2026年7月28日火曜日

堺小学水泳歌

    「若い頃、好きな季節は夏だった」と川柳を一句捻ってみたが、昨今の殺人的な酷暑ではそれらは遠い思い出になってしまった。
 思い出ついでに『堺小学水泳歌』のことを書こうとネットを検索してみると、古い私のブログが出てきた。これでは参考にもならない。
 そこで、思い出の前にその歌詞を書いておく。

 🔳 堺小学水泳歌(大正2年制定)

八重の荒波蹴破りて  南洋呂宋(るそん)に国の名を
あげて帰りし英雄の  血潮湧き立つあゝ我等
海に鍛え(来たれ?)や泳げよや  我等の友はちぬの海

玉なす汗は滝のごと  五体も溶くる暑き日に
寄する波間をかきわけて  石津 浜寺 大津の洲
静かに見つゝ歌ひつゝ  泳ぎゆくこそあゝ愉快

我に鍛へし腕はあり  我に練りたる脚はあり
狂瀾怒涛荒れは荒れ  何の恐るゝことあらん
よき道場よ慣れし身の  我茅渟の健児国

海は天与の大宝庫  水産業に海運に
利用の道は数多し  海に親しみ海に慣れ
海を恐れず国富(くにとみ)の  増進図れ我健児

競争激しき今の世は  身の健康が第一ぞ
暑さにやけて日に焦げて  鬼と見まかふまで泳ぎ
海を領(りょう)せよかくてこそ 末(すえ)頼まれるあゝ健児 

 これは『堺人第2号』に投稿した。
 昭和32年33年頃、臨海工業地帯造成のため大浜海水浴場が閉鎖される前年まで、英彰小学校では学校から水着姿で並んで、先生の打ち鳴らす大太鼓に声を揃えて大浜海水浴場まで行進した。
 そんな記憶をお持ちの方は70代後半80歳以上の方々となるので、ただただ記録のためにアップしておくが、音痴な上に記憶も定かでないことを断っておく。



 

2026年7月27日月曜日

NHK先輩のハッとする指摘

    25日の朝日新聞『テレビ時評』に元NHKアナウンサーの山根基世さん、「さすがタイパの時代の首相だ」 で始まって、「どんな議論がなされたのか、録画しておいたNHKの国会中継を見た」ところ、「ハッとするのは立憲民主党や共産党・・の鋭い質問に・・実にスリリングで見入った」と。
 山根さんは言う、「でもこれだけの時間をかけて議論を聞ける人はどれだけいるだろう」。結局、定時のニュースで与党側の説明や答弁がサッと触れられるだけでいいのか、もう少し議論の焦点をダイジェストした番組もあっていいのでは? NHKには誰からも干渉されない編集の自由があるのだから、との提起には後輩たちへの熱い期待が感じられる短文だった。
 世論形勢にSNSの情報が大きな力を持つ時代。新聞を含めオールドメディア内のジャーナリストよガンバレ!

2026年7月26日日曜日

データセンターに注意

    データセンター(DC)については5月24日に『AIとDC』というタイトルで書いたが、大量の電力消費、排熱、低周波や空調に伴う騒音、振動、地下水、排気ガス、危険物の大量保管など環境に大きな問題があるにもかかわらず、現状ではほとんど法規制もないので、「何か大きなビルか倉庫でも建つのかな」などと思っているとエライことになる。

 先行した京阪奈学研都市では大問題になったので、精華町では新規参入はストップしたが、それでも2施設が稼働、2施設が建設中になっている。
 精華町がストップしたためか、京都府では八幡市、京田辺市、舞鶴市で着工又は計画が進んでいる。
 また京都府は住民運動の力が強いからか、大阪府下では着々と増え続けている。

 京都府でいうと、受電容量(消費電力の最大値)は計画中のものを含めて614メガワットに上り、年間消費電力は、京都府の一般家庭全世帯分に匹敵する。
 その莫大な熱を排出する冷却設備は24時間365日稼働するし、非常用発電機は常に点検運転してそなえている。
 5月に書いたが、非常用発電機の点検運転でものすごい音と振動、そしてガス(臭気)が発生したので、周辺住民は「工場爆発か?」と大騒ぎになった。
 明日はあなたの街で起こるかもしれない問題だから、関心を研ぎ澄ましておく必要がありそうだ。

2026年7月25日土曜日

夏まつり

    大阪の夏祭は愛染さんに始まって住吉さんに終わるといわれている。
 今日は昨日書いたとおり天満の天神祭の本宮である。
 一般に、農村の祭は基本的に秋祭で、収穫の感謝をして来年の豊作をお願いするものだといわれている。一方都会の祭の多くは夏祭で、疫病除けが多いと。異論はない。
 あえて秋祭と夏祭を分けて論じる必要もないかもしれないが、コロナ騒ぎを思い起こしても、人知を超える不幸(災難)に神の力を期待する心は解る。
 では、どのようにして神に力を発揮してもらうのかというと、一言でいうと「接待」で、多くの人間が喜ぶようなことを賑やかに「もてなす」のだろう。
 祭の中の祭と言われ、賀茂の祭(葵祭)の先輩にあたるのが奈良の春日若宮御祭だが、それは貴族社会に由来しているためか古典芸能の大会のようだが、どうも大阪の庶民の祭の環境の中で育った身としては、おとなしく見えてしまい、布団太鼓やダンジリの音が懐かしい。
 私は現在、いわゆるニュータウンに住んでいるが、以前は盆踊りや屋台を手作りした夏祭に走り回ったものだ。それが転居したり、人口の高齢化があり、コロナ禍があったり、殺人的な猛暑のため、多くの街で秋祭にしたり、規模が縮小されている。
 そんなもので今夜はテレビで天神祭に参加しようと思っている。
 船渡御ほど有名ではないが、傘踊りもいいものだ。

2026年7月24日金曜日

天神祭の伝統の一側面

    天神祭。今日は宵宮、明日は本宮なもので、625日に書いた記事を復習する。
 発端は、613日早朝の『ラジオ深夜便』で、大阪天満宮文化研究所所長の天神祭などに関するインタビューが再放送され、次の話に「えッ知らんかった」と思ったことだった。
 その昔、天神祭には御神輿が2基出て、もちろん第1の御神輿には天神様(菅原道真)を乗せ、そしてその後ろの御神輿には「無実の罪で追われ恨みを抱える天神様(菅原道真)が荒ぶった際におさえるために天台座主「法性坊(ほうしょうぼう)尊意」を乗せていた」という話で、浅学の私には聞き始めのことだった。
 法性坊尊意は道真の仏教学の師であり、大旱魃に雨を降らせたり、平将門の乱の折には将門を調伏した実力者であった。故に実は大天狗だとも言われていた「法力(ほうりき)」の僧だった。
 「伝統」という言葉を使って語るならこれが「伝統」でよいのだが、問題は明治の神仏分離、廃仏毀釈が天神祭にまで及んできたことだ。「神様が坊さんに守られるとは・・」ということだろう。国家神道というものである。
 そこで御神輿の法性坊尊意はレッドカード即退場となり、日本書紀に登場する相撲の神様「野見宿禰(のみのすくね)」に交代し、さらには神輿を増やして、日本神話の力持ちの神様「手力雄命(たぢからおのみこと)」も加わって現在に至っている。
 如何にも明治らしい、「法力」よりも「腕力(わんりょく)」の時代を表している。
 先日は国会で「男系男子の歴史は2600年の伝統」と宣うた与党重鎮がいたが、「伝統」という言葉には気をつける必要がある。神話にしても、せめて平田篤胤が「天皇の御大祖は女神」と断じていることぐらいは勉強しておいた方がよい。
 こうして天神祭も、普通には949年頃からの古い伝統のように思ってしまうが、真実はたかが明治の神仏分離令以降のスタイルを見ているという部分もある。
 (写真は、加藤義明さんの切り絵「催太鼓」)

 先日国会で日本共産党塩川鉄也衆議院議員の「なぜ女性は天皇になれないのか」という質問に、木原官房長官が答弁不能になったが、なにがなんでも「明治憲法による」とは言えないので口を濁した訳である。
 『虎に翼』の台詞のとおり、戦前の民法は「既婚の女子は無能力者」であったし、実際、右寄りの人々は現皇后にも「男子を産め」と攻め立ててきたのではないかと想像するが、我われはほんとうの伝統とニセの伝統を見分ける必要がある。
 仮に愛子さんが男子を産んでもその男子は天皇になれないが、南北朝時代に分かれた現天皇と38親等離れた「宮家」に男子が生まれれば天皇になるという理屈。常識も良識も超えている。
 *縄文に天皇がいたというニセ情報*

2026年7月23日木曜日

受粉貢献度

    近ごろ庭に新種の真っ黒なクマバチが登場したことは以前に書いた。
 それはタイワンタケクマバチで、輸入した竹材などにくっついて入ってきた新参者で、国立環境研究所の「侵入生物データベース」にも載せられている。早い話が駆除対象のハチである。
 だいたいが、昆虫世界も人類とよく似ていて、在来の日本種は若干ひ弱で、新参の外来種はどうも逞しく見える。
 ただ昆虫については「ひ弱」と言ってはみたが、日本人の異常な潔癖主義もあり、在来の蝶も蜂も、日本人が徹底的に排除してきたからということもある。その間隙を縫って外来種が元気に見えるのかも。
 このタイワンタケクマバチ、在来のキムネクマバチからすると見栄えは良くない。その大きさからも何となく好きになれない。
 ところが、先に述べたように元々の蝶や蜜蜂が少なくなったので、家庭菜園のキュウリの受粉では絶大な貢献をしてくれている。
 写真はキンカンの花だが同じこと。
 有益な野菜や花に対しての貢献度は非常に高い。
 外来種の問題はよくよく知っているつもりだが、「怖そうだ」「駆除だ」でよいものかどうか。 
 そもそもはミツバチ科なのだから、近頃はタイワンタケクマバチの飛翔を楽しんでいる。

2026年7月22日水曜日

表現の自由

    悪法が成立してからこんな文章を書くという自身の「体たらく」を恥じつつ、後々のために思うところを書き残しておきたい。 
 日本の国旗損壊処罰法案について、参院内閣委員会は14日、参考人から意見を聴取したが、その中で、中央大学法学部の橋本基弘教授(憲法)(副学長)は、「近代国家のイロハのイとも言える罪刑法定主義を全く満たしていない」と指摘した。
 法案が「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で「公然と国旗を損壊」した場合を処罰対象としている点について、極めて主観的であいまいだとし、「後出しジャンケン的な解釈による適用を許すような刑罰法規は、法の支配の否定を意味する」との見解を示した。
 また、国旗は国家の象徴であり、それを損壊する行為は「国家への最も強力な抗議のメッセージ」の手段になるとし、これらの行為を処罰することは「国家や政府に対する最も強力な批判を禁止することを意味する」と訴えた。

 私が遅まきながら「なるほど」と気がつき、もっと早く気がつくべきだったと反省したのはこの最後段の指摘である。仮にも『国旗を焼く意図』というのがあったとして、それは政府に対する批判であり、民主主義にとってみると根幹的な表現の自由である。
 政府・政策を批判するのが表現の自由の主目的であるから、それを容認しないのは独裁国家である。「国旗毀損」と言いながら、結局は政府批判を取り締まるという危険性の方が遥かに大きい。
 ちなみに1989年 米国最高裁判事 アンソニー・ケネディの言らしいが、「国旗が守っている自由の中には、その国旗を軽蔑する自由も含まれている。」というのにはアメリカの民主主義の根性を感じる。

 付言すると、スポーツの国際大会等で日の丸が掲揚されるのに嫌悪する人は少ないとは思うが、同時に、人の感情はそれほど単純ではないということも理解しておくことが「大人」の理性である。
 例えば、夏の夜の花火は一般的には美しく好ましい。しかし、東京大空襲を経験された半藤一利さん、その妻で漱石の孫でもあって長岡大空襲を経験された半藤茉莉子さんは「花火は嫌いだ」と綴っておられる。
 この法案は、例えてみれば、「みんな花火は美しいと言っているのだから花火は嫌いだなどと言うな」に通じる。
 国の権力者であっても、象徴であっても、国歌や国旗であっても、それを軽蔑したり毀損する自由こそもっとも大切な、根幹的な表現の自由なのだ。

2026年7月21日火曜日

クマゼミしぐれ

    わが家のモチノキがクマゼミの集会所になっている。抜け殻もいっぱいついているし、目の前で、スマホを近づけても鳴き続けている。
 早朝から鳴きだすクマゼミは昼前には嘘のようにピタッと鳴き止む。
 ラジオで某タレント?が「クマゼミなど聞いたことがない」と言っていたが、大都会の「マンションから地下鉄」みたいだとそうかもしれないし、それよりも昼頃から動き出して専ら夜に働く皆さんとは生活時計が合わないのではないか。
 私の経験では、都会といっても大阪市内の古い児童公園にはセミがいっぱいで、自然が豊かといわれる郊外よりも蝉しぐれはすごいと思っている。

 蝉という漢字の音読みは「セン」で、クマゼミの「センセンセンセン」という鳴き声が語源という説もある。「シャンシャンシャンシャン」と聞こえるがどうだろう。
 ただ、翻訳機能で現代中国語(簡体)(繁体)を聴いてもクマゼミの感じはなかったし、広東語もさらに遠かった。もしかすると古い発音、あるいはセミの多い南部のなまりかも? で、この説は「文献にあった」程度の理解としておこう。

2026年7月20日月曜日

ナフサ不足の影響

    トランプがイランに戦争を仕掛けたのがきっかけで「ホルムズ海峡封鎖」が起こり、石油自給率ほぼ0%の日本の我われ庶民は困っている。
 高市内閣は民政については全く無能というか、ひたすらトランプのご機嫌を損なわぬよう「無策」を続け、それでも実体経済は、例えばナフサ不足によって価格高騰を産んでいる。
 すると「それは目詰まりだ!」と、どこかに犯人がいるかのような詭弁を弄して、この、まるで詐欺犯人のような問題すり替えは非常に恐ろしい。

 さて、退職者会の消耗品として『クリアホルダー』を100数十枚購入することになったので、1円でも安く買おうとネットを探したが、ナフサ不足はここにまで及んできて、先週まであった値段がなくなり、全体に値上がりがはっきりしてきた。『ナフサ不足、ここまで来たか!』というのが実感で、結局、某百均が一番安く感じられたので購入に走り、朝一番にその棚をほゞ空にした。

 ラベルシールの最安値はネットで購入した。AMAZONの送料無料で上手くいった。
 ただ、パソコンとプリンターの色彩の調整は上手くいかず、というのも苦心の上でほぼ完成させた図を保管忘れ、再現しようとしても上手くいかず、休日労働は早朝から夜の10時まで要した。
 心地よい疲労感を感じつつこの記事を書いている。は~~~


2026年7月19日日曜日

大阪市を廃止する都構想

    少しざっくばらんに語らせていただくと、昔から古臭い大阪府議会議員や知事からは「なんで大阪市議会議員や大阪市長のほうが報酬が高いねん」という大きな不満があった。(これはほんとうのことだった)
 もうひとつ、長年の大阪経済のジリ貧の一方、東京の発展に対する強烈な劣等感が府議会等で大きくなり、実質は別にしても、表看板だけでも東京に並ぶ大阪都という名前がほしいという声が大阪経済の衰退と反比例して知事周辺で大きくなった。
 ただ、その程度の話ながら・・・、その程度のことだけに、そのボンヤリした「スローガン」は大阪庶民の閉塞感に幻の夢を与えたことも事実である。

    実際には、維新の府市政では、老朽化した上下水道や排水ポンプの更新が遅れ、道路陥没やマンホールからの汚水噴出などが相次いでいる。
 今年3月には地下に埋設された巨大な下水道管が地上へせり上がり、一時は高架の新御堂筋に接触しかねない事態になり、幹線道路が通行止めになるなど大きな混乱が起きた。
 6月の大雨では生野区でマンホールのふたが吹き飛び、下水が噴き出す事故も発生した。
 大阪市では法定耐用年数を超えた水道管が全体の約51%に達しており、全国平均を大きく上回る老朽化が進んでいるというのに・・・。
それでも吉村知事的には大阪市の財布を自分の手に入れてカジノ(IR)を作りたい。そのためには、政令指定都市である大阪市という権限がなくなってもよいと言っている。
少しでも政治や地方自治を知っているものからすると、政令指定都市という権限で仕事を思い通りにしたいと考えるもので、それを半人前以下の自治体?の「区」に格下げして住民が得することなど何もない。
はっきり言うが、大阪市を廃止して幾つかの区にして市民の暮らしが良くなるなど詐欺師の話である。

2026年7月18日土曜日

朝日記者定年退職

7
16日の朝日新聞に「阪神支局襲撃事件の目撃者である社員が定年退職」という記事が掲載され「未解決のまま去るのは残念」とあった。
今年の52日に「明日は53日」という記事で「198753日を思い起こそう」と書いたが、それは、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害された『赤報隊事件』のひとつである。当時、統一協会の霊感商法批判キャンペーンを展開していた朝日新聞が襲撃されたのだった。
その当時、統一協会はいろんな関連団体を通じて、殺傷能力のある空気散弾銃を大量に輸入し、全国で銃砲店や射撃場を経営し、「特殊部隊」=軍事組織を組織していたといわれていた。
その3日後の56日午前、朝日新聞東京本社に散弾銃の使用済み薬莢2個と脅迫状が届き、そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」と書かれていた。
薬莢は、凶器の具体的な報道がされていないにもかかわらず、銃撃に使用されたのと同じレミントン社製で、口径も大きさも同じサイズのものだった。
 赤報隊事件はその後も続き、警視庁は国会議員である有田芳生に「オウムの次は統一協会をやる」と明かしていたがそれは実現しなかった。その理由を2005年に引退した幹部は有田に「政治の力ですよ」と答えたが、そうであるならば、当時、朝日新聞と統一協会は有力者を通じてどこかで手を打ったのではないかと想像される。
 だからこの16日の記事でも、統一教会のとの字も、赤報隊のせの字も出ていないのではないか。
 事実とは遠いネット情報社会も困ったものだが、その遠因にはオールドメディアの姿勢も大いに問題があったような気がする。
 皇室典範改正問題でいえば、一番の原動力は統一協会の主張であった。
 韓国ファーストで北朝鮮ともつながる統一協会がなぜそこまで男系男子にこだわるのかは常識が及ばないが、反共右翼の強固な野合と考えれば理解も広がる。
 「政治の力というと自民党はもちろんだが、民社党・同盟から連合につながる富士政治大学校なども一翼を担っているから、国民民主党や中道の「賛成」もナルホドだ。
 そういう闇の勢力と密接につながっていると思われる高市早苗氏が総理大臣である怖さ。
  有田芳生著『誰も書かなかった統一教会』を一読されることをお勧めする。最寄りの書店になければ、アマゾンや楽天ですぐに購入できる。 

2026年7月17日金曜日

スマホで翻訳

    大仏殿の「柱の穴くぐり」のところで外国人観光客に、身振り手振りで「せっかくだから挑戦しなさい」と勧めていると、その人がスマホを差し出した。

 スマホの音声翻訳機能で「これにはどういう意味がありますか?」と表示があったので、「この穴は大仏様の鼻の穴と同じ大きさです」「穴をくぐり抜けると幸運がやってくるでしょう」と日本語で答えた。
 その結果その人は鼻の穴に大いに触発されて挑戦して、大いに喜んでお礼を言われた。

 もう日本語だけで国際交流が可能になった。AI的な機能は補助的には大いに利用したら良い。
 10何年前のことだろうか、学術研究都市のとある勉強会でこの種の翻訳機の話を聞いたことがあるが、スムーズな会話のためには辞書機能が十分でなく、鋭意入力中であった。またその当時は、会話翻訳機とでもいうような端末機を前提にしていた。
 それがデータバンクやクラウドシステムのおかげで、普通のスマホで実際に会話ができるのだから、確かに「恐れ入りました」。

 亡くなった義父は歳をとってから英会話の勉強を始め、電車内などで外国人を見つけるととりあえず会話をするのが趣味だった。
 私はその姿勢の足下にも及ばないが、身振り手振りで国際貢献の隅を齧っている。
  写真は孫の凜ちゃんが小さかったときのもの。

2026年7月16日木曜日

ミストシャワー

    [「熱中症対策のためには躊躇なくシェルターに逃げ込むよう」にと
テレビが言っている。クーリングシェルターという。 
 そんな折、奈良公園を通ったら、東大寺南大門東の「春日野園地」に鹿用のクーリングシェルター(ミストシャワー)が設けられていたので「さすが奈良公園だ」と感心して帰ってきた。
 日本広しと言えども鹿のためのミストシャワーは奈良ぐらいだろう。ほほえましい光景だった。

 ただ、帰ってから「チョッと待てよ?? あれはほんとうに鹿用だったのか?」と考え直すと、他の場所のミストシャワーは観光客のメインストリートに設置されているし、よくよく考えると、観光客用に設置されたミストシャワーを鹿たちがちゃっかり戴いているというのが正解のように考え直した。
 でもそれでいい。人間様はハンディ扇風機を持っているが、鹿には持つ手がない。

2026年7月15日水曜日

男系男子

    6月19日の『孫の小説』で「私は中学生時代『青い山脈』など石坂洋次郎を読んでいた」と書いたが、先日、義娘(嫁)が出演しているミニコンサートで『〽青い山脈』が演奏されたので、私も音楽療法の対象者になったような複雑な気分になった。何となく「高齢者は懐かしいでしょ」と決めつけられているような・・・
 歌は世につれ・・でもあるから正確には1949年発表の『〽青い山脈』は、ほんのチョットだけ私には古く(懐メロ感?を)感じた。「音楽と世代」というのはそれくらい微妙な時代性を持っているが、原作である小説のプンプンした戦後新時代の匂いはわが世代でも古臭くはなかった。
 封建主義の「上着」を身にまとったオヤジどもの軍国主義の時代が終わって、いざ民主主義の時代へとはいうものの、オヤジ世代は何も変わらない中、女学生と女性教師が堂々と立ち向かう青春小説は痛快だった。 

 さて、国会での皇室典範議論を見ていると、ナント時代は大きく逆戻りをしていると感じたがどうだろう。
 与党議員が「男系男子は2600年の伝統だ」と堂々と国会で発言したが、西暦(前)600年は縄文時代であり弥生文化はまだ萌芽でしかないから、この人の頭はどうなっているのだろう。そこまで神話時代を「歴史時代」だというなら、アマテラスは女神ではないのだろうか。
 「男女交際は不純だ」と言った青い山脈のオヤジ世代と全く変わらない。
 その男尊女卑思想はつい最近でも、「男の子を産まない嫁は嫁失格」みたいな悪口を女性に投げかけ、多くの女性の心を傷つけてきたのではないか。

 もうエエカゲンに克服しないとこの社会は窒息する。
 こうして典範改正に賛成した政党と議員をよく覚えておくことだ。