103年前の1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生した。 特筆すべきことの一つは、大震災の混乱?と相まって広がった流言飛語などにより、在日朝鮮人が意味もなく虐殺されたことである。諸説あるが、犠牲者は数千人に上るという指摘もある。また、朝鮮人と間違われて行商に来ていた日本人が殺されるという事件(福田村事件)も起こった。
そして、これを機に?無政府主義者大杉栄、共産党員、日本共産青年同盟(民青の前身)員、労働組合員等が殺された甘粕事件、亀戸事件等もあった。
これらのことは、大災害対策と同時に、民主主義の課題として引き継がれなければならない記憶である。
それらは、災害そのものの犠牲者と区別して語り続けられなければならない。
ところで東京では、長年朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式が行われてきて、あの?石原都知事(当時)でさえ追悼文を送ってきたが、小池都知事は「被災者全員に追悼している」として追悼文の送付を取りやめた。
右翼の論客は、例えば「朝鮮人虐殺の証拠(数)はない」あるいは、南京大虐殺でも「証拠(数)はない」と歴史を改竄しようとしているが、小池都知事の態度はその延長線上にある。
ところで、神道や天皇制の大恩人(私の見解)である民俗学者折口信夫は優しい関西弁であったため自警団によって危うく虐殺されようとしたことを後に激しく記録している。
「歴史と証拠」について補記すると、私の父は戦時中「松下飛行機」の管理職であったが、後にその半生などを記録しようと国立国会図書館に行き職員の方にも調べていただいたが、戦争に関する資料、軍事施設(松下飛行機を含む)の資料は見事に欠落していた。
それは父が、敗戦時に「毎日毎日徹底的に資料を燃やした」と語っていたことと符丁が合う。
つまり、権力に不都合な資料は正確には残らない。資料が不十分なことは「なかったこと」の証拠にはならない。
103年前の日本ではそんなことが起こっていた。
いま、そういう歴史が改竄される過程にある。
(掲載の絵はネットにあった東京新聞のもの)