2017年5月7日日曜日

5月5日は孫の日ではない

    5月5日、老人ホームの義母と端午の節句の話をした。
 会話と言えるほどのキャッチボールはほとんどできなかったが、それでもポツポツと、昭和30年代まで家で粽(ちまき)を作って知り合いに配っていたこと、・・
 包んだのは今風の笹の葉でなく葦(アシ)=茅(カヤ・チ)の葉で、紐は藺草(イグサ)だったこと、・・
 そして「こんな風に包みますねん」と、普段は食事もおぼつかない手を、奇跡的なほどに動かしてくれての熱血講義だった。

 さて、昭和4年発行の『年中事物考』という本の「端午の節句」の章によると、「ちまきは茅卷(ちまき)の義(ぎ)で、古(いにし)へ、ちまきを作るには茅(かや)(ち)の葉で卷いたからで、今でも之(こ)の古義(こぎ)の傳(つた)へのまゝ拵(こし)らへたのを見かける」とあった。
 昭和4年に既に「古義」と書かれていた茅=葦の粽が奈良の義父母の世代までは残っていたこと、それを実体験者の生の言葉で聞いていることに感動を覚えた。

 思うに、茅(葦)というのは単に「手近にあった」からというような単純なものでなく、「茅の輪くぐり」の例を挙げるまでもなく、ある種の神聖性があったからだろうと思われる。
 これに関して、故福永光司氏は、道教の経典に近い書物である『抱朴子』(4世紀初頭晋代成立)には「山中で幽霊に出会ったときは茅(ちがや)を投げろ」と書いてあると指摘し、江南道教の聖地が茅山(ぼうざん)であることも無関係ではないと示唆されている。
 義母のさりげない話は、実は屈原の故事にも重なるとても奥が深いものではなかろうか。

 さて、これはしばしば書いてきたことだが、弥生時代の道具を博物館で見ると、昭和30年代までそこかしこにあったものとほぼ同じものが少なくないので驚かされる。
 民俗学や文明史で見ると、この国は昭和40年ぐらいを境に別の国になってしまった。
 だから未来の人々から「日本の伝統文化はあの時代に消滅したものが少なくない」と批判されるのは我が世代のような気がする。
 ビートルズやツイッギーを語り伝えることも大切だが、親の世代までのあれこれを語り伝えることはそれ以上に大事だろう。

 5月5日は子供の日であって孫の日ではない。
 なので老夫婦で庭仕事などをして過ごした。

    老親に活力呼びし粽かな

2017年5月6日土曜日

立夏並びに端午の節句

   5月4日、丸1日、孫の夏ちゃんを預かった。夏ちゃんはこども園の年長組で来年はピカピカの一年生である。
 祖父ちゃんは朝から補虫網を用意して待っていたが、夏ちゃんの持参したのは「スウィーツ屋さん」というゲーム機のような玩具だった。
 小さな画面にいろんな情報が出て、夏ちゃんは順番にタッチして遊び、祖父ちゃんにもやれ!というのだが、文字は小さいし正直に言って全く面白くなかった。ただ、こういう時代になったんだなとほとほと感心(嘆息?)するだけだった。

 そこで、先日友人から戴いた本を取り出してみた。
 友人の甥っ子が大きくなったので捨てようかということになっていたが、夏ちゃんなら喜ばないかとわざわざ持ってきてくれたものだった。
 そのうちのひとつは『葉っぱでつくる工作図鑑』のようなものだった。
 幸い「木の葉」はいろんな種類の葉っぱがわが家の周りにはいっぱいある。
 ここからは折り紙の得意な祖母ちゃんの出番になった。
 笹舟から始まって、手裏剣、お面、人形、そしていろんな課題に夏ちゃんは自分から挑戦した。
 バーチャル玩具からリアル世界に帰ってきてくれた。ホッ。

 写真は「菖蒲の鉢巻き」を締めた夏ちゃんで、手にしているのは葉っぱで作った蝶々。
 菖蒲の鉢巻きは縁起が良いので、鉢巻き姿の夏ちゃんをスマホの壁紙に更新した。
 この記事のラベルは『爺ばか日誌』以外に考えられないが、ブログ友達の和道さんのブログも、有名人の市田忠義さんのFBもけっこう『爺ばか』だから、私が突出して『爺ばか』ではなさそうだ。

 小さい頃、憧れだった鯉のぼりだったが、やってきた孫は見慣れたためかそれほど感動もしない。
 ただ、町内の小さい子ども達には大いに喜んでもらっている。
 時々窓の外から「あっ、鯉のぼりや!」という声が聞こえてくる。

    孫連れの散歩コースの鯉のぼり 

2017年5月5日金曜日

碓井豌豆

 近鉄南大阪線古市駅を降り北西に行くと羽曳野労働基準監督署、市役所、警察署、誉田山古墳(伝応神天皇陵)だが、北東に行くと「碓井」という地区で旧碓井村である。というような地図上の位置は知っていたわけではなく、今回地図を広げて見て‟発見”した次第。なんだ、その近くを度々歩いていたんだ!!
 この地で品種改良されたのが碓井豌豆(ウスイエンドウ)で、今頃『なにわの伝統野菜』としてPRしているが、既にその主な産地は大阪ではなく和歌山県となっている。

   このウスイエンドウが関西ローカルな野菜であり、関東をはじめ全国的にはほとんど知られていないということは「ケンミンSHOW」で初めて知った。正直に言って驚いた。ほんとうに驚いた。

 私の好きなウスイエンドウの『豆ごはん』もテレビ画面の東京では、「えっ、グリンピースの豆ごはん?」と顔をしかめられていた。グリンピースとは違うねん。(声を大にして「グリンピースとは違うねん」)

 先日他のテレビ番組で得た情報だが、豆を取り出した後の莢(さや)を煮て出た出汁で豆ごはんを炊くとよいというのでやってみたが、確かに味も香りも引き立った。

   わが家の家庭菜園のウスイエンドウも少し丸みを帯びてきた。自家製の豆ごはんももうすぐだ。

豌豆の豆ごはん知る関西人

 万歳!万歳!万歳!

2017年5月4日木曜日

パノプティコンを許さない

   憲法記念日の「5.3おおさか総がかり集会」に大判の名札を付けて参加した。
 「それが例の名札か!」と声をかけてくれたFBの先輩もいた。
 パレードの解散時に仲間たちで「パノプティコンを許さない!」というシュプレヒコールを繰り返したら、あちこちから「なんのこっちゃ」という視線を浴びた。
 正直に言って、その絶対的少数派感覚が心地よかった。
 なんのこっちゃの人々が、「何か自分たちの知らない言葉があるらしい」と思ってくれたならそれでいい。それでいいのだ。

 願わくは今後が、いろんな情報源からいろんな知恵を得て、それが互いに勉強になる集会(パレードを含む)になればと願っている。
 湯川秀樹氏曰く、「すべての真理は最初は少数派であった」。
 パノプティコンという言葉にこだわりはない。
 ただ、そういう情報(やく みつる さんの風刺)などが生き生きと反映される取り組みが必要ではないかと提案したいだけ。

   先日のメーデーはいささか旧態依然だと批判したが、昨日の集会は「旧態」の伝統も薄れ、惰性に流れているような気がした。
 仕事で現役の中間管理職の頃、いわゆる指示待ち世代に対して「創意工夫をしよう」と指導したものだが、そんなあれこれが喉まで出かけた。
 フェスティバルをしなかった唯一の地大阪で、心に響くメッセージをどう発信すればよいのだろうか。

   山本五十六を引くのは面白くないが、「やって見せ」ない先輩世代の責任は重い。
 やって見せないのも悪いし、正しいお説教を(傷つけないように気を付けつつ)しないのもいけない。

 すぐ前方に宣伝カーが付いたので持参したミニメガ(上の写真)の出番はなかったが、アナウンスもコールも十分に練られた感じがしなかった。
 「ダンドリ八分」ということについて、本気で考えてほしいものだが、これも「やって見せ」が大事だろう。

 集会では、民進党、共産党、社民党、自由党、市民団体がこぞって「野党は共闘」と強調された。素晴らしいことだと思う。
 それがほんとうに実現するよう心から願っている。

    川柳 パノプティコンの呪文投げたるやくみつる

2017年5月3日水曜日

本美之主(ホンビノス)が季語になる日

   これまで何回か書いてきたが、私は夏休みの頃にはほとんどバーベキューをせず、基本的には涼しい季節にそれを行う。
   GWは最早「涼しい季節」とはいえないかも知れないが、ハエやカがいないので特にお勧めの季節である。

 さて、手持ちの俳句の本にはバーベキューは出てこないが、ネットでは「夏の季語」として紹介されている。
 なので、立夏が5月5日だからアバウトで今を「夏だ!」と言ってもいいのだろうが、GWはきっちり晩春の季語なので、GW早々に実行したバーベキューはいったいどう詠んだらいいのだろう。

 そんなことに悩みながらGW早々に孫の夏ちゃんファミリーと我が家の庭でバーベキューを行ったのだが、それは予め予定していたものではなく、朝に日常の買い物をしていたら幾つかの海産物が目に入ったので、その場で「昼食はBBQだぞ」と携帯でメールをして突如実現したものだ。

 その目に入ったもののひとつはホンビノス(本美之主)貝だった。
 先日は貝類等が専門の岩崎先生の「生物多様性と固有種保護の話」を聞いたばかりなので気が引けなくもないが、この貝は1998年に東京湾で発見された貝である。1998年に大阪湾で発見と書かれている文もある。
 いずれにしても原産地は北米大陸で、タンカーのバラスト水に混じって侵入してきた有名な‟外来種”である。
 政府は、「外来種被害防止計画」も定めているが、ホンビノス貝は「侵略的外来種」ではなく、在来種と競合しない「共存的外来種」というカテゴリーに含まれているようだ。?????

 そんなことを以前にテレビで見ていたので、若干躊躇しながらもそれを購入した。
 大きさは6~8㎝で1個の値段は200円弱ぐらいだった。
 調理は網の上に乗せて、口が開いたら醤油を垂らすというだけの至ってシンプルなレシピだったが、結論は皆に大好評だった。

 今年、大阪湾の二枚貝には貝毒が非常に高まっていて、潮干狩りで獲ったアサリなどの貝は「持ち帰り禁止」(代わりの貝あり)らしい。
 なので皆さん、ここのところは難しいことは忘れて『安くて旨い』ホンビノスをご賞味あれ。
 「〇〇湾のアサリ」というのも稚貝はほとんどが中国産、韓国産らしいから、そのうちにホンビノスの方が国産貝の代表になって、やがて季語に載せられるのではなかろうか。ホンビノスは稚貝から東京湾で育っている。いったいどちらが国産に近いと思われる?

 今日は憲法の古稀。朝日新聞阪神支局で2人の記者が殺害されて30年である。
 治安維持法と重なる共謀罪法案や、教育勅語、銃剣道等々キナ臭い日々にこんなマヌケな記事を書いたが、この記事のような「平和」が孫子の代まで続きますように。

   晩春のバーベキューには本美之主

2017年5月2日火曜日

風林火山と桃太郎

   5月1日、大阪メーデーに行って、今更ながら組合旗の少ないことに驚いた。
 私などが青年部の頃は先輩の多くが軍隊の経験があり、軍旗のイメージで組合旗(赤旗)を大事にされていた。
 それが今では、より判りやすいからだろうか、色とりどりの幟(のぼり)が圧倒的で赤い組合旗は絶滅危惧種である。

 と、自分の若い頃を振り返って一抹の寂しさを感じたが、これも合理的なものに取捨選択されていく社会の「進歩」かと理解しようと思う。
 考えてみれば幟も旗も「流れ旗」「幡(ばん)」あたりがルーツだろうから、戦時の目印、軍の象徴の色合いの濃い軍旗よりも、荘厳のための装飾の色合いの強い幟の方であってもよいかと考えたりする。幡は飛鳥時代からある。

 そんなことを言うと、「赤旗は階級的労働運動のシンボルでないか、パリ・コミューンの歴史を忘れたか」とのお叱りの声も聞こえそうだが、若い人は若い人のやり方で山に登るのだろう。それでいいのだと私は思う。

 ちなみに、風林火山や桃太郎で馴染みの幟だが、これは極めて日本独特のものらしい。
 縦書きの文化であることが大きな理由らしいが、といって中国には日本ほどの氾濫状態はないらしい。もちろん欧米には皆無に近いという。
 そう考えると、日本文化を大事にする民主運動で幟の比重が圧倒的に高まり、反対に右翼の皆さんが旭日旗などを偏愛しているのも可笑しい。

   メーデーに私は「パノプティコンを許さない」という名札をぶら下げて参加した。
 このキャッチコピー、ご同輩はいないかと探してみたが見つからなかった。やく みつる さん、不発でした。ははは。
 しかし明日は護憲の集会、めげずに再度ぶら下げよう。


    憲法記念日未来も季語に残したし

2017年5月1日月曜日

報道の自由度72位

 報道の自由度ランキングで日本は10年前は11位だったのが今は72位、G7で最下位。
 怖ろしいのはその事実よりも、そういう事実を知らずに「正しい情報に基づいて判断している」と思いこんでいる国民の現状。
 その上に、政府は共謀罪法案でさらに市民を丸裸にして、意図的な情報操作で世論を誘導しようとしている。
 
 そんな折、4月24日「NHKクローズアップ現代+」の「スノーデン未公開ファイル」は背筋が寒くなる内容だった。
 その一、沖縄のキャンプ・ハンセンに諜報活動用の通信施設を移転する際には日本の費用で設備を強化した。
 横田基地の諜報活動用の施設も日本の費用が使われた。
 それらの設備で得た情報は日本の防衛とは関係のないアフガンでの戦争に使われた。

 その二、1983年大韓航空機撃墜事件の際、アメリカは日本政府も知らないうちに自衛隊の「交信傍受」の情報を手に入れた。
 通常は通信傍受の手段などがバレてしまうため音声そのものは公表されないものだが、アメリカは国連の場でそれを公表した。
 事実、その後日本はソ連戦闘機の通信傍受ができなくなった。

 その三、アメリカは口では同盟国と言いながら日本を盗聴等の監視対象(ターゲット)にしていた。
 2007年IWC国際捕鯨委員会総会の際は、アメリカは日本のロビー活動を全て盗聴し、その情報を反捕鯨国に提供し、ものの見事に日本は粉砕された。

 先に公表されたスノーデンファイルでは、ドイツのメルケル首相が盗聴されていたことが判明しドイツやEU諸国がアメリカに断固抗議を行ったが、今般のスノーデンファイルで明らかにされた諸事態に、日本政府もマスコミもそして多くの国民も無反応に近いように見える。ああ。

 先日、保守の代表格のような小林よしのり氏が共謀罪法案に反対陳述を行ったように、保革などという違いを超えて、日本を100%属国扱いするアメリカに抗議の声を上げたいが如何?
 そうでないと、アメリカが取捨選択した情報に誘導されるだけだ。
 ニュースやワイドショーでは「Xデーは何時か?」というような危機感を煽り、「ミサイルが飛んで来たら地面に伏すように」指示しながら政府要人がこぞって「外遊」する国で、報道の自由度72位に驚きの声もない民に未来はあるのだろうか。

 私には6年経った今も判らないことがある。
 6年前の「計画停電」だ。誰が、どういうデータで、どう判断して、計画停電を実行したのか。その後の6年間は「原発はなくても電機は足りている」ことを証明している。
 だからあの「計画停電」は国民に「簡単に脱原発などというなよ」という脅しであり宣伝だったと思っている。
 で29日の東京メトロや北陸新幹線の「運転停止」である。
 私にはどうしても戦時体制への訓練であり広報だったような気がしてならない。
 報道の自由72位の国は急速に右旋回をしている。

  川柳 老い先は農に帰れと気炎あげ

2017年4月30日日曜日

北朝鮮のミサイル

 ブラックジョークに「首相は危機を煽っておいて自分だけ逃げたんではないか」というのがある。安倍首相も、岸田外相も、薗浦副外相も27日には文字どおりの外遊に出かけた。その29日午前5時半ごろ、北朝鮮がミサイルを発射した。おいおいおい、これでもこの内閣の情報力、判断力を信じなさい!と言うの?

 だから政府は21日に、「弾道ミサイル落下時の行動について」をHPに掲載し、「警報が出たら、頑丈な建物や地下街に避難するか物陰に隠れて地面に伏せるよう」ご指導されている・・との反論もあるだろう。
 事実、和道さんのブログによると和道さんの自治体は広報誌にその内容のチラシが挟まれて配付されたらしい。やっぱり、これで日本国民は安心だ。

 ただ、私も日本国民だが、どういうわけか今朝「その警報」は教えてもらえなかった。
 数分後に爆発して失敗したらしいが、東京メトロは6時7分から10分間、運転を見合わせたらしい。時系列でみると、北朝鮮のミサイルはセスナ機並みのスピードなのだろうか。
 また、「地下鉄は止めるが原発は止めない」という政府は「平和ボケ」ではないのでしょうね。本心は危機意識に煽られた国民が「口先番長」の勇ましい戦前回帰を支持してくれればそれでいい・・・と?

 私の知る限り「ノドン」の落下速度は秒速2000~3000メートルといわれているが、仮に30キロ先でキャッチし「警報」システムが起動されアナウンスがされたとして、アナウンスが終わったおよそ15秒後にはすでに着弾している。どこかのCMではないが「もっと早く言ってよ~」。

 いろいろ皮肉を言ってみたが、だからこそ日本は平和なのかもしれない。国民に対して「平和ボケ」とお叱りの大臣(おとど)が率先してこの時期に「外遊」なのだから。そして、留守居役が「すべての選択肢がある」などと粋がって「反撃」しなかったのがいい。

 1994年にクリントン大統領が「先制攻撃」を計画したとき、ラック在韓米軍司令官は「米兵8万~10万人を含め韓日米国民が100万人犠牲になる」と想定した。金泳三大統領が「米国は戦争騒ぎのためにわが国土を使うことはできない。私は韓国兵を一兵たりとも動員しない」と強く抗議してこれは中止されたが、想定される犠牲の規模に「原発の存在」を加味すれば、それが破滅的な世界を招くことは明らかだ。米大陸を除く北、韓、日は必ずそうなる。

 先日、韓国語が堪能で幾度も韓国を旅行された先輩の「板門店訪問記」を聞いた。自然に話は「ポプラの木」に移った。
 そもそも「ポプラ事件」とは、1976年に板門店の共同警備区域内に植えられていたポプラ並木の剪定を国連軍が実行したところ、北朝鮮軍将兵が作業の中止を求め、国連軍側は部下に作業継続を命じ、為に再度の作業中止勧告を出した後北朝鮮軍が実力行使に及び、奪い取った斧によって米兵2名が殺害された事件である。

 3日後、国連軍は100名を超える武装した兵士でポプラ並木を伐採し、20機のヘリ、7機の攻撃用ヘリ、F4、F5、B52が飛行し、F111が待機した。沖合には空母ミッドウェイが待機。非武装地帯の外側には陸軍部隊が待機した。この折りは北朝鮮軍が反撃しなかったので武力衝突、全面戦争は回避された。

 このように、板門店は軍事境界線、停戦ラインでしかないことを忘れてはならないから、宣戦布告のような戦争が始まるよりも、「予想外」の行き違いから悲劇は始まるだろう。だから、「いかなる選択肢も辞さない」というような脅しで挑発するのは危険である。
 28日国連でティラーソン国務長官は「ソウル、東京への核攻撃の脅威は現実だ」と述べたが、日本では根拠のない楽観論と野次馬的な脅威論ばかりが目立つ。理性的な議論がもっと出てこないものか。

 先輩の話の中で、ソウルなどは大阪のミナミのように中国人観光客がいっぱいだったのが、今は中国政府の「渡航禁止」で静かだというのがあったが、こういうことこそ危険な情勢の真の姿を現しているのかもしれない。発端は米韓の迎撃ミサイルTHAADの配備計画に中国が反発したものだが、中国人のいない韓国はそれだけ危険ではないだろうか。

 安倍首相は国内では勇ましい言葉を吐くが全く中身のない内弁慶である。
 この時期プーチンに会うなら、「6か国協議に北朝鮮を引っ張り出しなさい」「北朝鮮が国連決議違反の核とミサイル開発を行う限り経済制裁をしなさい」と明確に言うべきだ。さらには、「無法な北朝鮮を援助するなら日本のロシア経済援助はできない」とも。
 プーチンやトランプの前に出るとお追従に終始し、国内には「先制攻撃も辞さず」とはどういうことだ。

   川柳 吟行も探鳥会も違法です

2017年4月29日土曜日

徳利があった

   2016年9月3日に黄星徳利蜂(キボシトックリバチ)のことを書いた。
 親蜂を見つけたその時は、どこかに徳利がある筈だがと庭中を探したが見つけられなかった。
 今回たまたま物置の近くでそれを見つけた。
 巣立っていった出口を目の中で塞いでみると、見事な船徳利に見える。

 トックリバチは「武道を職業にしているのにその住居は一つの芸術作品だ」とはファーブル先生の言。続けて、「私の思い付きを述べることを許して貰いたい。昆虫にも一つの美学がないであろうか。少なくともトックリバチには自分の作品を美しくしようとする傾向が見えるように思う。事実を述べて見ると・・・」と詳細な観察記録を感動しながら叙述している。

   ファーブル昆虫記は、前回書いたとおり、この狩人蜂が子ども(卵)のために獲物を殺さず昏睡状態にしてトックリ中に保管すること、
 昏睡状態の大きな獲物が動いても卵が壊れないような卵宙吊りの妙、
 そもそも獲物を殺すよりも何百倍も難しい麻酔の方法・・・が詳細な観察と実験記録で何ページも費やされて書かれている。

 最新の宇宙物理学なども驚きがいっぱいだが、ファーブル先生が観察した昆虫はある意味それ以上に未解明で驚かされる。

 日本では、私のようにファーブル昆虫記の一部しか読んでいなくても、ファーブル昆虫記という名前と「聖(ひじり)たまこがね(スカラベ)」の話ぐらいは多くの人が知っている。
 しかしフランスに行って(学者でない)普通の庶民と話をしても、「ファーブル?それ誰?」という程度なのだと読んだことがある。ファーブル先生はフランス人でその主な舞台は南フランスなのに。

 つい先日も生態・環境保全学の岩崎敬二先生から聞いた話だが、日本映画を輸出した折に、「雑音が多い」と不評だったという話も有名な話で、蝉しぐれや秋の虫の声で季節感やある種の心象風景を感じる私たちは地球上では圧倒的な少数派らしい。
 だから、何でも自分の持っている情報や思考回路が世界標準などと思わない方が良い。
 これはけっこう大事な観点ではなかろうか。

    顔中に証拠残して鶯餅
 

2017年4月27日木曜日

パノプティコンを許さない

   26日付け朝日の風刺漫画「パノプティコンを許さない」(やく みつる)は秀逸な作品だ。

 先の年度末で廃止され、今後は「不思議なホテル」にしようという話のある奈良少年刑務所がそうであったが、中央に監視塔(室)があって放射線状に獄舎を配置する『全展望監視システム』という監獄の建築思想が「語源」である。

 少し下世話な話になるが、リベンジポルノというものがあってリベンジポルノ防止法という法律がある。
旧奈良少年刑務所
   元交際相手への仕返しに裸の写真やさらにプライベートな写真や動画をネット等に公開して復習する犯罪である。

 言いたいことは、共謀罪法案の前提には盗聴や盗撮があるということで、先の参議院選挙では大分県警が民進党や社民党の利用している会館の人の出入りをビデオで盗撮していたが、それが当たり前の社会になるということだ。

 相当以前だが、自治会の役員として自治体の清掃事業部と話していたときに、自治体側が「家庭ごみの分別状況を調べてみると、共同住宅の分別状況の方が格段に悪いんですわ」と言ったことがある。
 「何でそんなことが判るのか」と尋ねたところ「抜き出して調査した」というので、その日はそんなことがテーマではなかったが、自治会役員一同で「家庭のゴミ袋を開封、調査するのは重大なプライバシーの侵害になる」と抗議したことがある。

 北朝鮮や中国の人権侵害を声高に糾弾しながら共謀罪法案で丸裸にされるのに気が付かないというのはいただけない。

   川柳 パノプティコン流行語の予感あり

2017年4月26日水曜日

軍拡は抑止力になるか

 ここ数日の記事について「解り難い」という指摘を受けた。複雑な国際情勢を単純明快に一言で述べよ!というのは酷な話で、「読みながら一緒に悩んでほしい」というのが私の正直な気持ちだが、そういうのは流行らないようだ。なので、無茶を覚悟で北朝鮮問題を単純に述べてみたい。

 1 金正恩の北朝鮮が核開発を進めミサイル開発を進めているのは、国連決議に違反する不当なことである。
 2 それを止めさせる為には、非軍事的制裁と6か国協議を基本とする外交で圧力をかけることである。
 3 事実、中国が非軍事的制裁に協力していることが大いに圧力になっている。
 4 反対に、「軍事的なあらゆる選択肢」がトランプや安倍晋三によって叫ばれているが、それは全く非現実的である。
 5 「あらゆる選択肢」が金正恩ら指導部をピンポイントで「瞬殺」する事を指しているとすれば、過去及び現在の米軍の実力をあまりに楽観的に事実誤認していると言わなければならない。つまり、ありえない。
 6 米日側がミサイルなり空爆なりで「圧力」をかけて方針転換を迫るというのは次の二つの点で現実的でない。 ①独裁国家の指導者は自身のカリスマ性が瓦解するような弱気と捉えられる妥協は一切できない。②軍事独裁国家は勝算がなかっても反撃しなければ指導部が存続しえない。
 7 よって「軍事的なあらゆる選択肢」は予想外の暴発を招くおそれを高い確率で含んでいる。
 8 つまり、「軍事的なあらゆる選択肢」は即、本格的な都市間戦争となる。その場合、在日米軍の出撃や安倍晋三の対米従属方針から、北朝鮮が日本列島を標的にするのは間違いない。
 9 その場合、日韓の一般住民が100万人死亡するというのが米軍のシュミレーションである。
 10 北朝鮮が複数のミサイルを同時に発射した場合、そのすべてを迎撃することはできないというのも常識である。仮に通常ミサイルであったとしても、日本の原発の全電源喪失が起これば、核攻撃と同じ惨状が生まれる。9.11時にアルカイダが一時アメリカの原発を標的にしたことを想起してほしい。
 11 以上のようなことは私が指摘するまでもなく常識に属することである。しかし、トランプ政権はほとんど官僚機構が構築されていない。日本は官僚の人事権が内閣府に一元化されたことで、政治(つまり安倍日本会議内閣)主導が極まっている。よって、ポピュリストの幼稚な判断がブレーキなしに実行される可能性がある。
 12 以上が私の言いたいことで、常識的には「先制攻撃も辞さず」などあり得ないが、トランプと安倍の「外交ど素人コンビ」は東アジアを滅亡させる暴発の可能性を秘めている。
 13 だから、北朝鮮を巡る情勢を「一言で語る」などということは考えずに冷静に考え、「軍事的選択肢」を評価するような政府与党、そしてマスコミの論調に惑わされず批判していかなければならないということをあえて言いたい。
 14 緊張が高まれば「強気の熱狂」が社会を覆い、理性的で冷静な意見が「北朝鮮の代弁だ」「売国的な弱音だ」というような問答無用のレッテルで封殺される。それは、北朝鮮問題を利用した「戦前回帰」政治を一挙に後押しするだろう。なので、解ったような顔で「戦争になんかならないだろう」と第三者的に冷笑する姿勢は良くない。

    木の芽時くしゃみの声響きおり

2017年4月24日月曜日

テロリストのお情け

   4月22日付け東京新聞の『本音のコラムーテロの標的』というのがFBにあった。興味が湧いたので、記事の中にあった本の著者のユスリー・フーダを検索して「図書館情報」を当ってみた。
 残念ながら国立国会図書館は東京本館にしかなかった(関西館にはなしだった)が、奈良県立図書情報館に1冊あることが判ったので車を飛ばした。

 情報館には、目指していた、ユスリー・フーダ著、師岡カリーマ・エルサムニー訳、『危険な道ー9.11首謀者と会見した唯一のジャーナリスト』白水社・・があった。

 私が先のコラムで一番興味を持った箇所・・そこには、アラブ世界でもっとも有名なジャーナリストである著者に対してアルカイダの幹部のムハンマド・アタ―が9.11後にこう語っていた。

   「(9.11の)標的について話し合うなかで、始めはいくつかの原子炉を攻撃することを考えた。しかし、収拾がつかなくなる恐れがあるので、やめた」。「・・最終的に私たちは、核関連施設を標的から外すことにした。少なくとも今のところは」。「今のところは、と言ったら、今のところは、という意味だ」「標的の選択は、できるだけ多くの死者を出し、できるだけ広範囲な混乱を引き起こし、最終的にはアメリカが、アメリカの地で、世界中が見ている前で、大打撃を被ることを目的としてなされた」と。

 これを読んで私は「やっぱり」と納得した。
 一時は、アルカイダでさえ原子力発電所の破壊が最も効果的だと考えていたのだ!!!
 9.11がアメリカの原発でなかったのは、以後のイスラム世界を含む国際世論を勘案して「今のところは」外しただけであった。
 テロリストの「分別」と「お情け」で今があっただけなのだ。
 ということになると、・・同じこと(つまり原発を標的にすること)を金正恩や北の指導者が考えないと思うのは、余程の楽天的なお人好しか世間知らずとなる。

 トランプと安倍晋三は、金正恩の「分別」と「お情け」を信じてチキンレースを仕掛けているのだろうか。何ということだ。
 テレビの中のコメンテーターたちが、「トランプにはすべての選択肢がある」というようにある種の危機感と「明るい展望??」を煽っているが、北のミサイルは日本人を除けて米軍基地にだけ着弾すると本気で思っているのだろうか。金正恩は絶対に原発を狙わないと本気で思っているのだろうか。彼らが窮鼠猫を食む前にピンポイントで「ボタンを押せる指導者全員」を一人も残さず「瞬殺」出来ると思っているのだろうか。だとすれば、あまりにリアリズムに欠けた夢物語ではないだろうか。

 そう、リアリズムの眼を以て考えてみると、仮に戦争が回避されてアメリカの航空母艦が北朝鮮海域から離れたとしても、「パワーを見せつけたので核開発は遅れることだろう」とかなんとかのトランプ流の解説を取って付けて、結局、その種のマスコミのおかげで「共謀罪」法案が通り、防衛予算が大幅に増額されたら、それだけでウハウハと喜ぶ面々が日米に少なくないということに誰もが気づくだろうが、それでは遅い。

 だから、いくら酒席の話としても、金正恩の先制斬首作戦など肯定的に語るのはやめよう。
 酒席の話としては、『安倍は国内で窮地に立ったら、金正恩に「ミサイルを発射して!」と頼んでいるらしい』というジョークぐらいにしておくべきだろう。

   川柳 連休にどこに行きたいと子にいわれ

2017年4月23日日曜日

フェイクニュース

 流言蜚語は前時代の遅れた現象では決してないと思う。 
 関東大震災のときは流言蜚語という言葉が当っていたかも知れないが、現代ではフェイクニュース(嘘の記事)とかPost-truth(ポスト真実)という方がふさわしい。
 トランプは4月13日にアフガンに大規模爆風爆弾MOABを投下して北朝鮮を威嚇し、日本のマスコミは揃って『15日にも空母カールビンソンが北朝鮮近海に到着して「あらゆる選択肢」つまり宣戦布告なき先制攻撃(金正恩斬首作戦を含む)がありうる』とのニュースを繰り返した。
 しかし実際は、当時カールビンソンはインドネシア周辺を南に向けて航行しており、即時北朝鮮に向かわせたというニュースはフェイクニュースであった。早い話がトランプのハッタリだった。

 無茶苦茶なのはトランプだけでなく、一連の軍事行動の導火線であった米軍のシリアへのトマホーク爆撃について、イの一番に安倍晋三は支持を表明したわけだが、国会(参院外交防衛委)では、共産・井上さとし議員「アサド政権が化学兵器を使用したという認識か」、外相「国際機関が調査中で、結果を待っている」。
 井上「空爆を容認する国際法上の根拠はあるのか」外相「米国の考えを聴取している」
・・というものだった。重ねて言うが、これは首相の「支持表明」後のことである。こういう国のことを社会学用語では「独立国」とは言わず「属国」というのである。

 マスコミは「あらゆる選択肢」というニュースを流して、なんとなく「ピンポイント金正恩斬首作戦」への支持を誘導しているように見える。
 ところが20日に外国特派員協会で会見した日米戦略研究フォーラム上席研究員グラント・ニューシャムは「それはフセイン斬首作戦より困難」と述べている。
 なお、米軍はフセイン追跡に幾日も要している。
 もし、ピンポイント金正恩先制斬首作戦が失敗したら、あるいは金正恩は死亡しても有力者が「反撃」のボタンを押せば、日本と韓国で100万人を超える死者が出るというのはアメリカのシュミレーション結果である。
 核ではない通常ミサイルであったとしても、日本海側に「どうぞ」と言わんばかりに並べられた原発のひとつ二つに「全電源喪失」が起これば、日本列島は地獄と化す。
 
 「軍事力ではなく外交努力で解決をはかれ」という話は一見「勇ましく」ない。
 しかし、トランプ流のハッタリは二度と通用しないから、その他の軍事的選択肢は、日韓を見捨てて北朝鮮に空爆を行い、米国本土の安泰を期する以外にない。
 
 散漫な記事になったが、現代の新聞・テレビは、関東大震災時の流言蜚語以上のフェイクニュースを流しているということを強調したい。
 金正恩斬首作戦というようなお伽噺に惑わされてはならない。

 トランプが再びハッタリを掛ける。金正恩はハッタリだと見透かして核実験なりなんなりを強行する。トランプはハッタリで振り上げた拳の降ろしどころがなくなって空爆をする。窮鼠金正恩は打ち返す。北朝鮮・韓国・日本で双方に相当な死者を出して米朝は休戦する・・一番現実味があって、起こって欲しくないシナリオはこうだと思う。
 弱虫だとか軽蔑の言葉が投げかけられても、「戦争するな」の声を上げていきたい。

 軍事力で脅して降参させるという瀬戸際作戦を主張するのは空想家だと思う。

   孵りなばすぐに恋する揚羽蝶

2017年4月22日土曜日

共謀罪、隣組、自警団

 流言蜚語というと私には極めて不愉快な思い出がある。
 小学生高学年のとき、隣のクラスの担任の先生が交通事故で亡くなった。
 休憩時間に、仲の良くなかった隣の組の集団が、「HはI先生の亡くなったのを笑っておった」と喧嘩を吹っかけてきた。
 すぐに私が「人でなし」のような噂が広まった。
 「I先生は姉の恩師でもあるから私が笑ったりするはずがないではないか」と強く反論してこの話は消えたが、流言の恐ろしさを小さいながらも思い知った。現にこの歳になっても覚えている。

 国会では法務大臣が答弁できないような共謀罪法案が審議されている。自公の絶対多数下では強行採決もありうる危険な状況で、声なき声をを声にして行かなければならないと思う。
 「心の中」を裁く共謀罪は、密告が重要な決め手になる。
 少なくないNHKの朝ドラの戦時下でも、隣組によるその種の密告の場面が多々あった。
 関東大震災では、それが自警団となって無実の朝鮮人が日本の庶民の手で虐殺されていった。(警察や軍によるものもあった)
 共謀罪のある社会は、庶民どおしを互いに監視させ密告させる社会となるだろう。
 そう考えるのが「歴史に学ぶ」ということだと考える。

 関東大震災の報告書を読みながら、共謀罪法案の恐ろしさを改めて噛み締めた。

   川柳  削除しても国会図書館に証拠あり       
 

2017年4月21日金曜日

災害教訓の継承

 昨日は朝日新聞が報じた内閣府HPからの「中央防災会議の報告書削除」問題について、「報告書 概要」に基づいて記事を書いた。
 
 そこで、もう少し確かめたくなって、20日、開館時刻を待って国立国会図書館関西館へ行き、中央防災会議平成20年3月発行の『災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1923関東大震災 第2編』の貸出しを受け、問題の該当部分と想定される「第4章 混乱による被害の拡大」部分43ページをコピーした。(余談ながら、A4×1、A3×21、セルフコピーで650円は少し高くはないか)
 読んでみて、朝日新聞記事どおり「内容的に批判の声が多かった」ので内閣府がHPから削除したのだとしたら、文字どおり「災害教訓の継承」に対して不真面目な態度だと私は思った。
 
 諸外国の例を見ると大規模災害に乗じた暴動は少なくない。
 わが国でも、成立した「ヘイトスピーチ解消法」という法律が必要であると与野党が合意したほど潜在的な不安要因は膨らんでいる。
 そう考えると、すこぶる真面目に中央防災会議が過去の災害を検証して教訓を未来に生かそうとする「報告書」を、内閣府は広めようとしこそすれ、それをHPから削除することは適切でない。

 この章のまとめ的部分(P213)で報告書は、「住民や被災者の立場に立ったなら、人命救助はもちろん、消防の備え、炊出し、避難民の収容など、できる範囲で少しでも多くの人命を救い、また、多くの安心を与えるように行動することが、直接その人々を助けるだけでなく、混乱を予防して無用の災害拡大を防ぐ最善の方策である。災害が大規模であれば、テロとの関係などある程度の流言は避けられないし、混乱に乗じた犯罪も発生する。しかし、テロリストをにわか作りの自警団が捕まえることは、通常不可能である。一方で、人々が地域で協力し合いながら活動することは犯罪を予防するし、その中で、手近なカメラで街頭の状況を記録すれば、防災上の資料となるとともに、犯罪の防止にも効果があるだろう。治安の維持は災害に立ち向かう上で重要であるが、直接的な警備だけで達成されるものではない」と書いていることなどは極めて大切な示唆である。

 流言蜚語による朝鮮人の被殺傷者数は確定はしていないが、朝鮮総督府が死者・行方不明者832名に一人200円の弔慰金を支給した事実は、日本人の死者・行方不明者には一人16円の御下賜金であったことと比べても『特異な死亡』だったことを裏付けている。
 こういう流言蜚語を原因として日本人が朝鮮人に対して行った大量の虐殺を歴史の裏に隠したい人々が内閣府に「抗議」したのだろうか。

 また「コラム8 殺傷事件の検証」では、震災に乗じて9月3日に労働運動家・川合義虎ら10名が、労働争議で敵対関係にあった亀戸警察署に捕らえられ、習志野騎兵第13連隊によって亀戸署内あるいは荒川放水路で刺殺された「亀戸事件」や、9月16日に東京憲兵隊甘粕正彦憲兵大尉らによる大杉栄他2名殺害の「甘粕事件」にも触れているが、この種右翼の先輩たちによる無法な残虐行為を歴史の裏に隠したいというのが動機だったのだろうか。
 想像すれば、ここがポイントかもしれない。

 私には至ってまじめで学術的なレポートだと思えた。
 ヘイトスピーチ団体や日本会議周辺の右翼の「抗議」によって内閣府がHPから削除したのであれば、安倍内閣のモラルハザードも極まった感がある。

   街老いて泳ぐ鯉なき五月空

【追記】 朝日新聞20日付け夕刊によると、内閣府は「削除ではなく技術的問題」であったとして、今月中にも再度閲覧可能にするらしい。GWにでも一読されたらどうだろう。

2017年4月20日木曜日

砂けぶり二

 4月19日の朝日新聞に次のような見出しの記事があった。
 「朝鮮人虐殺」に批判、削除 関東大震災の記述 内閣府、HPから
 内容は、内閣府HPにあった「災害教訓の継承に関する専門調査会」の報告書が、「内容的に批判の声が多」かったので「削除した」というもの。
 実際に内閣府HPにアクセスするも削除されていた。
 ただネット上には「20年3月 1923関東大震災【第2編】「報告書の概要」が残っており、その第4章 「混乱による被害の拡大」には、・・・関東大震災時には横浜などで略奪事件が生じたほか、朝鮮人が武装蜂起し、あるいは放火するといった流言を背景に、住民の自警団や軍隊、警察の一部による殺傷事件が生じた。流言は地震前の新聞報道をはじめとする住民の予備知識や断片的に得られる情報を背景に、流言現象に一般的に見られる「意味づけの暴走」として生じた。3日までは軍隊や警察も流言に巻き込まれ、また増幅した。・・・とあった。
 報告書本文の小見出しも載っていて・・・
 第4章 混乱による被害の拡大
  第1節 流言蜚語と都市
  第2節 殺傷事件の発生
   コラム6 「天災日記」に見る流言蜚語と戒厳令
   コラム7 「河井清方日記」に見る余震と流言
   コラム8 殺傷事件の検証
・・・とあった。
 このことから想像すると、「朝鮮人を殺せ」などというヘイトスピーチを繰り返している右翼や、「新しい歴史教科書」の普及を謀っている日本会議あたりの右翼が、「流言蜚語で日本人が朝鮮人を殺害した」という事実を歴史から抹消したいがために内閣府に組織的に抗議行動を行い、結果、功を奏して内閣府が削除したのではないかと私は想像する。
 青木理著「日本会議の正体」などを読むと、そういう行動は彼等の基本の戦術であり常套手段だと思われる。

 以前に書いたが、『吾輩は猫である』のなかで漱石は、「凡ての大事件の前には必ず小事件が起こるものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古来から歴史家の常に陥る幣竇(へいとう:欠陥)である」と語っている。
 東京大学史料編纂所編「日本史の森をゆく」の中で小宮木代良氏は、「過去の出来事(事件)について、その「事実」に関しての共通認識といえるものが、その社会内で存続しうる条件は、事件後70年目あたりを境目に大きく変化するのではないか」と指摘している。
 だとすると、今私たちの目の前で起こっている内閣府HP「報告書削除」事件は大事件の前の大事な小事件であり、歴史偽造作業の真っ只中の事件なのではないだろうか。
 私たちは長い間「戦後を暮らしてきた」と信じていたが、正しくは戦前を暮らしているのではないかという反省というか自問が重要な気がする。

 最後に一言、・・・敗戦時、その存続が危ぶまれた大学が二つあった。神道を教学の柱としていた伊勢の神宮皇学館大学と国学院大学である。
 その危急存亡の秋に国学院大学の宗教研究室の主任教授になったのが折口信夫(おりくち しのぶ)で、学者であるとともに歌人でもあり詩人でもあった。
 はたして、日本会議周辺の神社本庁や神道政治連盟の人々はこの先達のことをお知りだろうかと私は疑問に思った。
 そして、関東大震災の翌年大正13年に折口が発表した詩「砂けぶり二」をご存知なのだろうかと。
 少しく長いので一部のみ紹介すると、折口は、
  夜(ヨル)になったー。
 また 蝋燭と流言の夜(ヨル)だ  ・・と、詠い。
 かはゆい子どもがー
  大道で しばって居たっけ
  あの音ー
     帰順民のむくろのー。  ・・と、詠い。
  (初出では)
  おん身らは、誰を殺したと思ふ
  陛下のみ名においてー。
  おそろしい咒文だ。
  陛下万歳 ばあんざあい  ・・と告発していたことを。

 私は今、新潮選書 上野誠著「魂の古代学 ――問い続ける折口信夫」を読み返しながら、安倍内閣周辺の「戦後レジームからの脱却」「戦前復古」のスローガンの薄っぺらさを再確認した。
 歴史修正主義=歴史の偽造を看過してはならない。

 関連して折口はこうも言っていた。
 ・・・大正12年の地震の時、9月4日の夕方こゝを通って、私は下谷・根津の方へむかった。自警団と称する団体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり囲んだ。その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思ってゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切ってしまふ。あの時代に値(ア)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出来なくなってしまった。・・・

 共謀罪は、折口が落胆した時代を復古させるものだろう。それらと歩調を併せて削除された報告書を近く国会図書館で読もうと思う。

   苗コーナートマトとキュウリと万願寺

2017年4月19日水曜日

拝金教徒の本心

   シリアのIS(イスラミック ステート)がパルミア遺跡や博物館を破壊したのは言語道断だ。アフガンのタリバーンがバーミヤンの大仏像を破壊したのも同じだ。

 ただ、あまり報じられていないが、アメリカが北朝鮮に対するデモンストレーションのために大規模爆風爆弾MOAB(モアブ)を投下したアフガンのナンガハル州もガンダーラ仏教遺跡の宝庫である。
 
 タリバーンの破壊行動に比してMOABの非道を批判する声の小さいのはなぜだろう。
 結局、テレビに代表されるマスメディアのアメリカに忖度した報道姿勢で、「何でも知っている」と思いこんでいる国民の大多数が誘導されてはいないだろうか。

 さらに私は、この遺跡がもし古代キリスト教の遺跡だったならトランプは投下しただろうかと考え込む。
 そういうレベルの感慨を語ると幼稚だと笑われるかもしれないが、現代のアメリカが戦争を仕掛ける土地は「異教徒」の土地ばかりのように思え、イスラム原理主義のコインの裏側のように私は感じている。
 
 ところで極東の「異教徒」の島国では、山本地方創生担当相が文化財の観光振興に関わって「一番のガンは学芸員。普通の観光マインドが全くない。この連中を一掃しないと」と発言した。
 私はこの発言に驚きもしなかった。
 なぜなら、奈良の若草山にモノレールを施設したりするのに反対する人々が主張した『奈良県風致地区条例でも「原則的に現状を凍結的に保存する」となっているではないか』という意見に対して、奈良県知事が県議会で『「凍結保存」は研究者の言葉であり、考古学一派の言葉だ』と以前に侮蔑していたからである。

 ここには、そもそも事実に対する大きな無知がある。
 圧倒的な学芸員も考古学者も「文化財は研究のみにある」などとは主張しておらず、それよりも「国民共通の歴史遺産は大いに公開展示する」と実際に主張し行動している。

 なので、地方創生相も奈良県知事も、「それでは物足りない」「歴史は大河ドラマ程度で良い」「復元や展示はテーマパーク程度で良い」とする拝金教徒の本心を吐露したものだろう。
 この国の文化財を破壊しようとしているのは自公維などの拝金教徒である。

   花筏文化守れの声のごと

2017年4月17日月曜日

施設介護の前

   午前中は介護施設家族会の年次総会を行い、夜は役員と施設スタッフ幹部との懇親会を行った。
 懇親会では自己紹介的に順番に語ったのだが、そのどれもが形ばかりの自己紹介ではなく、決してそういう話を求めたわけではなかったが、非常に赤裸々な介護の体験談であった。

 共通して、家族介護で頑張り通してきたのだが、いろんな条件が重なって家族崩壊寸前まで行っていたということで、入所が叶い「生き返った」というような話が生々しく語られた。
 その具体例をここに記載すれば大いに参考になる方もおられるだろうが、少し胸が詰まって書くことができない。

 無責任に「親を見捨てた」人など誰もいない。
 しかし今も、厳しい企業社会の中で「自己責任論」の同調圧力の中で、泥沼のような自己犠牲で悩んでおられる方も多いことだろう。
 どうしたら、そういう方々に体験者の話を伝えることができるだろうか。
 
 政府・自公維は、衆院厚労委で「森友隠し」のために介護保険法改正案を100%審議抜きで、抜き打ち強行採決した。
 自公維には地獄の釜を覗いて来た介護者の気持ちが全く分かっていない。
 「介護うつや介護自殺者の気持ちがよく判る」というのが経験者の実感である。
 介護保険法改正案は6年に1度の大改正、否大改悪だ。
 それは日を改めて書きたい。

   決めたのは誰なのですか春は青

2017年4月16日日曜日

堺幕府のこと

 標記のことは2013年8月4日に「堺時代」というタイトルで書いたが、先日から少し堺憑いているので、二番煎じになるが再び書く。

 歴史の時代区分は、奈良時代、鎌倉時代、江戸時代のように、通常その時代の権力の所在地の名を付けて呼ばれているから、私は常々安土桃山時代の後半は「大坂時代」と呼んでほしいと思っている。
 さらに、もう少し夢を語らせてもらえれば、どこかの出版社あたりが室町時代の一時期(五年間)は「堺時代」だと、日本史年表の中にスリットのようにでも記述してもらえないかと夢見ている。

 それというのも、大永七年(1527)桂川の戦いで、足利義雄を擁した三好元長・細川晴元軍が第十二代将軍足利義晴軍を打ち破ったため、義晴将軍は京を脱出し室町幕府が崩壊した事実がある。
 代わって足利義雄は朝廷から「従五位下 左馬頭」に任官されたが、この官位は近い将来征夷大将軍に就くものが従前に受ける官位である。
 このため足利義雄は「堺公方」「堺大樹」「堺武家」など現役の将軍の名称で呼ばれたし、義雄の政権は堺の地で幕府形式の独自の文書も発給し、故に少なくない中世史研究者はこれを「堺幕府」と名付けている。

 堺幕府は内紛で天文元年(1532)に瓦解したが、室町幕府の終焉、戦国時代の幕開けを準備したことは間違いない。

 2013年に前回の記事を書いてから4年が経過した。
 再び堺市長選挙の年となり、巷間、最近までテレビアナウンサーとして有名であった何某が維新から出るとか出ないとか。
 松井知事と吉村大阪市長は卑怯な「勝つまでじゃんけん」で再び大阪都構想を打ち出している。
 その財源のために堺市を吸収したいのは見え見えだ。
 堺市民には今回述べた堺の歴史と先人の矜持を思い返して、屈辱的な大阪都構想を粉砕してほしい。

    ここは何処日本語聞こえぬ春の奈良

2017年4月15日土曜日

鹿さんデビュー

 13日の記事で「東大寺では日本語が聞こえない」と書いたが、14日の東大寺には日本語が帰ってきていた。
 その限りでは目出度い話だが、・・・新学年スタート1週間で遠足や修学旅行というのも、少しイビツな感じがするのは時代遅れだろうか。
 それ(新学期早々の遠足や修学旅行)が全く当然のように次から次へと続いていた。
 受験戦争のために「邪魔なもの」は手早く処理しておこうということだろうか。
 その判断の適否についてモノ申すほどの知識はないが、私の感覚では正直少し驚いている。

   さて、孫の凜ちゃんは体が弱いので各種デビューがままならないが、14日は気候が良かったので短時間だが「鹿さんデビュー」をした。
 どんな風に反応するのか興味があったが、結果は全く泣いたり怖がったりせず、大いに喜んで積極的に触りに行っていた。
 実際に触ったり舐められたりもした。
 知らないことによる怖いもの知らずなのかもしれないが、見ていて楽しかった。
 私たち、母親と祖父母が「しかさ~ん」と声を出して楽しんでいたので、自然に鹿は「怖くない楽しいものだ」と信じたのだろう。

 マイカーにはいつでも鹿と遊べるようにドングリを積んであった。
 奈良の鹿には、鹿せんべいかドングリが良いからで、キャベツなど野菜クズを覚えさせると畑を荒らすようになるので「やめて」と言われている。
 周囲の外国人の手にもドングリを乗せてあげて、手の平をお皿のようにして鹿にあげるようジェスチャーで教えてあげた。
 みんな大いに喜んでくれた。
 ああ、シリアの人も北朝鮮の人もここで交流したいものだ。

 花吹雪で桜の花びらを鼻先に付けて凜ちゃんのところに来た子鹿もいた。
 後で大仏様に今日の楽しいひと時を感謝しておいた。
 心造諸如来〔心はモロモロの如来を造る〕(以前の写経のときに教えていただいた)。

   鼻先に花びらつけし子鹿かな