2026年5月27日水曜日

葛饅頭の季節

    何年か前までは、「二十四節気・七十二候は古代中国前漢の思想の輸入であるから日本の季節感とはマッチしない」と言われていたが、気候変動が古代中国の思想に歩み寄ってか追いついてか、近頃の5月は「文句なく夏」になってきた。四季の国が二季の国と揶揄されてからも久しい。

 歳のせいかわが家ではこの頃は洋菓子よりも和菓子を買う機会が大幅に増えた。だいたい和菓子や餡子は若い頃にはそんなに好きではなかった。その和菓子で夏に相応しいものというと「葛餅」だと思う。ただ正確には、私の思っているものは「葛饅頭」らしい。

 その葛餅(葛饅頭)、大型スーパーではあまり見かけず、代わりに「水まんじゅう」なるものが並べられている。
 その違いはあまり解らないままだが、近くの大型スーパーで見るまでは「水まんじゅう」という言葉さえ知らなかった。その後大垣の名産だとテレビ番組などで知ったが、このスーパー、良く言えば全国の名産を教えてくれるが、悪くいえば関西の文化を軽視しているようでいささか不満がある。
 まあ、名前はどうでもよい。そんな和菓子が食べたい日が多くなった。

2026年5月26日火曜日

ささげの種まき

    少し時期が遅れたが5月24日(日)に『ささげ』の種を少し蒔いた。
 インゲンマメ(サンドマメ)を細長くしたような、それよりも原種に近い豆で私は結構好きであるが、どういうわけかあまりメジャーではないようだ。
 その豆の若いうちはインゲンマメのように莢(さや)ぐち煮物などの料理にし、その後は豆を取り出して「ささげご飯」にする。お江戸では小豆(あずき)は皮が裂けて切腹を連想するからと赤飯にはささげを用いるとか。そういう赤い豆になる。

 ネットで「ささげ」の通販を見ると、袋に「お盆のお供えに」と印刷されているのがあった。
 親鸞の教えではご先祖がお盆に帰ってきたりしないのだが、ある種のお盆の行事は素朴な先祖供養のしきたりとして少なからず残っている。
 その中のキュウリやナスを馬や牛にして飾るというのは有名だが、そういうような発想で、ご先祖がお帰りになるときのお土産の「背負い紐」がいるからとお盆に「ささげ」をお供えする風習もあるようだ。

 猫の額のような家庭菜園だが農作業は楽しい。
 このあと連作障害、害虫、水枯れ、等々で失敗するだろうから、家庭菜園は初期の今が一番楽しい。
 トマトがこう実って、キュウリがこう出来て、万願寺が・・・・と、想像の世界では失敗がなく楽しい収穫の夢が広がる。
 また、第一陣のキュウリの後には第二陣が成るようにするにはいつ頃次の植え付けが必要だとか考えるのは、他の物事を準備するうえでの思考の訓練になる。
 未来の絵を描いて、そこへ向けて日程を押さえて生活するリズムも勝手に身につく。
 農作業でいえば、仕事の遅いことでよい仕事になることは決してない。
 そういう感覚で友人たちに発信するから煙たがられている。

 【26日午前3時追記】  時鳥(ほととぎす)の初音とどく。 蛙の合唱とどく。
 【26日午前6時追記】  本日の赤旗に「私の菜園自慢」が掲載された。

2026年5月25日月曜日

裸の女王様

    仕立屋たちは「その地位にふさわしくない者や大馬鹿者には見えない不思議な服」を織った。
 大臣たちも家来たちも国民もみんな「素晴らしい」と称賛した。
 この話、王様だけが狂っているのだろうか。
 アンデルセンの童話では「王様は裸だ」といった少年はプチ英雄だが、およそ200年後の東の国では「ナフサは足らない」と言ったお菓子メーカーが叱られた。
 少年の言葉に国民は「そうだ」といったが、東の国の国民は・・・
 お菓子メーカーは嘘をついたから叱られたのではない。
 女王の言葉「単なる目詰まり」に同調しなかったから叱られた。
 そういえば女王は「今後は許さない」という決意で国家機密法を成立させるという。
 スパイとは007のようなものではない。この国の民ではあるが女王の言葉に異を唱える者がスパイと呼ばれるのだ。
 普通の経済人どころか、関係する業界周辺では石油不足はアタリマエのアタリマエだが、その国のマスコミは何も言わない。

2026年5月24日日曜日

AIとDC

    AI(人工知能)の力が世界を制する時代になってきた。
 「この花の名前は?」などという可愛らしいレベルをはるかに超えて、スパイもニセ情報も戦争の「損得」だって、AIが主導するかもしれない。
 その前提は超莫大なデータであるから、近頃巨大なデータセンター(DC)の建設があちこちで進んでいる。
 京都府精華町のいわゆる京阪奈学術研究都市も例外ではなく、否、前の方を走っている。
 超莫大なデータ処理であるから、それ自体に莫大な電気を使う。また、空調等にも莫大な電気を使う。確か1社で従来の精華町全体の使用量を超えると聞いた。少なからず水も消費する。
 けっこう厄介な代物である。
 その上に、精華町では「すわ・戦争か?」という事件があった。・・1データセンターの発電機による振動と騒音にみんな驚いたのだ。
 データ処理だから突発的停電が一番怖い。そこで、すぐに緊急発電機が作動するようになっている。いざというときにミスがあってはならないからその発電機を時々点検作動させる。その音と振動にみんな驚いたというのだ。
 写真は某データセンターだが、ビルの後ろにはズラーッと発電機が並んでいるのが判る。
 こんなデータセンターが複数建設されていて、精華町ではこれ以上の建設にはマッタをかけているらしい。
 みなさんの街でも起こるかもしれないデータセンター建設問題。けっこう大きな公害でもある。
 某データセンターのHPを見ると、大阪市内京都市内からも近く、自然災害リスクが少ない地とあった。
 自然災害リスク?? 蛇足ながらすぐ隣は自衛隊祝園弾薬庫。ここにトマホークも保管するという話もあるから先制攻撃されるリスクがある。悩ましい。

2026年5月23日土曜日

鷲のポーズはできない

    町の高齢者特別健診に行ってきた。
 案内をよく読みもせず、当然にバリュウムを飲む検査があるだろうと思って朝食を抜いて行ったら、「2年に1回ですから貴方は今年はありません」と言われた。
 思い起こすと去年は反対に朝食を摂って行って、「朝食を摂ってきた人はできません」と言われたことを思い出した。
 2年続けてプラスマイナスの頓珍漢だった。

 そういえば問診票に”記憶力”のような項目があったが、少しエエカッコをして「ない」ということにしていたが、どうも近頃は頓珍漢なことが増えてきた。一昨日も会議に持参すべき書類を忘れて行った。

 問診のドクターは「家の中でもよいから軽いストレッチぐらいはするように」というのだが、”わかっちゃいるけどナントカ”で、ヨガの「鷲のポーズ」など怖くてできない。ひっくりかえって外傷を負うのが眼に見えている。

2026年5月22日金曜日

ツルサギポスター

    長野県の中学生が小学5年生の時に作成した詐欺被害防止の『ツルサギポスター』が、この度「印象的なポスター」として高校美術の教科書に掲載されることになったことが話題になっている。
 鷺が「オレオレ、鶴だけど」と携帯電話を架けている。

 ・・・というニュースを見て笑っていると、そのニュースの近くに「合区解消のために改憲」というニュースの見出しが目についた。
 記事をよく読めば自民党の主張であることが判るが、一見したところでは「合区解消のためには改憲が必要なのか」と思ってしまったりする。SNSの世界ではなおさらだ。

 「1票の格差」つまり「A選挙区の人はB選挙区の人の半分以下の選挙権しかない」という矛盾に選挙制度の改正を求めてきた国民世論に対して、どちらかというと選挙区数や定数を増やすことになる都市部の選挙区数や定数増では野党の得票が増える可能性があるとして、そのことを抑えたいという自民党の邪な主張によって発生したのが参議院では「鳥取・島根」「徳島・高知」という「合区」である。
 ズバリ!「合区」と憲法は関係ない。

 憲法と無関係に強引に導入した「合区」を解消するのに憲法は何の支障にもなるはずがない。
 「ツルだ、ツルだ」と何度繰り返しても「サギはサギ」なのだが、例えば「大阪都」などという没論理的な主張が一定広まったりするから恐ろしい。
 参議院でいえば、冷静に、① 投票価値の平等 ② 多様な民意の正確な繁栄 ③ 立法と行政をチェックする参院の機能重視 ・・を議論して是正すればよいだけである。
 その改憲議論、ツルサギポスターを見ながらよ~く考えよう。

2026年5月21日木曜日

びっくり捕物帖

    本を読むときの専用にしていた眼鏡の弦(つる)を折ってしまったので、接着剤とセロテープで補修して使っていたが、そんなものが長続きするはずもなく、眼鏡店で弦の交換か修理ができないかと尋ねたが、あの小さな蝶番(ちょうつがい)はけっこう千差万別で、私のそれは適わないということだった。
 そこで、手っ取り早く布の紐で弦代わりにしたところ、「びっくり捕物帖や」と妻が大笑いをした。
 ちなみに『ダイラケのびっくり捕物帖』は、1957年(s32)から1960年(s35)にテレビ放映された上方お笑い番組の元祖で、藤田まことのデビュー作でもある。‥古いな~
 もちろんダイマルの眼鏡がそういうものだった。

 同じレベルの眼鏡はもう一つあるにはあるのだが、無趣味な私の唯一ともいえる趣味の読書のためには、どうしても1階にひとつ2階にもひとつ置いておきたいので、結局、眼鏡店で新しい眼鏡を購入した。
 そして外出時に使用する老眼+乱視+遠近両用の度数も進行していたので、「二つなら2000円引き」に釣られてそれも購入した。いづれもオシャレ度ゼロの安物だが、この歳になると高価なものはかえって似合わなくなってもいるが、それは歳のせいでもないだろう・・・

 

 

2026年5月20日水曜日

エプスタイン事件

    エプスタイン・ファイル(英語
: The Epstein Files)は、児童性的人身売買で起訴され、拘留中に死亡したジェフリー・エプスタインの捜査の過程でまとめられたファイルである。日本ではエプスタイン文書とも呼ばれるが、文書だけでなく画像や動画も含まれている。
20251118日、米議会で「エプスタイン・ファイル透明化法」が可決され、資料ファイルのすべてを同年1219日までに公開するよう政府に義務付けた。
1219日司法省は、エプスタインの捜査に関する写真や音声、聴取記録を含む数十万点を公開したが、その多くは黒塗りされたり、すでに公表されたりしたものだった。
アメリカやヨーロッパでは超有名人の名前が噂されたりして全容解明の声が大きいが、トランプやトランプ夫人の名前も取りざたされている。
イスラエルとアメリカによるイラン攻撃も、汚職事件で己の身が危ないネタニヤフと、エプスタイン事件で身が危ないトランプが、一挙に世の関心を誘導して形勢挽回を図るための下心のある戦争だという指摘も少なくない。
そういう中で、日本のマスコミだけが異様にエプスタイン事件の報道を避けていて、それゆえに日本では多くの国民が「知らない」状況にある。これも少し怖いことである。

2026年5月19日火曜日

時事詠

    5月17日の朝日歌壇から気に入ったもの(時事詠)を勝手に紹介する。
 みんな心に響いてきた。

 永田和宏選 
時事詠も情報局の取り締まり対象歌へとなるを恐るる (大津市)船岡房公 
「戦争があったらもっと儲かるぞ」そういう国に一歩近づく (秦野氏)丸橋弥生

 川野里子選
木曜日あふれるプラごみ君たちも」あのホルムズを通ってきたか (久留米市)春日登

 佐佐木幸綱選
ペンライト振って三万六千人ライブのノリでする護憲デモ (茂原市)麻生稚子

 高野公彦選
仕事する重油が足りぬと嘆きおり鰯の漁師もいちご農家も (観音寺市)篠原俊則
欲しいものトランプが映らないテレビ連日連夜募る憂鬱 (五所川原市)戸沢大二郎

 時事詠がこんなに説得力を持つ時代は悲しいかも。
 最後にもう一つ、永田和宏選
地方紙はひっそり伝う寺山の学びし校舎来春閉校 (五所川原市)戸沢大二郎

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司

2026年5月18日月曜日

17人のCEO

    トランプは訪中に17の大企業のCEOを同行させたが、その規模というか内容は過去にないレベルのことであった。
 中でも半導体大手エヌビディアのジェンスン・ハンとテスラのイーロン・マスクは大統領専用機に同乗して訪中し、ジェンスン・ハンは式場で民間人筆頭の位置を占めていた。
 エヌビディア(NVIDIA)の時価総額は6兆ドル(950兆円)というから日本のGDP以上。
 訪中した17名の個人資産17兆ドル(2700兆円)は、日本+ドイツのGDPをはるかに超えている。つまり、日給で「億円」を超える米経済人が3日間中国に出向いていたのである。
 中国に観光に行ったのでもなければ、トランプのお飾り、あるいは小商いに行ったはずはない。

 例えば、アップルのiPhoneはアメリカには工場は全くなく、ほとんどは台湾の鴻海(ホンハイ)が製造しているのだが、その主要な工場は中国本土にある。
 エヌビディアも近々そうなるだろうといわれている。そうしなくても直ぐに中国に追いつかれるとも当人たちが語っている。
 つまり、世界の工場であり、世界一の市場である中国を抜きに世界経済は語ることができない。ちなみに、ジェンスン・ファンは黄仁動という台湾生まれのアメリカ人である。

 少し寄り道をして近藤大介氏の本の中のことを紹介すると・・
 iPhoneを生産するホンハイ(鴻海)の深圳工場は300万㎡でここの労働者数は約20万人だ。深圳の隣の東莞・松山湖の研究開発センターはなんと150万K㎡でセンター内を電車が走っている。以上は少し寄り道。 

 「台湾有事」など、経済の世界では議論の端にも登らないというのがリアリズムである。
 中国も、アメリカも、台湾も、キッシンジャーと周恩来が考え出した?現状が一番良いのである。
 そういう下で、日本の経済界の首脳陣は、愚鈍な高市内閣を戴いたまま沈没する船の中でため息をついているだけだ。
 それは回りまわって国民生活も引き下げる。
 そのことを明確に語らないメディアもメディアである。
 ただの年金生活者はただただ「情けない」思いでいる。

2026年5月17日日曜日

豌豆の収穫祭

    小さな土地は円満に明け渡してもらわなければならない‼ ので、残っていたウスイエンドウをすべて収穫した。
 そうしていると、近頃では珍しいことだが小さな姉弟が道で遊んでいて、「何してるの?」とわれわれ夫婦に聞いてきた。(わが庭には4箇所に出入口があるがすべて扉がない)
 で、エンドウ豆の話をして収穫を手伝わせた?ら楽しく捥いで持って帰った。
 「豆ごはんにしてもらいや」というと「給食で食べたことがある」と返事があった。
 普段、道を通る小さな子に「おはよう」とか挨拶してあげるが、こんなに反応してくれたのは何年ぶりのことだろう。
    妻と「家に帰ってほんとうに豆ごはんを炊いてちょうだい」と親に言えただろうかと話し合ったが、近頃のことだから「他人にものを貰ってきてはいけません」ぐらいに叱られてないだろうかと笑いあった。
 今日の晩御飯は『翡翠煮』にした。
    今シーズンに食べきれない分は冷凍をしておく。

 明け渡していただいた土地(猫の額)には何を植えようか?
 

リンカーンとマルクス

    歴史にif はないが、ifリンカーンが暗殺されていなかったら、150年ほど後のアメリカにトランプという大統領が誕生していただろうかという妄想は楽しい。
 2010年に志位和夫氏が訪米し連邦議会の共和党の議員の部屋に行ったとき、リンカーンの大きな肖像画がかかっていて、「リンカーンを尊敬されているのか」と聞くと、「もちろん。わが党の創設者だ」と返答があったので、「それでは、マルクスとリンカーンが手紙のやりとりをしていたことはご存知」となるとびっくりして「知らない」。そして「それでは(アメリカ共和党と日本共産党の)祖先は一緒だ」と笑った話(15日付赤旗「志位議長とハートマン教授の対談」)は面白い。実際、マルクスとリンカーンは手紙をやりとりして意見交流をしていた。

 現に資本主義の総本山中の総本山ニューヨークには今、アメリカ民主社会主義者(DSA)のマムダニ市長が座っているのだから・・・あながち的外れな誤解でもない。
 
 マルクスが描いた共産主義とは、ソ連や中国で行われてきた政治とは正反対のものであった。人間が人間らしく、時間の活用や文化の自由が拡大される社会が展望されていた。(主に資本論の刊行されていなかった各種ノート)
 「共産主義には自由がない」などという宣伝に正々堂々と論を張って、自由民主党の政策こそが自由の敵であることはもっともっと大きな声で語られてよい。実際、高市自民党の政治は金正恩やプーチンと極似している。この国では、最も自由を大事に考えているのは日本共産党であろう。

 なんか近頃、この国は思想でも経済でも文化でも、「後進国」に編入されているような気がする。
 イメージで社会を論じるのは良くない時もあるが、あの傍若無人のトランプが習近平の前でおとなしい「一般人」であったのは今の時代を象徴していないか。習近平を誉める気はないが・・・
 アメリカにしても、どちらかというと民主党の方が大企業の利益に親和的で、トランプの共和党が取りこぼされた労働者のための雇用=企業誘致に積極的であるという側面もあるから、世の中は図式的ではない。

 今日ももう1本アップする予定。

2026年5月16日土曜日

単純化は恐ろしい

    先日、某所で「憲法9条改悪反対」の署名に応じていたときに、隣におられた非常に真面目そうなご婦人が「私は改憲派です」と言って署名をされていなかった。
 そのとき続けて話されたのは、「憲法は制定・施行されてから70数年間、1回も改正が行われていません。大きく変化した国内外の環境に合わせて、憲法にもアップデートが必要ではないでしょうか」であった。

 このフレーズ、聞き覚えがあるが・・・と思って検索してみると、自民党の広報のキャッチコピーそのものだった。そしてSNSなどで拡散されているものだった。
 「79年前に制定されてから一度もアップデートされていない」・・この単純なフレーズはそれこそ単純に「古臭い」「アップデート=改正すべきだろう」の雰囲気を人々に与える。

 現代人は疲れているから、複雑な問題を単純化することを歓迎する。そのフレーズが、SNSでは反復される。
 「少し落ち着いて検討しませんか」という話はうっとおしいし、その上に「あなたの得た情報はアルゴリズムに基くエコーチェンバーかもしれません」などと言おうものなら人格が否定されたように感じて反発する。
 ほんとうに難しい世になってきた。

※ SNS上のアルゴリズムとは、SNSのプラットフォーム(運用している会社)側が、このユーザー(つまり貴方)にはどういうコンテンツをどのタイミングでどのように表示するかを自動的に判断するシステム。

※ エコーチェンバーとは、アルゴリズムで選別された情報が繰り返されることで、結果として自分の意見や思想が肯定されることによって、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込み、特定の意見や思想が増幅する現象。それ以外の情報や意見が受け入れられなくなる。

 アルゴリズムでいうと、スマホに『月齢も正確に表示される最新式腕時計』というのがあったので、どういうものかとポチッとすると、出てくるわ出てくるわ・・腕時計の広告がその後次々と流れてきたことがある。
 まだそれはいい。気楽な動画をちょっとポチッとしたときには、少しお色気系の動画が押し寄せて我ながら恥ずかしくなった。プラットフォームのAIは、ちょっとエッチな爺さんとランク付けしたのだろう。
 それらは「×」を重ねていって正常に戻ったが。ご用心、ご用心。

クルマのオイル

    私はズーっと某社の自動車販売正規ディーラーでクルマの点検・整備を続けていて、今回の点検では、事前の契約でオイルの交換は無料であるはずのところだったが、「オイルの入荷が切れていて別種の『有料の』オイルしかない」と告げられた。もちろん、遠因はネタニヤフとトランプによるイラン攻撃である。

 先日来、高市首相は「石油やナフサは足りている」と言い続け、インク不足を受けてポテトチップスの袋を白黒にしたカルビーを脅したりしたが、明らかに嘘をついているのは首相と政府である。

 後々のことを考えてだろう政府各大臣は「いま現在では・・」などと修飾の言葉を付けているが、フクイチ原発事故の際の「”直ちに”人体に影響を及ぼすものではない・・」という空しい政府発表と重なる。
 政府は明らかに嘘をついている。
 「目詰まり」などではない。石油は不足しているし、政府は確保も確保の見通しも持っていない。
 こんな内閣は早々に退陣してもらわなければ・・と思いながらディーラーから帰ってきた。

 (今日は午後にもう1本投稿する予定)

2026年5月15日金曜日

忍冬

    道路脇の植え込みに忍冬(にんどう・すいかずら)が咲いていて、毎年この時期には「忍冬唐草紋」(にんどうからくさもん)のことが思われる。
 わが国がようやく文化を取り入れた奈良時代前後、瓦の紋様などに取り入れられた紋様である。
 発祥はギリシャだとか言われるが、中東で発達してシルクロード経由で到着した。
 現代トランプが、「イラン(ペルシャ)を石器時代にしてやる」などと大口を叩いているが、その文化・歴史の重みでいうと議論の以前である。
 同じことはこの日本だってそうで、日本の歴史の黎明期、既に中東では文化が咲き誇っていた。

 傲慢は劣等感の裏返しに思われる。
 戦後のいっとき「ジャパンアズナンバーワン」と言われた国が経済でも、文化でも中国、韓国、台湾などに追い抜かれている現状が、ヘイトスピーチなどになっているのだろう。
 「強い言葉」ほど劣等感の裏返しに思われる。
 歴史を学べば、国力?の変遷は常のこと。素直に国際交流と理解を深めることが「国」の格をあげることになる。

2026年5月14日木曜日

奈良の鹿

 先日、奈良公園の「夢広場の某店」で昼食をとった。ここの外にはオープンカフェというか、屋外にテーブルと椅子がある。
 「ちょっと無防備な!」と見ていると、案の定、食事をしているテーブルの上の料理と飲み物を鹿が食い散らしてしまった。見事な傍若無人振りである。
 再発防止の意味も込めてすぐに私は駆け寄って、鹿を平手で叩いたが、そこだけを切り取れば「鹿を虐めている爺さん」になるかもしれない。
 
 奈良の鹿はペットではない。自分より弱いと思える幼児は突き飛ばすこともけっこうある。まれには大人だって突き飛ばす。
 それに、女性の衣服を咥えると煎餅を落とすという経験も学習して知っている。だから弁当などの横取りも簡単だということも・・・。
 恐れることはないが、あくまでも野生だということを肝に銘じておくことが大切だ。
 そうして奈良の鹿を楽しんでいってほしい。 

   さて、私は奈良と奈良の鹿が好きである。そのことはこれまでのブログ記事を読んでいただければ判るはずだ。
 そういう私には、高市早苗氏の自民党総裁選中のシカ発言が気になって仕方がない。
高市氏は、テレビでも取り上げられている場で、「奈良のシカを足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと痛めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている」と訴えたのだった。
 その後、この話は、根拠がまったく不明であり、複数の報道機関が奈良公園を取材したが、現地の関係者も奈良県警もそうした行為を確認していない。
 私は、あれだけの外国人観光客がいるのだから、そういう人間が一人や二人いても不思議でないと思うが、そんなことを言えば明らかに日本人が鹿を虐めている事実も私はいくつも見てきた。
 はっきり言うと、右翼的な排外主義的な支持票を当て込んで、こういう根拠不明の話を針小棒大に語ることは詐欺師、扇動家の特徴である。そういう人物が総理大臣になった。嫌な世の中になったものである。

2026年5月13日水曜日

宗教について思う

    宗教のお経や聖書などについて外からとやかく言うつもりはない。 
 しかしあるお経の本に「前世で悪口を言っていたのでこの世で口に障害が起こった」というような因果応報を説いているものに出逢ったときは、「これでは現実の障碍者はたまらん」と悲しくなった。  
 またある牧師さんがモノの結晶の美しさをあげて「この美しさは神の意思なくしては考えられない」、故に「進化論」はあり得ないと語られたときには、自然科学や医学への悪影響が心配になった。   
 暮らしの上での精神的なよりどころとしての宗教は良い意味での心の鎮痛剤だと私は考えるが、そのためには他の領域の考え方との「兼ね合い」が必要であろう。そこのところをわきまえずに神仏の語録を絶対上位に置く「原理主義」は場合によっては危険なものになる。 
 早い話が、過去の歴史上弾圧を受けた宗派にとっては弾圧に手を貸した宗派は悪魔であり、悪魔との戦いは善になる。その種の最終戦争を予言している書もある。 
 以上に書いたような幾らか整理された話ではないことだが、「日本人は韓国に償うべし」という宗教が、「日本人ファースト」を唱える右翼政治家に献金し選挙運動の手足になるという摩訶不思議なことも現に起こっているし、アメリカでは大統領が35日、ホワイトハウスの執務室でトランプを中心に福音派指導者らが手をかざして祈禱した。(写真:ネットの毎日新聞にあったもの)・・安倍晴明か?? 
 ネタニヤフとトランプによるイラク攻撃の主たる性格が宗教戦争だというような単純な議論をするつもりはないが、多くの日本人の思考回路を大きく超える政教一致の思考があることも事実である。 
 先日古い友人との惜別があったが、「彼はもっと酷くなる社会を見ることなく逝って幸せだったかも」という声を遠くで聞いた。  
 おいおいおい、もうちょっと人間を信じないか。子や孫に対して無責任だぞ。
 自分だけ儲かれば、ほかのことは知らんではねえ!
 日本人だってエラそうなことは言えなくないか!

2026年5月12日火曜日

朝採れ豌豆

    秋、冬、春と大事に育ててきた・・と言いたいけれど、実際は「自然農法」という美名に隠れて放ったらかしにしていた『ウスイエンドウ』の実が膨らんできた。
 すでに何回か収穫し、夏ちゃんファミリー、凜ちゃんファミリーにも分けてきた。今年も上々の出来である。連作障害も深刻ではなかった。

 先日、魚売り場にヒラマサの真子が出ていたので、「鯛の真子とそれほど変わらないだろう」と購入し、写真のとおりエンドウと煮付けた。間違いなく美味しかった。何よりも食卓に五月の風が漂った。もちろん、ご飯も「豆ごはん」である。
 近々凜ちゃんファミリーが病院の帰りに晩ご飯に来る。おかずは何にしてもご飯は「豆ごはん」である。

 「えッ、グリーンピースですか?」という質問もあるようだし、子どもの苦手な野菜の上位にはしばしばグリーンピースが顔を出す。しかし、私に言わせればいわゆるグリーンピースとウスイエンドウは別物と言ってよい。
 ご存知でない方は、この季節、ウスイエンドウの豆ごはん、ぜひともお召し上がられよ。

2026年5月11日月曜日

エゴノキ

    この季節は一日一日と木々の様子が変わる。
 ベランダに出るとムッとするような蜜の香りがしたので、「エゴの花だな」と顔を乗り出すといっぺんに満開になっていた。下を向いた白い花が密集していて美しい。
 同時に、ぶんぶんぶんぶん、黄色クマバチ、タイワンタケクマバチ、オオスズメバチ、ミツバチ、ハナムグリ、等々が飛び回っていた。
 写真はタイワンタケクマバチだと思う。けっこう大きい。
 「エゴノキの花は甘い良い香り」と書かれている本も多いが、正直に言うとクリの木に似た、ムッとしたしつこい香りで、もっと正直に言うと臭い。
 ジャスミンなどもそうだが、芳香と香害は紙一重というか、敏感な者には少々辛い。
 ただそれを言いすぎると社会的には問題もあるから、話はここまで。

2026年5月10日日曜日

石楠花色

    〽石楠花色に たそがれる 
  はるかな尾瀬 遠い空
 江間章子作詞 中田喜直作曲の『夏の思い出』だ。
 この歌を先に覚えてその後尾瀬に行ったりしたものだから、シャクナゲ色というのは霧の中の「ぼやぁ~とした薄いグレー」かと長い間思っていた。
 それに大台ケ原などシャクナゲの自生地にもよく行ったが、それは夏期であって、シャクナゲはシーズンオフだった。
 だから後に花期のシャクナゲを見たときには、尾瀬や、あの歌詞と違っての派手さに少しがっかりした覚えがある。
 特に園芸品種や西洋シャクナゲは『夏の思い出』のムードとは別物だった。

 この冬、小さなシャクナゲを庭に植えた。日当たり、特に西日が強い場所に植えたので猛暑の夏を乗り越えて上手く成長するかどうかは解らないが、この春は順調に咲き始めた。
 白い中に薄紅色が混じっている。あの歌詞の「正解」は、この薄紅色が「たそがれの夕焼け色」なのだろう。

2026年5月9日土曜日

アウェイでも

    5月8日付朝日新聞のトップ記事は、『嫌中動画気軽に下請け』というタイトルで、仕事の仲介サイトの求人募集が「中国批判系など海外の反応YouTube動画のお仕事」で、手順書どおりに簡単に対応できた。それは、見る人の憎悪をあおり、時に思考をゆがめるネット動画であったという内容の記事だった。
 記者が取材した男性は過去には「差別につながる可能性が高い」として広告収入を止められたが、その後新たに「政治系チャンネル」を開設し、高市首相を取り上げつつ、野党や自民党でも一部の政治家を批判。2週間で50万円稼いだと豪語したと書いている。

 この話は目新しいものではなく、2024年に大手仕事仲介サイト「クラウドサービスの求人の一部に、「中国人の迷惑行為、その後、自業自得になるフィクション動画作成の仕事」というのが出て問題になっている。
 さらに以前には、参議院議員の小西洋之氏と杉尾秀哉氏が提訴した裁判で明らかになったのは、Dappiという名前でウェブコンサルティングを業務とするIT会社が、自民党や維新への賛同の内容や立憲や共産党への誹謗中傷の発信を繰り返していたことが有罪になっている。
 ちなみにこの会社の主要な取引先には、自民党、自民党の元閣僚の資金管理団体、自民党の支部があった。
 そして今年4月29日に文春オンラインが報じたのは、昨年の自民党総裁選挙中に高市陣営がTikTokで、総裁選のライバルであった小泉進次郎氏や林芳正氏に対して「カンペで炎上!」「無能で炎上」「完全にアウト」という投稿をしていたこと、衆議院選挙の公示日前日には、高市氏の動画がアップされ、再生回数は10日足らずに10億回を超えていた。
 なお、高市氏の資金管理団体「新時代政策研究会」から2024年の総裁選関連で約8000万円の広告宣伝費が支出されていたことが毎日新聞で報道されている。

 実際、私のFacebookにもその種のTikTokの動画はあふれている。
 これを「やっぱりネットの世界は歪んでいる」とオールドメディアで批判?しているだけではことは済まない。
 都知事選挙の時の「石丸フィーバー」、総再生回数300万回が革新系候補を上回る得票を得たように、総選挙時の高市10億回動画があって自民党の「歴史的勝利」が起こったように、情報をSNSに頼っている層には、「オールドメディア」でまともに批判してもその声は届きにくい。
 「SNSに依存するのは危険だ!」という情報もSNS上で広げなくては力にならない。
 なので、「これではいかん」という良識を「とりあえずSNSで発信する」「せめて、シェアなりリポストする」ことが自覚的な民主主義者には求められている。
 それでも「SNSは苦手だ」と言いながら拱手傍観を続けますか。
 

2026年5月8日金曜日

クラベス

    クラベス(スペイン語
: claves)は、2本の棒状の木片を打ち合わせることで明るいカチカチとした音を出す打楽器。ラテンのリズムには欠かせない?
日本の拍子木と演奏?の仕方は異なるが、拍子木のように使おうと思えば使えるので、息子がわが家から持って行ったクラベスを返してもらった。
5月に予定しているレセプションで演奏に使ってもよいが、一番効果的なのは「大阪締め」などの手締めに使うといっぺんに華やぐ(はず)。要するに拍子木!
「用意はできている」と実行委員長には言ってある。
ちなみに、楽器として使うばあいは、利き手でない方で、クラベスの先から3分の1ないし4分の1位の所を2本の指で軽く持ち、残りの指を添える。クラベスの逆の端の近くが手のひらの手首の近くに軽く触れる。手のひらを軽く丸め、楽器と手のひらの間に空洞をつくる。その上で利き手のクラベス(ばち)で楽器の先を叩くのである・・とあるが、そんなことはどうでもよい(写真はそんなことはしていない)
大切なことは『ダンドリ八分』である。

昔、現職の頃、仕事に関係する多くの医師の先生方を囲むパーティーがあったとき、私が閉会のあいさつを担当したのでこのクラベスをスーツの内ポケットに持参した。
結果、クラベスは見事に場を盛り上げたが、出席者の多くが大阪締めのリズムを知らず、見事に大スベリした。と、スベリにスベッタが・・・「今年の締めのあいさつは良かった」とお世辞だろうがたくさんの声を戴いた。
『ダンドリ八分』。昨日は『くす玉』のメンテナンスを行った。大改造ではないが、小改良はあちこちに行なった。何ごとも『ダンドリ八分』である。

2026年5月7日木曜日

親近感の湧く謎の民

    54日の夜、見るともなくテレビを点けると「秘境中国 謎の民『神秘の森に生きる』」という番組の再放送があった。
 中国の秘境雲南省に広がる高黎貢山(こうれいこうざん)。標高2,500mの世界遺産の森に生きる謎の民・ルーモ人。古代の武器・弩弓(どきゅう)(クロスボウ?)で野生動物を狩り、シャーマンが800年続く不思議な儀式をつかさどる。祖先はモンゴルの皇帝を倒して世界の歴史を変えた最強戦士。流浪の旅の末辺境の地にたどり着いた。今(といっても初回放送は2021年?)、中国政府によって森からの立ち退きを命じられ伝統の暮らしが消滅の危機に・・・という内容だった。

 中国には、漢民族と55の少数民族がいるといわれているが、ルーモ人はその55の少数民族にもカウントされていない。
 伝承では、祖先は長江流域の重慶あたりに住んでいたが、モンゴル第4代皇帝モンケ・ハン10万の大軍に対する南宋1万の軍の下、ルーモ人の放った弩弓でモンケ・ハンを戦死させた(元史類編)という。
 その後、南宋軍はフビライに敗れたが、その際ルーモ人は2,000㎞逃亡し(参考:札幌―福岡で1,500㎞)、標高76mから6,740mという大渓谷の奥地で暮らして現代に至っているといわれている。

 それはさておき、そのテレビを見ていて面白かったのはルーモ人の顔で、日本の田畑で鍬でも使っていたら誰もが日本人と思ってしまうように私には思えた。
 もっと昔、テレビがシベリアの先住民族を紹介していたとき、椎名誠氏がインタビューすると、「どこから来た?」「海の向こうの日本だ」「いやいや冗談だろ。お前は隣村の人間だろ」「ほんとうだ。日本人だ」「またまたまた、隣村の者だ」「いやいやいや・・・」と全く信じなかったシーンがあった。
 先日読んだ『中央アジア紀行』のキルギスのけっこう有名な伝説では、「かつてシベリアで暮らしていた兄弟が、肉好きはキルギスへ、魚好きは日本に行った」と紹介されていた。
 もっと昔、原水爆禁止世界大会国際会議を傍聴した折、スリランカ、タイ、ベトナム、朝鮮、中国、モンゴルなどなどのデレゲーション(代表団)が、わりあい明確にそれぞれの「お国」の顔をされているのに、そのどの「お国」の顔の人も日本人にはいるなあと感心?したことを思い出した。
 ルーモ人を見て、日本人の故郷が長江流域の近辺だったというほど単純な思考はしないが、何か「当たらずと雖も遠からず」のような気分もある。
 稲作、漁労、高床、餅つき、味噌・醤油・納豆・・・
 

2026年5月6日水曜日

子どもの日?

    商業主義というかマスコミの定番ニュースというか、はたまた世間の流れというか、絵に描いたようなお決まりの「子どもの日」であった。
 夏ちゃんファミリー、凜ちゃんファミリーと揃ってのBBQパーティーを行った。
    前日の5月4日昼過ぎ、「BBQ組はもう既に買い出しは済んでいるだろう」と高をくくって精肉店に行ったのだが、整理券をとると40分待ちだった。
 やはりというか、世間の小市民は同じように発想するらしい。
    結局、子や孫が祖父ちゃんたちを喜ばせてくれた日、まるで「敬老の日」となった。

    我ながら、なんという俗物だと反省しつつ、これでいい、これでいいと自分に言い聞かせた楽しい楽しい子どもの日であった。


2026年5月5日火曜日

菖蒲の鉢巻き

    日本書紀の事実上最初の大王である「崇神天皇」の記録に大いに疫病に悩んだ記述があるから、何年か前のコロナの記憶と重ねると、見事に「歴史は繰り返す」という感慨を深くしている。歴史をバカにしてはいけない。
 そこを押さえたうえで、端午の節句を眺めると、そこにも「菖蒲イコール尚武」というようなレベルを超えた先人の知恵が感じられる。つまり、そもそも菖蒲の香りには生薬、漢方薬の効能が認められているから、この行事の一部には、経験医学とでも呼べそうな合理性がある。
 こうしてわが家では、毎年、端午の節句には菖蒲湯に入り、菖蒲で鉢巻をすることにしている。すなわち、菖蒲の鉢巻きは邪気を払い健康力を助けてくれるのである。

 ということで、先日スーパーで菖蒲を購入したのだが、それをカートの「傘立て」のところに立てて購入を続け、自宅に帰ってから「アッ、カートに置いたままだ!」と気がついた。
 菖蒲は、一般的な病には効果があるが、認知症は「所管外」であることに気がついた??? それとも去年の鉢巻きの効能が時効???
 電話をすると屋外のカート置き場にそのまま残っていたとのことなのでもう一度出かけた。
 
 年中行事やしきたりの類には非合理的なものが多い。自然科学や論理学が未成熟な時代にはやむを得ないことだった。だからといって、バッサバッサと切り捨ててしまう生活は味気ない。言い換えれば「人間味」が乏しくなる。
 息子や娘のファミリーには、超がつくほどの合理主義、論理主義を標榜している祖父ちゃんが年中行事を大事にするのが不思議なようだが。この気持ち、わかってくれるかな。

    今日は端午の節句、まだの方は菖蒲を買ってきて、菖蒲湯に入って鉢巻をしよう!

2026年5月4日月曜日

休む

    近藤勝重さんの本を読み返していて少しウッと思ったことを書く。
 近藤さんの「これからの生き方を文章にする」という文章の中に「文章に行き詰まったら・・・一息入れるということも大切なのではと思っています。『休む』の『休』は人が木にもたれかかっているのが字源だそうですが・・・」とあった箇所である。私のウッは文意・文脈とは関係ない。ただ、引用されたその字源なるものはほんとうだろうかと思った。

 以前に半藤一利さんが「相」という字について、「なぜこの字が首相とか厚労相の意味を持つのか」という問いに、『たすける』という意味があるからだ」と述べていることを書いたが、その意味を白川静『常用字解』で補足すると、・・相は木を目で「見る」の意味である。盛んにおい茂った木の姿を見ることは、樹木の盛んな生命力をそれを見る者に与え、見る者の生命力を助けて盛んにすることになるので、「たすける」の意味となる。たすけるというのは、樹木の生命力と人の生命力との間に関係が生まれたことであるから、「たがいにする、たがいに、あい」の意味となる。また「すがた、かたち」の意味にも用いる。見ることは人の生命力を盛んにするという魂振り(たまふり)の力があると考えられたのである。・・・とあった。

 この記憶があったので、「人が木にもたれかかっているので『休』ですか?と、ウッと思ったわけである。
 そして再び白川静文字学!にあたってみると、「休は木の下に人が休むの意味であるとか、麦畑で人が休むの意味であるという説明をされることがあったが、それは誤った解釈である」とピシャリ。そして・・
 木は古い字形では禾の形で、禾は横木のついている柱、軍営の門の両脇に軍門の標木(目印の木)として禾を立て、両禾軍門といわれた。そこで軍事的な誓いや平和交渉なども行われ、禾の前で講和することを和という。戦争で手柄をたてた人を表彰することを休といい、休は「さいわい、よい、めでたい、よろこび」というのがもとの意味であった。周王朝のとき、戦争以外での功績についても王や上官が表彰し、貴重な貝や馬などを褒美として与えることが行われているが、そのようなときに休暇(やすみ)が与えられることもあって、休は「やすむ」という意味に使われるようになったのであろう。・・・とあった。

 白川静文字学は、深い中国古代思想の探求の上に成り立っていると考えられ、教えられることが多い。「休」の字源はさらに研究されてもよいかもしれないが、大いに納得させられる。
 周辺の木や草は一日単位で目に見えて成長していく。
 それを見て人は生命力を助けてもらうというのを実感している。

2026年5月3日日曜日

憲法記念日

    高市早苗氏は国会議員の時代に、この『憲法前文』が嫌いだと公言している。
 だが、憲法第99条は次のとおり定めている。
 第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
    ・・・えらい時代が近づいてきた。「戦前」という時代だ。
 9条、9条というだけでなく、この前文も味がある。
 よって私は本日、『憲法前文の会』を一人で立ち上げた。 
 
 🔳日本国憲法 前文🔳

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。 

以下【参考】(TBSnewsDIGから)
 高市議員(20009月 衆院・憲法調査会)
 「『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』と、この非常におめでたい一文を、もし改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っている」
 高市氏の論文(2004年)
 「独立した主権国家の国民としてのプライドにかけて『日本の心と言葉を持った憲法』へと書き直すべきだと思っている」
 「まず、前文には、目指すべき国家像を書き込む。『国家はどうあるべきか』『国民はどうあるべきか』を冒頭に示すのだ」
 「日本国は自衛の為の戦力(国防軍)を持てる」
 「日本国民は、国防の義務を負う。有事の際(中略)私権の一部制限に協力する」
  憲法学者の木村草太氏はこう見る。
 「国防の義務という非常に抽象的な義務を設定してしまうと、国防という名目を立てればあらゆる権利・自由を制限してよいのだという意味合いになるわけですね。それこそ徴兵の義務とかそういうことも言えるかと思います」
 また、高市氏の改憲論文では、大規模テロや自然災害など「非常事態」に対応するための条文を新設し、「『内閣総理大臣への権力集中』や『国民の自由や権利の制限』を書くべきだろう」としている。
 「国家権力は非常に強い力で支えられている。放置すると国民の権利や自由がどんどん奪われていくので、国民の権利・自由を奪ってはならないと規範を設定し、権力を制限するのが憲法」
 「高市さんの文章の中で、自分の憲法では国民の権利をもっと制限しやすくするのだということが書かれていますので、国民の権利を政府が制限しやすいのが理想な国家だとおっしゃっている」

2026年5月2日土曜日

明日は5月3日

    明日は53日。198753日を思い起こそうと思う。
 その日、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害されるという大事件があった。『赤報隊事件』のひとつである。当時、統一協会の霊感商法批判キャンペーンを展開していた朝日新聞が襲撃されたのだった。
 その当時、統一協会はいろんな関連団体を通じて、殺傷能力のある空気散弾銃を大量に輸入し、全国で銃砲店や射撃場を経営し、「特殊部隊」=軍事組織を組織していたといわれている。
 その「教団」が朝日新聞の霊感商法批判キャンペーンに怒り狂っていたといわれている。
そんな中の198753日、朝日新聞阪神支局で記者が散弾銃で殺害されたのだが、3日後の56日午前、朝日新聞東京本社に散弾銃の使用済み薬莢2個と脅迫状が届き、そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」と書かれていた。
 薬莢は、凶器の具体的な報道がされていないにもかかわらず、銃撃に使用されたのと同じレミントン社製で、口径も大きさも同じサイズのものだった。
 赤報隊事件はその後も続き、警視庁は国会議員である有田芳生に「オウムの次は統一協会をやる」と明かしていたがそれは実現しなかった。その理由を2005年に引退した幹部は有田に「政治の力ですよ」と答えた。
 「政治の力。それは岸信介からにつながる自民党安倍派や民社党・同盟から連合につながる富士政治大学校などを指すと思われている。
 今日は52日。大型連休もよいけれど、53日といえば、この事件の闇も思い出してほしい。
 
 統一協会というと、想像を絶する北朝鮮との野合もある。
 1992年平壌の巨大競技場は「偉大なる首領様の生誕80年を祝う」民衆で埋め尽くされていたが、スタンドには独立運動の闘士8人の名前が人文字で浮かび、その最後の一人は文鮮明の三文字だった。 
 そのほかにも、霊感商法で日本人信者から巻き上げた莫大な献金を元手にした「金剛山国際グループ」の設立や莫大な資金援助。
 そして訪朝。金日成と「義兄弟」との会談。
 こうして金日成の葬儀に北朝鮮は文鮮明教祖に招待状を送り、文の最側近の韓国「世界日報」朴社長は金日成の死去後初の韓国人訪朝の人となった。
 日本などでは激越な反共演説を繰り返しながらのこの態度は、良識人には到底理解の限度を超えているが、同じように、日本の法律では入国が禁止されている人物(直前までアメリカで収監されていた)の超法規的入国を手伝ったのは自民党の大物たちであった。
 
 超高額の霊感商法による家族崩壊などなどの山上被告問題なども非常に重要だが、統一協会問題の深刻さはそれに止まらない。
 字数の関係で筆を置くが、高市内閣・自民党総裁の下で、統一協会の広告塔になったり、資金を貰ったり、秘書など選挙運動の実働部隊を受け入れていた人物が大量に国会議員になっている。
 こんなことを見過ごしていて良いだろうか。
 ぜひとも、有田芳生著『誰も書かなかった統一教会』を一読されることをお勧めする。
最寄りの書店になければ、アマゾンや楽天ですぐに購入できる。

今日は5月2日

    昨日は大阪労連等のメーデー集会(扇町公園)に参加。雨天なんぞに敗けるものか!
 昔青年は、来年はOBたちを集めてデコレーションコンクールに参加したいものだなんて思ったが、もうそれは”希望というよりも妄想だ!”ぐらいに笑われそうだ。

 ”昔青年”でいうと、就職して何年もたっていない頃は、職場の宴会というと軍歌を歌う先輩たちがいた。そのときは「なんという時代錯誤よ」と思ったが、わが退職者会の現在の企画も若い人たちにはそのように思われているかもしれない。

 軍歌ではないが、テレビでダークダックスがロシア民謡などを歌っていた時代、今から考えると我われはソ連のCMソングのような歌を歌ったりしていた。そしてそれはもう、今では歌うこともなくなったが、自分たちの青春と重なって懐かしい気持ちは今も沸いてくる。この懐かしい感情は理屈ではない。

 〽われらの思いは それはただ一つ
  懐かしき祖国 永久に栄えよ
  雪や風 星も飛べば
  わが思いは はや遠き地に

 今日は、そんな旧友との永久の別れに行く。
 どうして、尽きない昔話もしないうちにさっさと逝くのか。
 もっとたくさんの法螺話もしたかったのに。チャカさんよ!

2026年5月1日金曜日

痛快‼ 日章丸事件

    日本の主要なメディアは4月29日、大型タンカー「出光丸」が28日、ホルムズ海峡を抜けて日本に向かっていると報じた。
出光丸は出光興産所属の船舶で、200万バレルの原油を積載していたが、2月の米国とイスラエルによるイラン攻撃によりホルムズ海峡に足止めされていた。
これまで商船三井所属の船舶3隻がホルムズ海峡を通過したことはあるが、どれも目的地は日本以外だったから、日本に向かう、日本の石油精製大手が完全所有する超大型原油タンカーがペルシャ湾から出たのは初めてだったし意義深いと思う。
 このことに関して28日の夜、駐日イラン大使館はX(旧ツイッター)に、出光興産が1950年代にイランから石油を秘密裏に日本へ運んだ「日章丸事件」について投稿し、「この歴史的な任務は両国間の長きにわたる友情の証で、今日においても極めて大きな意義を持ち続けている」と投稿した。

 そこで、昭和28年(1953)の『日章丸事件』をWikipediaから以下に紹介する。
 🔳 イギリスの影響下にあったイランは、第二次世界大戦の進駐を経て連合国の占領下から脱していたものの、当時世界最大と推定されていたその石油資源は、イギリス資本たる石油メジャーアングロ・イラニアン・オイル・カンパニー(BPの前身、AIOC)の管理下に置かれ、イラン国民はもとより、政府にもその利益がほとんど分配されない状況にあった。その中で、イランは1951年に石油の国有化を宣言し、イラン国営石油会社(NIOC)がAIOCの資産を接収する。これに反発したイギリスは中東に軍艦を派遣、イランへ石油の買付に来たタンカーは撃沈すると国際社会に表明した。事実上の経済制裁・禁輸措置を執行するイギリスにイランは態度を硬化させた。これらはアーバーダーン危機と呼ばれ、戦争が近づきつつある情勢となっていた。
  一方、日本は戦後イギリスやアメリカ合衆国などの連合国による占領を受け、占領終了後も両国と同盟関係にあるために独自のルートで石油を自由に輸入することが困難であり、それが経済発展の足かせとなっていた。イラン国民の貧窮と日本の経済発展の阻害を憂慮した出光興産社長の出光佐三は、イギリスの経済制裁に国際法上の正当性は無いと判断し、極秘裏にタンカー日章丸(同名の船としては二代目)を派遣することを決意。イギリスとの衝突を恐れる日本政府との対立も憂慮し、第三国経由でイランに交渉役として専務の出光計助(佐三の弟)を1952年に極秘派遣。モハンマド・モサッデク首相などイラン側要人と会談を行った。
  イラン側は、各国の企業と条件面で合意しても、実際の貿易には全く結びついていない前例と、当時国際的にはほぼ無名の中小企業に過ぎなかった出光を見て、初めは不信感を持っていたとされるが、粘り強い交渉の末に合意を取り付け、国内外の法を順守するための議論、日本政府に外交上の不利益を与えないための方策、国際法上の対策、法の抜け道を利用する形での必要書類作成、実行時の国際世論の行方や各国の動向予測、航海上の危険個所調査など準備を入念に整えて、日章丸は1953年(昭和28年)323日午前9時、神戸港を極秘裏に出港する。 
 航路を偽装するなどしてイギリス海軍に気付かれないよう航行し、日章丸は410日にアーバーダーン港に到着。この時点で世界中のマスメディアに報じられ、国際的事件として認知された。日本においても、非武装の一民間企業が、当時世界第二の海軍力を誇っていたイギリス海軍に「喧嘩を売った」事件として報道され、連日新聞の一面記事で報道された。
  415日、急ぎガソリンと軽油を積んだ日章丸は、国際世論が注目する中アーバーダーンを出港。浅瀬や機雷などを突破、イギリス海軍の裏をかき、海上封鎖を突破してペルシア湾を抜け、599時に川崎港に無事到着した。AIOCは積荷の所有権を主張して出光を東京地裁に提訴し、同時に外交ルートでも出光に対する処分圧力が日本政府にもたらされた。
  しかし、イギリスによる強引な石油独占を快く思っていなかったアメリカ合衆国の黙認や、快哉を叫ぶ世論の後押しもあり、行政処分などには至らなかった。裁判でも出光側の正当性が認められ、仮差押え処分の申し立ては527日に却下された。AIOCは即日控訴するものの、1029日になって控訴を取り下げたため、結果的に出光側の勝訴に終わった。
  もっとも、本件におけるイラン側の立役者とも言えるモサッデク首相が、同年819日に発生したクーデター(アジャックス作戦)により失脚したこと、さらに本件を契機として結果的に石油メジャー各社の結束が強化されたことなどから、出光によるイラン産石油の輸入は継続困難になり、わずか3年後の1956年(昭和31年)に終了した(上記のAIOCの控訴取り下げも、クーデターにより自社の権益が事実上復活し、裁判を継続せずともその目的が事実上達成できたことによるものであった)。しかし、これら一連の動きは、世界的に石油の自由な貿易が始まる嚆矢となった。
  時系列
19513月 日章丸起工式。当時世界最大のタンカーであった。
98日 サンフランシスコ平和条約を締結し、主権回復。
1952
615日 イタリア・スイス共同出資のタンカー「ローズマリー」、イギリス海軍にアラビア海で拿捕される。
916日 日章丸、進水式。
1016日 イラン首相、イギリスとの外交関係破綻を宣言。
1022日 イラン、イギリスとの国交断絶を通告。
115日 出光の出光計助専務と手島治雄[2]、日本を出国。
116日 出光一行がパキスタンに到着、入国拒否を受けるも強引に入国。
118日 出光一行がパキスタンからイランに向けて出国。
119日 出光一行がモサッデク首相と会談し、交渉を開始する。
1119日 出光一行が帰国。
1222日 日章丸完成。
1953
110日 外務省、出光のイランとの接触の情報入手。
1月 出光、飯野海運よりチャーターしていたタンカーのキャンセルを受け、同社唯一のタンカー・日章丸の使用を決断。
26日 出光計助ら再度イランに向けて出発。
215日 イランと出光、石油貿易の正式調印。
316日 日章丸がアメリカ合衆国から川崎港に帰着。
318日 日章丸、川崎港から神戸港に荷卸しの為、移動(着翌日)。
323日 日章丸、目的地をサウジアラビアと偽装し神戸港を出港。
325日 フィリピン北のバリンタン海峡を通過。
331日 マラッカ海峡を通過 。
45日 コロンボ沖で暗号電文を受信し、無線封鎖。
47日 オマーン湾に到達。
48日 夜陰に隠れてホルムズ海峡を通過。
49日 シャルル・アル・アラブ河口に到達。
410日 アーバーダーン港(当時の記事ではアバダン港)に到着。AFP、ロイターが報道。
410日 夜・イギリス外務省が駐日大使エスラー・デニングに調査を命じる。出光、外務省に報告。
411日 出光、記者会見を行う。
415日 日章丸、アーバーダーン港を出港。船底部を僅かに擦りながら浅瀬をぎりぎりで突破。
416日 夜陰に紛れてホルムズ海峡を通過。
426日 大きく迂回しスンダ海峡を通過し、イギリス海軍駆逐艦3隻との接触を回避。
426日 夜陰に乗じてジャワ海の危険な暗礁海域を通過し、イギリス海軍を回避。
429日 ガスパル海峡(英語版)を通過。
430日 南シナ海に到達し、無線封鎖を解除、出光本社と連絡を取る。
430日 イギリス、松本俊一駐英大使を呼び出し厳重抗議。
430日 日本政府および外務省は、何も知らず民間の取引に介入できない旨をイギリスに弁明。
4月〜5月 自動車6団体がイラン石油輸入を歓迎する旨発表。同時期、報道が激化し様々な意見が発表される。
54日 日章丸、フィリピン北のバシー海峡を通過。
57日 イギリス、日章丸の日本領海到達を確認。即座にAIOCより仮処分申請を東京地裁に提出。
58日 出光、広島駐留のイギリス海軍が軍用機を飛ばしている情報を受け、記者会見を開き徳山港(山口県)へ入港予定との陽動情報を流す。
58日 日章丸、土佐湾沖にて新聞社に撮影され、陽動情報である事が露見。
59日 川崎港に到着。同日、東京地裁にて第一回の口頭弁論開かれる。
59日 通産事務次官玉置敬三、通産省はこの紛争に巻き込まれたくないとの見解を記者に述べる。
513日 日章丸が陸揚げを完了し、船の差し押さえを逃れる。
514日 日章丸がイランに向けて再度出港し、貿易を既成事実化する。
516日 東京地裁にて第二回口頭弁論開かれる。
527日 東京地裁、仮処分申請を却下。
527日 外務省が政府は何ら関与しない旨を発表。
6月 イラン政府、出光との当初の契約を見直し、石油価格を大幅減額で提供する旨を発表。
67日 日章丸、アーバーダーン港に再度到着。イラン政府高官、および数千人の民衆の出迎えを受ける。🔳

 関連する事項などを検索して読むと痛快である。大人としてこの事件に接したかった。
 もし両親が健在であったならば、当時のこのニュースをどのように感じたのかと聞きたかった。
 イランが核武装をするのを是とはしないが、現在の戦争状態を作ったのがネタニヤフとトランプであることは全く間違いない。
 蓄積されたペルシャ文明と人々の人情には敬意を払いたい。

2026年4月30日木曜日

くす玉

     4月26日付朝日新聞16面の『サザエさんをさがして』は「くす玉」で、古来の薬玉ではなく、「ひもを引っ張ってパカッと割るくす玉(のルーツ)は、国立国会図書館などで調べたが判然としなかった」とあった。

 このことはずっと以前に私自身いろいろ考えて書いたことがあるが、自分のブログなのに検索しても出てこないので朧げな記憶でもう一度書いてみる。
 1 薬草による薬玉とは質的変化があるから、薬玉が自然にくす玉になったとは考えられないが、祝い事(予祝行事)の性格は同じである。
 2 「割るくす玉」は江戸時代の書物等に一切見当たらないようだから近代に考え作られたものである。
 3 もし当初から「垂れ幕」が考慮されていたとすれば、それは縦書きの発想であるから、日本、中国、朝鮮、モンゴルあたりで考えられたと思われるが、近代化が進んだ日本はその有力な候補地である。
 4 以上のことから、明治41年(1908)三菱重工長崎で行われた桜丸進水式前後の日本で考案されたものでないだろうか。 (西欧式進水式はワインボトル)
 ・・・要するに、少し陽気な明治の日本の造船現場技術者が考え出したのが「パカッと割るくす玉」だと推測したが如何だろう。

 5月にわが退職者会最大のイベントがあり、実行委員長から私に「くす玉を用意せよ」と命が下っている。
 簡単に割れるように作ると移送中や取り付け中に割れてしまう。そこを頑丈にするとなかなか割れないから取り付け箇所を壊しかねない。だいたい会場には「くす玉取り付け器具」など設備されていない。何よりもゲストをもてなす垂れ幕がいる・・などなどなど、GW中にいろいろ準備作業をすることになる。
 誰か、くす玉制作班に入門しようとする弟子はいないのか・・・

2026年4月29日水曜日

大阪モノレール

    テレビがつまらなくなったので、録画してあった『鉄オタ選手権・大阪モノレール』を見た。
 7年後の2033年には近鉄奈良線とも接続(乗換)できるようだが、私自身は(命が)間に合うだろうか。というか、大阪空港や万博公園などへの旅行という需要があるだろうかと考えるとチト寂しい。ともあれ、この接続がかなうとあれば便利である。
 ともあれ一旦大阪市内に出て環状線なり地下鉄を経て乗り換えていた阪急や京阪へは便利になるだろう。
 このように進んでいるモノレールの延伸事業、これは黒田革新府政の時代に準備されたものだということをご存知の方は多くない。ズバリ大阪の都市計画や経済戦略からいってもそれは「骨太」の企画であった。
 それに比べてその後の大阪府政を見ると、「カジノで経済活性化」とは、あまりにレベルが低すぎると思わざるを得ない。
 大阪維新には事実上よしもとがついているから、何事によらず「やってる感」のパフォーマンスだけは派手だが、冷静に統計数字などを見ると、大阪の地盤沈下は誰であっても否定できない。
 その上に先日書いた木津川計氏指摘の「都市格」の没落である。
 来年春は統一地方選挙。気は早いが「ヒトの身を削って自分の身は肥やす」維新政治は止めさせなければならない。

2026年4月28日火曜日

奈良監獄

    奈良監獄ミュージアムオープンのニュースがテレビ等で話題になっている。
 取り壊しの案もあった刑務所の建物を国の重要文化財に指定させ、ミュージアムやホテルにまで持ってきた力は、古代史などの勉強会のリーダーたちと近隣住民による 運動だった。奈良観光の為にも良い影響を産むだろうと思う。

 ここが刑務所として実際に運用されていた頃、毎年、年に一度のお祭りのような催しがあり、受刑者の授産事業の製品が販売されたりしたので、私もけっこう買い求めたりした。
 そのうちの一つは、大きな縁台だった。もちろん持ち帰れるような大きさではなかった。
 そして数日後、家に年老いた母が一人でいたときに、「もしもし、長谷やんさんですか。こちら奈良刑務所ですが」と電話がかかって来て、母が腰を抜かしたことがあった。遠く懐かしい思い出だ。縁台を持っていくという連絡だったのだが。
 擬木の切り株ベンチは今もわが庭にいくつもある。
 歳をとると、何もかもが懐かしくなる。

2026年4月27日月曜日

成熟した市民

    今週金曜日はメーデー(May Day)で、1986年シカゴの労働者が8時間労働制を求めて大集会を開いたことに由来する。いうならば、労働法、労働行政などの生みの親のようなものだ。
 それが現代、「労働基準監督署の残業規制の指導を緩めよ」と政府与党が合唱しているのだから、「それはおかしい」との声を大きくしたいので、大阪・扇町のメーデーに参加したいと思っている。
 ところが近頃は、若い労働者の中には労働組合に加入しない人が生まれているらしい。労働組合の存在や運動が労働条件の改善につながっているという実感が薄れると同時に、「そんな時間があれば資産運用に費やすわ」という感じだとか。
 その種の発想は地域の自治会でも生じているが、ちょうど内田樹氏が『市民的成熟を育てる学校と職場の条件』という文章の中で、要旨次のように書かれているのが的を射ているように感じたので紹介する。(要旨をまとめた責任は私にある)
 🔳 「市民的成熟」を一言でいえば、「公と私」の間で葛藤する作法を身につけることである。
 公共というのは、全員が私権の一部(自分の割り前)を差し出して、初めて協同体や自治体や政府や国家といった「公共」が成り立つものだ。
 でも、この「公」は、ルールや法律を守れとか税金を納めろとかゴミを捨てるなとかいろいろと市民に要求する。これが「私」にとっての「持ち出し」に相当する。
 問題はこの「持ち出し」における「自分の割り前」をどう算定するかである。
 未熟な市民はこのことの意味がわからない。わかるためには「この社会が自分みたいな人間ばかりだったら」と想定することである。
 例えば、「法律を守らない、税金を払わない・・・」のが「オレ一人」で、あとの全員は「法律を守り税金を払う・・・」善良な市民である時には、この「オレ」の利益は最大化する。
 言い換えればそれは、「オレみたいな人間はこの世にいない方がいい」と切望することである。
 そんな協同体を構成したいとは誰も思わないだろう。市民的成熟とはそういうことである。
 「自分みたいな人間がたくさんいる世界に住みたい」と思うことほどの自己肯定はない。🔳

 これを読んで、「組合費(あるいは自治会費)を払っても払わなくても利益に差はない。だから払うのは損だ」という声を想像したが、内田樹氏の話を聞かせたいものだ。
 年寄りの話はお説教臭くなるが、生き方の基本のようなことを語ることは高齢者の「任務」であろう。
 なので今こそ「歳だから」などと言わずにメーデーに行こうと思っている。
 (内田樹氏の論文は、SB新書の『沈む日本とカオス化する世界』に収録されている)

2026年4月26日日曜日

征平さん がんばれ

    妻がラジコで聴いていたラジオを何げなく背中で聴いていたところ、アナウンサーが「武器輸出全面解禁の閣議決定」を熱っぽく批判していたのでオオオッと少し驚いた。
 言っていることがおかしいので驚いたのではなく、あまりにまともな感想を忖度などなしに語っていたので驚いた。

 フリーアナウンサー桑原征平氏のABCラジオ『粋(すい)も甘いも』の中の、「まったく個人の感想です」というコーナーだったが、征平氏は父親の応召とヒトが変わって帰って来てからの戦争トラウマを赤裸々に語ってくれた。それは肩書の立派なコメンテーターや有識者のその種のご教授ではなく、ほんとうにリスナーの心を揺さぶるものだった。

 現代人が先の戦争を学ぶということでは、高市早苗氏が1995年3月16日 衆議院外務委員会で発言した「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」が有名であるが、それが如何に勉強不足で傲慢な態度であったかということも対比的に浮かび上がった。

 重複するが、征平氏の父君は優しい人であったが、戦場から帰って来てからは全く人が変わった暴力的な男であった。
 母君と征平氏ら子どもたちは限界ギリギリの家庭生活を送ってきた。
 そこで征平氏は、先の戦争では310万人以上が亡くなった。家族でいえば1000万人以上が夫や父を亡くした。さらにその外に、数えきれない戦争トラウマでヒトが変わった人とその家族が生まれた。戦争というものはそういうものなんや。だから戦争だけは絶対したらアカンし、そこへ向けての「集団的自衛権」とか「先制攻撃能力」などもアカン。そして武器輸出も・・
 大相撲でもサッカーの試合でも、外国との関係で君が代が流れたりすると感動して涙が出たりするが、それと自衛官が自民党大会で歌うのとはちょっと違うと思う。・・と征平氏。
 ・・・私が文をまとめたので感動が消えているので、どうか、スマホにラジコかなんかを入れて、貴方が直接聴いてほしい。
 ABC 4月22日(水)『桑原征平の粋も甘いも』の昼の00時33分あたりから聴いてみてほしい。
 そして、この種のことで桑原征平に変な圧力がかからないよう応援してほしい。

2026年4月25日土曜日

新しい革袋

    5月になると、およそ40年間ほど勤めた職場を「卒業」し反対にわが退職者会には「入学」してくれる人々を歓送&歓迎 するレセプションが待っている。
 そのゲストは私などからすると20歳ほど若い人々だから、イメージとして自分から20歳ほど先輩の顔を思い浮かべると色々感じるように、新しい酒は新しい革袋の箴言もあるから、わがホスト側も若返ることにした。したというか「私はもうしないぞ」と駄々をこねたように見られているかもしれない。
 と言いながら、「うん」と言ってくれた人たちのいささか困った顔を思い出すと、夜中にもあれこれ考えて眠れない日もある。
 これまでの長谷やん流はというと、連帯感が希薄になったといわれる時代の風潮には迎合せず、ゲストが”一回りして”驚くような古き良き時代を再興する・・がコンセプトであった。
 そしてそれは、20数年前、現職で送別会などの世話を焼く時からの信念でもあった。
 その具体化のひとつが、替え歌もしながらの『〽思い出のアルバム』の合唱だった。例の子や孫が保育園を卒園したときの歌である。1番と6番を書き出してみると・・・

1:いつのことだか
  思い出してごらん
  あんなこと こんなこと
  あったでしょう
  うれしかったこと
  おもしろかったこと
  いつになっても 忘れない    
     
6:一年中を
  思い出してごらん
  あんなこと こんなこと
  あったでしょう
  桃のお花も
  きれいに咲いて
  もうすぐみんなは 一年生

 さて新しいホストはどんな新機軸を打ち出してくれるだろう。

2026年4月24日金曜日

加藤義明さんの切り絵

    昨日のブログで「大阪ミナミで上方文化を探した遠足(古い大阪弁では運動会とも)」という話を書いたが、ホスト(実行委員長)がいろんな下準備をしてくれていたことが分かって頭が下がった。
 その一つが『浮世小路』への案内で、この私にしても初めての場所だった。
 そのほんとうに狭い小路の中に『一寸法師大明神』があり、実は一寸法師はお椀の舟に箸の櫂で道頓堀を上り、淀川から京の都に至って鬼を退治したからなのだと・・・。
 言うたもん勝!などと嘲笑して終わるのでなく、その話の出どころなどを追求したい気になった。(遠い後日に書けるかも)
 この日は浮世小路の運営者?がお留守であったが、きっと木津川計氏のお悔やみに出かけられたのだろうと勝手に推測。

 その昔、東の滝平、西の加藤と呼ばれた加藤義明さんの切り絵の絵葉書もホストが準備されていて参加者全員のお土産になった。ホストの説明が少し簡単だったので、貰ったみんなの表情も淡々としていたが、ほんとうは超貴重な絵葉書だった。(写真)
 題材は大阪の天神祭りの催太鼓(もよおしだいこ)で、大阪府無形民俗文化財。渡御行列の先陣を切って「お渡りが来るぞ」と触れる「お触れ太鼓」でもある。
 この絵ハガキ、みんな大事にして、百均ででも小さな額縁を購入して飾るぐらいはしてほしい。(印刷やないかなどと軽蔑しないで!)

2026年4月23日木曜日

上方文化の一端を歩く

    21日の夕刊・22日の朝刊各紙に木津川計氏の訃報が掲載されていた。
 上方芸能の振興に果たした氏の功績は有名だが、近年は講演や執筆を通じて「都市格」の話に力が入っていた。
 人に人格というものがあるように、都市にも都市格と呼んでよいものがある。経済などの統計とは別に非常に大事な概念である。そういう視点から大阪を見ると、橋下徹氏が市長に当選して以降の維新による大阪府市政は、大阪の都市格を乱暴に引き下げたと言える・・というのが木津川計氏の鋭い指摘であり嘆きであった。
 大阪の文化というと昨今の吉本のそれでは決してなく、単なるノスタルジーでいうつもりはないが、笑いの向こうに優しく豊かな上方文化があった。今もあるが、その疲弊は著しい。再興したいものだ。
 22日の退職者会の「大阪のミナミを歩く」は、いうならば木津川計氏追悼ドンピシャの行事であった。

    そんな大上段に振りかぶった話ではないが、その行事の途中で法善寺に寄った。
 昔はミナミでイッパイ飲んでから寄っていたから、それぞれ機嫌のよい人士が水掛不動に水を掛けてお祈りをしていたが、なにせ今回はいまだ昼間、それに来る人来る人ほとんどが外国人だったから、ガイドブックで「ハハン、ここが法善寺ネ!」という感じで通り過ぎていく。
 これではいかんと周りの外国人観光客を「チョッと待って!」と引き留めて、「こうやってお不動さんに水を掛けて祈るのが日本の文化だ!」と、すべてパフォーマンスだけで国際交流を買って出た。
 最初は訝しく思ったような人々も「サンキュー、ありがと」と喜んで帰ってくれた。「ニッポン旅行オオサカでおかしなオッサンに教えてもらって面白かったよ」 と帰国してから話題にしてくれたら嬉しいが。

2026年4月22日水曜日

事実は・・・

    テレビではよくヨーロッパの公園のスズメが人が差し出した手の上のエサを食べたりしているのを観ることがある。
 それを見て「あれは麦の文化と米の文化の違いだ!」という声を聞くことがある。「米の文化の日本ではスズメは長年農家に嫌われてきたから日本のスズメは決して懐かないのだ」と。
 実際、ヨーロッパと日本のスズメは種類も少し異なっている。(写真はスズメではなくヤマガラ)
 乾信一郎著『ちいさな庭のウォッチング』というエッセイ集には著者が幼時を過ごしたアメリカのシアトルの公園では、ピーナッツとパプコーンを抱えて芝生に座り込むとたちまちスズメがやって来て、中には肩に止まったり腕に止まったりしてそれらを食べに来たとあった。

 しかし、以前に書いたことがあるが、私は現職のころ東京出張が多く、日比谷公園の松本楼で昼食を摂ることが多かったが、ここのテラス席でランチを食べると、堂々と《日本の》スズメが食べているテーブルまでやって来て、米粒などを付けて指を出すと指先から米粒などを食べてきた。
 つまり、コメ文化の日本のスズメは人間に馴れることはない!というのは正確ではなく、スズメだって学習するのだということだった。

 相当以前に買った本に『野鳥を呼ぶ庭づくり』というのがあって、そこには、バードテーブルにやるエサが書かれていて、スズメやカワラヒワはヒエやキビ、シジュウカラはヒマワリの種子とあった。実際、以前は、このとおりであった。
 ところが、私がシジュウカラ、ヤマガラをえこひいきしてヒマワリの種だけをやるようになってから、当初はまったくこのテーブルにスズメは来なかったが、そのうちにだんだん、「吾も少し挑戦してみるか」というようにスズメがやって来て、場合によってはシジュウカラよりも一回り大きなスズメがバードテーブルを占拠して、シジュウカラの方が追い出されることも起こってきた。
 
 念のためにいうと、シジュウカラやヤマガラはヒマワリを咥えて近くの木の枝などに行き、そこでコツコツコツコツと、足で種を押さえて器用にクチバシで割るのだが、スズメにはそういった行為はまったくない。嚙み砕いているのかどうかもよくは解らないが、そうなのだろうと思う。重ねて言うが、スズメも学習してヒマワリの種を食べるのだ。

 先日、子ども科学電話相談のことを書いたが、事実は小説よりも奇なり、思い込みは眼を煙らせる。確証バイアスに注意!注意! 本に書いてあった、テレビで言っていた、ネットにたくさん出ていた・・・ ????
 そう思ってみると、国内でも世界でも、危険な確証バイアスのかかったニュースやそれに取り込まれたような出来事のなんと多いことか。怖い怖い!

2026年4月21日火曜日

えんそく

    どうでもいい話が気になるときがある。
 ほんとうにどうでもいい話だが、今でいうと90歳以上の先輩方は、昔「遠足」のことを「運動会」と言っていた。当時から不思議だったが、そんなどうでもいいことがフト気になった。
 で、妻に、「お父さんは遠足のことを運動会て言っていなかった?」と聞くと、「確かに遠足のことを運動会というので子供心にもおかしかった」と返ってきた。
 学校行事に限らず、職場の社員旅行、社員レクのようなものも「運動会」と言っていた時代がある。と記憶している。

 ネットでは「遠足のことを遠足運動会と言う地方もある」という文章がひとつだけヒットしたが、さすがのAIも含めて全く見つからなかった。もちろん広辞苑も牽いてみた。
 時間は冷酷に過ぎてゆくから、こんな話も世の中になかったことになってゆくだろう。
 そこで、最後に手に取ったのが私の好きな牧村史陽編『大阪ことば事典』で昭和59年第1刷。ここで「運動会」を開けると、ここにはっきりと【遠足・郊外教授のこともいった。ピクニック】とあるから、その頃の大阪周辺では遠足のことを普通に運動会とも言っていたのである。
 なんで?というのは解らないが、そうだったことは解かった。記憶は正しかった。

 妻は「言葉に詳しいABC浦川アナに手紙を出したら?」と私をたきつけたが、これは大阪弁そして大阪周辺の民俗のことだから少しジャンルが合わない気がする。
 それよりも、このブログをお読みの皆さんで、「そやそや、親や兄姉や先輩が言っていた」という方がおられたら教えてほしい。
 アフリカのことわざで、「老人が一人死ぬというのは図書館がひとつなくなるということだ」というのがあるようだが、文字にしておけば少しは残るかも。

2026年4月20日月曜日

確証バイアス

    日曜日にNHK『子ども科学電話相談』という有名な番組を聴いていると、「本に、カラスを飼っていた人が、奥さんのブローチを巣の中に見つけたというのが書いてあったが」「カラスはなぜ光るものが好きですか?」という内容の質問が子どもからあった。

 妻が私に「なんでやと思う?」と被せて尋ねるので、「キラキラ光るカラスの巣は他の鳥(猛禽類)を寄せつけないからだろう」と答えたが、ラジオの先生は「カラスが光るものを咥えていったのを見たことがない」と回答した。ええええ!ハンガーを盗んでいくのは光るからではない?

 先生の「〇〇さんは見たことはありますか?」の答えも「見たことはない」だった。
 先生の話では、ヨーロッパでは昔から「カラスの仲間のカササギが光るものが好きだ」という言い伝えが一部にあったのだが、それが広まったのはオペラ『泥棒カササギ』によるものだ。
 しかし実験してもそういう結果にはならなかった・・・ということだった。
 
 ところでこの番組の白眉はそれからで、「人間は最初に一度思い込むとますますそう思う」「だからたまたまカラスが光るものを咥えているのを見たらそう信じてしまう」「それを『確証バイアス』という」と先生方がリレーで答え、「SNSで調べ物をすると、『スマホの方でこういう答えが好きだろう』という答えや情報を次々に流してくる」「だから自分の思い込みに合ったことには納得し、そうでない情報は『例外だろう』と思ってしまう」
 「だから気をつけてね」と先生は補足したのだった。

 きっと、小学2年生の相談者には難しかっただろうが、「誰かが言っている」というだけの情報に”思い込まないで”というメッセージは伝わっただろうと思う。
 そして私は、「これは大人科学電話相談だ」と感動した。

2026年4月19日日曜日

権限剥奪

    「暴走トランプをアメリカ国民は信じているのか?」と不思議に思っていたが、ついにトランプの熱狂支持派・MAGA派内部からも「憲法修正第25条に基づく大統領権限剝奪案が出てきたと、東京新聞が報じている。
 中でも彼らの感情を揺さぶったものは、トランプが自身のSNSにあげた画像で、一枚目は自身をキリストに模したかのような画像。
 これは大きな批判を受けて間もなく削除したものの、今度はキリストらしい人がトランプに寄り添うというか「神が」トランプを守っているかのような画像を投稿した。
    イラン攻撃、それによる殺人を「神聖」な行為のようにイメージさせたいのだろうが、アメリカの宗教的背景からしても良識に反している。
 カトリック、聖公会はもちろん、プロテスタントも含めヨーロッパの常識から逸脱したトランプにはこれ以上ついていけないと各国首脳が「不支持」に回ったのも当然だろう。
 ところが、こういう世界の流れを理解できないで、本来ならアメリカとイランの仲介国となることのできる機会を自ら放棄したのが高市早苗首相である。
 言葉の勇ましさに内容がないのは防衛相同様だが、片やの習近平の積極外交と見比べても情けない。
 日本という国が世界中の笑いものにならないかと心配する。
 そういう政権与党が、憲法改正だ、日本版CIAだと手を打っている。
 そしてテレビはそういうことに警鐘を打つでもなく、野次馬的な視点で京都の事件を延々と報じている。