「若い頃、好きな季節は夏だった」と川柳を一句捻ってみたが、昨今の殺人的な酷暑ではそれらは遠い思い出になってしまった。
思い出ついでに『堺小学水泳歌』のことを書こうとネットを検索してみると、古い私のブログが出てきた。これでは参考にもならない。
そこで、思い出の前にその歌詞を書いておく。
🔳 堺小学水泳歌(大正2年制定)
八重の荒波蹴破りて 南洋呂宋(るそん)に国の名を
あげて帰りし英雄の 血潮湧き立つあゝ我等
海に鍛え(来たれ?)や泳げよや 我等の友はちぬの海
玉なす汗は滝のごと 五体も溶くる暑き日に
寄する波間をかきわけて 石津 浜寺 大津の洲
静かに見つゝ歌ひつゝ 泳ぎゆくこそあゝ愉快
我に鍛へし腕はあり 我に練りたる脚はあり
狂瀾怒涛荒れは荒れ 何の恐るゝことあらん
よき道場よ慣れし身の 我茅渟の健児国
海は天与の大宝庫 水産業に海運に
利用の道は数多し 海に親しみ海に慣れ
海を恐れず国富(くにとみ)の 増進図れ我健児
競争激しき今の世は 身の健康が第一ぞ
暑さにやけて日に焦げて 鬼と見まかふまで泳ぎ
海を領(りょう)せよかくてこそ 末(すえ)頼まれるあゝ健児
これは『堺人第2号』に投稿した。
昭和32年33年頃、臨海工業地帯造成のため大浜海水浴場が閉鎖される前年まで、英彰小学校では学校から水着姿で並んで、先生の打ち鳴らす大太鼓に声を揃えて大浜海水浴場まで行進した。
そんな記憶をお持ちの方は70代後半80歳以上の方々となるので、ただただ記録のためにアップしておくが、音痴な上に記憶も定かでないことを断っておく。
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