2022年8月31日水曜日

8月のこぼれ話

   通販生活の中の『俳句生活』の8月の兼題は『螽斯』であったが、頑固な散文的脳構造の私は、小さい頃の堺の街の風景しか思い浮かばなかった。

 その頃の堺の海寄りの中心地は戦災後で、住宅の立っている場所と野原(焼け野原)で成り立っていた。小さい私は「地球というものは住宅の立っているところと焼野原とでできている」と信じていた。
 そしてその8月の焼野原には、一面に月見草が咲き、一面にキリギリスが鳴いていた。

 キリギリスを捕ったりした。店でも売っていた。竹製の虫籠で飼ったりした。いろんな思い出があるが、やはり一面の月見草と一面のキリギリスの声こそ私の「8月のキリギリス」だった。

   2)先日も書いたが今年は春に体調が良くなかったので胡瓜の植え付けが大幅に遅れた。また、畑もほとんど耕さなかった。

 ところが、何が吉と出たのか知れないが、梅雨時の雨が少なかったせいもあるかもしれないが、毎年苦労する「うどん粉病」も発生せず、毎年なら7月中旬で収穫が終わる胡瓜が、9月に入ろうとする今も順調に収穫が続いている。

 小さい頃は夏野菜の糠漬けなど美味しいとは思わなかったが、今は食卓の必需品になっている。

 イクジイの日などに会う娘も「欲しい」と持って帰るが、スーパーの胡瓜と違って強烈な棘(イボイボ)があるので驚いている。もちろんその分格段に美味しい。

歴史に眼を瞑るもの

   「日本を取り戻す」なるキャッチコピーで登場し、嫌韓、嫌中国のヘイトスピーチなどの右派運動の教祖的だった安倍元首相が旧統一協会への恨みへの標的にされた事件の結果、皮肉にも、実は統一協会は「エバの国民たる日本人はアダムの国民たる韓国人に償うべし」という特異な教義であったことが広く知られるところとなった。その上に、北とも手を結んで利権をを手に入れていた。文鮮明、やるものである。

 それでも、表向きは対極にあって近隣国をののしってきた元首相や自民党などの政治家が、選挙の票や手足のために積極的に彼らの「広告塔」を買って出ていたことが明らかになった。

 いまさら、彼らに論理の一貫性や倫理的誠実さを求める気はないが、それぞれの利権のためには悪魔とも手を結ぶかのような態度は、文鮮明が定義したサタンの国を思わせて変に感心する。

 先だって、韓国の有力なテレビ番組が、実はいわゆるKCIAが日本の右翼を資金援助していたことをすっぱ抜いたが、謎は順にほどけていく。 

 まもなく91日。関東大震災(大正12年・1923年)の日がやってくるが、震災後の戒厳令下の白色テロ行為や流言蜚語によって多数の在日朝鮮人らが殺された日である。

 正確な犠牲者数は不明であるが、論者の立場により、推定犠牲者数に数百名~約6000名と非常に幅広い差があるとWikipediaにはある。東大にある吉野作造氏が把握できたとするデータでは2,613名とある。

 そのことで重要なことは、歴代の東京都知事はこの朝鮮人犠牲者の慰霊祭に対して追悼文を送っていたが、小池知事は「正確な犠牲者数が分からない」「大震災の被害者全般に対する慰霊はしている」として、追悼文の送達を中止したことである。 

 多くの評論はしないが、民主主義の不徹底な戦前にあっては資料や統計は多々破棄されたり改竄されている。よって正確な数字が分からないことは多々あり、それゆえにこの悲惨な事件がなかった証明にはならないことを強く指摘しておく。近代史において「正確な数字が分からない」という理由をあげて、対象としている歴史的事実を全くなかったかのように歴史を修正するのは右翼の常套手段である。南京虐殺、慰安婦問題等も同じ。

 また流言蜚語による官憲や自警団による虐殺は、震災の直接的被害とは質の異なるものである。
 歴史を学ぶということは、未来に向かって再び失敗や惨禍が起こらないようにするためであるから、震災一般に過小評価してはならない。

 労働行政の後輩の方々のために、初代婦人少年局長山川菊栄(山川均夫人)氏の著作の一部を抜粋する。
 🔳 9月23日の朝でしたか‥玄関へ出ると、「ああ生きてましたか。山川さんは?山川さんは無事ですか」‥(吉本哲三時事新報記者)‥「大杉君がやられましたよ。野枝さんもいっしょに、憲兵隊で。」‥妹の子橘宗一少年と‥🔳
 このように、大杉栄、伊藤野枝、幾人かの共産主義者、無政府主義者、労働組合活動家、未開放部落住民、方言のため外国人と間違われた人らが虐殺されたのだった。
 9月1日。教訓は地震だけではない。

2022年8月30日火曜日

村上牧師の話など

   山上容疑者の伯父はマスコミでも報じられているが、私も遠い関係ではあるが全く知らないわけではない。しっかりした立派な人というのが周囲の評価である。
 事件後一時は母親を保護していたが母親はその後統一協会に戻ったと報じられている。ネット上では母親についても高学歴だったとされている。

 28日の記事に書いたように、オウムの場合もそうだったが、高学歴でモノの善悪が判りそうな人でも、そういう人からの正しい説得を受けても、なかなか解けないのが洗脳の怖さだろう。

 統一協会からの脱会を支援しているキリスト教の牧師・村上密氏の解説を摘んでみると次のようなことが参考になる。

 ● 聖書の創世記の権威を盾に人の原罪を説き、すべての財産を神に戻す「万物復帰」を信じ込ませる。
 ● 特に戦前戦中の歴史と重ねて、エバ国家・日本の日本人はアダム国家・韓国にどこまでも献金して仕える使命があると強調する。
 ● 不安や悩みを抱えるターゲットを勧誘し相談に乗るふりをする。
 ● そこで得た個人の情報を「霊能者」に引き継ぐと、先祖や家族について次々と言い当てる「霊能者」に驚いて信じ込む。
 ● 「先祖や遺族が霊界で苦しんでいる」「○○を買わなければ今現在いる親族等が益々不幸になる」とさらに不安に陥れ、高額商品を買わせ献金をさせるようにする。
 ● こうして全財産を捧げて自己破産しても、親戚などに無心してでも献金する。そういう苦労や例えば教祖が指定した韓国人との集団結婚で生活が破滅しても、その苦しみが「救い」だと狂信しようと自分を追い込む。

 宗教の信仰には合理的でない論理の面もあるとしても、以上のような統一協会の行為は宗教を利用した犯罪行為でしかない。
 ネズミ講(マルチ商法)や出資詐欺など、世の中に悪徳商法は山とある。そういう輩は自分の嘘を隠すために政治家を広告塔に利用しようとする。暴力団も同様のことを試みる。だから広告塔にされた政治家や芸能人で法的にも社会的にも罰せられた人は多い。

 現職時代、「この育毛剤はよく効く」「知り合いが買ってくれたら手数料が貰えるんだ」と普通に語っていた人がいたが、皆から「正真正銘のマルチ商法やないか」と言われてもなかなか理解できない様子の人がいた。しっかりしたポジションの人だった。そんな危なさがあるからこそ、広告塔の責任は重い。
 広告塔こそ、山上容疑者の家庭破壊の準主犯かもしれない。そんな不幸や人生破綻の修羅場が各地で数多く生まれたのである。
 「知らなかった(この言葉も嘘だろう)」では済まない。統一協会問題は徹底的に明らかにさせなければならない所以がここにある。

2022年8月29日月曜日

禅院を訪れる

   先日来、旧統一協会について種々論評し、昨日はカルト集団について書いたが、必要なことではあるがこの種の邪な集団の主張などを読んだり書いたりしていると、こちらの精神まで不健康になりそうになる。

 そんなもので気象予報士が「乾いた高気圧に覆われるだろう」と託宣した28日、大和郡山の慈光院に行ってきた。臨済宗のお寺であるが、全体が片桐石見守貞昌(石州)による茶席の趣になっている。

   史蹟・名勝の庭園を背にお茶を一服いただき、本堂前では平らな瓦を敷き詰めた、今風にいえばベランダに靴下の足で降りてほっこりした。

 今から30年ほど前の冬の日に来た時に住職が「この上に足を乗せると気持ちがいいからそうしなさい」と勧められた場所である。
 お寺もお庭も思い出に残っていないがこのことだけは濃厚に記憶に残っている。

 そんな話を現住職にしたところ、「前の住職が30年ほど前によくそう言っていた」とのことで、「年年歳歳瓦相似たり」の気分に包まれた。
 ちなみに、禅宗は中国文化を直輸入した場面も多く、靴を脱がない中国の高級な堂宇ではこのように瓦敷きの「三和土」であった。その雰囲気を引継いだものらしい。

 それはそうと、NHKBSの『こころ旅』で慈光院が映されたことがある。お手紙は「秋田県の奈良さんという方が奈良に転勤になったが、関西の文化に馴染めず落ち込んでいたが慈光院を訪れてその田舎風の落ち着きに癒された」「また秋田の稲庭うどんを思い出させるうどんも食べて一層嬉しかった」というようなものだった。

 それに、この番組はそんなにモノゴトを掘り下げる番組でもないのに、たまたま博識の人が出て「この地から秋田に移住して奈良と名乗ったという歴史がある」「そうめんは油をつけて伸ばすが、油をつけずに手延べした細麺がこの地で作られていた」「それらのことから秋田の稲庭うどんのルーツでないかと言われている」という話にまで発展した。

 もちろん我が家もその『石州麺』をお土産にして帰ったのはいうまでもない。

2022年8月28日日曜日

宗教とカルト

   日本維新の会の党首選挙に立候補している足立国会議員団政調会長は7月29日のツイッターで、統一協会への批判を「宗教弾圧だ」と述べて統一協会擁護に走っている。
 自民党の議員や自民党を支持するコメンテーターなども「宗教弾圧だ」的な論評をしているのが散見される。さて、カルト団体を批判すること、その宗教法人格を問題にすることは果たして「宗教弾圧」なのだろうか。

 統一教会が販売会社「新世」の看板で行った霊感商法について2009年東京地裁は、同社と社長を刑事事件として有罪と判決した。当たり前だが、いくら信仰の自由だ、宗教だと言っても、違法行為はしてはならないし、その違法行為を手助けすることはしてはならないのだ。当たり前だ。

 判決は「客を統一協会に入信させる…ことも目的として印鑑販売をしていた」と正しく認定したが、まさしく、印鑑販売会社も、政治活動団体も、あるいはボランティアの団体も、宗教団体と主張する統一協会と「混然一体」といえよう。

 人間誰しも悩みや心配事のない者はいない。そこを宗教の顏で「先祖の因縁だ」と不安を煽り、高額の商品を売り付け、入信させ、キリのない献金地獄に落とし込むわけである。
 統一協会ではなかったが、私の縁者にも、霊感の強い先生に悩みを相談したら「お墓の周りに成仏できていない霊がいた」と聞き、墓石に盛塩をして、お寺のご住職に叱られた者がいた。また、与党の一角と表裏の宗教団体に入信し、高価な墓を複数建立した人も知っている。
 霊感商法的な魔の手は遠い世界のことではない。

 元首相を銃撃した山上容疑者の主張である「生活破壊の献金」については、他の宗教団体とは異なった独特の教義の問題がある。
 先の裁判の供述調書には「この世のすべての財産をサタンの手から取り戻し、メシアである文鮮明を介して神に戻す」という信者の主張が記録されている。
 以前に書いたが、教義の解説書である「原理講論」には、韓国はアダムの子孫の国、日本(人)はイブ(エバ)の子孫の国、故に、日本人は「韓国」に献金しなければ「原罪」が浄化されないとの独特の「教え」がある。

 そんなこんなで、オウム事件の際に、高学歴のしかも自然科学系の人々がどうしてあんな犯罪に走ったのかを問うた大槻義彦先生の本を確か持っていたはずだと書架の奥を探して、再度読み直した。

 『大槻教授の最終抗議』集英社新書は、教授が小さい頃に見た「ひかりもの」=火の玉=ヒトダマを物理学で再現するまでの面白い話が半分で、後半が、当時テレビが超能力や超常現象を真実であるかのように流していた現状に怒り、実際に対決してきた事実と、批判の論点が事実に即して語られていて痛快である。

 その話をここで紹介しようとすると「書籍」になってしまうから、教授からコテンパンにやっつけられた当時のインチキ登場人物だけをあげておく。ご同輩の皆さんには懐かしい名前ではないだろうか。
 冝保愛子(霊視)  ユリ・ゲラー(スプーン曲げ)  清田少年(スプーン曲げ)  福永法源(霊能力 足の裏診断)  織田無道(霊能力 除霊)  高塚光(手かざし)  麻原彰晃(オウム)  石田千尋(悪霊祓い)  加江田塾  パナウェーブ研究所  ホームオブハート  細木数子(占星術)  血液型性格判断  竹内久美子(血液型)  阿部進(血液型)  幸福の科学  池田大作  

 今日はここまで。宗教に名をかりたオカルト者、詐欺師、霊感商法、右翼政治活動の傭兵、果てはテロ集団は犯罪以外の何ものでもない者がゴロゴロいる。
 さて、数々の嘘やインチキの見破り方だが、教授はスプーン曲げのときに「これが真実なら日本の工場は設備投資などせず霊能者をズラーッと雇えばよい」と喝破されている。
 教授に倣うわけではないが、私は常々言うのだが「ほんとうの霊能者なら福島第1原発の現状を「霊視」して速やかな解決法の「霊言」を発表すべきである」と。
 本のどこかにも書いてあったが、詰まるところ「常識力」の問題であると。しかし、悲しいかな人は度々騙されるのである。
      
 

2022年8月27日土曜日

キューカンバー(cucumber)

   私は実は前世ではイギリス紳士だった。
 それが証拠には、私の朝食の主食はキューカンバーサンドイッチである。
 耳慣れないとお思いの方のために    Wikipedia を貼っておくと・・・
 
🔳 イギリスでは、19世紀から20世紀の初めにかけて産業革命で農地が工場となったことにより、野菜類は輸入に頼らざるを得なくなった。
 また、イギリスの気候ではもともとキュウリの栽培に適していなかったこともあり、新鮮なキュウリを口にすることが出来るのは、高価な輸入野菜を購入できるか、温室設備を持ちキュウリを栽培することができる裕福な層や、貴族層のみであった。
 そのため、新鮮なキュウリを用いたキュウリサンドイッチ(キューカンバーサンドイッチ)を来客に振る舞うことは一種のステータスであり、同時にキュウリサンドイッチを食べることができるというのもステータスであった。
 この事から、20世紀以降にキュウリが安価な食材として広く普及するようになっても、キュウリサンドイッチはイギリス人の食事としては特別なものであり、アフタヌーン・ティーなどでは欠かせない料理である。

🔳 主なレシピ
 上述のように薄く切ったキュウリをバターを塗った食パンで挟むだけのシンプルなレシピである。パンは薄ければ薄いほど上品であるとされる。また、食パンの耳は切り落し白い部分のみ使用することが多い。
 現在では、マスタード、サワークリームを加えたり、ミントを入れることもある。
 キュウリを厚さ1mm程度の薄切りにする。輪切り、短冊切りなど特に決まりはない。伝統的なレシピではキュウリも薄ければ薄いほど上品であるとされる。
 薄切りにしたキュウリに塩、胡椒を振り、キッチンペーパーなどで水気を取る。伝統的なレシピではキュウリをワインビネガーやモルトビネガーなど酢にしばらく漬けておく。
   バターを塗ったパンでキュウリを挟む。
 食べやすい大きさにカットする。🔳

   以上がWikipediaであるが、私に言わせれば、塩、胡椒、ビネガーだとは笑わせる。

 私の材料は四葉(スーヨー)系のイボイボ胡瓜で、もちろん自家製である(今年は植え付けが遅かったし、うどん粉病などの病害もなく今現在日々収穫継続中)。

 パンは石窯の5枚切り。トーストが出来たらオリーブオイルを結構たっぷり掛け(前世はイタリア人だったかも)、先の胡瓜の糠みそ浅漬けを一面に敷くかのように乗せて食す。
 糠漬けは和食に限るなんて誰が言っている。

 言いたいことはただ一つ、イギリス人よ、よ~く聞け。胡瓜は糠漬けに限るのだ!

 追記  庭や公道の草刈りなどでへとへとになったときは、妻が冷たい麦茶と胡瓜の漬物を持ってきてくれる。水分、塩分、ミネラルいっぱいの熱中症予防薬である。

2022年8月26日金曜日

夏ちゃん危機一髪

記事とは関係ありません
   複雑なモノゴトを単純明快に語るのはどこかおかしい。

 コロナ対応にしても、やはり人間は顔を突き合わせてビールの一杯も飲みながら語り合ってこその日常であらねばならない。つくづくそう思う。

 マスクも、私は屋外では殆ど外している。たまにポケットに突っこんだまま着けるのを忘れてスーパーで買い物をして、出てから気付くこともある。これはちょっと冷や汗もの。

 日常をそこそこ楽しんではいるが、コロナ疲れ、自粛疲れというのも判らなくはない。
 判らなくはないが、だからといって「社会活動優先だ」と単純明快に言い切ることはよくない。複雑なモノゴトは複雑に理解し、複雑に対処するのが大人の対応ではないかと思う。

 話はお盆のときである。孫の夏ちゃんファミリーがお母さんの田舎に「帰省」した。お母さんの兄弟ファミリーもちょっとした時間差で帰省して、大きなだんらんの時が過ぎた。
 そして、夏ちゃんファミリーが家に帰ったとき、後から来た兄弟や向こうのお祖母さんに症状が出現して陽性になった。
 で、濃厚接触者にもなったので、夏ちゃんは地蔵盆のとき我が家に来るのを止めようかと言う話にもなった。ただ、お盆から地蔵盆まで症状も出ていないし、いいではないかということで我が家には来た。

 自粛疲れよりも経済の論理、早い話が金儲け優先で夏休みはノーガードで「人流」が「奨励」されたが、夏ちゃんファミリーの危機一髪の経験はパンデミックの拡大の典型のように思われる。
 旅行や飲食は、このように大きな危険因子(リスクファクター)であることは間違いない。

 だからどっちやねん。制限継続か制限解除かどっちやねんと言われると、「どっちもや」と言わざるを得ない。
 パンデミックというものはそういうものなのだろう。
 感染した人を「注意欠如」と責めるのはよくない。このような危険はすぐ近くに潜んでいると再確認してほしくてこんな報告を書いた。
 注意しつつどう集うかの話をしたいものだ。

2022年8月25日木曜日

全数把握の放棄

   岸田首相、つまり政府は24日、新型コロナウイルス感染者の全数把握見直しに関し、全国一律ではなく各自治体の判断で行う方針を決めたと、首相がオンラインで記者団に明らかにした。

 確かに、医療機関や保健所などのオーバーワークが若干軽減されるかもしれないが、発想が逆立ちしていると私はかねがね発言してきた。

 「調査なくして発言なし」という名言があるが、正確な現状認識があってこその対応、施策でなければならない。

 元々「感染者数」や「重症者数」の統計は、統計として非常に問題があったが、今後は、政府の方針案に都合の良いように数字がつまみ食いされることだろう。

 私は現職時代、統計の一部をよく利用していたが、例えば、だいぶ以前のその当時、大阪府は全国の数字のほゞ10%と見て対処しておおむね間違いなかった。(現在の大阪府の指標は明らかに減少している)
 同じように、大阪府と奈良県を見ると、奈良県の産業動向などの指標は見事なまでに大阪府の10%程度であった。

 これはニュースで毎日のように報じられるコロナの感染者数でもいえることで、反語的に言えば、奈良県の感染者数のおおむね10倍が大阪府ということになり、それよりも明らかに少ない場合は、大阪府の統計に何かトラブル(集計洩れ)があると思われ、そんなことを「少しおかしいぞ」とテレビの此方で語った翌日頃には、大阪府の数字に揺り戻しが現れたりして「やっぱり」と思ったりしたことが度々あった。

 さて、コロナの統計の中で比較的実態に近い比較ができるのが「死者数」だが、これも度々言ってきたことだが、最新の人口100万人あたりの死者数は大阪府がダントツのワースト1の 661.1人で、東京都の 364.2人の 1.8倍強となっている。

 統計は正直である。大阪府知事、大阪市長は自治体の長として最低である。それでもイメージが維持されているのは、行政と連携協定を結んでいるヨシモトや在阪メディアのせいである。

 政府の「見直し」のニュースを聴いて、大阪の腐敗が全国規模に拡がらないかと心配する。

2022年8月24日水曜日

地蔵盆

   小さい頃、8月23日24日頃には地蔵盆があった。(24日が地蔵菩薩の縁日らしい)
 地蔵盆は路地(公道)のお地蔵様の前にアジールのような空間を造り、西瓜を食べたり花火をしたり、そして最後にはお供え物のお菓子類を貰って帰るのだった。

 テーマはただ一つ、子どもの健やかな成長だ。成長には「いろとりどり」があるが、それなりの健やかな成長は全ての大人の願いだろう。

 奈良市内などでは地蔵菩薩をまつっているお寺などが主催するものもあるが、普通に地蔵盆というと、町内のお地蔵さん周辺の町民(つまり地域コミュニティー)による行事だった。
 ちなみに、前者の奈良市内の興福寺の地蔵会から波及した地蔵盆は7月の23日24日頃に行われる。

 我が夫婦が、いわゆるニュータウンに引っ越してからはそういう行事がなくなり、子や孫にはそういう素朴な伝統行事のような経験をさせられなかった。
 そして、こちらがリタイアして世話役でも何でもしてやるかと思った頃は、街に子どもがいなくなっていたし、コロナ禍が始まった。また、いろいろ体力が減退している。
 そういう反省もあり、ささやか乍ら身内だけで地蔵盆を行った。
 友人の住職には画像をLINEで送り、リモートでお祈りをして貰ったから、ありがたい行事になった。

 地蔵盆は『夏休みの終了間近』を実感させる行事(日程)だったから、少しほろ苦いイメージが記憶に付いている。
 そんな思い出を孫の夏ちゃんに語ると夏ちゃんの学校は25日に2学期が始まるというから、文句なしに夏休み最後の行事?をプレゼントしたことになった。

2022年8月23日火曜日

コロナ疲れと楽観論

   雑談のレベルではあるが、かかりつけ医の言うのには、「患者の様子を見ていると去年とは全く違って重症化していない。もう普通の風邪並の対応でいいのではないか」ということだったが、あくまでもこの医師の半径いくらかの範囲での実感の話。

 そういえば日本医師会や政府なども「人手がとられるから全数把握を止めようか」と言い始めているし、その辺りの影響があるかもしれない。

 私は、そのどちらも何か腑に落ちない。人手がとられるのは体制拡充をしないからだし、日本の新規感染者数は7月下旬から世界最多水準になっている。(まさか、不都合な統計の隠蔽???)
 かかりつけ医の実感を私の実感で返すなら、友人、知人の感染者は確実に増えている。故に、この状況を是とすれば、比較的軽症の壮年層が活発に動き回り、そのあおりを受けて病院や高齢者施設のクラスター発生が止められなくなりはしないか。

 確かに庶民は自粛疲れを感じていると思う。私もそうだ。しかし、もっと奥の方では銭勘定だけで「もう転進しよう」という声がマスコミを動かし始めていないだろうか。そんな疑心を払拭できない。
 感染した人を「自己責任だ」的に非難するのは全くよくないが、21日には岸田首相が感染したとのニュースがあった。その一方で統計も患者対応も縮小するというニュースは、ちょっと意図的な世論誘導だと思う。

 岩田健太郎医師は第6波の収束の場面で「その理由は解っていない」と発言されていたが、こういう言葉が一番正直な気がする。局面局面で一喜一憂せず、実態を正確に把握し、注意事項を発信し続けることが王道だと思うのだが。

 国葬などと寝言を言う暇があったら、医療現場に予算を投入すべきである。

2022年8月22日月曜日

万願寺の先祖返り

   毎年家庭菜園に『万願寺唐辛子』を植えている。
 大型で味が美味しい「甘とう」である。
 ホームセンターではなく、けっこうしっかりした苗屋で苗を買っているのだが、たまに先祖返りして文字どおり”唐辛子だ”というのができてくる。

 成長の途中でストレスにさらされたから‥という説も読んだことがあるが、たくさんの実の中でひとつ二つだけに強烈なストレスというのも考え難く、正直、理由は謎である。

 収穫のときに辛いものは匂いで判るが、パッパッと収穫すると、容器の中のどれがどれだかわからない。そしてそのまま料理すると全部が辛くて料理にならない。
 私はタバスコなども好きな方だが、そのレベルでは収まらない。

 それに料理の途中でむせてもしまう。
 で、どうするかといえば、全数、少しずつちぎって噛んでみる。当たった後は若干しびれて正答率が落ちるが、これでようやく料理のステージを上がることができる。もちろんそれは妻ではなく私の役になる。

 昔、谷三の居酒屋で注文した万願寺にこういうのが混じっていて、跳び上がったというか泣き続けたことがある。コロナの影響で潰れていなければ、今でも万願寺を出しているのだろうか。そして時々はそんな実が混じっていないだろうか。
 飲み会も忘れるくらい遠い思い出になった。

2022年8月21日日曜日

新型コロナ

   この間からクーラーと扇風機をガンガンつけていて、少し喉に違和感が出てきた。同じような症状を妻も訴えた。
 第7波は世界一の水準で猛威を振るっているし、病弱の孫にうつしたら大変なので少しびくびくした。
 かかりつけ医に相談すると、「薬も必要なし」と却下された。

 それもあり、感染した友人からもらったメールだと、喉の痛みに加えて発熱と味覚障害とあったから、食事を美味しく戴いている間は大丈夫かと、勝手に安心している。

 喉の違和感もしかして!、とクーラーのフィルターの掃除をした。1日20時間以上稼働させているせいもあるだろうが、予想どおり相当汚れていた。原因は解った。

 ご同輩の皆さん、くれぐれもご自愛ください。

蚊を喰う蛙

   19日には前線が南下し、今後しばらくは揺り戻しもあるだろうが、ようやく夏の終わりも微かに見えてきた。
 となると、あんなに疎ましかった夏も、終わるとなると些か寂しく、別に玄関周辺に蚊がいたわけでもないが、夏の象徴、蚊遣りを焚いてみた。
 一般に、蛙は蚊を食べるから、蛙の焼き物の蚊遣りは、例の豚よりはよくないだろうか。
 そうなると、豚の蚊遣りの方が、その由縁を知りたくなる。

 ネットの情報だが、結局諸説あり、元々土管を横にして使っていた。徳利を横にして使っていた。壺を横にして使っていた。‥というものがデザイン化されたという説と、豚は蚊に刺されにくいとか、蚊遣りの火から火災にならないよう「火伏せの神イノシシ」とした説がある。

   蚊遣り器はそれ以外にも多くの材質、多くのデザインがあって楽しいが、気密性の高い現代家屋でいくつも蚊遣りをくべたなら人様の方が退治されそうだから厳選する必要がある。庭でBBQをするときなどは複数あっても楽しい。

 そんな、些か早い夏の思い出を、西瓜の皮の漬物を食べながら味わった。
  前線の北側澄んでアキアカネ

2022年8月20日土曜日

「血分け」の教義のもと

   いわゆる統一教会(旧名称:世界基督教統一神霊協会)が韓国で成長?した理由には、日本と異なる韓国の宗教事情があると思う。

 韓国統計庁は、総人口の約3割がキリスト教徒で最大、仏教徒は2割台と発表している。

 つまりキリスト教の教義、特に「原罪」の考え方が日本とは比べ物にならないほど浸透しているということで、島田裕已緒『性と宗教』によると、エデンの園にいた最初の人間、アダムとエバが神に逆らい、善悪を知る木から木の実を取って食べてしまったが、その罪(原罪)が人類の生殖活動(性行為)によって全人類に伝えられ、よって人間は誰もが罪人として生を受けているとされている。

 その「木の実を食べた」は「性行為に及んだ」こととされている。
 ここから、いろんな禁欲の宗派や贖罪の方法の異なる宗派、果ては異端の教義などが派生している。
 ということで、文鮮明の元々の教義のような、メシアである文鮮明との性行為によって原罪が昇華されるという「血分け」の論理も受け入れやすい素地があったと考えられる。

 以上のとおり、イザナギ、イザナミの性行為によって国が生まれ神々~人間が生まれた古事記神話と決定的に異なっている。

 現代のキリスト教は現代社会の規範と合理的に折り合いを付けていると思うが、例えばアメリカの州で「犯罪に基づく妊娠であったとしても堕胎は許されない」とするなどは、ある種の原理主義であろう。
 以上、参考までに。


2022年8月19日金曜日

恥を知らないエバの子たち

   カルト(仏: secte、英: cult)とは、元来は「儀礼・祭祀」の意味を表す宗教用語であったが、現在では、反社会的な集団や組織を指し、特に信仰を利用して犯罪行為をするような反社会的な集団や組織を指して多く使用される。

 世界平和統一家庭連合(旧世界基督教統一神霊協会)(いわゆる統一教会)は、他の詐欺集団や暴力団同様、多くのフロント団体(いわば別の顏)を持っているが、ネット上では次のように出てくる。読んでいるうちに頭がクラクラしてくる。

 そういえば「野の花会」などというのが初詣の沿道で「恵まれない子に」とか言って寄付を募っていたし各家庭も訪問していた。学生には原理研究会だった。
 
   中でも、勝共連合、天宙平和連合、世界日報などに政治家が登場するのは、結局、霊感商法や高額献金や家庭崩壊等々の多くの反社会的行為を覆い隠し、反対にその広告塔として種々の犯罪行為を推進することだった。
 もちろん政治家への見返りは選挙の支援だった。

 さらに、政治家のルートを通じて警察やマスコミに圧力をかけて事件をもみ消すことだった。そういう意味で、統一教会問題はこの国の民主主義にとって見過ごせない大きな問題だと言える。
 写真のUNITEは、戦争法案の際、自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs)を妨害し対抗するために作られたもので、如何に民主主義の敵であるかを物語っている。

 【統一教会の別の顏(フロント団体)の一部】
🔳政治
国際勝共連合  世界平和連合  世界平和宗教連合  世界反共連盟  アジア太平洋反共連盟  アメリカ社会統一協会連合(米国で設立された民間教育団体)  平和統一連合(韓半島の平和統一と日韓友好を目指す) 平和統一家庭党(韓国)  日韓トンネル研究会 (20042月、NPO法人認可、20066月会長に野沢太三元法務大臣就任)  国際ハイウェイプロジェクト  世界平和国会議員連合  世界戦略総合研究所  世界言論人会議  
ワシントン・タイムズ財団  東西南北統一運動国民連合  統一教会平和奉仕ボランティア隊  世界平和女性連合  世界平和連合  天宙平和連合  非政府組織世界協会  世界平和大陸・半島・島嶼国家連合
🔳流通・金融
ハッピーワールド(旧「世界のしあわせ」、「幸世商事」  クレディト銀行  
🔳マスメディア
世界日報(日本)  世界日報(韓国)  ニューズ・ワールド・コミュニケーションズ(世界的なメディア・コングロマリットのニューズ・コーポレーションとは無関係  ワシントン・タイムズ(米国の日刊紙・ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズとは無関係)  ニューヨーク・シティ・トリビューン(米国の日刊紙・1991年廃刊)  UPI(米国の通信社。20005月、統一協会系企業が買収)   AmericanLife TV Network(ケーブルテレビ)  U-ONEテレビジョン[5](衛星放送)  
PEACE-TV(朝鮮語)  ティエムポス・テル・ムンド(日刊新聞)  ノティシアス・デル・ムンド (ヒスパニック系の人々向けの新聞)  ウルティマ・ノティシアス (ウルグアイの新聞)  ミドル・イースト・タイムズ(中東地域の新聞)  平一企画(教団の教材のDVD等を制作)  株式会社光言社(代表者 小林浩)  成和出版社  世界思想出版社(学術出版社「世界思想社」とは全く無関係)  
🔳薬品・食品
一和 (韓国:高麗人参製品とメッコールが主力商品)  グローバルビューティー(玉置祥子社長)  株式会社ワールドシーフーズ(冷凍海産物の輸入・卸売)  トゥルー・ワールド・フーズ
🔳医療
HJマグノリア国際病院(旧清心国際病院)  医療法人日心会(病院)  一心病院(創設者上崎道子が統一教会の信者である。院長の渡辺泰博も同様に統一教会の祝福を受けた信者であり、常勤医師にも信者が多い。ただ医師や職員は一般募集を行っているため職員全員が信者ということではない。病院エントランス部の待合室、及び2階のナースセンター前には統一教会創始者である文鮮明の揮毫が掲げられている)
🔳自動車
パンダ自動車  平和自動車(朝鮮民主主義人民共和国の国産自動車第一号「フィパラム」等を製造)※2012年に合弁を解消し撤退済み
🔳その他
一信石材  世一トラベル(以前は「世一観光」。「ハッピーワールド」の旅行事業部に吸収された。教団関連のツアーも扱う)  世一旅行社(韓国にある旅行代理店。教団関連の航空券、ツアーも取り扱う)  一成建設  一成総合建設  一成レジャー産業()  一関自動車学校(()ドライブ・ラボ一関)  水沢自動車学校(岩手交通安全教育研修センター)  金成自動車学校(閉校)  ()一興  ()精進化学  統一航空()  龍平リゾート  美術世界   株式会社男女美  京都プリンスホテル(下鴨神社近くにあった。1987年買収、200012月閉鎖。西武鉄道グループのプリンスホテルとは無関係で、ザ・プリンス 京都宝ヶ池の前身名称が「京都宝ヶ池プリンスホテル」なのは、こちらが既に存在したため)  株式会社アラスカ(青森市。結婚式場「アラスカ会館」経営)  パインリーズ・リゾート  金浦航空団地  カール・アームズ(米国の中型セミオートマチック拳銃のメーカー、en:Kahr Arms)  JWマリオットホテルソウル  ニューヨーカー・ホテル(ニューヨーク市マンハッタン8番街のホテル、en:New Yorker Hotel)  普通江ホテル - 平壌の特級ホテル。現在は関連がない。  共栄  エム・ワン (印鑑・健康食品販売・和歌山市)  サンハート・健美  エースセミナー (学習塾)  天運守護印  一心天助  
🔳宗教
世界平和超宗教超国家連合(IIFWP 国連NGO、国連経済社会理事会の特別協議資格を持つ)   世界聖職者指導者会議  国際宗教自由連合  超教派基督教協議会  国際宗教財団  韓国宗教協議会  北韓平壌教会  韓日人教会
🔳社会
国際救護親善財団  国際平和財団  国際医療奉仕団  社団法人ボランティア愛苑  世界平和青年学生奉仕団  世界平和青年連合  野の花会  国際救援友好協会  SHINZEN(しんぜん会)  真の家庭運動推進協議会  日本純潔同盟  蒙古斑同族世界平和連合  国際家庭
🔳文化
世界文化体育大典  リトルエンジェルス芸術団  ニューヨーク・シティ・シンフォニーオーケストラ(既存のオーケストラを引き継いだ)  国際新希望合唱団  天父報恩鼓(2000年に『天地報恩太鼓』より改称)  MrMissユニバーシティ・コンテスト   プリンセス物語(名古屋のローカルアイドルグループ)  世田谷郷土大学  名古屋郷土大学
🔳教育・学術
世界平和教授アカデミー  科学の統一に関する国際会議  学校法人鮮文学院  鮮文大学校(韓国、4年制大学)  景福初等学校(韓国、既存の学校を引き継いだ)  善正女子中学校(韓国、既存の学校を引き継いだ)  仙和芸術中学校(韓国)  仙和芸術高等学校(前「リトルエンジェルス芸術学院」(韓国)  善正高等学校(韓国)  学校法人清心学院  清心国際中・高等学校(韓国)  清心神学大学院  ブリッジポート大学(米コネチカット、既存の学校を引き継いだ)  キーロフ・アカデミー・オブ・バレエ(米ワシントンD.C.)  統一神学校(米ニューヨーク、大学院修士課程)  統一思想研究院   光の子園(世田谷区・教団子弟のための保育施設)   国際文化財団  韓国文化財団  国際教育財団   原理研究会
🔳スポーツ
世界平和武道連合  鮮文平和サッカー財団(ピースカップを開催)  超宗教平和スポーツフェスティバル  統一武道  圓和道
🔳施設
HJ天宙天寶修錬苑(旧天宙清平修錬苑)  済州国際研修院  ナショナル・ウォンジョン霊園(ワシントン)  尾瀬霊園

   さて、彼らの教義文書である原理講論によると、アダムとイブ(エバ)の時代、イブ(エバ)がサタン(罪を犯した天使)と不倫を犯した後アダムと関係を持ったため、人類はサタンの血統という原罪を背負った。
 教祖故文鮮明の国韓国はアダムの民の国で、日本はイブ(エバ)の国であるから、日本人は献金を重ねて悔い改めなければならない。こうして天井知らずの日本人から集めた献金で上記のようなクラクラするほどの「事業」を拡大してきたのであろう。

 原理講論に戻ると、サタンとの不倫によって生じた血統を清めるためにはアダムの降臨である文鮮明に「祝福」されなければならないとなり、これによって1946年には混淫による社会秩序混乱罪、1948年には姦淫容疑で逮捕、1955年には女性信者を自宅に監禁し説教をして貞操を奪ったと新聞報道されている。
 教祖との性交渉で救われる。救われた女性との性交渉で男性も救われるという「血分け」の教義こそがこの教祖の原点で、さすがにそれは後には合同結婚式の「形」に修正されたという。

 以上のように、右手では反共、勝共と言い、左手では北の権力者と手を握って金もうけをしていたわけで、自民党の右翼の人々や日本会議や神社本庁や民族派と称する右翼の人々に恥じるという言葉はないのだろうかと情けなくなる。

2022年8月18日木曜日

西瓜割りは夏の季語

   西瓜割りは大人数で海水浴に行った際のお馴染みのイベントだった。冷たい川の近くのキャンプのときもあったが、昔の想い出になっている。

 だいたいマルママの西瓜は冷蔵庫には大きすぎるし、もちろん普通の家庭に井戸はない。
 そんなことで計画はしていなかったが、ひょんなことから立派な西瓜を頂いた。先輩のお嫁さんの実家(農家)からのものだという。

 そこで、孫の凜ちゃんに「西瓜割り」を伝授したのだが、この孫はプラのバットでポコンと叩くのが関の山だった。あとはプールに一緒に入ったりして遊んで、早々に切り分けておやつにした。

 暦の上ではとっくに秋になっているが、文字どおり夏の中の夏の行事をした。

    精一杯ポコッと叩いた西瓜割り

2022年8月17日水曜日

日本海のアワビ

   スーパーに珍しく韓国産のアワビを売っていた。小さいがまあまあの形で、なにしろ安かった。

 韓国産と聞くとワンランク落ちるような気にもなるが、国産と韓国産は日本海の南と北の違いだけである。

 それに古代史には耽羅(たんら・済州島)のアワビが朝貢されていた記録もある。

 身はお刺身で、肝はボイルで美味しく戴いた。

 さて、私はわが家の近くで2度ほどイタチを見た。妻はわが庭を横断して行ったのを目撃したという。
 そこで、貝殻を捨てるのでなく、昔懐かしい『イタチ通行禁止』の標識にすることにした。
 昔は必ず鶏小屋にぶら下がっていたものだ。
 奈良公園の依水園の茶室のかやぶき屋根にも吊るされていた。聞くと、ムササビ除けということだった。

 そんな昔の慣わしを知らない現代イタチに通用するかどうかわからないが、二人の孫が来た折にはそんな話をしてやろう。

2022年8月16日火曜日

瓢箪から

   チョットした体調の不調でガックリくる。これが高齢者ということだろうか。情けないものだ。
 そんな不調の静養がてらに気軽な本を読んで数日を過ごした。

 夏井いつき著『瓢箪から人生』小学館1,485円。
 「俳聖バショーさまは、人生を旅になぞらえたが、旅とはさまざまな人と出会い、さまざまな出来事に遭遇することでもある。我が人生において、がっぷり四つで強い影響を与えてくれた人、袖振り合っただけの人から教えられたこと等を書き留めてみるのも、還暦を過ぎ、いよいよ高齢者として歩むこれからの人生の道標となるやもしれぬ。そんなこんなの人生の徒然を記してみようと思う」が巻頭の書き出しだ。つまり、俳句もあるが俳句の本ではない。

 かつて尾木ママが「さんまさんのお陰で何冊もの著作や講演とは比べ物にならない発信力を得た」というようなことを語っていたが、その伝で言って、プレバト‼が俳句の普及に果たした影響は格段のものがある。この私がそう(影響を受けた本人)である。

 そのプレバト‼をはじめとする諸々の彼女の行動に、それはそれは大きなパッシングの風雨があったようだ。俳句の世界のことは門外漢だが、よ~くわかる。想像がつく。
 そういう半生を綴ったこの本は面白い。本人には申し訳ないが。

 読んでよかった。
 青き踏めマスクを鳩として放て 夏井いつき

2022年8月15日月曜日

休憩つづく

   昨日書いたとおり病院に行くと丁度主治医が出勤の日であって良かった。
 その医師が自分の勉強のためでもあるのだろう、症状出現の前にどんな兆候があったか、どんなストレスがあったかと何回も質問した。

 兆候は別になし、ストレスは2日前からパソコンが不調でイライラしていたと答えると、パソコンの不調はストレスですねと納得された。

 しかし、パソコンの不調はストレスの10分の1ぐらいというのがほんとうで、言っても判らないだろうから言わなかったが、実は15日のブログの原稿がまとまらないのがストレスの10分の9だった。

 6日には広島について触れた。9日は長崎について触れた。そして15日はいわゆる大東亜戦争を少し本格的に書こうと思っていろんな復習をし始めた。そうしたところ、いろんな統計数字などに違いや間違いが多く、もちろん思ったような資料はなかなかまとまらず、そのストレスがピークに達したところで心臓が音を上げた。

 そんなもので頭の中がまとまらず、本日の記事は弁明のみ。今日はお盆休みということにしよう。

2022年8月14日日曜日

小休止

   8月12日、去年の夏もボロボロだったが今年も持病の発作?で、妻の運転で病院に救急搬送。

 ほゞ1日点滴等の措置を受け、それでも入院にはならず帰ってきたが、大いに体力は萎えている。

 そんなもので、大事な15日の原稿まで手が伸びない。ご同輩の皆様、お体お労りください。以上。

 写真は何日か前の『かぎろひ』(朝焼け)

2022年8月13日土曜日

プレ迎え火

   13日にはお父さんの帰省先なので、11日に孫の凜ちゃんとプレ迎え火を挙行した。 
 凜ちゃんは「焚火だ」「焚火だ」と喜んだ。
 これ以上の先祖供養があるだろうか。

 キリスト教の一派を装って「先祖の祟りじゃ」と脅すカルト教団があるが、そもそも釈迦の仏教に先祖供養などないかもしれない。人は輪廻転生してしまっているのだから。

 仏教が日本にまで伝搬してくる中で、先祖供養の儀式にうるさい儒教を取り込んだか、仏教が儒教に取り込まれたかというあたりが真実に近くないか。

 それにしても、人は先人の努力を思うべきだろうし、とは言え凡人は「形」を与えられないと惰性に流れやすいものだから、「お盆だ」「お盆だ」「迎え火だ」と考えるときがあってもよい。そこを押さえれば13日にこだわる必要もあるまい。
 プレではなく正規の迎え火だと思うことにする。


2022年8月12日金曜日

精霊飛蝗

   精霊飛蝗(ショウリョウバッタ)、その名は、一般的にはお盆の頃に出現するからと言われているが、私の小さい頃、慶応生まれの祖母は「お盆には昆虫採集をしたらアカン」「昆虫は(特にトンボは)先祖の魂や」と言っていたから、昔の人は、この大型でそれでいてけっこうどんくさい昆虫は精霊だと信じていたのかもしれない。

 別の名はコメツキバッタであるから、その連想からも人間に親しみのある昆虫ではなかったか。

 ウンカや外国のサバクトビバッタのように数を頼んで作物を全滅させたりはしないから、イネ科の害虫であるにもかかわらず大規模な駆除の話はあまり聞かない。

 「先祖の祟りじゃ」と脅すカルト教団がいま問題になっているが、日本の仏教的精神では害虫でも精霊になったりするから、そういうおおらかさを大事にしたいものである。

2022年8月11日木曜日

冷やし味噌汁

   新聞が「わが家の夏バテ防止料理」の投稿を呼びかけていたが、これといって特段の料理はない。
 グルマンで有名?な友人がいるが投稿したのだろうか。
 私は旬の食材を美味しく戴くだけだが、そもそもほとんどの食材に旬というものが希薄になっている。

 そういう中で、ただ此の頃少し多用しているのが「茄子の冷やし味噌汁」。茄子と薄揚げだけのシンプルな味噌汁を冷蔵庫で冷やしておいて食するだけ。脇役の脇役程度だがけっこうハマッている。

 孫の凜ちゃんも写真のとおりグビグビと喜んでくれる。塩分補給にもなりよいのでないか。
 この日のメーンディッシュは具沢山の焼きうどんにした。具は、豚肉、海老、烏賊、玉ネギ、キャベツ、ピーマン、パプリカ、マッシュルーム、しめじ、レタス、ニンニクで、この手のシェフは私だ。凜ちゃんは食事中何回もボーノをしてくれた。

 実に他愛ない記事で恐縮だが、読者の皆さんお勧めの他愛ない夏料理を教えていただければ幸いだ。
 疲れた日には、私も夏バテ防止料理をもう少し書こうと思う。
 日々怒ってばかりだと健康に良くない。

2022年8月10日水曜日

罪深いエバの国

   10日の朝日新聞の『オピニオン&フォーラム』に宗教学者櫻井義秀氏のインタビュー記事があって、旧統一協会の教義が語られていたが、旧名称の『世界基督教統一神霊協会』というとおり、その体裁はキリスト教の一宗派を装っていた。 

 ということで世界の原初はエデンの園で、アダムを裏切ったエバ(イブ)の堕落、不倫によって人間には原罪があるという。そして、教祖文鮮明の母国韓国はアダムの国であり、日本はエバの国、エバの国民、罪深い国家、罪深い国民だと断じている。 

 このため、エバの国の国民たる日本人(信者)は、教祖の指名によって韓国人と結婚したり、天井知らずの資金(献金)を韓国(にある本部)に貢いで「悔い改めなければならない」のである。 

 「そんなあほな」と思われるかもしれないが、身辺に不幸が続いた人は信じたり、学生などは新旧の聖書や神学のつぎはぎに魅了?させられるのだ。 

 それにしても、日本会議や神社本庁の人々が、「エバの国日本はアダムの国韓国に貢ぐべきだ」とか「日本人は数多くの神(神社)を信じているから劣った国だ」と教祖が公言してきた旧統一協会、その別看板でしかない勝共連合と手を携えて自民党を応援してきたのか理解に苦しむ。 

 しかしそういう没論理的なところが双方とも謀略組織の謀略組織たる所以であろう。

 この国が理性的な国であることが望ましいと考えるなら、旧統一協会の名称変更に倣ったかのような内閣改造で問題追及の手を緩めてはならないだろう。 

 写真は西沢昭裕氏のFBで公表されていたもので、コメントは「鈴木エイトさんが、にこやかな御表情の岸田首相と統一教会幹部とのツーショット写真を発表。
 お相手は統一教会の広島教区三原教会の教会長や東広島教区の伝道教育部長を歴任した光永一也氏」とあった。

われわれは宇宙人

   テレビの乳幼児向けの番組を見ていると「われわれは宇宙人だ。地球人も宇宙人だ」と歌う歌があったりして、その詩の奥深さにハッとさせられることがあるが、今日の話はそんなに大それた話ではない。

 写真は窓の外の街路樹で椿(ツバキ)の葉っぱだ。
 私はこの葉を見るたびに「われわれは照葉樹林の民だ」と感じている。
 「照葉樹」とはよく言ったもので、ほんとうに照って輝いている。冬であってもそうである。

 照葉樹林文化はざっくり言えば黄河文明ではなく、長江文明とも言えるし、東南アジアにまで広がる。お寿司や納豆の故郷であり、お餅つきの故郷である。何よりも稲作の故郷である。寄り道ながら、ウクライナの小麦の輸出が停滞して世界中で悲鳴が上がっているが、比較的わが国で静観できているのは主食が小麦でないから、つまり、欧米や中東、さらにはアジア北方の小麦粉的文化でないからである。

 窓の外の椿を見ながら、先進国の中で例外ともいえる照葉樹林文化を大事にしたいと思う。照葉樹林文化論については反対意見もあるが、私はけっこうシンパシーを抱いている。

2022年8月9日火曜日

歌はどこへ行った

   八月や六日九日十五日(詠み人多数)の九日は長崎原爆の日。
 去るもの日々に疎しとの言葉があるが、ナガサキの被爆者であったF先輩も逝かれた。その日は偶然が4つも5つも重なって生存された。それらのことは昨年のこの時期に『ノーモアナガサキ』として書いた。読み返した。

 さて、ほんとうに珍しくテレビで歌番組を見た。6日土曜日夜のNHKの『ライブ・エール』。
 全体が文字どおりライブだったのだが、後でわかったが一部がビデオだったらしい。
 加藤登紀子、MISIA、小林武史の『花はどこへ行った』がそうで、それが歌の後半部分でフリーズしてしまい、全体がライブだったので司会の内村光良などは大慌てであった。後半部分には今回用に付け加えた歌詞があったらしいから、某国方面からのサイバー攻撃や国営放送上層部の忖度などでないことを祈る。

 『花はどこへ行った』はピート・シーガーの有名な反戦歌で、MISIAはロシアのウクライナ侵略のあった2月以降、コンサートの曲目に加えて歌っているらしい。
 私たち(ベトナム戦争)当時の若者たちが歌っていた訳詞よりも加藤登紀子訳の方が詳細かもしれない。追加された詞は知らないが、加藤訳の歌詞を以下に書いておく。十五日もある。核共有論まで聞こえてくる。そんな時こんな反戦フォークをしみじみと歌うのもいい。

どこへ行ったの 野に咲く花は
遠い昔 そして今も
野に咲く花は 少女に摘み取られた
いつになったら 人は気付くのでしょう

どこへ行ったの 可愛い少女は
ずっと昔いえ つい昨日のこと
可愛い少女は 若者の胸に
愛を求めて その身を捧げた

どこへ行ったの 若者たちは
少女が愛した 若者たちは
銃を手にして 兵士になった
愛する人を 置き去りにして

どこへ行ったの 兵士たちは
故郷遠く 離れて
兵士たちは 墓の土になった
誰にもしられず 見捨てられて

どこへ行ったの 兵士の墓は
時が流れて いつの間に
兵士の墓は 野に咲く花に
誰も知らない 野に咲く花に

どこへ行ったの 野に咲く花は
遠い昔 そして今も
野に咲く花は 少女に摘み取られた
いつになったら 人は気付くでしょう

2022年8月8日月曜日

台湾竹熊蜂

   愚かな人間による台湾周辺の威嚇行為の影響でもあるまいが、外来種台湾竹熊蜂(タイワンタケクマバチ)が急激に「避難」してきたようだ。
 体長は約3センチ、右の写真は結果として少しスリムに写っているが、感じとしては文字どおり熊蜂で、しかも黒い鎧をまとっているようで精悍というか、暴力団風にさえ見える。

 私の初見は今年の5月25日の記事のとおり、見たことのない蜂で、子ども用の昆虫図鑑にも載っておらず、蔵書の中の昆虫の本でも解らなかった。確か「クマバチ」「黒い」などと検索してヒットして辿り着いた。

 キンカンの花に何匹も飛んできて受粉してくれているのはいいが、気候も生物界も異常な大変化の中にあるようだ。

 在来種が駆逐されるとか生態系が壊れるなどの心配が指摘されているが、テレビの「池の水全部抜きます」などを見ていると絶望的な気もする。
 ただ、5月の「プロジェクトX」の再放送「8ミリの悪魔・・・」でウリミバエの本土上陸を阻止した話があったが、一縷の望みはありそうだ。今のところ私は受粉を見守っていて捕獲・殺傷はしていないが。

2022年8月7日日曜日

復活 蝸牛考

   松本修著『言葉の周圏分布考』(インターナショナル新書)を読んだ。古く『探偵ナイトスクープ』から誕生した『全国アホ・バカ分布考、『全国マン・チン分布考』に次ぐ第3弾で、総まとめに似た力作だった。

 芭蕉の「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」を牽いて、「都で栄えた新しい日本語の語彙や文法事象は、やがて都を出で発って地方へと歩みを進め、・・辺境の村々まで旅をしたという結論を大規模な調査で裏付けている。

 この方言周圏論は、古くは柳田國男が『蝸牛考』で唱えては見たものの、柳田自身は後に「成り立つかどうかわかりません」と敗北宣言を行い、学界の雄金田一春彦が批判し、下っては全共闘世代の研究者からは「中央集権政治推進の悪しきイデオロギー」と攻撃されてタブー視された論だった。

 それを、丹念な調査で異議申し立てしたのだから面白い。そのデータに基づく分布図の一つひとつには私の理解と異なる部分もあるが、総じて論の大枠には納得した。

 そも言語の前には人間の生活があり、そういう意味ではこれは民俗学の一部かもしれない。そういう意味では、奈良の寺社では今でも伎楽に近い雅楽が催されるが、そのルーツが中央アジア辺りであったことは常識になっているし、その故地にはすでに無くなっており、大陸から離れた日本列島、つまり辺境たる日本列島に残っている事実からも私は納得するのだった。

 寄り道のように、「こうつと」の分布図があった。ずーっと以前にサザエさんにもあったことを先輩のスノウさんから教えてもらったし、この本の中でも明治以降の文豪の作品にあるのを指摘されている。著者はこの言葉を「遠からず消え去る運命にある」と結んでいるが、私世代の他界によってそれは現実のものとなるだろう。

 先日落語の「ながたん」の話を夫婦でしたが、妻も私もこの言葉を実際に使ったことも聞いたこともなかった。
 古典芸能にわからない言葉が多いという問題は指摘されているが、何でもかんでも現代語でわかればよいというものでもない。その貴重な上方の古典芸能が維新の政治の下で衰退しつつあるように見える。

 あちこち寄り道したが、この本はけっこう面白い。
 『全国マン・チン分布考』の帯は「阿川佐和子さん推薦」だったのが、今回のは「百田尚樹氏大絶賛」となっているのは低俗なイメージを抱かせて残念だ。

2022年8月6日土曜日

詠み人多数

   八月や六日九日十五日
 という有名な俳句がある。
 永六輔さんが詠み人知らずとしてラジオや新聞などで紹介したので多くの人々が知っている。
 「八月の」とか「八月は」とかも含めて「最初の詠み人は誰か」の議論があった。

 昨年の長崎原爆の日に西日本新聞が報じたところでは、1976年(昭和51年)小森白芒子(はくぼうし)という文人が初出らしいが、結論は「詠み人多数」で良いのでないかと結んでいる。
 その八月で今日は六日(むいか)である。

 世界の人々は第二次世界大戦の残酷な結末を見て大きな反省をしたと思っていたが、東大史料編纂所編の本によると、歴史は70年程経過すると修正つまりは虚偽が広がるものらしい。
 核兵器を威嚇に使ったプーチンはその筆頭だが、それを聴いて即アメリカと核の共有だ、軍事費倍増だと合唱した自民、公明、維新、国民ら改憲勢力も同罪だろう。
 日本列島の海岸線に原発を並べて、敵国中枢部先制攻撃だと叫ぶなど「気は確かか」と思う。
 感情的な情報に乗っかって理性や論理的思考を失うことの怖さを一番知っていた国民ではなかったのか。

 今日は広島原爆の日だ。
 広島の被爆者の知人が「昼間に原爆の話をした晩は必ずうなされるんじゃ」と詫びられた前夜の叫喚を忘れることができない。地獄絵図は同室の私にまで突き刺さった。
 今日は8月6日、あなたにとってのヒロシマを一言でよいから語ってほしい。

2022年8月5日金曜日

TAC がトレンド

   8月4日付け赤旗の記事『TACに6カ国加入 デンマークなど49カ国・機構に』は、小さな記事だが注目しておいてよいのではないかと思うので紹介する。

 【プノンペン=面川誠】当地で開かれている東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議場で3日、デンマーク、ギリシャ、オランダ、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の6カ国が東南アジア友好協力条約(TAC)の加入文書に署名しました。
 TACは1976年にASEAN各国によって締結された条約で、武力の行使と武力による威嚇を条件なしに禁止しています。87年以降、東南アジア域外の国にも加入を開放。ASEAN事務局によれば、加入したのは計49カ国・機構(欧州連合)になります。🔳

 ロシアによるウクライナ侵略や、反作用のように叫ばれている軍事費倍増などの動きを見ていると、世界中が「軍事力のバランス」論が高まっているように勘違いしてしまうが、「武力の行使と武力による威嚇を条件なしに禁止する平和条約」こそがリアル世界で広がっている。

 確かに、「それでも侵略されたらどうするか」の議論はあるが、戦争を始めない外交こそが政治であり「知恵」「理性」だろう。そしてそれが、現実に拡がっている世界がここにある。
 戦争時の「報復」の議論に現を抜かすより、唯一の戦争被爆国ニッポンがTACに加入し、東アジア諸国に広める先頭に立つべき時ではないだろうか。
 TACを語ってTACをトレンドにしませんか。

 

2022年8月4日木曜日

あえて笑う

 友人の少し辛いニュースに接した。どうしても気分は落ち込む。
 こんな時、「成仏できていない先祖の霊がいる」みたいな話を聴くと、カルト教団に引き込まれることだろう。

 そこで、そんなときはできるだけ辛い話は無視をして、明るい話を探すことにしている。探せばこの世は辛い話と同じだけ、いやそれ以上に明るい話題もあるものだ。
 「顔で笑って心で泣いて」という言葉もある。SNSも怒ってばかりでは輪は広がらない。

 そんなもので、わが孫の凜ちゃんの笑顔を掲載して、自分自身を励ましている。




吉兆を逃すな

   法隆寺の玉虫厨子の例をあげるまでもなくタマムシはめでたい虫、吉兆虫である。
 だが孫の凜ちゃんはどうしたわけか昆虫がダメで、少々祖父ちゃんを寂しがらせている。

 わが家の庭に、すぐ横の街路樹からタマムシが飛んでくることがある。
 蛍狩りよろしく夫婦で「来た来た!」と声をあげて「鑑賞」している。孫の夏ちゃんが来ている時なら直ぐに捕りに行こうとするが、それほど簡単には捕まってはくれない。当たり前だ。庭を飛び回ってくれただけだがタマムシは吉兆虫、きっと好いことがある兆し。

 目の前の遊歩道を見ていると、低空飛行のタマムシが歩行者の顏前に飛んで行ったりしているときがある。
 そんな時、ほとんどの人はスズメバチにでも襲われたかのように驚いて逃げておられる。凜ちゃんではないが、それが「普通」のリアクションだろう。
 でも吉兆虫である。私は「あ~あ、吉兆を逃したな」と、少し意地悪な感想をもってそれを見ている。
 読者の皆様に好きことがありますように。

2022年8月3日水曜日

疫病退散

   南都の宗教などを見ていると、神仏分離よりも神仏習合の方が原点であって主流でなかったかと思う。
 東大寺大仏殿に設えられた茅の輪は明らかに神道の「水無月の大祓」であろう。

 元々は東大寺の解除会(げじょえ)の日の行事だったが、密を避けて人々がお詣りできるよう、今週末ぐらいまで設置されている。

 そういえば昨年はこのお詣りをせず病院通いを繰り返していたが、今年は・・・・。鰯の頭も信心から。私は是認している。再起動だ。

 宗教なんて観念のなせる業だと鼻で笑う人がいるが、そういう人に限って終活でお墓を用意済だというから観念というか意識や感情も馬鹿にできない。

 さて、日本的神仏習合で切り離せないのが自然への畏敬の念ではないかと思う。大自然に想定外などないというところから発想すれば人は素直になれる。
 「汚染水もコントロールできている(アンダーコントロール)」と言った安倍元首相はそういう日本の素朴な宗教心を忘れてカルトの教祖に傾倒してこの国の精神風土を徹底的に劣化させた。ほんとうの意味で自称保守の方々は目を覚まされる必要がありはしないか。

 あえて言うが、真の意味で良質の保守思想は日本共産党が体現している。


2022年8月2日火曜日

セミとキリギリス

   イソップの寓話が元々は「アリとセミ」だったのだが、ヨーロッパの北部にはセミがいないので、伝搬と翻訳の結果「アリとキリギリス」に改変されたということは先日記述したが、未明に近い早朝に散歩したりするとキリギリスが鳴いていて、真昼間から深夜まで鳴いているキリギリスこそ年中遊び惚けていたというあの寓話にぴったりだと感心していた。

 さて、写真はクマゼミを私にとまらせて孫の夏ちゃんが撮ったものだが、その鳴き声の大きさ比べでは数多の昆虫界の中で格段にセミが一番だと思う。元気なクマゼミのそれは、一匹でも人間に恐怖感を抱かせるに十分な声の(正しくは声ではないが)大きさだ。

 で、やっぱり「アリとセミ」が正解だと思ったりした。

 よく、ある種の難聴を「セミが鳴いているよう」と言われたりするが、この胸にとまったクマゼミの声ほどのものだとするとそれは耐えがたいものだろうと、以前からジーっと小さなセミを耳の奥で聴きながらそんな恐怖を思った。

2022年8月1日月曜日

炎昼そして五現業

 1)蝉が鳴く時間帯をシェアしているのは同種(例えばクマゼミならクマゼミ)同士の交尾の確立を高めるためであるという説を読んだことがあるが、蝉に聞いたわけでもないし正誤の程は判らない。
 ただ、主要なところでいえば、午前中のクマゼミと午後のアブラゼミ、朝夕のヒグラシなど鳴く時間がきっちり分かれているのは厳然たる事実で、炎昼つまり真昼間は時間が死んだような変な静寂がある。
 その静寂は人間の生活臭が消えている感じがして、夏季旅行に出かけられたのならめでたいが、もしかして誰か体調でも崩しておられないかと心配する。だが「どうですか」とわざわざ訪ねに伺うのも昨今は若干躊躇する。

   2)トンビの孫のタカから写真が届いた。先日の書道の表彰状の写真である。
 その賞状が『国立印刷局製』という。懐かしい言葉だ。私の馴染んでいた言葉でいえば『大蔵省印刷局』で、三公社五現業の五現業の内の一つだった。さて、三公社五現業が上手く思い出せるかと考えたが、アルコール専売がなかなか出てこなかった。
 旧社会党の強い公労協であったが、中曽根康弘の国鉄民営化で大きな打撃を受けた。
 それは同時に、公共交通の公共性を放棄することであり、以後ニッポンは自己責任で黙らせる格差社会になだれ込んでいった。

 孫の夏ちゃんのお祝い事と同時に、「印刷局」からそんな昔話を思い出した。