インゲンマメ(サンドマメ)を細長くしたような、それよりも原種に近い豆で私は結構好きであるが、どういうわけかあまりメジャーではないようだ。
その豆の若いうちはインゲンマメのように莢(さや)ぐち煮物などの料理にし、その後は豆を取り出して「ささげご飯」にする。お江戸では小豆(あずき)は皮が裂けて切腹を連想するからと赤飯にはささげを用いるとか。そういう赤い豆になる。
ネットで「ささげ」の通販を見ると、袋に「お盆のお供えに」と印刷されているのがあった。
親鸞の教えではご先祖がお盆に帰ってきたりしないのだが、ある種のお盆の行事は素朴な先祖供養のしきたりとして少なからず残っている。
その中のキュウリやナスを馬や牛にして飾るというのは有名だが、そういうような発想で、ご先祖がお帰りになるときのお土産の「背負い紐」がいるからとお盆に「ささげ」をお供えする風習もあるようだ。
猫の額のような家庭菜園だが農作業は楽しい。
このあと連作障害、害虫、水枯れ、等々で失敗するだろうから、家庭菜園は初期の今が一番楽しい。
トマトがこう実って、キュウリがこう出来て、万願寺が・・・・と、想像の世界では失敗がなく楽しい収穫の夢が広がる。
また、第一陣のキュウリの後には第二陣が成るようにするにはいつ頃次の植え付けが必要だとか考えるのは、他の物事を準備するうえでの思考の訓練になる。
未来の絵を描いて、そこへ向けて日程を押さえて生活するリズムも勝手に身につく。
農作業でいえば、仕事の遅いことでよい仕事になることは決してない。
そういう感覚で友人たちに発信するから煙たがられている。


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