2023年7月31日月曜日

ネオンが呼んでいる

 
   古い仕事仲間と一杯飲んだ。
 一杯飲むだけのために集まった。
 考えてみれば皆んな無職の身だから比較的すいている昼呑みでいいのだが、「18時集合」というのは習い性なのかもしれない。

 実際、ヨルのマチをハシゴするわけでもなく、事実1軒だけで帰ったのだが、その種の酒舗の多くが夜から開店ということがあるにしても、体(脳みそ?)に沁みついた習性が「18時集合」にしたというか、脳みその中のネオンが呼んだのだろう。(写真は記事とは無関係の脳みその中の街)

 現実には「運転免許証の返納」などをし始めている面々だが、「スマホに代えてもあと何年だ」などといわず、新しいことに挑戦し続けよう!と怪気炎をあげて散会した。

 件(くだん)のガラケー氏は、こどもから「止めとけ」と言われているらしいが、そういえば同じように子供に止められている人もいる。少し悲しい話だ。
 「いろいろ勉強してもせいぜいあと何年」というのは事実だとしても、そんな境地(考え)は達観とは言わないのではないか。

  人生は終わりなき勉強と挑戦の連続だ! とエエカッコを言いながら。

2023年7月30日日曜日

クワガタに挟まれる

   早朝散歩時にコクワガタ(だろう)♂を見つけた。
 コクワガタだと侮ったら思いっきり指先を挟まれた。痛い、ほんとうに痛かった。
 「コクワガタ♂は18~54ミリ」と書かれているから、コクワガタの中では最大級だろうか。それとも別種?

 ニュータウンが造成された直後は駅前の街路灯にブンブン舞っていたコクワガタ。近頃は滅多にお目にかからなくなっていたが、・・・そんなもので、ぞんざいに扱って指先をちぎれるかと思うほど挟まれた。

   先日はカブトムシをゲットしたし、街全体が高齢化して虫捕り網を振り回す子供も減ったからだろうか。

 あるいは、一旦掘り返した造成が終了してから何十年か経ち、残った樹木周辺で自然の循環が回り始めたからだろうか。
 と、あまり楽観的に思うのも危ない、危ない。

 「おまけ」で、「同じ大きさぐらいのカブトとクワガタが喧嘩をするとどちらが強い」という昆虫少年共通の話題がある。
 クヌギの樹液を争う現場ではカブトが角をクワガタの腹の底に差し入れてはね飛ばしてカブトの方が断然強い。
 しかし虫籠の中ではクワガタがカブトの首をちょん切ってしまうことがあると、奥本大三郎氏の本にあった。

2023年7月29日土曜日

汚染水の理解を深める

   汚染水海洋放出問題で『
原発・エネルギー・地域経済研究会』(代表 𠮷井英勝氏)が見解を発表した。
 汚染水問題の理解を深める上で参考になると思うので、薮田 ゆきえ氏のFBから要旨を転載させていただく。

 🔳トリチウム汚染水海洋放出を考える
            2023年7月 
 (トリチウム対策は複眼的、総合的に行うべきではないか) 
            原発・エネルギー・地域経済研究会

 汚染処理水(トリチウム水)放出とは? 

 政府は国際原子力機関(IAEA)の調査報告書を受け、国際的機関の「承認」を得たとして、いよいよこの夏にも福島原発汚染水の海洋放出を行おうとしている。
 トリチウム濃度を国の基準6万ベクレルの40分の1の1500ベクレル未満になるよう、海水で100倍以上に薄めて沖合1kmから海水中に放出するという計画である。
 しかしIAEAのグロッシ事務局長の発言は、「ロンドン条約に加盟している日本が、放射性物質の海洋放出(投棄)を行うことは、IAEAの許諾を求める事項でなく、締約国政府として、おのずから判断してふるまいなさい」と読み取れる。 
 決してIAEAの報告書があればとOKいうことではない。

 合意なくても強行! 
 
 政府・東電はこれまで文書で、合意なしには放出(投棄)は行わないと約束してきた。
 現段階で、地元の合意は必ずしも得られていない。特に漁業関係者の合意は全く取れていない。 
 海水浴シーズンは「汚染水(「処理水」)の投棄は延期する」などという発言もあるが、そこに生きている海洋生物・魚群には全く無意味であり、漁業者との合意を守ることは当然である。 
 しかし東電関係者は「合意は必要条件ではなく、合意があれば十分条件で、合意は放出には必要ない」と「豪語」している。これまでの立場を公然と変えたと言える。 
 「海洋放出以外の対策なし」と、一方的に放出するのは大きな問題を抱えている。
 
 原子力施設からのトリチウム放出、世界では? 

 まず放出されるトリチウムの量だが、福島第一原発からは1年間に22兆ベクレルとされている。私たちから見るととてつもない量に思えるが、実は環境省の資料によると、日本を含めて世界で稼働している原子力施設からはトリチウムは常に放出されている。同資料によると、トリチウムだけに限ってみれば、強硬に反対している中国の原子力関係施設では、紅沿河原発からは年間に87兆、福清原発からは52兆、韓国の古里原発からは91兆(それぞれベクレル)排出されているとされている。再処理施設などからはさらに大量に排出されている。
 原子力施設があれば膨大な量のトリチウムが排出されているということで、原子力関連施設そのものの存在を問題にしなければならない。  

 放射性物質は薄めれば安全か?   

 政府・東電は「薄めれば安全」という考えで、「基準」(絶対的に安全という基準とは言えない)以下にするので安全としている。  
 しかしこの考え方は、かつての「大気汚染公害対策」の発想と同じである。「煙突を高くして「広域に拡散すれば大気汚染の濃度は下がる」と企業・政府・自治体は主張して実行した。しかし、汚染物質の総量を減らさない限り公害はなくならないと、学者・専門家・住民が主張して、「汚染の拡散方式」を止めさせ、大気汚染を克服してきた歴史がある。同じ過ちを繰り返すべきではない。
  
 福島の処理水の特殊性:他の放射性物質も 

 では、福島第一原発からのトリチウムの放出量は少ないのだからOKかというと、そうもいかない。福島の汚染水は、直接デブリに触れて、セシウムやストロンチウムなどの放射性物質を含んだ廃液である。アルプスで処理して、さらに薄められるのでこれらの放射性物質の放出基準より薄くなるので大丈夫という考えのようだが、ゼロになったとはしてない。トリチウムの半減期約12年程度と比べ、より長い物質もあり、また生体内の滞在時間もトリチウムより長くなる物質もある。トリチウムも生体内に入り、組織を構成するものになれば、濃度は薄くてもベータ線などで細胞・DNAを傷つける可能性があり、DNA修復が成功しなければ生体に影響を与える。また他の放射性物質は蓄積効果の問題が起きないという保証もない。 

 貯蔵タンク減少は年間わずか・何十年もかかる全量排出 

 この処理水排出計画は、日本の排出基準6 万ベクレル/㍑の40 分の1の1500ベクレル/㍑にして放出するとしている。つまりアルプス処理をした水を更に100倍くらい海水で薄めて放出するというのであるので、1000基以上ある貯水タンクのうち1年に減らせるのは10 基、どんなに多くても20 基位までである。つまり今ある分がなくなるだけでも50年以上はかかるという計算になる。その間、今でも毎日汚染水のくみ上げは1日90㌧といわれ、新たに汚染水が毎日発生し、排出期間はさらに延びる。
 
 新たな放射性汚染物質貯蔵も大きな課題 

 その間にアルプスで処理するときに発生する汚泥(スラリー)を別に保管しなければならないが、それを保管する高性能容器(HIC)の保管庫も満杯になり、新たに次々50年以上造設し続けなければならない。容器自体の劣化で更新も必要になる。新たな敷地占拠になり、廃炉作業の土地確保にブレーキをかけるであろう。 

 汚染水発生を根本から止めることが一番の対策 

 つまり汚染水の源である地下水の流入をゼロにすることが一番先に手を打つべきことである。その対策は、通常行われている土木工事だけなので十分可能である。学者などのグループも提案しているが、それを政府・東電は全く検討していないようである。事故後しばらくして、当時1000億円くらいの工事費を考えて、選択しなかったという報道があったようだが、防潮堤造設を「ケチって」先延ばししたのと同じ考えのように思える。根本的な対応策を打たないで、目の前だけの解決を図ろうとしても対応はますます困難になるだけである。
 当研究会としては、自然界や復興を図っている地域に影響を与える危険性のある「海洋放出」でなく、トリチウムの半減期(約12年)を考え、汚染水発生ゼロと併用して、複数の処理対応策を選択・実施すべき時だと考える。

2023年7月28日金曜日

悪徳三流協会

   気は確かか? 万博協会。
 口先三寸にもほどがある。

 理念は「いのち輝く未来社会」だそうだが、パビリオン建設が間に合わないから建設業への労働時間(残業)規制を除外してくれと政府に要望だと。

 過労死、過労自殺という言葉が国際語になる中で、2019年から始まっている時間外労働の上限規制が20244月から建設業界にも適用されるのを逃れたいと?

 「労働基準法を守っていたら商売できん」というような悪質三流経営者並みの発想。悪徳三流協会だ。
 維新の政治も三流なら万博協会も三流。 何が「いのち輝く」だ!

 大阪万博・IRは大失敗をして取り返しのつかない負債を大阪府民に押しつけるだろう。
 勝算のないIRで一攫千金を夢見る気なら、「万博・IRの失敗」に賭ける方が確実性がある。
 そうならないように、万博・IRを中止させることこそが本命の道だろう。 今ならまだ間に合う。

きりぎりす

   きりぎりすなくや今夜も熱帯夜
 と以前に書いた。感覚的にはキリギリスは真夏の暑さとセットになっている。

 しかし思い起こしてみると、小さい頃、キリギリスは玩具屋や駄菓子屋でも売っていたし、多くの家で買ったり捕ったりしてきてキリギリスを虫籠に入れて飼っていた。あの頃はその声が「暑苦しい」とは共通認識されていなかった。
 反対に「季節のもの」として愛でられていた。

 それが今では、売っていないから飼っていないのか、買う人がいなくなったから売っていなくなったのか、正解は何だろう。どちらかというと後者の方が近いような感じがする。
 夏には虫籠のキリギリスを楽しむという風情が廃れたのは、現代人の心の余裕の減少が遠因に違いない。
 それともマンションのベランダにキリギリスの虫籠なんぞを吊るしていたら、即「騒音だ!」とのクレームが来そうな気もする。

   「蝉がうるさいから公園の木を伐ってくれ」というような声が起こらないことを祈りつつ。

 写真(上)は、高岡市美術館・伊藤小波「虫売り」。

 写真(下)は、28日朝5時頃に撮影したものを追記。

2023年7月27日木曜日

三尺寝

    せみの声きえて炎帝の三尺寝 
   三尺寝とは、日脚が三尺(約90センチ)動くだけのわずかな昼寝。
 ものの本には、職人などが仕事場の三尺ほどのスペースでとるわずかな昼寝とあるが、1尺=30.303センチ、よって約90センチでは昼寝はしんどくないか。
 
 関西の主要なセミであるクマゼミは昼食頃にはピタッと鳴き止むが、その静けさとは反対にその頃が猛暑・炎帝のピークとなる。その昼食後の三尺寝が近頃では私の日課となっている。

 蝉の声で思い出すのは、昔田舎に泊まった時、朝早くからヒグラシが鳴くのに驚いたが、私がヒグラシ=夏の終わり=秋が近い=その夕暮れ=少し涼しいと連想したのに対して、その田舎の親父さんは「朝からヒグラシの声を聞くと”今日も暑くなるなあ”とうんざりする」と言うので、そのギャップにさらに驚いたことを思い出す。

   わが街では朝一番のクマゼミに代わってアブラゼミ(写真)が鳴くようになっている。
 アブラゼミの名前の由来は「ジリジリジリと油で揚げたときの音」というのを聞いて「ナルホド確かに」と感心したが、よく考えると、アブラゼミと命名された当時、フライパンも天ぷら鍋もなかっただろうから、どういうシチュエーションで命名者は連想をたくましくしたのだろう。

 一番上の写真は正倉院御物の撥鏤尺(ばちるのしゃく)、天平時代の1尺の物差しのレプリカ。30センチ定規と並べてみた。ほぼ一致する。

 記録のために書いておくが、26日の未明~早朝、わが街でヒグラシとツクツクホウシを初めて聞いた。先の親父さんではないが夏はこれからが本番、秋風はまだ遠いのに。

2023年7月26日水曜日

菜園自慢

   7月25日付けの新聞赤旗「わが家の菜園自慢」に我が駄文が掲載された。
 読まれてみて、今ごろ「半白キュウリの収穫が始まった」とは何???と思われるだろうが、原稿を投稿したのは6月下旬、1か月前の「始まった」という原稿なのだ。

 それだけこの新聞への原稿の投稿が多かったのだろうと理解して「喜ばしい」としておくが、こんなこと(1か月後に掲載)になるなら編集権で「6月下旬から」とでも挿入しておいてほしかった。

   季節の話題はタイミングも重要で、
今ならわが家の菜園自慢は真桑瓜(まっか)の話になる。
 まっかは不当に虐げられている。味はあまり変わらないのに、網目があるのはマスクメロンと呼ばれて高級果物だが、まっかというと時代遅れの三流品のように誤解されている。(ように感じている)
 まっかには郷愁という味付けがあるように思うのだが。如何?

 25日の朝にはスノウさんから「読んだよ」とメールをいただいた。
 連作障害を出さなかったことに感心していただいたが、ただただ苗が良かっただけのことだと思う。
 近年の私は体調不良もあって、よく言えば自然農法あるいは不耕起農法、ほんとうは放ったらかし農法で、地面は草だらけという状態。
 もしかしたら、近年は苗の販売が4月からと早くなっているのをじっと我慢して、5月中旬以降に植えたのが良かったのかもしれないが、それも単なる私の思い込みだけかもしれない。

 さて、これはジョークだが、世の中のほんとうのことは赤旗と週刊文春でないと解らないという核心をついたジョークがある。
 「わが家の菜園自慢」は何も社会の巨悪に切り込んだりはしていないが、この新聞の度量の広さを象徴していると思っている。
 購読されておられない方は、できれば是非とも購読してほしい。
 「目から鱗」の記事が満載で、損はさせない。

2023年7月25日火曜日

佐藤忠良の「夏」

   駅前に著名な彫刻家・佐藤忠良作「夏」のブロンズ像がある。
 写真は日の出直後に撮影した。

 以前朝日新聞の声欄に「旅行に行ったら同じものがあった」と、まるでこれは偽物ではないかというような投稿があった。

 ブロンズ像という彫刻を知らないからだろうが、それを載せる朝日も朝日だ。
 そんなことを言うと京都国立博物館のロダンの「考える人」もマガイモノになる。

 ブロンズ像は限定した数(複数)作られるのが普通で、そのどれもが「ホンモノ」である。版画も同じ。

 それはさておき、作品名は「夏」。
 早朝散歩で仰ぎ見ると涼しい風を感じる。

 先日チコちゃんで「彫刻にはなぜ裸体が多いか」というのをしていたが、「ギリシャ文化の昔から人間の肉体こそ完成された美だ」「故にギリシャの神々も人間の形をしている」と解説があった。
 「ただ欧米では普通の屋外では女性の裸体は少ないが日本には多い」として「日本では昔から裸に抵抗がなかった」とか解説があったが、戦後平和憲法下のパッション(文化的情熱)ではなかったかと私は思う。

2023年7月24日月曜日

夏休み

   夏休み始まる。
 孫の凜ちゃんは学校に行けないのが寂しい。
 カタコトの言葉で「ガッコウイコ」と言う。
 わが家に来ても子ども同士の交流はないが、ビニールプールはある。精一杯遊ばせてあげたい。
   近頃は祖父ちゃんの「後始末」を真似てしたがる。
   プールの水を庭の草木にやる、水を捨てる、テントをひっこめる、・・・真似事ながら自分でもやってみたい。
 ゆっくりゆっくりだが成長している。
   PS 祖父ちゃんはこんな団扇で涼をとっている。

2023年7月23日日曜日

梅雨明け宣言

   気象庁の悪口をいう気はないが、予報官が迷っているうちにクマゼミたち昆虫は高らかに梅雨明けを宣言していた。明らかに、もう~夏だ!と言っていた。

 思うのだが、データも大切だが、熟練者の勘も大事な気がする。それはどんな部署でも言えるような気がする。知っている医者にもそんなところがある。

 といいながらデータの類のことになるが、近畿地方は20日に梅雨明けが宣言された。ところがナント、太平洋沖には梅雨前線が・・・・・。今年の今回まで、私は梅雨前線が南下して梅雨明けが宣言されることがあるなんて知らなかった。

 梅雨前線は太平洋高気圧に押し上げられて、東北あたりまで北上して消えていって梅雨明けするものだと信じていた。北上の途中で消えることもあったが。
 それが、天気図では明らかに列島南の海上に「梅雨前線」と書かれて停滞しているのに「梅雨明け」だと宣言されたのだ。

 梅雨明け宣言に異議があるわけではないが、己の古い勉強の欠片、ある種の思い込みに我ながらショックを受けている。
 まあ、梅雨明け宣言後に雨が続いたこともあった気がするし、言葉に拘らずにリアルに眺めてまいりましょう。

2023年7月22日土曜日

japan

   Chinaは中国、Japanは日本だが、小文字のchinaは陶器、japanは漆器となる。
 日本列島の考古学では8000年から9000年前に漆塗りの道具が作られていたと認められている。
 三内丸山遺跡の縄文ポシェットや鳥浜貝塚の赤漆塗りの櫛には驚く。

 青銅器の製造もそうだが、漆器についても最初に作った人は偉すぎる。

 写真はごく日常使用している道路脇にある漆の木。
 間違って触って被(かぶ)れたりしていないだろうかと心配する。
 道路の草刈り、樹木剪定のアルバイトなどは大丈夫だろうか。まあ労災にはなる。

 もちろんこれは鳥が糞をして自生したものだろうが、鳥は被れないのだろうか。
 本では人間でも被れない人がいるし、食べる人もいるようだ(漆掻き職人もいるし漆器職人もいるから当たり前だが)。私は恐ろしくて試せない。若い頃ハイキングで被れたことがある。

2023年7月21日金曜日

日の出

   大先輩からお便りをいただいた。 
 月に2回「気功講座」に通っているとの由。
 熱中症注意と聞いて専ら巣篭りしている身としては、何よりも運動に出かけるその気力に脱帽。
 「健幸華齢」という言葉(中国語)を教えられた。

 昨日は病院の受診日のため早朝散歩も取りやめたが、反省。
 病院は血液検査と心電図が主。あちこちにHだとかLだとか付いているが、大きくは異なっていない。
 医師曰く「水分を十分摂ってよく寝ること」・・。水分をとると夜トイレに何回も起きてしまうのですが・・・。医師「アハハ」。

 写真は散歩で撮った日の出。

2023年7月20日木曜日

労働組合活動は民主主義

   7月19日付けの赤旗に労働組合活動に関する二つの記事が載っていて考えさせられた。

 ☐ ひとつはアメリカでバイデン大統領がここ数年に労働組合を結成した若い労働組合活動家と懇談し、ロイター通信によると「労働組合あるところに民主主義あり。労働組合を組織し加入することは民主主義を実践することだ」と述べたという。
 これには自ら社会主義者を名乗る、上院厚生教育労働年金委員長のサンダース上院議員も同席している。
 企業別の御用組合でない労働運動の話で、外交等では帝国主義的なアメリカ政府ではあるが、社会の基底にはヤンキーの民主主義があることを思い起こさせた。

 ☐ ふたつは大阪維新の枚方市長が2018年に市職労に対して行った「事務所退去通知」と「団交拒否」問題で、2020年には大阪府労働委員会が市長の「不当労働行為」と認定したのを市長が提訴していたものが、今般、大阪地裁に続いて大阪高裁でも「棄却」され確定し、市長がようやく謝罪文を提出したというもの。
 ちなみに市長の主張「組合は政権や市政の批判をニュースでした」についても、判決は「組合活動で一定の政治的意見を表明することは許容される」と判断している。

 先に私はアメリカ社会をヤンキーの民主主義と述べてみたが、それに比較して維新の政治家の独裁的、権力的な姿に違和感を越えて怖いものを感じた。

 在阪テレビ局などのマスコミは、維新のことを自公政治に対する「改革者」のように扱うが、キャッチフレーズの下の本質はこんなもの。民主主義とは対極の権力者であることが明らかになっている。

 こういう草の根のような民主主義の問題について、大手マスコミが鈍感なことも民主主義社会であってはならない問題だろう。

2023年7月19日水曜日

昆虫少年の兜虫

   夏が来ると「昆虫少年」に還る「昔昆虫少年」です。
 というか、昆虫の方が私を呼んでくる。 
 早朝散歩をすると、ショッピングモール横の大きな街燈二つの下あたりでカブトムシを2匹(頭)ゲット。

 40年ほど昔は街燈の周りにコクワガタがぶんぶん飛んでいたものだが開発の進捗とともに見なくなっていたから意外だった。

 旧住宅公団が造成したニュータウンだから、比較的緑地が多い。
 その残された緑地で自然の循環が進んでいるようだ。

 孫たちのファミリーに「要らないか?」とLINEを入れたが、昆虫少女夏ちゃんは「自分で捕りに行くからいらん」、凜ちゃん宅は「怖がる」と、それぞれ受け取り拒否!

 写真は、持って帰ってから庭のマユミの木に逃がしてやって撮ったもの。程なくそれぞれ2匹は帰って行った。

2023年7月18日火曜日

猩々(しょうじょう)

   猩々(しょうじょう)は、能の演目事典から抜粋すると、
 🔳 孝行の高風という男、酒を持って潯陽の江のほとりへ行き、猩々が現われるのを待っていたところ、赤い顔、赤い装束の猩々が現われる。猩々は友の高風に逢えた喜びを語り、酒を飲み、浮かれながら舞い謡う。そして心の素直な高風を称え、今までの酒のお礼として、酌めども尽きない酒の泉が湧く壷を贈った上で、酔いのままに臥す。それは高風の夢の中での出来事だったが、酒壷はそのまま残り、高風の家は長く栄えたという。まことにめでたいことだった 🔳
 ということで、川の底に棲む妖怪というよりも、福の神のようなもの。
 またそこから、猩々とは大酒呑みのことも指す。
 (写真はネットにあった岩波美術店のもの)

   以上のことから、私の撮影したこのトンボが「猩々蜻蛉」(ショウジョウトンボ)という名前であることは説明不要であろう。

 繰り返すが猩々は妖怪ではなく福の神である。
 厳しい気候が続くが皆さまのご健勝を運んできたに違いない。

2023年7月17日月曜日

暑中パーティー

   ファミリー揃って暑中パーティーを行った。 
 大義名分は孫の夏ちゃんが2年連続書道展で特別賞を受賞したことのお祝いと、孫の凜ちゃんのバースデイパーティー。

 ハピーバースデイの歌に続けて鏡開き。
 祖父ちゃんが制作した垂れ幕が見事に披露され、祖母ちゃんから夏ちゃんに副賞を進呈

   コロナ禍4年分の自粛生活を取り返すパーティーとなった。
 
 結果論だが、自動車なら味噌汁の冷めない距離にみんないるから、といって四六時中顔を合わせているわけでもなく、古い村落共同体みたいにこのように集えている。

 われわれ祖父母は、一行事を終えてホッとしている。

2023年7月16日日曜日

アゲハ蝶

    早朝、わが庭で生まれたてのアゲハ蝶(ナミアゲハ)。
 生まれたてなのだろう、尾状突起も含めて全く欠けたところがない。
 そして、うしろ羽根にほとんど色がない。
 そのモノトーンもかえって美しい。

 モノトーンすぎて他の種類でないかとも考えたが、それでもナミアゲハ以外の何ものでもない。

 昔はモンシロチョウとともにそれこそ「並み」の蝶々だったが、この頃はツマグロヒョウモンやクロアゲハなどが目立って、かえって珍しい蝶になっている(個人の感想)。
(7月16日早朝撮影)

   🔳 (追記) 17日早朝、同じ木(ボケの木)で撮影。自分の出生地、故郷と思って帰ってきたのか? 色がほんの少し黄色く見えたので別の個体か? 同じ蝶が帰ってきたと思いたいが・・・。





 
 

西文氏(かわちのふみうじ)

   高校時代、政治経済の先生が、ことあるごとに山根徳太郎博士の難波宮発掘を熱く語っていたことが懐かしい。
 大阪市中央区法円坂の難波宮跡は、先の戦争中は陸軍第8連隊の兵舎(群)となり、そういう建物が残っていた1960年代、まさか自分がそこの地で働くとは思いもよらなかった。

 難波宮というと、応神天皇16年(285年)百済から渡来した王仁(わに)博士が、仁徳天皇即位の折に梅の花を添えて奉じた歌が、『難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」とされている。

 この王仁の子孫を名乗るのが西文氏(かわちのふみうじ)で、昨日の記事に登場した葛井(ふじゐ)連(むらじ)はその一族である。少なくとも、王仁とともに渡来した一族だった。
 その後、今の藤井寺市、羽曳野市を根拠に当時の先進的な学問をもって朝廷に仕えた。

 なお、別の有力な渡来集団には東漢氏(やまとのあやうじ)がいて、こちらは蘇我氏の配下でさらに大きく朝廷に食い込んだ。

 このように考えると、日本文化の基層には紛れもなく大陸や半島の文化があり、そのことは何ら卑下することではないから、やたらに「ニッポンスゴイ」と叫んでいるネトウヨの皆さんには教養が少し欠けていないか。

 ちなみに中国で墓誌が発見された遣唐留学生井真成とは葛井氏であったというのは東野治之先生の見解である。
 (写真は葛井氏の氏寺藤井寺)

2023年7月15日土曜日

タマムシ初見

   2023年7月15日、タマムシ、今年初お目見え! 記録しておく。
 3匹がケヤキの周りを飛び回った。
 ♂と♀なら幸せな話だが、私には飛んでいるタマムシの雌雄は判らない。

 今般カメラを替えた。従来の一眼レフに500mm望遠では重すぎるので、コンパクトなのに宗旨替えした。
 20代からの数々のペンタックスからも浮気をした。

 液晶画面で見るので、そもそも目標が捉えられているのかどうかも判らない。
 それに視力そのものが急速に悪化している。
 という数々の不満があるがその軽さには逆らえない。歳には勝てない。それらしく写っていればヨシとしよう。

 タマムシは吉兆虫。読者の皆様にも好いことがありますように。

葛井連根道ら見せしめ事件

    過日、小笠原好彦先生の古代史講座で先生から質問があった。
 当日の講義のメーンは奈良時代の下級官人のことであったが、少し話は横道にそれて、造東大寺司(ぞうとうだいじし)という役所で働いていた正六位葛井連根道(ふじゐのむらじねみち)が隠岐に島流しにされたのはなぜだと考えるかという問いかけだった。

 「続日本紀(しょくにほんぎ)」天平宝字7年(763年)12月29日条にはこうある。
 「・・・三人、酒を飲みて言語(かたら)ふこと時(とき)の忌諱(きき)に渉(わた)れるに坐(つみ)せられて、・・・流さる」と。
 史料はこれだけである。

 で、帰ってから遠山美都男著『天平の三姉妹』(中公新書)を読み返したが、これに触れた文章はなかった。
 ただ時代は激動の時代だった。
 天皇は淳仁。後押しのあった、聖武天皇の皇后であった光明皇太后が天平宝字4年(760年)に亡くなり、孝謙太政天皇VS恵美押勝(藤原仲麻呂)(光明派)の対立から恵美押勝の乱(天平宝字8年)が起こる1年前であった。

 では葛井連根道らは押勝の乱に向かう相談をしていたのか。それだと罪が軽すぎる。
 もう一つの大事件、天平宝字5年(761年)孝謙太政天皇は近江保良宮で重病となり、宮廷内道場の看病禅師「道鏡」が病を癒す。
 あけて天平宝字6年(762年)、淳仁天皇が「身分の卑しい者が仇に対して言うような言葉」で孝謙太政天皇を批判し、反発した孝謙太政天皇は淳仁天皇の廃位を決意した。

 そういう時代背景の天平宝字7年(763年)の年末に、根道らは「忘年会」をして、「忌諱に渉る話をした」のである。
 話の内容は一切書かれていないが、「忌諱」とは一般に「目上の人が嫌がることを言って機嫌を損ねること」であり、時代は下るが江戸幕府や明治政府が「忌諱」を問題にしたのは浮世絵や好色本、つまり風俗の取り締まり、猥褻罪のことだった。
 となると、忘年会の酒席での猥談、道鏡と孝徳太政天皇に関わる噂話をしたのだろう。そしてそれは、世間にあふれている噂話でもあった。

 世間にあふれている噂話であるからこそ孝徳太政天皇は許せなかったので、世間の「言論」を封じるために「見せしめ」として大きな処分をなしたに相違ない。
 後日談だが、称徳天皇(孝謙天皇が重祚)が亡くなったのち、宝亀10年(779年)、根道は従五位下に復職している。

 こういう古代史から、学術会議任命拒否問題を見ると、任命拒否の5名が問題なのではなく、学術界全体に向けて「政府の嫌がることを言えばこうなるぞ」と見せしめにしたことが良く分かる。
 ああ、何と言うことだ、この国は。1300年前の歴史の教訓を学べていない。

 小笠原先生の講義は、「忌諱に渉る話」の内容を俗にあれこれ推測するのでなく、孝謙太政天皇側が大きな世論の批判を抑え込むために、法外な重罪を被せて見せしめとした、そのことを歴史の教訓として学ぶべきだというスタンスであった。勉強になった。