2026年3月11日水曜日

林太郎は泣いている

    森鷗外(森林太郎)はいうまでもなく文学界で有名だが、公職では大正6年に陸軍軍医総監、陸軍医務局長という要職を退き、東京・京都・奈良の帝室博物館と正倉院を統括する帝室博物館総長に任じられ、大正11年に61歳で亡くなるまでその職にあり、今日に通じる博物館学の基礎を築いた。
 奈良国立博物館は現代でも毎年の正倉院展で有名だが、その元は正倉院曝涼(虫干し)で、鷗外は毎年秋には奈良に出張して暮らしていた。鷗外滞在中の官舎は現博物館の東北隅にあり今はその門が残っている。鷗外が東京の子どもたちに送った手紙には手書きの地図があり、「パパの居るところ」と注記がある。

    さて文化庁は国立博物館・美術館に対し、4年後の時点で入場料などの「稼ぎ」が費用の4割未満なら「再編」の対象にする。5年後までに65%以上、10年後には100%「稼げ」と「中期目標」に明記した。
 収蔵している資料類を廃棄してスリムにし、一部の図書館のように民営化せよというのだろうか。博物館資料が危機に面している。

    薄っぺらな議論では、保守というのは伝統を大事にし、一方革新というのはそうでもないという大誤解があるが、銭勘定のためには伝統も歴史も投げ捨てて儲けの対象にしようとするのが自民党らの姿勢である。奈良の歴史や文化でいえば、それの保存などに一番積極的なのが日本共産党であるから、事実は小説よりも・・である。
 自民党絶対多数の国会ではあるが、「博物館を守れ」の世論を大きくしていきたい。

2026年3月10日火曜日

津波てんでんこ

    歳をとると時の流れが速くなる。
 3.11から数か月も経たずに生まれた孫の夏ちゃんも中学生である。その間に私たち大人たちはこの国をどれだけ安全で穏やかな国に「改善」できただろうか。終活だとか〇〇終いだとか言っている暇はない。
 津波について語ると、あのとき勤労者の多くは就業中であったから、現地以外のほとんどの方は夜のニュースで知ったことだろう。そして、海岸べり以外の現地の方々は停電でそれを見ていない方も多かったと思う。
 しかし私は、けっこう揺れた奈良市内から飛んで帰ってテレビでそれをLIVE、つまりヘリコプターからの実況で見ていた。
 人が歩いたり自動車に乗ったりして避難していたが、そのすぐ後ろから津波が襲ってきて、人が津波に飲み込まれて死んでいくのをLIVEで直接放映していた。そのとき、即、人が死んでいくのをテレビは実況していたのである。
 ほんとうに、「あかん。そっちへ行ったらあかん。早く丘へ向かって」とテレビのこっちでほんとうに声を出していた。
 夜のニュースの映像の何千倍、何万倍もの強烈なショックであった。重ねて言うが、海岸から離れた現地の方々は停電で知らなかったのではないだろうか。
 「津波てんでんこ」とは、「津波が来そうだったら、躊躇せず各自てんでんばらばらに高台に逃げろ」という昔からの大切な教えである。

 福島原発事故についても触れたい。最初に述べたとおり、あの時に生まれていなかった孫が中学生である。15年が経過した。「私から保証します。状況はアンダーコントロール(統御)されています」と安倍晋三氏が言い放った880㌧のデブリは15年で0.9グラム取り出しただけである。
 世間では理系・文系ということがあるが、大切なことは「理系バカ」にならないことだと思う。
 確かに医学や自然科学の進展はめまぐるしいが、そして、「原発は安全だ」というコマーシャルは今も大きいが、樋口裁判官の下した判決文にあるとおり、フク1原発は「あってはならない欠陥があったため流れ込んだ水で冷やされて東日本壊滅が防げられた」のだった。
 もう一つ、ほんとうに「絶対安全だ」というものならば、電力の大消費地近く、東電は東京湾岸に、関電は大阪湾臨海部に原発を建てるべきである。
 それを、過疎に悩む地方の弱みに付け込み、考えられないような札束で頬を叩きまくって今がある。
 最後に気候危機のこともある。原発は、核分裂や核融合のエネルギーを使用すること以外は理屈は単純な釜である。その過程で使用される海水(冷却水)は海に放出されるので、その温排水は海水を7℃上げていると言われている。電力会社側は2℃と主張しているが、要するに、日本列島を取り巻く海水温度を上げている。
 酷暑も豪雪も気候温暖化のせいだという。
 世界は確実に再生可能エネルギーにシフトしている。冷静に立ち止まって議論すべきだろう。(写真は9日の朝日新聞)

2026年3月9日月曜日

ご飯茶碗

    ご飯茶碗が欠けたので新しいものを購入した。こういう属人器はあらかじめ購入しておくものでもないだろうから、いざというときには「とりあえず」ということで手近なところで手軽に購入してしまうことが多い。写真のそれはそういうものである。だいたい私の箸置の5分の1以下だった。

 飯茶碗というと「一膳めしはあかん」と昔から言われてきたが、近頃はそれ(習わし)はそれとしてわが夫婦は健康の為もあるし、何よりも食も細くなってお代わりなしの一膳めしである。
 「一膳めしはあかん」というのはきっと枕飯に通じるからだろうと思って念のため調べてみるとそうではなく、同じ葬儀ではあるが、参列者が一杯きりの飯を食う習俗である「出立(でたち)の膳(別名一膳めし)」であるからというのを知った。ただ、そういう儀礼は実際には出くわしたことがないから意外であった。
 それよりも、同じ言葉の一膳めしというのには、江戸時代から昭和の戦前まで「食べ放題ではない飯屋」を一膳めし屋という意味があって、実際に今でも「一膳めし」と称する食べ物屋があるのを知った。
 私などは、先のとおり「一膳めし」という言葉には不吉な名残(受ける感覚)があると感じていたからこれには驚いた。

 少し関連した話だが、お代わりをするときにはご飯を食べきらずに少し残したお茶碗でお代わりをしたものだ。これも習わし。
 現職の頃にはいわゆる社員旅行があったが、各自がお代わりを仲居さんに頼むのだが、忙しいときにはどうも返ってきた茶碗が変わっているようなときがあり、あまり気分のいいものではなかった。

 冒頭に書いた属人器であるが、この器は誰々のものという恒常的属人器である。世界的には共用器のみの国も多く、日本は銘々器(その食事中は個人に属する=一時的属人性)と(恒常的な)属人器の多さが特徴というか特異であって面白い。世界中で日本と朝鮮半島が頭抜けていて、東アジア文化の源泉のような中国にはそれがないというのもさらに面白い。
 わが家でも偶にしか使用しない子や孫の茶碗や箸は決まっている。不合理ではあるが、そうでないと落ち着かないのもおかしなものである。

2026年3月8日日曜日

若ごぼうは早春の味

    三寒四温という言葉は本来は冬の言葉であるが実際には春がよく似合う。
 もうひな祭りも終わったというのにけっこう風が冷たい3月8日である。
 先日、大いに春の季節感を味わおうとして、「八尾の若ごぼう」を食べた。
    持っている山野草の本にはフキやミョウガやシソまで載っているのに若ごぼうはない。山野草からもマイナー扱いされていて、中途半端に可哀相である。
 本では、早春のこの種の野菜はほとんどすべてについて「アクを抜いて・・」と教示されているが、アクがきれいに抜けると面白くもなんともない。まあ、人間といっしょである。
 
 3月6日に書いたが、オルテガのいう否定的な意味での大衆とは、みずからを、特別な理由によって――よいとも悪いとも――評価しようとせず、自分が〈みんなと同じ〉だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持になる、そのような人々全部である。

 そのような人々は若ごぼうを味わう必要はない。

口を噤む前

    『ツグミは春になると北へ渡ってしまうので、昔の人は「あの鳥の声が聞こえなくなったなあ」「きっと口を噤(つぐ)んでしまったのだろう」と思った』と、ツグミという名前の由来を2020年の2月に書いたが、そのツグミという名前の由来については、少し疑問が未解決のままだった。
 その1,北へ帰る冬鳥、つまり春に声を聞かなくなった鳥はいっぱい居るのに、どうしてその中で「口を噤んだ鳥」の代表にツグミがなったのだろう。
 その2,とびっきり美声とも言えない「ケッ ケッ」という声なのにどうして代表になったのだろう‥ということだった。
 確かに人家の近くに来ることは来る、声は小さくはない、それにしても・・・

 先日、歩いていると、少し高い木から聞いたことのない声がした。
 文字にし難いが、ピヨピヨとか、ヒーヒーとか、クチュクチュクチュとか、なんというか、女の子がおしゃべりをしているような声がした。もしかして百の舌を持つという百舌鳥(もず)?
 葉っぱの多い木なので声の正体は特定できないが、飛んでくる様、飛んでいく様は、ツグミの集団だった。・・・で、ふと気がついた。

 春先、農家の庭先で農作業が始まる頃、ツグミのこんな声を聞きながらみんな作業をしていたんだ。頭の上というか、木の上で、女の子たちが楽しくおしゃべりしているような声を楽しく聞きながら作業をしていたのが、あるとき(春が深まり)、フッと声がしなくなったのだ。
 ジャジャジャと鳴いていた鶯(ウグイス)が囀りの練習を始めるように、ツグミも3月になるときっと囀り(そのものは知らないが)の練習を始め、昔の人は楽しくそれを聞いていたのだ。

 これは全て個人の感想だ。しかし、バードウォッチング歴も古いが、ツグミのこんな声を知ったのは初めてで、私的には長年の謎が解けた気分がした。

2026年3月7日土曜日

必読書

    世界平和統一家庭連合(旧統一教会・統一協会)に対して東京高裁は3月4日、宗教法人たる「教団」の解散を命じる決定を行った。
 これを受けて東京地裁は清算人を選任し、清算手続きが始まることとなった。
 メディアは、高額献金の被害者に対する弁済が上手くいくのか、「教団」が財産を隠さないかなどについて注目しているが、何か重大な焦点の二つが欠けているように思えてならない。

 その一つは『赤報隊事件疑惑』である。
 統一協会はいろんな関連団体を通じて、殺傷能力のある空気散弾銃を大量に輸入し、全国で銃砲店や射撃場を経営し、「特殊部隊」=軍事組織を組織していたといわれている。
 「教団」が霊感商法批判キャンペーンに怒り狂っていた1987年5月3日、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害されたが、3日後の5月6日午前、朝日新聞東京本社に散弾銃の使用済み薬莢2個と脅迫状が届き、そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」と書かれていた。薬莢は、凶器の具体的な報道がされていないにもかかわらず、銃撃に使用されたのと同じレミントン社製で、口径も大きさも同じサイズのものだった。
 赤報隊事件はその後も続き、警視庁は国会議員である著者に「オウムの次は統一協会をやる」と明かしていたがそれは実現しなかった。その理由を2005年に引退した幹部は著者に「政治の力ですよ」と答えた。

 その二は、想像を絶する統一協会の北朝鮮との野合である。
 1992年平壌の巨大競技場は「偉大なる首領様の生誕80年を祝う」民衆で埋め尽くされていたが、スタンドには独立運動の闘士8人の名前が人文字で浮かび、その最後の一人は文鮮明の三文字だった。 
 そのほかにも、霊感商法で日本人信者から巻き上げた莫大な献金を元手にした「金剛山国際グループ」の設立や莫大な資金援助。
 そして訪朝。金日成と「義兄弟」との会談。
 こうして金日成の葬儀に北朝鮮は文鮮明教祖に招待状を送り、文の最側近の韓国「世界日報」朴社長は金日成の死去後初の韓国人訪朝の人となった。
 日本などでは激越な反共演説を繰り返しながらのこの態度は、良識人には到底理解の限度を超えているが、同じように、日本の法律では入国が禁止されている人物(直前までアメリカで収監されていた)の超法規的入国を手伝ったのは自民党の大物たちであった。

 超高額の霊感商法による家族崩壊などなどの山上被告問題なども非常に重要だが、統一協会問題の深刻さはそれに止まらない。
 字数の関係で筆を置くが、こんな機会でもあるので、多くの方々に、この本ぐらいは購入して読まれることをお勧めする。最寄りの書店になければ、アマゾンや楽天ですぐに購入できる。

2026年3月6日金曜日

中島岳志の本

    久しぶりに十分に満腹感を覚える本を読んだ。NHK100分で名著・中島岳志著『大衆の反逆——オルテガ』。
 とりあえずPR調に紹介されている幾つかのコメントを拾うと、 
 ●なぜ「多数派」は暴走するのか
 ●真のリベラルを取り戻せ
 ●少数派の意見を聞き、先達の知恵を重んじる真のリベラルとは何か
 ●「大衆」「リベラル」「死者」「保守」20世紀最高の大衆社会論を4つのキーワードでよみとく
 ●大衆とは、みずからを、特別な理由によって―よいとも悪いとも―評価しようとせず、自分が《みんなと同じ》だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持ちになる、そのような人々全部である
 ●自分の利害や欲望をめぐって行動する「大衆」が増殖した20世紀。スペインの哲学者オルテガは、「大衆」の暴走に警鐘を鳴らした。彼はなぜ、利己的な大衆を批判し、他者と共存するための「寛容さ」を説いたのか。「大衆の反逆」は、有権者の半分近くが投票権を放棄する現代日本に、どんな教訓を提示しているのか。オルテガの思想を受容し、現代的にアレンジすることで、自分たちの手で民主主義をはぐくんでいく術を探る
 
 オルテガの時代、西部邁の時代など背景となる政治状況の古さはあるが、著者の主張はいささかも古くはない。 
 非常にリアルな話として、「保守」の立場を公称されている著者が、現実の政治局面で日本共産党と友好的に語り合っていることの理屈が、けっこう理解もできる。
 書評など書けるほど軽いものではない。書き始めればきっと一冊の本になるだろう。それほど内容が濃くて納得する箇所も多かった。
 書店で手に取ってとりあえず立ち読みをお勧めする。

2026年3月5日木曜日

巣箱をつける

    気温が上がると花粉が飛ぶ。
 が、わかっちゃいるけど外に出たくなる。春である。
 で、懸案であったオリーブの木を伐採し、黄金モチの木も大きく剪定した。
 となると、いささか上空あたりが寂しいので、巣箱を取り付けた。
 こんなところに営巣するはずもないから、いわば庭のアクセサリーである。
 それでも、たまには「どうしようかな」と覗き込むシジュウカラがいたりして、その様子を眺めているだけでも気分は晴れる。(内外の政治や戦争のことを思うと・・そんな風に思う)
 シジュウカラは以前には家の前の電柱のパイプのような部品の中で子育てをしていた。
 それに比べるとこの巣箱の方が何十倍も棲みやすそうに思うが、プライベートに難があるというだろうなあ。

2026年3月4日水曜日

天子南面

    先日ラジオで女性漫才師がトークで「雛人形はどう飾るんやったかなあ」「向かって右やったか左やったか」と言っていたが、確かにこれは難しい。 
 第1に、先ずは古代からの思想・宗教を押さえておいて、第2に、明治の脱亜入欧政策を理解しておく必要がある。
 その第1だが、古い思想を語る場合、当然ジェンダー不平等や階層差別があるが、今日のところはそのことは学問的には横に置いておいて、「お内裏」とされているので男雛が天皇、女雛が皇后と考えて大きくは間違いがない。となると当然、男雛を上位に飾るのが正しい。これは男女でなくても左右の大臣と考えてもよい。
 第2に、明治の政権は西欧の王様と王妃の立ち位置を真似て日本の伝統をコロッと投げ捨てて、左右を逆転させたので、以降、雛人形も、いわば平安流と明治以降流が並存して今に至っている。 
 よく自称保守とか右翼と言われる人が日本の伝統を投げ捨てた明治風を「伝統だ」などと言っているのは軽薄な気がするがそれはさておき、本題の左右の問題である。 
 そもそも天皇という言葉は道教にいう北極星を神格化した神(北辰信仰)のことである。 北極星であるから当然顔は南を向く。「天子南面」である。 
 そして道教では左右のうち左を上位としてきたので、飾られた内裏(雛人形)の左(向かって右)が上位になるから男雛は左(向かって右)に飾るのが正しい。 
 重ねて言うが、大河ドラマでも理解が容易いが、右大臣よりも左大臣の方が位は上である。
 古典芸能の舞台の上手、下手もそう。落語の場合も基本は通ずる。左(向かってなら右)が上(かみ)である。
 これらのイメージは京都市の地図を思い浮かべると解りやすい。御所は京の北にあって南を向いている。だから東側に左京区があって西側に右京区がある。歴史を考えない人は京都の玄関口京都駅(七条口)で降りて京都の中心街(北)を向いて「なんで右側に左京区があるの?」と悩む。普通の地図もそうである。と、とりあえず悩むのは正しい。それを考えもせず悩みもしない人は論外であるが・・。
 天子は南面す。左が上位。・・なのである。 
 この種の伝統を知らずに明治以降の流行に流されてヨシとする人は反対に飾るとよい。それも一つの判断だ。ただ、私はそういうのを好まない。

 それはさておき、我が国での「天子南面」の思想は古代史的には新しい思想だった。以降、有名な寺社は基本的に南を向いているので、そうではなく東にある三輪山(西面している三輪大神)を拝む大神神社はそれ以前からの古い神社ということができる。 
 奈良時代の古地図では春日大社も西面していたように見えるが現在は南面になっている。

2026年3月3日火曜日

カニカマの進化

    NHKテレビの『探検ファクトリー』という番組でカニカマボコの工場を紹介していた。
 第一世代のそれはほぼ長方形で、如何にもカニに似せた蒲鉾だったが、
 第二世代は、一転してタラバガニの太い脚の身という進化を遂げていて、
 その第三世代は、ズワイガニに戻って細身であった。
 
 だいたいテレビの料理番組や「あま~い」などというコメントは信じないが、この原点復帰のような解説が耳に残ったので、先日スーパーで買ってみた。そして、幾つか食べてから「これは美味しい」と感じたので、スマホでパチリとした。
 第一世代や第二世代のそれは、如何にもカニという香りがついていたが、第三世代はそれが仄かなものに変わっていたのが私の評価の要因だった。
 つまり、文章で香りのことを書くのは難しいが、例の如何にもカニという香りは、正確に言えばカニの鮮度が落ちていくにしたがって強くなる香りであるから、新鮮で上等なカニはそんなにムッとするほど香らないものである。
 さらにテレビでは、企業秘密ながらカニの身の繊維にどう似せるかに研究を重ねたと言っていたが、それも確かに進歩していた。
 私自身は蒲鉾自体をあまり食べないし、第一世代第二世代のカニカマもそれほど食べては来なかったが、もしかすると、第三世代のカニカマで芙蓉蟹(ふようはい)を作ると、ホンモノと遜色のないものができるのではないかと思った。

2026年3月2日月曜日

イランが爆撃された

    小泉進次郎防衛相は「イランの核兵器開発は決して許されない」と表明し、米国の行動に一定の理解を示したと報じられている。
 問題は常々「法の支配といった価値や原則を尊重」と強調してきた態度から、当然非難すべきアメリカ・イスラエルの軍事行動に口をつぐんでいることだ。
 イランの政教一致体制や、その下での女性差別、あるいは表現の自由の制約や弾圧には大いに批判はあるが、だからといって外交抜きで他国が戦争を仕掛けてよいことはない。
 そんな当たり前のことを言えない高市内閣は属国根性丸出しだ。
 「アメリカ、イスラエルは戦闘行為を即時停止せよ」「イランは核兵器禁止の原則に立って真摯に外交に臨め」

 こんな時だからこそ、日本国憲法前文を堂々と発信しようと思う。

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

2026年3月1日日曜日

ほんとうの中国

    著者近藤大介氏は、1965年生まれ、東大卒後講談社入社、北京大学留学、講談社北京副社長を経て週刊現代編集次長。明治大学国際日本学部講師など。
 この本を読んで共感するところ大であった。
 確かに奈良公園を歩いていると中国人(中国語)の声は大きい。
 もう一つ、アジア大陸の歴史を学んでいると、民族間の侵略、逃亡、虐殺の規模が違い過ぎる。
 それに比べて「安倍晋三政権時代に流行った「嫌中」派の理屈のナントちっぽけなことよ」と感じていたから、私の感じていた感覚と共鳴した。
 それに小さい頃、戦争に行っていた叔父たちが「中国では”標準語”を話せる中国人が少ないから中国人よりも中国語が話せた日本人はいくらでもスパイができた」みたいな武勇伝?を聞いていたこともある。
 先の「声の大きいこと」について私は、口を開いて破裂音を駆使する中国語のせいかと思っていたが、著者はそれ以外に、①暮らしのスケールが大きい、②声の大きい方が勝つ社会、③「鐘の音のように大声で・・」という学校教育、④周囲に無関心・・・と書いている。
 なにしろ面白い。そして日本人は中国を知らいのではなく、日本人は例外的に世界を知らない民族ではないかと思ったりする。
 米艦の上で、宗主国国王におもねてキャピキャピ飛び跳ねている首相とそれをカワイイと推す若者。
 中国古典の前にこの本を寝そべりながらでも読まれよ! 面白い。

2026年2月28日土曜日

お客さまは神さま

 
    転居前も含めて40年以上この街(NT)に住んでいる。
 最初に転入してきたころの駅前の中心商業施設というと近商を核としたショッピングセンタービルであったが、街が充実してきたころ、イオンを核としたさらに大きなショッピングモールが、より駅前に建った。
 いっときのガソリンスタンド競争ではないが、これで近商は競争に敗れて撤退するだろうと予想したが、私の想像に反して近商は生き残った。
 見ていると、高齢者にとっては使い易い広さ(狭さ)で、いつの間にか、高齢者は近商へ、若い層はイオンへという棲み分けができたようだった。
 また、肉や魚の質も近商の値打ちを上げていた。

 その近商が、しばらくの間休業してリニューアルすることになったので、妻と「どのようにリニューアルするのだろう」と予想をしあった。
 「あのコーナーは使い勝手が悪るかった」「あのコーナーとあのコーナーはダブって無駄だった」などなどといいあいながら、「結局、時代の流れでイオンのようにセルフレジを大幅に導入するのだろう」と予想した。
 そしてリニューアルオープンしたところ、全体的に通路が広くなって行き来しやすくなったり、成城石井が入ってバラエティーが豊かになったりしたが、予想の本命であったセルフレジは拡大されていなかった。そして、多くのショーケースが低くなっていた。
 ナルホド、近商の経営戦略の方が私の予想よりも的確な判断をしたようだ。
 つまり、いっそう高齢者が買い物をしやすいスーパーというように、イオンとさらに差別化を図ったように見える。
 シルバー民主主義などとの悪罵に敗けるな高齢者。社会が高齢者に寄り添うべきでよいのだ。

2026年2月27日金曜日

SNS選挙

    25日に自民党のネット戦略に触れて書いたが、ジャーナリスト河野慎二氏によると「1月26日に公開された高市動画は2月7日には再生回数が1億6000万回を超えたが、これが広告として再生された場合、1回につき2円が支払われたとすると、広告料は3億円以上になる」としている。要するに自民党はそれほど支払った。
 他の自民党の動画と併せるとさらに驚くような額になるが、自民党の政党交付金約125億円からすると痛くも痒くもないだろうとデイリー新潮は言っている。
 そしてこれに便乗するユーチューバーが切り抜き動画などでさらに拡散したのだろう。先のデイリー新潮は、主に参政党関連で稼いだユーチューブ・チャンネルの人の話として、「完全にショート動画一本勝負で最高月額400万円稼いだ」と書いている。
 こういう事実が積み重なると、ユーチューブでは自民党の動画が優先的に上位に表示される仕組みなのでネット社会を席巻したようだ。
 ただしAIが反自民には反自民を反映させるという憎らしい小技もあり、ネットの手のひらで庶民悟空は踊ったことになる。
 以上がいわゆる高市旋風の実態だが、デイリー新潮は要旨「自民党広報本部の広報戦略局には大手広告代理店の社員が常駐していて、選挙期間中の会議には広報本部や選対本部、組織運動本部の職員に加え代理店の社員も参加し、実際は彼らに頼りきり(自民党関係者)」と書いている。
 テレビやラジオのCMや、もっと身近なビラについては枚数や配布できる場所まで厳しく制限しているのに、インターネット上の「政党の政治活動」という形にすれば青天井というか底なしというか、自民党のトランプ化を感じる。
 このような大きな問題のあるネット社会だが、オールド民主主義者がその問題点をアウェイで主張することもなく、蚊帳の外から愚痴を言っているだけでは、蚊帳の中の若い人々の共感を呼び起こすことは困難な気がする。

2026年2月26日木曜日

トンビ 2

    トンビ(鳶)のことは2025年12月13日に「もう長い間見た記憶がない」と書いたが、この23日に庭に出ていると、頭の上でピーヒョロヒョロヒョロと間違いなくトンビの声がした。2羽のトンビが上昇気流を捕まえて舞い上がっていた。(写真はスマホで撮ってパソコンで拡大した)
 海や川の近くなら珍しくもない光景だろうが、内陸?のわが家では珍しく、懐かしい日本の原風景を感じた。
 ピーヒョロヒョロヒョロの声もいい、ほとんど羽ばたかず上昇気流だけで舞っているのもいい。

 鳶は残飯や死骸を漁るので現代ではパッとしない鳥という印象があるが、天皇即位の礼では、「霊鵄形大錦旛」(れいしけいだいきんばん)が飾られる。
 それというのも、日本書紀神武紀には鳶(鵄)が出てくるからだろう。
 神武(天皇)が長髄彦と戦っている際に、金色の鵄が天皇の弓に止まると、その体から発する光で長髄彦の軍兵たちの目がくらみ、東征軍が勝利することができたとされる。この鵄を指して「金鵄」(きんし)と呼ぶ。
 戦前は武勲をたてた兵に対して金鵄勲章が下賜され、煙草にも金鵄という煙草があったが、金鵄の包装紙が道に捨てられたり踏んづけられたりするのは不敬だというので昭和15年に「ゴールデンバット」に変更された。
 中華文明では目出度いとされている蝙蝠もいらぬとバッチリだった。