2026年9月21日月曜日

日曜詩人

    日曜日だけちょっと詩人になる。
 といっても、ただ読んで感心しているだけ。

🔳 赤旗日曜版『読者の文芸』俳句 渡辺おさむ選
 介護バス秋風載せて母乗せて 北海道 伊藤やす (私はここまで達観できなかったなあ)

 生き生きと差配する祖父地蔵盆 京都府 仲野由美 (情景が目に浮かぶ。きっとただの会社人間ではなかっただろう)

🔳 朝日歌壇 川野里子選
 戦争が廊下の奥に立つならばぐっとにらんで教室に入(い) つくば市 石上徳千代 (渡邊白泉の句への教師の返答)

   同 佐佐木幸綱選
 下の娘(こ)がひとりでミラノへ行くといふこなひだ生まれたばっかりなのに 横浜市 小林瑞枝 (いやはや子や孫の成長の早さよ。それに比べて・・)

   同 高野公彦選
 国際法我関せずと豪語するトラ遥拝し飽かぬ首相なり 一関市 奥山与惣美 (その媚びた姿勢には情けなくなる)

   同 永田和宏選
 父もいればと母言うけれど亡くならねば来られなかったドジャース戦 東京都 吉田尚史 (あまりの正答に礼)

 母にだけ威張っていられた父だから社会的には温厚だった つくば市 小林浦波 (はははは)

 副首都に手など挙げぬと言ひ放つ京都の矜持(きょうじ) ちょっといいなあ 名古屋市 浅井克宏 (それに比べれば大阪維新には品が感じられない)

2026年9月20日日曜日

負うた子に教えられ

    負うた子に教えられている。
 「教えてやらなければ」と思えるほど私が頼りなく見えてきたのだろう。
 「もっとスマホの料金を節約できる」というので息子に教わっているのだが、その前段で「バッテリーが少し膨らんでいる」というので、〇〇センターに電話をすると、交換してくれるということになった。予想外の展開だった。
 その後は、「大手のそれを解約して格安スマホに乗り換える」というのだが、とりあえずは、それは第2弾。
 みんな息子がアドバイスしてくれている。
 今までは、この種のことぐらい苦も無くチャレンジできていたが、この頃は対処する前に気分が億劫になってきた。これを歳というのだろう。
 ショップに「この料金の内訳は?」と尋ねても、もう一つ自分でもわからない。なんで自転車保険まで付いてるの??? 詐欺とは言わないが「年寄りの、絶好のカモ」だったかもしれない。
 ニュースでは、「なんでそんな話に騙されるの」という話をよく聞くが、他人事ではない。

2026年9月19日土曜日

爺バカの独り言

 
    孫の合唱発表会に行って感動して帰ってきた。
 ただそれだけの「爺バカ日誌」である。
 みんな真面目で明るく前向き。良い学校だと思えた。
 スピーチを考えてきた説明にユーモアも入れてきて、現代っ子は実に逞しい。
 祖父ちゃん祖母ちゃんも、月並みな言葉だけれど元気をもらった。
 この間まで退職者会の会議で疲れていたが気分を盛り返してきた。

2026年9月18日金曜日

オクラの花

    オクラの花は美しい。
 「野菜」という括りにしておくのはもったいない。
 なるほど「アオイ科」というから、タチアオイをイメージすれば観花植物でも立派に通る。
 「連作不可」とされているが、そこそこ連作にも耐えている。それどころか、昔は「葉巻虫(葉巻蛾の幼虫)」が大発生して、葉を含む全体としては見栄えが悪かったが、どういうわけか近頃は大発生も抑えられていて、いい感じである。
 難を言えば、実の成長が速いので、「そのうちに収穫を」と考えているうちに大きく固くなってしまう。
 一般的に「ネバネバは体に良い」と言われているから猛暑を乗り切れた理由の一つかもしれない。
 

2026年9月17日木曜日

柿にメジロ

    朝ドラ『ばけばけ』でヘブン先生が「うぐいす」を貰ったとき、テレビでは判りにくいものの鳥かごの中のそれは「めじろ」だったが、ドラマは淡々と「うぐいす」で進行していった。。
 一瞬、都会育ちのNHKの優秀なスタッフが間違えて「めじろ」を用意したのかと思ったが、まさか!・・テレビでは「めじろ」の方が「うぐいす」らしいから敢えてそうしたのだろうと現代風に解釈した。
 答は、ヘブン周辺の者は「うぐいす」だと信じて『「ホーホケキョ」と鳴かないなあ』と言い合っていたが、何回目かで、『これは「めじろ」だからいくら待っても「ホーホケキョ」とは鳴かない』と教えられてドラマは展開していった。スタッフを疑ってごめんなさい。
 昔から、「梅に鶯」という絵で実は「めじろ」というのはいくつもあるし、現代でも春には、「梅に鶯」とか「桜に鶯」だとかいって「めじろ」を撮った写真がたくさんSNSなどに登場する。
 実際「鶯餅」に似ているのは断然「めじろ」の方だからやむを得ない。

 近頃は「めじろ」が集団でやって来てわが家の柿を啄ばんでいる。けっこうな被害で、可愛さと天秤にかけて微妙に見守っているが、正確には「めじろ」は柿を啄ばむことはできず、ヒヨドリなどが突いてできた穴(傷口)を啄ばんでいるだけらしい。
 実際、冬にバードテーブルにミカンなどを吊るしたりしても、直接はなかなか啄ばむことはできず、少し袋を破ってやっておかないと食べないことが多い。
 『「めじろ」は害鳥ではない』というテキストも多いのには納得している。

2026年9月16日水曜日

彼岸花

    彼岸花(ヒガンバナ)の名は、当たり前だが、秋の彼岸の頃に突然花を咲かせることに由来する。しかし、球根に強い毒性のある有毒植物であるため、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、という説もある。オイオイオイ。
 別名の曼珠沙華(マンジュシャゲ)の名は、『法華経』に由来し、釈迦が法華経を説いた際、それを祝して天から降った花(四華)の1つが曼珠沙華であり、故に「天上の花」という意味もある。
 各地に固有の異名が多数派生しており、別名・地方名・方言は数百から1000種以上あると言われている。
 葬式花(そうしきばな)、墓花(はかばな)、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、火事花(かじばな)、蛇花(へびのはな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨て子花(すてごばな)、灯籠花(とうろうばな)、天蓋花などがその例で、不吉な別名が多く見られる。これらは有毒ゆえであろうか。加えて、開花時に葉がなく花と葉を同時に見られないため、葉見ず花見ず(はみずはなみず)の別称も有する。
 日本列島で繁殖しているヒガンバナは、自然の中で生まれた3倍体植物の代表的な種であり、一般に種子では子孫を残せない不稔性(いわゆる「種無し」)であるので、「中国で突然に生まれた3倍体のヒガンバナが、有史以前に人の手によって日本に持ち込まれ」人の手によって全国に広まったというのが定説だが、ホンマ?と思うほど不思議である。
 田圃の畔に植える→有毒のためミミズなどが繁殖しない→モグラやネズミなどが来ない→だから畔に植えて増やした→バンザイ?とか。
 
 その球根、水に晒して有毒成分のアルカロイドを除去し、救荒食として利用することもけっこうあったらしい。栃木県などでは、そのデンプンを用いて「ヒガンバナ餅を作る」との文章もある。試してみたい気もするが、彼岸にはまだ行きたくない。 

2026年9月15日火曜日

お喋り炸裂したい

    国際結婚をされているヤマザキマリさんの『ゆっくり急げ』という本の中に「お喋りエネルギーが炸裂」という話があり、「イタリアで最初に覚えたのは善いことでも悪いことでも胸中の思惑は言語化して表に出すということである」とあった。

 そういえば私が青年時代はイタリア共産党が善くも悪くも元気で、吉井清文先生のイタリア訪問記などで、「テレビは毎晩のニュースで、政治について与党はこう言った共産党はこう言ったと、毎晩共産党の映像が流れる」という話を聞いたし、「普通の街角で政治の話が交わされ、だから俺は与党だ、俺はこうこうで共産党だという会話が自然に起こっている」という話に、さすがイタリア共産党だと思ったりしたが、ヤマザキマリさんの本でいうと、それはそもそもイタリア人(文化)の絶対的な?特徴のようである。

 「イタリアの環境は、日本の『耐える、我慢する』といった美徳などとても受け入れてはくれないのである」「アジアやイスラム圏の国々でヒットしたテレビドラマ『おしん』がイタリアでは大不評だったのはわかりやすい」ともあった。

 こんなことを書いてみたのは、イタリアでは極右と言われている女性首相が堂々とトランプを批判している一方、この国では、国会にも記者会見にも顔を出して堂々と論戦することは嫌がり、「答えはSNSで言いますから」というような首相がいる現実。そして例えば沖縄を見ても、そういうアタマに習って匿名でフェイク、悪口を大量にまき散らす集団の行動がけっこうな結果を産んでいる現実に、少々気が滅入りかけていたからである。

2026年9月14日月曜日

紫式部

    ムラサキシキブ(学名: Callicarpa japonica)はシソ科ムラサキシキブ属の落葉低木。学名にあるように日本原産である。
 元々の名前ムラサキシキミが訛ったという説があるが、感情としてはその可憐な風情から源氏物語の作者「紫式部」にあやかったと思いたい。
 ネットではよく「この花は何ですか?」的に出てくるが、知らない人には珍しいというか、昨日までただの小さな雑木でしかなかったものが秋風に誘われて輝きだしたから注目したのだろう。だいたいが落葉低木であるから落葉中などは全くパッとしない。
 メジロやカワラヒワなど可愛い野鳥がやって来て啄ばむ姿は好もしいが、椋鳥が集団でやって来て騒ぎながら裸にするのは憎らしい。

2026年9月13日日曜日

難波津

    9
9日に、「奈良時代の官僚たちは、難波津(なにわづ)にやってきた隋や新羅等の船の品物を、(貨幣代わりに)真綿をもって購入した」と書いたが、その「難波津」がどこにあったかというのには諸説ある。
 有力なその一は、現在の地名で「堀江」「難波」「三津寺(御津)」「湊町」として痕跡を残している辺り。
 その二は、考古遺物である56世紀の土師器・須恵器、韓式系土器が出土している高麗橋付近。
 その三は、天満橋付近。 その四は、上町台地の東側である。
 各時代の難波宮(なにわのみや)の大極殿が上町台地北端の法円坂周辺にあったことなども考慮すると、高麗橋付近が最も有力だと思われる。 そこは、当時は合流していた淀川、大和川の河口にあたり、遡れば平城京にも通じていた。
 私個人としては(夜の)ミナミに馴染んでいたし、堀江近くで勤務していたこともあり心情的には三津寺説に魅かれるが、公平に考えると高麗橋付近説の可能性が高いと考える。

 「難波の堀江」も河内湖の水を大阪湾に流す、上町台地の北端、現在の大川と考えられる。 
 推古18年(608)小野妹子とともにやってきた隋の裴世清は、瀬戸内海から難波津、堀江、河内湖、そして大和川を遡って飛鳥の小墾田宮に来たと考えられているし、書紀の仁徳天皇の説話では、皇后磐之媛は、仁徳の浮気に怒って、大阪湾から堀江、淀川、木津川を遡って大和の北部近くの筒城岡の宮に行ったとある。
 
 近頃は「大阪にカジノを造って儲けよう」というような品のない主張をするものがあるが、山根徳太郎先生ら先輩たちが、大都会のど真ん中に奇跡的に宮跡を残したというロマンの欠片ぐらいに思いを致してほしいものだ。
 99日の記事と本記事は小笠原好彦先生の講義や著書『難波京の風景』を参考にして記述した。

2026年9月12日土曜日

蒟蒻問答

    話かけても何も答えない和尚(六兵衛)を見て旅僧はこれは禅家荒行の無言の行であると勝手に勘違いし、ならばと身振り手振りで問いかける。 旅僧が両手の指を付けて小さな輪を作ると、六兵衛は腕も使って大きな輪を作り、それを見た旅僧は平伏する。 しからばと僧侶が10本の指を示すと、六兵衛は片手を突き出して5本の指を示し、再び僧侶は平伏する。 最後に僧侶が指を3本立てる様子を見せると、六兵衛は片目の下に指を置いたところ、そこで僧侶は恐れ入ったと逃げ出すように本堂を出た。

様子を見ていた八公が僧侶に尋ねたところ、旅僧曰く「途中から無言の行と気付き、こちらも無言でおたずねした。 『和尚の胸中は』と問えば『大海のごとし』。 では、『十方世界は』と問えば『五戒で保つ』と。 最後に『三尊の弥陀は』と問うたところ、『眼の下にあり』とのお答えでありました。 とても拙僧がおよぶ相手ではなかった」と語り、悄然と寺を立ち去った。

そして八公が本堂に行くと六兵衛が激怒していて、「あの坊主はふざけた奴だ、途中で俺が偽者でただの蒟蒻屋だと気付きやがった。 『お前ん所の蒟蒻は小さいだろう』とバカにしやがるんで、『こんなに大きいぞ』と返してやった。 野郎、『十丁でいくらだ』と聞くから『五百文』と答えたら、『三百文にまけろ』とぬかしやがったんで『あかんべぇ』をしてやった。

おなじみ『蒟蒻問答』のさわりだ。

現代版米国の八公「あの坊主(?)はふざけた奴だ。わが国南東部の湾をメキシコ湾だというからアメリカ湾だと言ってやった」「五大湖の一つをオンタリオ湖だというからアメリカ湖だと言ってやった」となると、蒟蒻問答どころか大国主義、帝国主義、覇権主義になる。

八公、「あの尼に、トランプ大統領の隣でぴょんぴょん跳ねて恥ずかしくないか?と言ってやったら、男性社会で生き抜く一番の武器は『媚びを売る』ことだと居直りやがった」。これじゃあ蒟蒻問答以前の思考回路だ。話芸も何も通じないわい。

2026年9月11日金曜日

風雨順時

    東大寺二月堂の修二会(お水取り)の大咒願(祈願文)の中に『風雨順時』というのがあるが、昨今の気候をめぐるニュースは、酷暑、渇水、台風経路、大雨、土砂災害、ネパールの惨事等々と続き、改めて『風雨順時』(雨も風も普通どおりに来てほしい)を祈願したくなる。
 昨今の気候災害は、一神教的にいえば、全能の神が人間に下した試練なのかもしれないが、そんな言葉遊びのような解釈よりも、神(自然界)を恐れぬ人間界の欲望追求の結果である環境破壊を直視すべきだろう。
 近畿では、この間までは水瓶(ダム)の渇水を心配していて、今は洪水を心配しているが、考えれば考えるほどホモ・サピエンスは弱っちいし勝手な生き物である。

2026年9月10日木曜日

フェノロサ

    先日NHKテレビの『英雄たちの選択』でアーネスト・フェノロサをみた。
 ストーリー自身には目新しいことは少なく、フェ~と思ったのは、ボストン美術館東洋部長であった時、助手のメアリーとの妻子を捨てての再婚が社交界でスキャンダルとなり、追放?されたことだったが、フェノロサの偉業の前にはそれはたいしたことはないと思われたが、実際はけっこう残酷な追放だったようだ。それはさておき・・

 それにしても、明治の神仏分離令(廃仏毀釈)はどれほど日本の宝を潰したことかと思うと、近頃やたらと明治と戦前を称賛する人士の、なんとも知恵の浅いことかと嘆きたくなる。
 11月3日はもともと明治天皇の誕生日であったことから天長節(昭和前半には明治節)であったのが、戦後は文化の日として同じ暦上の祝日になっていた。
 昨今それ(文化の日)を「明治の日」に改称しようという動きが自民党の右派や維新の党によって企まれている。
 国家神道であった時代を再興させ、その上で利権を貪ろうというのであろうか。
 フェノロサや岡倉天心が生きていたらなんと言って嘆くだろう。

2026年9月9日水曜日

真綿色した思い出

    〽真綿色した シクラメンほど 清(すが)しいものはない という歌の話でなく、真綿で思い出したことなのだが、小学生の頃、寒い冬、それならと上着の下(つまり背中)に母親が挟んでくれたのが真綿そのものであった。
 世の中全体が「戦後」であった時代だから、それは家族中でも祖母にだけ許される贅沢だったが、風邪気味のある日はそれが私に回ってきた。
 今にして思うとありがたい話だが、小学生にはそれが何となくあか抜けない、じじむさいことで嫌だったことを覚えている。

 さて、真綿とは蚕の繭から取れた綿だからある意味高級?なものだった。
 だから奈良時代には貨幣の代わりに使われたりもした。
 続日本紀神護景雲2年(768)10月24日条には、左右の大臣に各々2万屯の真綿が支給されているが、1屯=60文=現在の3千円とすると、6千万円ぐらいだろうか? (60文は6万円という説もある)
 その真綿でもって高級官僚たちは難波津で隋や新羅の珍しい品物を手に入れていたが、その難波津がどこにあったかは別途書いてみたい。

2026年9月8日火曜日

ネパールが補償を求める


    ネパールのカナル外相は、甚大な被害をもたらした土石流の遠因に気候変動があるとした上で、温室効果ガス排出量の上位3カ国である中国、アメリカ、インドに対し、援助ではなく「補償を求める」考えを示した。
カナル氏は、ネパールの同ガス排出量はごくわずかにもかかわらず、気候変動の「究極の代償を支払っている」と憤慨。中米印は、ネパールを含めその影響に脆弱(ぜいじゃく)な国々に補償する「歴史的責任がある」と述べ、財務省が「気候補償請求書」を正式に送付したと明らかにした。
以上のニュースを聴いて、なるほど! 当然だ! と思ったが、はてさて日本は? と思って調べてみると、 中、米、印 に続いて4位がロシア、そして5位が日本だった。(2025年度のCO2排出量)
ついでに人口比(一人当たり)の排出量を計算してみると、なんとインドや中国を抜いて、アメリカ、ロシアに次いで第3位になるのに驚いた。そして、そういう事実を知っていなかった(私だけ?)という現実が恐ろしかった。先ずは事実を知らいことには始まらない。単純に「ネパールは可哀そうだ」では済まない。

ただ、この種の統計には出てきていないが、戦争程CO2排出と環境破壊をもたらしているものはないという事実の認識も大変重要だ。。

※ 全世界の国々を調べたわけでもないので他に一人当たり排出量の多い国があるかもしれない。