2026年5月18日月曜日

17人のCEO

    トランプは訪中に17の大企業のCEOを同行させたが、その規模というか内容は過去にないレベルのことであった。
 中でも半導体大手エヌビディアのジェンスン・ハンとテスラのイーロン・マスクは大統領専用機に同乗して訪中し、ジェンスン・ハンは式場で民間人筆頭の位置を占めていた。
 エヌビディア(NVIDIA)の時価総額は6兆ドル(950兆円)というから日本のGDP以上。
 訪中した17名の個人資産17兆ドル(2700兆円)は、日本+ドイツのGDPをはるかに超えている。つまり、日給で「億円」を超える米経済人が3日間中国に出向いていたのである。
 中国に観光に行ったのでもなければ、トランプのお飾り、あるいは小商いに行ったはずはない。

 例えば、アップルのiPhoneはアメリカには工場は全くなく、ほとんどは台湾の鴻海(ホンハイ)が製造しているのだが、その主要な工場は中国本土にある。
 エヌビディアも近々そうなるだろうといわれている。そうしなくても直ぐに中国に追いつかれるとも当人たちが語っている。
 つまり、世界の工場であり、世界一の市場である中国を抜きに世界経済は語ることができない。ちなみに、ジェンスン・ファンは黄仁動という台湾生まれのアメリカ人である。

 少し寄り道をして近藤大介氏の本の中のことを紹介すると・・
 iPhoneを生産するホンハイ(鴻海)の深圳工場は300万㎡でここの労働者数は約20万人だ。深圳の隣の東莞・松山湖の研究開発センターはなんと150万K㎡でセンター内を電車が走っている。以上は少し寄り道。 

 「台湾有事」など、経済の世界では議論の端にも登らないというのがリアリズムである。
 中国も、アメリカも、台湾も、キッシンジャーと周恩来が考え出した?現状が一番良いのである。
 そういう下で、日本の経済界の首脳陣は、愚鈍な高市内閣を戴いたまま沈没する船の中でため息をついているだけだ。
 それは回りまわって国民生活も引き下げる。
 そのことを明確に語らないメディアもメディアである。
 ただの年金生活者はただただ「情けない」思いでいる。

2026年5月17日日曜日

豌豆の収穫祭

    小さな土地は円満に明け渡してもらわなければならない‼ ので、残っていたウスイエンドウをすべて収穫した。
 そうしていると、近頃では珍しいことだが小さな姉弟が道で遊んでいて、「何してるの?」とわれわれ夫婦に聞いてきた。(わが庭には4箇所に出入口があるがすべて扉がない)
 で、エンドウ豆の話をして収穫を手伝わせた?ら楽しく捥いで持って帰った。
 「豆ごはんにしてもらいや」というと「給食で食べたことがある」と返事があった。
 普段、道を通る小さな子に「おはよう」とか挨拶してあげるが、こんなに反応してくれたのは何年ぶりのことだろう。
    妻と「家に帰ってほんとうに豆ごはんを炊いてちょうだい」と親に言えただろうかと話し合ったが、近頃のことだから「他人にものを貰ってきてはいけません」ぐらいに叱られてないだろうかと笑いあった。
 今日の晩御飯は『翡翠煮』にした。
    今シーズンに食べきれない分は冷凍をしておく。

 明け渡していただいた土地(猫の額)には何を植えようか?
 

リンカーンとマルクス

    歴史にif はないが、ifリンカーンが暗殺されていなかったら、150年ほど後のアメリカにトランプという大統領が誕生していただろうかという妄想は楽しい。
 2010年に志位和夫氏が訪米し連邦議会の共和党の議員の部屋に行ったとき、リンカーンの大きな肖像画がかかっていて、「リンカーンを尊敬されているのか」と聞くと、「もちろん。わが党の創設者だ」と返答があったので、「それでは、マルクスとリンカーンが手紙のやりとりをしていたことはご存知」となるとびっくりして「知らない」。そして「それでは(アメリカ共和党と日本共産党の)祖先は一緒だ」と笑った話(15日付赤旗「志位議長とハートマン教授の対談」)は面白い。実際、マルクスとリンカーンは手紙をやりとりして意見交流をしていた。

 現に資本主義の総本山中の総本山ニューヨークには今、アメリカ民主社会主義者(DSA)のマムダニ市長が座っているのだから・・・あながち的外れな誤解でもない。
 
 マルクスが描いた共産主義とは、ソ連や中国で行われてきた政治とは正反対のものであった。人間が人間らしく、時間の活用や文化の自由が拡大される社会が展望されていた。(主に資本論の刊行されていなかった各種ノート)
 「共産主義には自由がない」などという宣伝に正々堂々と論を張って、自由民主党の政策こそが自由の敵であることはもっともっと大きな声で語られてよい。実際、高市自民党の政治は金正恩やプーチンと極似している。この国では、最も自由を大事に考えているのは日本共産党であろう。

 なんか近頃、この国は思想でも経済でも文化でも、「後進国」に編入されているような気がする。
 イメージで社会を論じるのは良くない時もあるが、あの傍若無人のトランプが習近平の前でおとなしい「一般人」であったのは今の時代を象徴していないか。習近平を誉める気はないが・・・
 アメリカにしても、どちらかというと民主党の方が大企業の利益に親和的で、トランプの共和党が取りこぼされた労働者のための雇用=企業誘致に積極的であるという側面もあるから、世の中は図式的ではない。

 今日ももう1本アップする予定。

2026年5月16日土曜日

単純化は恐ろしい

    先日、某所で「憲法9条改悪反対」の署名に応じていたときに、隣におられた非常に真面目そうなご婦人が「私は改憲派です」と言って署名をされていなかった。
 そのとき続けて話されたのは、「憲法は制定・施行されてから70数年間、1回も改正が行われていません。大きく変化した国内外の環境に合わせて、憲法にもアップデートが必要ではないでしょうか」であった。

 このフレーズ、聞き覚えがあるが・・・と思って検索してみると、自民党の広報のキャッチコピーそのものだった。そしてSNSなどで拡散されているものだった。
 「79年前に制定されてから一度もアップデートされていない」・・この単純なフレーズはそれこそ単純に「古臭い」「アップデート=改正すべきだろう」の雰囲気を人々に与える。

 現代人は疲れているから、複雑な問題を単純化することを歓迎する。そのフレーズが、SNSでは反復される。
 「少し落ち着いて検討しませんか」という話はうっとおしいし、その上に「あなたの得た情報はアルゴリズムに基くエコーチェンバーかもしれません」などと言おうものなら人格が否定されたように感じて反発する。
 ほんとうに難しい世になってきた。

※ SNS上のアルゴリズムとは、SNSのプラットフォーム(運用している会社)側が、このユーザー(つまり貴方)にはどういうコンテンツをどのタイミングでどのように表示するかを自動的に判断するシステム。

※ エコーチェンバーとは、アルゴリズムで選別された情報が繰り返されることで、結果として自分の意見や思想が肯定されることによって、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込み、特定の意見や思想が増幅する現象。それ以外の情報や意見が受け入れられなくなる。

 アルゴリズムでいうと、スマホに『月齢も正確に表示される最新式腕時計』というのがあったので、どういうものかとポチッとすると、出てくるわ出てくるわ・・腕時計の広告がその後次々と流れてきたことがある。
 まだそれはいい。気楽な動画をちょっとポチッとしたときには、少しお色気系の動画が押し寄せて我ながら恥ずかしくなった。プラットフォームのAIは、ちょっとエッチな爺さんとランク付けしたのだろう。
 それらは「×」を重ねていって正常に戻ったが。ご用心、ご用心。

クルマのオイル

    私はズーっと某社の自動車販売正規ディーラーでクルマの点検・整備を続けていて、今回の点検では、事前の契約でオイルの交換は無料であるはずのところだったが、「オイルの入荷が切れていて別種の『有料の』オイルしかない」と告げられた。もちろん、遠因はネタニヤフとトランプによるイラン攻撃である。

 先日来、高市首相は「石油やナフサは足りている」と言い続け、インク不足を受けてポテトチップスの袋を白黒にしたカルビーを脅したりしたが、明らかに嘘をついているのは首相と政府である。

 後々のことを考えてだろう政府各大臣は「いま現在では・・」などと修飾の言葉を付けているが、フクイチ原発事故の際の「”直ちに”人体に影響を及ぼすものではない・・」という空しい政府発表と重なる。
 政府は明らかに嘘をついている。
 「目詰まり」などではない。石油は不足しているし、政府は確保も確保の見通しも持っていない。
 こんな内閣は早々に退陣してもらわなければ・・と思いながらディーラーから帰ってきた。

 (今日は午後にもう1本投稿する予定)

2026年5月15日金曜日

忍冬

    道路脇の植え込みに忍冬(にんどう・すいかずら)が咲いていて、毎年この時期には「忍冬唐草紋」(にんどうからくさもん)のことが思われる。
 わが国がようやく文化を取り入れた奈良時代前後、瓦の紋様などに取り入れられた紋様である。
 発祥はギリシャだとか言われるが、中東で発達してシルクロード経由で到着した。
 現代トランプが、「イラン(ペルシャ)を石器時代にしてやる」などと大口を叩いているが、その文化・歴史の重みでいうと議論の以前である。
 同じことはこの日本だってそうで、日本の歴史の黎明期、既に中東では文化が咲き誇っていた。

 傲慢は劣等感の裏返しに思われる。
 戦後のいっとき「ジャパンアズナンバーワン」と言われた国が経済でも、文化でも中国、韓国、台湾などに追い抜かれている現状が、ヘイトスピーチなどになっているのだろう。
 「強い言葉」ほど劣等感の裏返しに思われる。
 歴史を学べば、国力?の変遷は常のこと。素直に国際交流と理解を深めることが「国」の格をあげることになる。

2026年5月14日木曜日

奈良の鹿

 先日、奈良公園の「夢広場の某店」で昼食をとった。ここの外にはオープンカフェというか、屋外にテーブルと椅子がある。
 「ちょっと無防備な!」と見ていると、案の定、食事をしているテーブルの上の料理と飲み物を鹿が食い散らしてしまった。見事な傍若無人振りである。
 再発防止の意味も込めてすぐに私は駆け寄って、鹿を平手で叩いたが、そこだけを切り取れば「鹿を虐めている爺さん」になるかもしれない。
 
 奈良の鹿はペットではない。自分より弱いと思える幼児は突き飛ばすこともけっこうある。まれには大人だって突き飛ばす。
 それに、女性の衣服を咥えると煎餅を落とすという経験も学習して知っている。だから弁当などの横取りも簡単だということも・・・。
 恐れることはないが、あくまでも野生だということを肝に銘じておくことが大切だ。
 そうして奈良の鹿を楽しんでいってほしい。 

   さて、私は奈良と奈良の鹿が好きである。そのことはこれまでのブログ記事を読んでいただければ判るはずだ。
 そういう私には、高市早苗氏の自民党総裁選中のシカ発言が気になって仕方がない。
高市氏は、テレビでも取り上げられている場で、「奈良のシカを足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている」と訴えたのだった。
 その後、この話は、根拠がまったく不明であり、複数の報道機関が奈良公園を取材したが、現地の関係者も奈良県警もそうした行為を確認していない。
 私は、あれだけの外国人観光客がいるのだから、そういう人間が一人や二人いても不思議でないと思うが、そんなことを言えば明らかに日本人が鹿を虐めている事実も私はいくつも見てきた。
 はっきり言うと、右翼的な排外主義的な支持票を当て込んで、こういう根拠不明の話を針小棒大に語ることは詐欺師、扇動家の特徴である。そういう人物が総理大臣になった。嫌な世の中になったものである。

2026年5月13日水曜日

宗教について思う

    宗教のお経や聖書などについて外からとやかく言うつもりはない。 
 しかしあるお経の本に「前世で悪口を言っていたのでこの世で口に障害が起こった」というような因果応報を説いているものに出逢ったときは、「これでは現実の障碍者はたまらん」と悲しくなった。  
 またある牧師さんがモノの結晶の美しさをあげて「この美しさは神の意思なくしては考えられない」、故に「進化論」はあり得ないと語られたときには、自然科学や医学への悪影響が心配になった。   
 暮らしの上での精神的なよりどころとしての宗教は良い意味での心の鎮痛剤だと私は考えるが、そのためには他の領域の考え方との「兼ね合い」が必要であろう。そこのところをわきまえずに神仏の語録を絶対上位に置く「原理主義」は場合によっては危険なものになる。 
 早い話が、過去の歴史上弾圧を受けた宗派にとっては弾圧に手を貸した宗派は悪魔であり、悪魔との戦いは善になる。その種の最終戦争を予言している書もある。 
 以上に書いたような幾らか整理された話ではないことだが、「日本人は韓国に償うべし」という宗教が、「日本人ファースト」を唱える右翼政治家に献金し選挙運動の手足になるという摩訶不思議なことも現に起こっているし、アメリカでは大統領が35日、ホワイトハウスの執務室でトランプを中心に福音派指導者らが手をかざして祈禱した。(写真:ネットの毎日新聞にあったもの)・・安倍晴明か?? 
 ネタニヤフとトランプによるイラク攻撃の主たる性格が宗教戦争だというような単純な議論をするつもりはないが、多くの日本人の思考回路を大きく超える政教一致の思考があることも事実である。 
 先日古い友人との惜別があったが、「彼はもっと酷くなる社会を見ることなく逝って幸せだったかも」という声を遠くで聞いた。  
 おいおいおい、もうちょっと人間を信じないか。子や孫に対して無責任だぞ。
 自分だけ儲かれば、ほかのことは知らんではねえ!
 日本人だってエラそうなことは言えなくないか!

2026年5月12日火曜日

朝採れ豌豆

    秋、冬、春と大事に育ててきた・・と言いたいけれど、実際は「自然農法」という美名に隠れて放ったらかしにしていた『ウスイエンドウ』の実が膨らんできた。
 すでに何回か収穫し、夏ちゃんファミリー、凜ちゃんファミリーにも分けてきた。今年も上々の出来である。連作障害も深刻ではなかった。

 先日、魚売り場にヒラマサの真子が出ていたので、「鯛の真子とそれほど変わらないだろう」と購入し、写真のとおりエンドウと煮付けた。間違いなく美味しかった。何よりも食卓に五月の風が漂った。もちろん、ご飯も「豆ごはん」である。
 近々凜ちゃんファミリーが病院の帰りに晩ご飯に来る。おかずは何にしてもご飯は「豆ごはん」である。

 「えッ、グリーンピースですか?」という質問もあるようだし、子どもの苦手な野菜の上位にはしばしばグリーンピースが顔を出す。しかし、私に言わせればいわゆるグリーンピースとウスイエンドウは別物と言ってよい。
 ご存知でない方は、この季節、ウスイエンドウの豆ごはん、ぜひともお召し上がられよ。

2026年5月11日月曜日

エゴノキ

    この季節は一日一日と木々の様子が変わる。
 ベランダに出るとムッとするような蜜の香りがしたので、「エゴの花だな」と顔を乗り出すといっぺんに満開になっていた。下を向いた白い花が密集していて美しい。
 同時に、ぶんぶんぶんぶん、黄色クマバチ、タイワンタケクマバチ、オオスズメバチ、ミツバチ、ハナムグリ、等々が飛び回っていた。
 写真はタイワンタケクマバチだと思う。けっこう大きい。
 「エゴノキの花は甘い良い香り」と書かれている本も多いが、正直に言うとクリの木に似た、ムッとしたしつこい香りで、もっと正直に言うと臭い。
 ジャスミンなどもそうだが、芳香と香害は紙一重というか、敏感な者には少々辛い。
 ただそれを言いすぎると社会的には問題もあるから、話はここまで。

2026年5月10日日曜日

石楠花色

    〽石楠花色に たそがれる 
  はるかな尾瀬 遠い空
 江間章子作詞 中田喜直作曲の『夏の思い出』だ。
 この歌を先に覚えてその後尾瀬に行ったりしたものだから、シャクナゲ色というのは霧の中の「ぼやぁ~とした薄いグレー」かと長い間思っていた。
 それに大台ケ原などシャクナゲの自生地にもよく行ったが、それは夏期であって、シャクナゲはシーズンオフだった。
 だから後に花期のシャクナゲを見たときには、尾瀬や、あの歌詞と違っての派手さに少しがっかりした覚えがある。
 特に園芸品種や西洋シャクナゲは『夏の思い出』のムードとは別物だった。

 この冬、小さなシャクナゲを庭に植えた。日当たり、特に西日が強い場所に植えたので猛暑の夏を乗り越えて上手く成長するかどうかは解らないが、この春は順調に咲き始めた。
 白い中に薄紅色が混じっている。あの歌詞の「正解」は、この薄紅色が「たそがれの夕焼け色」なのだろう。

2026年5月9日土曜日

アウェイでも

    5月8日付朝日新聞のトップ記事は、『嫌中動画気軽に下請け』というタイトルで、仕事の仲介サイトの求人募集が「中国批判系など海外の反応YouTube動画のお仕事」で、手順書どおりに簡単に対応できた。それは、見る人の憎悪をあおり、時に思考をゆがめるネット動画であったという内容の記事だった。
 記者が取材した男性は過去には「差別につながる可能性が高い」として広告収入を止められたが、その後新たに「政治系チャンネル」を開設し、高市首相を取り上げつつ、野党や自民党でも一部の政治家を批判。2週間で50万円稼いだと豪語したと書いている。

 この話は目新しいものではなく、2024年に大手仕事仲介サイト「クラウドサービスの求人の一部に、「中国人の迷惑行為、その後、自業自得になるフィクション動画作成の仕事」というのが出て問題になっている。
 さらに以前には、参議院議員の小西洋之氏と杉尾秀哉氏が提訴した裁判で明らかになったのは、Dappiという名前でウェブコンサルティングを業務とするIT会社が、自民党や維新への賛同の内容や立憲や共産党への誹謗中傷の発信を繰り返していたことが有罪になっている。
 ちなみにこの会社の主要な取引先には、自民党、自民党の元閣僚の資金管理団体、自民党の支部があった。
 そして今年4月29日に文春オンラインが報じたのは、昨年の自民党総裁選挙中に高市陣営がTikTokで、総裁選のライバルであった小泉進次郎氏や林芳正氏に対して「カンペで炎上!」「無能で炎上」「完全にアウト」という投稿をしていたこと、衆議院選挙の公示日前日には、高市氏の動画がアップされ、再生回数は10日足らずに10億回を超えていた。
 なお、高市氏の資金管理団体「新時代政策研究会」から2024年の総裁選関連で約8000万円の広告宣伝費が支出されていたことが毎日新聞で報道されている。

 実際、私のFacebookにもその種のTikTokの動画はあふれている。
 これを「やっぱりネットの世界は歪んでいる」とオールドメディアで批判?しているだけではことは済まない。
 都知事選挙の時の「石丸フィーバー」、総再生回数300万回が革新系候補を上回る得票を得たように、総選挙時の高市10億回動画があって自民党の「歴史的勝利」が起こったように、情報をSNSに頼っている層には、「オールドメディア」でまともに批判してもその声は届きにくい。
 「SNSに依存するのは危険だ!」という情報もSNS上で広げなくては力にならない。
 なので、「これではいかん」という良識を「とりあえずSNSで発信する」「せめて、シェアなりリポストする」ことが自覚的な民主主義者には求められている。
 それでも「SNSは苦手だ」と言いながら拱手傍観を続けますか。
 

2026年5月8日金曜日

クラベス

    クラベス(スペイン語
: claves)は、2本の棒状の木片を打ち合わせることで明るいカチカチとした音を出す打楽器。ラテンのリズムには欠かせない?
日本の拍子木と演奏?の仕方は異なるが、拍子木のように使おうと思えば使えるので、息子がわが家から持って行ったクラベスを返してもらった。
5月に予定しているレセプションで演奏に使ってもよいが、一番効果的なのは「大阪締め」などの手締めに使うといっぺんに華やぐ(はず)。要するに拍子木!
「用意はできている」と実行委員長には言ってある。
ちなみに、楽器として使うばあいは、利き手でない方で、クラベスの先から3分の1ないし4分の1位の所を2本の指で軽く持ち、残りの指を添える。クラベスの逆の端の近くが手のひらの手首の近くに軽く触れる。手のひらを軽く丸め、楽器と手のひらの間に空洞をつくる。その上で利き手のクラベス(ばち)で楽器の先を叩くのである・・とあるが、そんなことはどうでもよい(写真はそんなことはしていない)
大切なことは『ダンドリ八分』である。

昔、現職の頃、仕事に関係する多くの医師の先生方を囲むパーティーがあったとき、私が閉会のあいさつを担当したのでこのクラベスをスーツの内ポケットに持参した。
結果、クラベスは見事に場を盛り上げたが、出席者の多くが大阪締めのリズムを知らず、見事に大スベリした。と、スベリにスベッタが・・・「今年の締めのあいさつは良かった」とお世辞だろうがたくさんの声を戴いた。
『ダンドリ八分』。昨日は『くす玉』のメンテナンスを行った。大改造ではないが、小改良はあちこちに行なった。何ごとも『ダンドリ八分』である。

2026年5月7日木曜日

親近感の湧く謎の民

    54日の夜、見るともなくテレビを点けると「秘境中国 謎の民『神秘の森に生きる』」という番組の再放送があった。
 中国の秘境雲南省に広がる高黎貢山(こうれいこうざん)。標高2,500mの世界遺産の森に生きる謎の民・ルーモ人。古代の武器・弩弓(どきゅう)(クロスボウ?)で野生動物を狩り、シャーマンが800年続く不思議な儀式をつかさどる。祖先はモンゴルの皇帝を倒して世界の歴史を変えた最強戦士。流浪の旅の末辺境の地にたどり着いた。今(といっても初回放送は2021年?)、中国政府によって森からの立ち退きを命じられ伝統の暮らしが消滅の危機に・・・という内容だった。

 中国には、漢民族と55の少数民族がいるといわれているが、ルーモ人はその55の少数民族にもカウントされていない。
 伝承では、祖先は長江流域の重慶あたりに住んでいたが、モンゴル第4代皇帝モンケ・ハン10万の大軍に対する南宋1万の軍の下、ルーモ人の放った弩弓でモンケ・ハンを戦死させた(元史類編)という。
 その後、南宋軍はフビライに敗れたが、その際ルーモ人は2,000㎞逃亡し(参考:札幌―福岡で1,500㎞)、標高76mから6,740mという大渓谷の奥地で暮らして現代に至っているといわれている。

 それはさておき、そのテレビを見ていて面白かったのはルーモ人の顔で、日本の田畑で鍬でも使っていたら誰もが日本人と思ってしまうように私には思えた。
 もっと昔、テレビがシベリアの先住民族を紹介していたとき、椎名誠氏がインタビューすると、「どこから来た?」「海の向こうの日本だ」「いやいや冗談だろ。お前は隣村の人間だろ」「ほんとうだ。日本人だ」「またまたまた、隣村の者だ」「いやいやいや・・・」と全く信じなかったシーンがあった。
 先日読んだ『中央アジア紀行』のキルギスのけっこう有名な伝説では、「かつてシベリアで暮らしていた兄弟が、肉好きはキルギスへ、魚好きは日本に行った」と紹介されていた。
 もっと昔、原水爆禁止世界大会国際会議を傍聴した折、スリランカ、タイ、ベトナム、朝鮮、中国、モンゴルなどなどのデレゲーション(代表団)が、わりあい明確にそれぞれの「お国」の顔をされているのに、そのどの「お国」の顔の人も日本人にはいるなあと感心?したことを思い出した。
 ルーモ人を見て、日本人の故郷が長江流域の近辺だったというほど単純な思考はしないが、何か「当たらずと雖も遠からず」のような気分もある。
 稲作、漁労、高床、餅つき、味噌・醤油・納豆・・・
 

2026年5月6日水曜日

子どもの日?

    商業主義というかマスコミの定番ニュースというか、はたまた世間の流れというか、絵に描いたようなお決まりの「子どもの日」であった。
 夏ちゃんファミリー、凜ちゃんファミリーと揃ってのBBQパーティーを行った。
    前日の5月4日昼過ぎ、「BBQ組はもう既に買い出しは済んでいるだろう」と高をくくって精肉店に行ったのだが、整理券をとると40分待ちだった。
 やはりというか、世間の小市民は同じように発想するらしい。
    結局、子や孫が祖父ちゃんたちを喜ばせてくれた日、まるで「敬老の日」となった。

    我ながら、なんという俗物だと反省しつつ、これでいい、これでいいと自分に言い聞かせた楽しい楽しい子どもの日であった。


2026年5月5日火曜日

菖蒲の鉢巻き

    日本書紀の事実上最初の大王である「崇神天皇」の記録に大いに疫病に悩んだ記述があるから、何年か前のコロナの記憶と重ねると、見事に「歴史は繰り返す」という感慨を深くしている。歴史をバカにしてはいけない。
 そこを押さえたうえで、端午の節句を眺めると、そこにも「菖蒲イコール尚武」というようなレベルを超えた先人の知恵が感じられる。つまり、そもそも菖蒲の香りには生薬、漢方薬の効能が認められているから、この行事の一部には、経験医学とでも呼べそうな合理性がある。
 こうしてわが家では、毎年、端午の節句には菖蒲湯に入り、菖蒲で鉢巻をすることにしている。すなわち、菖蒲の鉢巻きは邪気を払い健康力を助けてくれるのである。

 ということで、先日スーパーで菖蒲を購入したのだが、それをカートの「傘立て」のところに立てて購入を続け、自宅に帰ってから「アッ、カートに置いたままだ!」と気がついた。
 菖蒲は、一般的な病には効果があるが、認知症は「所管外」であることに気がついた??? それとも去年の鉢巻きの効能が時効???
 電話をすると屋外のカート置き場にそのまま残っていたとのことなのでもう一度出かけた。
 
 年中行事やしきたりの類には非合理的なものが多い。自然科学や論理学が未成熟な時代にはやむを得ないことだった。だからといって、バッサバッサと切り捨ててしまう生活は味気ない。言い換えれば「人間味」が乏しくなる。
 息子や娘のファミリーには、超がつくほどの合理主義、論理主義を標榜している祖父ちゃんが年中行事を大事にするのが不思議なようだが。この気持ち、わかってくれるかな。

    今日は端午の節句、まだの方は菖蒲を買ってきて、菖蒲湯に入って鉢巻をしよう!