そのためでもあるし私の勉強不足もあり、都出比呂志氏の解き明かした学説の内容よりも、考古学黎明期の先学・都出比呂志氏の生き方、考古学・日本史学の現代史を興味深く聴いた。
美濃部達吉氏の天皇機関説や津田左右吉氏の一連の古事記及び日本書紀の研究のことはこれまでも書いてきたが、一言でいえば、それらは戦前の天皇制を批判するものでもなかったし、只々学問的に考察しただけのものであったが、戦前の政治体制はそれさえも許さずにいた。
そういう「天皇は現人神である」として、神話さえ「歴史である」「科学である」と一切の批判を許さなかった政治体制が終わり、日本国憲法下の科学的な観点で日本の歴史を解き明かそうとした人々の現代史として、都出比呂志氏や考古学の実際を聴くのは楽しかった。
その時代、教条ではなく、フリードリヒ・エンゲルス「家族・私有財産および国家の起源」が学ばれ、議論されていたという事実も新鮮な話だったので、帰宅の後、書架から都出比呂志著「古代国家はいつ成立したか」を引っ張り出してきた。
世界考古学会議執行委員の岡村勝行氏が紹介された都出比呂志氏の経歴では、氏は、学問として考古学を深められると同時に、京大文学部教職員組合の支部長として鋭く権力批判を行われ、かつ、各種の遺跡保存運動でも奮闘されたとのことだった。
それ故か、京大当局には昇進差別をされ、氏は滋賀大そして阪大に移られた。その後の華々しいほどの活躍の話は割愛するが、結果、阪大の考古学教室は大きく発展した。
さて現代は、新聞社や自治体などが多くの歴史講座を開催しているが、それを単なる余暇のための「教養講座」にしていてはならないというか、先輩たちに申し訳ない気持ちを抱いて冬の京都から帰ってきた。
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