国際結婚をされているヤマザキマリさんの『ゆっくり急げ』という本の中に「お喋りエネルギーが炸裂」という話があり、「イタリアで最初に覚えたのは善いことでも悪いことでも胸中の思惑は言語化して表に出すということである」とあった。
そういえば私が青年時代はイタリア共産党が善くも悪くも元気で、吉井清文先生のイタリア訪問記などで、「テレビは毎晩のニュースで、政治について与党はこう言った共産党はこう言ったと、毎晩共産党の映像が流れる」という話を聞いたし、「普通の街角で政治の話が交わされ、だから俺は与党だ、俺はこうこうで共産党だという会話が自然に起こっている」という話に、さすがイタリア共産党だと思ったりしたが、ヤマザキマリさんの本でいうと、それはそもそもイタリア人(文化)の絶対的な?特徴のようである。
「イタリアの環境は、日本の『耐える、我慢する』といった美徳などとても受け入れてはくれないのである」「アジアやイスラム圏の国々でヒットしたテレビドラマ『おしん』がイタリアでは大不評だったのはわかりやすい」ともあった。
こんなことを書いてみたのは、イタリアでは極右と言われている女性首相が堂々とトランプを批判している一方、この国では、国会にも記者会見にも顔を出して堂々と論戦することは嫌がり、「答えはSNSで言いますから」というような首相がいる現実。そして例えば沖縄を見ても、そういうアタマに習って匿名でフェイク、悪口を大量にまき散らす集団の行動がけっこうな結果を産んでいる現実に、少々気が滅入りかけていたからである。

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