2026年7月28日火曜日

堺小学水泳歌

    「若い頃、好きな季節は夏だった」と川柳を一句捻ってみたが、昨今の殺人的な酷暑ではそれらは遠い思い出になってしまった。
 思い出ついでに『堺小学水泳歌』のことを書こうとネットを検索してみると、古い私のブログが出てきた。これでは参考にもならない。
 そこで、思い出の前にその歌詞を書いておく。

 🔳 堺小学水泳歌(大正2年制定)

八重の荒波蹴破りて  南洋呂宋(るそん)に国の名を
あげて帰りし英雄の  血潮湧き立つあゝ我等
海に鍛え(来たれ?)や泳げよや  我等の友はちぬの海

玉なす汗は滝のごと  五体も溶くる暑き日に
寄する波間をかきわけて  石津 浜寺 大津の洲
静かに見つゝ歌ひつゝ  泳ぎゆくこそあゝ愉快

我に鍛へし腕はあり  我に練りたる脚はあり
狂瀾怒涛荒れは荒れ  何の恐るゝことあらん
よき道場よ慣れし身の  我茅渟の健児国

海は天与の大宝庫  水産業に海運に
利用の道は数多し  海に親しみ海に慣れ
海を恐れず国富(くにとみ)の  増進図れ我健児

競争激しき今の世は  身の健康が第一ぞ
暑さにやけて日に焦げて  鬼と見まかふまで泳ぎ
海を領(りょう)せよかくてこそ 末(すえ)頼まれるあゝ健児 

 これは『堺人第2号』に投稿した。
 昭和32年33年頃、臨海工業地帯造成のため大浜海水浴場が閉鎖される前年まで、英彰小学校では学校から水着姿で並んで、先生の打ち鳴らす大太鼓に声を揃えて大浜海水浴場まで行進した。
 そんな記憶をお持ちの方は70代後半80歳以上の方々となるので、ただただ記録のためにアップしておくが、音痴な上に記憶も定かでないことを断っておく。



 

2026年7月27日月曜日

NHK先輩のハッとする指摘

    25日の朝日新聞『テレビ時評』に元NHKアナウンサーの山根基世さん、「さすがタイパの時代の首相だ」 で始まって、「どんな議論がなされたのか、録画しておいたNHKの国会中継を見た」ところ、「ハッとするのは立憲民主党や共産党・・の鋭い質問に・・実にスリリングで見入った」と。
 山根さんは言う、「でもこれだけの時間をかけて議論を聞ける人はどれだけいるだろう」。結局、定時のニュースで与党側の説明や答弁がサッと触れられるだけでいいのか、もう少し議論の焦点をダイジェストした番組もあっていいのでは? NHKには誰からも干渉されない編集の自由があるのだから、との提起には後輩たちへの熱い期待が感じられる短文だった。
 世論形勢にSNSの情報が大きな力を持つ時代。新聞を含めオールドメディア内のジャーナリストよガンバレ!

2026年7月26日日曜日

データセンターに注意

    データセンター(DC)については5月24日に『AIとDC』というタイトルで書いたが、大量の電力消費、排熱、低周波や空調に伴う騒音、振動、地下水、排気ガス、危険物の大量保管など環境に大きな問題があるにもかかわらず、現状ではほとんど法規制もないので、「何か大きなビルか倉庫でも建つのかな」などと思っているとエライことになる。

 先行した京阪奈学研都市では大問題になったので、精華町では新規参入はストップしたが、それでも2施設が稼働、2施設が建設中になっている。
 精華町がストップしたためか、京都府では八幡市、京田辺市、舞鶴市で着工又は計画が進んでいる。
 また京都府は住民運動の力が強いからか、大阪府下では着々と増え続けている。

 京都府でいうと、受電容量(消費電力の最大値)は計画中のものを含めて614メガワットに上り、年間消費電力は、京都府の一般家庭全世帯分に匹敵する。
 その莫大な熱を排出する冷却設備は24時間365日稼働するし、非常用発電機は常に点検運転してそなえている。
 5月に書いたが、非常用発電機の点検運転でものすごい音と振動、そしてガス(臭気)が発生したので、周辺住民は「工場爆発か?」と大騒ぎになった。
 明日はあなたの街で起こるかもしれない問題だから、関心を研ぎ澄ましておく必要がありそうだ。

2026年7月25日土曜日

夏まつり

    大阪の夏祭は愛染さんに始まって住吉さんに終わるといわれている。
 今日は昨日書いたとおり天満の天神祭の本宮である。
 一般に、農村の祭は基本的に秋祭で、収穫の感謝をして来年の豊作をお願いするものだといわれている。一方都会の祭の多くは夏祭で、疫病除けが多いと。異論はない。
 あえて秋祭と夏祭を分けて論じる必要もないかもしれないが、コロナ騒ぎを思い起こしても、人知を超える不幸(災難)に神の力を期待する心は解る。
 では、どのようにして神に力を発揮してもらうのかというと、一言でいうと「接待」で、多くの人間が喜ぶようなことを賑やかに「もてなす」のだろう。
 祭の中の祭と言われ、賀茂の祭(葵祭)の先輩にあたるのが奈良の春日若宮御祭だが、それは貴族社会に由来しているためか古典芸能の大会のようだが、どうも大阪の庶民の祭の環境の中で育った身としては、おとなしく見えてしまい、布団太鼓やダンジリの音が懐かしい。
 私は現在、いわゆるニュータウンに住んでいるが、以前は盆踊りや屋台を手作りした夏祭に走り回ったものだ。それが転居したり、人口の高齢化があり、コロナ禍があったり、殺人的な猛暑のため、多くの街で秋祭にしたり、規模が縮小されている。
 そんなもので今夜はテレビで天神祭に参加しようと思っている。
 船渡御ほど有名ではないが、傘踊りもいいものだ。

2026年7月24日金曜日

天神祭の伝統の一側面

    天神祭。今日は宵宮、明日は本宮なもので、625日に書いた記事を復習する。
 発端は、613日早朝の『ラジオ深夜便』で、大阪天満宮文化研究所所長の天神祭などに関するインタビューが再放送され、次の話に「えッ知らんかった」と思ったことだった。
 その昔、天神祭には御神輿が2基出て、もちろん第1の御神輿には天神様(菅原道真)を乗せ、そしてその後ろの御神輿には「無実の罪で追われ恨みを抱える天神様(菅原道真)が荒ぶった際におさえるために天台座主「法性坊(ほうしょうぼう)尊意」を乗せていた」という話で、浅学の私には聞き始めのことだった。
 法性坊尊意は道真の仏教学の師であり、大旱魃に雨を降らせたり、平将門の乱の折には将門を調伏した実力者であった。故に実は大天狗だとも言われていた「法力(ほうりき)」の僧だった。
 「伝統」という言葉を使って語るならこれが「伝統」でよいのだが、問題は明治の神仏分離、廃仏毀釈が天神祭にまで及んできたことだ。「神様が坊さんに守られるとは・・」ということだろう。国家神道というものである。
 そこで御神輿の法性坊尊意はレッドカード即退場となり、日本書紀に登場する相撲の神様「野見宿禰(のみのすくね)」に交代し、さらには神輿を増やして、日本神話の力持ちの神様「手力雄命(たぢからおのみこと)」も加わって現在に至っている。
 如何にも明治らしい、「法力」よりも「腕力(わんりょく)」の時代を表している。
 先日は国会で「男系男子の歴史は2600年の伝統」と宣うた与党重鎮がいたが、「伝統」という言葉には気をつける必要がある。神話にしても、せめて平田篤胤が「天皇の御大祖は女神」と断じていることぐらいは勉強しておいた方がよい。
 こうして天神祭も、普通には949年頃からの古い伝統のように思ってしまうが、真実はたかが明治の神仏分離令以降のスタイルを見ているという部分もある。
 (写真は、加藤義明さんの切り絵「催太鼓」)

 先日国会で日本共産党塩川鉄也衆議院議員の「なぜ女性は天皇になれないのか」という質問に、木原官房長官が答弁不能になったが、なにがなんでも「明治憲法による」とは言えないので口を濁した訳である。
 『虎に翼』の台詞のとおり、戦前の民法は「既婚の女子は無能力者」であったし、実際、右寄りの人々は現皇后にも「男子を産め」と攻め立ててきたのではないかと想像するが、我われはほんとうの伝統とニセの伝統を見分ける必要がある。
 仮に愛子さんが男子を産んでもその男子は天皇になれないが、南北朝時代に分かれた現天皇と38親等離れた「宮家」に男子が生まれれば天皇になるという理屈。常識も良識も超えている。
 *縄文に天皇がいたというニセ情報*

2026年7月23日木曜日

受粉貢献度

    近ごろ庭に新種の真っ黒なクマバチが登場したことは以前に書いた。
 それはタイワンタケクマバチで、輸入した竹材などにくっついて入ってきた新参者で、国立環境研究所の「侵入生物データベース」にも載せられている。早い話が駆除対象のハチである。
 だいたいが、昆虫世界も人類とよく似ていて、在来の日本種は若干ひ弱で、新参の外来種はどうも逞しく見える。
 ただ昆虫については「ひ弱」と言ってはみたが、日本人の異常な潔癖主義もあり、在来の蝶も蜂も、日本人が徹底的に排除してきたからということもある。その間隙を縫って外来種が元気に見えるのかも。
 このタイワンタケクマバチ、在来のキムネクマバチからすると見栄えは良くない。その大きさからも何となく好きになれない。
 ところが、先に述べたように元々の蝶や蜜蜂が少なくなったので、家庭菜園のキュウリの受粉では絶大な貢献をしてくれている。
 写真はキンカンの花だが同じこと。
 有益な野菜や花に対しての貢献度は非常に高い。
 外来種の問題はよくよく知っているつもりだが、「怖そうだ」「駆除だ」でよいものかどうか。 
 そもそもはミツバチ科なのだから、近頃はタイワンタケクマバチの飛翔を楽しんでいる。

2026年7月22日水曜日

表現の自由

    悪法が成立してからこんな文章を書くという自身の「体たらく」を恥じつつ、後々のために思うところを書き残しておきたい。 
 日本の国旗損壊処罰法案について、参院内閣委員会は14日、参考人から意見を聴取したが、その中で、中央大学法学部の橋本基弘教授(憲法)(副学長)は、「近代国家のイロハのイとも言える罪刑法定主義を全く満たしていない」と指摘した。
 法案が「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で「公然と国旗を損壊」した場合を処罰対象としている点について、極めて主観的であいまいだとし、「後出しジャンケン的な解釈による適用を許すような刑罰法規は、法の支配の否定を意味する」との見解を示した。
 また、国旗は国家の象徴であり、それを損壊する行為は「国家への最も強力な抗議のメッセージ」の手段になるとし、これらの行為を処罰することは「国家や政府に対する最も強力な批判を禁止することを意味する」と訴えた。

 私が遅まきながら「なるほど」と気がつき、もっと早く気がつくべきだったと反省したのはこの最後段の指摘である。仮にも『国旗を焼く意図』というのがあったとして、それは政府に対する批判であり、民主主義にとってみると根幹的な表現の自由である。
 政府・政策を批判するのが表現の自由の主目的であるから、それを容認しないのは独裁国家である。「国旗毀損」と言いながら、結局は政府批判を取り締まるという危険性の方が遥かに大きい。
 ちなみに1989年 米国最高裁判事 アンソニー・ケネディの言らしいが、「国旗が守っている自由の中には、その国旗を軽蔑する自由も含まれている。」というのにはアメリカの民主主義の根性を感じる。

 付言すると、スポーツの国際大会等で日の丸が掲揚されるのに嫌悪する人は少ないとは思うが、同時に、人の感情はそれほど単純ではないということも理解しておくことが「大人」の理性である。
 例えば、夏の夜の花火は一般的には美しく好ましい。しかし、東京大空襲を経験された半藤一利さん、その妻で漱石の孫でもあって長岡大空襲を経験された半藤茉莉子さんは「花火は嫌いだ」と綴っておられる。
 この法案は、例えてみれば、「みんな花火は美しいと言っているのだから花火は嫌いだなどと言うな」に通じる。
 国の権力者であっても、象徴であっても、国歌や国旗であっても、それを軽蔑したり毀損する自由こそもっとも大切な、根幹的な表現の自由なのだ。

2026年7月21日火曜日

クマゼミしぐれ

    わが家のモチノキがクマゼミの集会所になっている。抜け殻もいっぱいついているし、目の前で、スマホを近づけても鳴き続けている。
 早朝から鳴きだすクマゼミは昼前には嘘のようにピタッと鳴き止む。
 ラジオで某タレント?が「クマゼミなど聞いたことがない」と言っていたが、大都会の「マンションから地下鉄」みたいだとそうかもしれないし、それよりも昼頃から動き出して専ら夜に働く皆さんとは生活時計が合わないのではないか。
 私の経験では、都会といっても大阪市内の古い児童公園にはセミがいっぱいで、自然が豊かといわれる郊外よりも蝉しぐれはすごいと思っている。

 蝉という漢字の音読みは「セン」で、クマゼミの「センセンセンセン」という鳴き声が語源という説もある。「シャンシャンシャンシャン」と聞こえるがどうだろう。
 ただ、翻訳機能で現代中国語(簡体)(繁体)を聴いてもクマゼミの感じはなかったし、広東語もさらに遠かった。もしかすると古い発音、あるいはセミの多い南部のなまりかも? で、この説は「文献にあった」程度の理解としておこう。

2026年7月20日月曜日

ナフサ不足の影響

    トランプがイランに戦争を仕掛けたのがきっかけで「ホルムズ海峡封鎖」が起こり、石油自給率ほぼ0%の日本の我われ庶民は困っている。
 高市内閣は民政については全く無能というか、ひたすらトランプのご機嫌を損なわぬよう「無策」を続け、それでも実体経済は、例えばナフサ不足によって価格高騰を産んでいる。
 すると「それは目詰まりだ!」と、どこかに犯人がいるかのような詭弁を弄して、この、まるで詐欺犯人のような問題すり替えは非常に恐ろしい。

 さて、退職者会の消耗品として『クリアホルダー』を100数十枚購入することになったので、1円でも安く買おうとネットを探したが、ナフサ不足はここにまで及んできて、先週まであった値段がなくなり、全体に値上がりがはっきりしてきた。『ナフサ不足、ここまで来たか!』というのが実感で、結局、某百均が一番安く感じられたので購入に走り、朝一番にその棚をほゞ空にした。

 ラベルシールの最安値はネットで購入した。AMAZONの送料無料で上手くいった。
 ただ、パソコンとプリンターの色彩の調整は上手くいかず、というのも苦心の上でほぼ完成させた図を保管忘れ、再現しようとしても上手くいかず、休日労働は早朝から夜の10時まで要した。
 心地よい疲労感を感じつつこの記事を書いている。は~~~


2026年7月19日日曜日

大阪市を廃止する都構想

    少しざっくばらんに語らせていただくと、昔から古臭い大阪府議会議員や知事からは「なんで大阪市議会議員や大阪市長のほうが報酬が高いねん」という大きな不満があった。(これはほんとうのことだった)
 もうひとつ、長年の大阪経済のジリ貧の一方、東京の発展に対する強烈な劣等感が府議会等で大きくなり、実質は別にしても、表看板だけでも東京に並ぶ大阪都という名前がほしいという声が大阪経済の衰退と反比例して知事周辺で大きくなった。
 ただ、その程度の話ながら・・・、その程度のことだけに、そのボンヤリした「スローガン」は大阪庶民の閉塞感に幻の夢を与えたことも事実である。

    実際には、維新の府市政では、老朽化した上下水道や排水ポンプの更新が遅れ、道路陥没やマンホールからの汚水噴出などが相次いでいる。
 今年3月には地下に埋設された巨大な下水道管が地上へせり上がり、一時は高架の新御堂筋に接触しかねない事態になり、幹線道路が通行止めになるなど大きな混乱が起きた。
 6月の大雨では生野区でマンホールのふたが吹き飛び、下水が噴き出す事故も発生した。
 大阪市では法定耐用年数を超えた水道管が全体の約51%に達しており、全国平均を大きく上回る老朽化が進んでいるというのに・・・。
それでも吉村知事的には大阪市の財布を自分の手に入れてカジノ(IR)を作りたい。そのためには、政令指定都市である大阪市という権限がなくなってもよいと言っている。
少しでも政治や地方自治を知っているものからすると、政令指定都市という権限で仕事を思い通りにしたいと考えるもので、それを半人前以下の自治体?の「区」に格下げして住民が得することなど何もない。
はっきり言うが、大阪市を廃止して幾つかの区にして市民の暮らしが良くなるなど詐欺師の話である。

2026年7月18日土曜日

朝日記者定年退職

7
16日の朝日新聞に「阪神支局襲撃事件の目撃者である社員が定年退職」という記事が掲載され「未解決のまま去るのは残念」とあった。
今年の52日に「明日は53日」という記事で「198753日を思い起こそう」と書いたが、それは、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害された『赤報隊事件』のひとつである。当時、統一協会の霊感商法批判キャンペーンを展開していた朝日新聞が襲撃されたのだった。
その当時、統一協会はいろんな関連団体を通じて、殺傷能力のある空気散弾銃を大量に輸入し、全国で銃砲店や射撃場を経営し、「特殊部隊」=軍事組織を組織していたといわれていた。
その3日後の56日午前、朝日新聞東京本社に散弾銃の使用済み薬莢2個と脅迫状が届き、そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」と書かれていた。
薬莢は、凶器の具体的な報道がされていないにもかかわらず、銃撃に使用されたのと同じレミントン社製で、口径も大きさも同じサイズのものだった。
 赤報隊事件はその後も続き、警視庁は国会議員である有田芳生に「オウムの次は統一協会をやる」と明かしていたがそれは実現しなかった。その理由を2005年に引退した幹部は有田に「政治の力ですよ」と答えたが、そうであるならば、当時、朝日新聞と統一協会は有力者を通じてどこかで手を打ったのではないかと想像される。
 だからこの16日の記事でも、統一教会のとの字も、赤報隊のせの字も出ていないのではないか。
 事実とは遠いネット情報社会も困ったものだが、その遠因にはオールドメディアの姿勢も大いに問題があったような気がする。
 皇室典範改正問題でいえば、一番の原動力は統一協会の主張であった。
 韓国ファーストで北朝鮮ともつながる統一協会がなぜそこまで男系男子にこだわるのかは常識が及ばないが、反共右翼の強固な野合と考えれば理解も広がる。
 「政治の力というと自民党はもちろんだが、民社党・同盟から連合につながる富士政治大学校なども一翼を担っているから、国民民主党や中道の「賛成」もナルホドだ。
 そういう闇の勢力と密接につながっていると思われる高市早苗氏が総理大臣である怖さ。
  有田芳生著『誰も書かなかった統一教会』を一読されることをお勧めする。最寄りの書店になければ、アマゾンや楽天ですぐに購入できる。 

2026年7月17日金曜日

スマホで翻訳

    大仏殿の「柱の穴くぐり」のところで外国人観光客に、身振り手振りで「せっかくだから挑戦しなさい」と勧めていると、その人がスマホを差し出した。

 スマホの音声翻訳機能で「これにはどういう意味がありますか?」と表示があったので、「この穴は大仏様の鼻の穴と同じ大きさです」「穴をくぐり抜けると幸運がやってくるでしょう」と日本語で答えた。
 その結果その人は鼻の穴に大いに触発されて挑戦して、大いに喜んでお礼を言われた。

 もう日本語だけで国際交流が可能になった。AI的な機能は補助的には大いに利用したら良い。
 10何年前のことだろうか、学術研究都市のとある勉強会でこの種の翻訳機の話を聞いたことがあるが、スムーズな会話のためには辞書機能が十分でなく、鋭意入力中であった。またその当時は、会話翻訳機とでもいうような端末機を前提にしていた。
 それがデータバンクやクラウドシステムのおかげで、普通のスマホで実際に会話ができるのだから、確かに「恐れ入りました」。

 亡くなった義父は歳をとってから英会話の勉強を始め、電車内などで外国人を見つけるととりあえず会話をするのが趣味だった。
 私はその姿勢の足下にも及ばないが、身振り手振りで国際貢献の隅を齧っている。
  写真は孫の凜ちゃんが小さかったときのもの。

2026年7月16日木曜日

ミストシャワー

    [「熱中症対策のためには躊躇なくシェルターに逃げ込むよう」にと
テレビが言っている。クーリングシェルターという。 
 そんな折、奈良公園を通ったら、東大寺南大門東の「春日野園地」に鹿用のクーリングシェルター(ミストシャワー)が設けられていたので「さすが奈良公園だ」と感心して帰ってきた。
 日本広しと言えども鹿のためのミストシャワーは奈良ぐらいだろう。ほほえましい光景だった。

 ただ、帰ってから「チョッと待てよ?? あれはほんとうに鹿用だったのか?」と考え直すと、他の場所のミストシャワーは観光客のメインストリートに設置されているし、よくよく考えると、観光客用に設置されたミストシャワーを鹿たちがちゃっかり戴いているというのが正解のように考え直した。
 でもそれでいい。人間様はハンディ扇風機を持っているが、鹿には持つ手がない。

2026年7月15日水曜日

男系男子

    6月19日の『孫の小説』で「私は中学生時代『青い山脈』など石坂洋次郎を読んでいた」と書いたが、先日、義娘(嫁)が出演しているミニコンサートで『〽青い山脈』が演奏されたので、私も音楽療法の対象者になったような複雑な気分になった。何となく「高齢者は懐かしいでしょ」と決めつけられているような・・・
 歌は世につれ・・でもあるから正確には1949年発表の『〽青い山脈』は、ほんのチョットだけ私には古く(懐メロ感?を)感じた。「音楽と世代」というのはそれくらい微妙な時代性を持っているが、原作である小説のプンプンした戦後新時代の匂いはわが世代でも古臭くはなかった。
 封建主義の「上着」を身にまとったオヤジどもの軍国主義の時代が終わって、いざ民主主義の時代へとはいうものの、オヤジ世代は何も変わらない中、女学生と女性教師が堂々と立ち向かう青春小説は痛快だった。 

 さて、国会での皇室典範議論を見ていると、ナント時代は大きく逆戻りをしていると感じたがどうだろう。
 与党議員が「男系男子は2600年の伝統だ」と堂々と国会で発言したが、西暦(前)600年は縄文時代であり弥生文化はまだ萌芽でしかないから、この人の頭はどうなっているのだろう。そこまで神話時代を「歴史時代」だというなら、アマテラスは女神ではないのだろうか。
 「男女交際は不純だ」と言った青い山脈のオヤジ世代と全く変わらない。
 その男尊女卑思想はつい最近でも、「男の子を産まない嫁は嫁失格」みたいな悪口を女性に投げかけ、多くの女性の心を傷つけてきたのではないか。

 もうエエカゲンに克服しないとこの社会は窒息する。
 こうして典範改正に賛成した政党と議員をよく覚えておくことだ。

2026年7月14日火曜日

キャンプファイヤー

    カーラジオが〽「キャンプだホイ」というのをかけていた。私や私の子どもがキャンプをしたような時代にはそんな歌は歌っていなかったが、そんなことはどうでもよい。
 それを受けてラジオの若い?女性が二人、「昔はキャンプで歌を歌ったりしてたんだ」「今は夜に歌ったりしたら叱られるものね」とトークしたので驚いた。
 彼女らの認識が実際の状況を反映しているのかどうかは解らないが、もしかしたらそうなのかもしれないし、彼女らのいうキャンプが半ばホテルみたいなキャンプ場なのかもしれない。
 それにしても、歌は世につれ・・とも言うし、キャンプファイヤーも歴史遺産かも。

 新聞やテレビがPTAや町内会の負の側面を強調し、少なからず加入しないという選択が称賛され、その種のボランティアに少なからず伴うリスクについて「責任を問われるのが嫌だから」役員の成り手がない状況が生まれ、そして、広い意味での手作り文化が継承されず、遊びもキャンプも商業としてのプロに任せることになった結果ではないだろうかなどと想像する。
 とまれ、それは我われ高齢者を含む大人の責任ではないかと反省する。
 「何かあったらどうする」「違う意見が出るかもしれない」などという立派な言葉で馬鹿げたことを全部止めてしまった賢い大人たちの・・。

 つまらん大人たちの子どもはそれでも乗り越えていくだろうが、・・・キャンプファイヤーのことから自分たちのレセプションのことなど反省しきりの毎日だ。
 ・・・そんなことを心配するよりも、介護される身として音楽療法を受ける場合の逆提案などを今から考えておくことにしよう! その方が現実的な問題だ。


2026年7月13日月曜日

オオシオカラトンボ

    実は2020年7月に、家の中に飛び込んできて電灯に止まったトンボのことで『電気トンボ』というのを書いた。電灯に止まったから電気トンボではなく、私は小さい頃から電気トンボと呼んでいた。
 正式な名前はコシアキトンボの♀で、腰の帯が♂は白く、♂♀問わず腰が白や黄色に抜けている=空いているから『腰空きトンボ』である。写真1

    そして今般、写真2のトンボを見つけたから、同じような7月に再びやってきたコシアキトンボ=電気トンボのことを書こうかと、トンボ出版の『トンボのすべて』を開いたら、微妙に違うことに気がついた。写真2

 結論を言うとオオシオカラトンボの♀だった。
 そこでネットを繰ってみるとやはり同じような疑問を持つ人がいたらしく、オオシオカラトンボ♀とコシアキトンボ♀の見分け方というのが次のとおり出てきた。

🔳 オオシオカラトンボ♀の主な特徴
 体長はシオカラトンボより一回り大きい
 メスは黄色地に黒い縦斑の「ムギワラトンボ」型
 翅の付け根が黒く染まるのが大きな特徴

🔳 コシアキトンボ♀の主な特徴
 体長は約4049mmと中型
 黒い体に、腹部中央に太い黄色の「腰巻き」模様
 オスは白帯、メスは黄色帯で、どちらも遠目でも目立つ
 日中は池や沼の上空を巡回飛行し、あまり止まらない

 これまでは単純に「アッ 電気トンボや」と思い込んでいたのかもしれないが、こんな後期高齢者になって、初めてオオシオカラトンボ♀を知って嬉しくなっている。ココロは今も昆虫少年だ!

2026年7月12日日曜日

看護婦のオヤジがんばる

    先日来何度も大きな地震が報じられた八戸から優しい便りがあった。
 市民の力で映画を上映し、街の賑わいを創出しようとする「はちのへシネマウイーク!街に灯を!」という取り組みのことで、この秋に、原作藤田健次さんの「看護婦のオヤジがんばる」が再々々々々・・・上映されるらしいし、トークショーも計画されていると・・・・・
 私の周辺では近頃こんな話題が少なくなっていたから、少し嬉しくなって、クラウドファンディングにちょっぴり参加した。
 掲載のポスターは演劇になったときのもの。

 ・・・さて小さな取り組みだがわが退職者会ではこの秋レセプションを計画している。
 高齢者が多いためか「こんなことをやってやろうか」という元気のよい話はあまり出てこないのが寂しい。
 高校生の時に生徒会で当時の『新制作座』の公演を大成功させたことがある。それは後に、山田洋次監督が作った『同胞(はらから)』という映画の世界そのものだった。もう一度あの頃の元気を思い出したい。
 映画の主題歌「ふるさと」は次のとおり
https://bunbun.boo.jp/okera/haho/furusato_okada.htm

2026年7月11日土曜日

38親等の隔たり

    皇室典範改正が10日衆院を通過したが、翌日の新聞各紙は日本共産党塩川鉄也議員の質問に宮内庁次長が「旧宮家は1428年に伏見宮彦仁王の系譜が枝分かれした。今上陛下とは36親等から38親等の隔たりがある」と答弁したことが大きく報じていた。(写真は質問する塩川議員)
 枝分かれは約600年前のことだから、現在の旧皇族の方々は、南北朝時代北朝の崇光天皇のおよそ20世孫以上ではないだろうか。36親等の2分の1でも18世孫となる。

 丁度、中公新書・河内春人著の新刊『継体天皇』を読んでいたところなので、これには少し驚いた。つまり日本書紀は「継体天皇は応神天皇の5世孫」、史実は別にして「継体以前に天皇候補となった倭彦王は応神天皇の父の仲哀天皇の5世孫」と書いている。
 著者はこれには意味があって、日本書紀編纂時には「親王から数えて5世の者は皇親とは扱わない」(継嗣令1皇兄弟子条)があったからだと書いている。
 日本書紀編纂の養老4年(720年)の頃から、いくら子孫だといっても5世以上の者は皇親とは扱わないのであった。
 こんなことが今次皇室典範改正案に賛成できない理由だとは言わないが、「男尊女卑」を絶対的な伝統だとおっしゃる賛成議員の皆さんには、「旧宮家養子の子の皇親案は伝統に逆らっている」と一言言っておきたい。

 つまるところ改正案は、「女性蔑視」「女王は認めない」の一点にかかっている。

根性なし

    テレビが連日、サッカーのFIFAワールドカップ を話題にしているが、朝の某情報番組に日本の有名なサッカー選手が出たまま政治のコーナーに移ったとき、「国旗毀損罪は当然ですよ」「どうして今までなかったのですか」と語っていたが、誰もスポーツの国際大会で掲揚される日の丸に大反対している訳でなく、日の丸の持っている負の歴史を問う主張も現にあるし、それを罰則をもって取り締まるのは思想信条の自由に反するし、人の考えを刑罰で取り締まるというのは独裁国家に通じるという真面目な議論がなく残念だった。

 私の勝手な印象だが、他のスポーツ選手に比べてサッカー選手はおおむねメディアで饒舌で、ありきたりの「スポーツバカ」でない印象を好意的に感じていたが、その後、トランプの横槍に対してFIFA会長が、レッドカードのアメリカ選手のルールどおりの出場停止を事実上覆した無茶苦茶が起こったが、印象として饒舌だと感じていたサッカー関係者の中から、批判の意見が出てこなかったことには重ねて残念だった。何がスポーツマンシップだ!
 美輪明宏さんの指摘ではないが、強い者には弱く弱い者には強く出るのが「ニッポンの男」(含:スポーツマン)かとつくづく思うことが多い。

 皇室典範改正問題でも奇異なのは、一般論として右翼というのは皇室を崇拝しているものだと理解していたが、今般の自民、維新提出の案は徹底して現皇室を軽視、もっと言えば馬鹿にしているのに、これに「異議あり」という声を聞かないのは「縦型専制スポーツバカ」と同じということだろうか。
 「国民の多くは女性天皇を認めている」「もっとまともにそれを議論しよう」という共産党が、よほど人間味に溢れている。

 伝統だ血筋だというのなら、ほんの数ページでよいから古代史の勉強をすればよい。この国の文化の土台を作ったのは渡来人であり、大陸の文化であった。それには一言も反論できないだろう。
 上皇(平成の天皇)は、サーッカーの日韓共同開催や平城京遷都1300年祭の折りに天皇として、「桓武天皇の母である高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王(ぶねいおう)を始祖とする渡来人の子孫であった」と感慨深く述べられたが、右翼の皆さんはこの真面目な「おことば」の爪の垢ぐらいは思うがよい。

2026年7月10日金曜日

梅雨明け十日

    大阪管区気象台は7月8日、近畿の梅雨明けを宣言した。
 その前日の7日に大阪市内へ出かけたが、駅までの自転車の行きかえりにセミとキリギリスを初めて聞いたから「これは今日明日にでも梅雨明けだな」と確信した。
 例えば雨が降ったりやんだりのときも、これで雨は終わり!というときにはヒヨドリやスズメが鳴き始めるから、洗濯物を外に出したりすることがある。
 要するに、人間が高級な機器で答えを探している間に、野生動物たちは確実に正確な判断を出していて、いつも感心している。
 観天望気をバカにしてはいけない。
 亡くなった親などがカンカン照りの夏の朝「朝のカンカン照りに気をつけろ」「夕立が来るから傘を持って出ぇ」とよく言ったが、ほんとうにそうなった記憶がある。
 写真は大阪寒気気象台の露場。今は機器のセンサーが少し立っているだけで面白みがないが、以前には百葉箱や雨量計などがそれらしく立っていた。7日撮影。

 若い頃は「梅雨明け十日」は登山日和ということでこの言葉に嬉しかったものが、現在では猛暑に注意!体調に注意!の恐ろしい言葉に変わっている。

2026年7月9日木曜日

ご養子筋

    角川財団学芸賞受賞の上野誠著『魂の古代学=問いつづける折口信夫』(新潮選書)の中に『ご養子筋』という章がある。 
 ちなみに、折口信夫は、著名な民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空という名を持つ詩人、歌人である。優れた歌に与えられる迢空賞は第60回を数えている。

 それはさておき、大阪・木津の商家であった折口家は大阪でいうご養子筋であった。
 大阪の大店(おおだな)では実子の息子でも家業に馴染めないとか才覚がもう一つの場合は、身の立つように独立させ、暖簾は家つき娘が継ぐことになる。
 養子は、商家ならよくできた番頭、料亭なら一番腕の立つ料理人、医院なら次男以下の秀才から選ぶからお家は安泰となる。もちろん、何百年も前に分かれた親戚筋などということは論外だ。

 大阪の大店はこの「ご養子筋」が多く、「ご養子筋」は誉め言葉だというのである。
 折口家も大和や紀州から入った養子が代々を引き継いできたが、それでも折口家は大阪・木津の商家以外の何者でもない。
 かくいうわが家の過去帳でも丹波から養子に入ったりしているが、家としては大阪の元商家で、丹波とのゆかりは全く伝えられていない。
 これらは大阪の商家の優れた知恵であったのだ。
 昨今の皇室典範問題を聴くにつれ、何とも知恵のないことよという気分でいる。大店にはいとさんがいるではないかと。
 伝統の知恵に学ぶなら、大阪の商家の知恵など噛みしめても悪くはないはず。

2026年7月8日水曜日

抑止論はお花畑

    現政権などの進めている軍事力拡大政策を批判すると、「憲法9条で平和が守れるなんて頭の中がお花畑だ」と嘲笑 されることがある。
 少し違う角度では「アメリカの核の傘に入っているから戦争に巻き込まれないのだ」とも。『核抑止力論』である。
 上の二つは、けっこう「説得力?」をもって国民の意識をリードしているように見える。
 「オレを怒らせたらお前らの国を石器時代に戻してやるぞ」とはイランに向けたトランプの演説だったが、その論法は裏返せば「非保有国は核兵器を持たない限り平和は保てない」となるから気が滅入る。。
 アメリカのことはよくは知らないが、世論調査をするとこれがけっこうな数字になるような気がする。

 先日、どこかの新聞かに、ウクライナは核保有国ロシアに敗けずに戦っている。イランは核保有国イスラエルと戦っている。核保有国同士のインドとパキスタンは度々戦っている。・・ということが書かれていた。
 こういうのを「事実は小説よりも奇なり」とでも言うべきか、世界中では核保有国も攻められているし、「核保有故の平和」は実現していない。「核兵器を持てば外国はそれを恐れて攻めてこない」という教科書こそ「お花畑」であることは明白というか、核抑止論の無意味さは誰も否定できない事実である。
 
 1発約3億円といわれるミサイルを持つ国が、1発約7万円のドローンにタジタジというのが目の前で起こっている世界の現実だが、隣国からの真正面に50数基の原発を並べて「防衛力強化」などというのは「お花畑」以前ではないか。原子炉が直接破壊されなくても電源が途絶えれば核攻撃を受けたのと同じになる。

2026年7月7日火曜日

大和岩雄の著作

    先に「黒塚古墳の被葬者は誰か」という記事を書いたが、そもそもクニや大王の誕生、古墳時代の始まりは何時なのかということについて、どうしても頭の整理が追いつかなくもやもやしていた。
 言葉を変えていうと、「ヤマト王権の誕生」であり、卑弥呼の女王国との関係でもある。
 そのため、纏向遺跡の寺沢薫氏の分厚い本を読みなおしている中に、大和岩雄氏の見解などが相当論理的に参照されているのを知って、購入して読み進めたのが大和岩雄著『箸墓は卑弥呼の墓か』。
 古代史の本の中には全く論理的でない本も少なくないので、著者を選んで購入することにしているが、その中に加えたわけである。
 その内容をブログ記事に要約することなどできないが、自分自身の頭の整理のために、特に問題意識を持った個所を下記のとおりメモにした。今後その内容を深めていきたい。

 🔳 箸墓古墳築造時期は3世紀後半である。3世紀中葉すぎではない。
 卑弥呼の死は248年頃で、帯方郡の張政が248年から3年程いた間(3世紀中葉)に卑弥呼の死、墓の築造、男王即位、倭国の乱、台与の擁立、国中定まる、・・を見届けているから、箸墓古墳は卑弥呼の墓ではない。
 卑弥呼の墓は北部九州の急造・粗製の円墳である。箸墓は前方後円墳。
 卑弥呼やその前の時代は都市国家(クニ)がそれぞれ北部九州、吉備、大和、尾張などのブロックを作っていて、それらを線で結んだ「交易組合」的な連携を図っていた。それが倭。
 57年の金印~107年倭国王帥升の頃までは北部九州+吉備がそれ。
 3世紀に北部九州の首長連合の代表が倭国王になる力が弱まり、だからといって吉備や大和の首長にそれほどの力がないため、卑弥呼が「共立」された。『女王国』の都は北部九州にあった。
 卑弥呼の死後男王が立ったが国中乱れ、台与が共立されたのが3世紀後半。その折に交易組合的連合の中で大和(纏向)に遷都された。それが台与の『邪馬台国』。
 台与の聖俗分離の政権で俗政を担当していた男子が、台与の死後台与の担っていた聖政を継続するために、箸墓古墳を築造した。築造したのは崇神天皇。被葬者は台与だが、叔母のヤマトトトヒモモソヒメと書紀に記録。ヤマト王権のスタート。🔳 さて、どうだろう。
 

 

2026年7月6日月曜日

西宮

    テレビで『新日本風土記・西国街道』の再放送を観た。
 起点は京都は東寺。そして今回は兵庫は西宮まで。
 その「西宮」だが、放送は西宮戎神社で終わっていたので、少し首を傾げた。
 というのも、この春わたしは、退職者会の会報に「西宮の地名の由来は廣田神社』と書いたからだった。さて・・・

 廣田神社は兵庫県下最古の神社で、戦前は官幣大社という格式で、そこのHPには要旨次のように記載されている。
 🔳 西宮の地名の起こりと廣田神社
 廣田神社は、京の都から西方にある特別に重要な神社ですので、中世の貴族達は「西宮」と別称し、当社への参拝を「西宮」参拝、「西宮」下向と称しました。
 平安時代の百科事典である『伊呂波字類抄』をはじめ、本居宣長『古事記伝』、伴信友『神名帳考証』にも廣田神社を【西宮】と称したことが記されています。
 後に、「西宮」の語は廣田神社の荘園である廣田神郷(神戸市東部〜尼崎西部、有馬、猪名川に及ぶ)全体の地名として使われるようになり、近世には末社の南宮や、戎社(現在の西宮戎神社)のある浜南宮を中心とした地域(旧西宮町)の地名となり、現在は西宮市の名称へと受け継がれています🔳

 その後、西宮文化協会会長のラジオをネットで聴くと、廣田神社の摂社である戎神社が海沿いであったことから門前市が広がり、いわば分家が本家よりも賑わうようになったとか。
 実際に西国街道も戎社まで伸びたようで、NHKの放送も全くのお門違いでもないようだった。

 私は子供の頃堺の真ん中で育ったが、その頃の堺の玄関口は南海本線堺駅(少し前までは龍神駅)だったが、現在では誰もが普通に、南海高野線堺東駅だと言ったりしている。
 街というものがまるで生き物のように成長あるいは老衰していくのを体感で理解している。
 NHKに注文を付ける気もないが、会報に書いた記事の補足をどうしようかと思案している。

2026年7月5日日曜日

鶺鴒に教えられる

    先日『古事記学会』の講演会で古事記研究の面白さを少しだけ知ったので、奈良大学博物館の『古事記を描く』という企画展を見に行ってきた。
 展示は、古事記の写本などから始まり主に幕末~明治の日本画が「いかにも!」という感じで描かれていた。

 古事記神話の構成上早々に展示されていたのが尾形月耕・明治24年の『イザナギ・イザナミ二神、天の浮橋に立つ図』の絵で、「二神が性交しようとしたが方法が解らなかった。そのときセキレイが飛んできて尾を振ったので二神はそれを真似て方法が解った」というものだが、何とも情けない二神の絵には力が抜けた。

 とまれ! 『古事記の企画展』であるのに以上の内容は古事記ではなく日本書紀ではないか。
 古事記では、「イザナギがイザナミに『あなたの体は、どんなふうにできているか』と尋ねたところ、『わたくしの体はでききらない所が一か所あります』と答えた。そこでイザナギが『わたしの体のでき過ぎた所をあなたのでききらない所にさして國を生み出そうと思うがどうだろう』とのべ、イザナミが『「それがいいでしよう』と答え」ている。
 高校の文化祭で、「わが身は成り成りて、成り合はぬところ一處あり」
「我が身は成り成りて、成り餘れるところ一處あり」
「吾が身の成り餘れる處を、汝が身の成り合はぬ處に刺しふたぎて、くに生み成さむと思ほすはいかに」という劇をやったのも懐かしい。

 6月23日の記事で、三浦祐之先生が「古事記と日本書紀は別物なのに記紀神話などと言うな」「日本書紀は古事記から都合よくつまみ食いしている」と講演されたことを書いたが、そういう意味ではこの展示は及第点に届いていない。

2026年7月4日土曜日

続 皇室典範

    今まで議論さえされてこなかった内容の皇室典範改正案が国会でごり押し決定されようとしている。
 朝日新聞の報道だと、旧11宮家のうち、未婚の男系男子がいると思われるのは、嘉陽宮家、東久邇宮家、久爾宮家、竹田宮家で、その男子が、皇族(天皇家(内廷)、秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、高円宮家)の養子となって男子が生まれたならば皇位継承権があるという内容だ。
 旧宮家の男子は存じ上げないが、旧宮家のその人が皇族の未婚女性と結婚(養子)し、男子が生まれれば天皇候補だという。
 ちなみに、皇族である三笠宮妃は政治家麻生太郎氏の実妹である。
 実在の人を挙げて申し訳ないが、愛子さんは絶対に天皇にはしないが、麻生氏の孫は天皇になり得るのである。
 中世、藤原北家による摂関政治を想像するのは心配性だからだろうか。
 朝日新聞掲載の図のとおり、旧宮家というのは約600年前、南北朝時代の北朝の第3代崇光天皇から分かれた家系だ。
 南朝と北朝どちらが正当かという学術的議論はしないが、約600年前に別れた家系だけが「宮家」というのも不思議なものだ。
 中世の宮廷社会では多様な男女関係が奔放であったから、「宮家の男子」に他と区別されるような要因はない。
 愚管抄の記録によれば、鳥羽院は、近衛天皇が亡くなった折、鳥羽天皇の娘八条院暲子を女帝として即位させようと真剣に考えたという。実際八条院の宮廷は盛隆であったらしいから、21世紀の右翼の人々の時代おくれは極まっている。
 そんな時代劇のような話をするまでもなく、頑なに女性天皇を拒否するのは圧倒的な社会常識に反している。
 

2026年7月3日金曜日

夏はミョウガ(茗荷)

    わが街の大手スーパーではミョウガ3個入りパックが98円になってきた。何週間か前までは160円ぐらいであったから、この値段に季節を感じる。
 この茗荷、薬味としてもピクルスとしても万能で、料理の「夏度」がグンと増す。
 ピクルスというほどの工夫もしないで私は酢漬けを冷蔵庫に常備している。
 レシピというほどのことも全くないが、私の無手勝流のそれをご紹介・・・。
1 洗って縦に3~4分割
2 塩を入れた熱湯に潜らせる
3 あげて瓶に入れてすし酢を入れる
4 あっという間にピンクになる
5 冷蔵庫に入れておくと一層鮮やかに
6 そのまま食べたり食材にする
以上おわり。
 夏の食材、なんでも来なさい。 






2026年7月2日木曜日

小選挙区制に異議あり

    自民と維新は衆院選の比例区を問答無用で45減らす法案を通そうとしている。
 となると30%ちょっとの政党が議席のほとんどを占めることもある。その余の票はいわゆる死票になる。これは国民の声を議会に反映するべき民主主義の圧殺になる。
 単純に言えば「モノ言う野党排除法案」である。

 小選挙区肯定論というと「(そうでなければ)人口の多い大都会の声ばかりが反映されて田舎の声が届かない」というのを聴くが、あえて選挙区を分けるほどの意味、つまり多様な意見や感覚の相違というと、それは「都会対田舎」だけだろうか。
 例えば男性議員選挙と女性議員選挙を考えればどうだろう。
 年齢階層別選挙という想定もあり得る。
 海に近い地方だといっても全員が漁業関係者でもないし、もっと言えば、健康な人と病弱な人の政策への切実さは異なるだろう。
 と、あえて言ってみたが、学級代表による児童会でもないし、合衆国でもないのだから、それらの少数意見や切実な課題は真面目な政党が伸びれば今以上にフォローはできる。

 反対に、議員としての見識や、もっと言えば人間としての人格に首をひねりたくなるような議員が現に存在するのは、小選挙区の地域内の公共事業や公的な補助金や経営上の上下関係などの利権の「圧」を制したが故の「当選」も想像できる。
 あえて言えば、小選挙区制と政党助成金がこの国の民主主義を大いにゆがめている。
 自民と維新の衆院定数削減案は、この歪みを爆発的に広げるもので、こんな法案は許してはならない。

2026年7月1日水曜日

備後国風土記

    昨日は水無月晦日、夏越の大祓の日。
 備後国風土記逸文に「蘇民将来」の話がある。
 🔳 「吾(あ)は速須佐能雄(はやすさのを)の神なり。後の世に疫気(えやみ)あらば、汝(いまし)、蘇民将来(そみんしょうらい)の子孫(うみのこ)と云ひて、茅の輪を以て腰に着けて在る人は免れなむ」と詔りたまひき。🔳 
 これが夏越の大祓の茅の輪くぐりの起源ともいわれているが、「腰に着ける」から「大きな輪をくぐる」への変化の理由はよくは知らない。
 6月27日には「茅(ちがや)に強力な霊力があるとするのは古く中国の江南道教(茅山道教)経典『抱朴子』にある」と書いたが、その思想が日本の神社の注連縄(しめなわ)に、そして大祓の大事な行事を荘厳する茅の輪に発展したのではないだろうか。

 なお、上記に引用した文の前に、「茅の輪を腰に着けた蘇民将来の女子一人を除いて皆ことごとく殺し滅ぼしき」とあるから、スサノオ、けっこう恐ろしい。
 吉備か出雲の支族がアマテラス軍に敗れた記憶が投影されているのだろうか。

2026年6月30日火曜日

皇室典範改悪

    「皇族」というものについて興味もなかったし、それゆえに知識も乏しいのだが、6月28日付朝日新聞の『天声人語』に要旨次のとおりの記述があった。
 1 改憲に絡んで13年前に麻生太郎元首相が「気づいたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうか」と言っていた。
 2 政府・自民党らの皇室典範改正案が出てきた。それは「皇族数の確保策」と言いながら、実は男系男子のための養子案解禁で、女性天皇排除の布石も潜りこまれている。
 3 麻生氏は自民党の会合で「ようやくここまでたどり着いた・・」「今国会で皇室典範の改正を成し遂げたい」と語った。
 4 麻生氏の実妹は三笠宮妃である。もし養子をとれば、麻生家が天皇の外戚になる可能性がある。
・・・現在は皇族を外れている遠い過去の天皇からの男系男子が、例えば三笠宮家の養子になれば・・ということだろうか?(よくは知らないが)
 ちなみに、「男系男子」を大きく主張されている竹田恒泰氏は明治天皇の玄孫だが、途中に女性親王がおられるので、竹田家の方で男系を遡らなければならないが、それは南北朝時代の北朝第3代崇光天皇の15世皇孫の伏見宮まで辿らねばならない。
 ちなみに、明治のころの某宮家は妃1人、子どもを産んだ女房9人で、「17男15女」の子があったが、男系男子論ならこれが一番の正解だろう。
 一夫多妻は近代の天皇家まで続いていたが、今その復活を大ぴらに主張する声は聴かないが・・・
 「誰も気がつかないうちに変わっていた」・・そうならないように、主権者たる国民が考え、かつ主張しなければならない。
 降って湧いたような男系男子養子復活論よりも、オランダやイギリスのような男女平等長子論の方がよほど常識的ではないだろうか。

2026年6月29日月曜日

台風一過

    台風8号7号が来たが、テレビの進路予報円は以前に比べて格段に小さくなった。ということは進路予想の精度が格段に上がってきたということ。大いに感心、感心!
 台風という自然に対して科学というか人間が大いに前進(フォワード)したように見えたが、そんな中、大阪市南部の大雨対策排水施設(ポンプ6基)が水没して運転不能であったというニュースが飛び込んできた。大雨対策施設が大雨に敗けたというお話にならないお話でこれは気分が良くない。いかにも維新の市政らしく思ってしまう。

 今回の8号7号は台風としては大きくはないものだったが、全国的に大雨による被害が続出した。かくいうわが街にもレベル5の地区が出て、遠方からわが家に安否確認の電話などがあった。ただそのピークの25日~26日の夜間頃、私は心臓の発作があり救急の病院で全くの別世界にいた。

 台風一過、こういう時こそ本を読もうと思って、以前にJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)のことを書いた新潮選書・坪木和久著『天気のからくり』の台風関連の章を読み返した。
 熱帯の暖かい空気が上昇気流になって・・というほど台風は単純ではない。
 その理屈も面白くはあったが、今世紀後半には地球温暖化により、スーパー台風が日本本土付近まで到達するという研究結果には、温暖化に反して薄ら寒いものを背中に感じた。

    【補足】先日、奈良県平群町のメガソーラー建設許可問題で大阪高裁は住民運動勝訴、奈良県敗訴の逆転判決を出したが、写真のとおり現場ではやっぱり土砂の崩落が発生した。
 現場は「工事完成」と言われている場所で、流れた土砂は数百㎥~1000㎥、人家に約800m。この現場での土砂流出は4度目という。
 奈良県は躊躇なく判決に従って早急に地域の安全を確保すべきである。

2026年6月28日日曜日

古事記にハマる

    古事記学会の講演会の三浦祐之(すけゆき)講演が新鮮だったことは、6月23日に「国譲り」という言葉にスポットを当ててブログ記事に書いた。
 そこで講演の翌日に近所の書店の在庫状況をネットで調べたところなかったので、次善の策としてアマゾンをポチッとするとその日の夜遅くに配達されたのが、ちくま新書・三浦祐之著『古事記を読みなおす』であった。

 三浦氏は講演でも「記紀神話などという捉え方をすると大間違いだ」「古事記と日本書紀は大いに異なるものだ」と強調されたが、出雲神話の分量やその視点は書紀とはある意味正反対のよう”でも”ある。
 となると、書紀と同じように天皇から求められて苦労して書き上げたという太安万侶の「序」は序としては偽書であろうと著者はいう。
 そして、古事記は書紀以前にほぼ完成していたが国家には正式採用されなかった。却下された??
 それを、まるで採用されたかのように安万侶は後に序を書いた。・・・面白い。
 それではほんとうに古事記を書いたのは誰か。滅ぼされた出雲に大いに心を寄せて書いたのは誰か。
 私はワクワクして本を読み進めたが、真犯人?にはたどり着けなかった。

 ただ、古代の大豪族は夫々「氏(うじ)の歴史」を持っていた。だから書紀にも「一書曰く」としていろんな説が述べられている。
 昨日の記事を振り返ると、大神神社は伊勢神宮よりも古い(長い)歴史を持っていた。
 古代に大神神社の祭祀を担っていた大豪族は大神氏であった。
 大神神社の大物主大神は出雲の大国主神の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)である」(書紀)と称している。いろいろ推理は広がる・・・・

 「三輪王朝説」でなかっても、古事記がこんなに楽しいものだったとは知らなかったし、楽しい宿題を受け取った気分でいる。

2026年6月27日土曜日

夏越の祓

    6月も末に近くなったので、大神(おおみわ)神社 に行ってきた。
 大神神社には本殿はなく、『三ツ鳥居』を通して三輪山自体を拝するというのは伊勢神宮よりももっと古式を残している。
 つまり、アマテラス軍に敗れたオオクニヌシ軍の祟りを鎮めた神社だと思う。
 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)大国主神(おおくにぬしのかみ)というのもその名からすると造物主というか創造神であるから先住民であると宣言している。

 「大物主大神は大国主神の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)である」(書紀)という教義は凡人には難解だが、大神神社のフォーマル(公式?)な祈りの言葉である『幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守給(まもりたまえ)幸給(さきはえたまえ)』と三度唱えてお詣りした。
 大神神社といえば独特の『三ツ鳥居』で、別名三輪鳥居というように古書にも「一社の神秘なり」とある。
 茅の輪も、それに対応した独特の三連の茅の輪で、真ん中の茅の輪の上には杉、右の茅の輪の上には松、左の茅の輪の上には榊という三霊木が掲げられている。
 〽水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶといふなり~という古歌を声を出して歌いながらその三つの輪を8の字形にくぐって帰ってきた。

 茅の輪くぐりの起源で有名なのは『備後国風土記』逸文にある蘇民将来伝説であるが、そこには「茅の輪を以ちて、腰の上に着けしめよ」とあって「大きな茅の輪をくぐれ」ではないので疑問は残る。
 ただ茅(ちがや)に強力な霊力があるとするのは古く中国の江南道教(茅山道教)経典『抱朴子』であるから、「遠からず」であろう。

2026年6月26日金曜日

母は昔はパパだった

    室町時代の日本初のなぞなぞ集「後奈良院御撰何曾(ごならいんぎょせんなぞ)」に「母には二たびあひたれども父には一度もあはず」という問いがあり、答えが「唇」というのは有名な話。

 昔、テレビで大野晋先生が、万葉集を「ふぁふぁぱぱ・・なんとか」と、まるで昨日にも家持(やかもち)に会ってきたかのように当時の発音で詠んでいたことが不思議だったが、万葉仮名を隋唐時代の中国語の音韻や、時代が下って室町時代のポルトガル人宣教師による日本語辞書で再現できている(らしい)。
 その結果、ハ行を例にとると、奈良時代は「パピプペポ」。平安時代には「ファフィフフェフォ」になり、18世紀前半ごろに「ハヒフヘホ」に変化したことが解かっていて、こうして「母は昔はパパだった」となる。

 先日の『古事記学会公開講演会』の森博達先生の講演は、日本書紀の文体がα群とβ群とで種々異なることから、その筆者までも推定した内容のある講演だったが、面白く興味深かったのは、先生が、古事記の中の有名なヤマトタケルの歌を『上代音』で朗々と詠いあげてくれたことだった。
 以下に書くが、歌の雰囲気が伝わるかどうか・・・・

夜麻登波 久爾能麻本呂婆 多多那豆久 阿袁加岐 夜麻碁母礼流 夜麻登志宇流波斯
ヤマとパ クニのマぽろパ タタナヅク アヲカキ ヤマごもレル ヤマとチウルパチ
LLHH HHHHHHL LLHHH LLHH LLLLFL LLHFLLLF
(平仮名:乙類相当、 H:高平調、 L:低平調、 F:下降調、 ハ行:P音、 シ:チ、 ヅ:du)

*画像はネットにあった和楽webのもの

2026年6月25日木曜日

ニセ伝統に注意

    6月14日に『伝統という言葉』を書いたが、昨今の皇室典範をめぐるニュースを見ていると、いわゆる男系男子などという時代錯誤が大手を振っているようなので、6月14日の続きを書くことにする。

6月13日早朝の『ラジオ深夜便』で大阪天満宮文化研究所所長のインタビューが再放送されていて、天神祭りの話などを楽しく聴いたが、その中に、「無実の罪で追われ恨みを抱える天神様(菅原道真)に同行する神輿には、天神様が荒ぶった際におさえるために天台座主「法性坊(ほうしょうぼう)尊意」を乗せていた」というのがあった。
法性坊尊意は道真の仏教学の師であり、大旱魃に雨を降らせたり、平将門の乱の折には将門を調伏した実力者であった。大天狗とも言われていた。

「伝統」という言葉を使うならこれが元々の「伝統」なのだが、しかし明治の神仏分離によって変更(法性坊尊意は退場)せざるを得なくなり、結局、日本書紀に登場する相撲の神「野見宿禰(のみのすくね)」に交代。さらには神輿を増やして、日本神話の力持ちの神「手力雄命(たぢからおのみこと)」も加わって現在に至っている。
普通には庶民はそれを949年頃からの伝統のように思っているが、真実は明治の神仏分離令以降のスタイルなのである。

私の言いたいことは、伝統行事は古代や中世に帰るべきだというようなものではなく、変化するのは悪くはないが、それを中世以来の「伝統」だなどと嘘を言うな!ということである。
『虎に翼』の台詞つまり戦前の民法は「既婚の女子は無能力者」であった。
そんな思想を伝統だなどと言って、現皇后にも「男子を産め」と攻め立ててきたのではないかと想像するが、たかが明治以降のしきたりを「伝統」という言葉で思考停止させるような皇室典範改正には良識ある現代人はNOを言うべきだろう。

2026年6月24日水曜日

春紫苑と姫女苑

    ハルジオン(春紫苑)とヒメジョオン(姫女苑) はよく似ていて間違いやすいが、名前そのものも間違いやすい。
 私が持っている広辞苑第三版にはハルジョオン(春女苑)とあるが、田中修著『雑草のはなし』では1998年発行の広辞苑第五版では春女苑は消え春紫苑(ハルジオン)と代わっていて、それが正しいらしい。春女苑は間違い。

 わが散歩道の写真のそれはヒメジョオン(姫女苑)。
 非常に可愛い花だがその旺盛な生命力ゆえか、ハルジオン、ヒメジョオンともに要注意外来生物に指定されていて、日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されている。
 地方によっては庭の手入れができなくなると生えてくるから貧乏草とも呼ばれるらしい。

 先入観抜きで眺めると可愛いものだが、人間という奴は勝手に差別する。

 

2026年6月23日火曜日

古事記学会の講演で

    6月14日の『伝統という言葉』で、例えば歴代天皇の即位時の装束は「テレビドラマで見るような平安以来の貴族のそれ」 ではなく、明治天皇の前の光明天皇までは「中国皇帝同様の装束」であったことに、たかが明治以降のしきたりを、まるで古代や中世以来の『伝統』であるかのように思わされている『情報操作』に驚いたことを書いた。(以上、前説)

    先日、古事記学会の公開講演会で三浦祐之先生の講演を聴いた折、前述のことと同様の指摘があり大いに考えさせられた。
 講演の中の一部ではあるが、レジュメには『国譲りという目眩まし』とあって、先生は「古事記にはそもそも「国譲り」なる語は出てこない」として下記のように現代語訳を述べられた。
 🔳 ここをもちて、この二柱の神(タケミカヅチ、イツノヲハバリ?)は、出雲の国の伊耶佐の小浜に降り到ると、十掬の剣を抜き、波の穂に逆さに刺し立て、その剣の先にあぐらをかいて座り、そのオオクニヌシ神に問うて、言うことには、
 「アマテラス大御神とタカギ神との仰せにより、問いに遣わせなさったのである。なんじが領(うしは)いている葦原の中つ国は、わが御子が支配なさる国であると、おことばを寄せなさっている。そこで、なんじの心はいかがか」と。・・・🔳
 このあとオオクニヌシの子のタケミナカタを科野(しなの)の州羽(すわ)の海まで追い、突き殺そうとした・・・

 つまり、古事記にあるのは『国譲り』というような平穏なものではなく、まるでプーチンやトランプのような「砲艦外交」「軍事制圧」である。
 それを『国譲り』なる語で修飾した文章はほんの一部江戸末期にみられるが、本格的には、近代の、戦前の天皇制を支えた国定教科書によって広められた政治的な呼称である。
 以上を踏まえて帰宅してから、千田稔監修の別冊太陽「編纂1300年記念 古事記」を調べてみると、そこには堂々と「大国主神の国譲り」のほか、「国譲り」という文字があふれていた。

 昨今、女性天皇はあり得ないとか夫婦別姓はあり得ないという主張が政権主流から喧伝されているが、そしてその根拠のような「証文」として『伝統である』と主張されれているが、よく吟味すればそれらは明治の絶対主義的天皇制のもとで構築された偽りの『伝統』でしかないことが多い。
 元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。
 男であれ、女であれ、偽りの『伝統』という言葉にひれ伏してはならない。

2026年6月22日月曜日

遠慮なしで

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3日の『今日の大阪ことば』で「妻が『母親が【おけんたい】という言葉を使っていた』と教えてくれたが私は知らなかった」と書いたが、先日、上方文化に造詣が深い友人二人にその話をすると、二人とも即座に「自分からはあまり使わないが知ってはいる」と返事があった。

 Kさんは、「母親なんかが日常的には『おけんたいにもの言うて』等と言っていた。相手の発した言葉に対して軽く受け流す、多分に上から目線な言い方だったように感じている」。
 Yさんは、「あそこ(家、場所)やったら『おけんたい』や」、「○○さんやったら『おけんたい』や」、「そんなん(行為)『おけんたい』や」というように使っていた・・と。

 そして翌日Yさんから、「何処かで聞いた記憶があり一日中探すと『米朝落語』にあった。『百年目』で番頭の隠れ船遊びの中で『障子開け放したら覗かれたらあかんさかい、ピシャッと閉めとき、閉めて閉めて、閉めて。『おけんたい』で行けるのやない世間はばかって行てる花見やないか・・というのがあった」とメールが届いた。 
 で、なるほどその手があったかと本などを繰ってみると、米朝の『百年目』に「大きな声出したらいかん。迎えに来いでもえぇっちゅうねん。あんだけ『けんたい』に行ける花見やない言ぅたぁるやないか」というのがあり、ネットには「やいやい言いな。『おけんたい(公然と、堂々と)』で行く花見やないとあれほどゆうたぁるやないか」もあったし・・
 さらには、『昆陽の御池』に「シ~ッ! 大きな声出しな、『顕態(けんたい)』でやれることやってんのんと違うで」というのと、『注意書』で『ケンタイ=平気・当然・大っぴら。遠慮しないで』まであった。
 おまけに桂米紫の『十七蔵』に「『おケンタイ』で浮気がでけるといぅ、これやなんか、今日のお土産でございます。その代わり・・」というセリフと、先と同じ『注意書』があった。・・平気・当然・大っぴら。遠慮しないで・・と。 

 上方落語は『日本国語大辞典』以上の活きた辞典だが、これを実際の会話の中で使用するには私の「上方文化度」は低すぎる。

2026年6月21日日曜日

クラベスは宴会のアイテム

 私が「貸して」と頼んでいた『成瀬あかりシリーズ3冊』を持ってきてもらった際、5月8日に書いたクラベス(ラテンなどの拍子木)を息子に渡して、「何らかの閉会のあいさつで手締めをするときに利用したらいいよ」と言うと、「特にコロナ以降そんな機会もほとんどなくなった」と返事があった。
 「それはあっさりとしていいね」と半分思いつつ、「無駄もまた有用な側面があるのにな」と首を傾げた。
 息子が「だから近頃の若い者は呑み会の運営ができない」と付け加えたのにはもうふき出したが・・・
 新聞やネットの論調では「会社の飲み会ほど無駄なものはない」「不本意で参加している」というのが圧倒的主流であり、そういう側面も十二分に理解しているが、「それにしてもそれほどバッサリ否定するか」ともやもやする昔人間である。

 昔話になるが、少し大きな仕事を乗り越えたときには「ご苦労さん会」があったりした。そのためには、会費をいくらにして、それを徴収して、酒肴を考えて購入して、本番を少し楽しく運営して、最後は片づけて・・・、
 各人の諸条件を大事にしつつも、・・・「まったく古いつまらぬ作業」ではなかったと思う。
 そんなことは外国ではありえない非民主的な「会社主義だ」との意見には一理も二理も認めるが、・・・どうなのでしょうかね。
 子どもたちが外国で勤務したりしているご同輩も少なくないが、感想を教えてほしい。
 なにしろ我が息子が「近頃の若い者は・・」というのには、いささか可哀相にと複雑な感慨を覚えている。
 私はしっかり「前世紀の遺物」に仕分けされている。

2026年6月20日土曜日

ニセ・ニセアカシア道

    13日の日曜夕方のテレビ『青空レストラン』で「アカシア蜂蜜」を「蜂蜜の女王」だと紹介していたが、そこに映っていた花は私の知っているアカシアではなかった。
 昔、庭にミモザ(銀葉アカシア) を植えていたことがあり、私の理解ではアカシアは基本的にはそういうものだったが、映っていたのは白いはっきりした蝶のような花だった。

 さて、スマホの検索機能はすごいもので、その「アカシア蜂蜜」の花はニセアカシア(ハリエンジュ)であることはすぐに解った。
 妻が「大きな木ではないがそんな葉の木がどこそこにある」といってくれたが、「それはチョコレート色の花ではないか」と私が答え、以前にブログに書いたイタチハギ(鼬萩)(クロバナエンジュ)であるということでその話は終わった。

 そして「季節のピークは過ぎたようだがニセアカシアの花とミツバチを見たいものだ」と呟くと、「奈良の萬葉植物園にはある」とか幾つかの検察結果を妻が教えてくれたが、そのうちに「近所(このニュータウン内)にもありそうだ」と「新発見!」というような声を出した。
 ただ文字情報はざっくりしていて、なかなかその場所は解らなかったが、そのうちに駅の西の団地に沿ってけっこう長い「ニセアカシアの道」があることが解かったので、確認のために出かけたが、URの団地の案内看板には確かに「ニセアカシアの道」という文字を見つけたが、周辺も含めて何度も歩いてみたがニセアカシアは見つからなかった。
 お近くの住人らしい御方に尋ねるも、その小道の名前(通称・愛称)が「ニセアカシアの道」であることも、その種の木が生えていることも全く知らないということで、ただ私にそのようなことを話しかけられたことが楽しかったようで、「この先にあるユリノキが好きです」「ユリノキの葉の形は・・・」と親切に解説をしてくれた。
 
 という、ちょっとした挫折を乗り越えようといろんな検索をすると、この「ニセアカシアの道」という遊歩道はさらに伸びていて、実は日頃私が歩いている道の一部も「ニセアカシアの道」であるという驚きの発見もあり、それではと、妻と二人でゆっくりと探索したが、それらしい木やその痕は全く見つけられなかった。
 こうなったら・・と、この街を造成したUR(古い古い名前でいうと住宅公団)や市役所の出張所に行って、「この名前の由来であるニセアカシアがある(あった)場所はどこか」と尋ねたが、どちらも、この遊歩道の名前が「ニセアカシアの道」であることさえ知らなかった。Google Mapsには出てくるが、私自身四半世紀以上知らなかったのだから無理もない。

 きっとNTを造成した当初は目印に相応しいニセアカシアの木があったか植えられたかしていたのだろうが、自然にか、あるいは何らかのクレーマーの声で伐採されて久しいのだろうと勝手に想像する。
 かくして私(わたくし)的には、この道の名前は『ニセ・ニセアカシアの道』に決まった。

2026年6月19日金曜日

孫の小説

    宮島未奈著で本屋大賞などを受賞した『成瀬は天下を取りに行く』など成瀬あかりシリーズ三部作を呼んだ。
 児童文学でもないからやはり青春小説かも知れないが、なにも小説にその種のカテゴライズが必要なこともないだろう。
 孫の中学生夏ちゃんから借りた本で、老眼に鞭打って読み終えた。
 主人公はけっこう型破りでマイペース。夏ちゃんが共鳴したかどうかは知らないが、祖父ちゃんが「貸してくれる?」と言ったら快く貸してくれたから、面白かったのだろう。

 私は中学生の頃、石坂洋次郎の『若い人』や『青い山脈』をワクワクして読んだ記憶が湧きだした。
 妻などはスマホのトラブルがあると夏ちゃんに助けてもらっているが、そんな夏ちゃんがスマホ世界でない活字世界に少しでも残ってくれていることが嬉しい。
 同じ文字(文章)でも、スマホの中の文字数に比べて活字世界は、何千倍、何万倍も長く、読み終えるまでに時間が要る。それが好い。
 すぐにたどり着く答など面白くもなんともない。
 そう思ってくれたら、青春小説も素晴らしい。

2026年6月18日木曜日

スマホ決済

    スーパーで、この間までお客様のサービス係であったレジの人がいなくなり、基本的にお客自身が何でもするようになった。セルフレジの時代である。
 で、少し後方にいる店員の仕事はというと、・・監視だ。だんだんつまらぬ世の中になってしまった。

 先日『Frog  jump・蛙跳び』で書いたが、この間まで発展途上国などと言われていた国々でキャッシュレスが広がり、日本旅行に来た観光客がコインや紙幣を見て「懐かしい」というらしい。
 ニュースでは近々電車の切符がQRコードになって 読み取り方式になるというから、阪急北千里駅で「ここが日本で一番最初に自動改札機を入れた駅だ」みたいな蘊蓄も間もなく消え去るだろう。まあ、目の前で前の人の切符が詰まってバシャンというのは昔話にはなる。
 スーパーなどでお年寄りがスマホ決済で対応されているのには驚くが、言うてるうちに駅も含めてすべてスマホ決済になるのだろうか。

 先日、ご近所のご高齢の女性が「スマホでコードを送るのが上手くいかないが」と尋ねてこられた。
 そのことには対応して「怪しい事案には軽々に対応しないよう」申し上げたが、私自身が老いていくのと社会のIT化とこの先どこでクロスするのだろう。

 ネット通販もけっこうする方だが、品物到着後現金振り込み方式は全く心配がなくていい。
 つい先日は、これまでカード決済だったネット通販が何らかの理由で「コンビニ決済」ということになったが、初めての経験で、だいたいどの機械をどう触るのかもわからなかった。すると店員さんがつきっきりで教えてくれたので対応する料金を支払った。
 帰宅すると、PCに「入金を確認しました」と入っていて、これがコンビニ決済かとひとつ賢くなった気分になった。
 ご同輩の皆さんはこの荒波の中をどのように対応されているのだろうか。