2026年7月11日土曜日

38親等の隔たり

    皇室典範改正が10日衆院を通過したが、翌日の新聞各紙は日本共産党塩川鉄也議員の質問に宮内庁次長が「旧宮家は1428年に伏見宮彦仁王の系譜が枝分かれした。今上陛下とは36親等から38親等の隔たりがある」と答弁したことが大きく報じていた。(写真は質問する塩川議員)
 枝分かれは約600年前のことだから、現在の旧皇族の方々は、南北朝時代北朝の崇光天皇のおよそ20世孫以上ではないだろうか。36親等の2分の1でも18世孫となる。

 丁度、中公新書・河内春人著の新刊『継体天皇』を読んでいたところなので、これには少し驚いた。つまり日本書紀は「継体天皇は応神天皇の5世孫」、史実は別にして「継体以前に天皇候補となった倭彦王は応神天皇の父の仲哀天皇の5世孫」と書いている。
 著者はこれには意味があって、日本書紀編纂時には「親王から数えて5世の者は皇親とは扱わない」(継嗣令1皇兄弟子条)があったからだと書いている。
 日本書紀編纂の養老4年(720年)の頃から、いくら子孫だといっても5世以上の者は皇親とは扱わないのであった。
 こんなことが今次皇室典範改正案に賛成できない理由だとは言わないが、「男尊女卑」を絶対的な伝統だとおっしゃる賛成議員の皆さんには、「旧宮家養子の子の皇親案は伝統に逆らっている」と一言言っておきたい。

 つまるところ改正案は、「女性蔑視」「女王は認めない」の一点にかかっている。

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