2024年4月27日土曜日

リベンジ藤の花

   以前に書いたとおり、福島区役所の「4月中旬が見頃」との助言を信じて、4月16日に「野田ふじ巡り」の遠足に行ったが、結果は満開には少々早すぎた。
 となると誰もが消化不良のようで、その後「どこそこの藤はきれいでした」というような写真がLINEでいくつも送られてきた。
 そういう気分は私も同じで、そこで、キビタキの声を聞くのを兼ねて、例年どおり春日大社に行ってリベンジ(雪辱)を果たしてきた。

 春日大社は藤原氏の氏神で社紋は「下り藤」。
 境内の「砂ずりの藤」は鎌倉時代の『春日権現記』に記載があるから樹齢は800年程度と言われている。


 また、藤棚以外に、森のあちこちにも野生の藤が天をめざしているのも趣きがある。

2024年4月26日金曜日

京阪奈にミサイル基地

   念のためにネットで「戦争ゲーム」というように検索すると驚くほどの数のゲームが出てくる。
 エエカッコ言う訳ではないが私は興味がないので中身は知らないが、一種スポーツの勝ち負け感覚で遊べるのだろう。間違ってもゲームを通じて人権侵害を反省させられたり、詰まるところ他人を殺した罪悪感に悩むことはないだろうと想像する。

 だいぶ以前にテレビで見て考えさせられたのは、いま焦点のイスラエルのミサイルの司令部のようなところであった。
 私の経験でいえば、航空管制官の仕事場のようで、きっとパソコン喫茶などもそんなのではないかと思うが、そこでは、訓練だったかどうかは忘れたが、女性兵士たちが、ただただ大きなモニター画面を見つめていて、標的マークが標的を捉えた瞬間ボタンを押すとミサイルなどの弾頭が標的を爆殺するものだった。

 私は、この兵士たちには人を殺した罪悪感が生じないだろうなあと気が重くなった。そういう時代になった。ドローン攻撃しかり。しかし、その戦場では普通の住民も含めて人々が死んでいっている。

 そういう時代に「敵基地先制攻撃」だとか「台湾有事」などという物騒な話をして、基地や装備を拡充していっているのがこの国だ。

 俗に京阪奈と呼ばれる京都府の南部の精華町には祝園(ほうその)弾薬庫という基地がある。
 岸田内閣は先に述べたようなキャッチフレーズで超射程ミサイルを保管・運用する大型弾薬庫を拡充することを決定し、2024年度予算では全国の建設費222億円のうち102億円を祝園弾薬庫に投じて大型火薬庫8棟などの拡充を決定した。単なる倉庫だと考えるのは甘すぎる。緊急事態となればここから即発射するのは当然だ。

 そこで先に語った話だが、先制攻撃に対応するなら更にその先の先制攻撃だと他国が考えるだろうと想像するのが当然だ。そしてその他国の司令部もまた先のテレビで私が見たように、そこのモニターには弾薬庫兼ミサイル発射場が映っているだけで、周辺の住民の生活などが反映されることはない。

 基地の周辺には国立国会図書館を含むけいはんな学術研究都市の研究所群とニュータウンが広がっている。そこは大阪にも古都奈良にも隣接している。

 そういう下で岸田首相は「70年来の安全保障政策を根底からくつがえした」(駐日米大使)、「米軍の統合防空ミサイル防衛(IAMD)方針とシームレスに統合する」(米基本方針)といわれる約束をアメリカに誓ってきた。
 アメリカが戦争を始めたら自動的にそれに組み込まれるわけである。
 戦争は気がついた時にはすぐ先に立っているのだ。

2024年4月25日木曜日

日本語は異端児?

   奈良の中心街はインバウンドで賑わっているが、中国人と思われる観光客がラーメン店にたくさん並んでいることは珍しくない。
 過日はテレビの COOL JAPAN の「日本の焼肉」で、韓国の女性が「韓国の焼肉とは大変異なっている」と語ったのにも、鶴橋の焼肉を愛してきた身としては大いに驚いた。

 文化の基礎をなす文字は漢字で、それを百済から学んだ国が、換骨奪胎とまでは言わないけれど、(日本語の)語順は変えず、訓読を発展させ、漢字仮名交じり文を基本として日々暮らしている国の面目躍如といったところだろう。

 この複雑極まりない言語を操って暮らしてきた先人たちによって日本文化の骨格が形成されてきたと思うと、どこか誇らしく思えるが、テレビから流れてくるニュースは表層的だし、お笑いとスポーツが多数を占め、蘊蓄のある話よりも映える話、カワイイ女性が何かを食べて甘~いと言う。
 この国はどこへ向かっているのだろうかと心配になる。

 そんなことを考えながら、書架の奥から『訓読みのはなし』を引っ張り出してきて読み直した。
 実に読みごたえがあり、再発見があったが、日本語の評価は非常に難しい。
 先日妻が「いただきます。ごちそうさま。に該当するフレーズが諸外国にはないらしい」と教えてくれた。
 宗教感の違いもあるかもしれないが、やはり日本文化だ・・と感じている。

 ・・今日の原稿は書き始めた折りは、訓読みその他複雑極まりない母語を操る日本の深い文化や文芸・・と話を展開したいと思いながら書き進めたが、この国の現状に視点が移るにつれ、特に権力に媚びるようなジャーナリズムの筆力の弱さ、「台湾有事」に代表されるような嘘臭い風潮の蔓延、裏金問題があっても嵐のような批判が生まれない正義感の欠如等々を思うと、どこか気力が抜けていってしまったのだった。

2024年4月24日水曜日

カリカンサス

   近所のハウスメーカーの研究所には頻繁に造園業者がショーウィンドーでもある花壇の手入れにやってくるが、ちょうど1年前ぐらいに、見たことのない黒い花の低木を植えていた。

 あまりにその花の色が珍しくて新鮮なので、自転車を停めて「その木は何ですか?」と尋ねたが、それから大阪へ出て夜に帰って来たときには、例によってすっかり名前を忘れてしまっていた。嗚呼!
 それから、記憶の欠片をあっちこっち繋ぎ合わせて、本やネットを探して・・・何日も後に「確かカリカンサス」とたどり着いた。

 そしてこの冬、沈丁花が枯れたので、沈丁花が生えていた後をどうしようかと考えたとき、ご想像のとおりこの木を思いだし、ただ広告の文章を信じてネット通販で手に入れ植えつけた。
 それは落葉した裸木だから、半分賭けみたいな気分でただただ春を待ち、あまり土壌の良くない場所だったので心配もしていたが、4月の声を聞くと小さな芽が出て、さらには蕾らしい膨らみが出て、そうこうするうちに、妻が「花が咲いてるよ」と教えてくれたのが写真の花。これ、ちょっと妖艶ではないですか?

 キラカンサス→誤り 正しくはカリカンサス

2024年4月23日火曜日

コルク抜き

   写真の中の一番右の「ワインのコルク抜き」=「バンザイおじさん」を愛用していたが、変にねじってスクリュ ーを折ってしまったので、今般その左側の単純な「ウィングコルク抜」に買い換えたのだが・・・
 よく考えると、このスペイン製らしい「バンザイおじさん」をどこで買ったのかは忘れたし、この種のものはお洒落な店ではエエ値段であったりするから、とりあえずネットで調べてみた。

 すると、やはり値段はピンからキリで、普通にアマゾンか楽天で安いのを買おうかと思ったが、たまたまヒットしたヨドバシカメラの通販に、「バンザイおじさん」ではないが機能的には同じもので、さらに値段の安いものを見つけたのがこれ。
 経験的には、あまり安いものは中国製か何かで結局注文しても届かないというようなトラブルもあるから回避するが、ヨドバシカメラならそこは問題なかろうと判断した。

 今日の話の本題はこれからで、これをネットで注文したのが21日(日曜日)の午前。そして届いたのが22日(月曜日)の朝の9時過ぎ。しかも書留の「ゆうパック」で、値段は送料無料で434円ポッキリであった。
 
 一消費者としては「安くて速い」ことに文句はないが、実際に手に入れてから、「こんな値段でよいのだろうか」と首を捻っている。
 各段階で働いている労働者もいるわけで、そこの労働条件はどうなっているのだろうかとこれも考え込む。
 一消費者としては今後、会員登録もして愛用しても好いかと思いながら、通販のあまりの便利さに少しビビっている私。

2024年4月22日月曜日

ネモフィラは笑う

   わが街の駅前の小さな花壇にネモフィラが咲き誇っている。
 「ブルータスお前もか」というほどネモフィラが各地で流行っているから驚かないが、「ここまで来たか」という感じもする。

 ネモフィラブームの出発点は2002年の国営ひたち海浜公園らしいが、SNSで写真映えがするということで7年かけてじわじわと広がり、今では約4.2㏊、約530万本という規模になっているとか。
 ちょうどGWと重なることや首都圏(東京)からほどほどの距離ということもあったのだろうか。
 そういえば、その前はシバザクラのPRがよくあったが、空や海との一体感を醸し出すネモフィラのブルーが当たったのか、あるいは、その種のPRや口コミが当たったのかもしれない。

 ダーウィンの進化論に「種族保存の法則」とあったが、その伝でいえばネモフィラは笑い転げていることだろう。ただし、本人たちには「映え(ばえ)」などというカテゴリーの理解ができないだろうなあ。

 ブームなどというと不正確だが、我々の若い頃はベトナム戦争を指す反戦は「世論」であった。朝ドラの「オードリー」がいま再放送されているが、その中の会話にも登場していた。
 そういう意味で、ウクライナやガザを見て、今再び「戦争反対」「意見の相違は対話で解決」というような世論をネモフィラのように広げたいものだ。

2024年4月21日日曜日

テレビ・ラジオ頁

   クイズ!  俗に「ラテ欄」と呼ばれるテレビ等の番組表を新聞の最終ページに初めて持ってきた新聞はどこ?
 答は、 Wikipediaにも出てくるが、1966年に『しんぶん赤旗』(日刊紙)が読者の利便を図って最終ページに掲載。その後各紙が追随した。‥というのが正解。

 ところが、その元祖『赤旗』がラテ欄を中の方のページに移した。
 私などは長い習慣から最終ページでなくなって寂しいが、妻などはテレビのリモコンで今夜の番組どころか1週間先までの番組を確認し、必要な録画予約などをしているから、1966年に時代の先端を行ったように、きっと現代のニーズに対応したのだろう。

 その代わりというべきか、最終ページは【文化】だとか【テレビ・ラジオ】のページになって、各種文化作品等の良質な紹介や解説などのページになった。
 例えば18日のそのページの一角には『やきそばかおるの ラジオの歩き方 第71歩』が載っていて、『高橋ひかるHighway Runway』(JFN)や『多田しげおの気分爽快‼~朝からP・O・N』(名古屋のCBC)の粋な番組終了について語っている。

 この『ラジオの歩き方』は妻の一押しのコラムである。
 ジャーナリズムやメディアを考えるとき、赤旗の先見性は注目に値する。

2024年4月20日土曜日

G7もおかしくないか

   4月16日の記事の続きでもあるが、報じられているとおりG7外相会議がイランへの制裁を決定した。
 私はイランのイスラエルへのドローン攻撃等を一切許容するものではないが、G7の議論もおかしくないかと思っている。

 イランの主張を肯定するしないに拘わらず(肯定しないが)、13日のイランのドローン攻撃等が、4月1日にあったイスラエルによるシリアにあるイラン大使館空爆による要人7人の殺害に対する「報復」であったことは誰もが認めている。そしてそれは明らかな国際法にも違反する戦争行為である。
 ならば、「法の支配」というような言葉が好きなG7のメンバーは、先に、もしくは同時にイスラエルにも制裁を科すべきではないだろうか。・・・というような話は私が思いついた特殊な議論ではなく、多くの識者も主張されている。

 ところがどういう訳か、イスラエルによる大使館空爆やガザ地区の大量虐殺は不問に付され、イランにだけ制裁という議論はどうも納得がいかない。イランの報復という主張が正当だと言っているのではないが。(写真はガザの子ども達)

 邪推であればよいのだが、結局キリスト教に近いユダヤ教とキリスト教「連合」が反イスラム教ということで感情を統一しているのでなければ良いが。
 それとも、例のイギリス・フランスの二枚舌、三枚舌外交の罪滅ぼし? ナチスの歴史を背負うドイツの罪滅ぼし?
 であれば、日本の外相の信仰は知る由もないが、どうしてそんな風潮に同調するのだろうか。その理由が、所詮は「米国のポチ」ならあまりに悲しい。

 モーセの十戒(汝、殺す勿れ)が有名無実になった今、仏教徒は不殺生戒を対峙すべきだろうなどと妄想する。

2024年4月19日金曜日

藤の花

   病棟を背に咲き誇るや藤の花

 先日の 遠足で『野田ふじ』巡りをして詠んだ一句。

 これは少し重いテーマで俳句には似つかわしくないかもしれないが、参加者のお連れ合いさんがその大病院でお亡くなりになったので、その方はその場所が辛いとおっしゃった。

 大病院というものには得てしてそういう一種残酷なところがあり、例えば産科などでは「おめでとう」の言葉に送られて出ていく多くの人々がいる一方、絶望に打ちひしがれた人も同じフロアにいる。
 それは此の世の習いかも知れないが、当事者にとってはそんな言葉で心が収まるはずもない。
 そういう心象は、シチュエーションこそ違え私の中にも残っている。
 それでもなお、ここまで参加してくれたHさんには御礼を言いたい。

2024年4月18日木曜日

花が咲いた場所は

   この春の気候は複雑に経過し、温かい(桜の開花が早い予想)→寒い雨天(開花が足踏み)→暑い(いっぺんに開花)と変化して桜の開花予想も変転し、
スカを食らった方々も多かったようだが、わが退職者会もその一員で、16日の遠足で目指したノダフジは予想外に蕾が堅かった。

 事前に私が福島区役所を訪れて「4月下旬から5月連休あたりでしょうか」と尋ねた際は「4月中旬です」とのことだったので、ドンピシャ中旬に日程を組んだのだが、結果は少し早すぎた。

 それでも、場所や株によっては満開に近い藤棚もあり、そんなところでは蜜の匂い(ハチミツの匂い)がプンプンし、熊ン蜂が大宴会を催していた。ただ都会の方々には熊ン蜂は怖そうらしく、藤棚の下での集合撮影も大変だった。

 先週には「16日は雨」という天気予報であったが、結果は曇り空で終始し、日頃の行いの悪そうな面々にも拘らず万々歳。
 そして、場所を梅田に移しての交流会となり、フジの蕾の堅かった分を取り返すかのように話に花を咲かせた。

 解説資料を持参してガイドをしてくれたUさん、自身は欠席ながら「記念絵葉書」を作成して提供してくれたTさん、交流会会場を押さえてくれたKさんなどなど多くの力で楽しく過ごせた一日だった。
 次は5月23日(木)のパーティーの準備となる。

2024年4月17日水曜日

馬肥し

   14日(日)の朝のEテレのNHK俳句の兼題はクローバーだったが、入選句6句目はそれを「苜蓿(うまごやし)」 として詠んでいた。
 俳句や文芸の世界ではクローバーのことを苜蓿、馬肥しとも呼ぶことはあまりに有名なことなので何の驚きもないが、映された苜蓿の写真には驚いた。それは、わが家のこの花であった。
 写真の左上の方に葉っぱが見えるが、確かに葉っぱはクローバーそっくりだ。

 そして、驚くとともに納得した。
 実はこの花は、緑化週間かなんかで自治体から希望者に配られた種で、その時は「クローバーの種」として配られた。
 しかし実際に開花してみるとこのようなことで、私は「クローバーではない」「カタバミ(オキザリス)やないか」と少しばかり自分の想像との違いに怒っていた。

 だが、広辞苑でも大歳時記でも「苜蓿はクローバーの俗称」とあるし、その苜蓿の定義もざっくりしたものであることがわかったので、自治体の説明も許される気になった。
 シロツメグサのイメージにとらわれ過ぎていたようだ。
 実際、冬の寒い頃にはグリーンカバーとなり、この季節は黄色の絨毯となり、夏以降はその他の草花に土地を譲る「愛(う)い奴」だ。

2024年4月16日火曜日

熱狂は嫌だ

   14日、イラン国民が夜空に花火を打ち上げて熱狂している映像がテレビから流れてきた。
 ニュースの解説では、イランは相当余裕を持って事前に、このこと(報復攻撃)を通告していて、しかも現代でいえばそれは鈍行みたいなドローンなどによるものだった。
 そして参謀総長は「作戦は完了した。続ける意図はない」と発言した。

 ということで、イラン指導者の「報復のメンツが立った」ことでことが終わればよいが、ニュースの中で乱舞していた「イラン国民」はそれを理解できているのだろうか。私の興味というか注目点はそこにある。
 また、イスラエルの指導者も、こんなタテマエとホンネみたいな事態を胸に飲み込むことができるのだろうか。
 
 私はイランの花火を見ながら日本史にあった日露戦争後の提灯行列を連想した。日比谷焼きうち事件を連想した。(「国民」は政府の宣伝した大勝利をホンキで信じ、それがために停戦した政府の「弱腰」を糾弾した)
 天に唾して、国民を煽って戦争をしてきた指導者は、結局国民の「世論」に押されて勝算のない進路を選択するものだ。そういう場合、「強気」以外の真実を語ることは指導者自身の没落を意味することになる。
 怖ろしいのは、イランにしてもイスラエルにしても、指導者が支持率を得んがために国民を煽り、その括弧付きの「世論(熱狂)」に自縄自縛になることで、日本でいえば維新のポピュリズムはその最たるものだろう。

 そんな歴史を思い浮かべながら、21世紀の戦争がどうなるのか、よ~く見つめて各国指導者が賢明な選択をするよう声をあげていきたいものだ。
 報復の連鎖は地獄の釜の蓋を開けることになる。それだけは間違いない。
 現実味のある危険は熱狂とメンツだと思う。
 
 本来、そのことをイラン指導者に説得力を持って語ることができるのは、G7でいえば日本の指導者であったはずなのに、小泉純一郎、安倍晋三以後の日本は世界中からアメリカのポチとみなされるほどに零落している。
 「憲法9条が我々を守ってくれていた」と言ったアフガンの故中村哲医師の言葉を思い起こそう。
 世界のためにも、日本のためにも、自公政権を退場させ、亜流自公政権でない政権交替を実現させねば・・・。真剣に議論すべき時に至っている。

2024年4月15日月曜日

桜の戒壇堂

   今春の思い出写真を記憶のために一つあげておこう。 
 4月9日、東大寺戒壇堂。
 数十メートル先の大仏殿はインバウンドの人々でごった返しているのにここはこのような有様。
 この風景を独り占めしていてエヘン。

 そしてこの桜。お花見に見る一瞬の輝きの裏に「うつろひ」の寂しさがあるように私は思う。
 こんな一週間ほどの「瞬間」に大騒ぎする日本人というものを考えると、例えば大仏殿の大仏様を見ても、東南アジアなら常に金箔で荘厳するであろうところを、返ってそれにはありがたみを感じず、落剝した時の流れと「うつろひ」に感動する。つまりは一瞬に散るからこそに感動するのだろうか。
 それは諸行無常の教えだろう。

2024年4月14日日曜日

君の名は

   人の名前が出てこないなどということは日常茶飯事のことだから驚きもしないが、わが家のすぐ横の歩道縁の小さな花の名前が出てこない。
 それでいて、いつかどこかで、東大寺のお坊さんが「東大寺本坊の庭にこの花が咲いていて見事なものですよ」と語られていたということは思い出す。
 もしかしたら「斑(まだら)呆け」とはこんな感じなのだろうかと想像したりする。

 写真は拡大しているので、ほんとうは小さな花だ。
 近頃はスマホでパチッと撮ればすぐに名前が出てくるというアプリが幾つもあるようだが、容量を食いそうなのでインストールしていない。
 そこで、「春の雑草」「スミレに似た草」「紫色の雑草」などなどと検索項目を微妙に変えていろいろ試してみたが、キランソウ、トキワハゼ、カワセミソウ等々これもいろんな写真が出てくるが、どうも記憶の底とも合致しない。

 そんな話をしていると妻が書架から本を引っ張り出してきて、「ここに付箋までついてるよ」と。・・・答は(ムラサキ)サギゴケ。確かに私の字で「サギゴケ」という付箋までついている。もちろん、そんな付箋までつけた記憶はない。やはり健忘。
 その本は『四季の野草』山と渓谷社・全3巻で昭和55年発行。古い付き合いの本だ。
 それに、昭和55年当時定価1500円×3巻だから、なかなかの本を購入していたことになる。
 「ヨーッ太っ腹」と昔の自分を誉めてみた。

 もの忘れのことを書いてきたが忘れてはならないものがある。そのことについて2024年4月13日朝日夕刊の『素粒子』が素晴らしいので引用する。
 🔳素粒子🔳
 ミャクミャク様のお告げかもしれない。くしくも万博開催まで1年という節目に、ギャンブル依存症のおそろしさを知る。
    ◇
 「出禁」発言が「大阪ジョーク」なら、「いのち輝く未来社会」描く万博の隣地にカジノはブラックジョークじゃないの。
    ◇
 「もう1回チャンスをくれ」「これ以上借りないから」と沼にはまった元通訳。「夢よもう一度」は、ときに呪いにもなる。

 ・・・ジャーナリストの常識と良識を見たようで心に染みた。