2026年9月8日火曜日

ネパールが補償を求める


    ネパールのカナル外相は、甚大な被害をもたらした土石流の遠因に気候変動があるとした上で、温室効果ガス排出量の上位3カ国である中国、アメリカ、インドに対し、援助ではなく「補償を求める」考えを示した。
カナル氏は、ネパールの同ガス排出量はごくわずかにもかかわらず、気候変動の「究極の代償を支払っている」と憤慨。中米印は、ネパールを含めその影響に脆弱(ぜいじゃく)な国々に補償する「歴史的責任がある」と述べ、財務省が「気候補償請求書」を正式に送付したと明らかにした。
以上のニュースを聴いて、なるほど! 当然だ! と思ったが、はてさて日本は? と思って調べてみると、 中、米、印 に続いて4位がロシア、そして5位が日本だった。(2025年度のCO2排出量)
ついでに人口比(一人当たり)の排出量を計算してみると、なんとインドや中国を抜いて、アメリカ、ロシアに次いで第3位になるのに驚いた。そして、そういう事実を知っていなかった(私だけ?)という現実が恐ろしかった。先ずは事実を知らいことには始まらない。単純に「ネパールは可哀そうだ」では済まない。

ただ、この種の統計には出てきていないが、戦争程CO2排出と環境破壊をもたらしているものはないという事実の認識も大変重要だ。。

※ 全世界の国々を調べたわけでもないので他に一人当たり排出量の多い国があるかもしれない。

2026年9月7日月曜日

桔梗

    6日(日)久しぶりに猛暑でなくなったので近くのショッピングモールまで散歩をした。
 数年前までは早朝に散歩していたコースだが、猛暑の巣ごもりの内に体力がガクンと落ちていて、なんとなく疲れた。うしろから来たはるかに高齢と思われる女性に見事に追い抜かれ、ショックを受けた。
 秋雨前線の北側に入ったため、天気は悪いがどことなく秋の気配。セミはツクツクホウシになり、道端の花はキキョウが目立った。
 小さい頃父親がキキョウを植えていたこともありキキョウは大好きな花であるが、これまで何回も植えては枯らしてしまい、もう植えるのは止めにしている。
 次の季節を楽しみに生きるというよりも、今の季節から逃げていきたいと思う毎日である。 

2026年9月6日日曜日

今日の日はさようなら

    9月4日付朝日新聞の『天声人語』の出だしは、「この夏のヒット作といえば、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』だ・・」だったが、「ちいかわ」というのもこの映画のことも何も知らない。
 その後の天声人語の文章を摘むと、「物語に深みを与えているのが、劇中で歌われる『今日の日はさようなら』だ。」・・と続き、作詞・作曲した金子詔一さんは当時(1966)24歳で、・・昨年83歳で亡くなった。・・彼はその歌を「臆病な柔(やわ)な戦争反対論者が、岩陰からそっと口ずさんだメロディー」と呼んだ。歌詞を改めて口ずさむ。永遠を、考える。〈信じあう よろこびを 大切にしよう〉と天声人語は結ばれていた。

 いわゆる1970年代の運動の時代にはよく歌った(本田路津子だった)し、仕事で「名ばかり管理職」になったときなどは、送別会などで合唱をした。これは名ばかり管理職の職権というパワハラ?
 その後、退職者会のパーティーの「お開き」にも、ほゞ毎回合唱した。
 作者は亡くなっても歌は残る。いいなあ。

  今日の日はさようなら
  作詞・作曲       金子 詔一  
           
  いつまでも絶えることなく 友だちでいよう
  明日の日を夢見て 希望の道を

      空を飛ぶ鳥のように 自由に生きる
  今日の日はさようなら また会う日まで

  信じあうよろこびを 大切にしよう
  今日の日はさようなら また会う日まで
   また会う日まで ・・・・・







 
  

2026年9月5日土曜日

転職のススメ

    ボンヤリとだがテレビCMを視ていると、日本経済などの現状が何となく伝わってくることがある。「あの業種のCMは近頃視なくなったなあ」というように。 
 そんなに大層に分析しながら視ているわけではないが、近頃やたらに目につくのが『転職』の斡旋のようなCMであり、「君には本来もっと高い能力がある」「君の不満はそれを判っていない今の職場だ」「君の能力を判ってくれる会社はあるし、それに見合う評価(労働条件)をしてくれる会社に早く転職すれば未来は開けるぞ」というのがCMのコンセプトのようだ。

 〽サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ! なんて終身雇用、年功序列、厚い厚生施設、好きか嫌いかは別にしての社員旅行みたいな時代は歴史書の奥にしまい込まされたようだ。
 そんな昔話を懐かしむつもりはないが、その「バラ色の転職」の論理に欠けているのは、「職場や労働条件の不満は仲間同士が力を合わせて改善しよう」という精神である。
 労働法(労働三権)を大切にすることで民主主義は生きる!という日本国憲法にも謳われている理屈である。

 先の「転職のススメ」でいえば、世の中には「君の能力を評価し相応しい評価(労働条件)をしてくれる会社は無数にある」のが前提だが、ほんとうにそうだろうか。
 不満があれば転職を繰り返せば人生は限りなくグレードアップしていくのだろうか。
 転職ループから一旦はみ出した先には非正規不安定雇用しかないのではないか。
 転職を一概に否定するものではないが、仕事の不満は労働組合に結集して改善を求めていくというのが本筋だろう。
 テレビを視ていてそんなことを思ったりしている。

2026年9月4日金曜日

難波橋は訴える

    大阪都構想とは、早い話が・・知事周辺が、大阪市の財源を大阪市から奪ってカジノなどに次ぎ込もうということだと思う
 そんなつまらん話に一定の支持があるのは、落ち目の大阪経済から見た東京への劣等感の裏返しだろうと私は思う。
 大阪の現実に目をつぶって偉ぶるのは口先番長だ。東京と大阪の経済基盤、東京の特別区と大阪の新しい区の財政規模は話にならん。悔しくても現実は現実だ。

 それでは金がなければ文化や歴史で勝負かというと、文楽も、「わっは上方」も、大阪フィルも、それらをことごとく衰弱させてきたのが維新の府市政であったのだから、ここに期待するのはオレオレ詐欺に騙される以下の「弱さ」だろう。
 だから、名前だけ「大阪〇〇区」と大阪を残しても、政令指定都市たる大阪市という地方自治体という実態はなくなるから、そんなものは偽装表示、早い話が詐欺師の常套手段。
 前回の住民投票の際の長谷川義文さんの別掲のポスター、どうか皆さん、拡散してほしい。

 ※ 難波橋(なにわばし)は、御堂筋以前には大阪市内を南北に貫くメイン道路であった堺筋の北浜で、大川(土佐堀川と堂島川)に架かる橋で、橋の真ん中で中の島に降りることもできる。
 元々はもう少し西に、704年に行基によって造られたと伝えられている。
 大正6年には橋の四隅に天岡均一によるライオン像(石像)が作られ、大阪市のシンボルの一つでもある。

2026年9月3日木曜日

韓鶴子に実刑判決

ソウル中央地裁は31日、 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の 韓鶴子ハンハクチャ 総裁に対し懲役2年の実刑判決を言い渡した。 検察などは計約105億ウォン(約12億円)を個人金庫に横領したとして韓総裁を追起訴し、韓総裁の個人金庫から現金約260億ウォン(約30億円)を押収したという。(写真は押収された現金)
 このように本家本元の韓国でも「不正な団体」と認定されたわけであるが、その旧統一教会の支援を受けて選挙を行なった高市早苗が現在総理大臣であることが不問であってよいわけがない。
 パーティー券という名目で資金援助も受けていた。
 外国由来のカルト団体に選挙を頼んで何がスパイ防止法だ! 
 自民党や「ゆ」党の議員もそうだが、現在沖縄知事選挙に立候補している陣営も同様だ。

 高校生の頃に街頭で原理運動の彼らと論争をしたことがあるが、あんな理論も何も無茶苦茶なカルト団体はほんとうに家庭崩壊連合だとよく判った。

2026年9月2日水曜日

属国根性

    トランプは去年メキシコ湾をアメリカ湾に名称変更したが、今度はカナダ国境の五大湖の一つオンタリオ湖をアメリカ湖(Lake America)に改称した。
 オンタリオ湖の名前は、先住民イロコイの言葉で「美しい湖」または「輝く水」に由来する(Wiki)が、おかまいなしだ。
 この調子でいくと太平洋をアメリカ洋に、沖縄周辺の東シナ海は西アメリカ海にするだろう。
 日本海などはプーチンと乾杯をしてロシア海にするかも。

 はてさて日本の軍拡論者に言わせると、「軍拡ではなく平和外交を」と発想する論者の頭の中は「お花畑だ」と。
 それなら問うが、ウクライナ情勢をめぐるトランプの態度などを見ていて、トランプは日本有事に最後までほんとうに日本を守ってくれるとあなたは信じているのですか・・・
 アメリカが沖縄を「不沈空母」にしたままなのはアメリカの都合ではなく、ほんとうに日本のためだとあなたは信じているのですか。
 「お花畑」は誰ですか。

 

2026年9月1日火曜日

歴史を捻じ曲げる

    103年前の1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生した。
 特筆すべきことの一つは、大震災の混乱?と相まって広がった流言飛語などにより、在日朝鮮人が意味もなく虐殺されたことである。諸説あるが、犠牲者は数千人に上るという指摘もある。また、朝鮮人と間違われて行商に来ていた日本人が殺されるという事件(福田村事件)も起こった。
 そして、これを機に?無政府主義者大杉栄、共産党員、日本共産青年同盟(民青の前身)員、労働組合員等が殺された甘粕事件、亀戸事件等もあった。
 これらのことは、大災害対策と同時に、民主主義の課題として引き継がれなければならない記憶である。
 それらは、災害そのものの犠牲者と区別して語り続けられなければならない。
 ところで東京では、長年朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式が行われてきて、あの?石原都知事(当時)でさえ追悼文を送ってきたが、小池都知事は「被災者全員に追悼している」として追悼文の送付を取りやめた。
 右翼の論客は、例えば「朝鮮人虐殺の証拠(数)はない」あるいは、南京大虐殺でも「証拠(数)はない」と歴史を改竄しようとしているが、小池都知事の態度はその延長線上にある。

 ところで、神道や天皇制の大恩人(私の見解)である民俗学者折口信夫は優しい関西弁であったため自警団によって危うく虐殺されようとしたことを後に激しく記録している。
 「歴史と証拠」について補記すると、私の父は戦時中「松下飛行機」の管理職であったが、後にその半生などを記録しようと国立国会図書館に行き職員の方にも調べていただいたが、戦争に関する資料、軍事施設(松下飛行機を含む)の資料は見事に欠落していた。
 それは父が、敗戦時に「毎日毎日徹底的に資料を燃やした」と語っていたことと符丁が合う。
 つまり、権力に不都合な資料は正確には残らない。資料が不十分なことは「なかったこと」の証拠にはならない。
 103年前の日本ではそんなことが起こっていた。
 いま、そういう歴史が改竄される過程にある。
 (掲載の絵はネットにあった東京新聞のもの)
 

2026年8月31日月曜日

原発と気候危機

    福井県に記録的な大雨が降り大洪水が発生した。
 大雪をもたらす「日本海寒帯気団収束帯」(JCPZ)のことは何回か書いてきたが、それにしても大災害はどうして同じ地方を苦しめるのだろうと天に向かって恨み言を言いたくなる。
 今回の原因などはゆっくり検討する必要があるが、先日のネパール・中国の氷河大崩落による大洪水もあり、単なる自然災害では済まない人間社会の責任、気候危機を考える必要はないだろうか。

 さて、今年の6月6日に次のように書いたことを思い出している。 
🔳 地球温暖化の原因はCO2だけではない。原発は海水の大きな湯沸かし器である。
 恥ずかしい話をすると若い頃、某電力会社の保養施設を利用したことがある。日本中の企業がそういう保養施設を持ち、お互いに融通しあっていた頃の話である。そこでは鯛のお刺身などが割安であった。なぜか。原発の温排水で鯛の養殖がされていたからだ。
 日本列島には年間約6500億トンの雨が降り、4000億トンが川を通じて海に流れている。
 原発は300万キロワットの熱を産んで、その3分の1を電気に変え、3分の2は海に捨てている。1秒間に70トンの海水を引き込んで7Cあげて排水している。風呂の温度を7℃上げるとどうなるかを想像してほしい。年間約1000億トンの海水を7C温めているのだから、近年の気候危機に影響がないと考える方がおかしくないだろうか 🔳

 福井の嶺南地方は原発銀座である。ニュースは「秋雨前線に向かって湿った空気が流れ込んだため」と報じているが、ほんとうにそれだけの解説でよいのだろうか。
 日本海側の水温上昇や温暖化の原因が原発だけでないことは重々承知しているが、水産業、農業、そして生活環境そのものの変化が、自然的経過を超えていることを直視する必要があろう。

2026年8月30日日曜日

理系の論理

    5世紀の「倭の五王」のことだが、同時代の記録(文章)が日本にはないものだから、712年に完成した古事記、720年に完成した日本書紀と 、488年に完成した『宋書』倭国伝とを照らし合わせながら五王が書紀等にいうどの天皇かが論じられてきた。
 ところが、大きくは、百舌鳥や古市に大古墳を築いてきた「天皇」ということでは異論がなさそうだが、細部では『宋書』『梁書』に記録されている天皇の系図と、書紀等の系図が微妙に異なっている。
 そんな中でも、讃、珍、済、興、武の最後の武は雄略だろうということは多くの学者が認めている。
 その理由はいろいろあるが、古事記の「大長谷若建命(おおはつせのわかたけるのみこと)」、日本書紀の「大泊瀬幼武天皇(おおはつせのわかたけのすめらみこと)」の書紀が採用している「幼武」の「武」を中国風に名乗ったのだろうと言われている。
 しかし、そのような日本名の一字を名乗ったなら他の王もそうかというとそうでもなく、そもそも埼玉稲荷山鉄剣の金鐯銘は「獲加多支鹵大王」であるから、「幼武」のような訓読みはしていないから、訓読みの漢字はなかったのではないか。
 多くの学者が認めているというが、私にはその根拠となる理屈がもう一つ納得できない。その理屈だては理系の論立てだと×ではないか。

2026年8月29日土曜日

ドイツのゴミ事情

    ドイツ在住執筆業田口理穂氏のコラムを読んで「意外だ」と思った。
 それは、ドイツにはゴミ箱が無数にあるが、それでも路上にゴミが散見されるらしい。
 学校のトイレ、大学の体育館の更衣室、(息子の)小学校の廊下・・
 先生が「黒板消して」と言っても「僕の役割じゃない」と断ることもあるとか。見返りがないとしない、なるべくしないで済ます傾向・・というリポートには驚いた。
 同級生が早くにドイツに行き、そこでのゴミの分別回収の話などを聴いていた身には意外だった。
 翻って昨今の日本の美しさは同調圧力かも知れないが、けっこうドイツと似た精神の傾向は感じる。
 わが家はゴミステーションの近くだが、ルール外の出し方をする。それが未回収になっていてもそのままにする。当番も放っておく。・・けっしてドイツを批判できない。
 強制というか監視というか、そんな脅しのようなものでなくてもコミュニティーが円滑に回るというのは理想にすぎないのだろうか。
 「言われないとやらない。言われたことしかやらない。」そういう新人類は現職の時代から言われていた。ただそれは、当初は、「やりがい搾取」への異議申し立ての性格を持っていたが、そんな根性もなく「楽して儲けたい」レベルに落ちていたことも嘘ではない。
 と、革新的パワハラ爺は不満を抱いている。
 (写真はネットにあったベルリンゴミ事情「渡辺玲」・ナレッジキャピタルを使わせていただいた)

2026年8月28日金曜日

ファストファッション

    この夏、ファストファッションといえば聞こえはいいが、早い話が安売りで有名な〇まむらで開襟シャツを買って何回も着て出かけた。
 ジャンル的にはアロハかもと思えるほどけっこう派手なイラスト沢山のシャツで、孫の夏ちゃんなどは「若く見えていい」と言ってくれていた。
 ところが先日、ショッピングモールで同じ服の人がいて、妻が私の腕を突いて笑った。その日は別のシャツであったが、それを着ていく可能性は十分にあった。
 今度鉢合わせをしたらどうしよう。恥じることは何もないが何となく恥ずかしくなる。
 〇ニクロも昔はそうだったが、近頃は堂々たるブランドになっているから、〇まむらもそうなるだろうか。
 こんなときどんな顔をするのがいいのだろう。ご同輩!

2026年8月27日木曜日

晴耕雨読?

    命に関わりそうな酷暑に息をひそめて家に籠っている。
 
 ただただ穏やかに秋風を待ちたいが、テレビを点けるとICC赤根所長へアメリカが制裁、高市首相がそれにホンキで抗議せずというような益々頭に血が上るようなニュースが続くのでテレビを消す。
 そんなときは、偉い先生の高邁なお説などを静かに読みたいと、直木孝次郎の遺稿などを捲ってみたが、大先生はコラムにしても現実から逃げていないのに大いに反省。

 そのコラム『終戦時の混乱の一つ』の要旨は次のようなものだった。
 終戦から70年余りたった2016年、朝日歌壇永田和宏選、古川利意作、
  睾丸を抜かるる前にと吾を誘う娼婦のありぬ敗戦の夜
 終戦時、直木孝次郎は海軍中尉であった。当時の風説では将校は去勢されてニューギニアで強制労働ということで、まさかと思いつつもそういう不安も事実であった。
 古川氏の歌を讃んで、終戦時の混乱を思い起こし、感無量である・・というコラムだった。
 なお終戦以前には4千名を超える「特攻」の死者がいた。
 
 穏やかな読書の日となるはずだったのに考えさせられることが増えた。
 昨今の内閣の危うさを思いながら、直木孝次郎の歌一首をもって記事を閉じる。
  大国のうしろにつけば安全かおまえ前へ行けといわれたらどうする 
 氏の2015年7月12日の作である。その7月15日には戦争法案が衆院特別委で採択されている。

2026年8月26日水曜日

中国の少数民族

    孫の夏ちゃんがお祖父ちゃん(私)の部屋を見て「本が本棚からあふれて床に積まれている」と驚くというか顔をしかめてあきれ返ったので、「本というのは”買って読んでみんな解った”というものではなく、そういえばそんなことを読んだことがあるなというときに引っ張り出して読むもんなんや」と答えたが、夏ちゃんには共感してもらえなかった。
 
 さて私は、いろんな本を併行して読むものだから、後から買った本を読了しながら何時までも読み終わらず継続中という本もある。そんなひとつが、市川捷護 市橋雄二著『中国55の少数民族を訪ねて』角川文庫で、文庫本で文字が小さいこともあり、何か月もかかってチョビチョビ読んできた。6月7日にはその中のごく一部の事柄を『ホジェン族の老人』として書いたが、それからでも2か月以上が経っている。

 この本は1990年代に中国の少数民族の民俗芸能を現地取材したときの記録であるから、現在の中国にその文化がそのまま残っているかどうかもわからない。
 「失われた30年間」停滞している日本でさえも1990年代は既に「歴史」の彼方であるから、はるかにGDPでも日本を抜いた彼の国ではどうだろう。もう現在の中国を旅行してもこれらの文化には出会えないかもしれない。
 現地取材した少数民族は次のとおりである。
 ラフ族、ジノー族、トールン族、リス族、ヌー族、イ族、ナシ族、ペー族、プミ族、タイ族、プーラン族、ハニ族、ワ族、ドゥー族、ユーグ族、サラ族、ボウナン族、回族、トンシャン族、モンゴル族、エヴェンキ族、ダフール族、満族、オロチョン族、ホシェン族、朝鮮族、ドアン族、アチャン族、チンポー族、リー族、ショオ族、プイ族、スイ族、ミャオ族、トン族、トゥチャ族、コーラオ族、キルギス族、ウイグル族、タジク族、ウズベク族、タタール族、カザフ族、シボ族、オロス族、ヤオ族、ムーラオ族、チワン族、マオナン族、キン族、チベット族、メンバ族、ロッパ族、チャン族、高山族(文庫本には未収録)

 この本の内容のいくつかはテレビでも放映され、それが機会にシーサンパンナなどは有名な観光地にもなっている。
 そして、多民族国家・大国中国はこれからどちらに向かうのか。そのときニッポンは。

2026年8月25日火曜日

カラカラ

    関東の豪雨のニュースを見ながら信じられない気分でいる。関西というか西日本は水不足を心配する毎日だから。
 特に京都最南部のわが家周辺は、京都や大阪や奈良南部などが雨であってもまるで真空地帯のように雲が避けていくことが多いので、台風の一つ二つは来てほしい気持ちになる。

 庭の草木には毎日水をやっているが、暑さもあり、草木もへとへとの感がある。
 庭の水撒きにプラスして「打ち水」もするのだが、舗装された道路にその効果は「気休め」でしかない。
 余談ながら、使った上水に応じて下水料金もかかってくるのに違和感がある自分は、実に小人物だとはわかっているが・・。
 ネットを開くと、AIへの質問に「打ち水のしかたを教えて」というのがあったが、そんなことまで教えてもらわなければならないマニュアル社会には暗澹たる気分になる。

 先日、ドナウ川の渇水のことを書いたとおり、ヨーロッパの熱波、水不足は深刻らしい。赤旗の「世界の街角」というコラムのような記事では、ロンドンの某地区では「ホースとスプリンクラーを使用した水撒き禁止令」が施行されている。
 日本でも「官から民へ」などと言って水道事業を民営化しようとする動きがあるが、〇〇の沙汰も金次第となりかねない。気を付けなければ・・・

2026年8月24日月曜日

天瓜粉

天瓜粉(てんかふん)昭和も遠くなりにけり (葛飾区)御堂千里 8月23日朝日俳壇大串章選には何度も頷いた。私も首の周りにたっぷり叩く天瓜粉が好きだった。

    昭和つながりで思い出すと、先日ラジオでリスナーから「小さい頃、自動車の排気ガスを吸ったものだ」という投稿があったのに、ラジオパーソナリティーが「なんでやろ?」と応えていたので、ラジオのこっちで「芳香族という名前を知らんのかい」と突っ込んだ。

 さらにこんなのを昭和つながりというのが良いかどうかはあるが、朝日歌壇永田和宏選に、
天皇が女性であってなぜ悪い居酒屋談義は庶民の本音 (横浜市)島巡陽一と、
あきれてはいられぬ「皇統二千六百年」本気で語る議員に (岡崎市)兼松正直があった。
 こちらはベースにある昭和と言っても大日本帝国憲法下の昭和前期の昭和になる。

 歴史のあるべき進歩の方向を「動」として逆戻りの蠢動などを「反動」というが、近頃はあまり聞いていなかった言葉である。しかし、上記の二首の歌に共鳴して、「高市反動内閣」などと言いたくなった。

女たちの頭をバチで打つように毎日毎日ダンケイダンシ 塚本恭子という短歌も以前の朝日歌壇に掲載され、後日、朝日新聞の有名なコラム『素粒子』にも引用されていた。
38親等ほど離れた南北朝時代に分かれた宮家に養子をとらせてダンシを産ませたい・・という国会の多数派は今でも「女は無能力者(虎に翼の台詞・旧民法)」と本気で信じているのだろうか。
男女雇用機会均等法成立四十有余年。労働行政もバチバチ頭を打たれているような気がしたのでわが会報にその主旨の投稿をしたが残念ながらボツとなった。昭和は遠くなりにけり。

2026年8月23日日曜日

残業指導見直し

    遂にやってきたか‼ と怖さを感じているのは私だけではないと思う。
 高市首相の「働き方改革つぶし」「残業抑制指導つぶし」のことで、この9月から労働基準監督署の指導が「見直される」(事実上野放しにされる)こととなった。
 その問題点の第一は、医学を含めた科学的見解を踏みにじっていることである。
 いうまでもなく、労働者が月100時間の残業をしたらみんなバタバタと倒れて死んでいくかというとそうではない。
 しかし大事なことは人には頑健な人からそうでない人まで色々いて、長時間労働が脳血管疾患や心臓疾患、さらには精神・神経の疾患の有力なリスクファクターであることは医学的常識に属することである。
 よく対論として専門職の話などを出されるケースがあるが、多くの過労死、過労自殺事案はそうではなく、終身雇用制から弾き飛ばされた場合の非正規雇用の劣悪さと相まって、例えば社内のプロジェクトチームの責任を任された真面目な労働者が、一見、志願して???長時間労働に突っ込み、最悪の場合命を落とし家族は路頭に迷うのである。それを止めようと努力していたのが労働基準監督署の「働き方改革」の指導であった。

 第二の問題は「労働者も同意している」という論である。
 ある見聞きした話になるが、有名大企業で過労死事案があり、どうも退勤の記録もあてにならぬものがあって労働基準監督署が労働組合に話を聞こうとしたが応じてもらえなかった話があった。有名大企業であるから労働組合も有名なものであったがそこでもそうだった。
 これが有名大企業でなければ、例えばいつの間にか職場の親睦会の代表が長時間労働容認の協定を締結していたというのも十分に考えられる。
 この辺りが西欧の民主主義や人権(家庭感)や産業別労働組合の状況と日本の現状との大きな違いでもある。

 高市首相に欠けているのはそういう現実を直視する目、そういう現実を働く庶民の側に立って改善しようとする視角である。
 「疑わしきは被害者救済」の暖かいハートが大事である。
 「自分は元気だから大丈夫」ではなく、強くない人も安心して働ける職場風土が大切なのだ。
 そういう意味では、テレビのコメンテーターやアナウンサーが、「私自身は残業が増えてもいい」などと発言するのは、まったく視野の狭いことだと感じている。

2026年8月22日土曜日

「せ」をはさみ~

    瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ (崇徳院)は、百人一首でも落語でも有名だが、近頃は 「せ」をはさみ~ のことの方が有名?になっている。
 8月15日、全国戦没者追悼式で、天皇が「過去を顧み、深い反省の上に立って再び戦争の惨禍を繰り返さぬことをに切に願い・・」と述べたことに対比して、高市首相は「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない」と「せ」をはさんだことを指している。
 「戦争の惨禍を繰り返さない」の文章は歴代首相も発言してきたものだが、高市首相はそこへ「せ」をはさむと同時に、天皇や歴代首相が使用してきた「反省」という言葉も使わなかった。
 これを、文意はそんなに変わらないのでないか、言葉のアヤではないかと考えるとすれば、中学校ぐらいの国語のテストで「主人公は何を言おうとしているか」という問いに〇はもらえない。
 高市首相は、侵略戦争を進めてきた昭和前期までの政治を「反省しない」、「反省するのは嫌だ」と公言したのだ。
 歴史的常識に属することでも、当事者世代がいなくなるにつれて往々にして修正されるとは、東大史料編纂所編「日本史の森をゆく」でも指摘されているところだ。
 高市首相が、「せ」をはさみ われても末に あはむとぞ思ふのは 戦前の軍国政治である。

2026年8月21日金曜日

酒席の法螺話


    大阪市内の居酒屋で暑気払いを行なった。
 話題は退職者会の秋のレセプションをどう盛り上げるかとなった。
 「バイキング・ロウはどうや」
 サッカーワールドカップでノルウェーのファンや選手が一体となって舟を漕いでいたあれである。ノルウェーの一体感はすごいものだった。
 やるなら中古のドラムを探さなければならないが、後期高齢者が今頃居酒屋で考える前に高校野球の甲子園では、いくつもの高校が既にやっているらしい。
 上の動画はネット上にあった朝日新聞GLOBE+のもの。 

 もっと和様でいえば高校野球つながりではないが天理高校の「わっしょい」という応援がある。
 文字では伝えにくいが、チャーンチャ チャチャチャチャチャ わっしょい ・・というのもちょっと可笑しい。
 バイキング・ロウよりは馴染むし、カズーで対応可能だが、あまりに身近な高校の応援歌のパクリになるのが恥ずかしい。

 いずれにしても結局皆恥ずかしがるだろう。
 この種の企画は小指の先ほども照れやシラケが生じると大滑りに滑る。
 やっぱり無理やろな!
 芸なしオヤジがジョッキを傾けながら法螺話は続いた。

 「わっしょい」は、下の動画の2:55頃から・・・



2026年8月20日木曜日

日日是好日

    孫の夏ちゃんたちとタコスパーティーをしたことは17日にちょっと触れたが、「タコスの生地・トルティーヤは何でできてるの」と夏ちゃんが聞くので、「メキシコ料理はトウモロコシの粉に決まってるやろ」と答えたが、包装紙の印刷を読むと100%小麦粉だった。
 そういえば昔OBP(大阪ビジネスパーク)で食べたときは、口が切れるのではないかと思うほど生地が固かったし、味は飛び切り辛かった。だから先日のはいわばアメリカ経由の日本食のタコスパーティーだった。
 世界中には「これが⁉」という鮨が広がっているし、焼き餃子が日本食として世界に広がろうとしているというから、日日是好日。

 先日は孫の凜ちゃんのリハビリみたいに奈良公園を短時間散歩した。どういうわけかラテン系の雰囲気の観光客が多かった。
 こんなことでもないと8月の奈良公園を歩くこともないだろうから、クーラーの下で息をひそめて暮らしている身にこそリハビリみたいなものだった。
 奈良公園の鹿は昔はもっとおとなしかったように思う。今は積極的に「これという人間」を狙って鹿せんべいを盗りに来る。
 両手を広げて「煎餅はないよ」と防御のポーズを凜ちゃんに教え込んだ。
 日日是好日。

2026年8月19日水曜日

気候変動

    小学生の頃、海から丁度1㎞ぐらいのところに住んでいたから、天気予報も解りやすかった。
 昼は海から海風が吹き、夜は海に向かって陸風が吹き、夕方などはピタッと夕凪が訪れた。
 その感覚からすると、近頃の日本列島の天気の複雑なこと・・
 実際には自分が知らなかっただけで昔から複雑な天気はあったのだろうが、気象学の発展もあり、知らなかった現象が次々に現れ、しかも甚大な被害が生まれている。
 天気に係わる大気の対流圏は約10㎞から16㎞と言われているから、地球の直系約13,000㎞からすると、地上付近の薄い薄い膜でしかないが、それがまるで無尽蔵であるかのように考える、考えの浅い人間どもが無茶苦茶に汚して今日の気候危機がある。
 千葉あたりの豪雨も「なんだなんだ」「台風でもあるまいし、レベル5なんて出したら今後の警報が空回りするのでないか」と変に心配しながらニュースを見ていたが、20代の頃住んでいた松戸周辺もけっこうひどいニュースの画面が度々出た。
 日本列島は、気候以外にも「地震ナマズ」の背に乗っかっているようなものだから、ともすれば未来が暗くなる。
 ただ殺人的な熱波は日本だけでなく、これまでクーラーなど考えもされなかった地域で実際に死亡事故が少なくない。そして山火事だ。
 このように地球規模で協力して立ち向かわなければならない時に、ああ大国は戦争を仕掛けている。
 私は「心配症」なのだろうか。

2026年8月18日火曜日

東海中高生に脱帽


    東海高校生の企画・実行した、石破茂氏、枝野幸男氏、志位和夫氏による鼎談がYOU TUBEに上がっていたので視聴した。
 
 テーマは「有事対応」などが中心だったが、三氏とも実体験なども含めて充実した話に満ちていた。
 石破氏の「私は昔は極右だと言われていたが近頃は左翼だと言われている。まわりの方が大きく変わっちゃった」というのも可笑しかったが、何回も言うようだがまともな「討論」がそこにはあった。
 NHKや民放テレビには高校生の爪の垢でも煎じて飲ませたい気になったほどの内容だった。
 もっと言えば、国会での与党などの発言(討論)もこういう風にあってほしい。
 全体は長いものなので、時間のある時に腰を落ち着けて視聴されることをお勧めする。
 最後の方で、「マルクスの資本論を読もう」という話が出たのも面白い。

2026年8月17日月曜日

送り火

    お盆の行事の仕上げは「燈篭流し?」という記憶がある。 
 昭和20年代、堺の中心部では市(いち)小学校近くのお寺でその種の法要があり、お盆に使った飾りものなどを納めていた。
 それが旧堺市の環濠であった川に流されたので、お盆が過ぎると海水浴場にはその種のゴミ?が流れ着き、台風によるうねりもあり、そんなこともあり、ほゞお盆までが海水浴のピークであった。
 余談ながら、その頃の大阪湾には「おわい舟」が出ていて糞尿が投棄されていたが、それでも現代の海よりは綺麗であったというのがおかしい。

 さて、千年の都京都は海から遠かったからか、燈篭流しよりも送り火がお盆の掉尾を飾る一大行事になっている。また送り火はわざわざお寺に出向く必要もない。
 そんなことで、孫の夏ちゃんと送り火を行なった。
 わが家のお盆の行事はこれでお終い。
 折口信夫のいうとおり、お墓参りよりも「みんなが集まって楽しく飲食するのが大事」。
 タコスパーティー バンザイ!

2026年8月16日日曜日

右傾化の底流

    アメリカにおけるキリスト教ナショナリズムについては8日に書いたが、なんでもやたらにアメリカの真似をしたがる人々が多い昨今、現代米国論の渡辺靖氏の次のような指摘は現代日本論にも通じるような気がする。氏は言う・・

 1990年代以降、アメリカ政治では保守とリベラルが拮抗するようになり、94年の中間選挙では40年ぶりに共和党が上下両院で多数派となり、パイの取り合いになった。
 その結果、相手を貶める中傷攻撃や、人工妊娠中絶やES細胞、あるいは同性婚への賛否といった、価値に関するイシューに絞って絵踏みを迫る形で有権者にアピールする動きが活発になった。
 価値に関するイシューは各自の心の問題でもあるので、そう容易に妥協できない。
 だからこそ、(選挙)コンサルタントたちはそこを狙い、かなり細かいテーマをあえて争点に据えた。
 そこに宗教的保守派である福音派などが政治的に動員され、さらには先鋭的なキリスト教ナショナリストが前面に出てくるようになった。

 ・・日本のことも、以上の、キリスト教のところを神社本庁やカルト教団と読み替えると非常に納得がいくし、これにワンイシュー的なSNS選挙戦術を重ねると納得がいく。
 ただ、韓国至上主義で天皇制も否定する旧統一教会と神社本庁的な右翼が反共の一点で連合する自民党などの右翼の節操のなさには、「日本は野蛮な異教徒の国だ」と、アメリカのキリスト教右派もあきれ返っていることだろう。

2026年8月15日土曜日

「戦争」を選んだ

    今日は8月15日、加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み返している。 
 以前に読んだときは史料としての緻密さに驚いたが、題名のように?著者の立ち位置が解らなかった。つまり、「あの『戦争』は仕方がなかったと?」言うの??とか

 もし自分があの時代に生きていたらという問いかけは大切だ。
 軍部や天皇の非人道的な政治に抗って闘うか。
 地方の官吏や隣組の世話役になって人々を戦場に送り出すか。
 それとも『人間の条件』の梶のように彷徨するか。
 「命令されたのだから」と言って殺戮や凌辱をするのか。
 そういう問いかけを自分自身にせずに、あれこれの数値や史料で「戦争」を分析したかのように語るのは卑怯かもしれない。

2026年8月14日金曜日

拝火教徒になる

    8月は「六日九日十五日」という戦争に係わる月でもあるがお盆の月でもある。特に新盆を迎えられた方々は「思い出」を新たにされていることだろう。
 さて、お盆のルーツは中国で作られた『仏説盂蘭盆経』にあると言われるが、親鸞の教えには追善回向や施餓鬼という概念がないのでその内容は一般解説書以上には知らない。
 ただ山折哲雄説では、お盆の諸行事は仏教以前の素朴な先祖供養の信仰と精霊(たま)まつりの考えがあったのでこのように定着したとか。
 もっと言うと、折口信夫は「お盆は、生みたま、死にみたまを問わず魂の更新の行事だから、お墓参りも大切だがみんなが寄り集まって楽しく食事を共にする年中行事なのだ」(上野誠説)というのも面白い。

 もうひとつ、これは定説とはされていないが、「盂蘭盆とはイラン語で霊魂を意味するウルヴァンを音写した」という異説もあるらしい。偉い方々は見向きもされていないが私は無視しえない魅力を感じている。
    というのも、日本に伝わった多くの仏教の教義自身が中国の道教の影響をモロに受けているし、仏像だって、ガンダーラで西洋のギリシャ文化を母体に誕生したものであるから、イラン高原から中央アジアに広がっていた史上最初の世界宗教であるゾロアスター教(拝火教)と仏教が無関係であったと考える方がオカシイと思うからである。
 柴燈護摩供などを見ていると紫雲の向こうにゾロアスター教が見えてくるように思う。
 そんな遠い拝火教のことを「ぼやあ」と考えながら13日、私は孫の凜ちゃんと迎え火を焚いたのだった。
 (下の写真はネットにあったゾロアスター教のもの)

2026年8月13日木曜日

昭和天皇の一撃講和論

      『昭和天皇独白録』(寺崎英成御用掛の記録)は、『文芸春秋』199012月号「掲載にあたって」で次のとおり記されている。

《・・・「独白録」は、昭和21年の3月から4月にかけて、松平慶民宮内大臣、松平康昌宗秩寮総裁、木下道雄侍従次長、稲田周一内記部長、寺崎英成御用掛の五人の側近が、張作霖爆死事件から終戦に至るまでの経緯を四日間計五回にわたって昭和天皇から直々に聞き、まとめたものである。・・》と。なお寺崎英成御用掛は元々外交官であったが、ワシントンの大使館勤務中に米国人グエンドレン・ハロルドと結婚したので外務省中枢からは遠ざけられていた。

 さて昭和202月、天皇は各重臣と個別の会談を行ったが、そのときのこととして、次のようにある。
 🔳 私に[は]「ニューギニア」の「スタンレー」山脉を突破されてから(189月)勝利の見込を失った。一度何処で敵を叩いて速やかに講和の機会を得たいと思ったが、独乙との単独不講和の確約があるので国際信義上、独乙より先きには和を議し度くない。それで早く独乙が敗れてくれゝばいゝと思った程である。
 その当時木戸と相談して、重臣を一人一人秘密裏に呼んで、前途の見透に付て、意見を求めたが、確たる意見を持ってゐる者は一人もない。岡田と牧野とは比較的穏当な意見であったが、結論は云はぬ。近衛は極端な悲観論で、戦を直ぐ止めたが良いと云ふ意見を述べた。私は陸海軍が沖縄決戦に乗り気だから、今戦を止めるのは適当でないと答へた。・・・🔳

 本日言いたいことはここである。この時点で勝利の見込を失っていて、「戦を直ぐ止めたが良い」と言った近衛文麿の意見のとおり「ご聖断」を下しておれば、オキナワ、ヒロシマ、ナガサキ、そして本土空襲の大悲劇は避けられたのである。
 それを躊躇させた陸海軍首脳の責任は大きいとはいえ、明らかに『昭和』天皇には戦争責任があった。明後日は8月15日。

2026年8月12日水曜日

ずぼらファーマー

    暑さを理由に全く放任栽培の勝手な感想!
 1 どういうわけか8月のお盆ま近というのに胡瓜の収穫が続いている。 毎年7月下旬を待たず枯らしていたのに「嬉しい疑問」だ。理由は解らない。
 2 数少ない枝豆の実りが悪い。開花の時に受粉が上手くいかなかったのだろうか。
 3 ミョウガは不作と言ってもよい。先日テレビで見たが、工場のような見事な栽培方法が紹介されていて感心した。ところがスーパーの値段は3つで160円ぐらいと高いままだ。妻は「160円ぐらいエエやないの」というが、手を引っ込めている。
 (写真はオクラ)


 【追記】 台風15号が東から西に、少し大げさにいうと北から南に、珍しいコースで近畿の北まで来て熱帯低気圧になったが「台風一過」とはなっていない。
 この面白いコースを作った犯人のひとりが「寒冷渦」らしい。 対流圏の上部にできた文字どおり冷たい空気の渦、といっても直径数百㎞から千㎞を超えるものもあるらしい。
 そもそもは北半球では夏季でも高緯度には冷たい空気が北極周辺を周回しているが、その中の小さい渦が切り離されたものという。 ネットには「偏西風から切り離された」と出ているが、そこのところはよくは知らない。 過ぎ去るまでに2~3日かかるという。
 北の方の太平洋高気圧(渦は時計回り)とその南の寒冷渦(反時計回り)に挟まれてピッチングマシンのように台風15号は通過した。 天気のからくりも複雑だが知れば面白い。

2026年8月11日火曜日

下部構造のナショナリズム

    8月10日付朝日新聞に保坂正康氏が、大要次のように大切な提起をされていた。
 🔳 長らく8月15日の不戦の誓いも「二度とあんなことはごめんだ」という感情の延長にあった。 ただ、体験者が減るほどそういう感情は忘れ去られていく。 いま求められているのは、理性的にあの戦争を分析し、その教訓を社会の共通規範として「思想化」し次世代につないでいくことだ、
 あの戦争では、いわば「上部構造のナショナリズム」である皇国史観が特攻や玉砕といった狂乱を支えてきたが、「下部構造のナショナリズム」ともいうべき郷土愛や先祖崇拝、日常生活の規範、倫理観はそんなものではなかった。 昭和の軍事指導者はそういう意味では日本の文化や伝統を裏切ってきた。
 8月15日の思想とは、人々の暮らしの中に蓄積されてきた不戦の誓いの知恵こそが、国家の暴走に対抗しうるという思想だ。🔳 

 よく「被爆者の気持ちなどそうでない者には解らない」という声を聞いたことがある。部落差別反対の運動にも「踏まれた者の痛みは踏まれた者にしか解らない」と言われたことがある。水俣でも原発でも沖縄でも、そういう解ったような言い方で運動をちゃかしたり抑圧したりすることがあった。
 そういう意味で、保坂氏が体験を思想化して継承していくことの大切さを指摘されたのは的を射ていると思う。
 同時に、「被爆者の痛みや苦しみを直接肩代わりすることはできなくとも、一緒に歩いて訴えることはできる」という核兵器廃絶国民平和大行進の訴えは尊い。 「共感」は素晴らしい心の働きだ。

2026年8月10日月曜日

最後の審判

    中東のニュースを見ていて何時も思うのだが、油田で常に燃えているあの
煙突の火は何かもったいない気がする。きっとあのガスを回収して売るよりも燃やしておくことの方が安くつくのだろう・・・。(日本のコンビナートでも同様の感想を持つ)

 もうひとつ、石油施設であるかないかに関わらず、戦争ほど環境破壊はないと思うのだが、そんな感情は「幼稚」すぎるのだろうかニュースでは触れられない。

    その結果、人間が生きていけないほどの高温や乾燥、反対に豪雨という気候危機が進行している。大規模な山火事、旱魃と大河川の水位低下。戦争指導者は全人類を危機にさらしている罪で裁かれるべきでないか。

 対する我われ庶民はあまりにも微力な気がするが、微力であっても決して無力ではない。
 ジョークの類ではあるが、平凡な庶民が死後、神の前で冷たく裁かれている絵があり、「神さま、いったい私が何をしたというのですか?」と申し立てているのに神さまは「何もしなかったからじゃよ」というのがある。
 伊丹十三の父伊丹万作が戦後、圧倒的な日本人が「国や軍部や天皇にだまされていた」と「反省??」していたとき、「だまされていた者の罪」を鋭く指摘したことも大切なことだ。そんなことをツラツラと考える。

2026年8月9日日曜日

長崎の鐘

    1945年8月9日、日本の中できっと一番クリスチャンの比率の多かったであろう長崎に原爆が落とされた。
 キリスト教の解釈では、それは神が与えた試練だと聞いたことがあるが、私には理解が及ばない。
 同じように、原爆投下は日本の降伏を早め、その後想定された多くの犠牲者を産まずに済んだという「言い訳」にも納得できない。
 その当時、日本が戦争遂行能力を失い降伏の条件をめぐって各国に打診していたことは周知の事実である。
 だから、それは終戦後の覇権争いのためのアメリカの打ち上げた花火であった。
 あえて言えば、同じ条件下で、西欧人であるドイツやイタリアに向けて同じ判断をしていただろうか。(これは想像だが、ある種の説得力がある)

 かつて訪日したチェ・ゲバラは、原爆慰霊碑に献花をし、資料館を見学し、同行した中国新聞の記者に「君たちはアメリカにこんなひどい目にあわされてなぜ怒らないんだ」と問いかけた。それに対してとまどう記者の姿は、当時から現代までの私たち日本人の姿を象徴するようだと語り継がれている。

 確かに、日本軍の残虐な戦争行為の非人間性の数々は直視すべきであるが、だから原爆の非人間性が許されるものでもない。
 現実世界は核抑止力によって平和が実現などしていない。
 反対に、核の脅威をちらつかせながら戦争が行われている。
 自国内の内政の矛盾や反対派を抑え込むために「屁理屈」を付けて戦争が行われているのが実際だ。
 それでも大国のリーダーの理性、知性は核の使用を止めるだろうと、皆さんはホンキで信じられますか。
 
 こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ

2026年8月8日土曜日

キリスト教ナショナリズム

    アメリカの民主党では4日、ミシガン州の上院予備選で、党主流派の下院現職が敗れ、バーニー・サンダース上院議員らの支援を受けた新聞用語でいうところの急進左派アブドゥル・エルサイード氏(41)が当選を果たした。
 この動きが、アメリカ民主主義の再建に向かうのか、トランプの激しい反共攻撃の的になって結局トランプ政治が深まるのか、興味はあるが見通しを語るほどの知識はない。

 先日、書店で見つけて、【朝日新書、森本あんり・渡辺靖の対談集『キリスト教ナショナリズム』】を手に入れた。
 正直なところまだ十分には理解が進んでいないが、合衆国憲法の「政教分離」、一見正反対に見える福音派とリバタリアンの共通?、キリスト教のシオニズム等々「知らないことが多い」ということだけは解った。

 日本の、それも自分の周囲で見聞きしたことと重ねて考えると、新自由主義という名の下に「利権第一主義」が社会や企業内のコミュニティーを破壊し、中間層は確実に没落していったそういう時代の中から、キリスト教に基く倫理観のある社会をとか、自分が没落したのは女が地位を奪ったからだ、いや移民だ、いや福祉が悪い等々と、左右?両方から今までにない政治が求められているのだろうか。
 理解は進んでいないが、友人の皆さんには、大いに勧めたい一冊ではある。
 キリスト教世界のこと、アメリカの政治のこと、ほんとうに知らないことだらけで参考になったことは多い。

2026年8月7日金曜日

クリオネみたい

 (1)8月6日にテレビのキャスターが「不要不急の外出は危険」というので、窓越しにケヤキの木を見ていると、タマムシが飛んでいた。
 まるでクリオネみたい。
 先日友人からミヤマウズラという珍しい花の写真を送ってもらったが、その花もまるでクリオネのようだった。
 熊本の被災者のことを思うとこんな吞気な記事は書いておれないが許してもらおう。
 それよりも、ヒロシマの被爆者のことを書いている途中だったので、きっと「魂虫」だったのだと思うことにする。
 余談ながら孫の凜ちゃんは手術で入院中 祖父ちゃんは何もしてやることができないが、お母さんのスマホにこの写真を送っておく。

 (2)「心配性」かも知れないが、近頃の朝日新聞に、写真のような「彬子さまがどうした」「揺子さまがどうした」という小さな記事が目立つようになった気がする。
 ボルサリーノを被った令和の「道長」への忖度でなければよいが。
 なんとはなく気が晴れない朝日新聞である。

2026年8月6日木曜日

ノーモア ヒバクシャ

    今日は2026年8月6日木曜日。201486日水曜日に書いた『ノー モア ヒロシマ』を以下に再録する。

🔳   8月6日ということで一番思い出すことは、先輩Yさんのことになる。
 Yさんは労働組合の先輩で、中国ブロックのリーダーだったし、仕事上の職責もその地の幹部に近かった。
 恰幅もよく押し出しも効く、一言でいえば親分肌で肯定的な気分を込めて仲間からボスと呼ばれていた。
 当然のように皆に押されて、その年には原水協の国連・ニューヨーク要請団に参加され、米国のテレビでも被爆体験を話されるなど活躍をされた。
 その親分が、「実はな長谷川君、わしゃあ、ピカドンの話をするのは好かんのじゃ」とおっしゃったときにはその意味が解らなかったが、その夜、ホテルの二人部屋で一緒になったとき、私は彼の悲鳴で飛び起きた。
 それは、文字では到底伝えきれない「ウオー ウオー」という悲鳴というか叫び声で、直ぐには心臓病かと思ったが、「今わし大声を出さんかった?」と尋ねられ、また何回か繰り返されたので、うなされていることが理解できるようになった。
 翌朝には、「夕べ大声を出したん違うかな」「迷惑かけたん違うかな」と謝られ、「昼間に原爆の話をした日の夜は必ずうなされるんじゃ」と辛そうに語られた。
 「ああ、また今晩もうなされる」という恐怖が「話すのは好かん」意味だったのだ。

 その後私は、仕事の上でPTSDなど『重度ストレス反応』を取り扱ったりすることとなったが、診断ガイドラインにある『フラッシュバック』や『夢の中で反復して再体験するエピソード』を読む度にあの夜のことを思い出した。

 戦後生まれの私は直接的な体験を語ることはできないけれど、Y先輩は命がけで地獄の様子を私に教えてくれたように思う。
 だから、この話を毎年8月6日に書くのが与えられた宿題だと考えている。

あの日
この子の目の前で
起きたことを
知っていただきたいのです
あなたに
そして
日本の子どもたちに全世界の人びとに

 


八月や六日九日十五日

    今日は8月6日。 八月や六日九日十五日 という時事俳句がある。
 
 「詠み人知らず」と言われたりしていたが、近頃は「詠み人多し」と言うらしい。良いことだ。八月になれば、みんなが自分事のように 八月や六日九日十五日 と口にして平和の誓いを確認すればよい。
 さてこの国の首相と内閣は、こういう我われのことを「お花畑だ」と軽蔑している。早い話がアメリカの核の傘の下で、敵基地先制攻撃が可能な軍事力こそが平和の保証だと言い、事実、着々と軍備を増強している。
 わが街の祝園弾薬庫にはトマホークを保管し、高速道路を北進して舞鶴の戦艦から先制攻撃するという。
 その論理をひっくり返せばわが街は先制攻撃されることになるが、そのことには一切触れない。日本列島の海岸線に原発を並べているが、安価なドローン戦隊がいとも簡単に電源喪失を招くであろうことも一切触れない。 お花畑は誰だ!
 核大国ロシアの国民(兵隊)も核大国アメリカの国民(兵隊)も現実に戦死している。
 「俺様を怒らせると怖ろしいぞ」「俺様は核兵器を持っているのだぞ」と言えば、相手は「御紋」の前に「ははあ~」とひれ伏すのではなかったか。
 今日は8月6日。そんな「言葉遊び」の前に、81年前のヒロシマで何が起こっていたのかをしっかり見つめなおす日にしたい。

2026年8月5日水曜日

ドナウのかなたで

    その昔、ロシア民謡が流行った時代があった。その中の一つに 〽黒きひとみいずこ わがふるさといずこ ここは遠きブルガリア ドナウのかなた ここは遠きブルガリア ドナウのかなた というのがあった。「バルカンの星の下に」という。

 ドナウ川はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)に端を発し、ドイツ、オーストリア、   スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナを通って、最後はルーマニアとウクライナの国境を通って黒海へ注いでる。 「流域」の支流に含まれる国としては、チェコ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、スイス、ポーランド、北マケドニア、イタリア、アルバニアなどもあるから極東の島国からすると想像も及ばない。

 その中欧、東欧がひどい旱魃でドナウ川の水位が極端に低下していると報じられている。
 その結果、朝日新聞の記事で数えると、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々で原発の停止が相次いでいる。冷却に使われる水が確保できないためらしい。
 原発の排水は10度前後水温が高くなるから、その少ない水を各国原発が使うと熱河になりそうだ。事故以前に停止しているのは正しいだろう。
 それにしても、原発は津波だけでなく旱魃にも弱かった。
 あまり科学的な言葉ではないが、人間の身の丈を超えた未完の技術という気がする。
 明日は8月6日。ヒロシマ被爆の日。世界中には人間の身の丈の内の兵器だと信じている人も少なくない。
 唯一の戦争被爆国の日本人は、できる範囲でよいから「核兵器と人間は共存できない」と言い続ける必要があると思う。

2026年8月4日火曜日

手作りは面倒or楽しい

    関西ではお盆といえば8月だろう。全国展開のイオンでは7月早々からお盆用の菓子類が売られていたが、それはさておき、その8月お盆の季節がやってきた。
 親鸞の教えにはお盆のことはないと思うのだが、凡人は、「そういう時期だ」「そういうことをするのだ」とか言われて先祖の恩を思ったりするもので、そうして年中行事に向かい合っている。
 といっても、ほゞ0%に近い関わりあいかただが、孫の凜ちゃんと『うちわ菓子』を食べながら「8月」を迎えている。お盆の菓子では唯一このうちわ菓子だけを購入している。

    さて、先日イオンでは、お盆の『飾り棚』のパーツあれこれが売られていた。私が知らなかっただけでそんなものは以前から売られていたものかもしれないが、「茄子と胡瓜の牛馬ぐらい手作りしないか」と心の中で思った。何から何まで手作りを避けてお金で解決する風潮は?
 現代人の精神は豊かになったのか、貧しくなったのか?
 重ねて言うが、親鸞の教えには『お盆棚』はないがそのことはさておく。

 先日来、手作りの「栞」(ブックマーク)を百数十個×2作った。
 確かにカッターナイフで百数十個×2切り出すのは難儀だが、何人かは喜んでくれるだろうと思うと作業も楽しい。
 「この作業に一丁乗らないか?」と会員向けにLINEに書いたがナシのつぶてだ。そういう時代なのだろうか。

2026年8月3日月曜日

安否確認

    食料品等の買い物は混雑するのが嫌だから、週に2~3回、毎回ほゞ9時きっかりぐらいに出かけている。
 「〇曜市」などセールの日も避けている。
 難点は品物がまだまだ揃っていないことだが、なんやかんや回っているうちに徐々に出てくるから、十分ではないが用は足りている。
 何十年来の旧知のご夫婦もよく似た性格で、会えば簡単な挨拶をするぐらいだったが、「この頃会わないね」と妻と話していた。
 先日そのご夫婦と会い「やあやあ」となったが、お互いに、「会えへんなあ」「入院でもしてるんやろか」と互いに言い合っていたと笑いあった。
 その可能性は小さくはない。事実、軽い入院もあったそうだ。
 「安否確認のためにも早朝の買い物にまた来ましょう」と言って別れた。
 コミュニティが希薄になって久しい。
 「この頃顔を見ないね」と話しているうちに実は亡くなっていたということはザラにある。
 街全体の高齢化と、今にして思えばコロナ騒動でのなんでも自粛の影響は大きい。
 といって、今さら「民主老年同盟」を立ち上げるほどの気力もない。
 先日は「呑み会」といっても「昼呑み会」をしたが、おとなしい量で解散した。
 さて、どうするか。

2026年8月2日日曜日

避難所無情

    熊本地震のニュースをテレビで見ていて何時も思うことがある。あまりに時代おくれの避難所の状況のことだ。
 イタリアや台湾の大地震のときのニュースを見たときには、ほゞテント生活のようであったので、「今後は日本でもそうなるのだろうなあ」と思ったりしたものだが、熊本のニュースは今でも体育館に雑魚寝であった。
 ネットでは多くの外国の場合の写真が出てくるが、先の能登のときもそうだったが、日本の状況はお粗末だと思う。

 日本国(政府)は金がないから仕方ないのだろうか。まさかそんなことはない。
 自維内閣の顔の向きが間違っている。ただそれだけのことだろう。
 その矛盾の元凶が軍事費であることは論を待たない。
 日本は長年、軍事費を国内総生産(GDP)比1%に抑えてきたが、安保3文書を境に「軍事費」は様変わりし、防衛省以外の他省庁に軍事関連予算を計上したり、補正予算への防衛省予算の計上も加わり、「財政全体の軍事化」が進んでいる。
 また、ローン地獄みたいな「後年度負担」は2026年度予算案で総額17兆9524億円に上り、巨額のツケを将来に回して、これに伴い、防衛省のその種の歳出化経費は4兆6857億円に上り、同省予算の半分超を占め、安保3文書策定前の22年度と比べると約2・3倍(約2・6兆円増)へと突出して増えている。
    政府が目標としている「GDP比3・5%」になれば、追加で10兆円の財源を賄わなければならないが、トランプ米政権は、さらにGDP比5%という、途方もない金額を要求してきている。
    政治の向きが間違っている。これに尽きる。日本列島に30数基の原発を並べておいて「先制攻撃」もないものだ。
 もう一度中学校の社会科の話をすると、軍事費の陰では笑いが止まらない死の商人たちがいるのだ。その周りには、おこぼれにあずかる面々がいるのだ。
 熊本のニュースを見ていて、日本国民!これでいいのか!と思った次第である。

2026年8月1日土曜日

銘柄米も値下がり

    202661日月曜日に書いた記事をほゞ再録する。
   🔳 昨年713日にコメ問題学習会のことを要旨次のとおりに書いた。
 【今回のコメ不足は単なる買い占めでなく、絶対的なコメ不足だから短期的には別にしても長期的には高騰は続く。
 原因は、永年の減反政策、需給見通しの誤り、米の輸入自由化、そして、農水省の施策というよりも財務省の強烈な政策として、米で大儲けを考え輸入米もコントロールしようとする大商社(つまり財界)の要望、その奥のアメリカ政府、アメリカ財界の要望によるものが大きい。だから単純な「犯人は農協だ論」に組してはならない】と。

    ところが近頃、大手スーパーでも明らかにコシヒカリなどの銘柄米も値段が下がっている。
 消費者が備蓄(買い占め?)していたのが一通り一巡したからだろうかと思ったりもするが・・
 それよりもやはり、農協や大商社、大企業が買い占めて隠していたものの販売見通しが天井を打ったからだろうと勝手に推測している。
 やはり途中で買い占めて隠していたものがあったのは、どうも事実だろう。
 米は完全な冷房装置のある倉庫でないと保管が効かないから、農協、商社、米取扱い大企業あたりが怪しい。 先の学習会で講師は、米の売買は、「売買契約、金の収支、現物の米の移動・保管」が全く一致せず、ちょっとした伏魔殿だとの感想を述べていた。・・・やはり。
 どいつもこいつも、なんという国だ! ・・・以上が6月の記事だ。

 マスコミは、「ここで政府が備蓄米の買戻しをすると物価政策によい影響が出ないから政府は無策を続けている」と解説しているが、諸物価高騰の折り、米価だけが下がるのでは農家の生産意欲も下がるだろう。
 農業従事者の年齢を考えると近い将来「ほんとうの食料不足」が起こるに違いない。
 いわゆる先進国で、主食を担う農業を保護していない国はない。

 話は前後するが、202597日に『コメ問題で目から鱗』を書いた。
   しんぶん赤旗日曜版にあった、関根佳恵愛知学院大学教授の解説記事にこうあった。
 「政府や財界はコメ騒動を奇貨として、農業経営の大規模化、農地の大区画化、企業の農業参入の声を強めている」と・・・しかたないがそれはそうだと私も思っていた。
 しかし、これまでは、単位面積当たりの収量や単位労働時間当たりの収量ばかりが議論されてきたが、いま国際的には、資源エネルギーの単位投入量当たりの収量が重視されつつあるという。
 そうすると、小規模農業が担う「農民的食料システム」は世界の食料生産に用いられる資源エネルギー量の25%しか使わずに食料の70%を生産しており、反対に「工業的食料システム」は、資源エネルギーの75%を消費しながら食料の30%しか供給できていないのだと。・・エエエエ!という話だ。
 農業経営の大規模化、農業生産者の減少、過疎化やコミュニティーの衰退、学校統廃合、商店や診療所の閉鎖、自治体や金融機関窓口が遠くなる・・みんな仕方ないのか。
 だから・・関根教授はいう、「大規模な農業経営がぽつんと存在するより、小規模な農業経営が数多く存在する方が、防災、景観、文化の継承を含め社会的効率性が増すのだ」。
 人間、主流のメディアに流されず、落ち着いて考えないとこの国の未来は危うくなる。
 しんぶん赤旗は実に科学的で哲学的だ。

2026年7月31日金曜日

出遅れた夏休み

(1) 今さら夏休みも何もないのだが、漫然と秋風を待って過ごしている。
 ただ孫の凜ちゃんのプール遊びは用意してあげないといけないので、この暑さの中、ベランダのテントだけでは対処不十分なので簡単なタープ(タープテント)を購入しようと考えた。
 ところが、ホームセンターでもネット通販でも、私の感覚からするとどこも確実に値上がりしていて、その上に夏休みスタート直後ということもあってか、ホームセンターはどこも極度に品薄であった。 
 そこで、「夏休みに出遅れた!」と反省しつつ某ホームセンターにあった最後のひとつを購入した。
 基本的には夏の間中ベランダに設置しておこうと思っている。
    凜ちゃんのプール遊びでは日陰について絶大な効果を発揮したから、少しほっとしている。

(2) 担当している会報の『柳壇』投句の締切日になった。
 待てど暮らせど届かない会員もあり、待っているうちに少し恨めしい句ができた。
  難しい話はするが句は出さん
  エエカッコ脱げば自然の笑いあり
  請われても一差し舞うとは言いません
  川柳で馬鹿は言えない偉いひと
  自分から担当したのに恨み節
・・・と、溜飲を下げている。 わっはっは。

2026年7月30日木曜日

高気圧はなぜ暑い

    小学生の頃というのは高度経済成長以前だが、私は中世から続いた旧い堺市(環濠都市)の真ん中に住んでいた。ということは海に近かったので夏は毎日のように海で遊んでいた。
 その頃はまだ猛暑という言葉もなかったが、当時の常識では32℃が今でいう猛暑日であって「日射病に気をつけろ」と言われていた。
 それでも夏休み明けの学校はくろんぼ大会の様子で、真っ黒の子どもが威張れていた。
 みんな隔世の感がある。
 
 さて、気候変動(危機)以前に、なぜ高気圧は暑いのかということがある。
 低気圧が上昇気流であることは台風でもイメージしやすいが、高気圧が緩やかな下降気流であることの実感は少ない。・・が理屈はわかる。
 となると、登山で実感できるような高所の冷たい空気が緩やかに降りてきてなぜ涼しくならないかとなるが、自転車の空気入れをしているとポンプが熱くなっていくように、高所の気圧の低いところから地表に向けて気圧の高いところに降りてくるというのは空気が圧縮されるということなので、気温が上昇する。数字でいうと、標高5㎞にある0℃の空気は標高2㎞まで降りてきただけで30℃になるらしい。
 これに加えて、高気圧は雲ができにくく晴れるので陽射しが地表を暖めるし、地表の放射熱も増えるし、地形によってはフェーン現象も起きる。フェーン現象の理屈も同じく膨張と圧縮の理屈。
 空気は、外部から加熱や冷却をしなくても、「高さ方向」に運動するだけで気温が大きく変わるというこの理屈、エアコン以外にももっとうまく制御できないものだろうか。

2026年7月29日水曜日

自然農法

    わが庭の小さな菜園に夏野菜が実っている。
 毎年代り映えはしない菜園で、トマト、キュウリ、万願寺、オクラ、ささげ、その他 を少しずつ 収穫している。
 その畑に、今年は少なからずセミの抜け殻がついている。樹木ではない野菜についている。
 これは畑を耕していない証拠である。
 耕しているといろんな芋虫が出てくるから、普通にはそれらを排除する。つまり、手入れされた畑にセミが出てくることはほゞないだろう。

 えへん! 自然農法、不耕起栽培だ! と自慢したいところだが、実際は耕すのも草刈りもしんどいので「結果としての不耕起」なのである。
 そのお陰で畑には珍しいセミの抜け殻付の菜園となっている。
 それでも妻が草取りなどいろいろ手をかけている。
 だから私に「何もせずエラそうに自然農法などと言うな」と怒っている。

2026年7月28日火曜日

堺小学水泳歌

    「若い頃、好きな季節は夏だった」と川柳を一句捻ってみたが、昨今の殺人的な酷暑ではそれらは遠い思い出になってしまった。
 思い出ついでに『堺小学水泳歌』のことを書こうとネットを検索してみると、古い私のブログが出てきた。これでは参考にもならない。
 そこで、思い出の前にその歌詞を書いておく。

 🔳 堺小学水泳歌(大正2年制定)

八重の荒波蹴破りて  南洋呂宋(るそん)に国の名を
あげて帰りし英雄の  血潮湧き立つあゝ我等
海に鍛え(来たれ?)や泳げよや  我等の友はちぬの海

玉なす汗は滝のごと  五体も溶くる暑き日に
寄する波間をかきわけて  石津 浜寺 大津の洲
静かに見つゝ歌ひつゝ  泳ぎゆくこそあゝ愉快

我に鍛へし腕はあり  我に練りたる脚はあり
狂瀾怒涛荒れは荒れ  何の恐るゝことあらん
よき道場よ慣れし身の  我茅渟の健児国

海は天与の大宝庫  水産業に海運に
利用の道は数多し  海に親しみ海に慣れ
海を恐れず国富(くにとみ)の  増進図れ我健児

競争激しき今の世は  身の健康が第一ぞ
暑さにやけて日に焦げて  鬼と見まかふまで泳ぎ
海を領(りょう)せよかくてこそ 末(すえ)頼まれるあゝ健児 

 これは『堺人第2号』に投稿した。
 昭和32年33年頃、臨海工業地帯造成のため大浜海水浴場が閉鎖される前年まで、英彰小学校では学校から水着姿で並んで、先生の打ち鳴らす大太鼓に声を揃えて大浜海水浴場まで行進した。
 そんな記憶をお持ちの方は70代後半80歳以上の方々となるので、ただただ記録のためにアップしておくが、音痴な上に記憶も定かでないことを断っておく。