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2026年8月7日金曜日

クリオネみたい

 (1)8月6日にテレビのキャスターが「不要不急の外出は危険」というので、窓越しにケヤキの木を見ていると、タマムシが飛んでいた。
 まるでクリオネみたい。
 先日友人からミヤマウズラという珍しい花の写真を送ってもらったが、その花もまるでクリオネのようだった。
 熊本の被災者のことを思うとこんな吞気な記事は書いておれないが許してもらおう。
 それよりも、ヒロシマの被爆者のことを書いている途中だったので、きっと「魂虫」だったのだと思うことにする。
 余談ながら孫の凜ちゃんは手術で入院中 祖父ちゃんは何もしてやることができないが、お母さんのスマホにこの写真を送っておく。

 (2)「心配性」かも知れないが、近頃の朝日新聞に、写真のような「彬子さまがどうした」「揺子さまがどうした」という小さな記事が目立つようになった気がする。
 ボルサリーノを被った令和の「道長」への忖度でなければよいが。
 なんとはなく気が晴れない朝日新聞である。

2026年8月6日木曜日

ノーモア ヒバクシャ

    今日は2026年8月6日木曜日。201486日水曜日に書いた『ノー モア ヒロシマ』を以下に再録する。

🔳   8月6日ということで一番思い出すことは、先輩Yさんのことになる。
 Yさんは労働組合の先輩で、中国ブロックのリーダーだったし、仕事上の職責もその地の幹部に近かった。
 恰幅もよく押し出しも効く、一言でいえば親分肌で肯定的な気分を込めて仲間からボスと呼ばれていた。
 当然のように皆に押されて、その年には原水協の国連・ニューヨーク要請団に参加され、米国のテレビでも被爆体験を話されるなど活躍をされた。
 その親分が、「実はな長谷川君、わしゃあ、ピカドンの話をするのは好かんのじゃ」とおっしゃったときにはその意味が解らなかったが、その夜、ホテルの二人部屋で一緒になったとき、私は彼の悲鳴で飛び起きた。
 それは、文字では到底伝えきれない「ウオー ウオー」という悲鳴というか叫び声で、直ぐには心臓病かと思ったが、「今わし大声を出さんかった?」と尋ねられ、また何回か繰り返されたので、うなされていることが理解できるようになった。
 翌朝には、「夕べ大声を出したん違うかな」「迷惑かけたん違うかな」と謝られ、「昼間に原爆の話をした日の夜は必ずうなされるんじゃ」と辛そうに語られた。
 「ああ、また今晩もうなされる」という恐怖が「話すのは好かん」意味だったのだ。

 その後私は、仕事の上でPTSDなど『重度ストレス反応』を取り扱ったりすることとなったが、診断ガイドラインにある『フラッシュバック』や『夢の中で反復して再体験するエピソード』を読む度にあの夜のことを思い出した。

 戦後生まれの私は直接的な体験を語ることはできないけれど、Y先輩は命がけで地獄の様子を私に教えてくれたように思う。
 だから、この話を毎年8月6日に書くのが与えられた宿題だと考えている。

あの日
この子の目の前で
起きたことを
知っていただきたいのです
あなたに
そして
日本の子どもたちに全世界の人びとに

 


2026年8月5日水曜日

ドナウのかなたで

    その昔、ロシア民謡が流行った時代があった。その中の一つに 〽黒きひとみいずこ わがふるさといずこ ここは遠きブルガリア ドナウのかなた ここは遠きブルガリア ドナウのかなた というのがあった。「バルカンの星の下に」という。

 ドナウ川はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)に端を発し、ドイツ、オーストリア、   スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナを通って、最後はルーマニアとウクライナの国境を通って黒海へ注いでる。 「流域」の支流に含まれる国としては、チェコ、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、スイス、ポーランド、北マケドニア、イタリア、アルバニアなどもあるから極東の島国からすると想像も及ばない。

 その中欧、東欧がひどい旱魃でドナウ川の水位が極端に低下していると報じられている。
 その結果、朝日新聞の記事で数えると、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々で原発の停止が相次いでいる。冷却に使われる水が確保できないためらしい。
 原発の排水は10度前後水温が高くなるから、その少ない水を各国原発が使うと熱河になりそうだ。事故以前に停止しているのは正しいだろう。
 それにしても、原発は津波だけでなく旱魃にも弱かった。
 あまり科学的な言葉ではないが、人間の身の丈を超えた未完の技術という気がする。
 明日は8月6日。ヒロシマ被爆の日。世界中には人間の身の丈の内の兵器だと信じている人も少なくない。
 唯一の戦争被爆国の日本人は、できる範囲でよいから「核兵器と人間は共存できない」と言い続ける必要があると思う。

2026年8月3日月曜日

安否確認

    食料品等の買い物は混雑するのが嫌だから、週に2~3回、毎回ほゞ9時きっかりぐらいに出かけている。
 「〇曜市」などセールの日も避けている。
 難点は品物がまだまだ揃っていないことだが、なんやかんや回っているうちに徐々に出てくるから、十分ではないが用は足りている。
 何十年来の旧知のご夫婦もよく似た性格で、会えば簡単な挨拶をするぐらいだったが、「この頃会わないね」と妻と話していた。
 先日そのご夫婦と会い「やあやあ」となったが、お互いに、「会えへんなあ」「入院でもしてるんやろか」と互いに言い合っていたと笑いあった。
 その可能性は小さくはない。事実、軽い入院もあったそうだ。
 「安否確認のためにも早朝の買い物にまた来ましょう」と言って別れた。
 コミュニティが希薄になって久しい。
 「この頃顔を見ないね」と話しているうちに実は亡くなっていたということはザラにある。
 街全体の高齢化と、今にして思えばコロナ騒動でのなんでも自粛の影響は大きい。
 といって、今さら「民主老年同盟」を立ち上げるほどの気力もない。
 先日は「呑み会」といっても「昼呑み会」をしたが、おとなしい量で解散した。
 さて、どうするか。

2026年8月2日日曜日

避難所無情

    熊本地震のニュースをテレビで見ていて何時も思うことがある。あまりに時代おくれの避難所の状況のことだ。
 イタリアや台湾の大地震のときのニュースを見たときには、ほゞテント生活のようであったので、「今後は日本でもそうなるのだろうなあ」と思ったりしたものだが、熊本のニュースは今でも体育館に雑魚寝であった。
 ネットでは多くの外国の場合の写真が出てくるが、先の能登のときもそうだったが、日本の状況はお粗末だと思う。

 日本国(政府)は金がないから仕方ないのだろうか。まさかそんなことはない。
 自維内閣の顔の向きが間違っている。ただそれだけのことだろう。
 その矛盾の元凶が軍事費であることは論を待たない。
 日本は長年、軍事費を国内総生産(GDP)比1%に抑えてきたが、安保3文書を境に「軍事費」は様変わりし、防衛省以外の他省庁に軍事関連予算を計上したり、補正予算への防衛省予算の計上も加わり、「財政全体の軍事化」が進んでいる。
 また、ローン地獄みたいな「後年度負担」は2026年度予算案で総額17兆9524億円に上り、巨額のツケを将来に回して、これに伴い、防衛省のその種の歳出化経費は4兆6857億円に上り、同省予算の半分超を占め、安保3文書策定前の22年度と比べると約2・3倍(約2・6兆円増)へと突出して増えている。
    政府が目標としている「GDP比3・5%」になれば、追加で10兆円の財源を賄わなければならないが、トランプ米政権は、さらにGDP比5%という、途方もない金額を要求してきている。
    政治の向きが間違っている。これに尽きる。日本列島に30数基の原発を並べておいて「先制攻撃」もないものだ。
 もう一度中学校の社会科の話をすると、軍事費の陰では笑いが止まらない死の商人たちがいるのだ。その周りには、おこぼれにあずかる面々がいるのだ。
 熊本のニュースを見ていて、日本国民!これでいいのか!と思った次第である。

2026年7月31日金曜日

出遅れた夏休み

(1) 今さら夏休みも何もないのだが、漫然と秋風を待って過ごしている。
 ただ孫の凜ちゃんのプール遊びは用意してあげないといけないので、この暑さの中、ベランダのテントだけでは対処不十分なので簡単なタープ(タープテント)を購入しようと考えた。
 ところが、ホームセンターでもネット通販でも、私の感覚からするとどこも確実に値上がりしていて、その上に夏休みスタート直後ということもあってか、ホームセンターはどこも極度に品薄であった。 
 そこで、「夏休みに出遅れた!」と反省しつつ某ホームセンターにあった最後のひとつを購入した。
 基本的には夏の間中ベランダに設置しておこうと思っている。
    凜ちゃんのプール遊びでは日陰について絶大な効果を発揮したから、少しほっとしている。

(2) 担当している会報の『柳壇』投句の締切日になった。
 待てど暮らせど届かない会員もあり、待っているうちに少し恨めしい句ができた。
  難しい話はするが句は出さん
  エエカッコ脱げば自然の笑いあり
  請われても一差し舞うとは言いません
  川柳で馬鹿は言えない偉いひと
  自分から担当したのに恨み節
・・・と、溜飲を下げている。 わっはっは。

2026年7月30日木曜日

高気圧はなぜ暑い

    小学生の頃というのは高度経済成長以前だが、私は中世から続いた旧い堺市(環濠都市)の真ん中に住んでいた。ということは海に近かったので夏は毎日のように海で遊んでいた。
 その頃はまだ猛暑という言葉もなかったが、当時の常識では32℃が今でいう猛暑日であって「日射病に気をつけろ」と言われていた。
 それでも夏休み明けの学校はくろんぼ大会の様子で、真っ黒の子どもが威張れていた。
 みんな隔世の感がある。
 
 さて、気候変動(危機)以前に、なぜ高気圧は暑いのかということがある。
 低気圧が上昇気流であることは台風でもイメージしやすいが、高気圧が緩やかな下降気流であることの実感は少ない。・・が理屈はわかる。
 となると、登山で実感できるような高所の冷たい空気が緩やかに降りてきてなぜ涼しくならないかとなるが、自転車の空気入れをしているとポンプが熱くなっていくように、高所の気圧の低いところから地表に向けて気圧の高いところに降りてくるというのは空気が圧縮されるということなので、気温が上昇する。数字でいうと、標高5㎞にある0℃の空気は標高2㎞まで降りてきただけで30℃になるらしい。
 これに加えて、高気圧は雲ができにくく晴れるので陽射しが地表を暖めるし、地表の放射熱も増えるし、地形によってはフェーン現象も起きる。フェーン現象の理屈も同じく膨張と圧縮の理屈。
 空気は、外部から加熱や冷却をしなくても、「高さ方向」に運動するだけで気温が大きく変わるというこの理屈、エアコン以外にももっとうまく制御できないものだろうか。

2026年7月27日月曜日

NHK先輩のハッとする指摘

    25日の朝日新聞『テレビ時評』に元NHKアナウンサーの山根基世さん、「さすがタイパの時代の首相だ」 で始まって、「どんな議論がなされたのか、録画しておいたNHKの国会中継を見た」ところ、「ハッとするのは立憲民主党や共産党・・の鋭い質問に・・実にスリリングで見入った」と。
 山根さんは言う、「でもこれだけの時間をかけて議論を聞ける人はどれだけいるだろう」。結局、定時のニュースで与党側の説明や答弁がサッと触れられるだけでいいのか、もう少し議論の焦点をダイジェストした番組もあっていいのでは? NHKには誰からも干渉されない編集の自由があるのだから、との提起には後輩たちへの熱い期待が感じられる短文だった。
 世論形勢にSNSの情報が大きな力を持つ時代。新聞を含めオールドメディア内のジャーナリストよガンバレ!

2026年7月26日日曜日

データセンターに注意

    データセンター(DC)については5月24日に『AIとDC』というタイトルで書いたが、大量の電力消費、排熱、低周波や空調に伴う騒音、振動、地下水、排気ガス、危険物の大量保管など環境に大きな問題があるにもかかわらず、現状ではほとんど法規制もないので、「何か大きなビルか倉庫でも建つのかな」などと思っているとエライことになる。

 先行した京阪奈学研都市では大問題になったので、精華町では新規参入はストップしたが、それでも2施設が稼働、2施設が建設中になっている。
 精華町がストップしたためか、京都府では八幡市、京田辺市、舞鶴市で着工又は計画が進んでいる。
 また京都府は住民運動の力が強いからか、大阪府下では着々と増え続けている。

 京都府でいうと、受電容量(消費電力の最大値)は計画中のものを含めて614メガワットに上り、年間消費電力は、京都府の一般家庭全世帯分に匹敵する。
 その莫大な熱を排出する冷却設備は24時間365日稼働するし、非常用発電機は常に点検運転してそなえている。
 5月に書いたが、非常用発電機の点検運転でものすごい音と振動、そしてガス(臭気)が発生したので、周辺住民は「工場爆発か?」と大騒ぎになった。
 明日はあなたの街で起こるかもしれない問題だから、関心を研ぎ澄ましておく必要がありそうだ。

2026年7月20日月曜日

ナフサ不足の影響

    トランプがイランに戦争を仕掛けたのがきっかけで「ホルムズ海峡封鎖」が起こり、石油自給率ほぼ0%の日本の我われ庶民は困っている。
 高市内閣は民政については全く無能というか、ひたすらトランプのご機嫌を損なわぬよう「無策」を続け、それでも実体経済は、例えばナフサ不足によって価格高騰を産んでいる。
 すると「それは目詰まりだ!」と、どこかに犯人がいるかのような詭弁を弄して、この、まるで詐欺犯人のような問題すり替えは非常に恐ろしい。

 さて、退職者会の消耗品として『クリアホルダー』を100数十枚購入することになったので、1円でも安く買おうとネットを探したが、ナフサ不足はここにまで及んできて、先週まであった値段がなくなり、全体に値上がりがはっきりしてきた。『ナフサ不足、ここまで来たか!』というのが実感で、結局、某百均が一番安く感じられたので購入に走り、朝一番にその棚をほゞ空にした。

 ラベルシールの最安値はネットで購入した。AMAZONの送料無料で上手くいった。
 ただ、パソコンとプリンターの色彩の調整は上手くいかず、というのも苦心の上でほぼ完成させた図を保管忘れ、再現しようとしても上手くいかず、休日労働は早朝から夜の10時まで要した。
 心地よい疲労感を感じつつこの記事を書いている。は~~~


2026年7月17日金曜日

スマホで翻訳

    大仏殿の「柱の穴くぐり」のところで外国人観光客に、身振り手振りで「せっかくだから挑戦しなさい」と勧めていると、その人がスマホを差し出した。

 スマホの音声翻訳機能で「これにはどういう意味がありますか?」と表示があったので、「この穴は大仏様の鼻の穴と同じ大きさです」「穴をくぐり抜けると幸運がやってくるでしょう」と日本語で答えた。
 その結果その人は鼻の穴に大いに触発されて挑戦して、大いに喜んでお礼を言われた。

 もう日本語だけで国際交流が可能になった。AI的な機能は補助的には大いに利用したら良い。
 10何年前のことだろうか、学術研究都市のとある勉強会でこの種の翻訳機の話を聞いたことがあるが、スムーズな会話のためには辞書機能が十分でなく、鋭意入力中であった。またその当時は、会話翻訳機とでもいうような端末機を前提にしていた。
 それがデータバンクやクラウドシステムのおかげで、普通のスマホで実際に会話ができるのだから、確かに「恐れ入りました」。

 亡くなった義父は歳をとってから英会話の勉強を始め、電車内などで外国人を見つけるととりあえず会話をするのが趣味だった。
 私はその姿勢の足下にも及ばないが、身振り手振りで国際貢献の隅を齧っている。
  写真は孫の凜ちゃんが小さかったときのもの。

2026年7月16日木曜日

ミストシャワー

    [「熱中症対策のためには躊躇なくシェルターに逃げ込むよう」にと
テレビが言っている。クーリングシェルターという。 
 そんな折、奈良公園を通ったら、東大寺南大門東の「春日野園地」に鹿用のクーリングシェルター(ミストシャワー)が設けられていたので「さすが奈良公園だ」と感心して帰ってきた。
 日本広しと言えども鹿のためのミストシャワーは奈良ぐらいだろう。ほほえましい光景だった。

 ただ、帰ってから「チョッと待てよ?? あれはほんとうに鹿用だったのか?」と考え直すと、他の場所のミストシャワーは観光客のメインストリートに設置されているし、よくよく考えると、観光客用に設置されたミストシャワーを鹿たちがちゃっかり戴いているというのが正解のように考え直した。
 でもそれでいい。人間様はハンディ扇風機を持っているが、鹿には持つ手がない。

2026年7月14日火曜日

キャンプファイヤー

    カーラジオが〽「キャンプだホイ」というのをかけていた。私や私の子どもがキャンプをしたような時代にはそんな歌は歌っていなかったが、そんなことはどうでもよい。
 それを受けてラジオの若い?女性が二人、「昔はキャンプで歌を歌ったりしてたんだ」「今は夜に歌ったりしたら叱られるものね」とトークしたので驚いた。
 彼女らの認識が実際の状況を反映しているのかどうかは解らないが、もしかしたらそうなのかもしれないし、彼女らのいうキャンプが半ばホテルみたいなキャンプ場なのかもしれない。
 それにしても、歌は世につれ・・とも言うし、キャンプファイヤーも歴史遺産かも。

 新聞やテレビがPTAや町内会の負の側面を強調し、少なからず加入しないという選択が称賛され、その種のボランティアに少なからず伴うリスクについて「責任を問われるのが嫌だから」役員の成り手がない状況が生まれ、そして、広い意味での手作り文化が継承されず、遊びもキャンプも商業としてのプロに任せることになった結果ではないだろうかなどと想像する。
 とまれ、それは我われ高齢者を含む大人の責任ではないかと反省する。
 「何かあったらどうする」「違う意見が出るかもしれない」などという立派な言葉で馬鹿げたことを全部止めてしまった賢い大人たちの・・。

 つまらん大人たちの子どもはそれでも乗り越えていくだろうが、・・・キャンプファイヤーのことから自分たちのレセプションのことなど反省しきりの毎日だ。
 ・・・そんなことを心配するよりも、介護される身として音楽療法を受ける場合の逆提案などを今から考えておくことにしよう! その方が現実的な問題だ。


2026年7月12日日曜日

看護婦のオヤジがんばる

    先日来何度も大きな地震が報じられた八戸から優しい便りがあった。
 市民の力で映画を上映し、街の賑わいを創出しようとする「はちのへシネマウイーク!街に灯を!」という取り組みのことで、この秋に、原作藤田健次さんの「看護婦のオヤジがんばる」が再々々々々・・・上映されるらしいし、トークショーも計画されていると・・・・・
 私の周辺では近頃こんな話題が少なくなっていたから、少し嬉しくなって、クラウドファンディングにちょっぴり参加した。
 掲載のポスターは演劇になったときのもの。

 ・・・さて小さな取り組みだがわが退職者会ではこの秋レセプションを計画している。
 高齢者が多いためか「こんなことをやってやろうか」という元気のよい話はあまり出てこないのが寂しい。
 高校生の時に生徒会で当時の『新制作座』の公演を大成功させたことがある。それは後に、山田洋次監督が作った『同胞(はらから)』という映画の世界そのものだった。もう一度あの頃の元気を思い出したい。
 映画の主題歌「ふるさと」は次のとおり
https://bunbun.boo.jp/okera/haho/furusato_okada.htm

2026年7月11日土曜日

根性なし

    テレビが連日、サッカーのFIFAワールドカップ を話題にしているが、朝の某情報番組に日本の有名なサッカー選手が出たまま政治のコーナーに移ったとき、「国旗毀損罪は当然ですよ」「どうして今までなかったのですか」と語っていたが、誰もスポーツの国際大会で掲揚される日の丸に大反対している訳でなく、日の丸の持っている負の歴史を問う主張も現にあるし、それを罰則をもって取り締まるのは思想信条の自由に反するし、人の考えを刑罰で取り締まるというのは独裁国家に通じるという真面目な議論がなく残念だった。

 私の勝手な印象だが、他のスポーツ選手に比べてサッカー選手はおおむねメディアで饒舌で、ありきたりの「スポーツバカ」でない印象を好意的に感じていたが、その後、トランプの横槍に対してFIFA会長が、レッドカードのアメリカ選手のルールどおりの出場停止を事実上覆した無茶苦茶が起こったが、印象として饒舌だと感じていたサッカー関係者の中から、批判の意見が出てこなかったことには重ねて残念だった。何がスポーツマンシップだ!
 美輪明宏さんの指摘ではないが、強い者には弱く弱い者には強く出るのが「ニッポンの男」(含:スポーツマン)かとつくづく思うことが多い。

 皇室典範改正問題でも奇異なのは、一般論として右翼というのは皇室を崇拝しているものだと理解していたが、今般の自民、維新提出の案は徹底して現皇室を軽視、もっと言えば馬鹿にしているのに、これに「異議あり」という声を聞かないのは「縦型専制スポーツバカ」と同じということだろうか。
 「国民の多くは女性天皇を認めている」「もっとまともにそれを議論しよう」という共産党が、よほど人間味に溢れている。

 伝統だ血筋だというのなら、ほんの数ページでよいから古代史の勉強をすればよい。この国の文化の土台を作ったのは渡来人であり、大陸の文化であった。それには一言も反論できないだろう。
 上皇(平成の天皇)は、サーッカーの日韓共同開催や平城京遷都1300年祭の折りに天皇として、「桓武天皇の母である高野新笠(たかののにいがさ)は百済の武寧王(ぶねいおう)を始祖とする渡来人の子孫であった」と感慨深く述べられたが、右翼の皆さんはこの真面目な「おことば」の爪の垢ぐらいは思うがよい。

2026年7月10日金曜日

梅雨明け十日

    大阪管区気象台は7月8日、近畿の梅雨明けを宣言した。
 その前日の7日に大阪市内へ出かけたが、駅までの自転車の行きかえりにセミとキリギリスを初めて聞いたから「これは今日明日にでも梅雨明けだな」と確信した。
 例えば雨が降ったりやんだりのときも、これで雨は終わり!というときにはヒヨドリやスズメが鳴き始めるから、洗濯物を外に出したりすることがある。
 要するに、人間が高級な機器で答えを探している間に、野生動物たちは確実に正確な判断を出していて、いつも感心している。
 観天望気をバカにしてはいけない。
 亡くなった親などがカンカン照りの夏の朝「朝のカンカン照りに気をつけろ」「夕立が来るから傘を持って出ぇ」とよく言ったが、ほんとうにそうなった記憶がある。
 写真は大阪寒気気象台の露場。今は機器のセンサーが少し立っているだけで面白みがないが、以前には百葉箱や雨量計などがそれらしく立っていた。7日撮影。

 若い頃は「梅雨明け十日」は登山日和ということでこの言葉に嬉しかったものが、現在では猛暑に注意!体調に注意!の恐ろしい言葉に変わっている。

2026年7月8日水曜日

抑止論はお花畑

    現政権などの進めている軍事力拡大政策を批判すると、「憲法9条で平和が守れるなんて頭の中がお花畑だ」と嘲笑 されることがある。
 少し違う角度では「アメリカの核の傘に入っているから戦争に巻き込まれないのだ」とも。『核抑止力論』である。
 上の二つは、けっこう「説得力?」をもって国民の意識をリードしているように見える。
 「オレを怒らせたらお前らの国を石器時代に戻してやるぞ」とはイランに向けたトランプの演説だったが、その論法は裏返せば「非保有国は核兵器を持たない限り平和は保てない」となるから気が滅入る。。
 アメリカのことはよくは知らないが、世論調査をするとこれがけっこうな数字になるような気がする。

 先日、どこかの新聞かに、ウクライナは核保有国ロシアに敗けずに戦っている。イランは核保有国イスラエルと戦っている。核保有国同士のインドとパキスタンは度々戦っている。・・ということが書かれていた。
 こういうのを「事実は小説よりも奇なり」とでも言うべきか、世界中では核保有国も攻められているし、「核保有故の平和」は実現していない。「核兵器を持てば外国はそれを恐れて攻めてこない」という教科書こそ「お花畑」であることは明白というか、核抑止論の無意味さは誰も否定できない事実である。
 
 1発約3億円といわれるミサイルを持つ国が、1発約7万円のドローンにタジタジというのが目の前で起こっている世界の現実だが、隣国からの真正面に50数基の原発を並べて「防衛力強化」などというのは「お花畑」以前ではないか。原子炉が直接破壊されなくても電源が途絶えれば核攻撃を受けたのと同じになる。

2026年7月5日日曜日

鶺鴒に教えられる

    先日『古事記学会』の講演会で古事記研究の面白さを少しだけ知ったので、奈良大学博物館の『古事記を描く』という企画展を見に行ってきた。
 展示は、古事記の写本などから始まり主に幕末~明治の日本画が「いかにも!」という感じで描かれていた。

 古事記神話の構成上早々に展示されていたのが尾形月耕・明治24年の『イザナギ・イザナミ二神、天の浮橋に立つ図』の絵で、「二神が性交しようとしたが方法が解らなかった。そのときセキレイが飛んできて尾を振ったので二神はそれを真似て方法が解った」というものだが、何とも情けない二神の絵には力が抜けた。

 とまれ! 『古事記の企画展』であるのに以上の内容は古事記ではなく日本書紀ではないか。
 古事記では、「イザナギがイザナミに『あなたの体は、どんなふうにできているか』と尋ねたところ、『わたくしの体はでききらない所が一か所あります』と答えた。そこでイザナギが『わたしの体のでき過ぎた所をあなたのでききらない所にさして國を生み出そうと思うがどうだろう』とのべ、イザナミが『「それがいいでしよう』と答え」ている。
 高校の文化祭で、「わが身は成り成りて、成り合はぬところ一處あり」
「我が身は成り成りて、成り餘れるところ一處あり」
「吾が身の成り餘れる處を、汝が身の成り合はぬ處に刺しふたぎて、くに生み成さむと思ほすはいかに」という劇をやったのも懐かしい。

 6月23日の記事で、三浦祐之先生が「古事記と日本書紀は別物なのに記紀神話などと言うな」「日本書紀は古事記から都合よくつまみ食いしている」と講演されたことを書いたが、そういう意味ではこの展示は及第点に届いていない。

2026年7月3日金曜日

夏はミョウガ(茗荷)

    わが街の大手スーパーではミョウガ3個入りパックが98円になってきた。何週間か前までは160円ぐらいであったから、この値段に季節を感じる。
 この茗荷、薬味としてもピクルスとしても万能で、料理の「夏度」がグンと増す。
 ピクルスというほどの工夫もしないで私は酢漬けを冷蔵庫に常備している。
 レシピというほどのことも全くないが、私の無手勝流のそれをご紹介・・・。
1 洗って縦に3~4分割
2 塩を入れた熱湯に潜らせる
3 あげて瓶に入れてすし酢を入れる
4 あっという間にピンクになる
5 冷蔵庫に入れておくと一層鮮やかに
6 そのまま食べたり食材にする
以上おわり。
 夏の食材、なんでも来なさい。 






2026年6月30日火曜日

皇室典範改悪

    「皇族」というものについて興味もなかったし、それゆえに知識も乏しいのだが、6月28日付朝日新聞の『天声人語』に要旨次のとおりの記述があった。
 1 改憲に絡んで13年前に麻生太郎元首相が「気づいたらワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうか」と言っていた。
 2 政府・自民党らの皇室典範改正案が出てきた。それは「皇族数の確保策」と言いながら、実は男系男子のための養子案解禁で、女性天皇排除の布石も潜りこまれている。
 3 麻生氏は自民党の会合で「ようやくここまでたどり着いた・・」「今国会で皇室典範の改正を成し遂げたい」と語った。
 4 麻生氏の実妹は三笠宮妃である。もし養子をとれば、麻生家が天皇の外戚になる可能性がある。
・・・現在は皇族を外れている遠い過去の天皇からの男系男子が、例えば三笠宮家の養子になれば・・ということだろうか?(よくは知らないが)
 ちなみに、「男系男子」を大きく主張されている竹田恒泰氏は明治天皇の玄孫だが、途中に女性親王がおられるので、竹田家の方で男系を遡らなければならないが、それは南北朝時代の北朝第3代崇光天皇の15世皇孫の伏見宮まで辿らねばならない。
 ちなみに、明治のころの某宮家は妃1人、子どもを産んだ女房9人で、「17男15女」の子があったが、男系男子論ならこれが一番の正解だろう。
 一夫多妻は近代の天皇家まで続いていたが、今その復活を大ぴらに主張する声は聴かないが・・・
 「誰も気がつかないうちに変わっていた」・・そうならないように、主権者たる国民が考え、かつ主張しなければならない。
 降って湧いたような男系男子養子復活論よりも、オランダやイギリスのような男女平等長子論の方がよほど常識的ではないだろうか。