く前に悪い龍に盗まれてしまう。そこで供物のもち米を、龍が苦手だという楝樹(れんじゅ)の葉で包み、邪気を払う五色(赤・青・黄・白・黒)の糸で縛ってから川へ投げたところ、無事に屈原のもとへ届くようになったということである。蛇足ながら、粽に結んだ赤・青・黄・白・黒の五色の糸は、子供が無事に育つようにとの魔よけの意味を込め、鯉のぼりの吹流しの色となっているという説もある。

 私が「誤解だ」というのは、写真のとおり、楝(おうち・センダン)の葉では小さすぎて粽は巻けない。龍が忌避するほどの香りもない。
 正解は「楝樹(れんじゅ)とは白檀」であり、「栴檀は双葉より芳し」の栴檀も白檀のことである。
 著者は「栴檀は双葉より芳し」の栴檀を、センダン(楝)と誤解し、その上に実際のセンダン(楝)の葉を知らなかったわけである。

 と、偉そうなことを言ってみたが、私も昔は『夏は来ぬ』の歌詞の「楝ちる」が意味どころか読み方も解らなかった。さらにその上に「センダンなら栴檀は双葉より芳しのセンダンだろうと信じていた。
 著者を笑うわけにはいかないが、こう堂々と書かれると、悪気はなくとも誤解は広がる。
 悪気のあるフェイクニュースもあるが、こんな誤解も世間にはいっぱいあるように思う。
 情報なるものを鵜呑みにせず、自分の頭で納得できるまで反芻する、そんな作法が大切かもしれない。

2019年8月28日水曜日

下重さんの俳句

 27日に、見るともなく『徹子の部屋』の下重暁子さんを見ていたら、徹子さんと共通の趣味の俳句の話になり、下重さんのビギナーズラックのような初期の俳句が披露された。
    疎開列車夕焼に描く地獄変
 下重さんは、夕焼けを見て大空襲を思ったのだと語った。
 その思いもよらなかった連想に私は考え込んだ。
 戦後世代の私たちは、記録としての戦争を知ったかもしれないが、夕焼けの向こうに大空襲を感じる感覚をほんとうに引き継いだのだろうか。

 「戦後世代の責任論」というテーマでは多くの著作もあり説もある。
 その中では、私は内田樹氏の次のような文章に理屈でなくても納得できる。
 ■ 俺が始めたわけでもない戦争の責任をどうして俺が問われなくちゃいけないんだって、本気で思っている人たくさんいますから。でも、国民国家ってある種の連続性があるもので、連続性がないと立ちゆかない。「戦争したやつらが悪いんで、俺は関係ない」とは言えない。・・韓国で・・こちらがていねいに謝罪すれば、ほとんどの場合「いや、あなたが韓国を占領したり、戦争をしたわけじゃないし」ということで話は終わるんです。「おう、だったら誠意を見せろよ、誠意」というようなヤクザのようなことを言う人なんか僕は一度も会ったことがない。・・僕は自分は死者たちの身内だと思っているから、死者が犯した罪や借財は「自分の債務だ」と思う。

 確かに戦争世代は多くを語らずに多くは鬼籍に入った。
 それは、自分たちの犯した罪の露見を避けて口をつぐんだと言えるかもしれないが、善意に解釈すれば、自分たちの世代の芥は自分たちが地獄までもっていくから、次の世代はさっぱりと明るく生きてくれという親心だったかもしれない。
 しかし、それが通じるのは国内のみであろう。
 私が労働組合青年部の役員であったころ、東北で酒を飲んで交流していたら、会津の青年が「〇〇県は裏切った」などと言って、戊辰戦争の恨みを昨日のように語るので驚いたことがある。
 やられたものは忘れないものだ。それが普通だ。
 結局、現代日本の問題点はそういうことの想像力の欠如かもしれない。
 夕焼けが大空襲に見えたときがあったのだ。

2019年8月27日火曜日

わが家の胡瓜自慢

   824日の新聞に、わが家の「わが家の菜園自慢」が掲載された。
投稿はだいぶ以前に行ったものだったが、掲載されたときには胡瓜の収穫は既に終了していて変な気分でいる。

「わが家の菜園自慢」などというと、どんなに本格的な農園かと想像されるかもしれないが、掛け値なしの庭先の一坪農園である。
なので、どうしても忌地(いやち)=連作障害が避けられないので、できる限り土を鋤いて可能な限り接木苗を植えている。(全部で計5苗ほど)

胡瓜でいうと妻の好みの四葉(スーヨー)系がそれで接木苗ある。しかし、私の好きな黒イボ半白胡瓜の接木苗はほとんど見つからず、これは「自根もの」を1年交代の場所に泣く泣く植えている。(連作障害を避けるためには最低3年は空けるように言われているが)

わが家栽培のこの二つの種類の胡瓜はどちらも硬くて痛いイボが特徴で、そのことと収穫後は傷みやすいというのでスーパーなどにはあまり出回ってこず少し貴重な味で、それだけに家庭菜園冥利に尽きる。昔懐かしい味がする。
だいたいスーパーの胡瓜には種がないが、ほんとうは不思議なことだ。

去年までは7月中には収穫が終わっていたが、今年はお盆過ぎまで収穫が続いた。ということは栽培技術がちょっとだけ向上?
   それでも7月の長雨の時期にうどん粉病にやられて、農家から見ればお話にならないお粗末な出来栄えだろう。
 余談ながら、「めちゃなり胡瓜」という風なネーミングの苗があるが、確かに病気に強く収穫量も多いのだが、その分味が平凡で、これならスーパーで買っても変わらない。で、毎年先のような難しい種類に挑戦して、半ば自然界に蹴飛ばされて押し返されながらも1年ごとのわが腕の少々の前進を自画自賛している。

2019年8月26日月曜日

孫と祖父ちゃん

   義母がお世話になっている老人ホームの夏祭りがあった。が、この記事の主人公は義母ではない。
 義母からすると2人の孫と2人のひ孫も来てくれた。もちろんファミリーで。
 特にひ孫の夏ちゃんは午後3時集合の家族会の諸準備から参加してくれた。
 そして本番ではヨーヨーつりの模擬店で事実上の店長をしてくれた。

 身内を褒めるのは愚の骨頂かもしれないが、祖父ちゃんは小二の夏ちゃんの見事な働きぶりにほとほと感心した。
 手取り足取りの指示・指導は何もしていないが、お客の子供たちを適当に誘導し、券と引き換えに針の付いたこよりを渡し、気配りをして種々対応し、まったく大人顔負けの対応だった。(言われないと行動しない、言われたことしかしない大人の散見される今日この頃・・すばらしい)

   この夏休みなどは「だらだらとゲームばっかりして」と始終怒っていたのに、この日は全く別人のようだった。(やればできるんだ!)(言われるとやる気が失せるのかもしれない)

 息子や娘には若いころ、「イベントに参加して楽しいより、主催者側で成功させたときの方が何十倍も楽しいぞ」と言ってきて、事実、そういう風に育った気がするが、門前の小僧ではないが、夏ちゃんにもその片鱗が受け継がれたのかもしれない。
 人は場を得て成長するのだろう。
 今日の記事は徹頭徹尾「爺ばか日誌」である。乞う ご容赦!

2019年8月25日日曜日

一見にしかず

 ジーソミアなんて私は知らなかった。申し訳ないが大多数の国民もそうではなかったか。そんな影の薄い協定が破棄されたからと言って、口を揃えて「韓国はけしからん」と物知り顔で語る日本のマスコミは、戦争突入を煽って扇動した「戦前の教訓」を忘れていないだろうか。

   ジーソミア締結当時の韓国マスコミの写真がフェースブックにアップされている。
 この協定は悪評高いパク政権が韓国国民に一切秘密裏に締結されたもので、そんな非民主主義的なことは正しくないと、韓国のマスコミは「肯定的に報道はしないという抗議の意思」を込めて、揃ってカメラを下において(写真付きで報道しないという意思を込めて)抗議したものだ。
 どちらの国のジャーナリズムがより健全なのだろうか。

 ジーソミアでいうと、ソウルは境界線から最短30㎞(大阪ー神戸間ほど)の場所にある。戦争になれば大層なミサイルでなくとも一瞬にして100万人が死亡する。そういう地理上に約70年首都を構えてきたのが韓国である。
 「ジーソミアを破棄したら韓国自身が困るだろう」は外交音痴の寝言ではないだろうか。

 安倍内閣はつい先日まで「安全保障貿易管理の厳密な手続きをしただけだ」と言っていたのに、ジーソミア破棄を受けて今般は「日韓請求権協定に違反する・・・約束をまず守ってもらいたい」と、実は先に徴用工問題で報復制裁をしたこと、この間までの説明は嘘であったことを公言した。

 その徴用工問題については先日このブログで記述した。個人請求権が消滅していないことは明らかだから安倍首相の今般の「韓国は約束を守れ」も嘘である。安倍内閣は嘘で「世論」を作っている。
 韓国内の司法の問題を外交で対応せず、政経分離の原則も投げ捨てて「ホワイト国除外」という報復制裁に打って出た安倍政権に第一ボタンの掛け違いがあるのは明白だ。

 今大切なことはただ一つ、冷静になれ、扇動に乗るな!だと思う。
 外交の王道に戻るべきだろう。


 韓国のムン大統領は、ある意味一番日本批判をして国内の熱狂的支持を受けやすい(同じ条件下の安倍首相ならきっとそうしたであろう)日本統治からの解放を記念する815日の光復節式典で、日本のマスコミ陣の予想を裏切って、歴史認識問題をめぐる日本批判を抑え、「日本が対話と協力の道に出れば、我々は喜んで手をつなぐ」と関係改善を呼びかけた。

本来、こういうものが外交であり政治なのだろう。しかもその内容は「高位級の人物が日本を訪問し、発表前に内容を知らせていた」と言われている。
ところが、安倍政権は全く何の反応も見せずにこれを無視をした。

「問題が解決するよりも混乱する方が国内を扇動しやすい」「まさかジーソミアは破棄などようしないだろう」とたかをくくった判断だったのだろう。
与党にはほんとうの意味で政治家がいなくなった。忖度せず国の未来を見据える高級官僚もいなくなった。安倍政権を亡国の政権と呼べば言い過ぎだろうか。私はほんとうにそう考えて心配する。

そして私は今、暴支膺懲(ぼうしようちょう)(「 暴戻(ぼうれい)支那(しな)ヲ膺懲(ようちょう)ス」「 暴虐な支那(中国)を懲らしめよ」)のようなスローガンに熱狂した挙句があの侵略戦争と敗戦だったという歴史を思い起こしている。

2019年8月24日土曜日

希釈すれば無害なのか


 原子力規制委員会委員長は21日の記者会見で「トリチウムが含まれている福島原発の汚染水を希釈して海に放出するよう東電に重ねて求めた」と報じられているが、それがあまり話題にもされないマスコミっていったい何だろう。

 私自身素朴な疑問だが、この場合の希釈にどういう意味があるのだろう。自然科学に強い方には福島の現実のデータを用いて教えてほしい。

 例えば、1トンの毒薬を海(太平洋)に放出するのはよくないという場合、1トンの毒薬を100トンの海水で希釈した101トンの汚染水を放出したら安全なのだろうか。
 太平洋に1トンの毒薬を放出したのと101トンの希釈された汚染水を放出したのとどう違うのだろう。1トン分の毒薬という意味では全く変わらないのではないか。
 しかも1トンや100トンどころの話ではない量だし、汚染の元は放射性物質である。上記の記者会見が問題にならないことが私には解らない。

 確かにこの世にはいささか有害な食材料などがあり、量的に規制されたり、1週間にこれ以上食べないようになどという規制で現実に食べているものがあるが、ほんとうにそんな感覚で語ってよいものだろうか。福島汚染水のその程度は質の違いに達しているように思うのだが。

 現代のこの国では自然科学の議論さえ政権に忖度しているように思えて仕方がない。
 ほんとうにオリンピックなどしている場合だろうか。
 首相から「アンダーコントロールと言ったのは嘘でした」という謝罪も聞いていないうちに官邸でおもてなしの結婚披露会見が行われた。

2019年8月23日金曜日

労働法にライトを


 すばらしいコラムがあったのでご紹介。
 そして、労働法就中(なかんづく)労働三権の影の薄さというか無理解が広がっていることに気分が滅入る。
 西欧を見るまでもなく、他人の労働三権への理解と共感はまっとうな市民であることの前提条件のように思うのです。
 当の労働者、勤労者が経営者や消費者然として「迷惑」のように語るのはやめよう。
 そして、このコラムを支持し拡散しませんか。
 

2019年8月22日木曜日

有志連合に参加するな

 8月21日、トランプが「招集」したホルムズ海峡の対イラン有志連合にイギリス、バーレーンに続いてオーストラリアが参加すると報道されたが、ドイツ等ヨーロッパの主要国は否定的なままである。さて、日本の安倍政権にドイツ並みの根性はあるだろうか。

有志連合というと私などはどうしてもブッシュのそれを思い出す。「フセインが大量破壊兵器を持っている」と言って大規模爆撃をしたあれである。
結局大量破壊兵器などどこにもなく、多数のイラク人が殺されただけであった。
(You Tubeに太田光と安倍首相の対談があり、情報は間違いだったがイラク戦争を支持したのは間違いでなかったという安倍に、「あるかもしれないで多数の人々を殺していいんですか」と見事に切り返して安倍がしどろもどろになっているのがある)

屁理屈はいろいろ言うがトランプが気に入らないのはブッシュと同じで、中東の産油国の自立が許せないの一言に尽きるように私は思う。事実、アメリカの「友好国」の中だって、人権侵害を容認して反民主主義的な国はごろごろしている。どこに大義名分があるだろうか。

さてさてイランの石油は日本の産業の大動脈である。
平静に考えれば有志連合への参加など狂気の沙汰だが、私のような心配性はそれでも次のように心配する。安倍首相の心の奥に分け入ってみよう!
「これだけ恥を忍んでパシリを務めているのにトランプ番長は認めてくれない」「番長はアメリカ人が血を流しているときに日本人はソニーのテレビでそれを見ていただけだと怒っている」「こうなりゃ自衛隊を派遣して一人二人死んでくれれば俺の顏も立つ」「おまけにそれを煽れば憲法改悪、戦後レジームからの脱却だ」・・・。
こんな悪夢が起きないように、「有志連合に参加するな!」の声を上げていきたいが皆様いかが。

白井聡氏と内田樹氏の対談集(日本戦後史論)に要旨こういうのがあった。
世間は安倍首相が憲法改悪をして海外で戦争になると言っているが、その順序が逆で、安倍首相が屁理屈をつけて海外に自衛隊を送りそこで死者が出る。それを政府の言論統制下でマスコミが一斉に煽りに煽ったら憲法改悪が見事に実現するということも考えておく必要があると。
真夏の怪談話よりも背筋がヒヤッとしないだろうか。

2019年8月21日水曜日

神の使いの使い

 19日に記述したルリセンチコガネのルリ、つまり瑠璃色(るりいろ)とは、濃い紫みがかった鮮やかな青色のことで、仏教世界の中心にそびえ立つ 須弥山で産出される宝石の色。仏教世界の7つの宝(七宝)の一つとされている。
その七種(ななくさ)の宝とは、「金」「銀」「玻璃(はり、水晶)」「瑪瑙(めのう)」「シャコ(蝦蛄貝の貝殻)」「珊瑚」そして「瑠璃」。

Tシャツ
   一般には、イスラムブルーの代表格である半貴石のラピスラズリ( lapis lazuli)の色でもあり、ラピスラズリを粉砕し精製した顔料は天然ウルトラマリンである。(ただし、瑠璃色と瑠璃の粉末の色である天然ウルトラマリンの色は異なるとの説もある)
 なお「真珠の耳飾りの少女」で知られるオランダの画家フェルメール(16321675)も絵に「ウルトラマリン」を使用し、「フェルメール・ブルー」と呼ばれているのは有名。

 さて、糞を食べるコガネムシを糞虫、一般にフンコロガシというが、日本におけるその代表格がオオセンチコガネで、奈良公園にいるのも「種」としてはこれである。
 ただし、奈良公園のオオセンチコガネが特に瑠璃色に輝いているので特にルリセンチコガネと称されている。

 世界と歴史に目を向けると、フンコロガシの王者はエジプトのタマオシコガネ(スカラベ)で、古代エジプトの王家の墓からはスカラベを模した装飾品が多数出土している。
 そのわけは、スカラベが転がす丸い糞を太陽に見立てて、太陽をつかさどる神だと考えられたと言われている(ああ、何という想像力だろう)。
 春日の神鹿(神の使い)の糞をどこかに運び去るルリセンチコガネとどこか似ている臭いもする(糞の臭いと言ってしまえば身も蓋もない。物理的な意味の臭気のことではない)。ルリセンチコガネは神の使いの使いであろう。

 先日私の着ていたTシャツだが、「大仏殿と興福寺五重塔と鹿」が映っている大きな糞を運んでいるのだが、ただのまんまるの糞のデザインの方が解りやすかったかもしれない。
 最初、妻が「なにそれ?カブトムシ?」と私に聞いた。カブトムシではメッセージ性もなく面白くも何んともないではないか。

2019年8月20日火曜日

維新松井氏のデマというデマ


 毎日新聞の記事が立派なので、参考資料として以下に記録しておく。
 ◆ 表現の不自由」考 ◆
 「従軍慰安婦はデマ」というデマ 歴史学者、吉見義明氏に聞く 会員限定有料記事 毎日新聞2019815 0500(最終更新 815 1514)

 危機である。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で、従軍慰安婦問題を象徴する
少女像などを展示した企画展「表現の不自由展・その後」が中止された一件だ。表現・言論の自由が脅かされる現実もさることながら、「慰安婦問題はデマ」という発言が飛び交う世相も相当に深刻だ。慰安婦問題研究の先駆者、吉見義明・中央大名誉教授と史実をおさらいした【聞き手・吉井理記/統合デジタル取材センター】

 事実と違う河村市長発言驚きました。
 大阪市の松井一郎市長のことです。「慰安婦問題は完全なデマなんだから。軍が関与して強制連行はなかったわけだから。それは一報を報じた朝日新聞自体が誤報と謝罪しているわけだから」(5日、記者団に)と発言しました。名古屋市の河村たかし市長も「強制連行し、アジア各地の女性を連れ去ったというのは事実と違う」(5日、記者会見)と言っている。
 事実認識が間違っているし、従軍慰安婦問題とは何か、分かっているとは思えない発言です。

 歴史修正主義者の「手法」
 朝日新聞が2014年に「誤報」としたのは、戦時中の労使組織「労務報国会」の職員だった吉田清治氏(00年死去)の「軍隊とともに朝鮮(現韓国)の済州島で慰安婦狩りをした」という証言に基づく報道のみです。
 私自身、慰安婦の徴募などへの日本軍の深い関与を史料で裏付けた1992年の「従軍慰安婦資料集」(大月書店)の解説でも、95年の「従軍慰安婦」(岩波新書)でも、最初から吉田証言は採用していません。
 一部の誤りを取り上げ、慰安婦問題全体をもなかったことにするのは、歴史修正主義者の典型的な言説です。 日本政府に損害賠償の支払いを求めて訴訟を起こした韓国人の元慰安婦ら。2004年の最高裁判決で、賠償請求は退けられたが、詐欺や脅迫によって慰安婦にさせられたことなどが認定された=東京都千代田区の東京地裁で199261日慰安所とは
 では、まず慰安婦が収容された慰安所はどんな性質の施設だったのか、確認しておきましょう。
 慰安所は、32年の上海事変以降、兵士の強姦(ごうかん)防止や性病予防のためといって設置されはじめました。特に日中全面戦争が始まった37年以降は、日本軍による強姦事件が相次いだことから、大量に設置されていきます。アジア太平洋戦争開戦後は、東南アジア・太平洋の各地にも慰安所は広がりました。
 陸軍の場合、最初は現地の軍が中央の承認を受けて設置する形でしたが、42年になると、陸軍省が自ら設置に乗り出します。つまり軍が設置・維持の主体だったのです。経営は業者がする場合もありましたが、管理・統制はいずれも軍が行いました。

 設置も軍、管理も軍、利用も軍……
 では慰安婦はどのように集められたか。おおよそ三つの形があります。①軍が選んだ業者が、女性の親族にお金を貸す(前借金)かわりに、女性を慰安所で使役する「人身売買」②業者が酒席の世話係とか、看護婦のような仕事だなどとだまして連れて行く「誘拐」③官憲や業者が脅迫や暴力で強制連行する「略取」――です。
 植民地である朝鮮半島では①や②が多い。③は、中国や東南アジアなどの占領地で官憲による強制連行が行われたことを示す裁判資料や証言があります。
 「慰安婦問題は業者がやったことだから軍、つまりの国の責任はないじゃないか」と言う人がいます。でも考えてみてください。そもそも、軍が慰安所制度を作ったんです。管理・統制も軍です。利用するのも軍人・軍属だけです。女性たちも、軍が選定した業者が軍の要請で集めたのです。
 さらに見逃せないのは、①~③で人を国外に連れ出すことは、当時も今も犯罪行為(刑法226条違反)だということです。
 業者が連れてきた女性はまず、慰安所に入る前に兵站(へいたん)部や憲兵が、どういう経緯で来たのかを調べます。この時点で軍は①~③を巡る犯罪行為を把握したはずですが、不問に付して、慰安所に拘束した。さらに言えば、女性は軍用船などで戦地の慰安所に送られましたが、これも軍の許可が必要です。
 こうした点を見れば、日本の責任は明らかではないでしょうか。
毎日新聞社が所蔵する「兵站司令部の慰安所規定」の写真。「サック使用セザル者ハ接婦ヲ禁ズ」の文句も見える兵士による強制連行も 朝鮮半島以外の、中国や東南アジアでは①、②のほか、③の軍による強制連行もありました。中国でも山西省や海南島で女性が日本軍兵士らに拉致されたことは最高裁で事実認定が確定していますし、インドネシアでもオランダ人女性が官憲に強制連行され、軍の慰安所に入れられる事件があったことが確認されています。フィリピンでも軍による強制連行を訴えて、元慰安婦の女性たちが裁判を起こしています。
 新聞広告を読めたか
 では自由意思で慰安婦になった人はいるのでしょうか。朝鮮では、少数ですが「慰安婦募集」の日本語の広告が現地の新聞に出たことがあります。ただ、当時の朝鮮の女性の識字率は8%(30年朝鮮国勢調査)だし、経済的に貧しい家庭の少女たちが、新聞を読むことができたか疑問です。広告は業者向けと見る方が合理的です。
 ただ、私は強制連行の有無など、女性はどのようにやって来たのかということは副次的な問題で、核心は女性が「性的奴隷」としか呼べない状況に置かれたことだと思います。

 奪われた「四つの自由」
 なぜなら、軍の慰安所規定や元慰安婦の証言などから、慰安婦には少なくとも「四つの自由」がなかったことが明らかだからです。
 まず「外出の自由」です。慰安婦は軍の監視下に置かれ、許可がなければ外出できませんでした。逃亡を防ぐため、許可を得て外出できても監視役がついていた。許可がなければ外出すらできないのを「自由があった」とは言いません。
 二つ目は「居住の自由」です。女性たちは慰安所の中で生活しなければなりませんでした。
 三つ目は「廃業の自由」です。契約年限を終えるか前借金の返済を終えるまで、やめたくてもやめられなかった。さらに軍と業者の廃業許可も必要でした。軍が許可せず、慰安所に留め置かれたケースもあります。
 最後は「拒否の自由」。元慰安婦は、兵士との性行為を拒否できませんでした。拒めば兵士や業者に暴力を振るわれることになる。言うまでもなく、性行為の強要は強制性交(強姦)です。
 以上はどれも基本的人権に関わる自由ですが、これらが奪われていたのです。奴隷状態と言わざるを得ません。付言すれば、慰安婦には強制的な性病検査がありました。
これも女性の人権を侵害するものです。
 過去の価値観でも「奴隷」
 「慰安婦は報酬をもらっていたからいいじゃないか」という声もあります。実態は、衣服代や日用品代、化粧品代などが法外な値段で借金に加算されていき、ほとんどお金が残らないことが多かった。
 当時の日本に公娼(こうしょう)制度があったことから「慰安所と遊郭の妓楼(ぎろう)は同じようなものだ」とか「現在の価値観で、過去を断罪するのはおかしい」といった声もあります。
 基本的自由が奪われていたという点では軍慰安婦と娼妓には共通点がありますが、慰安所は軍が設置し、管理し、軍人・軍属専用だったことが、まず民間の妓楼と違います。
 そもそも、「現在の価値観で……」と言いますが、戦前も「公娼制度は事実上の奴隷制度だ」として廃止を求める「廃娼運動」がありました。私の新著「買春する帝国」でも触れましたが、何より内務省警保局自身が、359月に「公娼制度対策」と題して作成した廃娼案の中で「事実上、奴隷にも等しき娼妓」と言っている。当時の価値観でも、「公娼制度は許されない」という認識があったのです。

 「おとしめる」のは誰か
 慰安婦問題とは、強制連行があったかどうかとかいう問題ではなく、日本軍が女性の自由を奪い、性行為を強制したという女性の人権問題そのものなのです。だから世界の人たちが厳しい目を向けているんです。
 こうしたことを言うと「反日」「日本人をおとしめるな」などという言葉を投げら
れます。これは逆ではないでしょうか。負の過去は見ない、事実と向き合わないことこそ、日本をおとしめる行為だと確信しています。
 事実を見つめ、反省すべきは反省し、近隣諸国と深い信頼関係を築くことこそが、私たちのためになる。だから私は研究を続けているんです。

 中央大名誉教授の吉見義明さん
       よしみ・よしあき
 1946年山口県生まれ。東大卒。専攻は日本近現代史。9192年、防衛庁防衛研究所図書館で、従軍慰安婦の徴募や慰安所の設置・管理などへの日本軍の深い関与を示す資料を発掘。これにより日本政府も政府としての責任を公式に認めた。著書に「草の根のファシズム」「日本軍『慰安婦』制度とは何か」「毒ガス戦と日本軍」「焼跡からのデモクラシー」など。近著に「買春する帝国」(岩波書店)。

2019年8月19日月曜日

ルリセンチコガネ

 (昨日の続き)奈良公園春日大社「一の鳥居」の周辺で、昆虫観察のグループに出会った。
   その皆んなの視線の角度から、どうも糞虫を探しているようだった。ご同輩がいるものだと可笑しかったが、きっと参加費もあるような感じの観察会と思われたので、適当に追い越して行った。
 しかし、チビ糞虫はいるのだが、なかなか糞虫の女王ルリセンチコガネに出会わない。
 芝の奥にキラリと光るのを見つけても、死骸であったりして、ああ、観察会の後ろをついて行ってリーダーの発見のおこぼれを見せていただくのがよかったかもと後悔した。

 しかし、念ずれば通ずで、飛火野の奥で何匹ものルリセンチコガネがせっせと鹿の糞を引っ張りながら運んでいるのを見つけた。
 主にはコバルトブルーだが、グリーンがかったものもいた。
 鹿の糞を食べてどうしてこんなきれいになるのだろう。創造主も粋なものである。

 午後から『ならまち糞虫館』を覗いたら、やっぱり午前中の観察会はここの行事だった。
糞虫館のTシャツ
   館長の中村さんから「あの後見つかりましたか?」と声をかけていただいたから、あちらさんから見ても「ご同輩」の雰囲気で歩いていたようだ。
 近頃は「アニメの聖地」というような言葉で、ある地方に注目が集まることがあるが、その伝で言えば、『奈良公園が糞虫の聖地』であることは間違いない。
 鹿も仏像も良いけれど、奈良公園に来た時にはルリセンチコガネも見て帰ってね。

 鹿が芝を食べ、鹿の糞を糞虫(ふんころがし)が分解し、それで肥えた土から芝が出る。その芝を鹿が食べ、その鹿が糞をして、その糞を糞虫が・・・・、これをエコロジーという!は谷幸三先生の受け売り。
 エコロジーを是と考える進歩的人士には、是非ともルリセンチコガネを実際に見て感動してもらいたい。

   流星の果て野芝のルリコガネ

 奈良公園の芝はそこらによくある高麗芝でなく原生種に非常に近い野芝(のしば)。
 その芝の奥でキラリと光るルリコガネは流れ星の欠片(かけら)に違いない。

2019年8月18日日曜日

ツチバチ

   ロコモティブシンドローム予防のため奈良公園に出かけた。
 奈良公園は鹿のおかげで花が少ないので、蜜を吸う昆虫も少なく寂しいが、それでも小さな池の周辺にはトンボなどが舞っている。
 オニヤンマの写真を撮りそこなったので、写真1は交尾中のシオカラトンボで我慢を乞う。

   写真2は、集団でブンブンブンブン飛び回っていたので、私の知らないトンボかな?と見つめていたら、そのうちに地に降りてせっせと穴を掘り始めた。
 細かい種類は解らないがツチバチの類であるのは間違いない。

 一匹一匹の巣は単独だろうが、住宅街というか、私の好きな古墳でいうと「〇〇千塚」という感じで、集団を作っている。
 もしかしたら、これもシオカラトンボではないが交尾・産卵の季節だからなのだろうか。

 ファーブル先生ならここで寝転んでじっくり観察に入るのだろうが、熱中症予防のために外出は控えろと言われている老いたる凡人の私は、ブログに写真を上げて誰かに教えてもらえばいいと撤退した。

 帰宅してから本を読むと、ツチバチの巣を覗いてやれと掘り返すと刺されるとあった。

 奈良公園に行ってトンボとハチだけ?との疑問には、明日へ続く。

2019年8月17日土曜日

遠浅(とおあさ)の思い出

 お盆休みと超大型台風ということで「水の事故」のニュースがたくさん報じられている。
 幼児、小中高校生、大学生そして大人など様々だが、楽しい夏休みに降ってわいた悲惨な事故にあわれた関係者の悲しみはいかばかりだろうか。ニュースのこちら側の私の胸も痛む。

   小学生の頃、毎日のように海に行っていた私は結構カッパだが、土用波に引き込まれたこと、島の沖で潮流に流されたこと、琵琶湖で突然水温の低いところに入ってしまったこと、川で流されたことなど、振り返ってヒヤッとしたことがいろいろあった。
 自然は侮ってはならない。

 今の南海本線堺駅の西南の方向に大浜海水浴場があった。
 明治時代からのリゾート地である上に、遠浅(とおあさ)であったから、海水浴の帰りには「もち貝」を採って帰って家で貝焼きにした。
 「もち貝は美味しくない」というようなネット記事を見たが、どこかの誰かの文の丸写しだろう。そのまま網に乗せて焼いて醤油を垂らすと非常においしい。よく海の観光地で売っている大アサリなど問題にならない。

 時にはワタリガニも土産になった。これは狙って採ったというよりも、相手が勝手に私の足指を挟んできたからだった。
 海水浴の半分以上はそんな土産採りのようなものだった。
 大浜よりも南に行くと浜寺海水浴場である。
 ここも遠浅だったが、沖の浅瀬に行く途中に大人の背の高さほどの深い帯があったから、私は大浜の方が断然好きだった。

 浜寺の海岸べりの浜寺公園は進駐軍のキャンプに接収されていたから、戦後何年かは「日本人off-limits」だった。
 その後、日本人も泳いでよろしいとなったが、阪堺線の浜寺公園駅のところから海辺まではキャンプの中の狭いフェンスに囲まれた細い道を、日本人が「通らせてもらう」体であった。
 こんな話は堺人でももうあまり語られることがない。

 海水浴場としてすばらしかった遠浅は埋め立て工事にも魅力的だったらしい。
 私が郷愁と郷土愛で振り返った茅渟の海はその後コンビナートになり、一時は「堺で製造されていないものはない」というほど多種多様の工場が操業した。そのトップランナーは当時の新日鉄だった。
 それがあっという間に君津に出て行ってしまい、私に言わせれば、往時の活況は見当たらない。
 今さらながら思うことだが、大企業には郷土愛も、もっと言えば愛国心も無縁なのだ。
 それらが大スポンサーであるマスコミ文化が偏狭な似非愛国主義と根のないグローバリズムで覆われているのも納得がいく。
 でもって私は戦車に向かう蟷螂のようにかつての郷土を語りたいのだ。

   雨戸閉め息ひそめ居る炎暑かな

2019年8月16日金曜日

聖母被昇天祭

    8月15日というと・お盆であり・終戦記念日であり・夏季旅行というのが日本列島ではメジャーなところだが、カトリックの世界では聖母マリアさまの被昇天の日であり、故に祝日となっている国々もある。

 そんなもので、いつもは朝食時に行く義母のホームに、昼食時に訪問した。
 ウナギのちらしずし、ステーキ等々の行事食にビールが出るからで、義母の上前をいただきながら一緒に乾杯をした。

   義母はだいぶ以前からずーっと熱を出していて元気がない状況だったが、結局ノンアルコールを一缶飲みほしていつもよりも食が進んだ。

 少し元気のある入居者は本物のビールだった。
 漂うハレの雰囲気に「なんや?」何のお祭りかと聞くのだが、もちろん義母には聖母被昇天祭は解らないから、「お盆や」と答えたら納得?した。

 「我々の食事よりも上等やったな」と言い合いながら妻と帰ってきた。
 こんな8月15日もあるのです。

 魂虫の翔び去ってゆく聖母祭
   炎天に魂虫去りぬ聖母祭

2019年8月15日木曜日

義父の口癖

 戦争の時代を語る時、被害の記憶だけでなく加害の歴史的事実についても語る必要があることは解っているが、残念ながら義父が存命中には戦争時の話などほとんどしてこなかった。
   今にして思えばもっと話を聞いておくべきだった。
 「親孝行したいときには親はなし」は真理である。

 私の義父は頭に「くそ」が付くまじめ人間だった。
 釣銭が10円多かったときに何百円使ってでも返しに行った逸話がある。
 
 だからだろう、「軍隊には泥棒がいた」「取られた者が殴られた」というような話だけは何回も聞いた。
 軍隊に理性はなかったというよりも、軍隊に理性は有害だったのだろう。
 「員数合わせ」で、くそまじめな義父はどれだけ鉄拳制裁を受けたのだろうか。

 私が働き始めた頃の課長等の上司はほとんど軍隊経験者だった。
 先日ドラマ「やすらぎのとき」で兵役検査の場面があったが、素っ裸で四つん這いにされ肛門を検査されたり、ペニスを剥いて検査(M検といわれていた)されていたが、そういう話を上司はよくしていた。
 人格だとか人間性などとは全く無縁で、サディスティックな暴力的支配が天皇の名の下に横行していた。そんな「自慢話」も少なくなかった。
 加害の話はさすがに多くはなかったが、酒を飲みながら聞くそんな話は愉快ではなかった。

 今の若い人には間接的にもそんな「変な」話を聞く体験もなく、それが安倍政権の危険性への不感症になっているのかもしれない。
 妹尾河童さんの「少年H」ぐらいは読んでおいてほしいものだ。

 今日は日本の敗戦記念日、多くのアジア諸国の解放記念日だ。
 冷静に近現代史などを読むのもいい。
 それは遠い過去のことではない!と思い当たることのなんと多いことか。

2019年8月14日水曜日

お盆休み

   サンデー毎日の私にはお盆休みも何もないのだが、孫たちがそれぞれ配偶者の実家の方に行くので、ほんの少しイクジイから解放されてお盆休みらしくなる。
 13日がお盆前最後のイクジイだった。

 さて、2か所から依頼されていた原稿はそれぞれ送信した。
 原稿依頼をしていた友人2人からは早速届いて感激している。
 パソコンのトラブルで無くした住所録等を修復する仕事はまだ残っているが徐々に目途が立ちつつある。

 あとは、クーラーをかけて渋滞情報などをチラチラ見ながら読書三昧の予定でいる。
 写真は「迎え火」で「送り火」もする予定で、五山のそれには比ぶべくもないが、私なりのささやかなお盆行事のつもり。

 お盆はちょうど終戦記念日と重なるから、直接記憶にある祖霊を思うだけでなく、世界中の戦争犠牲者に心を馳せたいと思う。(しかし世界中で暴力的な強権のなんと目立つことよ)

 そして、戦争へと向かっているトランプや安倍政権を退場させる決意を新たにしたい。
 それが正しいお盆の過ごし方だと勝手に呟いている。

2019年8月13日火曜日

糺の森にて

 下賀茂のとあるキッチンでランチを食べていると、隣の大学生と思しき女性二人の会話が聞くともなく耳に入って来た。
 「戦後の学問を担ってきた学者や研究者が次々に亡くなっている」「理解のない遺族の場合、”ゴミのような”蔵書を二束三文で”始末”するので、この頃お宝が多い」と。
 なかなか的確な評価である。そして、私の蔵書もそうなっていくのだろうなあと可笑しくなった。

   「何が納涼だ!」と八つ当たりしながら「下鴨納涼古本まつり」に行ってきた。
 『雲南——日本の源郷』という大型本など昭和58年時定価9500円が500円というような調子で、気が緩めば買いすぎるから、立ち読み感覚で遊んできた。

 「熱中症で死亡するから老人は冷房の入った室内で静かにしておれ」とテレビが言うものだから近頃はロコモティブ症候群一歩手前になっていたから、リハビリのつもりで行ってきたのだが、やはり熱中症寸前のヘロヘロの状態で帰ってきた。

 私は奈良の餅飯殿あたりの古書店をよく覗くのだが、やはり京都の「古本まつり」は安い気がする。
 しばらくは冷房をかけた部屋で「日本の源郷——雲南」の写真などを見ながら浮世離れをした思索にふけようか。
 それが私の夏休み。一休み、一休み。

2019年8月12日月曜日

少女像を嫌うメンタル

 あいちトリエンナーレの「少女像」を嫌い「撤去せよ」「中止せよ」と主張する人々の主張には二種類の論がある。

 その一つは、大日本帝国の軍部が従軍慰安婦と呼ばれる常識外れの性奴隷制を採っていたのは事実だが、従軍していた祖父や父親の関わったそんな恥ずかしい事実を今さら話題にしてほしくないというものだ。
 しかしその態度は、昨日書いたドイツのマース外相の態度と比べてみて、あまりに身勝手で不真面目だと言えよう。
 現代のドイツの国民がナチスドイツ時代の誤りを反省して謝罪している態度こそ人としてあるべき姿であることは言うまでもない。
 現代のドイツという国と国民がそのことによって世界中から軽蔑されているかというとそうではなく、現実にその態度故をもって尊敬を受けている。
 重ねて言うが、ドイツにもナチス時代の支持者や公務員はいた。彼らの反省がどれほどつらいものであったかは想像できる。でもドイツはそれを乗り越えてきたのだ。
 子や孫としての「痛さ」を判ってほしいというかもしれない。その気持ちは痛いように判る。
 それなら同時に、彼の地の少女や、娘や妻や姉や妹が被った辛さを想像してほしい。
 そういう想像力の働く者を「大人」というのだと思う。

 その二つは、従軍慰安婦などというのは朝日新聞のでっち上げで、そんな事実はなかった。誤解されるようなその種の慰安所は公娼館のようなものであり、強制連行も常識外れの性の強制もなかったから、事実無根の政治宣伝だというものである。
 維新の吉村大阪府知事、維新の松井大阪市長、そして河村名古屋市長、さらには産経新聞等の主張はほぼこういうものである。 
 
 それでは事実はどうか。
 終戦時軍部は徹底的に軍に関する証拠書類の償却・隠滅を行った。
 私の父も、民間会社であるはずの松下飛行機の「上級職員」として徹底してそれを実行した。
 それゆえ、軍部の不正に関する証拠が不十分であるのは否めないが、そのことをもって「事実は解らない」というのは愚かか虚偽隠ぺいに加担する態度であろう。
 
 それでもこの国には「天網恢恢疎にして漏らさず」という格言がある。
 1983年サンケイ出版は『いま明かす戦後秘史』という対談本を刊行し、当時サンケイ新聞社社長の鹿内信隆氏と戦後財界四天王の一人櫻田武氏がこう語っている。
鹿内 ・・・戦地へ行きますとピー(慰安婦の蔑称)屋が・・・
櫻田 そう、慰安所の開設。
鹿内 そうなんです。その時に調弁(戦地で調達)する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか。・・・持ち時間が、将校は何分、下士官は何分、兵は何分・・といったことまで決めなければならない。(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった。

 このように、形式的には民間業者の建前であった場合でも、実際には軍の指揮・監督下にそれは行われていた。
 では一切「強制」はなかったのか。
 その本では次のようなことも語っている。
鹿内 ・・・その人(フィリピンを攻略した第14軍の経理担当将校)の報告は、要するに「すばらしい」というんです。何がすばらしいのかといったら、マニラ大学の女の学生は全部セレベスとか、方々の島の豪族の娘たちが集まっていた。ところが、日本軍がマニラに上陸したら、島に帰れなくなっちゃった。寄宿舎にいるやつが、みんな孤立しちゃったわけだ。それを日本の将校がいただくわけだ。それが、いかにすばらしいかという報告で終始一貫終わっちゃったわけね。その戦況報告の話が・・・
 
 こういう証言はいっぱい残っているが割愛する。
 これでも性奴隷ではなかったというのは、財務省事件同様の虚偽である。

 結局少女像を嫌う人々は、反省するのが嫌なだけである。
 そういう恥を知らない態度こそが世界中で日本と日本人の評価を落としているのである。あえて言おう、ドイツを見習おうと。

2019年8月11日日曜日

「反大日本帝国」の愛国者

1944年、ポーランドの首都ワルシャワで、市民がナチス・ドイツ軍占領に対して立ち上がり、蜂起は60日余り続き、約20万人の犠牲者を出しドイツ軍に鎮圧された。
その「ワルシャワ蜂起」から75年を迎えた81日、犠牲者を追悼した記念式典がワルシャワで行われ、ドイツのマース外相も現地を訪れ、当時のドイツ側の行いに許しを乞うた。
 またマース外相はポーランドのチャプトウィチ外相と市内のワルシャワ蜂起博物館を訪れ「ドイツの名の下、ポーランドに対して行われたことを恥じている」と述べた。
 さらに、ベルリンにポーランド人犠牲者の記念碑を建立することを支持するとも。

 あまりに当然のことだが、この報道を知った世界中は、ナチスの加害の歴史に向き合うドイツ政府の誠実な態度を称賛し、間違っても「自虐的だ」などという声は聞こえてこない。
 それは国や民族としては同じであっても、戦後のドイツがナチスドイツをきっぱり批判し再出発したからだろう。

 山崎雅弘著『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』(集英社新書)で示唆を受けた一つに、「反日」という言葉があえてあいまいに使われているという指摘があった。
その中身は、正確に言えば「反大日本帝国」の問題であることを、「戦後の現憲法下の日本」あるいは「現在の日本人」であるかのようにぼやかしているところに大きな危険性があるということだ。

戦前の大日本帝国の指導者が行った弾圧や侵略の問題を批判し、この国土を引き継いだ国の国民としてそれらを反省することに何の問題があろうか。戦後ドイツの爪の垢でも飲むがいい。
まじめな国民を「反日だ」「自虐だ」と主張している人々こそ、その内実は「親大日本帝国」であり、「戦後現憲法下の日本に反対」なのだということだ。
 「戦後レジームからの脱却」をいい、現憲法を「恥ずかしい憲法」だと言い放った安倍首相らの「自虐」の中身はそういうものである。
 戦後憲法を羅針盤にするならば、彼らが「反日だ」という日本人こそ真の愛国者であろう。

 徴用工でいえば、世界文化遺産に登録された軍艦島を見よう。
 日本人は高台あるいはアパートの高層に住み、海が荒れれば潮が上から降ってきて浸水するようなところ(塩降街と呼ばれていた)には強制連行されてきた朝鮮人や中国人捕虜が住まわされていた。
 ドイツの外相ではないがそういう事実を誠実に反省して徴用工問題等の外交に臨むのが民主主義国家ではないか。
 「8月や6日9日15日」という名句がある。冷静に、ワルシャワを訪れたドイツ外相と戦後ドイツに思いを馳せて歴史を振り返ろう。