起点は京都は東寺。そして今回は兵庫は西宮まで。
その「西宮」だが、放送は西宮戎神社で終わっていたので、少し首を傾げた。
というのも、この春わたしは、退職者会の会報に「西宮の地名の由来は廣田神社』と書いたからだった。さて・・・
廣田神社は兵庫県下最古の神社で、戦前は官幣大社という格式で、そこのHPには要旨次のように記載されている。
🔳 西宮の地名の起こりと廣田神社
廣田神社は、京の都から西方にある特別に重要な神社ですので、中世の貴族達は「西宮」と別称し、当社への参拝を「西宮」参拝、「西宮」下向と称しました。
平安時代の百科事典である『伊呂波字類抄』をはじめ、本居宣長『古事記伝』、伴信友『神名帳考証』にも廣田神社を【西宮】と称したことが記されています。
後に、「西宮」の語は廣田神社の荘園である廣田神郷(神戸市東部〜尼崎西部、有馬、猪名川に及ぶ)全体の地名として使われるようになり、近世には末社の南宮や、戎社(現在の西宮戎神社)のある浜南宮を中心とした地域(旧西宮町)の地名となり、現在は西宮市の名称へと受け継がれています🔳
その後、西宮文化協会会長のラジオをネットで聴くと、廣田神社の摂社である戎神社が海沿いであったことから門前市が広がり、いわば分家が本家よりも賑わうようになったとか。
実際に西国街道も戎社まで伸びたようで、NHKの放送も全くのお門違いでもないようだった。
私は子供の頃堺の真ん中で育ったが、その頃の堺の玄関口は南海本線堺駅(少し前までは龍神駅)だったが、現在では誰もが普通に、南海高野線堺東駅だと言ったりしている。
街というものがまるで生き物のように成長あるいは老衰していくのを体感で理解している。
NHKに注文を付ける気もないが、会報に書いた記事の補足をどうしようかと思案している。

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