2026年9月28日月曜日

まるで敬老の日

    われわれ夫婦がホストになってのパーティーだったのだが、子と孫が楽しく集まってくれて、われわれが、まるで敬老の日のゲストのようだった。
 
 毎年の鏡開きの菰樽は少し小さかったので、今年は少しだけ大きな「宝箱」にした(これ以上大きくすると持ち運びが困難)。二人の孫は祖父ちゃんのためにお世辞も含めて「宝箱発掘」を喜んでくれた。

 宝箱開きに続いて、3家族がそれぞれ乾杯の音頭をとった。
 祖父ちゃんは『乾杯の歌』のさわりの部分を歌って、ヘイ! カンパ~イ! とやった。みんな上手く カンパ~イ!と唱和してくれた。
 この歌は一般的にはドイツ民謡と言われているが実はアメリカの大学の校歌というのが元らしい。
 〽若き春の日のために・・などと早口言葉のような訳詞が面白い。

    孫の夏ちゃんに「この歌どう?」と聞くと、「古臭いところが好い」と言ってくれた。そうだろう、先だっての夏ちゃんの合唱発表会では、聞いたことのない新しい歌ばかりで、しかもテンポの速いものばかりだった。世間的には以前から流行っていた歌というのだが・・
 あの感じでいうと、夏ちゃんの印象は、「戦後」と言われていた時代に、われわれがポップやロックに慣れていた頃、民謡調の歌謡曲に抱いた感覚と同じなのだろう。

 〽 飲めや 歌え みそなはす神のために
   飲めや 歌え 愛のために

2026年9月27日日曜日

シートベルト

    3か月前、非常に珍しく妻とプチ遠出をしたとき、自動車専用道路の入口で交通取締りに遭遇したが、どういうわけか大きな旗を目の前で振られた。
 スピードのオーバーもないし無理な車線変更もしていないから「交通安全運動のPRか」と思って「なんですか?」と尋ねると、後部座席の妻がシートベルトをしていないから道交法違反だと・・。いったい何処で見張っていたのか?
 切られた切符(告知票)をあとで見ると、同乗者も含むシートベルト摘発の特別週間のようであった。

 長い経験では数回スピード違反で捕まったことがあったが、それらすべては、車線変更禁止の追い越し車線で煽られて「早く一般区間に戻ろう」と思ってスピードを出したケースばかりだったから、あれは絶対にサクラというか、オトリというか、出来レースにひっかけられたと思っているが、今回のシートベルトにはその種の不思議はない。
 結果、その後は買い物に行くときでもシートベルトを確認するようになったから、客観的に見て「よい指導だった」と思う。
 でも、切符までは切らなくてもいいんじゃないか!
 そして3か月。何の違反もしていないから、罰金も反則金もパーになった。
 まあ今回のは「よい指導だった」としておこう。

 そのときは、行き先のコースがもひとつ判り難かったのでそれを尋ねたら、実に詳しく判りやすく教えてくれた。コースガイド料だと妻と笑いあった。

2026年9月26日土曜日

献花

    25日の『薄月夜』に書いたとおり、旧友の偲ぶ会に参加してきた。
 多くの献辞があった。どれも素晴らしかった。写真の向こうの旧友自身も、そして献辞のスピーカーもみんな立派だった。
 終始目を瞑ってあれこれを思い出した。
 善人薄命なのだろうか。

エアごあいさつ

     
9月22日に内閣広報官の公式Xアカウント《内閣広報官(色々投稿試し中)》が、《高市総理は米国ニューヨークに到着しました》と投稿した。
 「写真は、機内から出てきて右手を高々と上げる高市首相を、背後から撮影したものだ。 
 時刻は深夜のため、出迎えも外務省関係者など5、6名だったようで、そのため、写真にはタラップ下で待機する日本側の関係者はもちろん、空港スタッフさえも写っていない。 
 深夜のことだから、この場で特段の歓迎行事のないことは問題ない。問題は、高市首相のわざとらしいポーズである。
 お抱え?のメディアのカメラマンたちが正面から撮ったものは、きっと、「盛大な?米国関係者に対して挨拶と謝意を表す高市首相」に見えることだろう。
 それを質の悪い誇大広告、つまりはイメージの作為的な誘導と見るのは考え過ぎだろうか。

    以前に京都は岩倉の実相院門跡に行ったことを思い出した。
 広告のポスターは見事な「床もみじ」であった。実際に素晴らしい一枚の絵画であった。
 だから、その庭園は左右に素晴らしい紅葉が広がっているように思われ、せっかくだからと縁側まで進んでみた。すると木々の後ろにはコンクリート製の施設が見えていて、進み出たことを後悔した。
 絵画のような床紅葉も事実であるし、隣の施設も事実である。床紅葉を見てさらに広がる庭園を想像したのが悪いと言えば悪かった。人間の想像力、イマジネーションというのは影響されやすい。つまりは誘導もされやすい。
 この内閣にはどうもそういう不誠実さを感じるのは心配し過ぎだろうか。

2026年9月25日金曜日

薄月夜

    月に叢雲 花に風 / 今年の仲秋はいろいろ考えさせられる。
 漢詩の「花発多雨風 人生足別離」を「花ニ嵐ノタトヘモアルゾ サヨナラダケガ人生ダ」と訳したのは井伏鱒二。   明日は旧友の偲ぶ会だ。 

 夫婦のみ 月見団子はただふたつ

 もう月見団子は夫婦ひとつずつで満腹だ。
 関西のその形は「衣被(きぬかずき・小芋)を表している」とか「月に叢雲を表している」とか言われるが、さてどうだろう。
 貴重な餡子で小芋を真似るというのも疑問が湧くし、月に叢雲説は買いかぶりのような気もするし、え~い、二択なら後者としておこう。

 

 

一つ二つは旅人のために

    木守柿(こもりがき・きもりがき)。
 柿の実は全部を収穫せず幾つかを残しておく。それを木守柿という。
 辞書などでは、今年度の収穫の感謝と来年度の豊作の祈願とあったりするが、だいぶ以前、大和の先輩は、「一つ二つは旅人のために、さらに一つ二つはカラスのために」と教えてくれた。私は後者を気に入っている。

 今年は数も少なく、小さくて、傷も多い。
 猛暑のせいか、手入れのミスか、どちらでもあるのだろう。
 その不作の上にヒヨドリに相当提供した。先日書いたが、ヒヨドリの突いた後をメジロがやってきた。
 ということで、相当早いが全面的に収穫と剪定を行なった。この無茶が来年の不作を呼ぶかもしれないが・・・しょうがない。
 
 それでも4~5個の木守柿は残しておいた。旅人は来ないだろうから、ヒヨドリとメジロの為である。
 収穫作業中も何羽もメジロがやってきた。
 面白いのは「人間が何か農作業をやっている」「おこぼれがあるかも」とヤマガラまでやって来て、我が収穫作業を見学していたことだ。

 全国的には「クマ対策のために柿の木は伐採」が増えている。わが家では、クマ以前に体力が危うくなっている。
 今年はどうにか収穫を完了したが。
 

2026年9月24日木曜日

論戦と人格攻撃

    雑誌『女性自身』のネット記事が話題になっている。内容は・・
 「共産党の大門実紀史参院議員がXで、『第2次高市内閣の副大臣は27人もいるのに、今井絵理子さんだけが異常なバッシングを受けている。今井さんは障がい児支援に真剣に取り組んで来られたことも知らず(知ろうともせず)、相変わらず元アイドルという職業への偏見とジェンダーバイアスで人をたたく。高市内閣への批判は厳しく行なっても、個人の人格まで全否定するような攻撃はやめるべきです』というもの」。

 これに、自民党の元衆院議員で石破茂内閣時代に法相を務めた牧原秀樹氏が、大門氏の投稿内容を報じた記事を引用リポストし、「今井絵理子議員はご自身のお子様の障がいという明確な目的意識があって議員になって真摯に活動されてます。大門議員も本当に立派な方で多重債務の問題を一緒に取り組んだことがあります」などと綴った。

 そして大門氏が、「自民党政権と正面対決してきた日本共産党ですが、まれに一点で協力することがあります。今井絵理子さんとは聴覚障がい者支援の立法で、牧原秀樹さんとは2006年の貸金業法大改正(サラ金の高金利引き下げ等)で、どちらも意気に感じる取りくみでした。牧さん、ありがとうございます」と引用リポストした。 

 古くは、経済論戦の第一人者として、小泉純一郎元首相と竹中平蔵元経済財政政策担当相が推進した『構造改革』や、故・安倍晋三元首相のアベノミクスなどの新自由主義路線と正面から対決する論戦を展開したのが大門さん。

 潰瘍性大腸炎を患っていた安倍元首相を気遣ったこともあり、2015年3月には自身のSNSに、「2年前の予算委員会中に安倍さんが頻繁にトイレに行くので、理事会で民主党の理事が『安倍さんのトイレの回数を制限する』と言い出したことがありました。当時の参議院は野党が多数で理事会もそうでしたが、わたしが『ひとのトイレを制限するなど人権侵害だ』と反対したので決められませんでした。あとから自民党理事が涙をためてわたしのところにお礼を言いに来ました。激突する相手とはいえ、病を突くのはよくない」などと綴っていた。

 また大門氏は経済分野において、財務相を約8年9カ月務めた麻生太郎副総裁と国会で論戦を重ねたことでも知られるが、2016年5月の参院決算委員会で、『タックスヘイブン』を使った企業の課税逃れの仕組みを解説し、国税庁の対応を迫った大門氏に対して、麻生氏は「簡単な話を難しくしゃべるなら上手な人が多いが、難しい話を簡単にしゃべるというのはなかなか頭がいる。あらためて大門先生って頭がいい人なんだなと感心しながら聞いていました」と答弁している。

 以上、『女性自身』の記事の要旨だった。そして思った。主義主張は一歩も引かないが人格攻撃はしない共産党の参議院議員。
 一方、強い者(トランプ)には尾を振り、国際刑事裁判所赤根所長への不当な攻撃には断固として立ち向かえない首相。そしてそれらに追随するかのようなメディア・・・。
 写真は穂が出てきた紫蘇。今日はカンパチのお刺身を買ってきた。秋の夜長に良心的な『女性自身』のネット記事を見て少し気持ちがよい。

2026年9月23日水曜日

OAに置いてけぼり

    20日に書いたようにスマホ本体を交換した。
 そして我ながら情けないが、データの引継ぎを有料でしてもらった。
 何年か前にパソコンを買い替えたときにはすべて自分自身で行ったものだが、今回は気力が追いつかない。これからはこういうことが増えていくことだろう。
 ところが、引き継がれたデータの操作が微妙に変わっている。
 以前にあったアプリのマークが消えている。本人確認が必要だとの警告が出る。それらの対応が事案ごとに少しずつ異なる・・。
 時間はあるのだからあわてる必要はないのだが、元来がイラチだから上手く進まない。
 スマホで撮ったこんな画像一つをブログに取り込むのさえ難儀をした。
 妻は「無理をせず息子や娘にしてもらい」と言う。それが正解かもしれない。
 だんだん「仕組みは解らないが対処方法だけはわかる」ということが増えてきた。気分の悪いものだ。

2026年9月22日火曜日

彼岸花伸びる

    「彼岸花は何によって季節(彼岸)を知るか」?
 直前(9月初め)まで土の中であったので、多くの植物のような「日照時間」でないことは明らかだが、だとすると土中の温度だろう。
 ものの本では、春先に秋の花の準備をし、25~26度になるとその成長を停止し、秋に最低気温が20~25度ぐらいになると「秋の成長?」を再開するらしいが、私の感覚ではよくは解らない。
 実際、わが家のそれは20日現在、写真のとおりで、さて、23日の彼岸の中日にはどうなっていることだろう。
 今のところはまるでアスパラ。

2026年9月21日月曜日

日曜詩人

    日曜日だけちょっと詩人になる。
 といっても、ただ読んで感心しているだけ。

🔳 赤旗日曜版『読者の文芸』俳句 渡辺おさむ選
 介護バス秋風載せて母乗せて 北海道 伊藤やす (私はここまで達観できなかったなあ)

 生き生きと差配する祖父地蔵盆 京都府 仲野由美 (情景が目に浮かぶ。きっとただの会社人間ではなかっただろう)

🔳 朝日歌壇 川野里子選
 戦争が廊下の奥に立つならばぐっとにらんで教室に入(い)る つくば市 石上徳千代 (渡邊白泉の句への教師の返答)

   同 佐佐木幸綱選
 下の娘(こ)がひとりでミラノへ行くといふこなひだ生まれたばっかりなのに 横浜市 小林瑞枝 (いやはや子や孫の成長の早さよ。それに比べて・・)

   同 高野公彦選
 国際法我関せずと豪語するトラ遥拝し飽かぬ首相なり 一関市 奥山与惣美 (その媚びた姿勢には情けなくなる)

   同 永田和宏選
 父もいればと母言うけれど亡くならねば来られなかったドジャース戦 東京都 吉田尚史 (あまりの正答に礼)

 母にだけ威張っていられた父だから社会的には温厚だった つくば市 小林浦波 (はははは)

 副首都に手など挙げぬと言ひ放つ京都の矜持(きょうじ) ちょっといいなあ 名古屋市 浅井克宏 (それに比べれば大阪維新には品が感じられない)

2026年9月20日日曜日

負うた子に教えられ

    負うた子に教えられている。
 「教えてやらなければ」と思えるほど私が頼りなく見えてきたのだろう。
 「もっとスマホの料金を節約できる」というので息子に教わっているのだが、その前段で「バッテリーが少し膨らんでいる」というので、〇〇センターに電話をすると、交換してくれるということになった。予想外の展開だった。
 その後は、「大手のそれを解約して格安スマホに乗り換える」というのだが、とりあえずは、それは第2弾。
 みんな息子がアドバイスしてくれている。
 今までは、この種のことぐらい苦も無くチャレンジできていたが、この頃は対処する前に気分が億劫になってきた。これを歳というのだろう。
 ショップに「この料金の内訳は?」と尋ねても、もう一つ自分でもわからない。なんで自転車保険まで付いてるの??? 詐欺とは言わないが「年寄りの、絶好のカモ」だったかもしれない。
 ニュースでは、「なんでそんな話に騙されるの」という話をよく聞くが、他人事ではない。

2026年9月19日土曜日

爺バカの独り言

 
    孫の合唱発表会に行って感動して帰ってきた。
 ただそれだけの「爺バカ日誌」である。
 みんな真面目で明るく前向き。良い学校だと思えた。
 スピーチを考えてきた説明にユーモアも入れてきて、現代っ子は実に逞しい。
 祖父ちゃん祖母ちゃんも、月並みな言葉だけれど元気をもらった。
 この間まで退職者会の会議で疲れていたが気分を盛り返してきた。

2026年9月18日金曜日

オクラの花

    オクラの花は美しい。
 「野菜」という括りにしておくのはもったいない。
 なるほど「アオイ科」というから、タチアオイをイメージすれば観花植物でも立派に通る。
 「連作不可」とされているが、そこそこ連作にも耐えている。それどころか、昔は「葉巻虫(葉巻蛾の幼虫)」が大発生して、葉を含む全体としては見栄えが悪かったが、どういうわけか近頃は大発生も抑えられていて、いい感じである。
 難を言えば、実の成長が速いので、「そのうちに収穫を」と考えているうちに大きく固くなってしまう。
 一般的に「ネバネバは体に良い」と言われているから猛暑を乗り切れた理由の一つかもしれない。
 

2026年9月17日木曜日

柿にメジロ

    朝ドラ『ばけばけ』でヘブン先生が「うぐいす」を貰ったとき、テレビでは判りにくいものの鳥かごの中のそれは「めじろ」だったが、ドラマは淡々と「うぐいす」で進行していった。。
 一瞬、都会育ちのNHKの優秀なスタッフが間違えて「めじろ」を用意したのかと思ったが、まさか!・・テレビでは「めじろ」の方が「うぐいす」らしいから敢えてそうしたのだろうと現代風に解釈した。
 答は、ヘブン周辺の者は「うぐいす」だと信じて『「ホーホケキョ」と鳴かないなあ』と言い合っていたが、何回目かで、『これは「めじろ」だからいくら待っても「ホーホケキョ」とは鳴かない』と教えられてドラマは展開していった。スタッフを疑ってごめんなさい。
 昔から、「梅に鶯」という絵で実は「めじろ」というのはいくつもあるし、現代でも春には、「梅に鶯」とか「桜に鶯」だとかいって「めじろ」を撮った写真がたくさんSNSなどに登場する。
 実際「鶯餅」に似ているのは断然「めじろ」の方だからやむを得ない。

 近頃は「めじろ」が集団でやって来てわが家の柿を啄ばんでいる。けっこうな被害で、可愛さと天秤にかけて微妙に見守っているが、正確には「めじろ」は柿を啄ばむことはできず、ヒヨドリなどが突いてできた穴(傷口)を啄ばんでいるだけらしい。
 実際、冬にバードテーブルにミカンなどを吊るしたりしても、直接はなかなか啄ばむことはできず、少し袋を破ってやっておかないと食べないことが多い。
 『「めじろ」は害鳥ではない』というテキストも多いのには納得している。

2026年9月16日水曜日

彼岸花

    彼岸花(ヒガンバナ)の名は、当たり前だが、秋の彼岸の頃に突然花を咲かせることに由来する。しかし、球根に強い毒性のある有毒植物であるため、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、という説もある。オイオイオイ。
 別名の曼珠沙華(マンジュシャゲ)の名は、『法華経』に由来し、釈迦が法華経を説いた際、それを祝して天から降った花(四華)の1つが曼珠沙華であり、故に「天上の花」という意味もある。
 各地に固有の異名が多数派生しており、別名・地方名・方言は数百から1000種以上あると言われている。
 葬式花(そうしきばな)、墓花(はかばな)、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、火事花(かじばな)、蛇花(へびのはな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨て子花(すてごばな)、灯籠花(とうろうばな)、天蓋花などがその例で、不吉な別名が多く見られる。これらは有毒ゆえであろうか。加えて、開花時に葉がなく花と葉を同時に見られないため、葉見ず花見ず(はみずはなみず)の別称も有する。
 日本列島で繁殖しているヒガンバナは、自然の中で生まれた3倍体植物の代表的な種であり、一般に種子では子孫を残せない不稔性(いわゆる「種無し」)であるので、「中国で突然に生まれた3倍体のヒガンバナが、有史以前に人の手によって日本に持ち込まれ」人の手によって全国に広まったというのが定説だが、ホンマ?と思うほど不思議である。
 田圃の畔に植える→有毒のためミミズなどが繁殖しない→モグラやネズミなどが来ない→だから畔に植えて増やした→バンザイ?とか。
 
 その球根、水に晒して有毒成分のアルカロイドを除去し、救荒食として利用することもけっこうあったらしい。栃木県などでは、そのデンプンを用いて「ヒガンバナ餅を作る」との文章もある。試してみたい気もするが、彼岸にはまだ行きたくない。 

2026年9月15日火曜日

お喋り炸裂したい

    国際結婚をされているヤマザキマリさんの『ゆっくり急げ』という本の中に「お喋りエネルギーが炸裂」という話があり、「イタリアで最初に覚えたのは善いことでも悪いことでも胸中の思惑は言語化して表に出すということである」とあった。

 そういえば私が青年時代はイタリア共産党が善くも悪くも元気で、吉井清文先生のイタリア訪問記などで、「テレビは毎晩のニュースで、政治について与党はこう言った共産党はこう言ったと、毎晩共産党の映像が流れる」という話を聞いたし、「普通の街角で政治の話が交わされ、だから俺は与党だ、俺はこうこうで共産党だという会話が自然に起こっている」という話に、さすがイタリア共産党だと思ったりしたが、ヤマザキマリさんの本でいうと、それはそもそもイタリア人(文化)の絶対的な?特徴のようである。

 「イタリアの環境は、日本の『耐える、我慢する』といった美徳などとても受け入れてはくれないのである」「アジアやイスラム圏の国々でヒットしたテレビドラマ『おしん』がイタリアでは大不評だったのはわかりやすい」ともあった。

 こんなことを書いてみたのは、イタリアでは極右と言われている女性首相が堂々とトランプを批判している一方、この国では、国会にも記者会見にも顔を出して堂々と論戦することは嫌がり、「答えはSNSで言いますから」というような首相がいる現実。そして例えば沖縄を見ても、そういうアタマに習って匿名でフェイク、悪口を大量にまき散らす集団の行動がけっこうな結果を産んでいる現実に、少々気が滅入りかけていたからである。

2026年9月14日月曜日

紫式部

    ムラサキシキブ(学名: Callicarpa japonica)はシソ科ムラサキシキブ属の落葉低木。学名にあるように日本原産である。
 元々の名前ムラサキシキミが訛ったという説があるが、感情としてはその可憐な風情から源氏物語の作者「紫式部」にあやかったと思いたい。
 ネットではよく「この花は何ですか?」的に出てくるが、知らない人には珍しいというか、昨日までただの小さな雑木でしかなかったものが秋風に誘われて輝きだしたから注目したのだろう。だいたいが落葉低木であるから落葉中などは全くパッとしない。
 メジロやカワラヒワなど可愛い野鳥がやって来て啄ばむ姿は好もしいが、椋鳥が集団でやって来て騒ぎながら裸にするのは憎らしい。

2026年9月13日日曜日

難波津

    9
月9日に、「奈良時代の官僚たちは、難波津(なにわづ)にやってきた隋や新羅等の船の品物を、(貨幣代わりに)真綿をもって購入した」と書いたが、その「難波津」がどこにあったかというのには諸説ある。
 有力なその一は、現在の地名で「堀江」「難波」「三津寺(御津)」「湊町」として痕跡を残している辺り。
 その二は、考古遺物である5~6世紀の土師器・須恵器、韓式系土器が出土している高麗橋付近。
 その三は、天満橋付近。 その四は、上町台地の東側である。
 各時代の難波宮(なにわのみや)の大極殿が上町台地北端の法円坂周辺にあったことなども考慮すると、高麗橋付近が最も有力だと思われる。 そこは、当時は合流していた淀川、大和川の河口にあたり、遡れば平城京にも通じていた。
 私個人としては(夜の)ミナミに馴染んでいたし、堀江近くで勤務していたこともあり心情的には三津寺説に魅かれるが、公平に考えると高麗橋付近説の可能性が高いと考える。

 「難波の堀江」も河内湖の水を大阪湾に流す、上町台地の北端、現在の大川と考えられる。 
 推古18年(608)小野妹子とともにやってきた隋の裴世清は、瀬戸内海から難波津、堀江、河内湖、そして大和川を遡って飛鳥の小墾田宮に来たと考えられているし、書紀の仁徳天皇の説話では、皇后磐之媛は、仁徳の浮気に怒って、大阪湾から堀江、淀川、木津川を遡って大和の北部近くの筒城岡の宮に行ったとある。
 
 近頃は「大阪にカジノを造って儲けよう」というような品のない主張をするものがあるが、山根徳太郎先生ら先輩たちが、大都会のど真ん中に奇跡的に宮跡を残したというロマンの欠片ぐらいに思いを致してほしいものだ。
 9月9日の記事と本記事は小笠原好彦先生の講義や著書『難波京の風景』を参考にして記述した。

2026年9月12日土曜日

蒟蒻問答

    話かけても何も答えない和尚(六兵衛)を見て旅僧はこれは禅家荒行の無言の行であると勝手に勘違いし、ならばと身振り手振りで問いかける。 旅僧が両手の指を付けて小さな輪を作ると、六兵衛は腕も使って大きな輪を作り、それを見た旅僧は平伏する。 しからばと僧侶が10本の指を示すと、六兵衛は片手を突き出して5本の指を示し、再び僧侶は平伏する。 最後に僧侶が指を3本立てる様子を見せると、六兵衛は片目の下に指を置いたところ、そこで僧侶は恐れ入ったと逃げ出すように本堂を出た。

様子を見ていた八公が僧侶に尋ねたところ、旅僧曰く「途中から無言の行と気付き、こちらも無言でおたずねした。 『和尚の胸中は』と問えば『大海のごとし』。 では、『十方世界は』と問えば『五戒で保つ』と。 最後に『三尊の弥陀は』と問うたところ、『眼の下にあり』とのお答えでありました。 とても拙僧がおよぶ相手ではなかった」と語り、悄然と寺を立ち去った。

そして八公が本堂に行くと六兵衛が激怒していて、「あの坊主はふざけた奴だ、途中で俺が偽者でただの蒟蒻屋だと気付きやがった。 『お前ん所の蒟蒻は小さいだろう』とバカにしやがるんで、『こんなに大きいぞ』と返してやった。 野郎、『十丁でいくらだ』と聞くから『五百文』と答えたら、『三百文にまけろ』とぬかしやがったんで『あかんべぇ』をしてやった。

おなじみ『蒟蒻問答』のさわりだ。

現代版米国の八公「あの坊主(?)はふざけた奴だ。わが国南東部の湾をメキシコ湾だというからアメリカ湾だと言ってやった」「五大湖の一つをオンタリオ湖だというからアメリカ湖だと言ってやった」となると、蒟蒻問答どころか大国主義、帝国主義、覇権主義になる。

八公、「あの尼に、トランプ大統領の隣でぴょんぴょん跳ねて恥ずかしくないか?と言ってやったら、男性社会で生き抜く一番の武器は『媚びを売る』ことだと居直りやがった」。これじゃあ蒟蒻問答以前の思考回路だ。話芸も何も通じないわい。

2026年9月11日金曜日

風雨順時

    東大寺二月堂の修二会(お水取り)の大咒願(祈願文)の中に『風雨順時』というのがあるが、昨今の気候をめぐるニュースは、酷暑、渇水、台風経路、大雨、土砂災害、ネパールの惨事等々と続き、改めて『風雨順時』(雨も風も普通どおりに来てほしい)を祈願したくなる。
 昨今の気候災害は、一神教的にいえば、全能の神が人間に下した試練なのかもしれないが、そんな言葉遊びのような解釈よりも、神(自然界)を恐れぬ人間界の欲望追求の結果である環境破壊を直視すべきだろう。
 近畿では、この間までは水瓶(ダム)の渇水を心配していて、今は洪水を心配しているが、考えれば考えるほどホモ・サピエンスは弱っちいし勝手な生き物である。

2026年9月10日木曜日

フェノロサ

    先日NHKテレビの『英雄たちの選択』でアーネスト・フェノロサをみた。
 ストーリー自身には目新しいことは少なく、フェ~と思ったのは、ボストン美術館東洋部長であった時、助手のメアリーとの妻子を捨てての再婚が社交界でスキャンダルとなり、追放?されたことだったが、フェノロサの偉業の前にはそれはたいしたことはないと思われたが、実際はけっこう残酷な追放だったようだ。それはさておき・・

 それにしても、明治の神仏分離令(廃仏毀釈)はどれほど日本の宝を潰したことかと思うと、近頃やたらと明治と戦前を称賛する人士の、なんとも知恵の浅いことかと嘆きたくなる。
 11月3日はもともと明治天皇の誕生日であったことから天長節(昭和前半には明治節)であったのが、戦後は文化の日として同じ暦上の祝日になっていた。
 昨今それ(文化の日)を「明治の日」に改称しようという動きが自民党の右派や維新の党によって企まれている。
 国家神道であった時代を再興させ、その上で利権を貪ろうというのであろうか。
 フェノロサや岡倉天心が生きていたらなんと言って嘆くだろう。

2026年9月9日水曜日

真綿色した思い出

    〽真綿色した シクラメンほど 清(すが)しいものはない という歌の話でなく、真綿で思い出したことなのだが、小学生の頃、寒い冬、それならと上着の下(つまり背中)に母親が挟んでくれたのが真綿そのものであった。
 世の中全体が「戦後」であった時代だから、それは家族中でも祖母にだけ許される贅沢だったが、風邪気味のある日はそれが私に回ってきた。
 今にして思うとありがたい話だが、小学生にはそれが何となくあか抜けない、じじむさいことで嫌だったことを覚えている。

 さて、真綿とは蚕の繭から取れた綿だからある意味高級?なものだった。
 だから奈良時代には貨幣の代わりに使われたりもした。
 続日本紀神護景雲2年(768)10月24日条には、左右の大臣に各々2万屯の真綿が支給されているが、1屯=60文=現在の3千円とすると、6千万円ぐらいだろうか? (60文は6万円という説もある)
 その真綿でもって高級官僚たちは難波津で隋や新羅の珍しい品物を手に入れていたが、その難波津がどこにあったかは別途書いてみたい。

2026年9月8日火曜日

ネパールが補償を求める


    ネパールのカナル外相は、甚大な被害をもたらした土石流の遠因に気候変動があるとした上で、温室効果ガス排出量の上位3カ国である中国、アメリカ、インドに対し、援助ではなく「補償を求める」考えを示した。
カナル氏は、ネパールの同ガス排出量はごくわずかにもかかわらず、気候変動の「究極の代償を支払っている」と憤慨。中米印は、ネパールを含めその影響に脆弱(ぜいじゃく)な国々に補償する「歴史的責任がある」と述べ、財務省が「気候補償請求書」を正式に送付したと明らかにした。
以上のニュースを聴いて、なるほど! 当然だ! と思ったが、はてさて日本は? と思って調べてみると、 中、米、印 に続いて4位がロシア、そして5位が日本だった。(2025年度のCO2排出量)
ついでに人口比(一人当たり)の排出量を計算してみると、なんとインドや中国を抜いて、アメリカ、ロシアに次いで第3位になるのに驚いた。そして、そういう事実を知っていなかった(私だけ?)という現実が恐ろしかった。先ずは事実を知らいことには始まらない。単純に「ネパールは可哀そうだ」では済まない。

ただ、この種の統計には出てきていないが、戦争程CO2排出と環境破壊をもたらしているものはないという事実の認識も大変重要だ。。

※ 全世界の国々を調べたわけでもないので他に一人当たり排出量の多い国があるかもしれない。

2026年9月7日月曜日

桔梗

    6日(日)久しぶりに猛暑でなくなったので近くのショッピングモールまで散歩をした。
 数年前までは早朝に散歩していたコースだが、猛暑の巣ごもりの内に体力がガクンと落ちていて、なんとなく疲れた。うしろから来たはるかに高齢と思われる女性に見事に追い抜かれ、ショックを受けた。
 秋雨前線の北側に入ったため、天気は悪いがどことなく秋の気配。セミはツクツクホウシになり、道端の花はキキョウが目立った。
 小さい頃父親がキキョウを植えていたこともありキキョウは大好きな花であるが、これまで何回も植えては枯らしてしまい、もう植えるのは止めにしている。
 次の季節を楽しみに生きるというよりも、今の季節から逃げていきたいと思う毎日である。 

2026年9月6日日曜日

今日の日はさようなら

    9月4日付朝日新聞の『天声人語』の出だしは、「この夏のヒット作といえば、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』だ・・」だったが、「ちいかわ」というのもこの映画のことも何も知らない。
 その後の天声人語の文章を摘むと、「物語に深みを与えているのが、劇中で歌われる『今日の日はさようなら』だ。」・・と続き、作詞・作曲した金子詔一さんは当時(1966)24歳で、・・昨年83歳で亡くなった。・・彼はその歌を「臆病な柔(やわ)な戦争反対論者が、岩陰からそっと口ずさんだメロディー」と呼んだ。歌詞を改めて口ずさむ。永遠を、考える。〈信じあう よろこびを 大切にしよう〉と天声人語は結ばれていた。

 いわゆる1970年代の運動の時代にはよく歌った(本田路津子だった)し、仕事で「名ばかり管理職」になったときなどは、送別会などで合唱をした。これは名ばかり管理職の職権というパワハラ?
 その後、退職者会のパーティーの「お開き」にも、ほゞ毎回合唱した。
 作者は亡くなっても歌は残る。いいなあ。

  今日の日はさようなら
  作詞・作曲       金子 詔一  
           
  いつまでも絶えることなく 友だちでいよう
  明日の日を夢見て 希望の道を

      空を飛ぶ鳥のように 自由に生きる
  今日の日はさようなら また会う日まで

  信じあうよろこびを 大切にしよう
  今日の日はさようなら また会う日まで
   また会う日まで ・・・・・







 
  

2026年9月5日土曜日

転職のススメ

    ボンヤリとだがテレビCMを視ていると、日本経済などの現状が何となく伝わってくることがある。「あの業種のCMは近頃視なくなったなあ」というように。 
 そんなに大層に分析しながら視ているわけではないが、近頃やたらに目につくのが『転職』の斡旋のようなCMであり、「君には本来もっと高い能力がある」「君の不満はそれを判っていない今の職場だ」「君の能力を判ってくれる会社はあるし、それに見合う評価(労働条件)をしてくれる会社に早く転職すれば未来は開けるぞ」というのがCMのコンセプトのようだ。

 〽サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ! なんて終身雇用、年功序列、厚い厚生施設、好きか嫌いかは別にしての社員旅行みたいな時代は歴史書の奥にしまい込まされたようだ。
 そんな昔話を懐かしむつもりはないが、その「バラ色の転職」の論理に欠けているのは、「職場や労働条件の不満は仲間同士が力を合わせて改善しよう」という精神である。
 労働法(労働三権)を大切にすることで民主主義は生きる!という日本国憲法にも謳われている理屈である。

 先の「転職のススメ」でいえば、世の中には「君の能力を評価し相応しい評価(労働条件)をしてくれる会社は無数にある」のが前提だが、ほんとうにそうだろうか。
 不満があれば転職を繰り返せば人生は限りなくグレードアップしていくのだろうか。
 転職ループから一旦はみ出した先には非正規不安定雇用しかないのではないか。
 転職を一概に否定するものではないが、仕事の不満は労働組合に結集して改善を求めていくというのが本筋だろう。
 テレビを視ていてそんなことを思ったりしている。

2026年9月4日金曜日

難波橋は訴える

    大阪都構想とは、早い話が・・知事周辺が、大阪市の財源を大阪市から奪ってカジノなどに次ぎ込もうということだと思う
。
 そんなつまらん話に一定の支持があるのは、落ち目の大阪経済から見た東京への劣等感の裏返しだろうと私は思う。
 大阪の現実に目をつぶって偉ぶるのは口先番長だ。東京と大阪の経済基盤、東京の特別区と大阪の新しい区の財政規模は話にならん。悔しくても現実は現実だ。

 それでは金がなければ文化や歴史で勝負かというと、文楽も、「わっは上方」も、大阪フィルも、それらをことごとく衰弱させてきたのが維新の府市政であったのだから、ここに期待するのはオレオレ詐欺に騙される以下の「弱さ」だろう。
 だから、名前だけ「大阪〇〇区」と大阪を残しても、政令指定都市たる大阪市という地方自治体という実態はなくなるから、そんなものは偽装表示、早い話が詐欺師の常套手段。
 前回の住民投票の際の長谷川義文さんの別掲のポスター、どうか皆さん、拡散してほしい。

 ※ 難波橋(なにわばし)は、御堂筋以前には大阪市内を南北に貫くメイン道路であった堺筋の北浜で、大川(土佐堀川と堂島川)に架かる橋で、橋の真ん中で中の島に降りることもできる。
 元々はもう少し西に、704年に行基によって造られたと伝えられている。
 大正6年には橋の四隅に天岡均一によるライオン像(石像)が作られ、大阪市のシンボルの一つでもある。

2026年9月3日木曜日

韓鶴子に実刑判決

ソウル中央地裁は31日、 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の 韓鶴子ハンハクチャ 総裁に対し懲役2年の実刑判決を言い渡した。 検察などは計約105億ウォン(約12億円)を個人金庫に横領したとして韓総裁を追起訴し、韓総裁の個人金庫から現金約260億ウォン(約30億円)を押収したという。(写真は押収された現金)
 このように本家本元の韓国でも「不正な団体」と認定されたわけであるが、その旧統一教会の支援を受けて選挙を行なった高市早苗が現在総理大臣であることが不問であってよいわけがない。
 パーティー券という名目で資金援助も受けていた。
 外国由来のカルト団体に選挙を頼んで何がスパイ防止法だ! 
 自民党や「ゆ」党の議員もそうだが、現在沖縄知事選挙に立候補している陣営も同様だ。

 高校生の頃に街頭で原理運動の彼らと論争をしたことがあるが、あんな理論も何も無茶苦茶なカルト団体はほんとうに家庭崩壊連合だとよく判った。

2026年9月2日水曜日

属国根性

    トランプは去年メキシコ湾をアメリカ湾に名称変更したが、今度はカナダ国境の五大湖の一つオンタリオ湖をアメリカ湖(Lake America)に改称した。
 オンタリオ湖の名前は、先住民イロコイの言葉で「美しい湖」または「輝く水」に由来する(Wiki)が、おかまいなしだ。
 この調子でいくと太平洋をアメリカ洋に、沖縄周辺の東シナ海は西アメリカ海にするだろう。
 日本海などはプーチンと乾杯をしてロシア海にするかも。

 はてさて日本の軍拡論者に言わせると、「軍拡ではなく平和外交を」と発想する論者の頭の中は「お花畑だ」と。
 それなら問うが、ウクライナ情勢をめぐるトランプの態度などを見ていて、トランプは日本有事に最後までほんとうに日本を守ってくれるとあなたは信じているのですか・・・
 アメリカが沖縄を「不沈空母」にしたままなのはアメリカの都合ではなく、ほんとうに日本のためだとあなたは信じているのですか。
 「お花畑」は誰ですか。

 

2026年9月1日火曜日

歴史を捻じ曲げる

    103年前の1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生した。
 特筆すべきことの一つは、大震災の混乱?と相まって広がった流言飛語などにより、在日朝鮮人が意味もなく虐殺されたことである。諸説あるが、犠牲者は数千人に上るという指摘もある。また、朝鮮人と間違われて行商に来ていた日本人が殺されるという事件(福田村事件)も起こった。
 そして、これを機に?無政府主義者大杉栄、共産党員、日本共産青年同盟(民青の前身)員、労働組合員等が殺された甘粕事件、亀戸事件等もあった。
 これらのことは、大災害対策と同時に、民主主義の課題として引き継がれなければならない記憶である。
 それらは、災害そのものの犠牲者と区別して語り続けられなければならない。
 ところで東京では、長年朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式が行われてきて、あの?石原都知事(当時)でさえ追悼文を送ってきたが、小池都知事は「被災者全員に追悼している」として追悼文の送付を取りやめた。
 右翼の論客は、例えば「朝鮮人虐殺の証拠(数)はない」あるいは、南京大虐殺でも「証拠(数)はない」と歴史を改竄しようとしているが、小池都知事の態度はその延長線上にある。

 ところで、神道や天皇制の大恩人(私の見解)である民俗学者折口信夫は優しい関西弁であったため自警団によって危うく虐殺されようとしたことを後に激しく記録している。
 「歴史と証拠」について補記すると、私の父は戦時中「松下飛行機」の管理職であったが、後にその半生などを記録しようと国立国会図書館に行き職員の方にも調べていただいたが、戦争に関する資料、軍事施設(松下飛行機を含む)の資料は見事に欠落していた。
 それは父が、敗戦時に「毎日毎日徹底的に資料を燃やした」と語っていたことと符丁が合う。
 つまり、権力に不都合な資料は正確には残らない。資料が不十分なことは「なかったこと」の証拠にはならない。
 103年前の日本ではそんなことが起こっていた。
 いま、そういう歴史が改竄される過程にある。
 (掲載の絵はネットにあった東京新聞のもの)
 

2026年8月31日月曜日

原発と気候危機

    福井県に記録的な大雨が降り大洪水が発生した。
 大雪をもたらす「日本海寒帯気団収束帯」(JCPZ)のことは何回か書いてきたが、それにしても大災害はどうして同じ地方を苦しめるのだろうと天に向かって恨み言を言いたくなる。
 今回の原因などはゆっくり検討する必要があるが、先日のネパール・中国の氷河大崩落による大洪水もあり、単なる自然災害では済まない人間社会の責任、気候危機を考える必要はないだろうか。

 さて、今年の6月6日に次のように書いたことを思い出している。 
🔳 地球温暖化の原因はCO2だけではない。原発は海水の大きな湯沸かし器である。
 恥ずかしい話をすると若い頃、某電力会社の保養施設を利用したことがある。日本中の企業がそういう保養施設を持ち、お互いに融通しあっていた頃の話である。そこでは鯛のお刺身などが割安であった。なぜか。原発の温排水で鯛の養殖がされていたからだ。
 日本列島には年間約6500億トンの雨が降り、4000億トンが川を通じて海に流れている。
 原発は300万キロワットの熱を産んで、その3分の1を電気に変え、3分の2は海に捨てている。1秒間に70トンの海水を引き込んで7度Cあげて排水している。風呂の温度を7℃上げるとどうなるかを想像してほしい。年間約1000億トンの海水を7度C温めているのだから、近年の気候危機に影響がないと考える方がおかしくないだろうか 🔳

 福井の嶺南地方は原発銀座である。ニュースは「秋雨前線に向かって湿った空気が流れ込んだため」と報じているが、ほんとうにそれだけの解説でよいのだろうか。
 日本海側の水温上昇や温暖化の原因が原発だけでないことは重々承知しているが、水産業、農業、そして生活環境そのものの変化が、自然的経過を超えていることを直視する必要があろう。

2026年8月30日日曜日

理系の論理

    5世紀の「倭の五王」のことだが、同時代の記録(文章)が日本にはないものだから、712年に完成した古事記、720年に完成した日本書紀と 、488年に完成した『宋書』倭国伝とを照らし合わせながら五王が書紀等にいうどの天皇かが論じられてきた。
 ところが、大きくは、百舌鳥や古市に大古墳を築いてきた「天皇」ということでは異論がなさそうだが、細部では『宋書』『梁書』に記録されている天皇の系図と、書紀等の系図が微妙に異なっている。
 そんな中でも、讃、珍、済、興、武の最後の武は雄略だろうということは多くの学者が認めている。
 その理由はいろいろあるが、古事記の「大長谷若建命(おおはつせの“わかたける”のみこと)」、日本書紀の「大泊瀬幼武天皇(おおはつせの“わかたけ”のすめらみこと)」の書紀が採用している「幼武」の「武」を中国風に名乗ったのだろうと言われている。
 しかし、そのような日本名の一字を名乗ったなら他の王もそうかというとそうでもなく、そもそも埼玉稲荷山鉄剣の金鐯銘は「獲加多支鹵大王」であるから、「幼武」のような訓読みはしていないから、訓読みの漢字はなかったのではないか。
 多くの学者が認めているというが、私にはその根拠となる理屈がもう一つ納得できない。その理屈だては理系の論立てだと×ではないか。

2026年8月29日土曜日

ドイツのゴミ事情

    ドイツ在住執筆業田口理穂氏のコラムを読んで「意外だ」と思った。
 それは、ドイツにはゴミ箱が無数にあるが、それでも路上にゴミが散見されるらしい。
 学校のトイレ、大学の体育館の更衣室、(息子の)小学校の廊下・・
 先生が「黒板消して」と言っても「僕の役割じゃない」と断ることもあるとか。見返りがないとしない、なるべくしないで済ます傾向・・というリポートには驚いた。
 同級生が早くにドイツに行き、そこでのゴミの分別回収の話などを聴いていた身には意外だった。
 翻って昨今の日本の美しさは同調圧力かも知れないが、けっこうドイツと似た精神の傾向は感じる。
 わが家はゴミステーションの近くだが、ルール外の出し方をする。それが未回収になっていてもそのままにする。当番も放っておく。・・けっしてドイツを批判できない。
 強制というか監視というか、そんな脅しのようなものでなくてもコミュニティーが円滑に回るというのは理想にすぎないのだろうか。
 「言われないとやらない。言われたことしかやらない。」そういう新人類は現職の時代から言われていた。ただそれは、当初は、「やりがい搾取」への異議申し立ての性格を持っていたが、そんな根性もなく「楽して儲けたい」レベルに落ちていたことも嘘ではない。
 と、革新的パワハラ爺は不満を抱いている。
 (写真はネットにあったベルリンゴミ事情「渡辺玲」・ナレッジキャピタルを使わせていただいた)

2026年8月28日金曜日

ファストファッション

    この夏、ファストファッションといえば聞こえはいいが、早い話が安売りで有名な〇まむらで開襟シャツを買って何回も着て出かけた。
 ジャンル的にはアロハかもと思えるほどけっこう派手なイラスト沢山のシャツで、孫の夏ちゃんなどは「若く見えていい」と言ってくれていた。
 ところが先日、ショッピングモールで同じ服の人がいて、妻が私の腕を突いて笑った。その日は別のシャツであったが、それを着ていく可能性は十分にあった。
 今度鉢合わせをしたらどうしよう。恥じることは何もないが何となく恥ずかしくなる。
 〇ニクロも昔はそうだったが、近頃は堂々たるブランドになっているから、〇まむらもそうなるだろうか。
 こんなときどんな顔をするのがいいのだろう。ご同輩!

2026年8月27日木曜日

晴耕雨読?

    命に関わりそうな酷暑に息をひそめて家に籠っている。
 
 ただただ穏やかに秋風を待ちたいが、テレビを点けるとICC赤根所長へアメリカが制裁、高市首相がそれにホンキで抗議せずというような益々頭に血が上るようなニュースが続くのでテレビを消す。
 そんなときは、偉い先生の高邁なお説などを静かに読みたいと、直木孝次郎の遺稿などを捲ってみたが、大先生はコラムにしても現実から逃げていないのに大いに反省。

 そのコラム『終戦時の混乱の一つ』の要旨は次のようなものだった。
 終戦から70年余りたった2016年、朝日歌壇永田和宏選、古川利意作、
  睾丸を抜かるる前にと吾を誘う娼婦のありぬ敗戦の夜
 終戦時、直木孝次郎は海軍中尉であった。当時の風説では将校は去勢されてニューギニアで強制労働ということで、まさかと思いつつもそういう不安も事実であった。
 古川氏の歌を讃んで、終戦時の混乱を思い起こし、感無量である・・というコラムだった。
 なお終戦以前には4千名を超える「特攻」の死者がいた。
 
 穏やかな読書の日となるはずだったのに考えさせられることが増えた。
 昨今の内閣の危うさを思いながら、直木孝次郎の歌一首をもって記事を閉じる。
  大国のうしろにつけば安全かおまえ前へ行けといわれたらどうする 
 氏の2015年7月12日の作である。その7月15日には戦争法案が衆院特別委で採択されている。

2026年8月26日水曜日

中国の少数民族

    孫の夏ちゃんがお祖父ちゃん(私)の部屋を見て「本が本棚からあふれて床に積まれている」と驚くというか顔をしかめてあきれ返ったので、「本というのは”買って読んでみんな解った”というものではなく、そういえばそんなことを読んだことがあるなというときに引っ張り出して読むもんなんや」と答えたが、夏ちゃんには共感してもらえなかった。
 
 さて私は、いろんな本を併行して読むものだから、後から買った本を読了しながら何時までも読み終わらず継続中という本もある。そんなひとつが、市川捷護 市橋雄二著『中国55の少数民族を訪ねて』角川文庫で、文庫本で文字が小さいこともあり、何か月もかかってチョビチョビ読んできた。6月7日にはその中のごく一部の事柄を『ホジェン族の老人』として書いたが、それからでも2か月以上が経っている。

 この本は1990年代に中国の少数民族の民俗芸能を現地取材したときの記録であるから、現在の中国にその文化がそのまま残っているかどうかもわからない。
 「失われた30年間」停滞している日本でさえも1990年代は既に「歴史」の彼方であるから、はるかにGDPでも日本を抜いた彼の国ではどうだろう。もう現在の中国を旅行してもこれらの文化には出会えないかもしれない。
 現地取材した少数民族は次のとおりである。
 ラフ族、ジノー族、トールン族、リス族、ヌー族、イ族、ナシ族、ペー族、プミ族、タイ族、プーラン族、ハニ族、ワ族、ドゥー族、ユーグ族、サラ族、ボウナン族、回族、トンシャン族、モンゴル族、エヴェンキ族、ダフール族、満族、オロチョン族、ホシェン族、朝鮮族、ドアン族、アチャン族、チンポー族、リー族、ショオ族、プイ族、スイ族、ミャオ族、トン族、トゥチャ族、コーラオ族、キルギス族、ウイグル族、タジク族、ウズベク族、タタール族、カザフ族、シボ族、オロス族、ヤオ族、ムーラオ族、チワン族、マオナン族、キン族、チベット族、メンバ族、ロッパ族、チャン族、高山族(文庫本には未収録)

 この本の内容のいくつかはテレビでも放映され、それが機会にシーサンパンナなどは有名な観光地にもなっている。
 そして、多民族国家・大国中国はこれからどちらに向かうのか。そのときニッポンは。

2026年8月25日火曜日

カラカラ

    関東の豪雨のニュースを見ながら信じられない気分でいる。関西というか西日本は水不足を心配する毎日だから。
 特に京都最南部のわが家周辺は、京都や大阪や奈良南部などが雨であってもまるで真空地帯のように雲が避けていくことが多いので、台風の一つ二つは来てほしい気持ちになる。

 庭の草木には毎日水をやっているが、暑さもあり、草木もへとへとの感がある。
 庭の水撒きにプラスして「打ち水」もするのだが、舗装された道路にその効果は「気休め」でしかない。
 余談ながら、使った上水に応じて下水料金もかかってくるのに違和感がある自分は、実に小人物だとはわかっているが・・。
 ネットを開くと、AIへの質問に「打ち水のしかたを教えて」というのがあったが、そんなことまで教えてもらわなければならないマニュアル社会には暗澹たる気分になる。

 先日、ドナウ川の渇水のことを書いたとおり、ヨーロッパの熱波、水不足は深刻らしい。赤旗の「世界の街角」というコラムのような記事では、ロンドンの某地区では「ホースとスプリンクラーを使用した水撒き禁止令」が施行されている。
 日本でも「官から民へ」などと言って水道事業を民営化しようとする動きがあるが、〇〇の沙汰も金次第となりかねない。気を付けなければ・・・

2026年8月24日月曜日

天瓜粉

天瓜粉(てんかふん)昭和も遠くなりにけり (葛飾区)御堂千里 8月23日朝日俳壇大串章選には何度も頷いた。私も首の周りにたっぷり叩く天瓜粉が好きだった。

    昭和つながりで思い出すと、先日ラジオでリスナーから「小さい頃、自動車の排気ガスを吸ったものだ」という投稿があったのに、ラジオパーソナリティーが「なんでやろ?」と応えていたので、ラジオのこっちで「芳香族という名前を知らんのかい」と突っ込んだ。

 さらにこんなのを昭和つながりというのが良いかどうかはあるが、朝日歌壇永田和宏選に、
天皇が女性であってなぜ悪い居酒屋談義は庶民の本音 (横浜市)島巡陽一と、
あきれてはいられぬ「皇統二千六百年」本気で語る議員に (岡崎市)兼松正直があった。
 こちらはベースにある昭和と言っても大日本帝国憲法下の昭和前期の昭和になる。

 歴史のあるべき進歩の方向を「動」として逆戻りの蠢動などを「反動」というが、近頃はあまり聞いていなかった言葉である。しかし、上記の二首の歌に共鳴して、「高市反動内閣」などと言いたくなった。

女たちの頭をバチで打つように毎日毎日ダンケイダンシ 塚本恭子という短歌も以前の朝日歌壇に掲載され、後日、朝日新聞の有名なコラム『素粒子』にも引用されていた。
38親等ほど離れた南北朝時代に分かれた宮家に養子をとらせてダンシを産ませたい・・という国会の多数派は今でも「女は無能力者(虎に翼の台詞・旧民法)」と本気で信じているのだろうか。
男女雇用機会均等法成立四十有余年。労働行政もバチバチ頭を打たれているような気がしたのでわが会報にその主旨の投稿をしたが残念ながらボツとなった。昭和は遠くなりにけり。

2026年8月23日日曜日

残業指導見直し

    遂にやってきたか‼ と怖さを感じているのは私だけではないと思う。
 高市首相の「働き方改革つぶし」「残業抑制指導つぶし」のことで、この9月から労働基準監督署の指導が「見直される」(事実上野放しにされる)こととなった。
 その問題点の第一は、医学を含めた科学的見解を踏みにじっていることである。
 いうまでもなく、労働者が月100時間の残業をしたらみんなバタバタと倒れて死んでいくかというとそうではない。
 しかし大事なことは人には頑健な人からそうでない人まで色々いて、長時間労働が脳血管疾患や心臓疾患、さらには精神・神経の疾患の有力なリスクファクターであることは医学的常識に属することである。
 よく対論として専門職の話などを出されるケースがあるが、多くの過労死、過労自殺事案はそうではなく、終身雇用制から弾き飛ばされた場合の非正規雇用の劣悪さと相まって、例えば社内のプロジェクトチームの責任を任された真面目な労働者が、一見、志願して???長時間労働に突っ込み、最悪の場合命を落とし家族は路頭に迷うのである。それを止めようと努力していたのが労働基準監督署の「働き方改革」の指導であった。

 第二の問題は「労働者も同意している」という論である。
 ある見聞きした話になるが、有名大企業で過労死事案があり、どうも退勤の記録もあてにならぬものがあって労働基準監督署が労働組合に話を聞こうとしたが応じてもらえなかった話があった。有名大企業であるから労働組合も有名なものであったがそこでもそうだった。
 これが有名大企業でなければ、例えばいつの間にか職場の親睦会の代表が長時間労働容認の協定を締結していたというのも十分に考えられる。
 この辺りが西欧の民主主義や人権(家庭感)や産業別労働組合の状況と日本の現状との大きな違いでもある。

 高市首相に欠けているのはそういう現実を直視する目、そういう現実を働く庶民の側に立って改善しようとする視角である。
 「疑わしきは被害者救済」の暖かいハートが大事である。
 「自分は元気だから大丈夫」ではなく、強くない人も安心して働ける職場風土が大切なのだ。
 そういう意味では、テレビのコメンテーターやアナウンサーが、「私自身は残業が増えてもいい」などと発言するのは、まったく視野の狭いことだと感じている。

2026年8月22日土曜日

「せ」をはさみ~

    瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ (崇徳院)は、百人一首でも落語でも有名だが、近頃は 「せ」をはさみ~ のことの方が有名?になっている。
 8月15日、全国戦没者追悼式で、天皇が「過去を顧み、深い反省の上に立って再び戦争の惨禍を繰り返さぬことをに切に願い・・」と述べたことに対比して、高市首相は「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」と「せ」をはさんだことを指している。
 「戦争の惨禍を繰り返さない」の文章は歴代首相も発言してきたものだが、高市首相はそこへ「せ」をはさむと同時に、天皇や歴代首相が使用してきた「反省」という言葉も使わなかった。
 これを、文意はそんなに変わらないのでないか、言葉のアヤではないかと考えるとすれば、中学校ぐらいの国語のテストで「主人公は何を言おうとしているか」という問いに〇はもらえない。
 高市首相は、侵略戦争を進めてきた昭和前期までの政治を「反省しない」、「反省するのは嫌だ」と公言したのだ。
 歴史的常識に属することでも、当事者世代がいなくなるにつれて往々にして修正されるとは、東大史料編纂所編「日本史の森をゆく」でも指摘されているところだ。
 高市首相が、「せ」をはさみ われても末に あはむとぞ思ふのは 戦前の軍国政治である。

2026年8月21日金曜日

酒席の法螺話


    大阪市内の居酒屋で暑気払いを行なった。
 話題は退職者会の秋のレセプションをどう盛り上げるかとなった。
 「バイキング・ロウはどうや」
 サッカーワールドカップでノルウェーのファンや選手が一体となって舟を漕いでいたあれである。ノルウェーの一体感はすごいものだった。
 やるなら中古のドラムを探さなければならないが、後期高齢者が今頃居酒屋で考える前に高校野球の甲子園では、いくつもの高校が既にやっているらしい。
 上の動画はネット上にあった朝日新聞GLOBE+のもの。 

 もっと和様でいえば高校野球つながりではないが天理高校の「わっしょい」という応援がある。
 文字では伝えにくいが、チャーンチャ チャチャチャチャチャ わっしょい ・・というのもちょっと可笑しい。
 バイキング・ロウよりは馴染むし、カズーで対応可能だが、あまりに身近な高校の応援歌のパクリになるのが恥ずかしい。

 いずれにしても結局皆恥ずかしがるだろう。
 この種の企画は小指の先ほども照れやシラケが生じると大滑りに滑る。
 やっぱり無理やろな!
 芸なしオヤジがジョッキを傾けながら法螺話は続いた。

 「わっしょい」は、下の動画の2:55頃から・・・



2026年8月20日木曜日

日日是好日

    孫の夏ちゃんたちとタコスパーティーをしたことは17日にちょっと触れたが、「タコスの生地・トルティーヤは何でできてるの」と夏ちゃんが聞くので、「メキシコ料理はトウモロコシの粉に決まってるやろ」と答えたが、包装紙の印刷を読むと100%小麦粉だった。
 そういえば昔OBP(大阪ビジネスパーク)で食べたときは、口が切れるのではないかと思うほど生地が固かったし、味は飛び切り辛かった。だから先日のはいわばアメリカ経由の日本食のタコスパーティーだった。
 世界中には「これが⁉」という鮨が広がっているし、焼き餃子が日本食として世界に広がろうとしているというから、日日是好日。

 先日は孫の凜ちゃんのリハビリみたいに奈良公園を短時間散歩した。どういうわけかラテン系の雰囲気の観光客が多かった。
 こんなことでもないと8月の奈良公園を歩くこともないだろうから、クーラーの下で息をひそめて暮らしている身にこそリハビリみたいなものだった。
 奈良公園の鹿は昔はもっとおとなしかったように思う。今は積極的に「これという人間」を狙って鹿せんべいを盗りに来る。
 両手を広げて「煎餅はないよ」と防御のポーズを凜ちゃんに教え込んだ。
 日日是好日。

2026年8月19日水曜日

気候変動

    小学生の頃、海から丁度1㎞ぐらいのところに住んでいたから、天気予報も解りやすかった。
 昼は海から海風が吹き、夜は海に向かって陸風が吹き、夕方などはピタッと夕凪が訪れた。
 その感覚からすると、近頃の日本列島の天気の複雑なこと・・
 実際には自分が知らなかっただけで昔から複雑な天気はあったのだろうが、気象学の発展もあり、知らなかった現象が次々に現れ、しかも甚大な被害が生まれている。
 天気に係わる大気の対流圏は約10㎞から16㎞と言われているから、地球の直系約13,000㎞からすると、地上付近の薄い薄い膜でしかないが、それがまるで無尽蔵であるかのように考える、考えの浅い人間どもが無茶苦茶に汚して今日の気候危機がある。
 千葉あたりの豪雨も「なんだなんだ」「台風でもあるまいし、レベル5なんて出したら今後の警報が空回りするのでないか」と変に心配しながらニュースを見ていたが、20代の頃住んでいた松戸周辺もけっこうひどいニュースの画面が度々出た。
 日本列島は、気候以外にも「地震ナマズ」の背に乗っかっているようなものだから、ともすれば未来が暗くなる。
 ただ殺人的な熱波は日本だけでなく、これまでクーラーなど考えもされなかった地域で実際に死亡事故が少なくない。そして山火事だ。
 このように地球規模で協力して立ち向かわなければならない時に、ああ大国は戦争を仕掛けている。
 私は「心配症」なのだろうか。

2026年8月18日火曜日

東海中高生に脱帽


    東海高校生の企画・実行した、石破茂氏、枝野幸男氏、志位和夫氏による鼎談がYOU TUBEに上がっていたので視聴した。
 
 テーマは「有事対応」などが中心だったが、三氏とも実体験なども含めて充実した話に満ちていた。
 石破氏の「私は昔は極右だと言われていたが近頃は左翼だと言われている。まわりの方が大きく変わっちゃった」というのも可笑しかったが、何回も言うようだがまともな「討論」がそこにはあった。
 NHKや民放テレビには高校生の爪の垢でも煎じて飲ませたい気になったほどの内容だった。
 もっと言えば、国会での与党などの発言(討論)もこういう風にあってほしい。
 全体は長いものなので、時間のある時に腰を落ち着けて視聴されることをお勧めする。
 最後の方で、「マルクスの資本論を読もう」という話が出たのも面白い。

2026年8月17日月曜日

送り火

    お盆の行事の仕上げは「燈篭流し?」という記憶がある。 
 昭和20年代、堺の中心部では市(いち)小学校近くのお寺でその種の法要があり、お盆に使った飾りものなどを納めていた。
 それが旧堺市の環濠であった川に流されたので、お盆が過ぎると海水浴場にはその種のゴミ?が流れ着き、台風によるうねりもあり、そんなこともあり、ほゞお盆までが海水浴のピークであった。
 余談ながら、その頃の大阪湾には「おわい舟」が出ていて糞尿が投棄されていたが、それでも現代の海よりは綺麗であったというのがおかしい。

 さて、千年の都京都は海から遠かったからか、燈篭流しよりも送り火がお盆の掉尾を飾る一大行事になっている。また送り火はわざわざお寺に出向く必要もない。
 そんなことで、孫の夏ちゃんと送り火を行なった。
 わが家のお盆の行事はこれでお終い。
 折口信夫のいうとおり、お墓参りよりも「みんなが集まって楽しく飲食するのが大事」。
 タコスパーティー バンザイ!

2026年8月16日日曜日

右傾化の底流

    アメリカにおけるキリスト教ナショナリズムについては8日に書いたが、なんでもやたらにアメリカの真似をしたがる人々が多い昨今、現代米国論の渡辺靖氏の次のような指摘は現代日本論にも通じるような気がする。氏は言う・・

 1990年代以降、アメリカ政治では保守とリベラルが拮抗するようになり、94年の中間選挙では40年ぶりに共和党が上下両院で多数派となり、パイの取り合いになった。
 その結果、相手を貶める中傷攻撃や、人工妊娠中絶やES細胞、あるいは同性婚への賛否といった、価値に関するイシューに絞って絵踏みを迫る形で有権者にアピールする動きが活発になった。
 価値に関するイシューは各自の心の問題でもあるので、そう容易に妥協できない。
 だからこそ、(選挙)コンサルタントたちはそこを狙い、かなり細かいテーマをあえて争点に据えた。
 そこに宗教的保守派である福音派などが政治的に動員され、さらには先鋭的なキリスト教ナショナリストが前面に出てくるようになった。

 ・・日本のことも、以上の、キリスト教のところを神社本庁やカルト教団と読み替えると非常に納得がいくし、これにワンイシュー的なSNS選挙戦術を重ねると納得がいく。
 ただ、韓国至上主義で天皇制も否定する旧統一教会と神社本庁的な右翼が反共の一点で連合する自民党などの右翼の節操のなさには、「日本は野蛮な異教徒の国だ」と、アメリカのキリスト教右派もあきれ返っていることだろう。

2026年8月15日土曜日

「戦争」を選んだ

    今日は8月15日、加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み返している。 
 以前に読んだときは史料としての緻密さに驚いたが、題名のように?著者の立ち位置が解らなかった。つまり、「あの『戦争』は仕方がなかったと?」言うの??とか

 もし自分があの時代に生きていたらという問いかけは大切だ。
 軍部や天皇の非人道的な政治に抗って闘うか。
 地方の官吏や隣組の世話役になって人々を戦場に送り出すか。
 それとも『人間の条件』の梶のように彷徨するか。
 「命令されたのだから」と言って殺戮や凌辱をするのか。
 そういう問いかけを自分自身にせずに、あれこれの数値や史料で「戦争」を分析したかのように語るのは卑怯かもしれない。

2026年8月14日金曜日

拝火教徒になる

    8月は「六日九日十五日」という戦争に係わる月でもあるがお盆の月でもある。特に新盆を迎えられた方々は「思い出」を新たにされていることだろう。
 さて、お盆のルーツは中国で作られた『仏説盂蘭盆経』にあると言われるが、親鸞の教えには追善回向や施餓鬼という概念がないのでその内容は一般解説書以上には知らない。
 ただ山折哲雄説では、お盆の諸行事は仏教以前の素朴な先祖供養の信仰と精霊(たま)まつりの考えがあったのでこのように定着したとか。
 もっと言うと、折口信夫は「お盆は、生みたま、死にみたまを問わず魂の更新の行事だから、お墓参りも大切だがみんなが寄り集まって楽しく食事を共にする年中行事なのだ」(上野誠説)というのも面白い。

 もうひとつ、これは定説とはされていないが、「盂蘭盆とはイラン語で霊魂を意味するウルヴァンを音写した」という異説もあるらしい。偉い方々は見向きもされていないが私は無視しえない魅力を感じている。
    というのも、日本に伝わった多くの仏教の教義自身が中国の道教の影響をモロに受けているし、仏像だって、ガンダーラで西洋のギリシャ文化を母体に誕生したものであるから、イラン高原から中央アジアに広がっていた史上最初の世界宗教であるゾロアスター教(拝火教)と仏教が無関係であったと考える方がオカシイと思うからである。
 柴燈護摩供などを見ていると紫雲の向こうにゾロアスター教が見えてくるように思う。
 そんな遠い拝火教のことを「ぼやあ」と考えながら13日、私は孫の凜ちゃんと迎え火を焚いたのだった。
 (下の写真はネットにあったゾロアスター教のもの)