2026年8月11日火曜日

下部構造のナショナリズム

    8月10日付朝日新聞に保坂正康氏が、大要次のように大切な提起をされていた。
 🔳 長らく8月15日の不戦の誓いも「二度とあんなことはごめんだ」という感情の延長にあった。 ただ、体験者が減るほどそういう感情は忘れ去られていく。 いま求められているのは、理性的にあの戦争を分析し、その教訓を社会の共通規範として「思想化」し次世代につないでいくことだ、
 あの戦争では、いわば「上部構造のナショナリズム」である皇国史観が特攻や玉砕といった狂乱を支えてきたが、「下部構造のナショナリズム」ともいうべき郷土愛や先祖崇拝、日常生活の規範、倫理観はそんなものではなかった。 昭和の軍事指導者はそういう意味では日本の文化や伝統を裏切ってきた。
 8月15日の思想とは、人々の暮らしの中に蓄積されてきた不戦の誓いの知恵こそが、国家の暴走に対抗しうるという思想だ。🔳 

 よく「被爆者の気持ちなどそうでない者には解らない」という声を聞いたことがある。部落差別反対の運動にも「踏まれた者の痛みは踏まれた者にしか解らない」と言われたことがある。水俣でも原発でも沖縄でも、そういう解ったような言い方で運動をちゃかしたり抑圧したりすることがあった。
 そういう意味で、保坂氏が体験を思想化して継承していくことの大切さを指摘されたのは的を射ていると思う。
 同時に、「被爆者の痛みや苦しみを直接肩代わりすることはできなくとも、一緒に歩いて訴えることはできる」という核兵器廃絶国民平和大行進の訴えは尊い。 「共感」は素晴らしい心の働きだ。

2026年8月10日月曜日

最後の審判

    中東のニュースを見ていて何時も思うのだが、油田で常に燃えているあの
煙突の火は何かもったいない気がする。きっとあのガスを回収して売るよりも燃やしておくことの方が安くつくのだろう・・・。(日本のコンビナートでも同様の感想を持つ)

 もうひとつ、石油施設であるかないかに関わらず、戦争ほど環境破壊はないと思うのだが、そんな感情は「幼稚」すぎるのだろうかニュースでは触れられない。

    その結果、人間が生きていけないほどの高温や乾燥、反対に豪雨という気候危機が進行している。大規模な山火事、旱魃と大河川の水位低下。戦争指導者は全人類を危機にさらしている罪で裁かれるべきでないか。

 対する我われ庶民はあまりにも微力な気がするが、微力であっても決して無力ではない。
 ジョークの類ではあるが、平凡な庶民が死後、神の前で冷たく裁かれている絵があり、「神さま、いったい私が何をしたというのですか?」と申し立てているのに神さまは「何もしなかったからじゃよ」というのがある。
 伊丹十三の父伊丹万作が戦後、圧倒的な日本人が「国や軍部や天皇にだまされていた」と「反省??」していたとき、「だまされていた者の罪」を鋭く指摘したことも大切なことだ。そんなことをツラツラと考える。

2026年8月9日日曜日

長崎の鐘

    1945年8月9日、日本の中できっと一番クリスチャンの比率の多かったであろう長崎に原爆が落とされた。
 キリスト教の解釈では、それは神が与えた試練だと聞いたことがあるが、私には理解が及ばない。
 同じように、原爆投下は日本の降伏を早め、その後想定された多くの犠牲者を産まずに済んだという「言い訳」にも納得できない。
 その当時、日本が戦争遂行能力を失い降伏の条件をめぐって各国に打診していたことは周知の事実である。
 だから、それは終戦後の覇権争いのためのアメリカの打ち上げた花火であった。
 あえて言えば、同じ条件下で、西欧人であるドイツやイタリアに向けて同じ判断をしていただろうか。(これは想像だが、ある種の説得力がある)

 かつて訪日したチェ・ゲバラは、原爆慰霊碑に献花をし、資料館を見学し、同行した中国新聞の記者に「君たちはアメリカにこんなひどい目にあわされてなぜ怒らないんだ」と問いかけた。それに対してとまどう記者の姿は、当時から現代までの私たち日本人の姿を象徴するようだと語り継がれている。

 確かに、日本軍の残虐な戦争行為の非人間性の数々は直視すべきであるが、だから原爆の非人間性が許されるものでもない。
 現実世界は核抑止力によって平和が実現などしていない。
 反対に、核の脅威をちらつかせながら戦争が行われている。
 自国内の内政の矛盾や反対派を抑え込むために「屁理屈」を付けて戦争が行われているのが実際だ。
 それでも大国のリーダーの理性、知性は核の使用を止めるだろうと、皆さんはホンキで信じられますか。
 
 こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ

2026年8月8日土曜日

キリスト教ナショナリズム

    アメリカの民主党では4日、ミシガン州の上院予備選で、党主流派の下院現職が敗れ、バーニー・サンダース上院議員らの支援を受けた新聞用語でいうところの急進左派アブドゥル・エルサイード氏(41)が当選を果たした。
 この動きが、アメリカ民主主義の再建に向かうのか、トランプの激しい反共攻撃の的になって結局トランプ政治が深まるのか、興味はあるが見通しを語るほどの知識はない。

 先日、書店で見つけて、【朝日新書、森本あんり・渡辺靖の対談集『キリスト教ナショナリズム』】を手に入れた。
 正直なところまだ十分には理解が進んでいないが、合衆国憲法の「政教分離」、一見正反対に見える福音派とリバタリアンの共通?、キリスト教のシオニズム等々「知らないことが多い」ということだけは解った。

 日本の、それも自分の周囲で見聞きしたことと重ねて考えると、新自由主義という名の下に「利権第一主義」が社会や企業内のコミュニティーを破壊し、中間層は確実に没落していったそういう時代の中から、キリスト教に基く倫理観のある社会をとか、自分が没落したのは女が地位を奪ったからだ、いや移民だ、いや福祉が悪い等々と、左右?両方から今までにない政治が求められているのだろうか。
 理解は進んでいないが、友人の皆さんには、大いに勧めたい一冊ではある。
 キリスト教世界のこと、アメリカの政治のこと、ほんとうに知らないことだらけで参考になったことは多い。

2026年8月7日金曜日

クリオネみたい

 (1)8月6日にテレビのキャスターが「不要不急の外出は危険」というので、窓越しにケヤキの木を見ていると、タマムシが飛んでいた。
 まるでクリオネみたい。
 先日友人からミヤマウズラという珍しい花の写真を送ってもらったが、その花もまるでクリオネのようだった。
 熊本の被災者のことを思うとこんな吞気な記事は書いておれないが許してもらおう。
 それよりも、ヒロシマの被爆者のことを書いている途中だったので、きっと「魂虫」だったのだと思うことにする。
 余談ながら孫の凜ちゃんは手術で入院中 祖父ちゃんは何もしてやることができないが、お母さんのスマホにこの写真を送っておく。

 (2)「心配性」かも知れないが、近頃の朝日新聞に、写真のような「彬子さまがどうした」「揺子さまがどうした」という小さな記事が目立つようになった気がする。
 ボルサリーノを被った令和の「道長」への忖度でなければよいが。
 なんとはなく気が晴れない朝日新聞である。

2026年8月6日木曜日

ノーモア ヒバクシャ

    今日は2026年8月6日木曜日。201486日水曜日に書いた『ノー モア ヒロシマ』を以下に再録する。

🔳   8月6日ということで一番思い出すことは、先輩Yさんのことになる。
 Yさんは労働組合の先輩で、中国ブロックのリーダーだったし、仕事上の職責もその地の幹部に近かった。
 恰幅もよく押し出しも効く、一言でいえば親分肌で肯定的な気分を込めて仲間からボスと呼ばれていた。
 当然のように皆に押されて、その年には原水協の国連・ニューヨーク要請団に参加され、米国のテレビでも被爆体験を話されるなど活躍をされた。
 その親分が、「実はな長谷川君、わしゃあ、ピカドンの話をするのは好かんのじゃ」とおっしゃったときにはその意味が解らなかったが、その夜、ホテルの二人部屋で一緒になったとき、私は彼の悲鳴で飛び起きた。
 それは、文字では到底伝えきれない「ウオー ウオー」という悲鳴というか叫び声で、直ぐには心臓病かと思ったが、「今わし大声を出さんかった?」と尋ねられ、また何回か繰り返されたので、うなされていることが理解できるようになった。
 翌朝には、「夕べ大声を出したん違うかな」「迷惑かけたん違うかな」と謝られ、「昼間に原爆の話をした日の夜は必ずうなされるんじゃ」と辛そうに語られた。
 「ああ、また今晩もうなされる」という恐怖が「話すのは好かん」意味だったのだ。

 その後私は、仕事の上でPTSDなど『重度ストレス反応』を取り扱ったりすることとなったが、診断ガイドラインにある『フラッシュバック』や『夢の中で反復して再体験するエピソード』を読む度にあの夜のことを思い出した。

 戦後生まれの私は直接的な体験を語ることはできないけれど、Y先輩は命がけで地獄の様子を私に教えてくれたように思う。
 だから、この話を毎年8月6日に書くのが与えられた宿題だと考えている。

あの日
この子の目の前で
起きたことを
知っていただきたいのです
あなたに
そして
日本の子どもたちに全世界の人びとに

 


八月や六日九日十五日

    今日は8月6日。 八月や六日九日十五日 という時事俳句がある。
 
 「詠み人知らず」と言われたりしていたが、近頃は「詠み人多し」と言うらしい。良いことだ。八月になれば、みんなが自分事のように 八月や六日九日十五日 と口にして平和の誓いを確認すればよい。
 さてこの国の首相と内閣は、こういう我われのことを「お花畑だ」と軽蔑している。早い話がアメリカの核の傘の下で、敵基地先制攻撃が可能な軍事力こそが平和の保証だと言い、事実、着々と軍備を増強している。
 わが街の祝園弾薬庫にはトマホークを保管し、高速道路を北進して舞鶴の戦艦から先制攻撃するという。
 その論理をひっくり返せばわが街は先制攻撃されることになるが、そのことには一切触れない。日本列島の海岸線に原発を並べているが、安価なドローン戦隊がいとも簡単に電源喪失を招くであろうことも一切触れない。 お花畑は誰だ!
 核大国ロシアの国民(兵隊)も核大国アメリカの国民(兵隊)も現実に戦死している。
 「俺様を怒らせると怖ろしいぞ」「俺様は核兵器を持っているのだぞ」と言えば、相手は「御紋」の前に「ははあ~」とひれ伏すのではなかったか。
 今日は8月6日。そんな「言葉遊び」の前に、81年前のヒロシマで何が起こっていたのかをしっかり見つめなおす日にしたい。

2026年8月5日水曜日

ドナウのかなたで

    その昔、ロシア民謡が流行った時代があった。その中の一つに 〽黒きひとみいずこ わがふるさといずこ ここは遠きブルガリア ドナウのかなた ここは遠きブルガリア ドナウのかなた というのがあった。「バルカンの星の下に」という。

 ドナウ川はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)に端を発し、ドイツ、オーストリア、   スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナを通って、最後はルーマニアとウクライナの国境を通って黒海へ注いでる。 「流域」の支流に含まれる国としては、チェコ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、スイス、ポーランド、北マケドニア、イタリア、アルバニアなどもあるから極東の島国からすると想像も及ばない。

 その中欧、東欧がひどい旱魃でドナウ川の水位が極端に低下していると報じられている。
 その結果、朝日新聞の記事で数えると、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々で原発の停止が相次いでいる。冷却に使われる水が確保できないためらしい。
 原発の排水は10度前後水温が高くなるから、その少ない水を各国原発が使うと熱河になりそうだ。事故以前に停止しているのは正しいだろう。
 それにしても、原発は津波だけでなく旱魃にも弱かった。
 あまり科学的な言葉ではないが、人間の身の丈を超えた未完の技術という気がする。
 明日は8月6日。ヒロシマ被爆の日。世界中には人間の身の丈の内の兵器だと信じている人も少なくない。
 唯一の戦争被爆国の日本人は、できる範囲でよいから「核兵器と人間は共存できない」と言い続ける必要があると思う。

2026年8月4日火曜日

手作りは面倒or楽しい

    関西ではお盆といえば8月だろう。全国展開のイオンでは7月早々からお盆用の菓子類が売られていたが、それはさておき、その8月お盆の季節がやってきた。
 親鸞の教えにはお盆のことはないと思うのだが、凡人は、「そういう時期だ」「そういうことをするのだ」とか言われて先祖の恩を思ったりするもので、そうして年中行事に向かい合っている。
 といっても、ほゞ0%に近い関わりあいかただが、孫の凜ちゃんと『うちわ菓子』を食べながら「8月」を迎えている。お盆の菓子では唯一このうちわ菓子だけを購入している。

    さて、先日イオンでは、お盆の『飾り棚』のパーツあれこれが売られていた。私が知らなかっただけでそんなものは以前から売られていたものかもしれないが、「茄子と胡瓜の牛馬ぐらい手作りしないか」と心の中で思った。何から何まで手作りを避けてお金で解決する風潮は?
 現代人の精神は豊かになったのか、貧しくなったのか?
 重ねて言うが、親鸞の教えには『お盆棚』はないがそのことはさておく。

 先日来、手作りの「栞」(ブックマーク)を百数十個×2作った。
 確かにカッターナイフで百数十個×2切り出すのは難儀だが、何人かは喜んでくれるだろうと思うと作業も楽しい。
 「この作業に一丁乗らないか?」と会員向けにLINEに書いたがナシのつぶてだ。そういう時代なのだろうか。

2026年8月3日月曜日

安否確認

    食料品等の買い物は混雑するのが嫌だから、週に2~3回、毎回ほゞ9時きっかりぐらいに出かけている。
 「〇曜市」などセールの日も避けている。
 難点は品物がまだまだ揃っていないことだが、なんやかんや回っているうちに徐々に出てくるから、十分ではないが用は足りている。
 何十年来の旧知のご夫婦もよく似た性格で、会えば簡単な挨拶をするぐらいだったが、「この頃会わないね」と妻と話していた。
 先日そのご夫婦と会い「やあやあ」となったが、お互いに、「会えへんなあ」「入院でもしてるんやろか」と互いに言い合っていたと笑いあった。
 その可能性は小さくはない。事実、軽い入院もあったそうだ。
 「安否確認のためにも早朝の買い物にまた来ましょう」と言って別れた。
 コミュニティが希薄になって久しい。
 「この頃顔を見ないね」と話しているうちに実は亡くなっていたということはザラにある。
 街全体の高齢化と、今にして思えばコロナ騒動でのなんでも自粛の影響は大きい。
 といって、今さら「民主老年同盟」を立ち上げるほどの気力もない。
 先日は「呑み会」といっても「昼呑み会」をしたが、おとなしい量で解散した。
 さて、どうするか。

2026年8月2日日曜日

避難所無情

    熊本地震のニュースをテレビで見ていて何時も思うことがある。あまりに時代おくれの避難所の状況のことだ。
 イタリアや台湾の大地震のときのニュースを見たときには、ほゞテント生活のようであったので、「今後は日本でもそうなるのだろうなあ」と思ったりしたものだが、熊本のニュースは今でも体育館に雑魚寝であった。
 ネットでは多くの外国の場合の写真が出てくるが、先の能登のときもそうだったが、日本の状況はお粗末だと思う。

 日本国(政府)は金がないから仕方ないのだろうか。まさかそんなことはない。
 自維内閣の顔の向きが間違っている。ただそれだけのことだろう。
 その矛盾の元凶が軍事費であることは論を待たない。
 日本は長年、軍事費を国内総生産(GDP)比1%に抑えてきたが、安保3文書を境に「軍事費」は様変わりし、防衛省以外の他省庁に軍事関連予算を計上したり、補正予算への防衛省予算の計上も加わり、「財政全体の軍事化」が進んでいる。
 また、ローン地獄みたいな「後年度負担」は2026年度予算案で総額17兆9524億円に上り、巨額のツケを将来に回して、これに伴い、防衛省のその種の歳出化経費は4兆6857億円に上り、同省予算の半分超を占め、安保3文書策定前の22年度と比べると約2・3倍(約2・6兆円増)へと突出して増えている。
    政府が目標としている「GDP比3・5%」になれば、追加で10兆円の財源を賄わなければならないが、トランプ米政権は、さらにGDP比5%という、途方もない金額を要求してきている。
    政治の向きが間違っている。これに尽きる。日本列島に30数基の原発を並べておいて「先制攻撃」もないものだ。
 もう一度中学校の社会科の話をすると、軍事費の陰では笑いが止まらない死の商人たちがいるのだ。その周りには、おこぼれにあずかる面々がいるのだ。
 熊本のニュースを見ていて、日本国民!これでいいのか!と思った次第である。

2026年8月1日土曜日

銘柄米も値下がり

    202661日月曜日に書いた記事をほゞ再録する。
   🔳 昨年713日にコメ問題学習会のことを要旨次のとおりに書いた。
 【今回のコメ不足は単なる買い占めでなく、絶対的なコメ不足だから短期的には別にしても長期的には高騰は続く。
 原因は、永年の減反政策、需給見通しの誤り、米の輸入自由化、そして、農水省の施策というよりも財務省の強烈な政策として、米で大儲けを考え輸入米もコントロールしようとする大商社(つまり財界)の要望、その奥のアメリカ政府、アメリカ財界の要望によるものが大きい。だから単純な「犯人は農協だ論」に組してはならない】と。

    ところが近頃、大手スーパーでも明らかにコシヒカリなどの銘柄米も値段が下がっている。
 消費者が備蓄(買い占め?)していたのが一通り一巡したからだろうかと思ったりもするが・・
 それよりもやはり、農協や大商社、大企業が買い占めて隠していたものの販売見通しが天井を打ったからだろうと勝手に推測している。
 やはり途中で買い占めて隠していたものがあったのは、どうも事実だろう。
 米は完全な冷房装置のある倉庫でないと保管が効かないから、農協、商社、米取扱い大企業あたりが怪しい。 先の学習会で講師は、米の売買は、「売買契約、金の収支、現物の米の移動・保管」が全く一致せず、ちょっとした伏魔殿だとの感想を述べていた。・・・やはり。
 どいつもこいつも、なんという国だ! ・・・以上が6月の記事だ。

 マスコミは、「ここで政府が備蓄米の買戻しをすると物価政策によい影響が出ないから政府は無策を続けている」と解説しているが、諸物価高騰の折り、米価だけが下がるのでは農家の生産意欲も下がるだろう。
 農業従事者の年齢を考えると近い将来「ほんとうの食料不足」が起こるに違いない。
 いわゆる先進国で、主食を担う農業を保護していない国はない。

 話は前後するが、202597日に『コメ問題で目から鱗』を書いた。
   しんぶん赤旗日曜版にあった、関根佳恵愛知学院大学教授の解説記事にこうあった。
 「政府や財界はコメ騒動を奇貨として、農業経営の大規模化、農地の大区画化、企業の農業参入の声を強めている」と・・・しかたないがそれはそうだと私も思っていた。
 しかし、これまでは、単位面積当たりの収量や単位労働時間当たりの収量ばかりが議論されてきたが、いま国際的には、資源エネルギーの単位投入量当たりの収量が重視されつつあるという。
 そうすると、小規模農業が担う「農民的食料システム」は世界の食料生産に用いられる資源エネルギー量の25%しか使わずに食料の70%を生産しており、反対に「工業的食料システム」は、資源エネルギーの75%を消費しながら食料の30%しか供給できていないのだと。・・エエエエ!という話だ。
 農業経営の大規模化、農業生産者の減少、過疎化やコミュニティーの衰退、学校統廃合、商店や診療所の閉鎖、自治体や金融機関窓口が遠くなる・・みんな仕方ないのか。
 だから・・関根教授はいう、「大規模な農業経営がぽつんと存在するより、小規模な農業経営が数多く存在する方が、防災、景観、文化の継承を含め社会的効率性が増すのだ」。
 人間、主流のメディアに流されず、落ち着いて考えないとこの国の未来は危うくなる。
 しんぶん赤旗は実に科学的で哲学的だ。

2026年7月31日金曜日

出遅れた夏休み

(1) 今さら夏休みも何もないのだが、漫然と秋風を待って過ごしている。
 ただ孫の凜ちゃんのプール遊びは用意してあげないといけないので、この暑さの中、ベランダのテントだけでは対処不十分なので簡単なタープ(タープテント)を購入しようと考えた。
 ところが、ホームセンターでもネット通販でも、私の感覚からするとどこも確実に値上がりしていて、その上に夏休みスタート直後ということもあってか、ホームセンターはどこも極度に品薄であった。 
 そこで、「夏休みに出遅れた!」と反省しつつ某ホームセンターにあった最後のひとつを購入した。
 基本的には夏の間中ベランダに設置しておこうと思っている。
    凜ちゃんのプール遊びでは日陰について絶大な効果を発揮したから、少しほっとしている。

(2) 担当している会報の『柳壇』投句の締切日になった。
 待てど暮らせど届かない会員もあり、待っているうちに少し恨めしい句ができた。
  難しい話はするが句は出さん
  エエカッコ脱げば自然の笑いあり
  請われても一差し舞うとは言いません
  川柳で馬鹿は言えない偉いひと
  自分から担当したのに恨み節
・・・と、溜飲を下げている。 わっはっは。

2026年7月30日木曜日

高気圧はなぜ暑い

    小学生の頃というのは高度経済成長以前だが、私は中世から続いた旧い堺市(環濠都市)の真ん中に住んでいた。ということは海に近かったので夏は毎日のように海で遊んでいた。
 その頃はまだ猛暑という言葉もなかったが、当時の常識では32℃が今でいう猛暑日であって「日射病に気をつけろ」と言われていた。
 それでも夏休み明けの学校はくろんぼ大会の様子で、真っ黒の子どもが威張れていた。
 みんな隔世の感がある。
 
 さて、気候変動(危機)以前に、なぜ高気圧は暑いのかということがある。
 低気圧が上昇気流であることは台風でもイメージしやすいが、高気圧が緩やかな下降気流であることの実感は少ない。・・が理屈はわかる。
 となると、登山で実感できるような高所の冷たい空気が緩やかに降りてきてなぜ涼しくならないかとなるが、自転車の空気入れをしているとポンプが熱くなっていくように、高所の気圧の低いところから地表に向けて気圧の高いところに降りてくるというのは空気が圧縮されるということなので、気温が上昇する。数字でいうと、標高5㎞にある0℃の空気は標高2㎞まで降りてきただけで30℃になるらしい。
 これに加えて、高気圧は雲ができにくく晴れるので陽射しが地表を暖めるし、地表の放射熱も増えるし、地形によってはフェーン現象も起きる。フェーン現象の理屈も同じく膨張と圧縮の理屈。
 空気は、外部から加熱や冷却をしなくても、「高さ方向」に運動するだけで気温が大きく変わるというこの理屈、エアコン以外にももっとうまく制御できないものだろうか。

2026年7月29日水曜日

自然農法

    わが庭の小さな菜園に夏野菜が実っている。
 毎年代り映えはしない菜園で、トマト、キュウリ、万願寺、オクラ、ささげ、その他 を少しずつ 収穫している。
 その畑に、今年は少なからずセミの抜け殻がついている。樹木ではない野菜についている。
 これは畑を耕していない証拠である。
 耕しているといろんな芋虫が出てくるから、普通にはそれらを排除する。つまり、手入れされた畑にセミが出てくることはほゞないだろう。

 えへん! 自然農法、不耕起栽培だ! と自慢したいところだが、実際は耕すのも草刈りもしんどいので「結果としての不耕起」なのである。
 そのお陰で畑には珍しいセミの抜け殻付の菜園となっている。
 それでも妻が草取りなどいろいろ手をかけている。
 だから私に「何もせずエラそうに自然農法などと言うな」と怒っている。