2026年4月18日土曜日

鷺苔

    知らなかった頃は、座り込んで見るでもなく「タチツボスミレの群生だ」とばかり思っていた。
 「あれはスミレではない」と教えてくれたのは妻だった。
 私の小学校の校区には田圃がなかったほどの都会育ちというか、その頃の空き地というのはみんな《焼け跡》だったから、こんな小さな花はあっても判らなかった。
 そういえば、家の建っていない空き地というと、洋館建てだったのだろうかタイルや瓦礫が散乱していて《戦後》そのものだったが、こんな話(実感)は子や孫には別世界だろうと思う。

    で、スミレでなければ何かというと、鷺苔(サギゴケ)で、スミレという名に比べると数ランク「格落ち」めくが、そんな言葉遊びを別にするとけっこう美しい。
 2枚目の写真は上の写真の一部を拡大しただけ。
 検索すると園芸店の広告が出てくるから堂々たる園芸品種でもあるらしい。
 「名前なんぞに惑わされてはイカン」ということかも。

 検索結果を紹介すると、白花のそれが元らしく、名前の由来は花の形が鷺の飛んでいる形に似ているからとあったが、同じ理由の『鷺草(サギソウ)』に比べると、軍配は圧倒的にサギソウに上がってしまう。
 雌しべの先にある柱頭に触れると閉じる柱頭運動があるというから、ハエトリソウのイメージで送粉者(昆虫)に付着した花粉を積極的に取り込み受粉を促す役割をしていると考えられているらしい。
 この動きを律動にたとえ「ジョロウバナ(女郎ばな)の別称がある」というのだが・・・。

2026年4月17日金曜日

苗代茱萸

    苗代茱萸(ナワシログミ)という名を聞くたびに、その名のバックボーンに日本の田舎を感じる。 
 実のなる時期を言うのに「苗代の頃」というのは、この雑木の実に相応しい。田圃の先の雑木林に実っている様子が伺える。
 木といっても、枝先がビューンと伸びて垂れ下り、まるでツタ類のようにも感じる。
 野鳥によって(糞で)あちこちに広がり、考えようによっては迷惑な「雑草」のようでもあるが、歩道脇に生えていると歩きながらポイっと口に入れたりでき、そう!「日本の田舎」をじわ~っと感じることができる。
 わが家から遠くない道路わきにも生えていて、歩くのには少々迷惑な枝先の伸び具合であったが、この春先街路樹の剪定に伴ってさっぱりと整えられ、せっかくの実は手の届かない高所のみとなった。
 それでもようやく手の届いた何粒かを口に入れ、確かにそういえば苗代の季節だと感じた。新聞のチラシには、夏野菜の苗の広告が入り始めている。

2026年4月16日木曜日

私利私欲

    そもそもトランプは「アメリカファースト」「他国の困難に金も人も出さないというモンロー主義」でMAGA(トランプの熱狂的支持層の政治運動)の熱狂的支持を集めたのに、なぜ今ネタニヤフの戦争にこうも深入りしたのだろう。
 莫大なユダヤ票と政治献金、そしてそれに親近感を持つ宗教右派(福音派)という票田に目がくらんだからだろうか。
 パレスチナの地はユダヤの地だ!と現代社会の土地所有権を主張するのは、島根県民が現政府に対して「軍事力によってなされた『国譲り』は無効だ」と独立宣言する以上に不当・無法だと思うが、ある種宗教の原理主義ではそうではないようだ。
 それにしてもそれだけがトランプの主義の根拠なのだろうかと首を傾げていたところ、フェイスブックに志葉 玲氏の次の記事を見つけ、私としては大いに理解が進んだので、以下にそのまま引用させていただく。

🔳 1日 志葉 玲 
  原稿執筆中の備忘録。トランプ大統領の異常なまでのイスラエル支持・支援の一つの大きな要因が、娘婿で側近のジャレッド・クシュナー氏の暗躍だ。
 ユダヤ系富豪の御曹司で、ネタニヤフ首相と非常に親しい。クシュナー氏は、彼が子どもの頃からネタニヤフ首相と家族ぐるみの付き合いを長年続けている。
 クシュナー氏はイスラエルによるパレスチナ占領に大きく加担してきた人物だ。一家の財団「クシュナー家財団」の共同理事を2006年から2015年まで務め、その間に財団から、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地に多額の寄付をしてきた。入植地は、パレスチナの人々の土地を奪って建設され国際法上も違法な上、入植者は武装し周囲のパレスチナ人の村を襲うことを繰り返している。さらに、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地で、その帰属が定まっていないエルサレムについて、第一次トランプ政権が2018年に「イスラエルの首都」と認定し、大使館を新たに置いた際にも、クシュナー氏の強い働きかけがあったとされる。このことは、ハマス等のパレスチナ側を大いに刺激し、ガザ攻撃の遠因ともなった。
 イラン攻撃についても、クシュナー氏は何年も前から暗躍。イラン核合意からの米国の離脱(2018年)を強く支持・推進。アブラハム合意(イスラエルとアラブ諸国の正常化)で中東政策を主導し、イラン孤立を戦略の軸にした。攻撃の直前には、イランの核開発に関してトランプ政権の交渉団の中核を担ったが、「歴史的な機会」(イランのアラグチ外相)としてまとまる直前にあった合意を破綻させたのもクシュナー氏。トランプ大統領に「イラン提案は本気ではない」「時間稼ぎ・欺瞞」と報告し、それがトランプ大統領のイラン攻撃開始につながったと複数の海外メディアで報じられている。
 こうしたクシュナー氏のイスラエル寄りの姿勢は利益相反でもある。クシュナー家の企業に対し、イスラエルの銀行が融資しているのだ。トランプ大統領のネポティズム(縁故主義)とクシュナー氏の親イスラエルのスタンスが、グロテスクに国際情勢を混迷させ続けている。🔳

 そういえばイスラエルによるガザ攻撃のときトランプが、「何某かの移転料を払うからパレスチナ人は全員他国へ行け、あとはアメリカがガザを所有してリゾート地にする」と言ったのも全くの冗談ではなく、そういうこともアリだなというトランプ一家のプランのひとつであったのだ。
 これはもうアメリカという国家の皮を被ったギャング一味ではないだろうか。
 その手先になってピョンピョン跳ねてる人もいたが・・・
 (写真 ネタニヤフの向かって右がクシュナー氏、左がエプスタイン氏らしい)

2026年4月15日水曜日

ネモフィラ満開

    ネモフィラは繁殖力が強いから庭に植えては駄目といわれているが、わが家の庭はざっくり言えば自然農法の庭だから、昨秋、庭の空き地にネモフィラの種を蒔いたところ、けっこう綺麗に咲いてくれた。
 あちこちの大きな公園でネモフィラが「ウリ」に宣伝されているが、それにはレベルが違って足下にもその陰にも及ばないが、そこそこ道行く人々を癒してはいる(はず)。
 道行く人々に喜んでもらうというのがわが庭のコンセプト。 

    ところが写真のとおり、一部に白い花や模様の入った花が咲いたので「この種(袋)は不良品だった」と少し不満だったが、妻がスマホを読んで「突然変異らしいで」と教えてくれた。
 よくあることであるらしい。知らなかった。

    「庭に植えてはいけない花」の中には、ピンクの大花のオキザリスがある。
    昔、田舎の叔母が来たときに「うちらが必死になって駆除している雑草を植えている」とあきれていたが、実際、その後駆除に手を焼いている。

 わが庭は「こんな庭づくりをしてはいけない」という典型だが、当の本人は結構気に入っている。
 人間世界の「つまみ」のような庭でなく、自然の中に生活させていただくのが好くないかとの考えによる。
 精神としては茶庭・露地のつもりだが・・・

2026年4月14日火曜日

かぎかっこ

    先日、私の書いた原稿をみんなで推敲してもらった折、「カギカッコ」と『ニジュウカギカッコ』について「これでいいのか」と指摘があった。
 直接話法の中にさらに直接話法を使う場合などで、私は数学の計算式のイメージで、ニジュウカギカッコの中に普通のカギカッコを使っていたのだが、「それは反対ではないか」と指摘された。
 その種の問題解決は近頃は簡単で、「AIはカギカッコの中にニジュウカギカッコと言うてます」で決着がついたのだが、私自身「いったい何によって反対のことと理解していたのだろう」という不思議さが残ったまま帰路についた。
 そして、ネットではない大小の辞典、国語に関する書籍、公用文のマニュアル等などをあたってみたが、見事にどこにも根拠にできる規定は見つからなかった。
 そんなマニュアルもないような中で皆さんはどうして「正解」を知ったのだろう。どうして私は長長期間日本語を使用しながら「正解」を知らなかったのだろうと少々落ち込んだ。
 確かにAIでなくてもネット上では「答」が書かれていたりするが、あえて言えば「その人の見解」以上の説明にはたどり着けなかった。
 こうしてほとんど探索をあきらめかけたとき、念のため、手持ちの三省堂『ことばの百科事典』を繰ってみたところ、「二重の”かぎかっこ”(『』)は、”かぎかっこ”の中でさらに”かぎかっこ”を使うばあいに使います。書名・新聞名・雑誌名を示すときにも使います」とあったのでひとまず落着という気分に落ち着いた。
 さらには、国立国語研究所編『日本語の大疑問2』の表の中に、ニジュウカギカッコがあり「カギカッコの中の会話」との説明があった、
 ただ、いろんな関連しそうな文書を読んでみたが、いわゆる記号(符号)は多くの例外があり、反対にいえば絶対的な正解は見つけられなかった。
 この歳になってなんと恥ずかしい発見だった。
 でもね、吉田兼好(図)さん、貴男が徒然草第22段で嘆いた「言葉」は、既に外国語ぐらいまで「変身」しているよ。
 実際「現代若者言葉」も日本語なのだから、これからもこんな恥をかき続けていくことだろう。

2026年4月13日月曜日

カンサイタンポポ

    先日ハイキングで甲山(かぶとやま)の山裾を歩いたとき、「わあ、珍しい白いタンポポだ」「ほんとだ、ほんとだ」と喜んでいるグループがいたが、その日私は家を出てすぐに白いタンポポを見ながら甲山に来たのだから、少し可笑しかった。一番目の写真はわが家近くの「白タンポポ」。

 もちろん近くには黄色いタンポポもいっぱい生えている。それ自体は珍しくもなんともない。
    現代のタンポポ事情で一番の問題は、日本固有種のカンサイタンポポやカントウタンポポ(ニホンタンポポ)が急速に外来種のセイヨウタンポポに駆逐されて行っていることである。
 多くの場合植物の外来種は桁違いに繁殖力が強いので、固有種を守れという主張はヘイトスピーチとは次元が違う。

 タンポポでいえば、ニホンタンポポは自家受粉では種ができないから仲間と群生を続けていなければならない。
 その上に種の数がずっと少ない。さらに春に受粉してできた種は秋まで発芽しない。なんというおしとやかさだ。
    その何もかも反対がセイヨウタンポポだからあっという間に日本中を席巻している。

  三枚目の写真は、今年(この間)わが家の庭に突然生えてきたタンポポ。
 矢印の部分が「外総苞片(がいそうほうへん)」と呼ばれる部分。はっきりと下向きに反曲している(そっくり返っている)。
    これがセイヨウタンポポの最大の特徴である。

 そして四枚目、五枚目がわが家周辺の古い遊歩道のタンポポ。
 外総苞片が反り返っていないのは一目瞭然。けなげなカンサイタンポポ(固有種ニホンタンポポ)だ。
    ちなみにこの(ニホンタンポポの)写真をスマホのAIに見せたら『セイヨウタンポポ』と答えたから、皆さん、AIを頭から信じてはいけません。

    なおカンサイタンポポはカントウタンポポに比べて花も花の基部も小ぶりといわれているからこれはカンサイタンポポで間違いないと考えられる。
 あなたの周りのそのタンポポ、固有種?外来種?

 理屈めいた箇所は、田中修著『雑草のはなし』(中公新書)を参考に記述した。


2026年4月12日日曜日

猿回し

    猿回しの思い出というと、1970年代中頃、部落問題夏期講座での村崎義正氏の講演を思い出す。
 山口県の被差別部落に生まれた氏は、壮絶ともいえる半生の後、部落解放同盟から後に全国部落解放運動連合会(全解連)の役員を務め、同時に光市の市議会議員(日本共産党)として保革を超えて人望があった。
 光市議に初当選と同じ年の1970年、俳優の小沢昭一氏がレコード『日本の放浪芸』シリーズのために光市を訪れたことをきっかけに、1963年に途絶えていた猿まわし芸を復活させることを決意。民俗学者の宮本常一や民俗文化映像研究所の姫田忠義、過去の猿まわし師の実態を調査・研究していた詩人で社会教育家の丸岡忠雄や末弟の村﨑修二の協力を得て、1977122日に周防猿まわしの会を結成して初代の会長に就任した。四男は村崎太郎。
    その芸は、国内外の舞台やイベント、テレビ番組など多方面に活躍。猿のチョロ松は、ソニーウォークマンのCMなど「反省する猿?」でも有名になった。
 で、最初の夏期講座での講演だが、非常に困難な猿の調教の経験から、「子どもの教育には親が絶対的な権威で臨まなければならない」などという話で、民主的な教育論からは相当脱線していたのを今も覚えている。(笑)
 

    つい先日、そんな猿回しの大道芸に久しぶりに出くわした。
 お猿の芸の向こうに、長い差別と大道芸の歴史、そして部落解放運動の変質と分裂の中でそれを復活させた先人のことを思い出しながら楽しく見物した。
私が大きな声で笑ったりしたものだから、外国人観光客もたくさん集まり、私の投げ銭を見て大いに投げ銭が集まった。ふふふ。
(Wikipediaを参考にして記述した
(写真は許可を得て撮影した)

2026年4月11日土曜日

お花見ちらほら

    高市首相肝いりの「労働時間規制の緩和」で自民党が「労働基準監督署の指導を見直すよう」提言をまとめると新聞が報じている(4月10日朝日等)。
 現状は労働基準監督署が、時間外労働を月に45時間以内に抑えるよう指導しているが、それを「厳しすぎる」というのである。
 人間は単発的な労働時間のみによって死亡したりするものではないが、時間は世界共通で絶対的に24時間であるから、長時間労働が脳心臓疾患やさらにはメンタルにかかわる疾患の重大なリスクファクターであることは医学的にも認められている。
 以前にも書いたが日本の勤労者は「企業戦士」どころか「社畜」と呼ばれ、現に西欧では信じられないとされている「カローシ」「カロージサツ」が発生している。
 「労働時間の規制緩和大反対!」「アフター5のパパは家族のもの」と、声を上げよう。

 ウィークデーということはあるにしても、満開の大阪城の桜の下でお花見をしているサラリーマンはゼロだった。歩いているのは外国人ばかりで、キッチンカーのお兄さんは私に「今日初めての日本人」と喜んだ。
 私なんぞは、日本の国も日本人も大きなところで貧しくなったと思ってしまうのはおかしいことだろうか。

2026年4月10日金曜日

見よ、甲山!

    桜の花を顕微鏡的に見てもお花見とは言わないから、甲山(かぶとやま)の桜と新緑を望遠鏡的に見て帰ってきた。・・というのはまっかな言い訳で、甲山軽登山はパスして裾野の森林公園から夙川を歩いてハイキングと称することにした。
 お花ということでは、夙川近くの廣田神社境内のミツバツツジの群生も素晴らしかった。この神社、知らなかった。コースを計画して教えてくれたリーダーの皆さんに感謝。
 どちらかというと大阪の南方で育ったので、有名な甲山も今回が初めてで、裾野からの威容だけでも感激。
 4月8日、積善の人には余慶あり!!見よ、この好天!!

2026年4月9日木曜日

The answer is blowin’ in the wind

    およそ10年前(2016年10月)の退職者会の「会報」を読み直してみたところ、退職者会であるからイコール高齢者ばかりなのだが、大阪の某居酒屋の2階で、数十人でボブ・ディランの『風に吹かれて』を大合唱 した記事が出てきた。ボブ・ディランのノーベル文学賞が発表された年だが、どちらが先だったかは忘れた。
 「大阪広しといえども退職者会で『風に吹かれて』を大合唱したのはここだけでないか」という(豪語した?)ような思い出がよみがえった。
 この歌については翌年20174月の京大入学式で山極壽一総長が式辞で要旨次のように訓示をされた。

 🔳 さて、では常識にとらわれない自由な発想とはどういうことを言うのでしょうか。私が高校生だった1960年代に流行った歌があります。昨年ノーベル文学賞を受賞したボブディランの、 
How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
 人間として認められるのに、人はいったいどれだけ歩めばいいの?”
という問いで始まる歌です。そして、
 How many ears must one man have
Before he can hear people cry?
 人々の悲しみを聞くために、人はいったいどれだけの耳をもたねばならないの?
How many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
 あまりにも多くの人が死んだと気づくまで、どれだけの死が必要なの?”
と続きます。それは、
The answer, my friend, is blowin’ in the wind
The answer is blowin’ in the wind
友よ、答えは風に吹かれている
という言葉で終わるのです。
これはボブディランが21歳のときに作った歌で、「答えは風に吹かれている」というのは、「答えは本にも載っていないし、テレビの知識人の討論でも得られない。風の中にあって、それが地上に落ちてきても、誰もつかもうとしないから、また飛んでいってしまう」という気持ちを表したものなのです。彼はこうも歌います。
How many times can a man turn his head
And pretend that he just doesn’t see? ”
そう、この歌は、誤りを知っていながら、その誤りから目をそらす人を強く非難しているのです。これは、1960年代に起こったアメリカの公民権運動の賛歌で、日本でも多くの若者が口ずさんだものです🔳

 何か胸に痛みの走る文言といえる。「もう歳だから」と言い訳にしていないかという何かを思い起こさせる。
 ネタニヤフとトランプのやっていることは、ベトナムの時と変わらない。しかし、日本の若者は、否、若者だけではない、元若者はこの歌をいま腕を組んで歌おうとしているだろうか。
 心配するな、各地でペンライトが輝いているぞと、お互いに語り合いたいものだ。



2026年4月8日水曜日

俳句入選

    4月7日付赤旗の俳句欄「望月周選」にへぼ句を採ってもらった。
 その句は、『沈丁花人事異動の香を放つ』で、人事異動の激しい職場であった現職の頃、満開の沈丁花の香りが漂う3月にいわゆる「内示」があり、新しい業務、新しい人間関係、新しい勤務地への漠とした不安感・・・というその記憶が今も脳裏に残っており、人事異動などという世事とは全く解き放たれて何十年も経つというのに、いまだに、この香を嗅ぐとフラッシュバックというほどのことではないが、「あっ、人事異動の季節だな」などと思ってしまうのであった。(写真は3月12日、わが家で咲き始めの頃の沈丁花)

 ちなみに、3月に投稿してボツとなった他の句の一つはいわゆる社会詠で、『 イランへと強襲揚陸艦春愁う』で、本人はこちらの方が気に入っていたのだが、あまりに非文学的であったのだろう採られなかった。

 二つ目は、『神鹿(しんろく)も野良鹿となる春埃』で、自分の稚拙さを横に置いて、非常に地域限定の時事ネタだったためにしておこう。これは奈良公園の鹿と思しき鹿が大阪市内に現れて大騒ぎになり、大阪府知事は「奈良で引き取ってくれ」といい、奈良県知事は「奈良公園を出た鹿は天然記念物でないから引き取れない」といったけっこう大きなローカルニュースであったのだが・・・テーマが下世話すぎたか・・・。

 近頃はなかなか俳句に気が回らないが「忙しい」は禁句である。心部(しんぶ)、立心偏(りっしんべん)に亡ぶ(ほろぶ)と書いて忙しいとした先人にはグウの音も出ない。「私は忙しい」というのは「私は心が亡んでいる」と言っていることのようだ。そこで、さらなるへぼ句を。
 戦争を止めてくるわ!の新年度 

2026年4月7日火曜日

クマバチ目覚める

    「桜の咲くころクマバチ(熊蜂)は越冬から目覚める」と本には解説されている。
 4月6日、気温上昇、「おまえはマニュアル人間か?」と言いたくなるようにクマバチがやってきた。
 「違うわい。花々の方が一斉に開いたから来たのじゃ」と反論するだろうか。
 上の写真はモーション抜きで少し拡大したもの。
 下の写真はごく短いモーションで見られるでしょうか?(上手くいかなかったらごめんなさい)

    本には「縄張りを張る」とあるが、実際、クマバチどおし壮絶な喧嘩をする。
 先日書いた紅の豚ではないが、羽音も大きく空中で絡み合って落ちてきたりして、すごいものだ。
 その合間、スマホを構えている私の顔に向かってきたりしてヒヤッともするが、♂には針がないし、スズメバチとは比べ物にならないくらいにおとなしいので見た目ほど恐ろしくはない。
    近年はわが庭でも外来種のタイワンタケクマバチが目立ってきているから、在来種のクマバチには心の中で応援している。

2026年4月6日月曜日

事実は雄弁

    Koichi Shimamura氏のFBに感心したので以下にシェアをする。

 33日「我々は戦争に勝った。」
 37日「我々はイランを打ち負かした。」
 39日「我々はイランを攻撃しなければならない。」 「戦争はほぼ完全に、そして非常に美しく終わりに近づいている。」
 312日「確かに勝ったが、まだ完全には勝っていない。」
 313日「我々は戦争に勝った。」
 314日「助けてほしい。」
 315日「助けてくれないなら、必ず覚えておく。」
 316日「実は、全く助けは必要ない。」 「誰が私の話を聞いているか、試していただけだ。」 「NATOが助けなければ、非常に悪いことが起きるだろう。」
 317日「NATOの助けは必要でも、望んでもいない。」 「NATOからの離脱に議会の承認は必要ない。」
 318日「同盟国はホルムズ海峡の再開通に協力しなければならない。」
 319日「米国の同盟国はしっかりして、ホルムズ海峡開通に協力すべきだ。」
 320日「NATOは臆病者だ。」
 321日「我々は使わない。開通させる必要もない。」
 322日「これが最後だ。イランに48時間の猶予を与える。」 「イランは終わった。」
 323日「彼らにもう少し時間を与える。」
 324日「戦争は終わりに近づいている。」
 325日「まだ交渉中だ。」
 326日「イランは和平を懇願している。彼らは我々に贈り物をくれた。もう少し時間を与えよう。」
 327日「イランとの交渉は非常に順調に進んでいる。」
 328日「戦争はもうすぐ終わる。」
 329日「ハルク島を取るかもしれないし、取らないかもしれない。」
 330日「海峡を開通させなければ、全てのエネルギーインフラと油田を壊滅させる。」
 331日「海峡は必要ない。石油は十分にある。イギリスよ、自分で何とかしろ。」
 41日「あと2週間で終わる。」←New!!!!

 以上がFBにあったもの。
 この王様には常識力が欠けていないか。
 そしてこの人に向かって「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(あなた)だけ」と歯の浮くようなセリフを言い放った女王も・・・

2026年4月5日日曜日

鳩サブレ―

    八幡宮(神社)の八幡神については諸説あるが、有力な一説では「八幡神は応神天皇」とされている。そのためもあって八幡神も応神天皇も「新羅の神」という説もある。
 八幡神は中世には武家の守護神として全国各地に勧請され、源義家なんぞは八幡太郎義家と名乗ったほどだ。
 各地の八幡宮の全ては知らないが、普通は八幡宮の紋は向かい合った二羽の鳩である。宇佐八幡宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請した際に、白い鳩が道案内をしたと伝えられ、以来、八幡宮の 「鳩」 は 「神様の使い」 として大切にされてきたというが、武力の象徴である武家と近現代では「平和の象徴白い鳩」というイメージとのアンバランスが面白い。
 以上は「前説」だが、東の方の方から「法要のおさがり」らしい「鳩サブレ―」の大きな缶を戴き、その大きさに驚いた。鶴岡八幡宮門前の豊島屋の「鳩サブレ―」で、中には明治30年ごろ初代の豊島三郎の草創の苦労話がしおりになっていて楽しく読んだ。
 鳩サブレ―は鳩三郎とも重なっていたことも面白い。
 ありきたりの土産用菓子みたいには食べられなくなった。