2020年12月31日木曜日

鳥の目

 時代の中の当事者はどうしても虫の目に偏って鳥の目で見えないことがある。

 1年前の2019年の参議院選挙では大阪選挙区でたつみコータローを通せなかったこともあり感情が沈みがちだが、野党共闘を縁の下で支えた結果、改憲勢力を3分の2以下に抑え込んだ。その後の安倍、菅政権の強権・暴走ぶりを見ると、あのとき野党共闘を選択していなければ今ごろ憲法9条は変質していたかもしれない。それが鳥の目の結論だろう。

   翻って2020年は、僅差とはいえ大阪市廃止住民投票の「反対」勝利がある。メディアは維新対自民のような画き方をしたが、正しくは草の根の市民運動の勝利と言えるし、その縁の下を支えた民主勢力の勝利であろう。

 言いたいことは、伯仲は間違いないが、微妙に持ちこたえて勝ち取った現状に安住してはならないが、正しく鳥の目で評価し自信を持つべきだと思う。

 2021年は総選挙が確定している。野党の中にも労働組合中央組織にも後ろ向きの動きも出てくるだろうが、勝負所は市民レベルの世論だと思う。コロナの状況が見通せるようになれば、そんな意見交流の場を是非とも実現したい。そして、SNSなどの発信力をもっと強めたい。そういう展望を胸に納めて2021年を迎えたい。

 この年も拙いブログを読んでいただいてありがとうございました。

2020年12月30日水曜日

気分は年末

   真綿色したシクラメンを出窓に置いていたら植木鉢の土の中からコバエが発生した。いろいろ試したが夏に使用した電撃殺虫ラケットが一番効果的だった。2020年、ささやかだが印象に残った買い物だった。電撃殺虫ラケット、エライ!
   明日から積雪があるかもしれないというので、年末の買い物(というほどのこともないが)を一応済ませ、玄関に注連縄と歳神様の依代(よりしろ)となる松を立てた。松は立てても立てなくても歳(時間)は万民公平にやってくるだろうが、同じ来るなら”よい歳”をもらいたいものだ。
   明日は大掃除やで!と妻に命じられている。いよいよ押し迫ってきた感じがする。庭に出ると臘梅(ろうばい)が爽やかに香っている。沈丁花も小さな蕾を準備している。春が少し向こうに佇んでいる。
 そんなもので少し浮かれて口ずさんでみた。

 〽雲にかくれた 小さな星は
  これが日本だ 私の国だ
  若い力を 体に感じて
  みんなで歩こう 長い道だが
  一つの道を 力のかぎり
  明日の世界を さがしに行こう
  (遠い世界に1969昭和44)

 この歌、大門実紀史さんが、
 〽だけど ぼくたち
  共産党がいる♪ と歌っていた。

2020年12月29日火曜日

野良の節句働き

   昨日は御用納め・仕事納めの日であった。上方のいろはかるたに「野良の節句働き」というのがあるが、御用納めは節句ではないが、大掃除など、まあイメージとしては節句に準ずるものだろう。

 現役の頃、ほんとうにそういう感じの人がいた。言い分はあるだろうが、私はそういう節句働きは性に合わなかった。仕事は御用納めの前日までに一区切りつけておくべきだと思っていた。

 そして現在だが、例えたような節句働きにならないようにするには、リスク、アクシデントを読み込んでおく必要がある。例えば原稿の締め切りだが、この歳になるといつ何どき体調を崩すか分からない。だとすると、「実は体調を崩しまして」という言い訳が必要にならないよう、締め切り日以前に十分に余裕をもって書き上げるしかない。そういう姿勢は原稿以外のことでも大切だと私は思っている。

 そもそも「アクシデントなんか起こるはずがない」と考える方がおかしい。というようなことを思いながら歳末近くになって、加湿器と乾燥機が立て続けに壊れた。どちらもすぐに手を打って、昨日中には買い替えた。マーフィーの法則かもしれないが、電気機器は歳末によく壊れる。アクシデントは起こる。

 年明けには退職者会会報の発行作業がある。時間がなかったとか体調を壊してとか言い訳をせずに悔いのない編集をしたい。この年末年始はそれが宿題だ。野良の節句働きはしたくない。

2020年12月28日月曜日

歳末の短詩あれこれ

   12月26日土曜日朝5時からのMBSラジオ『しあわせの五七五』という川柳の番組で、「真新しい手帳にまずは通院日」(作者は聞き逃した)には笑ったというか、そやそや!という同感。先日の私もそうだった。

 27日の朝日俳壇、「皇帝ダリア咲けば喪中の葉書来る(高萩市)小林紀彦」も、寂しいことだが、そやそや!

 同朝日歌壇、「コロナ禍で都会のまごこ帰省せず九十五歳がコンバインに乗る(安芸高田市)菊山正吏」は、私は農家ではないが情景はよく判る。そして、悲しいが可笑しい。

 もっと悲しいけれど、わかるわかる!というのは、「五ケ月は施設の母の記憶から私を消すに充分の時(伊万里市)大宅朋子」。義母は昨秋に亡くなった。そして今春から元入居していた施設は面会禁止になり、妻は「(逝ったのが)去年でよかった」と繰り返した。今年逝かれた人の晩年はどれほど辛かっただろうか。

 で私の一句、「山茶花や今年も白し空き屋敷」。私がこの地に引っ越してきた折に、庭の花々などを見ながらよく語り合った3~4人の先輩方はだいぶ以前からもうお見受けしない。こういう新興住宅街では、特に私の場合は隣の自治体の方々と交流していたので、お見受けしなくなったその理由はわからない。きっと、どこかに入居されたのだろう。それとも・・。

 駄句を捻った別の隣人のお宅では、元気でいらした方のご伴侶が亡くなり、ご夫君も程なくしてどこかに入居されたのだろうか家屋は空き家になってそのままである。別に荒れ果てた空き家ではないが、久しく人気のないままの塀越しに今冬も白い山茶花が美しい。それを見ているといろんな会話をしていた場面が思い出される。

2020年12月27日日曜日

追悼 なかにし礼

 作詞家のなかにし礼氏が亡くなった。26日朝5時からのMBSラジオでは氏の数々の作詞活動と同時に、強い反戦護憲の姿勢についても紹介されていたが、テレビとなるとどの局もほとんど触れていないようだった。そんなもので、氏を追悼して2019127日にアップしたブログ記事をそのまま再掲載する。なお、佐藤しのぶさんも他界されている。

 

   リメンバーヒロシマナガサキ(ジャケットは藤城清治)

   以前に妻から「YouTubeでリメンバーというのを探して」と言われて、私が「あんたの言うようなのはないよ」と言って来た経緯があるが、先日なかにし礼が作曲し佐藤しのぶが歌っているというので検索したら、20131112日の「リメンバーヒロシマナガサキCD発表記者会見」というのが出てきた。

 その動画の、なかにし礼の発言に思わず引き込まれ、結局1時間半の全てを視聴して感動した。

 なかにし礼の「これを書かずには死ねない」という風な気迫を感じた。

 私のこのブログの読者ならYouTube等で視聴できるだろうから是非ともアクセスしてほしい。

 歌詞は次のとおりである。 


 「リメンバー」      作詞・なかにし礼   

            作曲・鈴木キサブロー

 

この地球を宇宙からながめたら

美しい青い星だ

国境は引かれていない

 

今もどこかで戦争はつづいている

悲しみと山のような屍(しかばね)が折り重なって

戦争と核兵器のない 

 

 平和の実現を願う人は集まれ!

リメンバー ヒロシマ・ナガサキ

過ちは繰り返さない

 

 リメンバー ヒロシマ・ナガサキ

人間に英知と愛があるなら

愛と平和 自由を私たちにください

愛と平和 自由を私たちにください

 

遠くとも核なき世界を目指して

手を繋(つな)ぎ みんな歩きはじめよう

リメンバー ヒロシマ・ナガサキ

 

沈黙にさようならしよう

リメンバー ヒロシマ・ナガサキ

行動と勇気で生まれ変わろう 

愛と平和 自由を私たちにください


     歌わずに死ねぬプリマと詩人いて

2020年12月26日土曜日

古代仏教遺跡

   飛鳥時代という時代区分がある。広くとれば西暦592年から710年(平城京遷都)までの頃である。古墳時代が終わって寺院が誕生した時代。聖徳太子などの時代という風にイメージしていただくと凡そ間違いない。

 日本書紀によると崇峻元年(588)是歳条に飛鳥寺の建立が始まっている。そして596年に創立された飛鳥寺は710年の平城遷都に伴い現在の「なら町」に移り元興寺になった。元興寺の屋根裏に保管されていた建築部材は年輪測定の結果6世紀末に伐採されていて、飛鳥寺の移転説を強く補強している。さらに、明日寺出土の瓦と同じ瓦が、現在も元興寺の屋根の一部に葺かれている。奈良の街には古代が今もある。

 そんな、身近なようで身近でない古代の仏教遺跡を考古学の証拠を並べながら造営氏族を追い、結果として学会の定説の一部には「それは違う」と提起しているのがこの本である。

 例えば、明日香村小山の小字「キテラ」に寺の跡があり定説では小字名から紀氏の氏寺の紀寺とされている。そして紀寺の造営は続日本紀の記事から追いかけると670年(天智9)に建立されていたことが解る。ところがこの『紀寺跡』は藤原京の左京八条二坊に藤原京の条坊に沿って発掘されており、であれば、藤原京の造営計画が決まったとされる676年(天武5)以前に遡るのはおかしい。著者は、皇后のウノノヒメミコ(後の持統)の重病のために天武が本薬師寺を建てたが、その直後に天武自身が病に倒れたため、本薬師寺と東西対象の地に藤原不比等が建てた寺院であると、他の瓦の文様その他からそう指摘するのである。これは学会の定説に異議を申し立てる大胆な学説である。(検証の内容はここに紹介したような簡単なものでなく多角的で緻密なものである)

 こういう大胆な異議申し立てを数々の考古学的証拠をあげて証明しているこの本は、推理小説以上に刺激的である。

 考古学と文献史学を重ねながら古代の実像に迫るこういう本は、古代史だけでなく世の中のいろんな分野、いろんな課題を考える上でも参考になる。小笠原好彦著・吉川弘文館『検証 奈良の古代仏教遺跡』。

2020年12月25日金曜日

巣籠りの1年

 JCPサポーター事務局から、JCPサポーターまつりオンラインのために「2020年の思い出の写真」提供の呼びかけがあったので、アルバムを繰ってみて今さらながら驚いた。

   少し大人数で撮った写真は友人のお寺でみんなで行なった節分会までで、その後は、わが家周辺の風景などが中心で、人物というとファミリーの写真ばかりだった。私はほぼ1年間、巣籠りの優等生だった。

 私自身はそのようにGoToトラベルもGoToイートも利用しなかったが、私は利用した人々の気持ちが判る。10月20日の記事にこう書いた。

  ■ 先日、娘に連れられて、今年新築のなった奈良県コンベンションセンターの大屋根付き屋外広場の雑貨市とマルシェに行ってきた。屋外なので三密もないだろうと思って行ったのだが、結構混雑していて、自分たちのことは放っておいて「この混雑はなんだ」と驚いた(写真参照)。自粛自粛の巣ごもりで誰もが、近場で屋外でそしてちょっと賑やかなお出かけをして、うっ積していたもやもやを発散したかったのだろう。そう、ホモサピエンスは群れる動物だったと再認識をした。■

 その上に、人間は正常性バイアスを掛けて物事を認識するから、政府やマスコミがGoToナントカだと煽ると「きっと山は越えたに違いない」と行動し、結果として第3波が起ったのは間違いない。

 そんなもので、サポーターまつりにはスマホで撮った奈良の鹿を送っておいたが、あまり自信作とは言えない。

2020年12月24日木曜日

師走

   ミニコミ紙の発送が終わった。6ページ建てでそこそこ充実した新年号になったと思う。仲間がそれぞれの個性的な送付状を添えて郵送した。原稿を書いてくれた皆さんに感謝。

 師走の宿題としては、残るはOB会の新年号ということになる。

 さて、コロナ禍で密を避けようということでナントも寂しい1年が暮れようとしているが、終わりよければ全てよし、そう思って仲間と自分を褒めたい気持ちでいる。

 穿った見方だが、菅政権中枢など権力者はコロナ禍を歓迎しているような気がする。普通なら国会周辺が抗議の渦で埋まっているような悪政が助けられている?のだから。

 ならば、『#検察庁法改正に反対します。』の”ツイッターデモ”に学ぶSNSの出番だろう。求心力を発揮するような#を誰か提起してくれないだろうか。

 元に戻るがミニコミ紙に「SNSに挑戦した」貴重な経験談も寄せられた。その記事を読んで、意気に感じてくれる方が増えたらうれしい。

2020年12月23日水曜日

続ゆず湯

   冬至に花柚子ではあるが「ゆず湯」に入った。お風呂の中で花柚子を剥いて孫の凜ちゃんにあげたが、凜ちゃんは食べなかった。夏ちゃんなら文句なしに食べていただろうに。

 「お湯の中に浮いていた蜜柑は食べ物ではない」と本能的に判断したようだ。

 私も昔は「ゆずは皮を使用するもので実は食べない」という大前提というような先入観を持っていたが、夏ちゃんに教えられて身を食べてみると、相当酸っぱいが、中途半端な温州蜜柑よりは余程美味しい。

 というか、一般的にビタミンは免疫力を高める気がするから、コロナワクチン代わりにならないものだろうか。感覚的には効きそうな気がするが。

2020年12月22日火曜日

内田樹氏ブログ記事「独裁者とイエスマン」

  以下は内田樹先生のブログの100%コピー、転載である。内田先生はそれを「著作権法違反だ」などという野暮なことを言わない先生だから、堂々と転載する。私は先生の指摘に大いに頷くものである。

 ■独裁者とイエスマン■2020-10-30

   日本学術会議の新会員任命拒否に私はつよく反対する立場にある。それは私がこの問題で政府への抗議の先頭に立っている「安全保障関連法に反対する学者の会」の一員であるということからもご存じだと思うけれど、私は一人の学者としてと同時に、一人の国民として、それも愛国者としてこのような政府の動きに懸念と怒りを禁じ得ないでいる。その理路について述べる。

 任命拒否はどう考えても「政府に反対する学者は公的な承認や支援を期待できないことを覚悟しろ」という官邸からの恫喝である。政権に反対するものは統治の邪魔だからである。

「統治コストを最少化したい」というのは統治者からすれば当然のことである。だからその動機を私は(まったく賛成しないが)理解はできる。

 けれども、統治コストの最少化を優先すると長期的には国力は深く損なわれる。そのことは強く訴えなければならない。

 これまでも繰り返し述べてきた通り、 統治コストと国の復元力はゼロサムの関係にある。統治コストを最少化しようとすれば国力は衰え、国力が向上すると統治コストがかさむ。考えれば当たり前のことである。

 統治者は国力を向上させようと望むときはとりあえず国民を締め付ける手綱を緩めて好きなことをさせる。統制がとれなくなったら経済発展や文化的創造を犠牲にしても、国民たちを締め上げる。飴と鞭を使い分ける。そういうさじ加減は為政者には必須の能力であり、すぐれた政治家はこの緩急のつけ方についてのノウハウを熟知している。

 日本の場合、60~70年代の高度成長期は国力向上のために、国民に気前よく自由を譲り渡した時期である。「一億総中流」はそれによって実現した。おかげで私は10代20代をまことに気楽な環境の中で過ごすことができた。けれども、その時期は同時に市民運動、労働運動、学生運動の絶頂期であり、革新自治体が日本全土に生まれ、あきらかに中央政府のグリップは緩んでいた。その後、バブル期が訪れたが、このときは日本人全員が金儲けに熱中していた。たしかに社会規範は緩み切っていたけれど、とにかく「金が欲しい」というだけだったので、市民の政治意識は希薄だった。足元に札束が落ちているときに、「坂の上の雲」を見上げるやつはいない。

 そして、バブルが終わって、日本が貧しくなると、政治意識はさらに希薄化した。

 ふつうは中産階級が没落して、階層の二極化が進み、貧困層が増えると、社会情勢は流動化し、反政府的な機運が醸成され、統治が困難になるはずだけれども、日本はそうならなかった。市民たちはあっさりと政治的関心を失ってしまったのである。「自分たちが何をして政治は変わらない」という無力感に蝕まれた蒼ざめた市民たちほど統治し易い存在はない。そのことを7年8カ月におよぶ安倍政権は私たちに教えてくれた。

 なんだ、簡単なことだったんじゃないか。統治者たちはそれに気がついた。

 統治コストを最少化したければ、市民たちを貧困化させ、無権利状態に置けばよいのだ。マルクスやレーニンはそれによって「鉄鎖の他に失うべきものを持たない」プロレタリアート的階級意識が形成され、彼らが蜂起して、革命闘争を領導するだろうと予言したけれど、そんなことはイギリスでもフランスでもアメリカでも起きなかった。もちろん日本でも。

 市民を無力化すれば、市民は無力になる。わかりやすい同語反復である。無力化した市民たちはもう何か新しいものを創造する力がない。ただ、上位者の命令に機械的に従うだけである。当然、総合的な国力は低下し、やがて一握りの超富裕層=特権層と、それにおもねるイエスマンの官僚・ジャーナリスト・学者、その下に圧倒的多数の無権利状態の労働者という三層で構成される典型的な「後進国」の風景が展開することになる。

 今の日本は「独裁者とイエスマン」だけで形成される組織に向かっている。少なくとも、官邸は日本中のすべての組織をそのようなものに改鋳しようと決心している。そういう組織なら、トップの指示が末端まで遅滞なく伝達され、ただちに物質化される。どこかで「これは間違い」と止められたり、「できません」と突き返されたりすることが起こらない。たいへん効率的である。

 だが、この組織には致命的な欠点がある。創造力がないこと、そして復元力がないことである。

「独裁者とイエスマン」だけから成る組織では、トップは無謬であることが前提になっている。だから、メンバーにはシステムの欠陥を補正することも、失敗事例を精査することも許されない。システムのトラブルというのは、同時多発的にシステムの各所が不調になることである。そういうトラブルは、トラブルの予兆を感じたときに自己判断で予防措置をとれる人間、トラブルが起きた瞬間に自己裁量で最適な処置をできる人間たちをシステムの要所にあらかじめ配置しておかないと対処できない。けれども、「独裁者とイエスマン」の組織では、それができない。トップが無謬であることを前提にして制度設計されているシステムでは、そもそもトラブルが起きるはずがないので、トラブルを自己裁量で処理できるような人間を育成する必要がない。だから、「何も問題はありません」と言い続けているうちにシステムが瓦解する。

 トラブルが致命的なものになるのを回避し、崩れかけたシステムを復元するのは、トップとは異なるアジェンダを掲げ、トップとは異なる「ものさし」でものごとを価値や意味を衡量することのできる者たち、すなわち「異端者」の仕事である。

 けれども、「独裁者とイエスマン」から成るシステムはそのような異物の混入を許さない。

 たしかに、短期的・効率的なシステム運営を優先するなら「独裁者とイエスマン」は合理的な解である。しかし、長いタイムスパンで組織の存続とメンバーたちの安寧を考慮するならば、異物を含む組織の方が安全である。

 異物を含む組織は統率がむずかしい。合意形成に手間暇がかかる。

 だから、安全保障のために異物を包摂したシステムを管理運営するためには、成員たちに市民的成熟が求められる。「大人」が一定数いないと堅牢で復元力のある組織は回せないということである。だから、異物を含むシステムでは、成員たちに向かって「お願いだから大人になってくれ」という懇請が制度的になされることになる。

「独裁者とイエスマン」の組織では成員が未熟で無力であることが望ましい。それが統治コストの最少化をもたらすからである。

 今の日本社会では、統治者のみならず、市民たちまでもが「統治者目線」で「統治コストの最少化こそが最優先課題だ」と信じて、そう口にもしている。それは言い換えると「私たちを未熟で無力のままにとどめおくシステムが望ましい」と言っているということである。

 彼らは「大人が一定数いないと回らないシステム」は「統治コストを高騰させる」と思っているので(事実そうなのだが)、「大人がいなくても回せるシステム」への切り替えをうるさく要求する。「対話だの調停だの面倒なんだよ。トップが全部決めて、下はそれに従うだけの組織の方が楽でいい。」それが今の日本人の多数意見である。

 今、行政も、営利企業も、学校も、日本中のあらゆる組織が「管理コスト最少化」に血眼になっているのは、そのためである。「独裁者とイエスマン」の国はそういう日本人の多数派の願望がもたらしたものである。

 たしかにそういう国は統治し易いだろう。市民たちは何も考えず、鼓腹撃壌して、幼児のままで暮らすことができる。けれども、そのような国は長くは生きられない。それは歴史が教える通りである。

2020年12月21日月曜日

ゆず湯

   本物の柚子ではないが花柚子が庭に植わっている。何時どうして植えたのか記憶は定かでない。本物の柚子ではないが、同じように好い香りがするので、ちょっと料理に加えたりして重宝である。もちろん冬至の柚子湯にも使えるので昨年まではご近所に配っていたが、今年はこっそり取り止めている。

 理由は孫の夏ちゃんがこれが大好きで、温州蜜柑のように食べるからで、時々来てはどっさり採って帰るから、そのときのために残しておかなければならない。

 冬至のことを一陽来復という。先輩に名を「一陽」さんという方がおられたので、特にこの四文字熟語は頭に叩き込まれている。淵源である易経では冬至の意味はないらしいが、夏至から徐々に深まって来た陰が極まって陽に復するという援用・連想は非常にわかりやすい。

 チコちゃん流に言えば「ハロウィンだといってカボチャを飾るのに冬至に南京を食べない日本人のなんと多いことか」と叱られそうだが、わが家は今夜はしっかりと南京をいただくことになっている。

2020年12月20日日曜日

必死のパッチ

 ユニクロへヒートテックのパッチを買いに行った。しかし売っていなかった。どこかの時点で私は世間というものに追い抜かれたらしい。取り残されたらしい。その種のモノは全てタイツであった。

   少し違うのである。私はタイツが欲しいのではない。夏のステテコの冬版というか、7分ぐらいのピッタリはしていないものが欲しいのである。(普通にはタイツを少し野暮ったくしたパッチもあるにはあるのだが)

 なのでイオンの普通の肌着売り場に行った。ホンの少々それはあったが、圧倒的にはタイツであった。そこで意を決してタイツに宗旨替えをして購入して帰った。

 ところが穿く段になってさらに私は驚いた。「社会の窓」がないのである。えええ・・・。

 これはどういうことなのだろうか。小も「考える人」でいけということか、ベルトを外してずり下げよということか。しかし、堂々とそれが売られているということは、それが世間の常識なのだろうか。ちょっとしたカルチャーショックを受けた。

 そこでネットでユニクロを繰ってみた。もちろん「パッチ」ではヒットしなかったが、ナント「ヒートテックステテコ(前開き)」というのがあった。で、即注文した。

 ユニクロ上層部にはタイガースファンはいないらしい。おれば矢野監督の「必死のパッチ」を知ったはずである。しかし、世間はいつの間にか私を追い抜いたらしい。私は世間に取り残された「老人」らしい。

2020年12月19日土曜日

臘月(ろうげつ)

 

   季節が季節どおりにやってくることを祈る「風雨順時」という言葉がある。唐詩選にも有名な「年年歳歳花相似たり」という名句が出てくるが、その句は続けて「歳歳年年人同じからず」と述べ、歌い出しには「明年花開いて復た誰か在る」というのだから的確すぎて言葉もない。

 先日来所謂喪中はがきが届いた。中でも友人本人のそれを知らせるご伴侶様のはがきも辛い。12月は寂しい月である。

 ロウバイの花が開き始めた。まるで蝋細工のように透き通った花だから蝋梅という説もあるが、わが家の庭のそれは几帳面に12月に咲き始めるので、臘月に咲くから臘梅という説を私は採っている。ちなみに辞書によると、臘とは古代中国の年末の祭祀の名前で、冬至の後、第三の戌(いぬ)の日に、猟のえものの獣肉を供えて先祖百神をまつる祭というらしい。

 歳をとってウインタースポーツとも縁遠くなってからは、私は特に冬が苦手になっている。木枯らしが吹こうものなら自分は屋内にいるにもかかわらず、その音を聞くだけで陰鬱になる。そんな心的に重い季節であるにもかかわらず、庭には場違いで爽やかな香りが漂っている。臘梅である。そんなとき私は呪文のように「冬来たりなば春遠からじ」と呟いて自分を慰める。ブログではこの香りをお届けできないのが惜しい。

 投函した賀状には小さく「春信」(春のたより)と書いた。

2020年12月18日金曜日

検索の力

 スマホが当たり前の時代になった。解らない言葉や物事がパッパッと検索できる時代になった。これも情報化社会の一部分というものだろうか。

 きっと、そういう検索機能で私のブログを見つけられたのであろう。サンデー毎日のライターから私に取材協力の要請があった。テーマは「メートル法制定100年の日本」ということで尺貫法廃止当時の事情を知りたいということだ。


   私はこのブログで、2012年12月12日に実母の遺品から鯨尺の物差しが出てきたこと、2016年7月14日に永六輔さんの尺貫法復権運動の思い出を書いたから、きっとそれが検索でヒットしたのだろう。

 残念ながら和裁にも建築等にも縁遠い私には、取材テーマにお応えできる経験談がなく、丁寧にお断りをした。

 私の好きな古代史でいうと、四天王寺西門の少し北に『金剛組』がある。現存する世界最古の企業である。西暦578年、飛鳥時代に四天王寺の建立のために百済から招聘された金剛重光によって創業され、その後四天王寺のお抱え大工集団として続いてきた。

 そういう飛鳥、藤原時代に少なくない仏教寺院が建てられ、多くが廃寺となっている。その遺跡を発掘すると建立当時の尺(物差し)が判り、それによってどういう系統の大工集団であったかがわかる。私の知っている範囲はその程度である。

 それにしてもネットの力はすごい。なので、和州の大仏と土佐の鯨はどちらが大きいかは私の元の記事を読むかネットを検索してもらいたい。

2020年12月17日木曜日

ガースーがザンギで

   14日にGoToトラベルの全国一斉停止を発表した直後、菅首相や二階幹事長ら重症化リスクの高い高齢者8人ほどが、銀座の高級ステーキ店で忘年会を行ったニュースが話題になっているが、妻はそのメンバーに杉良太郎氏が入っていたことに怒っている。

私はホークスの王貞治会長がいたことに怒りはしないが、すぐに福本豊氏を思い出した。王貞治氏の受賞から始まった国民栄誉賞受賞話の際、「そんなもんもろたら、立ちションもできんようになるわ」と固辞した福本豊は漢だったと。

政治評論家たちを丸め込むための酒食の提供で、杉氏や王氏はいわばホステス代わりだったのだろうから、自分が客寄せパンダになる可能性のある人間には矜持が必要でないか。

ホステスというと、先月に首相がマスク会食を国民に呼びかけた日に荻生田文科相が芸者同伴の接待宴会に参加していた。「芸者は料理を食べないから大人数ではない」などという言い訳を文科相がいうのだから現場の先生方はなんと子どもたちを教えればいいのだろう。

いずれも、国民には不要不急の外出は控えろ、10時や果ては9時以降酒を飲める店は閉じろ、少人数で、マスクを着けて‥などといいながら、彼らは「隗より始めよ」の故事成語を知らないのか。

医療崩壊が始まっていると言われている中で必死になって努力している医療従事者やコロナリスクの高い現場で働く人々に対して失礼だと思わないのだろうか。

マスコミもマスコミで、元NEWSの手越祐也が緊急事態宣言下で飲み会に参加していたとき、石田純一がコロナから回復したあとに飲み会に参加していたとき、どれだけ猛バッシングを浴びせていたか。マスコミは巨悪を叩くものではないのか。

このブログの125日の『隠岐さや香氏のパリ・レポート』に引用したとおり、《欧州全体を大まかに観察する限り、緑の党やフェミニスト的な左派はロックダウンを受け入れるムードであり、経済自由主義的な右派はそれを「自由の侵害」と捉える傾向が目立った。左派は基本的に、未知のウイルスを通じて自分が他人を、あるいは他人が自分に害をなさざるをえない状況を避けるために、己の自由への制限を受け入れたのである。対して、経済自由主義的右派は、どちらかといえば弱肉強食の市場競争のための「自由」に肯定的で、経済活動全般に対する規制には否定的な傾向がある》

この時代は、人間の本性が見えてくる。

2020年12月16日水曜日

弁証法的世界観

 15日付け赤旗に鰺坂真先生の『ヘーゲル生誕250周年に寄せて』という寄稿が掲載されていた。

   印象に残ったホンのひとつまみの部分を紹介すると、ヘーゲルは終生フランス革命を「理性の夜明けだ」と考えていた。ヘーゲルは弁証法的世界観の最初の最も包括的な叙述を試みた。しかしヘーゲルは「絶対理念」という観念的実体が自己実現していくという観念論体系として叙述した。ヘーゲルの弁証法の合理的な核心を唯物論的に改造したのがマルクスとエンゲルスだ。後にヒトラーのファシズムの源流はヘーゲルだとする誤解が広まったが、ファシズムの源流は「反理性主義」だ。ヘーゲル哲学は再評価されるべきだ。・・というものだった。

 はやぶさ2が小惑星の砂を見事に持ち帰った今日でも、頭の上には天国があるだとか、世界は神が造っただとか、地球も社会も不変だとかという論があるが、ヘーゲル先生は笑われているに違いない。

 10年以上前の本だが『マルクスは生きている』平凡社新書の中で不破哲三氏はこう述べている。 ■ マルクス、エンゲルスは弁証法の方法の最も中心的な内容として次の諸点を重視した。

 自然と社会の全ての現象を、不動な固定的なものとしてとらえる立場をしりぞけ、それらをたえまない変化と運動、なかでも前進的な発展の流れの中でとらえること。

 全ての事物、全ての現象を、孤立したものではなく諸事物、諸現象の全般的な連関の網の目のなかでとらえ、一見バラバラに見える事象のあいだのどんな連関も見逃さないこと。

 自然と社会の発展の過程には、多くの対立や矛盾、主流と逆流などが必然的にふくまれているものであり、さまざまな事象を一面からだけ見る単純化は警戒しなければならないこと。

 自然でも社会でも、その発展過程の分析にあたって、量的発展と質的発展のあいだの相互転化、否定の否定、対立物の統一と闘争(あるいは相互転化)などの諸法則とその現れを注意して追跡すること。これらの法則は、事物の運動と発展の重要な特徴をなしているから。■

 長くなるので止めるが、不破氏は日本のノーベル賞受賞者の中で素粒子論の物理学者が一番多い理由として、日本の素粒子研究の中に、唯物論と弁証法の力強い流れがあったからだと詳しく説明しているところなどは面白い。

 高校生のとき、学校の図書館で弁証法の分厚い本を読んだことが懐かしい。

2020年12月15日火曜日

事始め

   13日は『事始め』でお正月の準備を始める日と言われている。そんなもので、まず掛け軸を正月用に掛け替え、年賀状の通信面の印刷を行い、個人的に恒例としている箸紙(祝箸の箸袋を関西では箸紙という)の製作を行った。

 これは関西(上方(かみがた))では元来、下から箸を入れる形であったが、最近は何もかもが東京風になって上から箸を入れる形のものしか売っていないので自作するのを恒例としている。また自作だと、単なる「寿」の外にいろんなバリエーションを創作できるのも楽しい。 

 「最近は」と書いたが、大正の終わりから昭和の初めころの大阪の食生活を記録した、農文協「日本の食生活全集㉗」『大阪の食事』の再現写真(1989~1990)では「上から入れる箸紙」も写っているから、30年程前(1989~1990)から「上から入れる箸紙」が相当進出して来ているような気がする。

 箸紙の氏名を書く欄のことだが、ほとんどの本によると、お節料理の取り箸・共用箸について「東京では海山(うみやま)と書き、関西では組重(くみじゅう)と書く」と書かれているが、わが家ではそう(組重)ではなかった。私見だが「組重」は京都のならわしではないだろうか。ただ手に入れた古本の「年中事物考」には、明治大正の東京で、お重そのもののことを「組重(くみつけ)」というように読める箇所もある。それ以上のことは解らない。

 さて、何故今まで開かなかったのだろうと反省しつつ、愛用している牧村史陽編「大阪ことば事典」を紐解いたところナント!そこでは「海山」とあった。このかぎりでは、大阪のそれは京都よりも東京と共通していたように読める。少なくとも「関西では組重」説は「大阪ことば事典」とは一致していない。私は「大阪ことば事典」を重く見たい。

 さて今年の創作箸紙だが、普通一般に「寿」であるところに「春信(しゅんしん)」と書いてみた。春の便りである。そして万葉集の「石走る垂水(たるみ)の上のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも」の一首と早蕨(さわらび)の写真を添えてみた。早く「外出自粛」など気にせず春の空気を胸いっぱい吸い込みたいものである。そんな願いを込めて・・。

 パンデミックの恐怖と拝金主義者による政治の無策の下で、如何にも無駄の塊のような一日であったが、はしょって言えば文化などというものはそういうものではないだろうか。「他者との共存」の時代と言われるが、自画像が判らなくては対話にもならない。芭蕉の「笈の小文」の一節を意訳すれば、「移り変わる自然の変化に自らを委ねるとき、見えるものすべてが花となり、思い浮かべるものすべてが月になる。そうしてはじめて人は人でありうる」。年中行事は無駄ではあろうが日本列島人の自画像・文化なのではないだろうか。

2020年12月14日月曜日

Go To と正常性バイアス

   「正常性バイアス」が語られてから久しいので周知の話ではあるが、念のため復習しておけば、それは心理学で使用される用語であって、人が予期しない事態に直面したとき「ありえない」という思い込み(バイアス)が働き、起きている事態を正常な範囲だと自動的に考えてしまう心の働きのことである。

 もしかしたら、「悪い可能性を語ったりしたらよくない結果になるかもしれない」という言霊思想も裏にあって、経験したこともない非常事態であるにもかかわらず、「心配ない」と信じたい要因を過度に取り入れて、「自分に大きな危険がふりかかるわけがない」「他人に大きな危険を与えるわけがない」と思い込むことでもあろう。人は「都合の悪い情報」を無視するものなのである。

 新型コロナでいえば、「インフルエンザの死亡者数に比べてたいしたことがない」「アジア人はかかりにくい」そして何よりも「政府がGo To を推奨したのだから山は越した」というような、冷静に考えれば科学的でも何でもない「言霊」に吸い寄せられて・・・今の医療崩壊の一要因を作ったのではないだろうか。もちろん、主要な原因が新自由主義を妄信する政府や少なくない自治体の政治にあることは言うまでもないが、ひとり一人の市民が「自分は今正常性バイアスで見ていないか」と自問することも大事な気がする。

   こんなことを言うと一般市民を馬鹿にしているのかと叱られるが、世論というものは往々にして正常性バイアスに誘導されるような気がする。となれば、それを織り込み済みで政治はメッセージを発信しなければならず、メディアは言葉を慎重に選択しなければならない。それはノブレス・オブリージュではないが、それだけの影響力のある立場の責任である。

 そういう意味で、ウイルスは自然災害だが医療崩壊は人災である。特に大阪の状況は維新による人災と言って間違いない。

2020年12月13日日曜日

人生意気に感じる

   梅棹忠夫氏の言葉の伝聞の伝聞の伝聞みたいに「人間、ええ歳になったなら、請われれば一差し舞える人物になれ」という趣旨の記事を以前に書いたが、先日、OB会の会報新年号の原稿依頼文書にその言葉を引用して、「一差しをお願いします」と入れた。

 嬉しいことに、「一差し舞ってみました」という添え書きの原稿が届いたり、明らかに「一差し舞ってくれた」原稿が届いた。当方のお願いの言葉(心)を正面から受け止めてくれたのだ。漢(おとこ)であり漢女(おとめ)である。

 「人生意気に感じる」という言葉もあるが、歳をとると言いたくなる理屈や経験談よりも、意気に感じる感性を忘れないことが大切ではないだろうか。

 コロナ下で巣籠を続けていると共感力や感性が鈍ってくる気がするが、パソコンに飛び込んでくる原稿に日々心が洗われている。

 毎日「誰かから届いていないか」とワクワクしてパソコンを開いている。「おおきに、おおきに」と嬉しい日もあるし、締め切り期日近いのに反応が見えない友人に少し萎えたりしている。

 私は子供たちに、「参加者よりも主催者になる方が楽しい」と教えてきたが、小さな会報の編集作業だがそんな気がする。

2020年12月12日土曜日

百舌勘定

   テレビでお笑い芸人が「その世界では、芸歴の先輩が食事代などを全て支払う(奢る)のが不文律」というような楽屋話を披露していた。

 どんな世界でもそれに近い不文律はあるだろうが、私はそこそこの大人同士では割り勘を原則とし、若い人には割り勘でなくても減免した額をしるし程度でも貰うようにしていた。

 その心は、後輩たちには「飲食にタダはない」という意識を習慣づけてもらいたかったためである。

 それに、酒好きの上司がよく部下を連れて行っていたのだが、ある時ふっと「誰それはよく飲ましてやっているのにどうも・・」というように愚痴ったことがあった。部下はどちらかというと「断るのも悪い」と思って無理して付き合っていたのを上司は「飲ましてやった」となっていた。ああ、そんなものである。

 桜を見る会ではないが、タダ同然で飲食を振舞い、それを享受するのは不純である。割り勘できっちり会費を支払うのが精神衛生上もよろしい。

 その昔、百舌鳥と鳩と鴫が料理屋で御馳走を食べた。お勘定は15文だったが、百舌鳥は鳩に8文、鴫に7文出させて逃げてしまった。お勘定の頃になるといなくなっていたり、わざともたもたしてごまかす。そういうのを「百舌勘定」というと広辞苑にも載っている。

 飲食でなくても、何らかの会場で「後片付け」になるとスーッといなくなるのも「百舌勘定」のような気がする。

 言い伝えや昔話では百舌鳥は悪役が多い。私の育った堺には百舌鳥という地名があり、その地に大山古墳(いわゆる仁徳天皇陵)もあって親しみもあるのだが、大阪府の「府県鳥」の百舌鳥が「百舌勘定」のことわざと重なるのは辛い。

 「都構想」だとか「広域一元化」だとか言って、結局大阪市だけに金を出させる大阪維新府政とことわざが重なってしまう。

2020年12月11日金曜日

パタゴニアエビ

   昔「エビやカニは海の中にいる虫やから食べない」という先輩がいたが、テレビで東南アジアの市場で食材としてセミやタガメが売られているのが紹介され、日本の俳優などが「エビみたいな味だ」と感想を述べているのを見ると、逆説的に「エビやカニは海の中にいる虫」説に拍手を送りたい気になる。

 日本が飽食の時代だったころ(今もそうかもしれないが)、そしてベトナム戦争の記憶が皆の常識であったころ、テレビが日本企業が進めるベトナムの大規模なエビの養殖を追いかけて、薬剤の散布などで海が汚染されていく問題を告発していた折、大量のエビが現地の低賃金労働者によって頭を取るなどの作業を経て日本に送られて、夕刻には住民が「残った」頭だけを食材として買い求めているシーンがあった。

 番組の流れとしては、飽食のニッポン、頭しか食べられないベトナム、これでいいのか?というトーンであった。しかしインタビューに答えた主婦は「エビは頭の方が美味しいの」(言外に「不味い方の身だけを高いお金で買っていく日本人は変」)と言ったので、私はひっくり返ってしまった。正解である。通である。

 近頃スーパーにアルゼンチン赤エビというのが廉価でよく出ている。ボタン海老のような濃厚さには欠けるが、値段に比べれば結構楽しめる。有頭で比較的大きいから調理したときに見栄えもする。アルゼンチンが東南アジアのように大規模な養殖を始めたのかと思ったが養殖ではなく、深海で漁獲するらしいからある意味身の柔らかい(味が薄い)のも納得できる。しかし、マグロのように世界中の海を日本が荒していないかとも心配する。私個人としてはアルゼンチン赤エビという名前よりも別名のパタゴニアエビにしてくれた方がよい。

 先日シーフードの料理用に買ってきて美味しく戴いた。ただ今回は頭は取ってフライパンで軽く空焼きにして、その頭で味噌汁を作った。答えはメーンの料理に引けを取らない一品になった。あの日のベトナムの主婦の言うとおりであった。

2020年12月10日木曜日

雑煮の楽しい記事

   9日付け赤旗「くらし・家庭」欄に日本調理科学会・甲南女子大学准教授東根裕子氏の「地域ごと多様な正月雑煮」という楽しい記事があった。雑煮の多様性・地域性は現住所というよりも各家庭(夫と妻)のルーツが垣間見られて興味がある。

 事実、娘のお婿さんは愛知県の出身なのだが、その実家の雑煮は掲載されている「雑煮文化圏マップ」の「たまりじょうゆ文化」ではなく「すまし汁」だというから、ご両親の中国・四国ルーツが納得できる。

 私の雑煮は同マップでいうと「丸もち・煮る」「白みそ」の大阪せんばのそれであるが、妻は掲載した写真の左上にある「丸もち・焼く」「赤味噌でない味噌」(記事では白みそ)プラス「きな粉を添える」の奈良独特のそれである。

 さらに記事では「きな粉はその色から豊作を意味しているそうです」とあったが、当の妻は「へ~、そうなん」と言っている。こういう理屈は後付けで「甘味こそが御馳走」という素朴な文化かも知れないし、反対に各家庭にはわざわざ由緒など伝わらないことなのかもしれない。「きな粉=豊作」説の根拠を知りたいものである。

 ともあれ、明石家さんまさんがテレビで「きな粉大好き」と公言しているが、きっとこの奈良の雑煮文化の影響ではないかと推測している。

 現代のわが家では、「丸もち・煮る」「白みそ」「きな粉を添える」の大阪・奈良ハイブリッドとなっている。伝統文化重視という意味ではそれはどうかという意見もあるだろうが、郷土料理の料亭は別にして、ルーツの異なる両性によって生まれる各家庭は、変化する方が普通なのではないだろうか。事実、私は「大阪の子」という意識があるが、子どもたち二人は文句なく「奈良の子」だと自称している。「存在が意識を規定する」のだ。

 最後に一言、記事には「大阪では高齢者が食べやすいようにと、うるち米を入れてついたもちを使い」とあるが、70何年生きてきてそんな雑煮の事実を私は知らない。(うるち米入りの餅を知らないわけではないが)これこそこの説の根拠を知りたい。

2020年12月9日水曜日

THEMANZAI

 友人たちの中には「もうテレビは見ていない」という人もいる。そこまでは言わないが私もあまり見ていない。だから12月6日の関西テレビ(フジテレビ)の『THEMANNZAI2020マスターズ』というのも見ていない。ところが奇特な人もいるものでフェイスブックでウーマンラッシュアワーの文字起こしをしてくれた小原美由紀という人がいる。YouTubeにもあったから一部欠落もあるが、なかなか面白い。ということで以下にシェアさせていただいた。

中川「どうもー ウーマンラッシュアワーで~す。」

村本「お客さんちょっと若いのでね。今日は桜を見る会の話をしましょう」

中川「いや、興味ないやろ」

村本「興味ないからああいうことになってるんでね」

中川「確かにね」

村本「桜を見る会って言うのは前回の安倍政権がですね。国の文書、公文書っていうのをシュレッダーにかけてしまったわけです。参加者の名簿をシュレッダーにかけたわけです。多くの国民は怒りましたね。

でも、それを一生懸命かばう奴らがいるわけ。安倍政権の支持者が一生懸命かばうわけですよ。それぐらいいいじゃないかと。許してやれと。彼らはもう、安倍政権のことを信じてるから。彼らが公文書を改ざんしようが、シュレッダーにかけようが、一生懸命かばうわけなんですね。

そいつらが、俺のことが嫌いで。俺が普段から安倍政権のことうわーっと言ってるから、俺のことが嫌いで。SNSで攻撃を仕掛けてくるのは、そいつらなんですよ。このまえもSNSぱっと見たらですね、「村本、地獄へ行け」みたいなのね、書いてあるわけですよ。

俺思ったわけ。地獄っつうのは、Go Toの対象ですかと。」

  (爆笑 拍手)

村本「対象じゃないですか? Go Toで地獄へ行くのは税金使われないの?絶対使われますよ。だって中曽根さんのね、葬式が1億円の税金使われたから、あの世は 絶対Go Toの対象だと私思うんですよ。」

中川「ない、ないない。」

村本「こんなこと、この前Twitterでけんかして、書いてたんですね。それでめんどくさかったから、Twitter削除して、消したんですよ。なんて言われたと思います?

『村本がTwitter削除して逃げやがった』っていうんです。

ちょっと待ってくださいよ、

安倍政権が公文書をシュレッダーかけたことは許して、お笑い芸人がTwitterを削除したことは許せないと。」

中川「確かに。」

村本「も一回だけ言わせてください。

安倍政権が公文書をシュレッダーかけたことは許して、いちお笑い芸人がTwitterを削除したことは許せない。

もう一回だけ言わせてください。」

中川「まだ言うん!」

村本「安倍政権が公文書をシュレッダーかけたことは許して、お笑い芸人がTwitterを削除したことは許せない。」

中川「まぁまぁ」

村本「わかったことは一個だけ!俺のTwitterは、公文書よりも上だ!!」

   (拍手)

村本「もうすぐ10年ですよね。

東日本大震災から10年経ちますね。」

中川「そんな経つ」

村本「もう日本中、あちこち被災地だらけで。

テレビってのは卑怯なもんで、新しい被災地ばかり取り上げて、前までの被災地は取り上げないから、ほぼ復興したかのようになってるわけじゃないですか。

僕、いろんな被災地に行くんですが、この前被災者の人と会って、お酒を飲んでたんですね。なにか不満はありますか?って聴いたんですよ。

そしたら彼らは、こう言うんです。『やってもらってるだけありがたい』っていうんですよ。ね。そんなわけないじゃないですか。絶対、不満があるわけですよ。

僕はがんがん酒を飲ませて、ホントは?ホントは?ホントは?と酒を飲ませまくりました。

それから2時間くらい経ったときです。彼らが急に言いました。

『ぶっちゃけ、言っていいですか!?』と。『最近、こんな救援物資はいやだ、と言うランキングをつけてます』と。

中川「どんなランキングや」

村本「いいーね!と。最高じゃないかと。今日、彼らの声を持ってきましたから。こんな救援物資はいやだという 彼らから聞いたランキング。聞いてもらっていいですか?

まず、千羽鶴はいらないと言ってました!

中川「いやーいやいや、困るわ~」

村本「千羽鶴はマジいらない。1人からだったら千羽。2人からだったら2千羽。全国各地から何十万羽の鶴が送られてくる。

こんなに恩返しはできない!と言っていました。」

中川「いや、うまいこというねぇ」

村本「あと、段ボール開けたら、お面みたいな。謎の部族のお面みたいなのが入ってたんですって。

『私たち、これをどこでかぶればいいんですか?』と。『被災地にカメラが回ったときに自分の顔が映りたくない時にこれをかぶればいいんですか?』って。

彼らからもらった最高の名言を、今日は全国のみなさんに捧げましょう!

『そっちで要らないものは、こっちでも要らない』!!」

中川「いや、その通りよ」

村本「この前ねぇ~。麻生太郎が言ってましたよ。政治に若者が無関心だと悪いように言うけども。政治に無関心なことは悪いことじゃないと。

例えばね、アフガニスタンなどに行って、地雷を踏んで、命を落として、それで初めて政治に対して関心がでる、みたいなことを言ってますね。この国では地雷を踏むことはないから、政治に無関心でもいい、みたいなことを言ってましたね。

そこで思ったんですね、

ちょっと待ってくれ。確かに地雷を踏んではないけど、

福島では原発事故で故郷を奪われた人がたくさんいるし、

沖縄なんかではね、基地をいっぱい押しつけられて、静かな空とか青い海とか、人間関係を壊された人がいっぱいいるわけですね。

朝鮮学校のこどもたちはですね、自分たちのルーツを学ぶという当たり前の教育の権利すら奪われ続けている。

彼女たちは、ずーっと声をあげ続けているんですが、声を上げ続けても、みなさんが無関心だったら、彼らの声はずーっと聴き取れないまま。ずっと、泣き声を放置するままじゃないですか。

私は気づきましたよ。

日本のこと 平和って言いますが、平和ってなんだ、っていったら 彼らの声を聴かないことですよ。

聞かないから平和を実感できるわけですよ。

無視すりゃぜんぶ平和ですよ。

だから、その泣き声っていうのは、ここに持って来なきゃいけない。芸人が持ってこなきゃならない。

これニュースキャスターじゃだめ。政治家じゃだめ。彼らは悲しい話を悲しいようにしか伝えないから。

お笑い芸人は悲しい話もこうやって伝えることができる、笑いにすることができる。痛みに触れて和らぐことができるわけですよ。だからお笑い芸人ていうのはここに持ってこなきゃいけないんですよ。もっともっとここに持ちこまないといけないわけなんですよ。

まぁ、こんなことバーーーっとしゃべっていたら、

『そんなに日本がいやなんだったら、とっとと日本から出てけ!』っていわれるんですよ。

わかりましたと。私が仮に日本を出て、アメリカでもどこでも行くとしましょう。

そしたらアメリカ人はたぶんこう言うんじゃないですか?

「そっちで要らないものは、こっちでも要らない!!」

  (爆笑 拍手)

中川「いや、しっかりまとめたな!」

村本「最後に、フジテレビ、絶対このネタ、改ざんすんなよ!」

  (手を振って、先に去って行く)

中川「どうもー、ありがとうございましたー!!

  さようなら~~!」


2020年12月8日火曜日

悟りの境地に幸あれ

   12月4日の『チコちゃんに叱られる』を途中から見たら『お経ってなに?』の解答のところで、答は『お経は生きている人たちに向けたお釈迦様のアドバイス』だった。

 そして花園大学佐々木閑教授(写真)の解説は、搔い摘むと「お釈迦様の悟りの代表的なものは三法印(さんぽういん)で●諸行無常(しょぎょうむじょう)この世の全てのモノは変化し壊れていく ●諸法無我(しょほうむが)自分中心にモノを考えてはならない ●涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)欲望や憎しみなど自分勝手な思い込みを無くすと苦しみが消えて楽になる・・というもので、決して、この世で安楽で快適な豪華な生活ができるようになりますよと言っているものではない」

   「仏教は約2500年前に生まれたが、釈迦の弟子たちが釈迦の教えを文にまとめたものがお経で、時代や社会のニーズに合わせて書き換えられたり違う解釈をしたりして様々なバリエーションが誕生し、そのうちのどのお経を主たる拠り所にするかでいわゆる宗派が誕生した」このほか多くの解説があったが割愛する。

 私がこの番組のプロデューサーの発想力に感心したのはこの後で、一般に広く唱えられる般若心経(浄土真宗や日蓮宗、法華宗では唱えないが)を駒澤大学の先生であるお坊さんが読経されるところに、同時通訳のように現代語訳を被せたところだった。

 「同時通訳」は、「観音様は智慧を身につけるためにすごい修行をしました。そして、私たちを形づくる全ての要素が実は実体のない仮のものだと見抜いたのです。それによって全ての苦しみを消すことができました。・・・・」と始まって、中略の後、「おお、悟りの世界に行った者たちよ!君たちの悟りの境地に幸あれ!」と結んだのだった。

 私は長く般若心経を唱えない環境にいたこともあり、般若心経は概論程度の理解しかないが、この「同時通訳」には感動さえ覚えた。以前の記事で「踊念仏はうたごえ運動」ということを書いたことがあるが、宗教と音楽は密接だと思う。読経は音楽の要素が強い。故に、現代語訳のお経では儀式が荘厳でなくなるという話もあるが、この「同時通訳」はアウフヘーベンしたもののように感じた。

2020年12月7日月曜日

大人の火遊び

    ・・・とタイトルを付けたが決して色っぽい話ではない。

 年寄りが飛び回ってウイルスを撒き散らしているとは思えないが、「年寄りは外出を控えろ」と何処かの維新の首長さんが言い、テレビがそれを垂れ流すものだから他府県の年寄りも肩身の狭い思いをしている。

 ただ、身近な施設でも高齢者の感染が発生したから、決して遠い地の話でなく「正しく怖れる」ことはおかしなことではない。

 そんなもので、ソロキャンプ、一人焚火などという流行(はやり)に迎合する気は毛頭ないが、そもそも私の方が以前から楽しんでいるのだが、一人焚火がいい。

 ネットで屋外用の薪ストーブをいろいろ探してみたが、結局、元々持っている餅つきのときの鋳物の薪コンロが一番雰囲気を醸してくれる。場合によっては調理も十分可能である。

 寒風さえなければ冬日を浴びての焚火は贅沢だともいえる。ハイハイ、外出は控えております。



2020年12月6日日曜日

複雑系の人間論

   2020年1124日に『時代と人間そして芸術』というタイトルで山田耕筰と古関裕而の話題を借りて、芸術や学問も権力者の強力な露払いになる、つまり庶民に対する凶器にもなるが、社会と人間(ここでは著名な学者や芸術家など、最終的にはその時代の人々全般)を語るとき、単純にレッテルを張ってはならないと私は書いた。

味気ない文言でいえば戦争責任や転向の問題であるのだが、あまりブログ読者からの反応はなかったので、人間の生き方という複雑な問題は単純に答えを出して語りたくないと思う私には、少しだけ残念だった。 

 筒井清忠編『昭和史講義』(ちくま新書)の『まえがき』は、テーマとしては上述の問題意識と重なるので少しその骨子を私なりに紹介してみたい。

 ■ 昭和前期の多くの文化人・知識人を捉えたものは広い意味で左翼的なものだった。当時の雑誌などの購買者は、高等教育の普及により増大した知識人・学生層だったから、当然にそうなった。

 その傾向が、満州事変の頃から権力による弾圧とソ連におけるスターリンの圧政の下で衰退し、ほとんどの文化人・知識人が転向し、戦争に協力した。その理由は、弾圧ということもあるが、多くの国民が戦争に従事し犠牲を払っているのにそれに反対するのは難しく孤立感が増して抵抗しにくいという同調圧力もあった。

 そして敗戦となり「平和と民主主義」の時代となると、ほとんどの文化人・知識人は再び「民主主義者」に転向した。

 それぞれの時代の主調的イデオロギーに抗した例外もあるが、ほとんどの人は「時代に合わせて」生きてきたのであった。

 こうして、どうしても「古傷に触る」ことになる昭和文化史、昭和文化人・知識人史はほとんど書かれずに来たのであった。

 さて、エリート官僚の家に生まれた永井荷風は庶民に格別愛着同情がなかったのでこの時代、戦争に行く庶民のために戦争を積極的に鼓舞し肯定する文章をほとんど書かなかったが、流浪する貧しい行商人の子として育ち苦労した林芙美子は、二等兵として戦争に行かざるを得ない庶民たちに同情してそれを励まし慰める文章を多く書いた。だからと言って永井よりも林の方を指弾できるのだろうか。■

 「古傷」と「書かれないできた」でいうと、若い頃、戦前の軍国主義や侵略戦争のことを(当時の)大人の皆さんと語った折、ややもすると「俺は実際に戦争に行ってきたんだ」「父親は戦死したんだ」という感情の入った話で、それ上話が進まない体験があった。

 ただ「時間」は冷酷なほど公平で、縷々語られてきた三つの時代を生きた当事者がほとんど去った現代、戦争責任などを、「忖度」「出世主義」「理解力の弱さ」「同調圧力」等々の軽い言葉で腑分けして終わるのでなく、近頃の言葉でいえばリスペクトしながら昭和文化史を大いに語るのがよいような気がするのだが・・・。

 一般に言う「世論」というものも恐ろしい側面を持っている。「次の時代」が、再び三度「世論に則した」変な時代にならないように、社会を損得で語るのでない、理性が尊敬される社会にしたいものだが、そのためには、語る人々の人間味も問われないだろうか。

2020年12月5日土曜日

隠岐さや香氏のパリ・レポート

12月1日の毎日新聞電子版に、「フランスのブルボン王朝の出来事かと思うほど、前近代的なことが起きた」。学術会議の連携会員で、パリの科学史を研究してきた隠岐さや香・名古屋大大学院教授はこう表現する。5年前、学術会議のあり方を考える有識者会議の委員を務めた隠岐さんには、政府の今回の対応が「学術界に対するモラハラ」に見えるという。・・という記事があり、隠岐さや香氏のことを初めて知ったのだが、まるで吸い寄せられるようにその翌日、公益財団法人国際高等研究所の『SDGとコロナパンデミックの時代における科学技術のあり方考える』(2020年10月)という報告書の中に、『社会的合理性のための自然科学と人文社会科学の連携?—「誰一人取り残さない」ためには―』という隠岐さや香氏の論文を見つけた。

全体に非常に参考になったが、その紹介をするには紙面が足らないので、特に刺激的に感じたパリ・レポートの部分を、それも相当摘んで紹介する。要約は私の独断と偏見であるので、以下の記事はそういうつもりで読んでもらいたい。

 ■ 2020年3月、筆者は研究調査のためパリにいた。‥現地に到着した当初、まだ日本の方が新型コロナ感染症の影響は強いようなイメージを持っていた。だが、徐々に状況が変わり、まずイタリアで都市封鎖(ロックダウン)という遥か昔からあった疫病対策の手法が導入され、始まった。そして程なく、それはフランスにもやってきた。

 大統領や閣僚のテレビ演説に皆が聞き入り、翌日から一気に街の風景が変わっていく様子は、非現実的な夢を見ているようだった。その状況は、17世紀の哲学者、ゴットフリート・ライプニッツがペスト対策のために書いた文章の内容と、おおよそのところ変わらないようにすら見えた。

 ‥ロックダウンが施行された時、‥驚いたのは、それまで黄色ベスト運動を含め、違法行為も含む激しい抗議活動を生んだフランスの人々が、少なくとも当初は、まるで予め訓練されていたかのように日常から非常時への切り替わりを察知し、それまでの自由奔放さからは想像出来ない従順さで命令に従ったことである。

 ‥政治思想史をひもとけば、民主主義と緊急事態における国の権力行使は両立するとの議論は古くからあった。‥それは親が子どもに制限を加える比喩で説明される。子どもの精神は未熟で自分にとって害となる行動をとるかもしれないため、親はそのような害から子を守るために子の行動に制限を加えることができる。

 ‥このような思想的前提を知ってか知らずか、欧州全体を大まかに観察する限り、緑の党やフェミニスト的な左派はロックダウンを受け入れるムードであり、経済自由主義的な右派はそれを「自由の侵害」と捉える傾向が目立った。この反応はジョン・ロック的な前提に整合的である。何故なら、上記のような左派は基本的に‥未知のウイルスを通じて自分が他人を、あるいは他人が自分に害をなさざるをえない状況を避けるために、己の自由への制限を受け入れたのである。

 ‥対して、経済自由主義的右派は、どちらかといえば弱肉強食の市場競争のための「自由」に肯定的で、経済活動全般に対する規制には否定的な傾向がある。■(引用おわり)

 昨今の日本の状況と照らし合わせてみてもなんとなく納得できる分析だと思われる。だからといって「日本国憲法に非常事態条項を加える案」は現実的には非常に危険ではないだろうか。

 大昔のことになるが労働行政研究活動の中で、社会政策(どちらかといえば経済学?)の田沼肇先生が労働法の先生方に、運動の提起がないまま「法律改正の政策要求」に上滑りになることを指摘されていたが、その観点は重要だと思う。国民民主党の改憲議論は全くその通りではないだろうか。

2020年12月4日金曜日

請われれば

 亡義父は、昔、家を建てるに際して住宅メーカーといろいろヤリトリした折、心の内々には本命であったメーカーの担当者が約束の時間に数十分遅れたということでそのメーカーを文句なく排除した。約束を守らない人間とヤリトリしても信用ならんということである。考えれば当然である。

 公務でも商売でも、指定された期限を守らなかった場合は追徴金や延滞金の対象になるし、機械処理が指定期限内にできないと1週間単位あるいは1か月単位ぐらいで処理が遅れることがいっぱいある。そんな常識的なケジメを民主運動の中でも心したいと私は思っている。

 また何回か書いたことがあるが、鷲田清一氏の文らしいが「請われれば一差し舞え」という言葉がある。「一差し舞う」のは楽ではない。例えば原稿を頼まれても頭の中がまとまらない場合、ほんとうに夢の中でああでもないこうでもないと悩んで眠れないことがママある。そんなことを言うと信用しないかもしれないが、ほんとうに眠れないような状況から絞り出して書いたりしている。市民社会では当然の、そういう責任感も高齢者だからと甘えないで向き合いたいが、はて、いつまでもつだろうか。

 結果や出来栄えは別である。そんなことはどうでもいい。ほんとうに結果はどうでもいい。

 そんなことを言うと、きっと私の方が変人で包容力の欠如と言われるに違いない。でも、「請われて」行き詰ったら最後には裸踊りでも舞ってやる覚悟でいる。70年以上人間をやってきたならそれぐらいの根性はついてくる。やっぱりエキセントリックですかね。

2020年12月3日木曜日

モチの木

   庭に大きくないモチの木がある。冬に向けて赤い実が美しくなってきた。正しくはモチノキだかクロガネモチだかは判らない。どちらにしてもモチノキ科の近種である。

 毎年冬空に赤い実が映えるのだが、油断をするとムクドリのギャング団が集団でやってきて、あっという間に食べ尽くされてしまう。

 樹皮(樹液)からトリモチを作るからモチノキというのだが、私は実際にトリモチを作ったことはまだない。

   近所にネズミモチの木がある。家の裏側だし鳥の糞から勝手に生えた感じである。私はこれもモチノキ科だとばかり思っていたが、調べてみるとモクセイ科らしい。だいたいほんとうにネズミモチなのかどうかも判らない。

 一般に樹木でイヌ〇〇だとかネズミ〇〇と名付けられたものは見た目が地味というものが多い。このネズミモチも赤く輝くモチノキの実に比して地味だからだろうと思っていたら、もっとストレートに「黒い灰色の実がネズミの糞みたいだから」と読んだ。

   斎藤隆介・滝平二郎コンビの有名な童話絵本に「モチモチの木」があるから、これも文句なしにモチノキだと思っていたら、実は栃の木だった。

 見慣れた庭の風景を少し書いてみようとしたら、自分の理解・認識が如何にエエカゲンなものかを思い知らされた。

2020年12月2日水曜日

八角形の古代哲学

 11月30日の『古墳の終末』の記事の補足をする。

   7世紀後半より前の古墳は前方後円墳など外形上はいわゆる天皇陵と豪族の墓とに違いはなかったが、645年の乙巳の変(蘇我入鹿暗殺といわゆる大化の改新)以降、天皇の権力が強まり、片や大陸の文化が全面的に導入され、いくつかの八角墳が築造された。一般にそれらは天皇あるいは高位の皇族の陵といわれている。八角墳の築造は豪族には許可されなかったと考えられている。

 では何故八角形なのか。福永光司氏の『道教と日本文化』によると、「中国では、文献の上では紀元前2世紀頃から、天上の神(上帝)の祭祀儀礼と、それを形而上的に原理化した中国古代の自然哲学、天文暦学、天候気象学、医学の根底に八角形の宗教哲学もしくは宇宙論があった」として、多くの史料をあげられている。そして、「古代中国で天の祭りを行う場合には、八角形の壇の上でなされていた」と示されている。

   氏は、主として『礼記』『淮南子』及び漢魏晋の初期道教経典からその哲学を別掲のように図式化されているが、五行説、十干十二支とともに、内側から4番目の「八卦」、7番目の「八節」(二十四節気)と「八風」、8番目の「八方」の思想がそれを表していると述べられている。

 特に「八方」の、東西南北に、東南、東北、西南、西北を加えた「八通」が地上全世界を表しているというのも、季節の基本が立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至の「八節」というのも素直に理解できるし、『易経』については私は浅学にして知らないが「八卦」という言葉は現代も残っている。

毎朝のテレビや新聞に「星占い」がある国の住人がこれを「古臭い観念論」と嘲うことなかれ。

八角墳からは、必死になって大陸の文化に追いつこうと大汗をかいた島国の大王たちの声が聞こえてこないか。

「今年は神武天皇が肇国(ちょうこく)されてより2680年、日本は国家として世界で最も長い歴史を有している」などと真顔で説く神社本庁関係の論者にすれば、天皇が中国の思想を学んで祭祀を行ったなどという事実は到底受け入れられないから、道教と照らし合わせる歴史は正当に評価されておらないように思う。しかし、地球は廻っている。

2020年12月1日火曜日

東大寺のアショカ・ピラー

   東大寺大仏殿のすぐ東隣、大鐘や二月堂や手向山八幡宮に向かう場所に建っているのにほとんどの観光客に見向きもされない石碑がアショカ・ピラーである。

 アショカ・ピラーとは紀元前3世紀、マウリヤ朝のアショカ王が仏教的聖地に柱を立て、人が守るべき普遍的な法(ダルマ)を刻んだものとされいくつかが現存する。獅子が載っていないものや獅子1頭のもの、4頭のもの、彫刻が異なっているものなどがある。それを模刻したものが各地に建てられている。

 ライオンの像というと直ぐに古代シリアのそれを想像するが、東西南北の文化のるつぼ、中央アジアこそ、インド発祥の仏教が世界宗教に成長した揺籃の地だったのだと再確認できる。

 ほんとうは唐や百済の文化の流入ではあったが、俗にシルクロードの終着駅と称される平城(なら)の東大寺にこれがあるのは、歴史的な意味はない(ここのこれ自体は新しい)が、仏教という意味では意義深い。

 ネットで検索してみると、広島の爆心地のお寺にも同様のものがあり、国内外にも少なからずある。

 毘盧遮那仏にお詣りした後、アショカ・ピラー前で自戒してから鹿煎餅を購入した。

2020年11月30日月曜日

古墳の終末

   11月28日29日と奈良県明日香村の中尾山古墳の一部発掘調査の現地説明会があった。27日の新聞に予告されていたので行こうか行くまいか相当悩んだが、これまでの経験ではけっこう密になりそうなので最終的には行くのを断念した。

 新聞で報じられている限りでは、既に研究者の間ではほぼ定説とされている事々がはっきりと確認されたという感じだった。

 それは、八角墳である、横口式石槨である、火葬墓である、水銀朱が塗られていたなどということで、「真の文武天皇陵であろう」とのほぼ定説がいよいよ固まったというものであった。

 壬申の乱の最終的な勝者であり、日本という国号や天皇という名称を本格的に名乗って唐にまで認めさせたのが持統天皇で、大津皇子粛清など剛腕をもって自分の子の草壁皇子を天皇に継がせたかったが即位前に死亡したため自分が天皇になり、その後草壁の子つまり持統の孫である軽皇子を即位させ、持統は太上天皇として時代を切り開いたが、その軽皇子が文武天皇である。

 文武は病に伏して天皇職を母の元明に譲り、元明天皇は藤原京から平城京へ遷都した。そういう意味で、古代史前半のフィナーレともいえるのが、文武天皇でありこの中尾山古墳である。

 次に八角墳ということでいえば、斉明天皇に代表される当時のイデオロギーは道教であったのは間違いない。そして、道教では宇宙やこの世界を八角形ととらえ、それらに君臨する天皇の墓が八角墳で、それはそれ以前の前方後円墳のように豪族には許されなかった形状だった。だが、平城京に代表されるその後のイデオロギーの本流は仏教のそれに代わり、故に、中尾山古墳は基本的に八角墳、もっといえば若干の例外はあるが古墳文化の終焉を教えている。

2020年11月29日日曜日

ワンフレーズの落とし穴

   政治の世界でワンフレーズの扇動が目立ちすぎる。マスコミがそれを「わかりやすい政治」だとか「劇場型」などともてはやすから一層始末が悪い。

 行政の機構等に関わっていうと、「行政改革」だとか「小さな政府」だとか「身を切る改革」などというキャッチフレーズを連発して改革者を装いながら、政党交付金は懐に入れ、政治資金の報告では嘘を重ね、国の行事を後援会の選挙運動に使い、自治体に関係する広報等で特定政党の主張を宣伝する。

 最近では「学術会議に10億円」というキャンペーンが仕掛けられたが、菅首相は官房長官時代に領収書不要のつかみ金官房機密費を毎年約11億円費消していた。その菅内閣の次のキャッチフレーズは「縦割り行政の廃止」という。

 とまれ、ワンフレーズは危険である。「縦割り行政」には非効率や不便があるのは事実であるが、最も効率的な行政組織は独裁政治だということをまず押さえておきたい。

 そして、「縦割り行政」の弊害も認めないわけではないが、あえてここでは「縦割りで何が悪い」と考えてみよう。経済産業省があって、それにある意味ブレーキを掛ける消費者庁がある。環境省もある。事業を拡大したい多くの省庁があり一定のブレーキ役の財務省がある。

 省庁というのは各省庁の設置法があり、所轄する基本法を持っている。その事務方トップが各省庁次官でさらなるトップが各大臣である。閣議はその大臣間の合議の場というのが行政機構の本質である。本来の姿である。それを、内閣府と首相秘書官あたりが取り仕切るのは不正常なのである。

 例えば厚労省には労働基準監督行政などの労働行政がある。もし「縦割り行政」、つまり各法律執行などの分野ごとの独立性が抑制されたならば、「コロナ禍では解雇を自由にしよう」とか「残業は死ぬまで可能にしよう」となりかねない。はっきり言えば、「縦割り行政」だからこそ、あんなひどい安倍政権であっても一方では「過労死防止」などの監督が行なえているのである。

 縦割り行政間の横断的連携や協議は住民サービスの観点から大いに進めればいい。しかしながら自公や維新のいう「縦割り行政廃止」のワンフレーズに騙されてはいけない。アクセルだけの自動車に乗って走るような話になる。このキャッチコピーは実は非常に危険な側面を持っている。

2020年11月28日土曜日

進化しているパリーグ

   日本シリーズがあっけなく終わってしまった。京セラドームは儲けそこなった。

 虎キチというほどでもないが、面白いTV番組がなくなった昨今は、タイガースのナイターを観ることも間々あった。そのタイガースがコテンパンにやっつけられたジャイアンツがホークスにコテンパンにやっつけられた。

 結果だけでなくホークスの投打はいずれもケレン味がないというか、投手は直球を中心とした剛速球ピッチングをしたし、バッティングは観ていて気持ちの良いフルスィングが多かった。

 先発完投型エース中心のセリーグに対して、パリーグは1996年から中継ぎを評価するホールドを公式記録に採用。先発、中継ぎ、抑えのシステムがセリーグ以上に出来上がっている。そういう強力投手陣が強力バッティングを生み出したのだろう。

 高校野球型「美のセリーグ」に対して、メジャーリーグ型「力のパリーグ」と感じた。

 さらに、ホークスは12球団で最も早く3軍制を敷いたということで、育成出身の若い力が好もしく目立っていた。

 「人気のセリーグ」はこの現実を直視して改革しなければ、「実力のパリーグ」にそのうちに人気もさらわれるのでないか。

 以上、偉そうなことを書いたが、私の記事のネタ元はナント赤旗である。いやはや守備範囲と実力の高さは一般紙を超えている。

 おまけとして、京セラドームの観客席に胸にNANKAIの緑のユニホームを見つけた時は嬉しかった。

2020年11月27日金曜日

天網恢恢疎にして漏らさず

   報じられているところによれば「黒川氏がいれば、こんな面倒なことにはならなかったと思うよ。今になって黒川氏の存在がいかに大きなものだったのか痛感するね。菅首相だって黒川氏に頼って政権運営してきた。心配でたまらないと思うな」ある自民党幹部のつぶやきだそうだ。

「#検察庁法改正案に抗議します」のツイッターデモが盛り上がった当時、「一般人は知らないだろうが検察官も公務員だから国家公務員法の規定に沿って定年延長されただけだよ」と訳知り顔で「お説教」を垂れたコメンテーターのなんと多いことか。(国公法援用論はそもそも誤り)

しかし、あの人事が底なしの職権乱用の悪だくみであったことは天下に証明された。

さて今度は、学術会議会員任命拒否問題で評論家の佐藤優氏が「赤旗が任命拒否をスクープしたため菅首相が引っ込みがつかなくなった」「赤旗のスクープが無ければ丸く収まった」と、任命拒否に至る事実経過を無視して、原因と結果を入れ替えるトランプ並みのフェイクを文芸春秋に投稿をした。

その議論の前提は橋下徹氏がテレビで広めた「一般人は知らないだろうが、首相の業務は大量にあるから補佐官が勝手にやったのだ」という論であろう。これについては1013日のこのブログ記事で「公務の世界ならずとも実質的専決があるのは周知の事実であるが、間違いがあれば本来の決裁者が責任をとるのが組織の掟だ」と私は書いた。佐藤優氏にしても橋下徹氏にしても、検察庁法の際のコメンテーターと同じムジナの穴から発した同種の主張である。一般人はもうみんな知っているのだ。

「桜を見る会」では公設秘書らは必ずこう言うだろう「安倍晋三先生には迷惑が掛からないよう全く報告せずに秘書たち一存でやったことでございます」と。

しかし、チコちゃんならずも一般人は知っている。そして、横山ホットラザーズに倣ってこう言うぞ「おまえはあほか」。

政治資金規正法違反(虚偽記載)、公選法違反(買収)は明らかだが、内閣総理大臣が国権の最高機関たる国会に嘘を連発した罪は何としよう。その政権を支えた公明党の罪は何としよう。閻魔さんは知っているぞ。

2020年11月26日木曜日

焼き芋の伝承

 ■やきいも グー チー パー■

やきいも やきいも

おなかが グー

ほかほか ほかほか

あちちの チー

たべたら なくなる

なんにも パー

それ やきいもまとめて

グー チー パー

 ■たき火■

かきねの かきねの

まがりかど 

たき火だ たき火だ

おちばたき

あたろうか あたろうよ

きたかぜぴいぷう ふいている

2020年11月25日水曜日

しろばんば

   人間世界にも「わかっちゃいるけど」という色恋の世界があるように、晩秋から初冬の綿虫(わたむし)は害虫などという概念を超えて季節の風景に感じられる。そのあたりが色恋の世界に似て没論理的に可愛い。

 右の拡大写真のように撮ってしまうと如何にも「ムシ」だが、飛んでいるさまは綿毛であり小雪である。だいたいこんなには見えない。

 北の地方では「雪虫」といって初雪の前触れと言われているし、井上靖の自伝的小説の題名「しろばんば」もこの綿虫だといわれている。ネーミングとしては『しろばんば』がいい。

 基本はアブラムシ科の害虫で、何代か単為生殖を繰り返したのち晩秋から初冬に「綿虫」になるらしい。それだけ下等というか低位の昆虫なのだろう。

 いらぬ説明をしすぎたが綿虫は文句なく初冬の風情である。ふわふわ漂っている綿虫は、「こ奴、害虫め」という気にならない。

 小春日和の庭で逆光に照らされてふわふわ漂う綿虫をぼんやり眺めていると、さだまさしの作った歌『秋桜』が浮かんでくる。

2020年11月24日火曜日

時代と人間そして芸術

   このブログの103日の記事で、学術会議会員任命拒否問題が朝ドラ『エール』の描く昭和18年頃とシンクロ(同調)することを述べ、朝ドラでは【(古関裕而)の妻(役名は音(おと))が「みんなの心を楽しくさせる音楽」と発言したことに対して、音楽挺身隊リーダーが「時節柄音楽は軍需品である」と述べて音を「非国民」と指弾した】ことを取り上げた。

 志村けん扮する山田耕筰はその音楽挺身隊の隊長だった。

 そして古関裕而は、ドラマの上では妻の逡巡にも気づかず、次々に軍歌などを作曲し、その影響を受けた多感な大勢の子どもたちは軍国少年に育っていった。

 ところで私は、翌104日の記事で【このドラマから古関裕而の純粋さというか鈍感さを「正しく」批判し、「みんなで戦時体制の危険性を再認識しよう」と書くには若干の躊躇がある】と書いた。

 【戦時歌謡を量産した古関裕而を現代人が批判することは容易い。批判は正しい。同時に批判には度量も必要だ・・戦時中は戦意高揚の曲を量産し、戦後は戦後で長崎の鐘をはじめとする名曲を量産した古関裕而は、見事にあの時代の多くの日本人の典型なのかもしれない】とも書いた。なお、古関裕而の自己批判に至る地獄の苦悩はその後のドラマで大きく取り上げられた。

 以上は『前説(まえせつ)』で、これから述べる本日のメーンテーマは音楽挺身隊の隊長であった山田耕筰(1886年明治19-1965年昭和40)である。

 1122日の朝日新聞に吉田純子編集委員の【「軍に加担」朝ドラの山田耕筰像に思う】という小論が掲載された。要旨を以下に摘んでみると、

 ■ドラマではあるが山田耕筰を権威主義的な悪代官と印象付けたのは罪深い。■

 ■(主語が吉田編集委員?か音楽評論家片山杜秀氏?か判りにくいのだが)「戦争に積極的に協力するポーズをとることで、軍人からの干渉を牽制する。そうして若い仲間たちが前線に送られるのを阻止する。音楽の未来を守るための賢明な戦略だったというべきでしょう」バリトン歌手の故畑中良輔氏も「音楽挺身隊がなければ、どれほど多くの音楽学生が兵隊にとられ、命を失い、日本の音楽文化の発展に影響を与えていたことか」と語っていた■と書いて、■戦意を鼓舞する曲を書いた、歌ったと己を責める『エール』の登場人物たちの苦しみはそのまま山田耕筰の苦しみでもあったはずだ。戦後、「どうか勇を剣にかえずに、科学にかえ芸術にかえてください」と山田耕筰は書いている■と結んでいる。

 正直にいうと、この小論の気持ちは判るが、そこまで言うと、私が冒頭述べたような躊躇を超えてしまう。戦時体制の山田耕筰や音楽挺身隊が果たした負の側面(ある意味それが正面かも)も踏まえなければ歴史を見誤ると思う。朝ドラのシナリオの浅さ狭さを指摘するあまり、音楽挺身隊の美化に通ずる文脈には賛同しがたい。ただ、古関裕而と対比させて悪代官としてしまうのは全くよくなく、その指摘は正しい。

  次いで、吉田記事にも出てきた音楽評論家片山杜秀氏の山田耕筰論で私が改めて気づかされたことは、交響曲やオペラ等々の音楽の流れは別にして、山田耕筰の有名な歌曲や童謡の作られた時期が非常に偏っていることの驚きだった。列挙すると、

 1922年(大正11)「曼珠沙華」「六騎」「かやの木山の」

 1923年(大正12)「ペチカ」「待ちぼうけ」「あわて床屋」

 1924年(大正13)「かえろかえろと」

 1925年(大正14)「からたちの花」

 1927年(昭和2)  「赤とんぼ」「この道」

 以上、見事にそれは、いわゆる大正デモクラシー、そして童謡や児童文学の「赤い鳥」運動とぴったり重なるではないか。それは芸術も又大いに歴史に規定されていることを物語っている。「平和なくして芸術なし」というのは単純であろうが大事な視点ではある。

 片山杜秀氏はこうも綴っている。

 「1950年代中葉の東京の砂川での反米基地闘争で民衆が『赤とんぼ』を斉唱しつつ座り込みを続け官憲を圧した。 『赤とんぼ』こそ、民衆の共感を幅広く得、連帯の力になる歌という共通認識があった」と。

 社会や人間を語るとき、単純にレッテルを張ってはならない。芸術も同じ。同時に芸術や学問さえも権力者の強力な道具や露払いになる(つまり庶民に対する凶器になる)ことも忘れてはならない。

 もう一つ、近代史を思い返してみて、人間は(自分はと読み替えて)弱いと認めることが大切なように思う。鷲田清一氏の『折々のことば』2002は「常に小さな火から始まるのです。そして闘えるのは、火が小さなうちだけなのです。太田愛」を紹介している。自分には直接的でない(一見そのように見える)圧制や統制も、いざというときにはもう危ないのだ。山田耕筰や古関裕而の時代からそういう真理を学んだ気がする。見て見ぬふりほど毒素の多いものはない。

2020年11月23日月曜日

サコ学長の日本論

   政府のクールジャパン政策に従って「ニッポンすごい!」「ニッポン人すごい!」というようなテレビ番組が多くて、それに類する番組名を見ているだけで恥ずかしくて嫌になる。

 ただNHK BSの、その名も「クールジャパン」は、政府のクールジャパン政策以前からある老舗番組で、鴻上尚史氏が司会ということもあり、上品な感じで好もしい。何よりも私は日本文化の自虐論者でもなければ、欧米崇拝主義者でもない。

 さて、「まさかそんな程度のものではないだろうな」と思いつつ読んだ『サコ学長、日本を語る』(ウスビ・サコ著・朝日新聞出版)は、期待に外れず、否、期待以上に読みごたえがあった。

 現代日本社会の分析、批評として日本人の学者や文化人の作品と並べても第一級の著作だと思う。ワクワクしながら読み進んだし、読み終えてからも満腹感が残った。

 教育や若者についての章の小見出しをあげてみると、「学校に期待しすぎる日本人」「平等を履き違える日本人」「能力を生かせない日本人」「すぐにあきらめる日本人」「若者を自殺に追い込む日本」という具合だ。

 その後の章は、「大学よ、意志を持て」「コロナの時代をどう生きるか」と進む。

 ニッポンすごい! というようなお世辞はなく、それでも日本が好きなアフリカ出身のサコ氏の暖かくも鋭い現代社会論。多くの場面で肯いたりプッと吹き出したりして楽しく読んだ。

2020年11月22日日曜日

平嶋彰英氏の矜持

   友人のTさんが、菅首相の極めて危険な政治姿勢について書いた私の11月10日のブログ記事に関連して参考にと言って、冊子を送ってくれた。スタジオジブリが出している『熱風』の最新号で、青木理氏の連載インタビュー第50回ゲスト平嶋彰英氏という記事がTさんの推しだった。先の私のブログ記事でも触れた平嶋彰英氏である。週刊誌風にいうなら「激白」だろうか。

 2015年春、そのとき平嶋氏は総務省の自治税務局長だった。蛇足ではあるが旧自治省というのは旧内務省の本流に位置するもので、マスコミ受けは少ないかもしれないが旧大蔵省に次ぐような「格」と思ってもらってもいい。

 平嶋氏に対して高市早苗総務相が大臣室で「あなた、菅ちゃんと何かあったの?」と。練りに練った人事案を官邸に持っていったら、「あなただけはダメだって菅ちゃんが言うのよ」と。こうして事務次官か他の局長への異動案が蹴飛ばされ、自治大学校長に飛ばされた経過が生々しい。

 生々しいというと、平嶋氏が菅氏や和泉首相補佐官とやり取りした「固定資産税の措置特例」やその後の「ふるさと納税」問題の経緯も生々しい。税制度や政治の大原則に立って「おかしいことはおかしい」と主張した平嶋氏に対して、業界団体や全く個人の思惑(ふるさと納税の拡大は自民党の公約にも書いてなかったし政権の基本方針にも書いていなかった)で、人事権を持って従わせようとした事実は恐ろしいまでだ。

 このインタビュー記事、そう長くはないし、それでも内容が豊富だから購入するなり図書館に行くなりして一読をお勧めする。教えてくれたTさんありがとう。

2020年11月21日土曜日

オーダーというらしい

   IOCのバッハ会長がやってきて安倍前首相の首に金ぴかの勲章を授与した。オリンピックオーダーというらしい。スポーツ音痴の私はそんな勲章の存在を知らなかった。

 調べてみると1906年にそれは始まり、日本人で過去に金賞を授与されたのは、1991年堤義明氏(元JOC会長、全日本スキー連盟会長、日本アイスホッケー連盟会長)と、1998年斎藤英四郎氏(長野オリンピック冬季大会OC会長、JOC評議員)だけだった。そして安倍晋三氏・・これはおかしい。何かおかしい。何かある。

 まず欧米のコロナ禍の状況は深刻だ。さらに日本でも、協賛金の相場1社10億~150億円のスポンサー企業は、五輪マークを使った広告・宣伝活動を許されるが、実際にはプロモーションの機会は激減している。加えてコロナの影響で企業の業績そのものも悪化している。

表向きは前のめりの民放各局もコロナでCM収入が激減しており、「放映権料と制作費を合わせて五輪の中継コスト約50億円はとてもペイできない」状況という。

 すでに五輪延期に伴う追加費用は数千億円といわれているが、大阪維新のトコーソー並みに隠されていていまだ全体像はハッキリしない。

 つまり、東京オリンピックの経済的行き詰まりは明白なのだが、問題は、五輪開催で赤字に陥った場合、それは「開催都市契約」に基づいて、まず東京都が補填することになる。コロナが降り注ごうが槍が降ろうがIOCは被害を受けない。

 普通であればそれこそ想定外のコロナ禍であればIOCも連帯して汗をかくべきであるがその心配はバッハ会長にはないようだ。つまり安倍晋三氏の首で光っていたのは、数千億円ではきかない約束手形への領収証であろう。そのツケは廻りまわって日本国民が負担することになる。 

2020年11月20日金曜日

漢字教育への提言

   ラジオで聞いたのか新聞で読んだのか知らないが、妻が「小さな子どもがとても難しい漢字を読める」という誰かの投稿の話しをした。

 同じ文脈で、孫の夏ちゃんが「滅」という字を瞬時に読んで妻が驚いたらしい。2020年度学習指導要領によると小学校では教えない漢字である。

 もうお気付きのとおり、この二つの話のオチは「鬼滅の刃」である。

 翻って、戦後出版文化?の失敗は原則としてフリガナを廃止したことではないだろうか。写真を掲載したのはたまたま書架にあった昭和4年発行の『年中事物考』という本であるが、ほとんどの漢字にフリガナがある。

 フリガナのなくなった時代の私などは、恥ずかしながら「読み方」を間違ったまま堂々と発音していた言葉も少なくない。その場面を思い返すと今でも恥ずかしい。

 現在は、幸いワープロ機能によって難しい漢字も簡単に使えるような時代になった。だが日本製の「一太郎」は凋落し「Word」の独り勝ちになっている。今こそ日本人は、”原則として”フリガナが付くワープロ機能を開発しないものか。常用漢字のみで文章を作るということは日本語の退化に向かわないだろうか。すべての漢字にフリガナがあるのも読み辛いかもしれないとすれば、一定水準以上の漢字に標準としてフリガナが瞬時に付くようにできないか。

 私自身はほとんど知らない話であるが、「鬼滅の刃」、漢字教育にとってはすばらしい。

2020年11月19日木曜日

鬼手仏心

   私の孫は10時間に及ぶ心臓手術を受けたから、この言葉は文句なしに理解できる。

 少し話を広げると、私たちは生きていくために多くの動物や魚などを戴いているのだから、いろんな場面で鬼手を担ってくれている人がいるし、場合によっては自分自身もそういう調理をしたりする。

 さらにもう少し概念を広げてみると、心ならずも制度上避けられない鬼手に似た処分を行なわなければならない公務もある。

 ただ正直に言うと、世の中には仏心につけ込む悪意や犯罪さえもあるから、常に仏心を忘れないようにというのは解っていても難しい場合もあって単純ではないのだが・・。

 よく介護に係わるシーンで虐待や暴力というような犯罪が報じられることもあるし、犯罪とまではいかなくても「見て見ぬふり」や仏心を忘れた仕事がクローズアップされることもある。しかしその場合、多くは職員の仏心の問題ではなく、余裕のない労働条件である場合が多い。

 だから福祉やセーフティーネットに関わる業務は国の制度や予算に制約されている面が大きいから、そこを抜きにして職員の仏心に矮小化するのでは問題は解決しない。

 ところがこの国では、制度の拡充という前者については「自助だ」といい、仏心に関わっていえば虚偽の言葉を弄んで総じて社会のモラルを崩壊させている。

 さて、FBを見ると公明党員が選挙モードに入っているらしい。そうでなくても衆議院議員の任期は来秋までだし、遠くない解散総選挙は常識になっている。

 ホンキの野党共闘を強く願うし、政権交代をホンキで願う。鬼手仏心が素直に語られる世にしたいものである。福祉やセーフティーネットの制度と予算を拡充し、思いやりが溢れる社会づくりに力を合わせたい。

2020年11月18日水曜日

甲子(きのえね)

   古くは日本のカレンダーは十干十二支(じっかんじゅうにし:俗にいうエト)で表されていた。大正13年は甲子(きのえね)の年であったから、この年に誕生した大球場は甲子園と名付けられた。十干十二支は年だけでなく日についても60日サイクルで巡ってくる。昨日の11月17日はその甲子(きのえね)の日であった。

 甲子(きのえね)は十干十二支のトップバッターであり、かつ子(ねずみ)は大黒様の眷属ということで、甲子(きのえね)の日は甲子祭という大黒様の縁日、お祭りの日である。

 どういうわけか私の小さい頃わが家ではそのお祭りをしていて、甲子(きのえね)の日には大黒様の掛け軸をかけて赤飯を山盛りにしてあげるならわしだった。山盛りの赤飯には蓋をチョコッと乗せ、湯気で蓋が滑り落ちると「大黒様が召しあがった」というようなことを言っていた。

 父母が鬼籍に入った今となっては、どういういきさつで甲子祭めいた行事をわが家でしていたのかはもう判らない。

   ただ、それ以上でも以下でもない、宗教行事というよりも素朴な民俗行事のような思い出が今となっては懐かしい。そんなもので、久しぶりに大黒様の掛け軸を掛けて、赤飯代わりの20穀米を供えてみた。

 大阪弁に「きっしょ」という言葉がある。「機会」という感じだが「再スタート」というニュアンスもある。十干十二支のトップバッターの甲子(きのえね)の日は、とりあえず60日周期の「きっしょ」に違いない。大黒様を見ながらそういう風に心をリセットした。

2020年11月17日火曜日

以心伝心

   没会話であっても以心伝心はあるというのは嘘である。

 私が植えたエンドウ豆を妻が勝手に植え替えて、おまけに花を摘んでしまった。妻曰く、こんな小さな段階で花を咲かせると苗が弱ってしまうとの言。

 実はこの苗をウスイエンドウと分けて植えてあるのは別種のためで、これは超極早生のサヤエンドウ。私はこの花を見ながら12月には収穫を始められると毎日楽しんでいたものだった。

 写真の矢印のところに摘み取った花が捨てられている。

 私は友人たちに盛んに「メッセージの伝え方」を語ってきたが、やはり、語ること、文を書くことの重要性を実感した。「わかってくれているはず」には落とし穴があった。