〽真綿色した シクラメンほど 清(すが)しいものはない という歌の話でなく、真綿で思い出したことなのだが、小学生の頃、寒い冬、それならと上着の下(つまり背中)に母親が挟んでくれたのが真綿そのものであった。
世の中全体が「戦後」であった時代だから、それは家族中でも祖母にだけ許される贅沢だったが、風邪気味のある日はそれが私に回ってきた。
今にして思うとありがたい話だが、小学生にはそれが何となくあか抜けない、じじむさいことで嫌だったことを覚えている。
さて、真綿とは蚕の繭から取れた綿だからある意味高級?なものだった。
だから奈良時代には貨幣の代わりに使われたりもした。
続日本紀神護景雲2年(768)10月24日条には、左右の大臣に各々2万屯の真綿が支給されているが、1屯=60文=現在の3千円とすると、6千万円ぐらいだろうか? (60文は6万円という説もある)
その真綿でもって高級官僚たちは難波津で隋や新羅の珍しい品物を手に入れていたが、その難波津がどこにあったかは別途書いてみたい。

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