2026年8月17日月曜日

送り火

    お盆の行事の仕上げは「燈篭流し」という記憶がある。 
 昭和20年代、堺の中心部では市(いち)小学校近くのお寺でその種の法要があり、お盆に使ったものなどを納めていた。
 それが旧堺市の環濠を造っていた川に流されたので、お盆が過ぎると海水浴場にはその種のゴミ?が流れ着き、台風によるうねりもあり、その結果、ほゞお盆までが海水浴のピークであった。
 余談ながら、その頃の大阪湾には「おわい舟」が出ていて糞尿が投棄されていたが、それでも現代の海よりは綺麗であったというのがおかしい。

 さて、千年の都京都は海から遠かったからか、燈篭流しよりも送り火がお盆の掉尾を飾る一大行事になっている。また送り火はわざわざお寺に出向く必要もない。
 そんなことで、孫の夏ちゃんと送り火を行なった。
 わが家のお盆の行事はこれでお終い。
 折口信夫のいうとおり、お墓参りよりも「みんなが集まって楽しく飲食するのが大事」。
 タコスパーティー バンザイ!

2026年8月16日日曜日

右傾化の底流

    アメリカにおけるキリスト教ナショナリズムについては8日に書いたが、なんでもやたらにアメリカの真似をしたがる人々が多い昨今、現代米国論の渡辺靖氏の次のような指摘は現代日本論にも通じるような気がする。氏は言う・・

 1990年代以降、アメリカ政治では保守とリベラルが拮抗するようになり、94年の中間選挙では40年ぶりに共和党が上下両院で多数派となり、パイの取り合いになった。
 その結果、相手を貶める中傷攻撃や、人工妊娠中絶やES細胞、あるいは同性婚への賛否といった、価値に関するイシューに絞って絵踏みを迫る形で有権者にアピールする動きが活発になった。
 価値に関するイシューは各自の心の問題でもあるので、そう容易に妥協できない。
 だからこそ、(選挙)コンサルタントたちはそこを狙い、かなり細かいテーマをあえて争点に据えた。
 そこに宗教的保守派である福音派などが政治的に動員され、さらには先鋭的なキリスト教ナショナリストが前面に出てくるようになった。

 ・・日本のことも、以上の、キリスト教のところを神社本庁やカルト教団と読み替えると非常に納得がいくし、これにワンイシュー的なSNS選挙戦術を重ねると納得がいく。
 ただ、韓国至上主義で天皇制も否定する旧統一教会と神社本庁的な右翼が反共の一点で連合する自民党などの右翼の節操のなさには、「日本は野蛮な異教徒の国だ」と、アメリカのキリスト教右派もあきれ返っていることだろう。

2026年8月15日土曜日

「戦争」を選んだ

    今日は8月15日、加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み返している。 
 以前に読んだときは史料としての緻密さに驚いたが、題名のように?著者の立ち位置が解らなかった。つまり、「あの『戦争』は仕方がなかったと?」言うの??とか

 もし自分があの時代に生きていたらという問いかけは大切だ。
 軍部や天皇の非人道的な政治に抗って闘うか。
 地方の官吏や隣組の世話役になって人々を戦場に送り出すか。
 それとも『人間の条件』の梶のように彷徨するか。
 「命令されたのだから」と言って殺戮や凌辱をするのか。
 そういう問いかけを自分自身にせずに、あれこれの数値や史料で「戦争」を分析したかのように語るのは卑怯かもしれない。

2026年8月14日金曜日

拝火教徒になる

    8月は「六日九日十五日」という戦争に係わる月でもあるがお盆の月でもある。特に新盆を迎えられた方々は「思い出」を新たにされていることだろう。
 さて、お盆のルーツは中国で作られた『仏説盂蘭盆経』にあると言われるが、親鸞の教えには追善回向や施餓鬼という概念がないのでその内容は一般解説書以上には知らない。
 ただ山折哲雄説では、お盆の諸行事は仏教以前の素朴な先祖供養の信仰と精霊(たま)まつりの考えがあったのでこのように定着したとか。
 もっと言うと、折口信夫は「お盆は、生みたま、死にみたまを問わず魂の更新の行事だから、お墓参りも大切だがみんなが寄り集まって楽しく食事を共にする年中行事なのだ」(上野誠説)というのも面白い。

 もうひとつ、これは定説とはされていないが、「盂蘭盆とはイラン語で霊魂を意味するウルヴァンを音写した」という異説もあるらしい。偉い方々は見向きもされていないが私は無視しえない魅力を感じている。
    というのも、日本に伝わった多くの仏教の教義自身が中国の道教の影響をモロに受けているし、仏像だって、ガンダーラで西洋のギリシャ文化を母体に誕生したものであるから、イラン高原から中央アジアに広がっていた史上最初の世界宗教であるゾロアスター教(拝火教)と仏教が無関係であったと考える方がオカシイと思うからである。
 柴燈護摩供などを見ていると紫雲の向こうにゾロアスター教が見えてくるように思う。
 そんな遠い拝火教のことを「ぼやあ」と考えながら13日、私は孫の凜ちゃんと迎え火を焚いたのだった。
 (下の写真はネットにあったゾロアスター教のもの)

2026年8月13日木曜日

昭和天皇の一撃講和論

      『昭和天皇独白録』(寺崎英成御用掛の記録)は、『文芸春秋』199012月号「掲載にあたって」で次のとおり記されている。

《・・・「独白録」は、昭和21年の3月から4月にかけて、松平慶民宮内大臣、松平康昌宗秩寮総裁、木下道雄侍従次長、稲田周一内記部長、寺崎英成御用掛の五人の側近が、張作霖爆死事件から終戦に至るまでの経緯を四日間計五回にわたって昭和天皇から直々に聞き、まとめたものである。・・》と。なお寺崎英成御用掛は元々外交官であったが、ワシントンの大使館勤務中に米国人グエンドレン・ハロルドと結婚したので外務省中枢からは遠ざけられていた。

 さて昭和202月、天皇は各重臣と個別の会談を行ったが、そのときのこととして、次のようにある。
 🔳 私に[は]「ニューギニア」の「スタンレー」山脉を突破されてから(189月)勝利の見込を失った。一度何処で敵を叩いて速やかに講和の機会を得たいと思ったが、独乙との単独不講和の確約があるので国際信義上、独乙より先きには和を議し度くない。それで早く独乙が敗れてくれゝばいゝと思った程である。
 その当時木戸と相談して、重臣を一人一人秘密裏に呼んで、前途の見透に付て、意見を求めたが、確たる意見を持ってゐる者は一人もない。岡田と牧野とは比較的穏当な意見であったが、結論は云はぬ。近衛は極端な悲観論で、戦を直ぐ止めたが良いと云ふ意見を述べた。私は陸海軍が沖縄決戦に乗り気だから、今戦を止めるのは適当でないと答へた。・・・🔳

 本日言いたいことはここである。この時点で勝利の見込を失っていて、「戦を直ぐ止めたが良い」と言った近衛文麿の意見のとおり「ご聖断」を下しておれば、オキナワ、ヒロシマ、ナガサキ、そして本土空襲の大悲劇は避けられたのである。
 それを躊躇させた陸海軍首脳の責任は大きいとはいえ、明らかに『昭和』天皇には戦争責任があった。明後日は8月15日。

2026年8月12日水曜日

ずぼらファーマー

    暑さを理由に全く放任栽培の勝手な感想!
 1 どういうわけか8月のお盆ま近というのに胡瓜の収穫が続いている。 毎年7月下旬を待たず枯らしていたのに「嬉しい疑問」だ。理由は解らない。
 2 数少ない枝豆の実りが悪い。開花の時に受粉が上手くいかなかったのだろうか。
 3 ミョウガは不作と言ってもよい。先日テレビで見たが、工場のような見事な栽培方法が紹介されていて感心した。ところがスーパーの値段は3つで160円ぐらいと高いままだ。妻は「160円ぐらいエエやないの」というが、手を引っ込めている。
 (写真はオクラ)


 【追記】 台風15号が東から西に、少し大げさにいうと北から南に、珍しいコースで近畿の北まで来て熱帯低気圧になったが「台風一過」とはなっていない。
 この面白いコースを作った犯人のひとりが「寒冷渦」らしい。 対流圏の上部にできた文字どおり冷たい空気の渦、といっても直径数百㎞から千㎞を超えるものもあるらしい。
 そもそもは北半球では夏季でも高緯度には冷たい空気が北極周辺を周回しているが、その中の小さい渦が切り離されたものという。 ネットには「偏西風から切り離された」と出ているが、そこのところはよくは知らない。 過ぎ去るまでに2~3日かかるという。
 北の方の太平洋高気圧(渦は時計回り)とその南の寒冷渦(反時計回り)に挟まれてピッチングマシンのように台風15号は通過した。 天気のからくりも複雑だが知れば面白い。

2026年8月11日火曜日

下部構造のナショナリズム

    8月10日付朝日新聞に保坂正康氏が、大要次のように大切な提起をされていた。
 🔳 長らく8月15日の不戦の誓いも「二度とあんなことはごめんだ」という感情の延長にあった。 ただ、体験者が減るほどそういう感情は忘れ去られていく。 いま求められているのは、理性的にあの戦争を分析し、その教訓を社会の共通規範として「思想化」し次世代につないでいくことだ、
 あの戦争では、いわば「上部構造のナショナリズム」である皇国史観が特攻や玉砕といった狂乱を支えてきたが、「下部構造のナショナリズム」ともいうべき郷土愛や先祖崇拝、日常生活の規範、倫理観はそんなものではなかった。 昭和の軍事指導者はそういう意味では日本の文化や伝統を裏切ってきた。
 8月15日の思想とは、人々の暮らしの中に蓄積されてきた不戦の誓いの知恵こそが、国家の暴走に対抗しうるという思想だ。🔳 

 よく「被爆者の気持ちなどそうでない者には解らない」という声を聞いたことがある。部落差別反対の運動にも「踏まれた者の痛みは踏まれた者にしか解らない」と言われたことがある。水俣でも原発でも沖縄でも、そういう解ったような言い方で運動をちゃかしたり抑圧したりすることがあった。
 そういう意味で、保坂氏が体験を思想化して継承していくことの大切さを指摘されたのは的を射ていると思う。
 同時に、「被爆者の痛みや苦しみを直接肩代わりすることはできなくとも、一緒に歩いて訴えることはできる」という核兵器廃絶国民平和大行進の訴えは尊い。 「共感」は素晴らしい心の働きだ。

2026年8月10日月曜日

最後の審判

    中東のニュースを見ていて何時も思うのだが、油田で常に燃えているあの
煙突の火は何かもったいない気がする。きっとあのガスを回収して売るよりも燃やしておくことの方が安くつくのだろう・・・。(日本のコンビナートでも同様の感想を持つ)

 もうひとつ、石油施設であるかないかに関わらず、戦争ほど環境破壊はないと思うのだが、そんな感情は「幼稚」すぎるのだろうかニュースでは触れられない。

    その結果、人間が生きていけないほどの高温や乾燥、反対に豪雨という気候危機が進行している。大規模な山火事、旱魃と大河川の水位低下。戦争指導者は全人類を危機にさらしている罪で裁かれるべきでないか。

 対する我われ庶民はあまりにも微力な気がするが、微力であっても決して無力ではない。
 ジョークの類ではあるが、平凡な庶民が死後、神の前で冷たく裁かれている絵があり、「神さま、いったい私が何をしたというのですか?」と申し立てているのに神さまは「何もしなかったからじゃよ」というのがある。
 伊丹十三の父伊丹万作が戦後、圧倒的な日本人が「国や軍部や天皇にだまされていた」と「反省??」していたとき、「だまされていた者の罪」を鋭く指摘したことも大切なことだ。そんなことをツラツラと考える。

2026年8月9日日曜日

長崎の鐘

    1945年8月9日、日本の中できっと一番クリスチャンの比率の多かったであろう長崎に原爆が落とされた。
 キリスト教の解釈では、それは神が与えた試練だと聞いたことがあるが、私には理解が及ばない。
 同じように、原爆投下は日本の降伏を早め、その後想定された多くの犠牲者を産まずに済んだという「言い訳」にも納得できない。
 その当時、日本が戦争遂行能力を失い降伏の条件をめぐって各国に打診していたことは周知の事実である。
 だから、それは終戦後の覇権争いのためのアメリカの打ち上げた花火であった。
 あえて言えば、同じ条件下で、西欧人であるドイツやイタリアに向けて同じ判断をしていただろうか。(これは想像だが、ある種の説得力がある)

 かつて訪日したチェ・ゲバラは、原爆慰霊碑に献花をし、資料館を見学し、同行した中国新聞の記者に「君たちはアメリカにこんなひどい目にあわされてなぜ怒らないんだ」と問いかけた。それに対してとまどう記者の姿は、当時から現代までの私たち日本人の姿を象徴するようだと語り継がれている。

 確かに、日本軍の残虐な戦争行為の非人間性の数々は直視すべきであるが、だから原爆の非人間性が許されるものでもない。
 現実世界は核抑止力によって平和が実現などしていない。
 反対に、核の脅威をちらつかせながら戦争が行われている。
 自国内の内政の矛盾や反対派を抑え込むために「屁理屈」を付けて戦争が行われているのが実際だ。
 それでも大国のリーダーの理性、知性は核の使用を止めるだろうと、皆さんはホンキで信じられますか。
 
 こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ

2026年8月8日土曜日

キリスト教ナショナリズム

    アメリカの民主党では4日、ミシガン州の上院予備選で、党主流派の下院現職が敗れ、バーニー・サンダース上院議員らの支援を受けた新聞用語でいうところの急進左派アブドゥル・エルサイード氏(41)が当選を果たした。
 この動きが、アメリカ民主主義の再建に向かうのか、トランプの激しい反共攻撃の的になって結局トランプ政治が深まるのか、興味はあるが見通しを語るほどの知識はない。

 先日、書店で見つけて、【朝日新書、森本あんり・渡辺靖の対談集『キリスト教ナショナリズム』】を手に入れた。
 正直なところまだ十分には理解が進んでいないが、合衆国憲法の「政教分離」、一見正反対に見える福音派とリバタリアンの共通?、キリスト教のシオニズム等々「知らないことが多い」ということだけは解った。

 日本の、それも自分の周囲で見聞きしたことと重ねて考えると、新自由主義という名の下に「利権第一主義」が社会や企業内のコミュニティーを破壊し、中間層は確実に没落していったそういう時代の中から、キリスト教に基く倫理観のある社会をとか、自分が没落したのは女が地位を奪ったからだ、いや移民だ、いや福祉が悪い等々と、左右?両方から今までにない政治が求められているのだろうか。
 理解は進んでいないが、友人の皆さんには、大いに勧めたい一冊ではある。
 キリスト教世界のこと、アメリカの政治のこと、ほんとうに知らないことだらけで参考になったことは多い。

2026年8月7日金曜日

クリオネみたい

 (1)8月6日にテレビのキャスターが「不要不急の外出は危険」というので、窓越しにケヤキの木を見ていると、タマムシが飛んでいた。
 まるでクリオネみたい。
 先日友人からミヤマウズラという珍しい花の写真を送ってもらったが、その花もまるでクリオネのようだった。
 熊本の被災者のことを思うとこんな吞気な記事は書いておれないが許してもらおう。
 それよりも、ヒロシマの被爆者のことを書いている途中だったので、きっと「魂虫」だったのだと思うことにする。
 余談ながら孫の凜ちゃんは手術で入院中 祖父ちゃんは何もしてやることができないが、お母さんのスマホにこの写真を送っておく。

 (2)「心配性」かも知れないが、近頃の朝日新聞に、写真のような「彬子さまがどうした」「揺子さまがどうした」という小さな記事が目立つようになった気がする。
 ボルサリーノを被った令和の「道長」への忖度でなければよいが。
 なんとはなく気が晴れない朝日新聞である。

2026年8月6日木曜日

ノーモア ヒバクシャ

    今日は2026年8月6日木曜日。201486日水曜日に書いた『ノー モア ヒロシマ』を以下に再録する。

🔳   8月6日ということで一番思い出すことは、先輩Yさんのことになる。
 Yさんは労働組合の先輩で、中国ブロックのリーダーだったし、仕事上の職責もその地の幹部に近かった。
 恰幅もよく押し出しも効く、一言でいえば親分肌で肯定的な気分を込めて仲間からボスと呼ばれていた。
 当然のように皆に押されて、その年には原水協の国連・ニューヨーク要請団に参加され、米国のテレビでも被爆体験を話されるなど活躍をされた。
 その親分が、「実はな長谷川君、わしゃあ、ピカドンの話をするのは好かんのじゃ」とおっしゃったときにはその意味が解らなかったが、その夜、ホテルの二人部屋で一緒になったとき、私は彼の悲鳴で飛び起きた。
 それは、文字では到底伝えきれない「ウオー ウオー」という悲鳴というか叫び声で、直ぐには心臓病かと思ったが、「今わし大声を出さんかった?」と尋ねられ、また何回か繰り返されたので、うなされていることが理解できるようになった。
 翌朝には、「夕べ大声を出したん違うかな」「迷惑かけたん違うかな」と謝られ、「昼間に原爆の話をした日の夜は必ずうなされるんじゃ」と辛そうに語られた。
 「ああ、また今晩もうなされる」という恐怖が「話すのは好かん」意味だったのだ。

 その後私は、仕事の上でPTSDなど『重度ストレス反応』を取り扱ったりすることとなったが、診断ガイドラインにある『フラッシュバック』や『夢の中で反復して再体験するエピソード』を読む度にあの夜のことを思い出した。

 戦後生まれの私は直接的な体験を語ることはできないけれど、Y先輩は命がけで地獄の様子を私に教えてくれたように思う。
 だから、この話を毎年8月6日に書くのが与えられた宿題だと考えている。

あの日
この子の目の前で
起きたことを
知っていただきたいのです
あなたに
そして
日本の子どもたちに全世界の人びとに

 


八月や六日九日十五日

    今日は8月6日。 八月や六日九日十五日 という時事俳句がある。
 
 「詠み人知らず」と言われたりしていたが、近頃は「詠み人多し」と言うらしい。良いことだ。八月になれば、みんなが自分事のように 八月や六日九日十五日 と口にして平和の誓いを確認すればよい。
 さてこの国の首相と内閣は、こういう我われのことを「お花畑だ」と軽蔑している。早い話がアメリカの核の傘の下で、敵基地先制攻撃が可能な軍事力こそが平和の保証だと言い、事実、着々と軍備を増強している。
 わが街の祝園弾薬庫にはトマホークを保管し、高速道路を北進して舞鶴の戦艦から先制攻撃するという。
 その論理をひっくり返せばわが街は先制攻撃されることになるが、そのことには一切触れない。日本列島の海岸線に原発を並べているが、安価なドローン戦隊がいとも簡単に電源喪失を招くであろうことも一切触れない。 お花畑は誰だ!
 核大国ロシアの国民(兵隊)も核大国アメリカの国民(兵隊)も現実に戦死している。
 「俺様を怒らせると怖ろしいぞ」「俺様は核兵器を持っているのだぞ」と言えば、相手は「御紋」の前に「ははあ~」とひれ伏すのではなかったか。
 今日は8月6日。そんな「言葉遊び」の前に、81年前のヒロシマで何が起こっていたのかをしっかり見つめなおす日にしたい。

2026年8月5日水曜日

ドナウのかなたで

    その昔、ロシア民謡が流行った時代があった。その中の一つに 〽黒きひとみいずこ わがふるさといずこ ここは遠きブルガリア ドナウのかなた ここは遠きブルガリア ドナウのかなた というのがあった。「バルカンの星の下に」という。

 ドナウ川はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)に端を発し、ドイツ、オーストリア、   スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナを通って、最後はルーマニアとウクライナの国境を通って黒海へ注いでる。 「流域」の支流に含まれる国としては、チェコ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、スイス、ポーランド、北マケドニア、イタリア、アルバニアなどもあるから極東の島国からすると想像も及ばない。

 その中欧、東欧がひどい旱魃でドナウ川の水位が極端に低下していると報じられている。
 その結果、朝日新聞の記事で数えると、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々で原発の停止が相次いでいる。冷却に使われる水が確保できないためらしい。
 原発の排水は10度前後水温が高くなるから、その少ない水を各国原発が使うと熱河になりそうだ。事故以前に停止しているのは正しいだろう。
 それにしても、原発は津波だけでなく旱魃にも弱かった。
 あまり科学的な言葉ではないが、人間の身の丈を超えた未完の技術という気がする。
 明日は8月6日。ヒロシマ被爆の日。世界中には人間の身の丈の内の兵器だと信じている人も少なくない。
 唯一の戦争被爆国の日本人は、できる範囲でよいから「核兵器と人間は共存できない」と言い続ける必要があると思う。

2026年8月4日火曜日

手作りは面倒or楽しい

    関西ではお盆といえば8月だろう。全国展開のイオンでは7月早々からお盆用の菓子類が売られていたが、それはさておき、その8月お盆の季節がやってきた。
 親鸞の教えにはお盆のことはないと思うのだが、凡人は、「そういう時期だ」「そういうことをするのだ」とか言われて先祖の恩を思ったりするもので、そうして年中行事に向かい合っている。
 といっても、ほゞ0%に近い関わりあいかただが、孫の凜ちゃんと『うちわ菓子』を食べながら「8月」を迎えている。お盆の菓子では唯一このうちわ菓子だけを購入している。

    さて、先日イオンでは、お盆の『飾り棚』のパーツあれこれが売られていた。私が知らなかっただけでそんなものは以前から売られていたものかもしれないが、「茄子と胡瓜の牛馬ぐらい手作りしないか」と心の中で思った。何から何まで手作りを避けてお金で解決する風潮は?
 現代人の精神は豊かになったのか、貧しくなったのか?
 重ねて言うが、親鸞の教えには『お盆棚』はないがそのことはさておく。

 先日来、手作りの「栞」(ブックマーク)を百数十個×2作った。
 確かにカッターナイフで百数十個×2切り出すのは難儀だが、何人かは喜んでくれるだろうと思うと作業も楽しい。
 「この作業に一丁乗らないか?」と会員向けにLINEに書いたがナシのつぶてだ。そういう時代なのだろうか。

2026年8月3日月曜日

安否確認

    食料品等の買い物は混雑するのが嫌だから、週に2~3回、毎回ほゞ9時きっかりぐらいに出かけている。
 「〇曜市」などセールの日も避けている。
 難点は品物がまだまだ揃っていないことだが、なんやかんや回っているうちに徐々に出てくるから、十分ではないが用は足りている。
 何十年来の旧知のご夫婦もよく似た性格で、会えば簡単な挨拶をするぐらいだったが、「この頃会わないね」と妻と話していた。
 先日そのご夫婦と会い「やあやあ」となったが、お互いに、「会えへんなあ」「入院でもしてるんやろか」と互いに言い合っていたと笑いあった。
 その可能性は小さくはない。事実、軽い入院もあったそうだ。
 「安否確認のためにも早朝の買い物にまた来ましょう」と言って別れた。
 コミュニティが希薄になって久しい。
 「この頃顔を見ないね」と話しているうちに実は亡くなっていたということはザラにある。
 街全体の高齢化と、今にして思えばコロナ騒動でのなんでも自粛の影響は大きい。
 といって、今さら「民主老年同盟」を立ち上げるほどの気力もない。
 先日は「呑み会」といっても「昼呑み会」をしたが、おとなしい量で解散した。
 さて、どうするか。

2026年8月2日日曜日

避難所無情

    熊本地震のニュースをテレビで見ていて何時も思うことがある。あまりに時代おくれの避難所の状況のことだ。
 イタリアや台湾の大地震のときのニュースを見たときには、ほゞテント生活のようであったので、「今後は日本でもそうなるのだろうなあ」と思ったりしたものだが、熊本のニュースは今でも体育館に雑魚寝であった。
 ネットでは多くの外国の場合の写真が出てくるが、先の能登のときもそうだったが、日本の状況はお粗末だと思う。

 日本国(政府)は金がないから仕方ないのだろうか。まさかそんなことはない。
 自維内閣の顔の向きが間違っている。ただそれだけのことだろう。
 その矛盾の元凶が軍事費であることは論を待たない。
 日本は長年、軍事費を国内総生産(GDP)比1%に抑えてきたが、安保3文書を境に「軍事費」は様変わりし、防衛省以外の他省庁に軍事関連予算を計上したり、補正予算への防衛省予算の計上も加わり、「財政全体の軍事化」が進んでいる。
 また、ローン地獄みたいな「後年度負担」は2026年度予算案で総額17兆9524億円に上り、巨額のツケを将来に回して、これに伴い、防衛省のその種の歳出化経費は4兆6857億円に上り、同省予算の半分超を占め、安保3文書策定前の22年度と比べると約2・3倍(約2・6兆円増)へと突出して増えている。
    政府が目標としている「GDP比3・5%」になれば、追加で10兆円の財源を賄わなければならないが、トランプ米政権は、さらにGDP比5%という、途方もない金額を要求してきている。
    政治の向きが間違っている。これに尽きる。日本列島に30数基の原発を並べておいて「先制攻撃」もないものだ。
 もう一度中学校の社会科の話をすると、軍事費の陰では笑いが止まらない死の商人たちがいるのだ。その周りには、おこぼれにあずかる面々がいるのだ。
 熊本のニュースを見ていて、日本国民!これでいいのか!と思った次第である。

2026年8月1日土曜日

銘柄米も値下がり

    202661日月曜日に書いた記事をほゞ再録する。
   🔳 昨年713日にコメ問題学習会のことを要旨次のとおりに書いた。
 【今回のコメ不足は単なる買い占めでなく、絶対的なコメ不足だから短期的には別にしても長期的には高騰は続く。
 原因は、永年の減反政策、需給見通しの誤り、米の輸入自由化、そして、農水省の施策というよりも財務省の強烈な政策として、米で大儲けを考え輸入米もコントロールしようとする大商社(つまり財界)の要望、その奥のアメリカ政府、アメリカ財界の要望によるものが大きい。だから単純な「犯人は農協だ論」に組してはならない】と。

    ところが近頃、大手スーパーでも明らかにコシヒカリなどの銘柄米も値段が下がっている。
 消費者が備蓄(買い占め?)していたのが一通り一巡したからだろうかと思ったりもするが・・
 それよりもやはり、農協や大商社、大企業が買い占めて隠していたものの販売見通しが天井を打ったからだろうと勝手に推測している。
 やはり途中で買い占めて隠していたものがあったのは、どうも事実だろう。
 米は完全な冷房装置のある倉庫でないと保管が効かないから、農協、商社、米取扱い大企業あたりが怪しい。 先の学習会で講師は、米の売買は、「売買契約、金の収支、現物の米の移動・保管」が全く一致せず、ちょっとした伏魔殿だとの感想を述べていた。・・・やはり。
 どいつもこいつも、なんという国だ! ・・・以上が6月の記事だ。

 マスコミは、「ここで政府が備蓄米の買戻しをすると物価政策によい影響が出ないから政府は無策を続けている」と解説しているが、諸物価高騰の折り、米価だけが下がるのでは農家の生産意欲も下がるだろう。
 農業従事者の年齢を考えると近い将来「ほんとうの食料不足」が起こるに違いない。
 いわゆる先進国で、主食を担う農業を保護していない国はない。

 話は前後するが、202597日に『コメ問題で目から鱗』を書いた。
   しんぶん赤旗日曜版にあった、関根佳恵愛知学院大学教授の解説記事にこうあった。
 「政府や財界はコメ騒動を奇貨として、農業経営の大規模化、農地の大区画化、企業の農業参入の声を強めている」と・・・しかたないがそれはそうだと私も思っていた。
 しかし、これまでは、単位面積当たりの収量や単位労働時間当たりの収量ばかりが議論されてきたが、いま国際的には、資源エネルギーの単位投入量当たりの収量が重視されつつあるという。
 そうすると、小規模農業が担う「農民的食料システム」は世界の食料生産に用いられる資源エネルギー量の25%しか使わずに食料の70%を生産しており、反対に「工業的食料システム」は、資源エネルギーの75%を消費しながら食料の30%しか供給できていないのだと。・・エエエエ!という話だ。
 農業経営の大規模化、農業生産者の減少、過疎化やコミュニティーの衰退、学校統廃合、商店や診療所の閉鎖、自治体や金融機関窓口が遠くなる・・みんな仕方ないのか。
 だから・・関根教授はいう、「大規模な農業経営がぽつんと存在するより、小規模な農業経営が数多く存在する方が、防災、景観、文化の継承を含め社会的効率性が増すのだ」。
 人間、主流のメディアに流されず、落ち着いて考えないとこの国の未来は危うくなる。
 しんぶん赤旗は実に科学的で哲学的だ。

2026年7月31日金曜日

出遅れた夏休み

(1) 今さら夏休みも何もないのだが、漫然と秋風を待って過ごしている。
 ただ孫の凜ちゃんのプール遊びは用意してあげないといけないので、この暑さの中、ベランダのテントだけでは対処不十分なので簡単なタープ(タープテント)を購入しようと考えた。
 ところが、ホームセンターでもネット通販でも、私の感覚からするとどこも確実に値上がりしていて、その上に夏休みスタート直後ということもあってか、ホームセンターはどこも極度に品薄であった。 
 そこで、「夏休みに出遅れた!」と反省しつつ某ホームセンターにあった最後のひとつを購入した。
 基本的には夏の間中ベランダに設置しておこうと思っている。
    凜ちゃんのプール遊びでは日陰について絶大な効果を発揮したから、少しほっとしている。

(2) 担当している会報の『柳壇』投句の締切日になった。
 待てど暮らせど届かない会員もあり、待っているうちに少し恨めしい句ができた。
  難しい話はするが句は出さん
  エエカッコ脱げば自然の笑いあり
  請われても一差し舞うとは言いません
  川柳で馬鹿は言えない偉いひと
  自分から担当したのに恨み節
・・・と、溜飲を下げている。 わっはっは。

2026年7月30日木曜日

高気圧はなぜ暑い

    小学生の頃というのは高度経済成長以前だが、私は中世から続いた旧い堺市(環濠都市)の真ん中に住んでいた。ということは海に近かったので夏は毎日のように海で遊んでいた。
 その頃はまだ猛暑という言葉もなかったが、当時の常識では32℃が今でいう猛暑日であって「日射病に気をつけろ」と言われていた。
 それでも夏休み明けの学校はくろんぼ大会の様子で、真っ黒の子どもが威張れていた。
 みんな隔世の感がある。
 
 さて、気候変動(危機)以前に、なぜ高気圧は暑いのかということがある。
 低気圧が上昇気流であることは台風でもイメージしやすいが、高気圧が緩やかな下降気流であることの実感は少ない。・・が理屈はわかる。
 となると、登山で実感できるような高所の冷たい空気が緩やかに降りてきてなぜ涼しくならないかとなるが、自転車の空気入れをしているとポンプが熱くなっていくように、高所の気圧の低いところから地表に向けて気圧の高いところに降りてくるというのは空気が圧縮されるということなので、気温が上昇する。数字でいうと、標高5㎞にある0℃の空気は標高2㎞まで降りてきただけで30℃になるらしい。
 これに加えて、高気圧は雲ができにくく晴れるので陽射しが地表を暖めるし、地表の放射熱も増えるし、地形によってはフェーン現象も起きる。フェーン現象の理屈も同じく膨張と圧縮の理屈。
 空気は、外部から加熱や冷却をしなくても、「高さ方向」に運動するだけで気温が大きく変わるというこの理屈、エアコン以外にももっとうまく制御できないものだろうか。

2026年7月29日水曜日

自然農法

    わが庭の小さな菜園に夏野菜が実っている。
 毎年代り映えはしない菜園で、トマト、キュウリ、万願寺、オクラ、ささげ、その他 を少しずつ 収穫している。
 その畑に、今年は少なからずセミの抜け殻がついている。樹木ではない野菜についている。
 これは畑を耕していない証拠である。
 耕しているといろんな芋虫が出てくるから、普通にはそれらを排除する。つまり、手入れされた畑にセミが出てくることはほゞないだろう。

 えへん! 自然農法、不耕起栽培だ! と自慢したいところだが、実際は耕すのも草刈りもしんどいので「結果としての不耕起」なのである。
 そのお陰で畑には珍しいセミの抜け殻付の菜園となっている。
 それでも妻が草取りなどいろいろ手をかけている。
 だから私に「何もせずエラそうに自然農法などと言うな」と怒っている。

2026年7月28日火曜日

堺小学水泳歌

    「若い頃、好きな季節は夏だった」と川柳を一句捻ってみたが、昨今の殺人的な酷暑ではそれらは遠い思い出になってしまった。
 思い出ついでに『堺小学水泳歌』のことを書こうとネットを検索してみると、古い私のブログが出てきた。これでは参考にもならない。
 そこで、思い出の前にその歌詞を書いておく。

 🔳 堺小学水泳歌(大正2年制定)

八重の荒波蹴破りて  南洋呂宋(るそん)に国の名を
あげて帰りし英雄の  血潮湧き立つあゝ我等
海に鍛え(来たれ?)や泳げよや  我等の友はちぬの海

玉なす汗は滝のごと  五体も溶くる暑き日に
寄する波間をかきわけて  石津 浜寺 大津の洲
静かに見つゝ歌ひつゝ  泳ぎゆくこそあゝ愉快

我に鍛へし腕はあり  我に練りたる脚はあり
狂瀾怒涛荒れは荒れ  何の恐るゝことあらん
よき道場よ慣れし身の  我茅渟の健児国

海は天与の大宝庫  水産業に海運に
利用の道は数多し  海に親しみ海に慣れ
海を恐れず国富(くにとみ)の  増進図れ我健児

競争激しき今の世は  身の健康が第一ぞ
暑さにやけて日に焦げて  鬼と見まかふまで泳ぎ
海を領(りょう)せよかくてこそ 末(すえ)頼まれるあゝ健児 

 これは『堺人第2号』に投稿した。
 昭和32年33年頃、臨海工業地帯造成のため大浜海水浴場が閉鎖される前年まで、英彰小学校では学校から水着姿で並んで、先生の打ち鳴らす大太鼓に声を揃えて大浜海水浴場まで行進した。
 そんな記憶をお持ちの方は70代後半80歳以上の方々となるので、ただただ記録のためにアップしておくが、音痴な上に記憶も定かでないことを断っておく。







 

2026年7月27日月曜日

NHK先輩のハッとする指摘

    25日の朝日新聞『テレビ時評』に元NHKアナウンサーの山根基世さん、「さすがタイパの時代の首相だ」 で始まって、「どんな議論がなされたのか、録画しておいたNHKの国会中継を見た」ところ、「ハッとするのは立憲民主党や共産党・・の鋭い質問に・・実にスリリングで見入った」と。
 山根さんは言う、「でもこれだけの時間をかけて議論を聞ける人はどれだけいるだろう」。結局、定時のニュースで与党側の説明や答弁がサッと触れられるだけでいいのか、もう少し議論の焦点をダイジェストした番組もあっていいのでは? NHKには誰からも干渉されない編集の自由があるのだから、との提起には後輩たちへの熱い期待が感じられる短文だった。
 世論形勢にSNSの情報が大きな力を持つ時代。新聞を含めオールドメディア内のジャーナリストよガンバレ!

2026年7月26日日曜日

データセンターに注意

    データセンター(DC)については5月24日に『AIとDC』というタイトルで書いたが、大量の電力消費、排熱、低周波や空調に伴う騒音、振動、地下水、排気ガス、危険物の大量保管など環境に大きな問題があるにもかかわらず、現状ではほとんど法規制もないので、「何か大きなビルか倉庫でも建つのかな」などと思っているとエライことになる。

 先行した京阪奈学研都市では大問題になったので、精華町では新規参入はストップしたが、それでも2施設が稼働、2施設が建設中になっている。
 精華町がストップしたためか、京都府では八幡市、京田辺市、舞鶴市で着工又は計画が進んでいる。
 また京都府は住民運動の力が強いからか、大阪府下では着々と増え続けている。

 京都府でいうと、受電容量(消費電力の最大値)は計画中のものを含めて614メガワットに上り、年間消費電力は、京都府の一般家庭全世帯分に匹敵する。
 その莫大な熱を排出する冷却設備は24時間365日稼働するし、非常用発電機は常に点検運転してそなえている。
 5月に書いたが、非常用発電機の点検運転でものすごい音と振動、そしてガス(臭気)が発生したので、周辺住民は「工場爆発か?」と大騒ぎになった。
 明日はあなたの街で起こるかもしれない問題だから、関心を研ぎ澄ましておく必要がありそうだ。

2026年7月25日土曜日

夏まつり

    大阪の夏祭は愛染さんに始まって住吉さんに終わるといわれている。
 今日は昨日書いたとおり天満の天神祭の本宮である。
 一般に、農村の祭は基本的に秋祭で、収穫の感謝をして来年の豊作をお願いするものだといわれている。一方都会の祭の多くは夏祭で、疫病除けが多いと。異論はない。
 あえて秋祭と夏祭を分けて論じる必要もないかもしれないが、コロナ騒ぎを思い起こしても、人知を超える不幸(災難)に神の力を期待する心は解る。
 では、どのようにして神に力を発揮してもらうのかというと、一言でいうと「接待」で、多くの人間が喜ぶようなことを賑やかに「もてなす」のだろう。
 祭の中の祭と言われ、賀茂の祭(葵祭)の先輩にあたるのが奈良の春日若宮御祭だが、それは貴族社会に由来しているためか古典芸能の大会のようだが、どうも大阪の庶民の祭の環境の中で育った身としては、おとなしく見えてしまい、布団太鼓やダンジリの音が懐かしい。
 私は現在、いわゆるニュータウンに住んでいるが、以前は盆踊りや屋台を手作りした夏祭に走り回ったものだ。それが転居したり、人口の高齢化があり、コロナ禍があったり、殺人的な猛暑のため、多くの街で秋祭にしたり、規模が縮小されている。
 そんなもので今夜はテレビで天神祭に参加しようと思っている。
 船渡御ほど有名ではないが、傘踊りもいいものだ。

2026年7月24日金曜日

天神祭の伝統の一側面

    天神祭。今日は宵宮、明日は本宮なもので、625日に書いた記事を復習する。
 発端は、613日早朝の『ラジオ深夜便』で、大阪天満宮文化研究所所長の天神祭などに関するインタビューが再放送され、次の話に「えッ知らんかった」と思ったことだった。
 その昔、天神祭には御神輿が2基出て、もちろん第1の御神輿には天神様(菅原道真)を乗せ、そしてその後ろの御神輿には「無実の罪で追われ恨みを抱える天神様(菅原道真)が荒ぶった際におさえるために天台座主「法性坊(ほうしょうぼう)尊意」を乗せていた」という話で、浅学の私には聞き始めのことだった。
 法性坊尊意は道真の仏教学の師であり、大旱魃に雨を降らせたり、平将門の乱の折には将門を調伏した実力者であった。故に実は大天狗だとも言われていた「法力(ほうりき)」の僧だった。
 「伝統」という言葉を使って語るならこれが「伝統」でよいのだが、問題は明治の神仏分離、廃仏毀釈が天神祭にまで及んできたことだ。「神様が坊さんに守られるとは・・」ということだろう。国家神道というものである。
 そこで御神輿の法性坊尊意はレッドカード即退場となり、日本書紀に登場する相撲の神様「野見宿禰(のみのすくね)」に交代し、さらには神輿を増やして、日本神話の力持ちの神様「手力雄命(たぢからおのみこと)」も加わって現在に至っている。
 如何にも明治らしい、「法力」よりも「腕力(わんりょく)」の時代を表している。
 先日は国会で「男系男子の歴史は2600年の伝統」と宣うた与党重鎮がいたが、「伝統」という言葉には気をつける必要がある。神話にしても、せめて平田篤胤が「天皇の御大祖は女神」と断じていることぐらいは勉強しておいた方がよい。
 こうして天神祭も、普通には949年頃からの古い伝統のように思ってしまうが、真実はたかが明治の神仏分離令以降のスタイルを見ているという部分もある。
 (写真は、加藤義明さんの切り絵「催太鼓」)

 先日国会で日本共産党塩川鉄也衆議院議員の「なぜ女性は天皇になれないのか」という質問に、木原官房長官が答弁不能になったが、なにがなんでも「明治憲法による」とは言えないので口を濁した訳である。
 『虎に翼』の台詞のとおり、戦前の民法は「既婚の女子は無能力者」であったし、実際、右寄りの人々は現皇后にも「男子を産め」と攻め立ててきたのではないかと想像するが、我われはほんとうの伝統とニセの伝統を見分ける必要がある。
 仮に愛子さんが男子を産んでもその男子は天皇になれないが、南北朝時代に分かれた現天皇と38親等離れた「宮家」に男子が生まれれば天皇になるという理屈。常識も良識も超えている。
 *縄文に天皇がいたというニセ情報*

2026年7月23日木曜日

受粉貢献度

    近ごろ庭に新種の真っ黒なクマバチが登場したことは以前に書いた。
 それはタイワンタケクマバチで、輸入した竹材などにくっついて入ってきた新参者で、国立環境研究所の「侵入生物データベース」にも載せられている。早い話が駆除対象のハチである。
 だいたいが、昆虫世界も人類とよく似ていて、在来の日本種は若干ひ弱で、新参の外来種はどうも逞しく見える。
 ただ昆虫については「ひ弱」と言ってはみたが、日本人の異常な潔癖主義もあり、在来の蝶も蜂も、日本人が徹底的に排除してきたからということもある。その間隙を縫って外来種が元気に見えるのかも。
 このタイワンタケクマバチ、在来のキムネクマバチからすると見栄えは良くない。その大きさからも何となく好きになれない。
 ところが、先に述べたように元々の蝶や蜜蜂が少なくなったので、家庭菜園のキュウリの受粉では絶大な貢献をしてくれている。
 写真はキンカンの花だが同じこと。
 有益な野菜や花に対しての貢献度は非常に高い。
 外来種の問題はよくよく知っているつもりだが、「怖そうだ」「駆除だ」でよいものかどうか。 
 そもそもはミツバチ科なのだから、近頃はタイワンタケクマバチの飛翔を楽しんでいる。

2026年7月22日水曜日

表現の自由

    悪法が成立してからこんな文章を書くという自身の「体たらく」を恥じつつ、後々のために思うところを書き残しておきたい。 
 日本の国旗損壊処罰法案について、参院内閣委員会は14日、参考人から意見を聴取したが、その中で、中央大学法学部の橋本基弘教授(憲法)(副学長)は、「近代国家のイロハのイとも言える罪刑法定主義を全く満たしていない」と指摘した。
 法案が「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で「公然と国旗を損壊」した場合を処罰対象としている点について、極めて主観的であいまいだとし、「後出しジャンケン的な解釈による適用を許すような刑罰法規は、法の支配の否定を意味する」との見解を示した。
 また、国旗は国家の象徴であり、それを損壊する行為は「国家への最も強力な抗議のメッセージ」の手段になるとし、これらの行為を処罰することは「国家や政府に対する最も強力な批判を禁止することを意味する」と訴えた。

 私が遅まきながら「なるほど」と気がつき、もっと早く気がつくべきだったと反省したのはこの最後段の指摘である。仮にも『国旗を焼く意図』というのがあったとして、それは政府に対する批判であり、民主主義にとってみると根幹的な表現の自由である。
 政府・政策を批判するのが表現の自由の主目的であるから、それを容認しないのは独裁国家である。「国旗毀損」と言いながら、結局は政府批判を取り締まるという危険性の方が遥かに大きい。
 ちなみに1989年 米国最高裁判事 アンソニー・ケネディの言らしいが、「国旗が守っている自由の中には、その国旗を軽蔑する自由も含まれている。」というのにはアメリカの民主主義の根性を感じる。

 付言すると、スポーツの国際大会等で日の丸が掲揚されるのに嫌悪する人は少ないとは思うが、同時に、人の感情はそれほど単純ではないということも理解しておくことが「大人」の理性である。
 例えば、夏の夜の花火は一般的には美しく好ましい。しかし、東京大空襲を経験された半藤一利さん、その妻で漱石の孫でもあって長岡大空襲を経験された半藤茉莉子さんは「花火は嫌いだ」と綴っておられる。
 この法案は、例えてみれば、「みんな花火は美しいと言っているのだから花火は嫌いだなどと言うな」に通じる。
 国の権力者であっても、象徴であっても、国歌や国旗であっても、それを軽蔑したり毀損する自由こそもっとも大切な、根幹的な表現の自由なのだ。

2026年7月21日火曜日

クマゼミしぐれ

    わが家のモチノキがクマゼミの集会所になっている。抜け殻もいっぱいついているし、目の前で、スマホを近づけても鳴き続けている。
 早朝から鳴きだすクマゼミは昼前には嘘のようにピタッと鳴き止む。
 ラジオで某タレント?が「クマゼミなど聞いたことがない」と言っていたが、大都会の「マンションから地下鉄」みたいだとそうかもしれないし、それよりも昼頃から動き出して専ら夜に働く皆さんとは生活時計が合わないのではないか。
 私の経験では、都会といっても大阪市内の古い児童公園にはセミがいっぱいで、自然が豊かといわれる郊外よりも蝉しぐれはすごいと思っている。

 蝉という漢字の音読みは「セン」で、クマゼミの「センセンセンセン」という鳴き声が語源という説もある。「シャンシャンシャンシャン」と聞こえるがどうだろう。
 ただ、翻訳機能で現代中国語(簡体)(繁体)を聴いてもクマゼミの感じはなかったし、広東語もさらに遠かった。もしかすると古い発音、あるいはセミの多い南部のなまりかも? で、この説は「文献にあった」程度の理解としておこう。

2026年7月20日月曜日

ナフサ不足の影響

    トランプがイランに戦争を仕掛けたのがきっかけで「ホルムズ海峡封鎖」が起こり、石油自給率ほぼ0%の日本の我われ庶民は困っている。
 高市内閣は民政については全く無能というか、ひたすらトランプのご機嫌を損なわぬよう「無策」を続け、それでも実体経済は、例えばナフサ不足によって価格高騰を産んでいる。
 すると「それは目詰まりだ!」と、どこかに犯人がいるかのような詭弁を弄して、この、まるで詐欺犯人のような問題すり替えは非常に恐ろしい。

 さて、退職者会の消耗品として『クリアホルダー』を100数十枚購入することになったので、1円でも安く買おうとネットを探したが、ナフサ不足はここにまで及んできて、先週まであった値段がなくなり、全体に値上がりがはっきりしてきた。『ナフサ不足、ここまで来たか!』というのが実感で、結局、某百均が一番安く感じられたので購入に走り、朝一番にその棚をほゞ空にした。

 ラベルシールの最安値はネットで購入した。AMAZONの送料無料で上手くいった。
 ただ、パソコンとプリンターの色彩の調整は上手くいかず、というのも苦心の上でほぼ完成させた図を保管忘れ、再現しようとしても上手くいかず、休日労働は早朝から夜の10時まで要した。
 心地よい疲労感を感じつつこの記事を書いている。は~~~


2026年7月19日日曜日

大阪市を廃止する都構想

    少しざっくばらんに語らせていただくと、昔から古臭い大阪府議会議員や知事からは「なんで大阪市議会議員や大阪市長のほうが報酬が高いねん」という大きな不満があった。(これはほんとうのことだった)
 もうひとつ、長年の大阪経済のジリ貧の一方、東京の発展に対する強烈な劣等感が府議会等で大きくなり、実質は別にしても、表看板だけでも東京に並ぶ大阪都という名前がほしいという声が大阪経済の衰退と反比例して知事周辺で大きくなった。
 ただ、その程度の話ながら・・・、その程度のことだけに、そのボンヤリした「スローガン」は大阪庶民の閉塞感に幻の夢を与えたことも事実である。

    実際には、維新の府市政では、老朽化した上下水道や排水ポンプの更新が遅れ、道路陥没やマンホールからの汚水噴出などが相次いでいる。
 今年3月には地下に埋設された巨大な下水道管が地上へせり上がり、一時は高架の新御堂筋に接触しかねない事態になり、幹線道路が通行止めになるなど大きな混乱が起きた。
 6月の大雨では生野区でマンホールのふたが吹き飛び、下水が噴き出す事故も発生した。
 大阪市では法定耐用年数を超えた水道管が全体の約51%に達しており、全国平均を大きく上回る老朽化が進んでいるというのに・・・。
それでも吉村知事的には大阪市の財布を自分の手に入れてカジノ(IR)を作りたい。そのためには、政令指定都市である大阪市という権限がなくなってもよいと言っている。
少しでも政治や地方自治を知っているものからすると、政令指定都市という権限で仕事を思い通りにしたいと考えるもので、それを半人前以下の自治体?の「区」に格下げして住民が得することなど何もない。
はっきり言うが、大阪市を廃止して幾つかの区にして市民の暮らしが良くなるなど詐欺師の話である。

2026年7月18日土曜日

朝日記者定年退職

7
16日の朝日新聞に「阪神支局襲撃事件の目撃者である社員が定年退職」という記事が掲載され「未解決のまま去るのは残念」とあった。
今年の52日に「明日は53日」という記事で「198753日を思い起こそう」と書いたが、それは、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害された『赤報隊事件』のひとつである。当時、統一協会の霊感商法批判キャンペーンを展開していた朝日新聞が襲撃されたのだった。
その当時、統一協会はいろんな関連団体を通じて、殺傷能力のある空気散弾銃を大量に輸入し、全国で銃砲店や射撃場を経営し、「特殊部隊」=軍事組織を組織していたといわれていた。
その3日後の56日午前、朝日新聞東京本社に散弾銃の使用済み薬莢2個と脅迫状が届き、そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」と書かれていた。
薬莢は、凶器の具体的な報道がされていないにもかかわらず、銃撃に使用されたのと同じレミントン社製で、口径も大きさも同じサイズのものだった。
 赤報隊事件はその後も続き、警視庁は国会議員である有田芳生に「オウムの次は統一協会をやる」と明かしていたがそれは実現しなかった。その理由を2005年に引退した幹部は有田に「政治の力ですよ」と答えたが、そうであるならば、当時、朝日新聞と統一協会は有力者を通じてどこかで手を打ったのではないかと想像される。
 だからこの16日の記事でも、統一教会のとの字も、赤報隊のせの字も出ていないのではないか。
 事実とは遠いネット情報社会も困ったものだが、その遠因にはオールドメディアの姿勢も大いに問題があったような気がする。
 皇室典範改正問題でいえば、一番の原動力は統一協会の主張であった。
 韓国ファーストで北朝鮮ともつながる統一協会がなぜそこまで男系男子にこだわるのかは常識が及ばないが、反共右翼の強固な野合と考えれば理解も広がる。
 「政治の力というと自民党はもちろんだが、民社党・同盟から連合につながる富士政治大学校なども一翼を担っているから、国民民主党や中道の「賛成」もナルホドだ。
 そういう闇の勢力と密接につながっていると思われる高市早苗氏が総理大臣である怖さ。
  有田芳生著『誰も書かなかった統一教会』を一読されることをお勧めする。最寄りの書店になければ、アマゾンや楽天ですぐに購入できる。 

2026年7月17日金曜日

スマホで翻訳

    大仏殿の「柱の穴くぐり」のところで外国人観光客に、身振り手振りで「せっかくだから挑戦しなさい」と勧めていると、その人がスマホを差し出した。

 スマホの音声翻訳機能で「これにはどういう意味がありますか?」と表示があったので、「この穴は大仏様の鼻の穴と同じ大きさです」「穴をくぐり抜けると幸運がやってくるでしょう」と日本語で答えた。
 その結果その人は鼻の穴に大いに触発されて挑戦して、大いに喜んでお礼を言われた。

 もう日本語だけで国際交流が可能になった。AI的な機能は補助的には大いに利用したら良い。
 10何年前のことだろうか、学術研究都市のとある勉強会でこの種の翻訳機の話を聞いたことがあるが、スムーズな会話のためには辞書機能が十分でなく、鋭意入力中であった。またその当時は、会話翻訳機とでもいうような端末機を前提にしていた。
 それがデータバンクやクラウドシステムのおかげで、普通のスマホで実際に会話ができるのだから、確かに「恐れ入りました」。

 亡くなった義父は歳をとってから英会話の勉強を始め、電車内などで外国人を見つけるととりあえず会話をするのが趣味だった。
 私はその姿勢の足下にも及ばないが、身振り手振りで国際貢献の隅を齧っている。
  写真は孫の凜ちゃんが小さかったときのもの。

2026年7月16日木曜日

ミストシャワー

    [「熱中症対策のためには躊躇なくシェルターに逃げ込むよう」にと
テレビが言っている。クーリングシェルターという。 
 そんな折、奈良公園を通ったら、東大寺南大門東の「春日野園地」に鹿用のクーリングシェルター(ミストシャワー)が設けられていたので「さすが奈良公園だ」と感心して帰ってきた。
 日本広しと言えども鹿のためのミストシャワーは奈良ぐらいだろう。ほほえましい光景だった。

 ただ、帰ってから「チョッと待てよ?? あれはほんとうに鹿用だったのか?」と考え直すと、他の場所のミストシャワーは観光客のメインストリートに設置されているし、よくよく考えると、観光客用に設置されたミストシャワーを鹿たちがちゃっかり戴いているというのが正解のように考え直した。
 でもそれでいい。人間様はハンディ扇風機を持っているが、鹿には持つ手がない。

2026年7月15日水曜日

男系男子

    6月19日の『孫の小説』で「私は中学生時代『青い山脈』など石坂洋次郎を読んでいた」と書いたが、先日、義娘(嫁)が出演しているミニコンサートで『〽青い山脈』が演奏されたので、私も音楽療法の対象者になったような複雑な気分になった。何となく「高齢者は懐かしいでしょ」と決めつけられているような・・・
 歌は世につれ・・でもあるから正確には1949年発表の『〽青い山脈』は、ほんのチョットだけ私には古く(懐メロ感?を)感じた。「音楽と世代」というのはそれくらい微妙な時代性を持っているが、原作である小説のプンプンした戦後新時代の匂いはわが世代でも古臭くはなかった。
 封建主義の「上着」を身にまとったオヤジどもの軍国主義の時代が終わって、いざ民主主義の時代へとはいうものの、オヤジ世代は何も変わらない中、女学生と女性教師が堂々と立ち向かう青春小説は痛快だった。 

 さて、国会での皇室典範議論を見ていると、ナント時代は大きく逆戻りをしていると感じたがどうだろう。
 与党議員が「男系男子は2600年の伝統だ」と堂々と国会で発言したが、西暦(前)600年は縄文時代であり弥生文化はまだ萌芽でしかないから、この人の頭はどうなっているのだろう。そこまで神話時代を「歴史時代」だというなら、アマテラスは女神ではないのだろうか。
 「男女交際は不純だ」と言った青い山脈のオヤジ世代と全く変わらない。
 その男尊女卑思想はつい最近でも、「男の子を産まない嫁は嫁失格」みたいな悪口を女性に投げかけ、多くの女性の心を傷つけてきたのではないか。

 もうエエカゲンに克服しないとこの社会は窒息する。
 こうして典範改正に賛成した政党と議員をよく覚えておくことだ。

2026年7月14日火曜日

キャンプファイヤー

    カーラジオが〽「キャンプだホイ」というのをかけていた。私や私の子どもがキャンプをしたような時代にはそんな歌は歌っていなかったが、そんなことはどうでもよい。
 それを受けてラジオの若い?女性が二人、「昔はキャンプで歌を歌ったりしてたんだ」「今は夜に歌ったりしたら叱られるものね」とトークしたので驚いた。
 彼女らの認識が実際の状況を反映しているのかどうかは解らないが、もしかしたらそうなのかもしれないし、彼女らのいうキャンプが半ばホテルみたいなキャンプ場なのかもしれない。
 それにしても、歌は世につれ・・とも言うし、キャンプファイヤーも歴史遺産かも。

 新聞やテレビがPTAや町内会の負の側面を強調し、少なからず加入しないという選択が称賛され、その種のボランティアに少なからず伴うリスクについて「責任を問われるのが嫌だから」役員の成り手がない状況が生まれ、そして、広い意味での手作り文化が継承されず、遊びもキャンプも商業としてのプロに任せることになった結果ではないだろうかなどと想像する。
 とまれ、それは我われ高齢者を含む大人の責任ではないかと反省する。
 「何かあったらどうする」「違う意見が出るかもしれない」などという立派な言葉で馬鹿げたことを全部止めてしまった賢い大人たちの・・。

 つまらん大人たちの子どもはそれでも乗り越えていくだろうが、・・・キャンプファイヤーのことから自分たちのレセプションのことなど反省しきりの毎日だ。
 ・・・そんなことを心配するよりも、介護される身として音楽療法を受ける場合の逆提案などを今から考えておくことにしよう! その方が現実的な問題だ。


2026年7月13日月曜日

オオシオカラトンボ

    実は2020年7月に、家の中に飛び込んできて電灯に止まったトンボのことで『電気トンボ』というのを書いた。電灯に止まったから電気トンボではなく、私は小さい頃から電気トンボと呼んでいた。
 正式な名前はコシアキトンボの♀で、腰の帯が♂は白く、♂♀問わず腰が白や黄色に抜けている=空いているから『腰空きトンボ』である。写真1

    そして今般、写真2のトンボを見つけたから、同じような7月に再びやってきたコシアキトンボ=電気トンボのことを書こうかと、トンボ出版の『トンボのすべて』を開いたら、微妙に違うことに気がついた。写真2

 結論を言うとオオシオカラトンボの♀だった。
 そこでネットを繰ってみるとやはり同じような疑問を持つ人がいたらしく、オオシオカラトンボ♀とコシアキトンボ♀の見分け方というのが次のとおり出てきた。

🔳 オオシオカラトンボ♀の主な特徴
 体長はシオカラトンボより一回り大きい
 メスは黄色地に黒い縦斑の「ムギワラトンボ」型
 翅の付け根が黒く染まるのが大きな特徴

🔳 コシアキトンボ♀の主な特徴
 体長は約4049mmと中型
 黒い体に、腹部中央に太い黄色の「腰巻き」模様
 オスは白帯、メスは黄色帯で、どちらも遠目でも目立つ
 日中は池や沼の上空を巡回飛行し、あまり止まらない

 これまでは単純に「アッ 電気トンボや」と思い込んでいたのかもしれないが、こんな後期高齢者になって、初めてオオシオカラトンボ♀を知って嬉しくなっている。ココロは今も昆虫少年だ!

2026年7月12日日曜日

看護婦のオヤジがんばる

    先日来何度も大きな地震が報じられた八戸から優しい便りがあった。
 市民の力で映画を上映し、街の賑わいを創出しようとする「はちのへシネマウイーク!街に灯を!」という取り組みのことで、この秋に、原作藤田健次さんの「看護婦のオヤジがんばる」が再々々々々・・・上映されるらしいし、トークショーも計画されていると・・・・・
 私の周辺では近頃こんな話題が少なくなっていたから、少し嬉しくなって、クラウドファンディングにちょっぴり参加した。
 掲載のポスターは演劇になったときのもの。

 ・・・さて小さな取り組みだがわが退職者会ではこの秋レセプションを計画している。
 高齢者が多いためか「こんなことをやってやろうか」という元気のよい話はあまり出てこないのが寂しい。
 高校生の時に生徒会で当時の『新制作座』の公演を大成功させたことがある。それは後に、山田洋次監督が作った『同胞(はらから)』という映画の世界そのものだった。もう一度あの頃の元気を思い出したい。
 映画の主題歌「ふるさと」は次のとおり
https://bunbun.boo.jp/okera/haho/furusato_okada.htm

2026年7月11日土曜日

38親等の隔たり

    皇室典範改正が10日衆院を通過したが、翌日の新聞各紙は日本共産党塩川鉄也議員の質問に宮内庁次長が「旧宮家は1428年に伏見宮彦仁王の系譜が枝分かれした。今上陛下とは36親等から38親等の隔たりがある」と答弁したことが大きく報じていた。(写真は質問する塩川議員)
 枝分かれは約600年前のことだから、現在の旧皇族の方々は、南北朝時代北朝の崇光天皇のおよそ20世孫以上ではないだろうか。36親等の2分の1でも18世孫となる。

 丁度、中公新書・河内春人著の新刊『継体天皇』を読んでいたところなので、これには少し驚いた。つまり日本書紀は「継体天皇は応神天皇の5世孫」、史実は別にして「継体以前に天皇候補となった倭彦王は応神天皇の父の仲哀天皇の5世孫」と書いている。
 著者はこれには意味があって、日本書紀編纂時には「親王から数えて5世の者は皇親とは扱わない」(継嗣令1皇兄弟子条)があったからだと書いている。
 日本書紀編纂の養老4年(720年)の頃から、いくら子孫だといっても5世以上の者は皇親とは扱わないのであった。
 こんなことが今次皇室典範改正案に賛成できない理由だとは言わないが、「男尊女卑」を絶対的な伝統だとおっしゃる賛成議員の皆さんには、「旧宮家養子の子の皇親案は伝統に逆らっている」と一言言っておきたい。

 つまるところ改正案は、「女性蔑視」「女王は認めない」の一点にかかっている。

根性なし

    テレビが連日、サッカーのFIFAワールドカップ を話題にしているが、朝の某情報番組に日本の有名なサッカー選手が出たまま政治のコーナーに移ったとき、「国旗毀損罪は当然ですよ」「どうして今までなかったのですか」と語っていたが、誰もスポーツの国際大会で掲揚される日の丸に大反対している訳でなく、日の丸の持っている負の歴史を問う主張も現にあるし、それを罰則をもって取り締まるのは思想信条の自由に反するし、人の考えを刑罰で取り締まるというのは独裁国家に通じるという真面目な議論がなく残念だった。

 私の勝手な印象だが、他のスポーツ選手に比べてサッカー選手はおおむねメディアで饒舌で、ありきたりの「スポーツバカ」でない印象を好意的に感じていたが、その後、トランプの横槍に対してFIFA会長が、レッドカードのアメリカ選手のルールどおりの出場停止を事実上覆した無茶苦茶が起こったが、印象として饒舌だと感じていたサッカー関係者の中から、批判の意見が出てこなかったことには重ねて残念だった。何がスポーツマンシップだ!
 美輪明宏さんの指摘ではないが、強い者には弱く弱い者には強く出るのが「ニッポンの男」(含:スポーツマン)かとつくづく思うことが多い。

 皇室典範改正問題でも奇異なのは、一般論として右翼というのは皇室を崇拝しているものだと理解していたが、今般の自民、維新提出の案は徹底して現皇室を軽視、もっと言えば馬鹿にしているのに、これに「異議あり」という声を聞かないのは「縦型専制スポーツバカ」と同じということだろうか。
 「国民の多くは女性天皇を認めている」「もっとまともにそれを議論しよう」という共産党が、よほど人間味に溢れている。

 伝統だ血筋だというのなら、ほんの数ページでよいから古代史の勉強をすればよい。この国の文化の土台を作ったのは渡来人であり、大陸の文化であった。それには一言も反論できないだろう。
 上皇(平成の天皇)は、サーッカーの日韓共同開催や平城京遷都1300年祭の折りに天皇として、「桓武天皇の母である高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王(ぶねいおう)を始祖とする渡来人の子孫であった」と感慨深く述べられたが、右翼の皆さんはこの真面目な「おことば」の爪の垢ぐらいは思うがよい。

2026年7月10日金曜日

梅雨明け十日

    大阪管区気象台は7月8日、近畿の梅雨明けを宣言した。
 その前日の7日に大阪市内へ出かけたが、駅までの自転車の行きかえりにセミとキリギリスを初めて聞いたから「これは今日明日にでも梅雨明けだな」と確信した。
 例えば雨が降ったりやんだりのときも、これで雨は終わり!というときにはヒヨドリやスズメが鳴き始めるから、洗濯物を外に出したりすることがある。
 要するに、人間が高級な機器で答えを探している間に、野生動物たちは確実に正確な判断を出していて、いつも感心している。
 観天望気をバカにしてはいけない。
 亡くなった親などがカンカン照りの夏の朝「朝のカンカン照りに気をつけろ」「夕立が来るから傘を持って出ぇ」とよく言ったが、ほんとうにそうなった記憶がある。
 写真は大阪寒気気象台の露場。今は機器のセンサーが少し立っているだけで面白みがないが、以前には百葉箱や雨量計などがそれらしく立っていた。7日撮影。

 若い頃は「梅雨明け十日」は登山日和ということでこの言葉に嬉しかったものが、現在では猛暑に注意!体調に注意!の恐ろしい言葉に変わっている。

2026年7月9日木曜日

ご養子筋

    角川財団学芸賞受賞の上野誠著『魂の古代学=問いつづける折口信夫』(新潮選書)の中に『ご養子筋』という章がある。 
 ちなみに、折口信夫は、著名な民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空という名を持つ詩人、歌人である。優れた歌に与えられる迢空賞は第60回を数えている。

 それはさておき、大阪・木津の商家であった折口家は大阪でいうご養子筋であった。
 大阪の大店(おおだな)では実子の息子でも家業に馴染めないとか才覚がもう一つの場合は、身の立つように独立させ、暖簾は家つき娘が継ぐことになる。
 養子は、商家ならよくできた番頭、料亭なら一番腕の立つ料理人、医院なら次男以下の秀才から選ぶからお家は安泰となる。もちろん、何百年も前に分かれた親戚筋などということは論外だ。

 大阪の大店はこの「ご養子筋」が多く、「ご養子筋」は誉め言葉だというのである。
 折口家も大和や紀州から入った養子が代々を引き継いできたが、それでも折口家は大阪・木津の商家以外の何者でもない。
 かくいうわが家の過去帳でも丹波から養子に入ったりしているが、家としては大阪の元商家で、丹波とのゆかりは全く伝えられていない。
 これらは大阪の商家の優れた知恵であったのだ。
 昨今の皇室典範問題を聴くにつれ、何とも知恵のないことよという気分でいる。大店にはいとさんがいるではないかと。
 伝統の知恵に学ぶなら、大阪の商家の知恵など噛みしめても悪くはないはず。