発端は、6月13日早朝の『ラジオ深夜便』で、大阪天満宮文化研究所所長の天神祭などに関するインタビューが再放送され、次の話に「えッ知らんかった」と思ったことだった。
その昔、天神祭には御神輿が2基出て、もちろん第1の御神輿には天神様(菅原道真)を乗せ、そしてその後ろの御神輿には「無実の罪で追われ恨みを抱える天神様(菅原道真)が荒ぶった際におさえるために天台座主「法性坊(ほうしょうぼう)尊意」を乗せていた」という話で、浅学の私には聞き始めのことだった。
法性坊尊意は道真の仏教学の師であり、大旱魃に雨を降らせたり、平将門の乱の折には将門を調伏した実力者であった。故に実は大天狗だとも言われていた「法力(ほうりき)」の僧だった。
「伝統」という言葉を使って語るならこれが「伝統」でよいのだが、問題は明治の神仏分離、廃仏毀釈が天神祭にまで及んできたことだ。「神様が坊さんに守られるとは・・」ということだろう。
そこで御神輿の法性坊尊意はレッドカード即退場となり、日本書紀に登場する相撲の神様「野見宿禰(のみのすくね)」に交代し、さらには神輿を増やして、日本神話の力持ちの神様「手力雄命(たぢからおのみこと)」も加わって現在に至っている。
如何にも明治らしい、「法力」よりも「腕力(わんりょく)」の時代を表している。
先日は国会で「男系男子の歴史は2600年の伝統」と宣うた与党重鎮がいたが、「伝統」という言葉には気をつける必要がある。
天神祭も、普通には949年頃からの伝統のように思ってしまうが、真実はたかが明治の神仏分離令以降のスタイルを見ている部分もある。
(写真は、加藤義明さんの切り絵「催太鼓」)
先日国会で日本共産党塩川鉄也衆議院議員の「なぜ女性は天皇になれないのか」という質問に、木原官房長官が答弁不能になったが、なにがなんでも「明治憲法による」とは言えないので口を濁した訳である。
『虎に翼』の台詞のとおり、戦前の民法は「既婚の女子は無能力者」であったし、実際、右寄りの人々は現皇后にも「男子を産め」と攻め立ててきたのではないかと想像するが、我われはほんとうの伝統とニセの伝統を見分ける必要がある。
仮に愛子さんが男子を産んでもその男子は天皇になれないが、南北朝時代に分かれた38親等離れた「宮家」に男子が生まれれば天皇になるという理屈。常識も良識も超えている。
*縄文に天皇がいたというニセ情報*

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