三浦祐之先生によると専制国家であろうと民主国家であろうと国家の中心に置かれるのは「法」であるが、それだけでは国家は安定しない。それは権力に対していえば「幻想」であり、「歴史書」や「神話」がそれにあたるという。
鑑とされた中国の正史からすると「日本書紀」という名前はありえず、当初の題簽は「日本書 紀 巻第一」であったはずだという神田喜一郎説にはナルホドと思う(題簽(だいせん)とは、和漢の書物の表紙に貼り付けて書名・巻数・著者名などを示す細長い紙片または布片のこと)。
だとすると、単に「古老はこんなことを言っていた」という記録ではなく、天智天皇・天武天皇の時代の支配者の思想が色濃く反映されているはずだし、支配者であっても無視しえなかった事実も反映されているはずだ。
なぜヤマト王権の歴史書でもある神話の天孫降臨が近畿ではなく九州の日向なのか。それは大陸(朝鮮半島)との距離なのか。
非常に大きい分量の本であったが、理解はほんの緒についただけである。
参考のため以下に目次だけをあげておく
巻頭言 毛利正守
「日本書紀」はなぜ編まれたか 三浦祐之
「日本書紀」と風土記編纂 荻原千鶴
ことばと音とリズムが織りなす歴史——歌謡から「日本書紀」を考える 塩沢一平
「日本書紀」と日向 市 大樹
六合(くに)の中心(もなか)——神武紀から見た日向 飯泉健司
高千穂の峰と前方後円墳の祭り 北條芳隆
「日本書紀」の仁徳天皇と磐之媛皇后 廣川品輝
万葉稲作文化論——その歴史的風土 上野 誠
シンポジウムより 大館真晴
あとがき 上野 誠
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