アショカ・ピラーとは紀元前3世紀、マウリヤ朝のアショカ王が仏教的聖地に柱を立て、人が守るべき普遍的な法(ダルマ)を刻んだものとされいくつかが現存する。獅子が載っていないものや獅子1頭のもの、4頭のもの、彫刻が異なっているものなどがある。それを模刻したものが各地に建てられている。
ライオンの像というと直ぐに古代シリアのそれを想像するが、東西南北の文化のるつぼ、中央アジアこそ、インド発祥の仏教が世界宗教に成長した揺籃の地だったのだと再確認できる。
ほんとうは唐や百済の文化の流入ではあったが、俗にシルクロードの終着駅と称される平城(なら)の東大寺にこれがあるのは、歴史的な意味はない(ここのこれ自体は新しい)が、仏教という意味では意義深い。
ネットで検索してみると、広島の爆心地のお寺にも同様のものがあり、国内外にも少なからずある。
毘盧遮那仏にお詣りした後、アショカ・ピラー前で自戒してから鹿煎餅を購入した。
佐々木閑氏の講義(ソーシャルディスタンスのための人数制限のため文字どおりの講義(授業))を受けた折り「何故釈迦(ゴータマ・ブッダ)の原点ともいえる思想が判るのか」という質問に、「仏伝とアショカ・ピラーに刻された文章だ」との回答があった。こんなところにアショカ・ピラーが出てくるのかと少し驚いた。
返信削除