2018年3月31日土曜日

その男 今井尚哉

   その男 今井尚哉(たかや)、通産省のキャリヤで首相秘書官である。
 叔父が元経団連会長、安倍首相とも親戚が繋がる縁戚になる。
 「影の総理」と異名を持つとマスコミではもっぱらだ。

 昨日の記事で首相の答弁が痛いところを突かれた場合にグダグダになると書いたが、実は、3月26日の参院予算委員会の集中審議でこんなシーンが見られた。リテラの記事を引用しながら書くと・・・


 民進党の増子輝彦議員が「201593日〜5日」の動きについて質問。
 201593日〜5日、この3日間は安倍夫妻が非常に怪しげな動きを見せ、93日に安倍首相は国有地払い下げの“責任者”である当時の理財局長である迫田英典氏と面談。
 そして、翌日4日には国会をサボって大阪入りし、読売テレビの『情報ライブ ミヤネ屋』に生出演したあと、冬柴鐵三・元公明党幹事長の次男の料理店「かき鐵」で食事。
 この日、一方では、小学校建設工事を請け負った設計会社所長ら森友学園関係者が近畿財務局を訪ね、近畿財務局の統括管理官と大阪航空局調査係と話し合いをおこなった。
 昭恵夫人は9月4日、谷査恵子秘書官を連れて大阪府の私学審議会会長である梶田叡一奈良学園大学学長と会っている。
 翌5日には、森友学園の塚本幼稚園で講演をおこない、小学校の名誉校長に就任している。

 増子議員はこの3日から5日のうち、安倍首相が大阪にいた4日のことについてこう問いかけた。
 「(大阪入りした4日に)総理は日帰りされた、今井さんは残った。次の日に御夫人が名誉校長に就任されているんですね」
 「今井さんは残りました、大阪に。これ、事前通告してありますよ? ここのところの事実関係、森友学園や近財局長たちとお会いになったという事実はございますか?」

 写真のとおり、この大阪行きに今井首相秘書官が同行し、安倍首相ご一行が公明党元国交相冬柴鐵三氏の子息で、森友に融資したと噂されているりそな銀行出身で冬柴パートナーズ代表の冬柴大氏の「かき鐵」で食事した際、店側が撮影した写真が「食べログ」に掲載されている。

 当時は安保法制議論の真っ只中で、総理秘書官としては省庁間の様々な調整をしなければいけない時期。そんなタイミングに大阪にわざわざ同行するとは、よほどの用事があったとしか考えられない。しかも、今井首相秘書官はそのまま大阪に残って、近畿財務局の関係者らと会っていたのではないか──。増子議員はそう追及した。

 すると、この質問に安倍首相は急にオタオタしはじめた。答弁に立つと、見るからに焦った様子で「あの、質問にお答えする前にですね」と述べて、「妻は文書の書き換えを指示していない」などという質問の答えになっていない話を延々つづけ、その後、必死になって「94日は2つの報道番組の収録と生出演のために大阪に行った」「食事をして東京へ帰った」「近畿財務局関係者とまったく会っていない」と釈明。問題の今井首相秘書官については、こう答弁したのだ。

 「今井秘書官がですね、残っていたかどうかということについては、質問通告ございません。(キレ気味に)質問通告ございませんから、いや、大阪、大阪に、同行したのは事実です。しかし残ったかどうかについては、質問通告受けておりませんから」
 「残ったかどうかということについては、これは私もいますぐにはお答えできません。しかしこれ調べればすぐわかる話でありますし、そこでですね、今井秘書官が近財の人びと等々と会ったということは、もちろんないということは申し上げられる」

 今井首相秘書官は大阪に残ったのかどうかは「わからない」と言うのに、なぜ「近畿財務局の人とは会っていない」と断言できるのか。しかも、安倍首相は答弁を終えて自席に戻ってからも手を挙げ答弁をさせろと要求。増子議員は別の質問に入ったが、安倍首相は次の答弁でも必死になって“今井首相秘書官は関係ない”と言わんばかりに、以下のように主張しつづけたのだ。

 「いま、あの、答弁しておられる最中にですね、あの、今井秘書官に確認をいたしました。あの、えー、この大阪にですね、泊まる……(ここで増子議員が「残ったんでしょ?」と問いかける)、いや、残ったということはないというふうに記録をしているところでございます」
 「なぜ私がそう答えたのかということについてはですね、いわば出張の、主たる目的についてずっと秘書官とは話していますから、そこで彼がテレビ局との打ち合わせ等を全部やっておりましたので、そこで当然、その話は、たとえば理財局とそういう話をするんであればですね、当然、私に報告があるだろうと思っておりますから、それはまったくなかったということを申し上げているわけでございます」

 この慌てぶり、饒舌は安倍首相が嘘をついているときの典型的なパターンだ。少なくとも、安倍首相にとって、今井首相秘書官の大阪での動きは絶対に触れられたくない話題であったのだろう。

 「週刊文春」(文藝春秋)が指摘したとおり今井秘書官と佐川氏は同期で省庁の壁を越えた非常に親しい関係にあったという。
 また、昭恵夫人担当秘書・谷査恵子氏の動きはすべて、谷氏と同じ経産省出身で、官邸では上司にあたる今井氏が指示していたと見るのが官庁の常識ではないか。
 今井秘書官という駒を一つ置いてみると、当時の盤面が鮮やかに見えてくるように思う。

2018年3月30日金曜日

語るに落ちる

   妻はミステリードラマ、サスペンスドラマが好きで、ドラマの前半でたいがい真犯人を当ててしまう。曰く「この大物俳優がこんな端役である筈がないから彼が真犯人だ」と。
 おいおいおい、その推理は間違いとは言わないがちょっと鑑賞道を踏み外してはいませんか・・。

 佐川証人喚問で自民党の丸川議員は「指示はありませんでした」という誘導尋問を乱発して、それをもって「総理、総理夫人、官邸の関与はなかったという証言を得られた」と締めくくった。それって間違いなく誘導尋問でしたよ

 自民党二階幹事長はそれを受けて、「総理はじめ政治家がこれとどういう関わり合いを持っておったかが一つの焦点であったが、これは幸いにしてなかったということは明白になったと思います」
 麻生さんにしろ誰にしろ、この問題に関連する方々の疑いは晴れたという風に思っております」と記者に答えた。
 ほんとうにそう思ったというほどのアホなら幹事長にはならなかっただろうから、ここは「佐川より俺の方が芝居が巧いだろう」と言うつもりだろうか。

 一行政機関の公務員が、彼らだけで彼らの個人的な利益や「省益」にも何らかかわりなく、国権の最高機関である立法府・国会(議員)を騙した、行政府も騙したと回答したのに、騙されたはずの人々のこの喜びようはいったい何だ。
 妻の推理の方法によるとこれだけで真犯人は「解った!」と100%ならないか。

 そうか、これはサスペンス劇場ではなく吉本新喜劇だったんだ。
 「市民連合わかやま・くまの」さんのツイートはこうだ。
 刑事「誰とやったんだ」
 容疑者「チクったら命があぶね、絶対に言えない。でも、あいつとあいつとは絶対にやってね
 刑事「証拠は?」
 容疑者「それは言えね
 …チクったみたいなもんだ。
 
 いや、そんな皮肉も全く不要の面白いドラマが国会であった。
 3月26日共産党たつみコータロー議員の質問に答えて安倍首相は、「妻が名誉校長を務めているところはあまたの数ある」が、それが「行政等に影響を及ぼしたことはない」と大見得を切った。
 ところが、328日に共産党小池書記局長が「名誉校長」について「いったいどこの学校や保育園なのか」と質すと、安倍首相は、・・・

 「あのお、すみません、ちょっと訂正させていただきますが、名誉校長ではなく名誉職、ということでありまして...などと、資料を見ながら「名誉職」の件数が55件だったことを明らかにした。小池書記局長が重ねて「名誉校長、名誉園長はどこですか?」と質問すると、安倍首相の答弁はグダグダになって・・・

 「ちょっと待ってください?校長と...えー、校長と園長ということであればですね、これは現在の段階でございませんが、つまり、私が意図的に間違えたわけではなくて、言い間違えでございますので、校長と園長ということで、今、いきなりご質問がございましたので、それは間違いであったということでございまして、会長職等の件は計55件でございまして、おそらく校長とか園長ということについては、他にはないのではないか...、後援会、そういう児童養護施設等の後援会長のようなものはございますが、校長と園長というものは他にはないのだろうと思います」・・・

 小池書記局長は間髪入れずに「違いますよ!ほら、今、(事務方から)指摘されてますから。今、後ろからメモ来てますから」。

 安倍首相はしどろもどろになりながら2つの学校名を挙げた。 
 「これは時間稼ぎではなくてですね、(一覧表を見ながら)このように沢山あるものでございますから...その中で見ますと...あと2つあったわけでございますが、すでに辞めているということであります。これはあのー、学校としては御影インターナショナルとですね、えー、あっ、あのー、えー、瑞穂の国記念小学院ですか?はい」

 「御影インターナショナル」とは、加計学園が運営する認可外保育施設の「御影インターナショナルこども園」のことを指すとみられ、小池書記局長は・・

 「『あまたある』って言ったけど、ふたつなんですよ!で、そのふたつは、ひとつは森友学園ですよ。もうひとつは加計学園ですよ。モリカケじゃないですか!何が『行政をゆがめてない』だ!国政調査権の発動が必要だ」と叱った。

 これらのドラマを見ても真犯人が解らないなら、鑑賞道以前に己が常識力を疑うといい。
 解らない人々の代表かと思われる日本会議東京府中支部のツイートを見ると、「今、安倍政権に対して、非を唱える人物、組織は明確な証拠はないけれど、事実をつなげて考えれば、シナ朝鮮の手先としか思えない。与党の中にも存在する獅子身中の虫どもである。日本を売り飛ばし、国民の生命を奪おうとする輩の手先だ。今、安倍さんに敵対する者は、すべて、このように断罪できる」とあるから、これはもう既に常識を踏み外したカルト教団と言えないか。
 
 こういう集団(日本会議とフロント組織)が現に強力に道徳教育を推進させている恐さを私はひしひしと感じている。サスペンスだ!

2018年3月29日木曜日

人として誠実


 ニュースの扱いは大きくないが、 天皇皇后夫妻が27日~29日沖縄を訪問されている。
 私は現天皇最後の地方訪問が何故沖縄なのかと考えた。一瞬、沖縄の反官邸意識の懐柔なのかと。
 しかし、ニュースサイト「リテラ」の記事によれば、それは「行かせたがらない」安倍官邸に対して、天皇側の渾身のメッセージというのが真実らしい。以下、リテラの記事を摘みながら思うところを述べる。

 そもそも、沖縄はいま、これまでにないくらい“本土”への反感が高まっている。背景にあるのはもちろん、安倍政権の“沖縄いじめ”政策だ。在日米軍の基地負担を沖縄へ押し付けようとする安倍政権は、基地反対の翁長雄志沖縄県知事との面会を拒み、振興予算を減額するなどを繰り返す一方、先の名護市市長選で自民党などが推薦した渡具知武豊氏が当選すると、名護市に交付金を再開するという、札束で横っ面をはたくような露骨な政策も展開してきた。また、安倍首相の側近議員や応援団メディアによる沖縄差別としか思えないようなグロテスクな沖縄攻撃も続いている。

 それに対して天皇は長年、沖縄に対して強い思いを抱いており、今回の訪沖は実に11回目にあたる。また、2003年の誕生日会見では、翌年1月に予定されていた沖縄訪問について「ここで58年前に非常に多くの血が流されたということを常に考えずにはいられません」と述べた上で、本土がアメリカの占領から独立したサンフランシスコ講和条約に触れながらこう続けている。

 「沖縄が復帰したのは31年前になりますが、これも日本との平和条約が発効してから20年後のことです。その間、沖縄の人々は日本復帰ということを非常に願って様々な運動をしてきました。このような沖縄の人々を迎えるに当たって日本人全体で沖縄の歴史や文化を学び、沖縄の人々への理解を深めていかなければならないと思っていたわけです。私自身もそのような気持ちで沖縄への理解を深めようと努めてきました。私にとっては沖縄の歴史をひもとくということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。しかし、それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです。沖縄県の人々にそのような気持ちから少しでも力になればという思いを抱いてきました」

 「島津氏の血を受けている者として心の痛むこと」というのは、現天皇の母である香淳皇后が薩摩・島津藩の子孫(※父は久邇宮、母は島津公爵の娘)であることから、琉球侵攻で支配下に置いた歴史を鑑みてものだろう。天皇自ら沖縄・琉球に対する本土の“加害の歴史”を持ち出したうえで、「それであればこそ沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならない」と語る覚悟は、並大抵のものではない。

 1952428日は、前述のサンフランシスコ講和条約の発行日にあたる。第二次安倍政権はこの日を「主権回復の日」とし、政府主催で初めて式典を開いて、天皇・皇后に出席を要請した。式典の開催は、自民党が野党時代から公約にかかげるなど、安倍首相の強いこだわりがあった。

 しかし、天皇・皇后は事前段階からこの「主権回復の日」に拒絶感を示していた。毎日新聞の「考・皇室」というシリーズ記事がこう伝えている。 
 〈陛下は、式典への出席を求める政府側の事前説明に対し、「その当時、沖縄の主権はまだ回復されていません」と指摘されていた〉(毎日新聞161224日付)

 つまり、天皇は、沖縄は1972年の本土復帰まで切り捨てられていたという事実を示し、政府に反論していたというのだ。さらに毎日記事は続けて、宮内庁元幹部の証言をこのように伝えている。 
 〈宮内庁の元幹部は「歴史的な事実を述べただけだが、陛下が政府の説明に指摘を加えることは非常に珍しい」と説明する。憲法で天皇は政治的権能を持たないと規定され、天皇の国事行為は「内閣の助言と承認に基づく」とされる。式典出席などの公的行為も内閣が責任を負う。元幹部は「政府の助言には象徴天皇として従わざるを得ない。国民統合の象徴として沖縄のことを常に案じている陛下にとって、苦渋の思いだった」と打ち明ける。〉

 しかし、結局、官邸が押し切るかたちで天皇、皇后は式典に出席させられた。しかも、式典当日、天皇・皇后が退席しようとしたとき、突然、会場の出席者らが両手を挙げて「天皇陛下万歳!」と叫んだ。安倍首相らも壇上でこれに続き、高らかに「天皇陛下万歳」を三唱したのである。

 天皇と皇后は、足を止め、会場をちらりと見やり、わずかに会釈してから会場を去った。その顔は険しく、微動だにしないものだった。

 昨夏から中日新聞などに掲載されているシリーズ記事「象徴考」によれば、「天皇陛下万歳」の唱和で見送られた天皇は、側近に「不満げな表情」で「私はなぜこの式典に出ることになったのか」と漏らしていたという(中日新聞17621日付)。(以上リテラ)

 世襲制であって憲法上も政治的権能を有しない天皇にこれ以上の期待を寄せるのは正しくない。
 また母の血筋に関わる責めを子が負う必要もないと思う。
 しかし、昨今、部下が部下がと責任逃れをする官邸周辺の人々の見難い態度を見せられるにつけ、現天皇皇后夫妻は人として誠実だと思うのはおかしいだろうか。

 その昔、労働組合の九州地協で沖縄の代表が鹿児島支部に対しては微妙な感情を抱いていることが解って、琉球侵攻や琉球処分が決して遠い歴史の図書館の世界ではないことを知って考えさせられたことを思い出した。
 辺野古の問題は他人のことではない。
 本土の人間も誠実に向かい合いたい。

2018年3月28日水曜日

訴追の恐れ

 予想どおり佐川元理財局長は「刑事訴追の恐れがあるので答弁を控えさせてもらいます」を乱発したが、この言葉少しおかしくないですか。
 「真実を語ると刑事訴追されることなのでしゃべれません」ということは、「堂々と世間に出せない不正があり、それは語れない」と証言したと考えるのが常識だと思う。
 
 いや、前川氏への官邸のいじめを見ていると、「ほんとうのことを言うと官邸サイドから社会的に抹殺されるので怖くてしゃべれない」という悲鳴なのだろうか。

 籠池理事長は証人喚問で昭恵夫人が「いい土地だから進めてください」と言ったと述べ、それを財務局に伝え、昭恵夫人は幼稚園で講演し、小学校の名誉校長に就任し、安倍晋三からだと100万円出し、度々夫人付け秘書官等と連絡を取り、そして「神風が吹いた」と証言した。

 財務省は決裁文書の改竄という民主主義の基本にかかわる犯罪を行い、改竄前決裁文書にあった安倍昭恵氏の記述を抹消した。

 そして佐川氏は証言をことごとく拒否した。

 これをもって、佐川氏から不正を行ったという証言が得られなかったから、この「安倍事案」はシロであると朝刊あたりでマスコミが書くならば、常識と良識が疑われるだろう。NHKニュースはそれに近いテロップを流したが。

   (2)26日は大阪市内は桜が満開だったが、わが家あたりの27日はチラホラ咲き~三分咲きだった。
 そんな中、滝桜の子孫樹はほぼ満開だったが、往時の2分の1以下ぐらいに貧相な「満開」だった。
 こんな無残な状況を放置している木津川市の文化レベルは恥ずかしい。寄贈したロータリークラブもロータリークラブだ。樹木医を呼んで「治療すべき」でないですか。

 記録のために書いておくと、モンシロチョウとキチョウを始めてみた。ツバメも始めてみた。ケリの声は2~3日前に聞いた。ウグイスの初音を聴いたが下手だった。

2018年3月27日火曜日

俺が妻だ?!?

 〔ある選挙の投票所にて〕
 もしもし奥様の選挙ハガキでは投票できませんよ。
 ナニ、妻の意見を聞いてきたから私の投票行為は妻の意思だ。
 無茶を言わないでください。奥さまは立派な人格です。夫の付属物ではありませんよ。
 総理大臣のワシが妻の意見を代弁するのだから間違いない。
 総理大臣なら憲法や機会均等法ぐらい読んでから発言されたらどうですか。
 ・・というような漫才?をイメージした。
 均等法所掌の厚労大臣に見解を聞いてみたらどうだろう。

   「女は子供を産む道具」と言った議員がいたが、その感覚はほとんど変わってないのではないだろうか。安倍晋三さん。
 先日書いたが天皇代替わりの「剣璽等承継の儀」を国事行為にして皇族といえども女性は参加させないという安倍内閣。
 左の写真も含めてこの人のすることは何もかもが白々しい。
 この内閣をそれでも支持する女性がいたら、「(女の)私は人間としては半人前」というに等しくないだろうか。

 実際、『自民党の改憲案は生ぬるい。原則は「現在の憲法は無効であって明治憲法を復元すべき」だ』(かつての生長の家青年会)という主張が日本会議の「通奏低音」で安倍晋三のホンネだろう。

 「妻に聞いたらそうではないと言ったからそうではない」。こんな国会答弁、ヨーロッパなら極右でも恥ずかしくて言えないような気がするが、女性の皆さん、どう思われます?

2018年3月26日月曜日

教育が危ない

   先週の木曜日に居酒屋で飲んでいると、テレビのニュースがが池田佳隆衆院議員の会見の様子を報じていた。
 池田議員は、文科省に圧力をかけて前川喜平・前事務次官の授業内容の報告を名古屋市教育委員会を通じて当該校に求めた人物で、名前があがってから暫く行方不明だった自民党文科部会部会長代理である。
 会見は、後で読んだ毎日新聞と照らし合わせると、2分ほど一方的にしゃべったあと質問も遮って報道陣を振り切って車に乗り込んだ。その様子はテレビでも明らかだった。

 肝心の議員の発言だが、なぜ個々の教育内容への介入のようなことをしたのかについては、『今回、問題となりました授業が、果たして法令に準拠した授業であったのかどうか、地元の皆様方からのご懸念があれば、その大切なお声を国にしっかりとお届けすること、地元の皆様方の大きなお力で今こうして国会議員を務めさせていただいている私にとりましては、当然、大切な仕事であると常々考えてまいりました。今回、その信念に従ってお問い合わせをさせていただいた次第であります』というものだった。(以上の文言は毎日新聞の報道を使わせてもらったが私の聞いたのと変わらない)

   私はこの発言は嘘ではないかと思う。
 嘘でないなら、自分の信念も何もなく「地元の声を届けただけ」と他人に責任を転嫁する、これが文科部会長代理代理だとしたらあまりに程度が低い。卑怯者といわれても仕方がない。このごろ流行りの「〇〇省が〇〇省が」も同様だ。
 実際には「こんなに前川を虐めてやった」という安倍首相らに対するパフォーマンスだと想像するが、何れにしても話にならない。

 くだらない人物に付き合いたくはないが、議員は元JA(青年会議所)会頭であり、JAといえば10代の少女を全裸にして女体盛パーティーをして逮捕者も出した。本人は2012年の選挙で自身の運動員も「買収約束」等で逮捕者を出している。
 信条は日本会議のバリバリの右翼といえよう。

 こんな人物が文科部会長代理という今の自民党は、もうかつての「保守」などというものではなく、街宣車でがなり廻っている右翼と全く変わらない政党である。
 森友問題で話題がそらされているが、実は怖ろしい政治の腐敗が多方面で進行している。
 下の写真は官邸前に集まった「安倍首相がんばれ」という面々である。

2018年3月25日日曜日

勾玉について

   以前に銅鏡について考えたことがある。どうして古墳にあのように大量の銅鏡が副葬されているのかと。
 結論だけ言えば、道教に基づく僻邪の信仰だと私は考えた。
 同じ論理でいうと魔剣という言葉があるように、剣にも信仰がまとわりついている。

 違う角度から古代人の心象を想像してみると、この二つは当時の先進国(大陸とその半島)の高度で高価な製品だから、現代の成金がシャネルの装身具に目を輝かせたり、イタリア製の高級外車に乗りたがるのと一緒でないかと思ったりする。

 では勾玉とは何か。大陸には玉の信仰や文化があったが、それとは少しすれ違う気もする。
 先日から瀬川拓郎著「縄文の思想」講談社現代新書、「アイヌと縄文」ちくま新書を読んでいるが、どうも勾玉は縄文人の文化のような気がする。
 それを典型的な弥生人であるヤマト王権やそれにつながる豪族たちは、服属させた縄文人の信仰を吸い上げる形で手に入れ、自分こそが支配者であることを可視化させたのではないか。
 同時に、勾玉が元々持っていた呪力や美しさといった文化を自分たちも持ったのではないか。
 これについては、今後じっくり考えてみたい。

 天皇の代替わりの儀式の準備が進められている。
 その中に『剣璽等承継の儀』というのがある。勾玉など三種の神器(形代)を引継ぐことによって新天皇の正当性が保証されるというもので、儀式の中でも一番最初頃に行われる。
 元々は記紀神話に基づくもので、天皇家がそれを大事に引継ぐことはもちろん自由であるが、しかし、これを国事行為として行うのはおかしいと共産党が政府に申し入れを行った。

 いうまでもなく現天皇制は現憲法の「主権の存する日本国民の総意に基づく」ものであるから、このような宗教的行為を、しかも女性皇族は排除される儀式を国事行為として執行するのは正しくないし、国家神道を否定した現憲法の主旨にも合わない。天皇家の私的行事にすべきが当然ではないだろうか。
 明治22年制定の旧皇室典範とそれに基づく登極令(明治42年)を「伝統だ」というのも歴史事実に反するし、そんなことを言えば一夫多妻も皇室の伝統として即実行しなければならない。

 国事行為に馴染まないものは、「即位後朝見の儀」や「即位礼正殿の儀」「大嘗祭」もそうである。重ねて言うと天皇家の私的行事にとやかくは言わないが、国事行為とするなら大前提が憲法であるべきだ。
 勝手に推測するのだが、平成天皇と次の天皇(現皇太子)の考えもそうだろうと思う。
 皮肉なことだが、現憲法の全条項をしっかり守るという共産党の申し入れがもっとも天皇制に理解を示し、安倍自民党政府が一番現天皇らを軽んじているように見えるのは私だけだろうか。

 古代史が好きな私は、天皇制や宮中祭事に親和性を持っている。その感覚から一言いえば、明治から昭和前半という時代は日本の伝統などというものではなく、日本史の中でいえばあだ花みたいなものである。
 天皇家や神社やお寺がそれぞれの伝統というかしきたりを大事にすることは他人がとやかくいうものではない。そういうことを言っているのではない。
 伝統が好きだいう方々も冷静に考えて理解してほしい。

 写真は大神(おおみわ)神社の子持ち勾玉のストラップ。私はリュックサックに付けている。
 勾玉の形は胎児のそれであって故に生産、再生、繁栄等の象徴だという意見があるが、そうであれば、わが国で最も古い神社といわれる大神神社の遺跡から出た子持ち勾玉は何と理解したらよいのか。
 歴史などというのは一筋縄ではいかない。それを単純に語る者には気を付けた方がよい。

2018年3月24日土曜日

はらぺこあおむし

   「はらぺこあおむし」という幼児向けの絵本がある。全世界で3千万部を超えるベストセラー。
 日本では1976年に発売されているから、その頃以降に子育てをした人の多くが知っている。
 ただし、私たち夫婦は知らなかった。
 今は、孫のおかげでよ~く知っている。
 (以上、まくら)

   妻といっしょにその「はらぺこあおむし」の折り紙を義母のところに持って行った。
 あおむしは上下にくねくねと伸び縮みもする。母はほどほどに楽しんでくれた。(それ以上は望めない)

 するとスタッフの方々が「わあ~」とか「ひゃあ~」とか言って集まって来られて、「これはよく出来てる」「折り方教えて」と賑やかになった。
 介護スタッフの感性は保育園の保育士と似通っているようで、楽しそうに話が弾んだ。

 この折り紙の折り方は妻も知らないものだった。(折り紙については私は論外)
 庭先で孫をあやしていた折、ご近所の方がわざわざ家に取りに帰ってプレゼントしてくれたのがこれだったが、孫の凜ちゃんは早々に壊してしまい、凜ちゃんの母親も壊れたからと言って捨ててしまった。
 ただ一部が残っていたので妻が復活させようとしたのだが you tube を見ても巧くいかず、ほぼ一日天下のあおむしだった。
 で、再びご近所の方とお会いした際、「実は~」と語ったところ、今度はかなり親切な折り方のテキストと一緒に戴いたのが写真の「二代目あおむし」。

 春である。もうすぐここの老人ホームが「はらぺこあおむし」で埋まるだろうことを想像するとなんとも可笑しい。

    あおむしの折る部屋の賑わいは春

2018年3月23日金曜日

憲法を行政に生かす大阪の会


 「憲法を行政に生かす大阪の会」(大阪国公革新懇)が次のとおり事務局長談話を発表した。
 多くの公務に携わっている、あるいは経験のある人々に読んでほしい。

 行政というものはそれぞれ法律に基づいて運営される。
 その法律は国会で制定されるので、現下の非民主的な選挙制度を反映して国民の利益に反する仕事も少なからず生んでいる。
 その間(はざま)の公務員の仕事というのは微妙な矛盾を含んでいる。

 しかし、その法律の後ろには民主憲法があるんだと、行政内部で提言し、実際の運用場面で多くの公務員労働者は努力している。
 今般の事件等はそういう誇りを大きく傷つけるとともに、行政を通じて国民の利益を損なっている。

 困難なことだが公務員労働者は声を上げよう、団結しよう、労働組合を強めよう。
 そうして公務員労働者の誇りを大事にしよう。
 それにしても文章が固いですね。ははははは、

行政の私物化は許さない!安倍内閣は直ちに総辞職を!

2018年3月14日
                  憲法を行政に生かす大阪の会
 事務局長  浜辺 友三郎

 今般、森友学園への国有地売却に関して、財務省が決裁文書の改ざんを認めたことは前代未聞の恥ずべき事件である。しかも、改ざんを命令された近畿財務局職員の命が犠牲になったことに満身の怒りをこめて抗議する。

 この「森友問題」をめぐっては、かねてより安倍首相夫妻の関与が取り沙汰される中、当時の佐川理財局長が関係文書の存在を否定することで国会と国民を欺いてきた。今回、改ざんされた決裁文書では、首相と首相夫人、複数の政治家や改憲右翼団体の日本会議の関係部分が削除されたことが明らかになり、誰のための改ざんかが国民の前に浮き彫りとなった。

 このことから、今回の「森友問題」で次の4点を指摘したい。
 第1は、首相による行政私物化の問題である。行政府の長が国民の財産を個人・特定集団の利益のために特別な手段を用いて超安値で払い下げたことは、政治権力による行政の公正・中立性への重大な侵害であり、いわゆる「口利き」の最悪の事例といえる。

 第2は、憲法にもとづく行政運営の基本原則に反する問題である。国民の怒りの前にその実態が暴露されるもとで、行政組織の側が政治権力に屈服して決裁文書を改ざんするなど隠蔽を図ってきたことは、国民・国会に対する重大な背信行為と言わざるを得ない。

 第3は、安倍自公政権が長期化するもとで、「森友問題」は氷山の一角だとして、行政全般に対する国民的信頼を喪失させる問題である。「国民全体の奉仕者」として、ほとんどの公務員が公正・中立・効率的な行政をめざして日夜職務に励んでいることを強調したい。

 第4は、首相、財務大臣や財務官僚がその責任を回避し、職務命令で従事した出先機関の職員に押し付け、人間的にも追い込んで命さえ奪ったことは極めて重大である。とりわけそれが大阪であるだけに特別の怒りを禁じ得ず、当局をして命を犠牲にされた職員にせめて公務災害を適用させていくことも私たちの課題といえる。

 こうした「森友問題」などを生んだ背景としては、 ①首相官邸が「内閣人事局」を通じて各省庁の事務次官・局長のほか部長や審議官など約600人の特権幹部の人事権を一元的に管理することで、官僚に対する政治支配が強まったこと、 ②安倍政権下で公務員の労働基本権回復が棚上げされる一方、人事評価・成績主義(上意下達の非民主的制度)が強化されるもとで、「モノ言わぬ、モノ言えぬ」公務員づくりが強まったこと、 ③小選挙区制によって虚構の安倍一強体制が確立されるもとで、戦争法などの立憲主義破壊、マスコミ統制などが強行されてきたこと、 ④発生地の大阪としては、この問題の端緒となった「維新」政治と権力に追従・迎合する公明の存在が否定できないこと、などがあげられる。

 今後の再発防止策としては、政治レベルではまず何よりも国政調査権を発動して徹底調査、真相解明を図るとともに、公務レベルでは ①内部告発権を含む公務員の政治的・市民的自由の確立、 ②行政民主化にむけて労働者・国民の立場でたたかう労働組合の強化と国民目線で活動する職場革新懇組織の確立が急務である。

 私たちは、国の行政に関わったもの、また現に関わっているもの、さらに国民の一員として、満身の怒りもこめて「行政の私物化を許さない!安倍内閣は直ちに総辞職を!」と声を大にして訴えるものである。
                 (以上)

2018年3月22日木曜日

元から断たなきゃダメ


 以下に紹介するのはナント1年前の2017年3月8日のフェースブックの記事である。
 投稿者は共産党の宮本たけし衆議院議員。私はお見事!と言うしかない。

 (以下転載)
 森友事件をここまで追いかけてきて、私は、この事件の原点が2012226日、まだ野党時代の自民党・安倍晋三元首相を大阪に招いて、日本教育再生機構大阪が開催した松井一郎大阪府知事、安倍晋三元首相、八木秀次「日本教育再生機構」理事長の3人をパネリストとして開催された大阪府教育基本条例のシンポジウムにあることを確信するようになった。その時、日本教育再生機構大阪の会長として主催者あいさつをしたのが、日本維新の党の大阪18区選出衆議院議員の遠藤敬氏(現「日本維新の党」国会対策委員長)であった。

 この時、安倍晋三氏と松井一郎府知事、遠藤敬衆議院議員には、教育をめぐって、その認識と主張にほとんど違いは見られない。そして、その主張をそのまままっすぐ実践してきたのが、他ならぬ森友学園の籠池理事長であった。

 森友学園に小学校設置認可の可能性を開いた大阪府私学設置基準の規制緩和は、紛れもなく維新勢力がやったことであり、201412月の大阪府私学審議会で森友学園の小学校設置認可が継続審議となり、翌2015127日、臨時私学審が条件付きで「認可適当」との答申を決定する前に、籠池氏から依頼されて大阪府私学課に働きかけたのが大阪維新の中川隆弘府議であったことも明らかになっている。

 しかし、維新勢力、大阪府庁だけで国有地売却=近畿財務局・財務省理財局や国土交通省・大阪航空局を動かすことはできない。それができるとすれば、すでに明らかになっている鴻池よしただ元防災担当大臣をはじめとする国政与党政治家でなければならない。しかも、この時期、大阪では「大阪都構想」をめぐって大阪の自民党は維新勢力と厳しく対立していたことからすれば、いわゆる大阪の自民党だとは考えにくい。

 その時期でも、大阪の自民党が憤懣やるかたない不満を口にするほど維新勢力と蜜月であったのが安倍官邸であったことは紛れもない事実である。また、その時期を通じて、今日まで、国土交通省の最高責任者が公明党の大臣であったこともまた否定し得ない事実であった。

 この事件は、日本教育再生機構をはじめとする靖国イデオロギーに立った特異な教育観を持つ勢力を父に、大阪の独特の選挙情勢のもと、選挙での「住み分け、利害欲得」を母にして産み出された「あだ花」だったのではないのか。それぞれの政治勢力がどのような力学を発揮したのかの詳細は、まだまだこれからの解明を待たねばならない。もちろんその役割の軽重は、それぞれに違うだろう。

 しかし、ことの全体が示すことは、自民・公明・維新=今日安倍暴走政治を支える「悪政三兄弟」が、どれ一つとして国民の大切な財産である国有地を、ただ同然でこの特異な学校法人にくれてやるという奇怪な事件の、ブレーキ役にもチェック役にもなり得なかったことだけは動かせぬ事実であろう。(以下省略)
 (転載おわり)

 特に「この事件は、日本教育再生機構をはじめとする靖国イデオロギーに立った特異な教育観を持つ勢力を父に・・・生み出されたあだ花」という指摘の意味は大きい。(安倍昭恵総理夫人の記述が弱い気もするが)

 と言っているうちに、自民党文部科学部会長と部会長代理である赤池誠章参院議員と池田佳隆衆院議員が文科省に圧力を加えて、前文科事務次官前川喜平による中学校での公開授業に対して、文科省をして質問というよりも脅しに似た行為を行なわしめたことが判明した。

 大阪弁でいえば「ヤカラがイチャモンをつけた」ものだが、自称「安倍のまな弟子」の池田議員は2006年12月の「週刊ダイヤモンド」で「戦後の偏向教育は日本を堕落させた根幹だと思います。今こそ道徳教育が必要だ」と述べ、JC会長時代には「誇り~伝えようこの日本(くに)のあゆみ~」という歴史修正アニメを制作している。

 もう一人の赤池議員はWill2016.10月号の座談会で教育勅語を礼賛し、記事では続けて稲田朋美議員が森友学園を持ち上げながら、文科省が新聞取材に「教育勅語を幼稚園で教えるのは適当でない」とコメントしたことを批判して文科省に圧力を加えたことを自慢している。

 さらに、記述するのもくだらん気がするが、赤池議員は2015年の映画「ちびまるこちゃん イタリアから来た少年」のポスターの「友達に国境はな~い」のキャッチコピーに噛みつき、この映画をタイアップしていた文科省に「国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない」と、国境を越えた友情を言うだけで反国家行為だと・・「文科省の担当課に確認しました」と自慢していた。

 吉本新喜劇なら「いっしょやいっしょや」と囃し立てたいし、古いCMなら「臭い臭いは元から断たなきゃダメ」とつくづく思う。

 森友問題の核心は決裁文書の改竄でもないし佐川元理財局長ー国税庁長官でもない。
 ニセの情報を前提に国会の3分の2をかすめ取った安倍政権の、人権や民主主義を顧みない右翼的強権政治の一場面が現れたというところが核心だと思う。
 それはほんとうに怖いことである。
 こんな政権について行けば、良心を持つ公務員は幾ら命があっても足らない。
 それは国民全般に言えることでもある。

 『水野正好 縄文を語る』という本を読み返している。
 昭和36年夏の話が面白い。元興寺の発掘調査をしているとき、考古学の大家で当時国家公務員であった国立奈良文化財研究所の榧本部長に呼ばれて「平城宮祉が近鉄の電車基地になろうとしている」「国立奈良文化財研究所がなんぼ反対しても止められん」「君ね保存運動を起こしてくれ」。
 で、元興寺の和尚に相談したら「やったらええ、やったらええ」で、6枚ぐらいびっしり原稿書いて大方100人ぐらいに出した。
 そしたらある政治家から和尚に電話がかかって来て、・・・現場見に来て、奈良文化財研究所が説明したら「俺、今から近鉄行く」で、電車基地にならず、平城宮跡が全域史跡指定になったんや。
 時代が違うというのは容易いが、気骨ある人間の決断や行動は清々しい。
 (本の記述はもっと愉快だ)    

2018年3月21日水曜日

すまじきものは宮仕え

 「すまじきものは宮仕え」とは菅原伝授手習鑑「寺子屋」さわりの名台詞。なんと心に響く今日この頃だろう。
 「違法行為などしてはならない」のは当たり前のことである。だがしかし、官といわず民といわず、それで済んだら警察はいらない。というか、警察も検察も信用できない中で、孤独になれば心を病み、その精神疾患は自殺念慮を伴う。
 
 労災保険制度というのは国の制度であるが笑い出したくなるほどリアルな上にもリアルである。
 例えば精神疾患や自殺の労災認定基準の中に『業務による心理的負荷評価表』がある。
 業務の中で想定される「具体的な出来事」をパターン化して、そういう出来事がどんな場合に心理的負荷(ストレス)が弱、中、強になるかが示されている。

 その中に、『業務に関連し、違法行為を強要された』という項があり、・業務に関連し、重大な違法行為(人の生命に関わる違法行為、発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた ・業務に関連し、反対したにもかかわらず、違法行為を執拗に命じられ、やむなくそれに従った ・業務に関連し、重大な違法行為を命じられ、何度もそれに従った ・業務に関連し、強要された違法行為が発覚し、事後対応に多大な労力を費やした(重いペナルティを課された等を含む)・・・これらは「強」、つまりは労災認定される可能性は非常に大きいとされている。

 労災認定と使用者賠償責任、民事賠償責任とはストレートには連動していないが、人間(ひと)を自殺するまでに追い込んだ組織の管理者責任・使用者責任は十分問われなければならない。
 同時に、その組織(例えば財務省)にとって何のメリットもないような違法行為を無理強いしたとてつもない圧力(をかけた人間)はもっと責任を問われて当然だろう。

 全経済産業省労働組合飯塚副委員長が指摘しているが、谷査恵子首相夫人付秘書官は経産省のノンキャリアの課長補佐である。官庁の中の官庁といわれる財務省で、国有財産審理室長が他省の課長補佐級のレベルの問い合わせに回答することなどありえない(らしい)。その官(主に財務省周辺)の世界では異常といえる回答がなされたのは、これは文句なく「内閣総理大臣夫人」付の秘書官であったからである。
 こういうのを官のルールを飛び越えた「まる政事案」と呼ぶ。

 本質を見失ってはならない。
 右翼的偏向教育で有名な森友学園に土地を売って小学校を立てさせろと圧力をかけたのは、日本会議国会議員懇談会副会長でもある安倍晋三と昭恵夫人と日本会議の議員である。
 その意を受けて、大阪府の小学校設置基準を改悪し、その上に無理に無理を重ねて認可したのは橋下、松井元・現知事ら維新の面々である。
 そして資産の無い森友に銀行から融資のあっせんをしたのは公明党冬柴元国交大臣に繋がる人脈といわれている。さらに言えば、国交省航空局も重要な役割を果たしている。
 そして財務省本省に引導?を渡したのは(今井)首相秘書官ではないだろうかと前川氏などはそう示唆している。
 労災認定基準でいえば、そういうシナリオで実務を強要されたのが近畿財務局であるから「業務上災害」の可能性はとてつもなく大きい。
(このテーマおわり)

 友人のOさんから、釣果である太刀魚と彼の故郷のデコポンをいただいた。
 孫の凜ちゃんは身体が弱く未だに離乳食に毛の生えた程度の食事だが、デコポンも太刀魚の煮つけも喜んで食べてくれた。

 今般のデコポンは少々酸味が効いていた。
 酸っぱい蜜柑が好きな夏ちゃんは大いに満足の表情だった。

 酸っぱい蜜柑といえば紀伊山地山奥の「じゃばら」も有名だ。
 味覚糖から「邪払(じゃばら)のど飴」というのが出ていた。
 好きな上にそのネーミングにも感心したので購入した。

    道の奥こんなだったか辛夷咲く

2018年3月20日火曜日

ジャーナリストの魂

 不甲斐ないマスコミにうんざりすることが多かったが、ここにきて少しは潮目が変わってきたような気がする。
 朝日新聞の奮闘もそうだが、毎日新聞与良編集委員が「朝日のためというより日本のジャーナリズムのために委縮しないでほしい」と朝日にエールを送ったことも素晴らしい。
 NHKもニュースを見ていると不公正が目につくが、政治経済以外の分野では感心する番組も少なくない。
 見逃したがEテレ17日の「100分de名著」の「メディア論」も良かったらしい。
 その番組内で高橋源一郎氏がイギリスBBCのジャーナリスト魂を紹介したらしい。
 イギリスで、保守党の議員が「BBCは国営放送なのだから一日の最後に国歌(God Save The Queen)をやれ」と文句をつけたので、BBCが一日の最後のニュースの後、「言われた通りやります」といってエンドロールにセックスピストルズの同名異曲を流した。映像のバックにはパロった国旗も。
 いやあ~、これは痛快というか、この西欧のアイロニーには脱帽する。
 というか、笑った後に涙が出るように、強いものになびく日本の忖度社会が悲しくなる。
 この動画は元気をくれる。では、good night



2018年3月19日月曜日

荒れる春場所

   (1)春場所7日目(17日)、私はNHKラジオを聞いていた。
 結びの一番、鶴竜対貴景勝、午後6時をオーバーする長い「協議」があった。
 ラジオだから何も確認できないが、「ビデオを見ると鶴竜の足指が砂を撥ねてますね」とアナウンサー。解説の北の富士さんも「そうだね」。
 が、結局行司軍配どおり鶴竜の勝ちとなり、北の富士さんが「あした俺、眼医者に行ってくる」との解説?が愉快だった。

 先日天王寺で焼肉を食べたと書いたが、その折も駅構内でお相撲さんを見かけた。
 そしたら、太田久夫さんのfbに「9条改憲NOアクション」の写真が投稿されていて、季節感いっぱいだったので一部を再掲させていただいた。

雛草の群落?
   (2)わが家の庭はいま沈丁花の香りに包まれている。大阪市内よりは1週間以上遅いかも知れない。
 この香りをかぐと「年度末だなあ」「人事異動の季節だなあ」などという連想が必ず出て来る。
 香りというものは「論理」の系統とは別の回路で記憶を引っ張り出す。
 認知症の治療に使えないものだろうか。

 沈丁花の香りに酔うていると、どこからか「栗の花」の臭いがしてきた。
 ジャスミンや芳香とされている花でも過ぎた場合にはこういう臭いがする。
 香りと臭いの線引きは難しい。
 だが、そもそも栗の花などこの時期には全く咲いていない。はてさて・・・

 〽 可愛いふりしてあの子 わりとやるもんだねと・・・は あみん だが、妻の推理で見つけた犯人は「雛草(ひなそう)」だった。
 わずか数ミリの花であっても「数は力」とでもいうか。
 でも、芳香程度で止めておいてほしかった。
 過ぎたるは猶及ばざるが如しかな。

    春場所やルール守れと関取も 

2018年3月18日日曜日

葉ゴボウの葉

   ネットで「若ごぼう」を検索したら宮崎県の「新ごぼう」の漬物までが出てきたので、今日のブログのタイトルは「葉ごぼう」にした。
 霧島地方では「新ごぼう」を「若ごぼう」と言っているらしいが、こういうものは魚の名前同様にどちらが正しいとか正しくないとかいうものではないだろう。

 この「葉ごぼう」=「若ごぼう」はこの辺りでは「八尾(やお)の若ごぼう」として有名であるが、先日、大阪府八尾市出身の友人が「茎は食べるが葉は食べない」「葉は固い」と言ったのには少し戸惑った。

 私などは「若ごぼう」と同じ程度に「葉ごぼう」とも言ってきたぐらいだから、「葉ごぼうの葉は食べない」というのは「キンカンの皮をむいて皮を捨てる」ぐらいに戸惑う。
 H親父さん、私の感覚では決して葉は固くないですよ。
 数十年前にはまだ葉が固かったのでしょうか??
 一度試しに食べてみてください。

 今日の写真は「若ごぼうサンド」。まったくもって違和感などない。上手く宣伝すればブームにさえならないかと思うほどマッチしている。
 写真は撮らなかったがスパゲッティにも文句なくマッチした。
 葉ごぼう・若ごぼうは優れモノである。

 葉ごぼうに似たものに蕗(ふき)があるが、これは世間では料理の見た目のために茎だけを使うことが多い。
 山蕗などは葉を落とした形で売られている。
 この葉を、茎とは別に佃煮風に炊くのが私は好きだ。正直に言うと茎以上に蕗の葉の佃煮が好きである。
 スーパーで葉を落として(捨てて)貰っている人を見ると「ああもったいないなあ」と声が出かかる。

   【閑話休題】 何十年ぶりかで天王寺駅北口の焼肉屋に行った。
 堺に住んでいた頃はよく行っていた店だ。
 その頃は必ず生レバーを食べていたなと懐かしく思い出しながら(今は昔の話です)センマイやミノをいただいた。
 安倍夫婦を許せない!という話で大いに盛り上がり、大阪でも大行動をしたいものだという話に発展したが、周囲からはただの酔っぱらいの大言壮語に思われていただけだろう。

2018年3月17日土曜日

自殺に追い込まれた背景


 国家公務員一般労働組合のブログ『すくらむ』の記事を以下に紹介する。
 ノンキャリアの国家公務員が誰でも50代で管区機関の課長補佐になれるわけではないが、それはさておき、現場の雰囲気が正直に反映されている記事である。
 私は自殺事件という「話題にかこつけて」森友問題を書く気などはさらさらない。
 「そう思われはしまいか」というように躊躇して語ることを遠慮することの方が不純ではないかとも思っている。
 正直に言えば、国公労働運動の経験者から大きな声が聞こえてこないことが少し悲しい。

 2018-03-16 18:32:27 『財務省・近畿財務局のノンキャリ職員を自殺に追い込んだ財務省本省と森友優遇政治家』 

 経済産業省の仲間でつくる全経済産業労働組合副委員長の飯塚盛康さんと話していて、財務省・近畿財務局の職員が自殺された話になったのですが、飯塚さんが「地方出先機関で働くノンキャリ課長補佐というのは私と同じ役職だったんだ」とのことで、この問題について飯塚さんが書いてくれたので以下紹介します。

 315日のNHKニュースウォッチ9のトップニュースは、財務省・近畿財務局の職員が「このままでは自分一人の責任にされてしまうなどといった内容が書かれたメモを残して自殺した」というものでした。

 自殺したAさんが働いていた近畿財務局は財務省の地方出先機関で、私が働いていた関東経済産業局も経済産業省の地方出先機関です。

 同じ地方出先機関の50代でノンキャリ課長補佐というのも、私と同じ役職なので自分のことのように思えてなりません。

 まず、地方出先機関とはどんな位置づけなのかというと、本省が立案した政策と予算をもとに業務を執行するところです。経済産業省でいえば本省が立案した補助金を経済産業局が事業者に交付するという関係です。

 地方出先機関で仕事をしているのは、一部の幹部を除いてノンキャリです。経済産業省は経済産業局の職員が本省に意見を言える非常に風通しのいい役所ですが、財務局を含む他の省庁は本省に地方出先機関が意見を言える官庁ではないようです。いわゆる上意下達という関係にあると思います。

 今回の森友学園の改ざん前の決裁文書を見ると、交渉経過が詳細に書かれていますが、議員や安倍昭恵さんのことまで書いてあることに違和感を覚えます。

 Aさんは森友学園への国有地払い下げに関して、いろいろなところからの圧力があって、かなり危ないことをやっているという思いがあり、彼の正義感とリスクを回避するために交渉経過を詳細に書いたのではないかと思います。

 Aさんが回避したかったリスクとは、会計検査院の検査だと思います。ほとんどタダで国有地払い下げをしなければならなかったAさんは会計検査院の検査があったら、この決裁文書を見せて「様々な要因で特別な処理をした」と言いたかったのだと思います。

 この決裁文書に印を押した上司はAさんのような正義感があったかはわかりせんが、少なくとも会計検査院に対するリスクを回避したいと思っていたはずです。

 ところが、昨年2月に森友学園が国会で問題になりました。国会の答弁書を書くのは本省なので、答弁に合わせた改ざんを指示したのは本省に間違いありません。

 本省は財務局の上の方に指示をして、Aさんに改ざんを命令したのは、直接の上司になります。その上司は、「本省から○○部長あるいは財務局長に決裁文書を書き換えるように指示されたのでやってくれ」とAさんに指示したと思います。

 地方出先機関の補佐が、上司に「本省の指示があったからやってくれ」と言われたらノーと言えません。なぜかと言えば、そういう指示系統で仕事をするように教育されてきたからです。

 今、大悪人となっている佐川宣寿さんも含めて国家公務員が、懲戒に相当するようなことを自分から行うことはありません。

 どうしても、やらざるを得ない状況だったのだと思います。Aさんは本省から降りてきた命令で、佐川さんは政治家からの命令だとしか考えられないのです。

 決裁文書の改ざんを命令されたAさんは、法律違反を犯すことをやらされることに苦しんだことでしょう。しかし、地方出先機関のノンキャリ補佐にとって本省から降りてきた命令に逆らうことはできないのです。

 そして、その後、改ざんした決裁文書が大阪地検、国会議員、会計検査院に出されるとは思ってもみなかったのではないでしょうか。

 それを知ったAさんは周りの者は異動しているにもかかわらず自分だけ異動しないということは、担当として自らの判断で森友学園に格安で土地払い下げを行ったという責任を取らされるのではないかと考えて精神を病んでいったのではないでしょうか。

 そして、3月2日に朝日新聞が決裁文書の改ざんの疑いがあるとの記事が出た後、財務局との間でどのようなやりとりがあったのかは不明ですが、最悪の手段を取ってしまったことは大変痛ましいことです。同じノンキャリとして、Aさんをそこまで追い詰めた者たちを許すことができないのです。(全経済産業労働組合副委員長・飯塚盛康)

2018年3月16日金曜日

ジンギスカン鍋の謎

   〽 ABE is over 悲しいけれど 終わりにしよう きりがないから
 わがブログ記事のことである。
 週末に向け記事に少し息抜きさせてください。

鍋を見せたいので調理前の写真
   食というのは面白い。カレーライスを食べたインド人はびっくりするようだし、近頃では中国人が日本にラーメンを食べに来る。このニュースもけっこう可笑しい。

 で早速ジンギスカン料理の話だが、友人の娘さんが北大で、曰く「牛肉が食べたい」と親にSOSが来たそうだ。
 それほど北海道では肉といえば羊だったらしい。ただし北大学生周辺だけのことだったかどうかは私は知らない。
 信憑性には疑義のある番組だが、ケンミンショーの北海道特集ではひな壇で口を揃えて「肉はマトンだ」と叫んでいた。
 
 そのジンギスカン料理だが、もちろんモンゴル人は「そんなものがあるの?」と腰を抜かして驚くらしい。モンゴルでは基本的に羊肉は焼かないそうだ。串焼きなどは中国東北地方の料理だという。
 大阪・日本橋の『故郷羊肉串店』のオーナーは中国吉林省延吉市出身で、文字どおり彼の故郷の料理だとうたっている。
 もちろん、ジンギスカン鍋という鍋(鉄板?)などもモンゴルにはなく「ジンギスカンの兵士が兜で焼いた」というのは俗説中の俗説という。
 答は、ジンギスカン鍋を用いたジンギスカン料理は分類すれば日本料理ということになる。

 となると、日本人として「ああ北海道の郷土料理ですね」などと看過しておくことはできない私であるから、簡易ジンギスカン鍋ではなく如何にも日本料理の調理器具という響きのある南部鉄製の正当ジンギスカン鍋を手に入れた。
 そうして十分手入れをしたうえで、夏ちゃんファミリーを呼んで「鍋開き」を挙行した。

 肉はラムでなくマトンである。
 周知のとおり、ラムは1歳未満の仔羊。マトンは2歳以上の大人の羊でラムに比べて臭くて癖があるといわれている。
 その臭み?が適当に飛ぶようにうまくできた鍋だと思う。私は気に入った。
 検索などしてみたが、誰がいつこの鍋を考案したのかは謎のままだった。
 夏ちゃんにクイズを出して「遊牧民族の鉄兜に似て・・・」と説明しても興味が湧かないようで、例によって花柚子を温州ミカンのように食べて喜んでいた。
 妻は「またいらん物を買って」と不機嫌だったが、料理はおいしいと言ってビールを飲んでいた。

    ようずかと母の尋ねる沈丁花  
 沈丁花の圧倒的な香りはときによっては重くもある。「ようず」とは雨もよいの生ぬるい春の風。ぼそっと「ようずやな」と義母が呟いた。春は気分が晴れそうで晴れない。才能なしは沈丁花とようずという季重なりの上にその主従も決めかねている。

2018年3月15日木曜日

火曜サスペンス劇場にはならない

   マスコミの論調に少し歯ぎしりしている。
 佐川を国会に呼ぶことに反対ではないが、真実はもう既に明らかではないか、と私は思う。
 財務省の「証拠」の改竄は佐川答弁以前に始まっている。
 つまり、『悪いのは財務省だ、身内である佐川を守るために財務省が改竄したんだ』というシナリオで逃げ通したい人たちがいるが、そのへ理屈は成り立たない。
 あるいは、佐川以外の財務省の「省益」のために財務省が不正を働く必要性も、少なくとも出発時点では存在していない。
 その種の論調はものごとの本質を覆い隠す陽動作戦に乗せられていないか。

 佐川の偽証責任を償わせる価値は解るが、マスコミは理性ある主張をはっきりとすべきときではないのか。佐川は主犯でないと。
 佐川が「安倍夫婦の横車に耐え切れず実行しました」と言わない限り証拠は「ない」というなら、ジャーナリズムの良識はどうなる。
 岸壁の断崖絶壁で「実は、かくかくしかじか」と語るのは火曜サスペンス劇場だけだろう。

 火曜サスペンス劇場のレベルでも、本格的やくざの脅迫事件を想像してほしい。
 私の知るレベルでは、本格的ヤクザは決して「俺の要求を拒むとは、おまえ命が惜しくないのか」などと脅迫しない。しかし、交渉ごとのほっとした行間に「お嬢様は何処そこの学校の何年何組ですね」とポロッと言う。
 これは文章にしたら何の脅迫もしていないように見える。しかし被害者が血の気の引くのを感じたであろうことは想像がつく。
 改竄前決裁文書にはその「恐怖」が「奴隷の言葉」で書かれているではないか。
 それが理解できないなら義務教育の国語をやり直しなさい。

 籠池理事長が「昭恵夫人が名誉校長になる」ことを盛んに強調し、「ここまで来て建設・開校が中止にでもなれば・・」と言い、夫人付け秘書官が本省に「問い合わせ」に赴き、そうなれば当然本省から「夫人付け秘書官から問い合わせがあったがその件はどうなっている」と近畿財務局に聞いてくる。
 これで近畿財務局は震えあがったのではないか。それぐらいで震えあがるのが悪いと言うのは世間知らずである。
 先人はこういうことになるから「李下に冠を正さず」と戒めたのである。

 事実、籠池理事長に言わせると、2015年秋、夫人付け谷秘書官が財務省に問い合わせ、理事長が昭恵夫人とも電話をよくしていた頃から神風が怒涛の如く吹き始め、ぐっぐっと動いているという感覚があった(2017.7.31朝日インタビュー記事)と正直に述べている。

 国公一般のブログで谷秘書官の出身官庁の労働組合である全経済産業省労働組合の飯塚副委員長は、「あれだけの改竄前文書の中に谷秘書官の問い合わせが一切文書に出てきていないのは余りに不自然」「一番肝心の文書だけはまだ徹底して隠していると考えざるを得ない」と指摘していることに留意する必要がある。
 あれだけ嘘を通してきた財務省が「これだけです」というのをほんとうに信じてよいのか。

 次いで、麻生の辞任を求めるのも反対ではないが、以上と同じトーンでものごとを考えると、麻生も決して主犯ではないのではないか。
 威張りかえって人を見下す「傲岸不遜の」麻生副総理の姿がテレビに映るたびに私は思うのだが、あの「辞任は考えていない」という言葉は単なる空元気ではなく、彼は腹の底からそう思っているように私には見える。この評価は間違っているかもしれないが・・、

 つまり彼は「これは俺の事案じゃないよ」「安倍事案で何で俺が辞めなくちゃならないの」と信じていると思えるのだがどうだろう。

 私は佐川も麻生も見逃せと言っているのではない。
 言いたいことは、これまでの状況証拠で安倍夫婦が主犯であることは明らかでないかということである。
 焦点は一つ、昭恵夫人を証人喚問せよ!
 このことを強調しないと、佐川だ財務省だ麻生だなどと言っているうちに本質を見失うような気がしてならない。

2018年3月14日水曜日

心ある者よ口を開こう


昨日の記事で私は、近畿財務局の改竄前の決裁文書は公文書としてあまりに異常なものだと書いた。
そのあまりに異常な形態は、事務方職員が「奴隷の言葉」で告発しているからだと書いた。
私にはその形から、現場職員の悲鳴が聞こえてくる。
という気持ちで、国公労働運動のOBや国公職場の良識を代表すると思われる人々に次のようなアピールのようなものが出せないものかと考えた。

    大阪国公革新懇あたりが、大阪の国公の職場でこういう事案で国公労働者が自死したことに心が痛む旨の表明ができないものか。

    主に国公労働組合や自覚的な国公労働者によって構成されている大阪国公革新懇として、彼を守り切れなかった反省と、今後、国公労働者を一人ぼっちにさせない取り組みに対する決意を表明できないか。(決意したら具体化するのは当然) 

    国公労働者は仲間を大事にしよう、労働組合を大事にしようという呼びかけ。辛いときには「決して一人ではないんだ」と振り返ることの大切さの呼びかけができないか。

    民間労働者や広く市民に向けて、いくつかの事象は決して公務労働者の全体像ではないことの理解を深めてほしい旨のお願い。国公労働運動ではたゆまぬ行政民主化、司法民主化の取り組みや運動があることのアピール。 

    それでも公務員労働者には無茶な圧力があり、その中で良心を守ろうと困難な努力をしていることを想像してほしいという要請。官民労働者は理解し合い連帯しよう。

    国公労働者に対しては、無批判に長い物に巻かれていては官民分断政策に乗ってしまうことの注意。国民目線で仕事を遂行したり圧力には批判する中でこそ労働条件向上の道は開けるという訴え。官民の連帯なくして労働条件向上はない。 

    財務省の文書改竄、厚労相のデータ捏造は決して行政が発案したものでない。官邸の無理筋の圧力によるものであるという本質を理解してほしい旨の告発。

    維新府政と公明党ラインの諸問題も正しく指摘。(これまでのブログに書いたので詳細は割愛) 

    最後に元に戻って、自死した財務局職員は労災認定基準に照らせば公務災害と認定される可能性が大きいと考えられるので、そのことについて今後しっかり追求したい旨の決意。

以上、森友問題の共通認識は別にして、国公革新懇あたりに強調していただきたい部分のみを書いてみた。
昨夜は友人のお通夜だった。
志半ばだった彼の意思を忖度して書いたのだが、厳しい彼だったから「長谷やん、けっこう遠慮して書いてるやん」と笑っていることだろう。

2018年3月13日火曜日

3月12日雑感

 3月12日は一日中私用で手を取られていた。
 そんな中、70年代以降一緒に労働運動をしていた友人の突然の訃報が届いた。
 今は言葉が思い浮かばない。「あんたなら洒落た言葉の一つや二つで送ってくれ」と彼はきっと言うだろうが許してほしい。

 そんな一日だったのでテレビもほとんど見ていないが、麻生副総理・財務相の会見だけはタイミングよく見た。
 曰く「佐川が間違った答弁をしたのでそれに辻褄を合わせようと本省理財局ぐるみで改竄をした」・・意訳すればそうである。

 しかし、それは事実に相違する。佐川をスケープゴートにして真犯人を隠す麻生の作戦と見た。
 何となれば、野党合同ヒヤリングで共産党タツミコータローが放った次の指摘こそが正しい。

 佐川答弁との整合性のための改竄が始まりではない。佐川の「価格提示も先方からいくらで買いたいとの希望もない」答弁は315日。それでは「2月下旬から改竄」と合わない。一方総理の「私や妻が関与してれば議員辞める」は217日。つまり昭恵氏の関与を隠蔽するために改ざんが始まった。』

 私の常識からすると改竄前の決裁文書は行政機関の公文書として異常である。
 いろんな政治家の名前を出し、日本会議の名前を出し、その性格の紹介にまで筆が及んでいる。
 こういうのを「奴隷の言葉」という。表向きはご主人に逆らっていないようで、良識ある市民が読めば解るように不本意である旨を語るのである。
 異常な体裁の公文書は、この事案が「超異常なマル政事案」であり、公務員として不本意ながら従わせられているのだということを記録しているのだ。

 ここ数日私が言いたいのは、佐川は悪いには悪いが、決して主犯でないということだ。
 もう一度言おう。2月下旬から始まった改竄は、安倍首相と昭恵夫人を隠蔽するために始まったものである。
 ズバリ、国有財産を8億円余り値引きさせたのは安倍夫婦である。
 近畿財務局職員を自死に追い込んだのは安倍夫婦である。


2018年3月12日月曜日

3.11を振り返って


   昨日は森友問題で紙面を使ったので、一日遅れであるが3.11を振り返っておきたい。
 いろんなことを言いたいが、やはり私はフクシマ原発事故に対する安倍晋三の罪を告発したい。
 以下は昨日付の「ニュースサイト/リテラ」の「エンジョウトオル」署名記事からの抜粋である。

 周知のように、福島原発の事故は津波によって全電源が喪失し、原子炉の冷却機能が失われたことが原因で、政府や電力会社はこうした事態を専門家さえ予測できない想定外のことだったと弁明してきた。

 しかし、実際にはそうではなく、原発事故の5年前に、国会質問でその可能性が指摘されていたのだ。質問をしたのは共産党の吉井英勝衆院議員(当時)。京都大学工学部原子核工学科出身の吉井議員は以前から原発問題に取り組んでいたが、2006年から日本の原発が地震や津波で冷却機能を失う可能性があることを再三にわたって追及していた。3月には、津波で冷却水を取水できなくなる可能性を国会で質問。4月には福島第一原発を視察して、老朽化している施設の危険性を訴えていた。

 そして、第一次安倍政権が誕生して3カ月後の同年1213日には「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を政府宛に提出。「巨大な地震の発生によって、原発の機器を作動させる電源が喪失する場合の問題も大きい」として、電源喪失によって原子炉が冷却できなくなる危険性があることを指摘した。

 ところが、この質問主意書に対して、同年1222日、「内閣総理大臣 安倍晋三」名で答弁書が出されているのだが、これがひどいシロモノなのだ。質問に何一つまともに答えず、平気でデタラメを強弁する。

 福島原発事故と同じバックアップ電源機能不全の実例を指摘されても安倍は…
 まず、吉井議員は「原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」という質問を投げかけていたのだが、安倍首相はこんな答弁をしている。

 「外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。」

 吉井議員はこうした回答を予測していたのか、次に「現実には、自家発電機(ディーゼル発電機)の事故で原子炉が停止するなど、バックアップ機能が働かない原発事故があったのではないか。」とたたみかける。

 しかし、これについても、安倍首相は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」と一蹴。

 これに対して、吉井議員はスウェーデンのフォルスマルク原発で、4系列あったバックアップ電源のうち2系列が事故にあって機能しなくなった事実を指摘。「日本の原発の約六割はバックアップ電源が二系列ではないのか。仮に、フォルクスマルク原発1号事故と同じように、二系列で事故が発生すると、機器冷却系の電源が全く取れなくなるのではないか。」と糾した。

 すると、安倍首相はこの質問に対して、こう言い切ったのである。

 「我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない。」

 吉井議員が問題にしているのはバックアップ電源の数のことであり、原子炉の設計とは関係ない。実際、福島原発はバックアップ電源が全部ダメになって、あの深刻な事故が起きた。それを安倍首相は「設計が違うから、同様の事態が発生するとは考えられない」とデタラメを強弁していたのだ。

 そして、吉井議員がこの非常用電源喪失に関する調査や対策強化を求めたことに対しても、安倍首相は「地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、(中略)経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。」と、現状で十分との認識を示したのだ。

 重ね重ね言うが、福島原発が世界を震撼させるような重大な事故を起こした最大の原因は、バックアップ電源の喪失である。もし、このときに安倍首相がバックアップ電源の検証をして、海外並みに4系列などに増やす対策を講じていたら、福島原発事故は起きなかったかもしれないのだ。

 だが、安倍首相はそれを拒否し、事故を未然に防ぐ最大のチャンスを無視した。これは明らかに不作為の違法行為であり、本来なら、刑事責任さえ問われかねない犯罪行為だ。
(引用おわり)

 リテラの記事は、それにしても、なぜ安倍首相はこれまでこの無責任デタラメ答弁の問題を追及されないまま、責任を取らずに逃げおおせてきたのか・・・を詳細に検証しているが、紙数の関係上割愛する。時間のある方は検索して一読されたい。


 今日は森友問題で財務局決裁文書改竄問題が話題になるだろう。
 そして安倍晋三はフクシマ原発事故と同じように、その責任を財務省の公務員に擦り付けて責任転嫁をするだろう。
 そのときは7年前の大惨事を思い出してほしい。
 安倍晋三の言葉を信じるとこの郷土は滅びてしまう。

2018年3月11日日曜日

思い出のアルバム

 卒園式の季節である。〽 一年中を思い出してごらん あんなこと こんなこと あったでしょう ・・という『想い出のアルバム』という歌を歌う園もあることだろう。
 ということで私も少し思い出を手繰ってみたい。

   第一章 森友学園の塚本幼稚園は、軍歌を歌わせ、教育勅語を暗唱させ、自衛隊や皇室の行事に日の丸振りを強制するので有名だった。
 テレビカメラの前で「森友頑張れれれれ」と叫んだ元在特会大阪支部長池本奈央や日本会議に繋がるバリバリの右翼の幼稚園だった。
 運動会の宣誓では園児に「安倍首相がんばれ」「安保法成立してよかった」と発言させていた。
 それを同じ日本会議や右翼でつながる安倍晋三が「妻から籠池先生は素晴らしいと」聞いていたと国会で答弁し、一時は講演の予定もあったという。(首相になったので中止とか)
 事実、森友学園には右翼の面々が度々訪問しているし、後に予定していた小学校の名誉校長は首相夫人安倍昭恵だった。
 同じ潮流の話としては、元維新の上西小百合が維新(橋下?)から「見学に行って素晴らしさを広めるように」指示されたと言っている。
 籠池夫妻の息子はブログのプロフィールでは「維新の足立康史議員の私設秘書」であった。
 問題の土地の緑地化が検討されたときに猛烈に反対運動をしたのも維新の地方議員だった。

 第二章 2012年維新府政の大阪府は「私立小学校の設置基準」を唐突に緩和した。表向きは規制緩和で窓口を拡げたと言いたいのだろうが、その後「認可」されたのは森友学園だけである。客観的には森友のためにルールを変更したと考えるのが常識だろう。
 それでも資産の乏しい森友は2014年12月18日の大阪府教委の「私学審議会」で小学校設置申請を却下された。
 その1週間後、2014年12月24日、安倍、松井、橋下が会食つまり密談を行った。
 2015年1月27日、あまりに露骨に唐突に大阪府の私学審議会の臨時会が開催され、森友の小学校(籠池の寄付金振込書でいえば「安倍晋三記念瑞穂の國小學院」)が一転認可された。
 これらのことを指すように自民党の西田昌司は国会で「森友学園が建設資金もなく認可された責任は大阪府(つまり維新)にある。松井が掛けた梯子から籠池が勝手に落ちたもの。ここは梯子を掛けては駄目だったんだ」と言って安倍をかばった。
 安倍をかばおうとしてしゃべってしまったが、大阪府議会で維新が100条委員会を拒否した原因はここにあるのだろう。

 第三章 2015年9月3日、安倍晋三は財務省の岡本官房長、迫田理財局長と面談した。ちなみに迫田理財局長は山口県出身。
 翌2015年9月4日、安倍は安保法案審議中の国会を欠席して大阪に行きテレビに出演した。
 その日近畿財務局9階では森友側のキアラ設計所長、中道組所長と近畿財務局と大阪航空局(国交省)の担当者が会合を行った。ここでは売り手側の財務局から値引きのストーリーが提案された。(ちなみに業者側は責任を押し付けられたら大変なので抵抗している音声テープあり)

 安倍晋三はテレビの後16時から『かき鉄』で何人かで食事をした。
 かき鉄の主人は今は亡き関西地盤の公明党冬柴国交相の息子の大(ひろし)氏の店で、冬柴大氏は元りそな銀行の支店次長であり、冬柴パートナーズの代表である。
 (その後マスコミは「建設資金に窮した森友にある都市銀行が融資」と報じたが、その仲介の話がこの日に決まったと専ら推測されている)
 国会で公明党が真相解明に消極的な理由もここにあるようだ。

 2015年9月5日、安倍昭恵は塚本幼稚園で講演。小學院の名誉校長に就任。
 籠池夫妻によるとこのとき「安倍晋三から」と言って100万円を受領。籠池は国会に出てきて話したが、昭恵夫人は一切出ていない。

 第四章 その後、昭恵夫人付谷秘書官が財務省を『訪問』したりして、その経過を電話、メール、ファックスで籠池夫婦に連絡していたことは明らかになった。
 そして、以上のような表面的な流れの深層を問う国会質疑に、佐川理財局長(当時)が記憶にない、記録はない、破棄したと答弁を重ねてきた嘘の化けの皮が徐々に剥がされていき、国税庁長官辞任に至っている。

 こんな「思い出」をどうして書いたかというと、以上のとおり、よくよく考えると不誠実な答弁を繰り返した佐川長官は悪いには悪いが、それは証拠隠滅の罪だと思う。真犯人は「これで佐川は民間人になったから国会招致を拒否できる」などといって祝杯を挙げているかもしれない。
 私の思うところ、主犯安倍晋三、同昭恵、共犯維新・公明、あとは板挟みになった小市民ではないか。(小市民に全く罪がないとは言えないが)
 
 情報では明日にも改竄前の文書が提出され、何人かの公務員に責任を擦り付けて処分が出されるようだがすべては尻尾斬りである。提出文書に記載のある別の政治家に責任を擦り付けるともささやかれている。
 こんな不正義を許しておいていいのか!
 良識ある方々はコメント欄でもよいから声をあげてほしい。

 今日は3.11の追悼と原発について書こうと前々から考えていたが、近畿財務局の公務員の死という悲しい出来事からどうしても森友の主犯たちを告発したくなった。

 【追記】 マスコミはどうしても新しいニュース新しいニュースを追いかける。もっと言えば動きのあるニュース、面白いニュースだ。その結果、真犯人でない共犯者がクローズアップされ、場合によっては真犯人が「知らなかった人」「真相究明に努力する人」に移ってしまう。仮に、改竄前決裁文書に「横から口利きした大物政治家」の名前が出てきたとしても騙されてはいけない。言い続けよう、真犯人はお前だ!君ら夫妻だ。