2018年9月16日日曜日

身弱き人

山法師
   8月中は孫の凜ちゃんと我われ祖父母がひと月中ウイルス性の風邪のうつし合いをしていた。

 わが家で楽しく遊んでいた日の夜に限って「熱を出した」というので声には出さなかったが些か申し訳なく落ち込んでいた。

 その8月も終わって、凜ちゃんは生まれて初めてキャンプ(といってもロッジのようなものだろうが)に、同様の病気の家族たちといく計画を立てていた。

 ところが、9月に入ってから孫の症状等がさらに酷くなり、結局1週間ほど前から大学病院に入院してしまっていた。もちろんキャンプから脱落。

 入院中は食欲もなく、体中にチューブやコードをはめられて、それでも座るのもしんどくすぐに寝ていたのだが、それがようやく好くなって昨日退院してきた。

 兼好法師は徒然草の中(第117段)で、「病なく身強き人」は友人に向かないと述べているが、そんなことは教えられなくても、友人たちと呑むとそれぞれ症状の近況報告となり、一昨日も別れ際には「お互い気を強く持とうぜ」などと励ましている。
 やたらに検査値が知れるのもいいことか悪いことかなどと思ったりもする。

 その徒然草にカスっていえば、体の弱い孫などは普通に元気でいることが祖父母の喜びだ。
 ただそれだけ、ただ退院しただけだが非常に嬉しいのだ。
 「身強き人」ばかりで暮らしていたならこの有難味が判らなかったかもしれない。

   台風に負けじ山法師の実の赤き

2018年9月15日土曜日

女塾で学んだ大和魂

   戦争の話は8月でおしまいと誰が決めた。
 ぐっと引っかかっていた8月27日の朝日新聞の記事を考えている。
 敗戦直後の(黒川)満蒙開拓団で団幹部が、17~21歳の未婚女性15人前後にソ連軍兵士の性接待を指示し「乙女ささげて数百の命守る」と暴行されていった歴史のことである。

 思いはぐるぐると巡る、自分があるいは自分の娘が当事者だったら許せない。
 自分が団幹部だったらどんな判断をしただろうか。
 戦争は全く理不尽なものである。
 日本の戦後は、そういう事実に口を噤んで、知らぬ顔で憲法9条を論じる社会に至っている。
 指示した幹部の謝罪の言葉は見当たらない。

 虐殺も従軍慰安婦もなかったという人々は、記事のとおりの団幹部の指示もなかったと言い切るのだろうか。
 もちろん、問答無用のレイプもあっただろうが、だから皇軍のレイプや虐殺が帳消しにされるわけでもない。
 戦争は理不尽なものである。

2018年9月14日金曜日

二刀流

 直接的にはオオタニサ~ンのことではないが、ちょっとかすめているかも知れないリーダー論のことである。
 スポーツ界のリーダーたちの醜聞に似た出来事を聞くにつけ、実績や人脈などではない人格というか全人的な人間性が問われているように感じている。
 リーダーは情が判ってかつ論理的に指導できる二刀流である必要がある。

 これがスポーツ界以外だと、売らんがための数々の不正問題だろうし、我が亡きあとに洪水よ来たれの原発政策になる。
 大学が予算欲しさに軍事研究に手を貸すのも同じだろう。
 理系の人びとが専門馬鹿と揶揄されることがあるが、人文系の教養を欠いた技術の「進歩」は危なっかしいところがある。

 反対に文系と呼ばれる人々の中には理系的な論理的思考が欠けている人がいて、これも結局精神論か経験主義になる。

 先日の台風21号と北海道胆振東部地震でも安倍首相や世耕経産相が、総裁選のためだろうが矢鱈にテレビに出て、「関空の早期の開港を指示した」だとか「停電の早期復旧を指示した」と言っていて、それらを批判的に報じないメディアに私は怒りさえ覚えた。
 私が何を怒ったかというと、「関空を早期に開港するため努力せよ」だとか「停電の早期復旧に努力せよ」などというのは指示でも指導でも、いわんや援助でもないからである。

 現場の人間は言われなくても必死で対応している、自分や家族は二の次にして努力しているはずである。
 そんな折、大切なことは大所高所からの現状分析と具体的な支援体制であるはずのところが、アリバイ工作のように「ハイ私は指示しておきましたよ」というのはじゃまにこそなれ支援・指導にも何もならない。
 こういう人間はリーダー失格、三流四流の「上司」になる。

 そういう人物(首相や大阪府知事)はそろいもそろって「指示しておきましたからね」と言って海外に「逃亡」した。

 現役時代、現場の名ばかり管理職をしていた人間の溜息を聴いてもらえただろうか。

         秋告げる小声は紫式部の実

   
 

2018年9月13日木曜日

明日は我が身

奈良公園浮見堂の北側にて
   台風にしても地震にしても、ほんのちょっと離れた街では嘘のように状況が異なる。
 無事だった街でも「明日は我が身」と省みることが大切だ。

 私ごとだが、30歳台半ばに、当時の少し前のインフレを恐れてマイホームの土地を探したことがある。あれよあれよという内に現金や預金の価値が減っていった時代だ。
 そのとき、結局我われ庶民が手の届く土地というと崖下のような造成地だった。
 それでも手が届かなかったから今日があるのだが、テレビで土砂崩れなどのニュースを見るたびに、あのときローンででも購入していたら・・・・と背筋が寒くなる。

 余談ながら、毎日ケーブルカーで通勤するのもいいじゃないか・・・と思った土地があったが、数年後にケーブルカーは廃線になってしまった。悲しむべきか、購入せずにいて喜ぶべきか。

 北海道胆振東部地震の震源も、どちらかというと想定外の地であったようだ。
 泊原発の外部電源全喪失も想定外という。
 だとすると、全国の原発の安全性もほんとうに想定内で済むと信じる方がおかしい。

 今後急速に人口が減少するのは確実だ。
 戦後経済成長の夢に賭けるのは狂気の沙汰だろう。

   空港閉じ奈良公園は落ち着けり

2018年9月12日水曜日

奈良公園にリゾートホテル?

   奈良県が開発業者に格安で貸そうとしている現地を歩いてみた。
 浮見堂の南(奥の森のような樹々)の結構広い土地だった。
 確かに、このまゝ何もしないというのももったいない気がする(いや浮見堂の借景だけでも意義は大きいか)が「何で高級ホテル?」と疑問は深まる。
 
 都市公園法施行令第8条の4は、「都市公園に宿泊施設を設ける場合においては、当該都市公園の効用を全うするため特に必要があると認められる場合のほかこれを設けてはならない」と定めている。

右側が予定地
   つまり「市街地から相当の距離があって周辺に宿泊施設がないところ」なら市民が公園を十分楽しむために例外的に認めよう」というのが法律の主旨である。では奈良公園はどうか。

 奈良公園に接する市街地には宿泊施設は多数あり稼働率にも余裕がある。
 キャパシティーをもう少し増やしたいなら、既存の宿泊施設が現行法の下で増改築できるよう援助すべきだろう。
 とまれ、言われている高級ホテルは約30室である。?????話にならぬ。

 全室温泉(露天風呂)付きというが、その温泉は毎日タンクローリーあたりで運び込むという。話にならぬ。

 その上に、民間会社に貸し出す前に、奈良県が2億5千万円出して整備するという。ここまでくると話は無茶苦茶だ。

 帰りに近鉄電車から若草山を見ると、北の方に若草温泉郷が画龍点睛を欠くように汚らしい。今般のリゾートホテルの将来を示しているように私は思った。
 若草温泉郷は当時の奈良市長らがごり押しで推進したもの。

   台風一過そしらぬ顔の虫の声

2018年9月11日火曜日

それは個人攻撃だ

   自民党総裁選挙で石破元幹事長が「正直、公正」をスローガンにしたら、「それは個人攻撃だ」と批判されて引っ込めた。 
 それって「アベ政治は不正直、非公正だ」という共通認識が大前提だと自民党自身が「自供」したようなもので「語るに落ちる」とはこういうことだろう。

   ところが、大手メディアも歩調をそろえて「正直、公正」を言わなくなった。
 このことも考えれば恐ろしい。

 大阪でいえば、台風21号での関空の被害状況をみて、常識人ならカジノ万博用地である舞洲は大丈夫か?と心配したが、不思議なことにメディアはこれを報じない。

   ただ、西谷文和氏がシェアした陣内恒治氏のFBには「台風翌日、港湾労働者が撮影した」舞洲の写真が掲載されていた。

 維新の松井知事は停電中の府民を放っておいて沖縄やヨーロッパに出かけた。
 府内に居ると何かヤバいことがあるのだろう。

 そういう一つひとつをつなぎ合わせると、この国は今、民主主義とはほど遠いところに来てはいないかと心配だ。

 心配ばかりしていると心臓に悪いので最後に山口二郎氏のツイッター上での妄想(ギャグ)を紹介する。
 (山口氏)の妄想。
 安倍首相の下で開催される東京オリンピックでは選手宣誓は行われない。
 正々堂々、フェアプレーという言葉はホスト国の最高責任者に対する個人攻撃だと日本政府が反発したからである。
 うふふふふ。

2018年9月10日月曜日

奈良公園に国蝶を

 9日付け朝日新聞の朝日歌壇・馬場あき子選に おおむらさきの食樹でありし蝦夷榎(えぞえのき)伐られてさびし故郷の寺 (仙台市)沼沢修 というのがあった。

こういうのを見ると奈良っていいなあと思う
幹線道路の中央分離帯
   その前日、8日の『奈良公園の環境を考えるシンポジウム』でもちょっと新鮮で印象に残った問題提起があった。

 パネリストの一人、日本の国蝶オオムラサキ研究所・林太郎氏は、現在は橿原市昆虫館でオオムラサキを大量飼育し放蝶するなどしてその季節にはテレビでも取り上げられるので有名な人だった。

 実は、奈良公園の高級リゾートホテルが計画されている土地は、奈良公園では貴重な110年間鹿が入っていない土地である。
 そして奈良県の調査ではオオムラサキの食樹として有名な榎が40本以上ある。樹齢400年の樹もある。
 奈良公園には現在もオオムラサキが生息しているが、この地を活用すれば「国蝶オオムラサキが舞う公園として世界中にアピールできて観光資源にもなる」というのが氏の提起だった。

 パネリストの一人、谷幸三氏からも「奈良県は自然史博物館を持っていない唯一の県である」「自然保護の観点からも奈良公園と当該予定地を活かしたい」とエールがあった。

 ともすれば「拝金教徒」による自然破壊に対して私たちは「開発反対」という言葉を多用しがちだが、「このように奈良公園の価値を高めよう」という提案は私には新鮮だった。

 難しい話だが、奈良公園の鹿は許容量を超えているという。
 その鹿のおかげで、独特というか、少し歪な?自然環境でもあるらしい。
 当該土地はそれをリカバーできる貴重な土地だろう。
 ちなみに榎は、オオムラサキ以外にも多様な蝶が生育し、タマムシも生育する樹である。う~ん、宝の樹に見えてきた。

 補足をすると、南米コスタリカはモルフォチョウが大きな観光資源になり、外国人観光客向けのツアーもあるとか。
 50㎜~55㎜のオオムラサキはモルフォチョウにも引けを取らない美しさと迫力を持っている。
 迫力でいうと、この蝶は縄張りを持っていて、スズメ、ツバメ、スズメバチでも追っ払うらしい。林氏に聞いた。これはすごい。

 この話に私は愉快になってきた。ルーミスシジミ、ルリコガネ、そしてオオムラサキでキラキラ輝く奈良公園の未来が見えてきた。
 奈良公園高畑町の榎を守りたい。
 その地に高級ホテルはいらない。

2018年9月9日日曜日

拝金教

 8日(土)、第3回目の『奈良公園の環境を考えるシンポジウム』があった。
 会場の奈良文化会館小ホールは「要:事前申込み」であったのに、立見が出るほどの盛況だった。
 司会:河島あみる、主催者あいさつ:辰野勇、講演1:夢枕獏、講演2:椎名誠、パネルディスカッションモデレーター:辰野勇、パネリスト1:林太郎・谷幸三・辻村千尋、パネリスト2:高畑町住民・中島晃・寮美千子、法的問題について:兒玉修一、まとめ:田中幹夫という豪華なラインアップで、非常に充実した内容だった。

   その中で、夢枕獏氏の演題は『縄文の歴史と自然』で、ここ半年ほど縄文にハマっている私としては節々で”我が意を得たり”という気持ちになった。
 氏曰く、縄文の宗教はありとあらゆるものに神の存在を見ていて(多神教)、その後の日本民族の宗教意識によい意味で引き継がれていった。ところが、近頃拝金主義という一神教に席巻され、世の中が狂い始めている・・・と。

 奈良県が内外に大嘘をついて浮見堂南の旧裁判官官舎跡に高級リゾートホテルを建設しようとしていることなどはその拝金主義の骨頂だろう。

 元々歴史的風土特別保存地区という非常に厳しい規制のかかった同地区は平成17年に奈良公園に編入されたが、常識的には奈良公園そのものになったのでさらに厳しい規制がかかると思われるところ、「公園の便益施設である」などという大嘘をついて、大手開発業者に二束三文で貸すという。

 ああこれは、規制緩和でお友達に利益を施す森友・加計と同じ構図だと私は感じた。
 椎名誠氏は数々の自然保護運動に関わってきた思い出を語り、地元以外の人々の関心の薄さを指摘されていたが、この問題も、奈良公園周辺の住民の問題に終わらせてはならないと大いに反省した。

 ※ 拝火教をもじって拝金教と書いてみた。
 

2018年9月8日土曜日

国公共済

 台風被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。
 さて、国公共済会の火災保険加入者は多くの場合給付金が受けられます。
 用紙や説明書は最寄りの労働組合の「国公共済担当者」に連絡すれば送付されるでしょう。
 
 なお、住宅災害状況報告書はご自身で被災状況を報告していただく書類となっており、被災から30日以内に報告が必要です。
 詳しくは、国公共済会(電話0120-88-9031、携帯からは03-3580-2881 )へご連絡ください。平日9時~1730分まで

寸鉄人を刺す

 9月6日付け朝日新聞夕刊の池澤夏樹氏の連載コラムの冒頭に次のようにあった。
 「誰も何も言わないから言っておく。
 官公庁がこぞって身体障害者の雇用数をごまかすような国にパラリンピックを開催する資格はない」
 けだし名言である。

   蛇足を言えば、フェアプレイの精神からほど遠いJOC傘下の各種体育団体のパワハラその他の歪んだ実態にも嫌になる。
 名詞を変えれば財務省森友事件等とロジックは全くよく似ている。

 スポーツ本来の発展のためにも社会の民主主義が重要だとつくづく思う。

2018年9月7日金曜日

音羽流れ

 地震、豪雨、台風、また地震と悲しいニュースが続いています。
 被害に遭われた皆さんに心からお見舞いを申し上げます。
 近く『国公共済会』の手続き案内を送付すべく作業をしています。

   さて、私の好きなテレビ番組に『やまと尼寺 精進日記』があるが、融通念佛宗の機関紙『大念佛』№82に、写真のとおりその紹介記事があった。

 ところは奈良県桜井市にある音羽山観音寺。創建は奈良時代。音羽百坊と呼ばれるほど多くの堂宇が軒を連ねていたが、貞観18年(867)の「音羽流れ」という豪雨による山津波でことごとく崩壊し、この観音寺だけが残ったとのこと。

 貞観年間というと富士山をはじめとする各地での噴火や地震が有名だが、こんな大災害もあったらしい。私は知らなかった。

 台風21号や北海道の地震で苦労されている方々には申し訳ないが、この災害列島の歴史の重みのようなものに、心の沈む思いが広がっている。
 そして、日本人はもっと憶病になるべきでないか、自然の偉大さに頭を垂れるべきではないかなどという反省をしたくなる。

 全道の停電というと、広さでいえば東京から大阪までの広さらしいが、そこの電気をコンピューターで制御できているという考えに驕りはなかったか。
 病院が停電で入院をうけられない、実際に犠牲者も出ている、泊原発は非常用発電で冷却というが、メルトダウンを引き起こす直前、紙一重で防いでいる。

 ゆっくり研究したいが、戦後高度成長の神話が日本人の常識を狂わせてしまったような気がする。
 あれは、生産人口の急増、朝鮮戦争、スエズ動乱、ベトナム戦争という歪な需要の上に咲いたあだ花ではなかったか。
 古い仏像の前で長い歴史を冷静に振り返ることが大切な気がしている。

2018年9月6日木曜日

折々のことば

 朝日新聞に連載されている『折々のことば』鷲田清一#1219 2018.9.5
 【これはきれいごとかもしれないけれど、そういうことを言うのをやめたらもう全部終わっちゃうんだよ 平川克美】
 正直だとか相互扶助だとか「きれいごと」は永遠に実現しないかもしれない。でも誰だって胸張って「きれいごと」を言っているわけではない。その裏にはうしろめたさや羞じらいが貼りついている。それが文化というものだと、文筆家は言う。「この自覚が自らの欲望の歯止めになり、生活に規矩を与える」と。『21世紀の楕円幻想論』から。

 台風21号は新聞テレビの報じている以上何倍も被害が大きいようだ。
 それは庶民の捕らえたツイッターでよく解る。
 知人にメールをすると「クーラーやシャワーが使えないのが辛い」と泣いていた。

 ところが、このように大規模な停電や断水で弱っている庶民や関空に取り残された内外の人びとを尻目に、この国の防災の最高責任者は私用で新潟へ出かけて行った。
 安倍晋三氏の頭の中の優先順位は完全に狂っている。
 関空にしても、大大阪の知事がテキパキと手を打っているようには全く見えない。
 ニュース画面を通じて、なんとお粗末で不親切な国かと全世界に発信されたことだろう。

 そこで、「きれいごと」とも思わないが大きな声で私は言いたい。
 政治にかかわる人々の最重要課題は人命であり生活ではないですか。

 また大阪府が防災拠点にしたいという「咲州庁舎」周辺では自動車が何台も転がっている。エレベーターも午後6時ごろまで止まっている。
 ああ、地震にも台風にも弱い庁舎であることは明々白々だ。橋下徹氏の尻拭いに汲々とするのももう止しにしませんか。
 松井知事さん吉村市長さん、カジノだ万博だという前に安全な街づくりじゃないですか。

   これは大阪だけの課題ではないが、インバウンドだなどと浮かれる前に、空港や各県主要ターミナル周辺に外国人観光客を安心して保護できる快適なシェルターを早急に作りましょう。
 イージスアショアやオスプレイに使う金があればすぐにでも出来はしませんか。

 最後に、弱者を批判するつもりはさらさらないがひとこと・・・。
 関空は海の上に造るので、タンカーの衝突は横に置いても、津波や高潮の危険はないのか? という疑問は常識人100人中100人にあった。事実、共産党は執拗に問ってきた。
 それに対して大丈夫だと言った専門家、識者、行政官はとりあえずマスコミの前に出頭してほしい。
 そして、自分がなぜ間違ったのかについて説明してほしい。
 何が「想定外」ですか。
 これが想定外なら、東南海トラフ地震や津波の想定もみんな信用ならんということだ。

   ほんとうに、安倍政権や維新の大阪府市政では生活も命も危険極まりない。
 それでもこういう政治を放っておきますか。

【おまけ】 台風でタマムシが飛ばされてきて、わが家のバケツの中で死んでいた。
 辛い台風の中のホッとしたヒトコマ!

2018年9月5日水曜日

想定よりも奇なり

 臨時休校になった孫が避難してきたこともあり、結局一日中テレビの台風状況を観ていた。
 テレビの画面と窓の外の樹木を見比べて、昨今の進路等の予想技術の精度には感心ばかりしていた。

   さてその台風対策だが、野菜や秋の花々が風で倒れないようになどいろいろ手は打った。
 しかし、結果は想定よりも奇なりで、まさか移動させるのに腰を痛めるほどの植木鉢が倒れるとは思わなかったし、重い土製品のバードテーブル(野鳥の餌場)が倒れて壊れるとは想定外だった。ヤマボウシの幹も1本やられてしまった。
 木賊(トクサ)が大量に倒されたのはまあまあ想定内だった。

 倒れた植木鉢は茗荷畑でそれ自体は惜しくもないが、倒れ掛かられた方のシラタマミズキの幼木が心配だった。
 思い入れを込めて今春植えたものだ。
 花木以外では、アーチ型サンシェードもやられてしまった。

   山の遭難も、険しい岩峰よりも”何ということのない峰”の方が多いというあれである。
 弱々しいものは全て助かったが”少々の風などでは何ということもなかろう”と思いこんだ部分でしっぺ返しを喰らった。反省しきりである。
 周辺道路の清掃も馬鹿にならない規模である。後始末には全日かかりそうな気がする。

 台風で被害を受けられた皆様にお見舞い申し上げます。



2018年9月4日火曜日

ロシアンルーレット

   今年は家庭菜園の万願寺唐辛子の出来が良い。
 ただ去年もそうだったが、たまに先祖返りをして「自分は唐辛子だったんだ」とアイデンティティを主張するのが出て来て困った。

 料理の途中から結構それらしい匂いがするので今日のその中にそれが混じっていることは判るのだが、それがどれだかは特定できない。
 いかにも唐辛子だぞ!と言わんばかりの真っ赤な奴や、非常に悪人顔の茶色いものがあるが、それが犯人でないところも奥深い。

 結局、妻とカワリバンコに口に入れ、当たらなかったら「セーフ」と言って両手を広げている。
 まったくロシアンルーレットだ。
 最後の三つになって「匂いからして、この中の1~3個が当たりに間違いない」ということになり、結局「捨てようか」ということに意見が一致した。
 3個ぐらい捨てても、次の万願寺がいくらも収穫を待っている。

   涙目や先祖返りの万願寺

 追伸 去年は万願寺の近くに七色唐辛子を植えたため、辛い万願寺がいっぱい出来て失敗だった。
 大阪の居酒屋で万願寺を注文したところ獅子唐並みの辛いのにあたって泣いたことがある。

2018年9月3日月曜日

山岡俊介氏の不審な事故

 8月30日の記事の続報になる。
 冨田宏治氏の8月31日のFBから要旨を転載する。出典はNIKKAN-GENDAI.COMの記事らしい。

記事とはリンクしていない
   《国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(RSF)」が28日付で〈日本は、首相とヤクザの関係を調査するジャーナリストの不審な転落事故を捜査しなければならない〉との声明を出した。
 過去の山口県下関市長選を巡る安倍事務所の“火炎瓶騒動”を取材するジャーナリスト・山岡俊介氏が遭った不審な転落事故について、当局による捜査を要請。安倍首相の過去の重大疑惑は、いよいよ世界の知るところとなった。

 火炎瓶騒動とは、1999年の市長選で、安倍事務所が支援候補を当選させるため、暴力団に対立候補の中傷ビラまきを依頼し、500万円の報酬を300万円に値切ったため、自宅に火炎瓶を投げ込まれたとされる事件だ。国会でも指摘され、「#ケチって火炎瓶」のツイートが話題を呼び大炎上している。

 この事件を長年追及する山岡氏は8月7日夜9時ごろ、東京・新宿アルタから地下鉄駅に通じる階段上から転落。肩を骨折し、額を7針縫う全治1カ月の大ケガを負った。山岡氏に当時の状況を聞いた。

 「後ろから押された感覚はありませんが、当時、私は酔っていたわけでも、体調が悪かったわけでもありません。体力には自信がある方ですから、普通なら踏ん張ったり何かにつかまろうとするはず。ところが、救急車を呼んでくれた方によると、前転するように上から下まで真っ逆さまに転げ落ちたといいます。私は過去に脅迫状を自宅に送り付けられたこともありますから、今回の一件も何かしらの力が働いたと疑わざるを得ません」

 RSFは声明で〈(山岡氏が)取材していた対象を考慮すると、このような不自然な転落は本格的な捜査に値するが、現在行われていない〉と指摘。〈日本のジャーナリストは、安倍首相が12年に政権を取って以来、自分たちに対する不信と敵意の雰囲気があると不満を抱いている〉と、安倍政権の報道に対する姿勢まで批判している。世界に拡散しつつある「#ケチって火炎瓶」疑惑。このまま放置していいのか。

   「『報道の自由度ランキング』を年1回、公表するRSFは、第2次安倍政権の発足以降、日本のランク急落を憂慮しているのでしょう。十数年前の事件とはいえ、安倍首相はキチンと釈明しなければ、国際社会に不信感を与えるだけです」(高千穂大教授の五野井郁夫氏=国際政治学)
 総裁選前だからと、ダンマリは許されまい》

   夏休み最後の夜の庭花火

2018年9月2日日曜日

世間知らず

 大阪維新の大阪府市政が「カジノで外国人観光客が増えて大阪の景気は良くなる」と言っているが、ほんとうだろうか。
 その論の根拠・お手本はシンガポールだが、観光庁資料等によると、2011年から2016年の外国人観光客の増加率は、大阪が595%に対してシンガポールは124%となっており、数字は維新の嘘を白日の下にさらしている。

   次に、大阪市の想定でも外国人観光客は入場者の約2割だが、その2割であっても大金持ちがカジノのついでに戎橋筋や日本橋で買い物をしてくれれば・・という意見があるが、そんな言葉を信じているのは世間知らずの貧乏人だけである。ちょっと私の見聞きしたことを書いておく。

 20数年前であるから今より大阪経済が格段に元気だった頃である。
   某会社は全国規模ながら小さな会社であった。
 その某会社の大阪支社に本社(東京)の偉いさんがやってきた。
 昼間の用が済んで懇親を兼ねた夕食が済んで、大阪支社長は二次会を奮発して今まで行ったこともないような北新地にセットした。
 清水の舞台から飛び降りた気持ちで北新地にセットしたのだ。
 ところがこれが本社の偉いさんには大いに不評であったので、私はその後、この支社長の恨み節を幾たび聞いたことだろう。
 本社の偉いさん曰く「二次会はなぜ祇園でないの」ということだったらしい。
 Oh my God !!!!
 
 大金持ちはミナミや日本橋どころか北新地さえ見向きもしない。
 京阪神で接待をするなら祇園でしょ! これが世間の常識らしい。この感覚は私だって知らなかった。
 四天王寺が法隆寺や東大寺に勝てないように、キンキラキンの飲食店は世界中にゴマンとある。大阪人にとっては不本意ながらミナミもキタも祇園の「格」には勝てない。

 とまれ、大富豪がカジノのついでにミナミで飲んで炊飯器を土産に買って帰るなど、世間知らずの妄想である。馬鹿も休み休みに言え!
 一時でも信じた者は目を覚ますべきだろう。
 これは北新地の悪口を言っているのではない。私の見聞した体験談である。

   恥知らぬ夜郎自大の白昼夢

2018年9月1日土曜日

教養を憎む

   8月26日安倍晋三氏が鹿児島県において自民党総裁選に立候補を表明した。それをNHKが生中継をした。
 安倍晋三氏は観ているこちらが恥ずかしくなるようなカメラ目線と芝居に終始し、『西郷どん』の人気におもねて桜島を背景に薩長同盟と明治維新に重ねて己を「勤王の志士」的に演出した。
 朝日新聞も見かねて「大河ドラマを意識」「インスタ映えを意識」と評している。

 それに被せて安倍晋三氏はツイッターで、「我が胸の燃ゆる思ひにくらぶれば煙はうすし桜島山――筑前の志士平野国臣の短歌です。・・日本の明日を切り拓いて参ります」と表明した。えっえっえっえっ・・・。

 そこで・・・、私は、歌人であり国文学者である上野誠先生の講義を思い出した。
 「万葉集の、大君は神としませば赤駒の腹這ふ田居を都と成しつ・・を読んで、藤原京は元は沼地だったというような解釈をしてはならない。その意は人智を超える能力の持ち主と称賛しているところにあるのだ」ということだった。
 
 そこで安倍晋三氏のツイッターに戻ろう。氏のツイッターを善意に解釈すれば「我が志の高さに比べれば桜島の煙は薄いものだ」となろう。
 これでは「藤原京は元は沼地だった」と同レベルの解釈になる。

 平野国臣は薩摩に入ろうとしたが伊集院の地で追い返され、そのときにこの歌を詠んだのだ。
 なのでこの歌は「薩摩の勤王の志の低さよ」と皮肉を込めて失望した歌というのが常識とされている。国文学上はほんとうにこれが常識だ。
 それを「桜島の煙の薄さよ」と解して、得々として薩長同盟や明治維新につなげるのは内閣総理大臣としてあまりに恥ずかしい。ほんとうに恥ずかしい。

 なので、世間では安倍政権周辺のあまりの教養の無さにあきれているが、思想家の内田樹先生は「どうせライターの原稿だろうが、安倍政権周辺は教養がないというよりも教養を憎んでいる」と喝破されている。
 同感である。

   誤読され筑紫恋しと蝉の泣く

 ※ 勤王だとか志士だとかの文字を使用しているが、私の明治維新の評価はそうではない。
  ツクツクボーシの「聞きなし」の一つに「筑紫恋し」がある。
  MBSラジオ毎週土曜日朝5時半から『上野誠の万葉歌ごよみ』が放送されている。首相周辺の皆さん。お勉強なさい。

2018年8月31日金曜日

畦地梅太郎

   猛暑が続いていて去年大量にTシャツを捨てたことが悔やまれる。
 先日アップした「ならまち糞虫館」でTシャツを買っておけばよかったと、これも後悔している。

 というので、代わり映えしない発想だが畦地梅太郎のTシャツをモンベルで買ってきた。
 畦地梅太郎は「山の版画家」として有名で、この作品は「山男」シリーズの中の「鳥のすむ森」。
 いうまでもなく鳥というのは雷鳥。

 北アルプスあたりを登っていた若い頃は山小屋にしか置いてなく、けっこう高価なTシャツだったと覚えている。
 今の若い人は「何?そのデザイン」というのだろう、そこそこ普通の値段になっている。2400円+税。

 年甲斐もなくと思われるかどうかは関係ない。
 アクティブなTシャツを着るとそれに合わせて元気が湧いてくる。

   古稀過ぎてTシャツだけは山男

   日の出入りだけは確かに葉月尽

2018年8月30日木曜日

気の早い流行語

 7月29日に『途上国並みの醜聞』という記事を書いたが、大手マスコミが揃ってスルーする中で、ネット社会では『#ケチって火炎瓶』が流行語大賞並みに拡散している。

   下関市長選で実際に撒かれた謀略ビラの写真も安倍事務所の秘書が押印した確認書の写真も公開されている。
 謀略ビラのヘイトぶりも度を越している。

 安倍事務所が安倍晋三にも諮ったうえで暴力団組長にこれらの謀略を依頼し、その後約束していた「見返り等」をケチったので組長が安倍事務所に火炎瓶を投げたもので、そのいきさつは裁判記録等に明らかだが、当然??のように山口県警はそれ以上には動かなかった。

   誰が考えついたのか『#(ハッシュタグ)ケチって火炎瓶』のネーミングも悪くない。

 芸能界やスポーツ界では裏の社会との付き合いが明らかになれば過去、現在を問わず永久追放が常識とされているが、それが首相だと不問にされるのか。
 途上国の独裁国家では?というのもそれほど的外れではないだろう。

   身の危険肌に染むよな炎暑かな

2018年8月29日水曜日

サマータイム

 その主張に賛成・反対という以前に、安倍晋三や森喜朗の言っているサマータイムの必要性という論理が”賛否以前”に全く理解できない。

ネットで見つけた
   オリンピックを酷暑の東京で開催することの愚は横に置いておいても、マラソンのためならスタート時間を1~2時間早めればいいだけではないのか。

 一部の競技は東京以外というのもある様だから、関東周辺の高原でする手もあるだろう。
 交通機関だって、除夜の鐘・初詣では終夜運転をするし、奈良県周辺の話をすると近鉄は天理教の大きな行事のときは臨時列車を増発する。

 サマータイムなどしなくても日本人はいろんな知恵でこれまでも対応しているし対応できる。
 何度も言うようだが、東京の一部で行われるオリンピックのために全国でサマータイムを導入する必要性が、賛否以前に全く理解できない。
 国民の健康に良くないことは実証済みである。

 私個人はどちらかというと朝型人間で、現役時分は朝6時前に家を出て出勤し、みんなが出勤してくるころには二仕事も三仕事も済ましていた。
 外形的にはサービス残業だが、労働組合活動への批難等揚げ足を取られないように気を遣ってきたからだ。
 しかし、私のスタイルを仲間や部下には一切求めてこなかった。当然である。
 サッカーWCを見たい者は夜でも早朝でもテレビを点けるじゃないか。

 結局、・・・誰かがオリンピックでは禁じられているはずの「国威発揚」「国民精神総動員」の仕掛けにしたいのだろう。
 サマータイムは、スポーツマンシップやフェアプレイの精神から最も遠い人物たちの暗い企み以外の何ものでもないと私は思う。

 あっそうか! この行事は「フクシマは完全にコントロールされている」などという大嘘から出発したのだったなあ。

2018年8月28日火曜日

牛に曳かれて

   記事のアップは前後するが、先週の日曜日にミホミュージアムに行ってきた。
   ほぼ1か月間「半病人状態」であるのを気遣って息子と孫が車に乗せて連れて行ってくれた。善光寺参りのような態であった。
 妻は症状が快復せずパスをした。

 わが街から信楽焼の郷・信楽に行く際、ミュージアムの道案内の看板をよく目にしていたが、実際に行って見ると予想以上に豪華な施設なのに驚いた。
 母体が宗教団体らしいから、信心というか宗教の持つパワーに感心した。
 外国人観光客も多かったからネット社会でも有名らしい。

 一番見たかった写真の土偶もゆっくり見た。
 縄文についてはいずれブログに書きたいと思っている。
 孫の夏ちゃんに観覧の感想を聞くと「スタンプラリー」15問全問正解が楽しかったという。そのため展示品はほとんど憶えていない。
 当然だろう、小一でこの土偶に感心したらおかしい。

2018年8月27日月曜日

ならまち糞虫館

   テレビを観ていて『ならまち糞虫(ふんちゅう)館』のオープンを知った。
 土日の午後のみオープンということで、前夜の夏祭りの疲れを引きずりながらも8月26日に訪ねてみた。
 『昆虫館』はあちこちにあるが『糞虫館』というのが嬉しい。

 実際の展示で知ったことだが、奈良公園も「宝石のようなルリセンチコガネ」だけでなく、いろんな「チビセンチ」が居る。そのコレクションもすごかった。
 成虫は夏よりも秋の方が多いということも教えてもらった。
 ここに標本も提供している高校生がいて、その博識にも驚いた。奈良の未来は明るい!

   折角なので持参した『ふんコロ昆虫記』(トンボ出版)に、館長の中村圭一さんにサインをしていただいた。「初サインだ」と言って応じてくれた。

 思い起こせば、奈良公園でルリセンチコガネを初めて見つけたときには興奮した。
 結果的にはたまたま鹿の糞の横でひっくり返っていただけらしいが、「球を押している!」とそのときは興奮が冷めなかった。
 今日の勉強で「玉押し」するスカラベなどは後ろ脚が長く、それに対して後ろ脚の短い奈良公園のセンチコガネは基本的に「球を引っ張る」のだと高校生に教えてもらった。

 ご承知のとおり奈良の鹿は「神鹿」である「神の使い」である。
 その足下で、押して転がそうが引いて転がそうが、やはりふんコロは地球(玉)の運行を司る神の使いである。
 糞虫バンザイ!
 人間が鹿の糞を処理するとすれば、年間100億円・・・奈良公園の糞虫は年間100億円の仕事をしている。

 〔おまけ〕猛暑のならまちは人があふれていた。奈良公園の観光客のキャパシティーとしてはこれで十分ではないかと私などは考える。奈良公園の環境を壊してまでの高級ホテルはいらない。

2018年8月26日日曜日

夏祭り

   昨日は、家族会を作っている老人ホームの夏祭りで、家族会としては千本引きのあてものとヨーヨー釣りの店を運営した。
 入所者の皆さんのところへは駅弁スタイルでヨーヨー釣りの出前をした。
 99%介助を受けてでも「釣れた釣れた!」とお祝いすると例外なく微笑み返していただいた。

 孫の夏ちゃんファミリーは常連さんだったが今年からこちらが1月遅らせたせいで地域の夏祭りと重なってしまった。
 その代わり、孫の凜ちゃんがここに初参加してくれた。
 凜ちゃんを抱いて盆踊りに参加したが腰と背中が痛くなった。ああ。

写真追加
   正直にいえば準備から本番まででへとへとになった。でも、ええカッコをいうと気持ちの良い疲労だと痩せ我慢を言っておこう。
 人間、イベントの裏方に呼んでもらっているうちが華だとこれも痩せ我慢。

2018年8月25日土曜日

甲子園に学ぶ

   天空、大夢、輝星、和輝、朝暘、佑輔、彪吾、亮太、璃玖。
 小学校の先生なら10年以上前から馴染んでいたのかもしれないが、子どもたちの名前の読みが難しい。
 少しクイズのようにテレビのこちら側でフリガナを当てっこするのも面白い。
 漢字の本家中国には訓読みのフリガナはないし、欧米語にもあまり聞いたことがない。

 ただ考えれば日本人は漢字を手に入れた初期のころから、万葉仮名で文字遊びをしていたし、戯書、当て字(宛字)は今に始まったことではない。
 そう考えると、この傾向をキラキラネームだと言って笑うのも筋違いで、伝統的日本語の一潮流だと認めなければならない。

 秋桜(コスモス)、水黽(アメンボ)、土竜(もぐら)・・・花の名前や虫や動物の名前なんかはこの方が主流だと言っても良いぐらいで、パソコンでもすぐに出て来る。
 親は子どもの名前を考え抜いてつけたのだろうから、他人がとやかく言うことではない。
 しかし、もう少し素直に読めるフリガナにしてくれませんかね。

 蛇足ながら、タイトルのとおり頭書にあげた名前は金足農のレギュラー選手の名前。
 金足農といえば「全力校歌」も有名になった。
 赤旗の23日付け『潮流』によると、この校歌、近藤忠義作詞、岡野貞一作曲という。
 岡野は「故郷」や「春の小川」の作曲で有名。
 近藤は治安維持法で検挙され獄中で敗戦を迎え、後に共産党員となった国文学会の重鎮。

2018年8月23日木曜日

戦争がもたらすもの

   8月6日と9日が済んだら原爆の話をしないでいいわけではない。8月15日が済んだら戦争の話をしなくていいわけではない。
 当たり前のことだが、マスコミという奴は原爆も戦争も『夏の風物詩』扱いのような気がする。
 で、偉そうなことは言えないが、8月11日に書いたカトリックの総本山ローマ教皇の『カード』を幾分体調が回復してきたのでキリスト教会で頂いてきた。

 大きな戦争も小さな戦争も、核戦争も通常兵器の戦争も、死んだりした被害者にとってはその差は意味のないことかも知れない。
 しかし、例えば「毒ガスは非人道的だ」と否定されたように、核兵器も「国際法上違法だ」と認定することには大いに意味があると私は思う。
 その意味で国連の核兵器禁止条約は画期的なものである。

 ところが被爆国の安倍首相は、その会議をボイコットし、「核保有国との橋渡しをする」などというインチキな美辞麗句を並べ、超核保有国アメリカ、もっと言えばその軍事産業を擁護しまくっている。
 日本国民として許せない気持ちだ。
 
 読者の皆さん、近くの(あるいは通りすがりの)カトリック教会で『カード』を貰って知人に広めませんか。
 カトリック以外の宗教人も教皇の純粋な気持ちに倣って行動しませんか。

2018年8月22日水曜日

甲子園

 近頃、スポーツ界の汚い話が続いていたからここは高校野球と言いたいが、体育会系の精神主義、縦社会への服従、さらにプロまがいの全国区高校など、高校野球にこそその責任の一端があると私は思っているので、少し冷ややかに眺めている。

   といっても、奈良の奈良大附属の1勝、近畿勢の進撃はやはり嬉しい。
 さらに、金足農高は、すべて地元中学校出身者の県立高校というから、どうしても判官贔屓で応援してしまう。
 結果は残念だったが、素晴らしい奮闘ぶりだった。

 愉快な話を見つけた。日本農業新聞が異例の1面で金足農の奮闘を報じたという話だ。
 「農高で戦後初の決勝進出」などの見出しだった。
 全国の農業高校も祝福したことだろう。
 農家も元気になったのではないだろうか。
 

2018年8月19日日曜日

槿花一朝の夢

   木槿(むくげ)の花は「一日花」なので無常観を指して「槿花(きんか)一朝の夢」と形容されるが、昔の人は炎天に次々と咲くこの花からどうして無常観を感じ取ったのだろう。

 小さい頃、庭の一角に木槿があり「いやに虫の付く木だ」という印象が先行し、雑草のように逞しい木というのが私の印象だ。つまり、人さまざまということだろうか。

 いうまでもなく韓国では国花である。
 こちらの方は「一つ散っても二つまた咲く」力強さなのだから、どちらかというと私の印象に近い。

2018年8月18日土曜日

日蓮信徒はどこへ行く

 私の浅い理解では、通常仏教徒と言われる人々は死後極楽浄土に迎えられると信じられている。
 日蓮の広めた法華経を信じる人々はその極楽浄土を霊山浄土と言っている。
 死後の証明は数学のようには証明できないから信心の問題で他人がとやかくいうものではなく、それはそれでよい。

 しかし戦前は、大東塾の影山正治の『忠霊神葬論』などで「死して忠霊なほ大君の辺にまつろひ、以て無限に皇運を扶翼し奉るのである。若しその霊を西方十万億土に送り、釈迦仏に附して彼岸極楽に送りやる如きことあらば、忠死の根本否定であり、忠霊の致命的冒涜である」と、早い話が「靖国神社に行かずに極楽浄土に行く者は国賊だッ」と断罪したのだった。

 大君の辺すなわち靖国神社とは、戦前は普通の宗教法人などではなく、神社の形をとりながら、内務省が人事を所管し、大日本帝国陸軍(陸軍省)と同海軍(海軍省)が祭事を統括した、いわば軍の組織であった。
 戦後1978年(昭和53年)には東條英機らA級戦争犯罪人まで合祀し、以降、天皇の参拝もなされていない。

   その靖国神社に敗戦記念日に国会議員が連れ立って参拝したニュース画面から、どこかの運動部のコーチが上司の意向を忖度してつるんだような印象を私は受ける。
 繰り返すが靖国神社は普通の宗教法人ではなかったのだ。

   元に戻って戦前の国家神道は靖国神社を絶対化して、仏教系宗派その他の宗教の自由を奪い死後の成仏さえ「冒涜」したのだった。

 そんな中、7月にあった靖国神社みたままつりで創価学会の提灯が献納されたのが話題になっている。
 安倍自公政権の現実社会での腐敗は言うまでもないが、公明党の支持団体創価学会はついに魂まで差し出したのだろうか。

 追伸 8月24日、聖教新聞は創価学会としては提灯を献納していないとの記事を掲載した。
 そうであれば、誰が虚偽の献納したのか早急に明らかにした方が良い。
 そうでなければ、二枚舌を疑われる。

2018年8月17日金曜日

これも音楽療法

   ズーっと半病人の状態が続いている。症状は微熱、片頭痛、鼻水、痰、咳、喉痛で、夫婦とも同様である。
 
 そんな状態だったが既にチケットを取ってあったので11日にコンサートに行ってきた。
 場所は東大寺の本坊、サックス&ギターユニット Myu-Sky で、主に jazz で心地よい宵だった。

 体力がそこそこ元気なら燈花会に廻るはずだったが、コンサートだけで帰ってきた。
 気持ちの問題かもしれないが幾分症状が和らいだ感じがした。これも音楽療法だろうか。

 昨日の記事のとおり、孫の夏風邪をわが夫婦が増幅させてうつし返したようで非常に落ち込んでいる。
 呑気にコンサートのブログどころではないのかもしれない。
 しかし、病は気から!というのもあながち的外れとも言えない気がする。
 
 追伸 猛暑のせいか一族全員が相当へばっている。
    あえて言えば、完全空調のホームで暮らしている義母が一番元気である。

2018年8月16日木曜日

お盆休み

   テレビのニュースを見ていると、「Uターンで〇〇トンネル渋滞何十キロ」だとか、「新幹線乗車率いくら」だとか、関空で子供にインタビュ―をして「グアム。楽しかった」だとかという報道で埋め尽くされている。
 長閑で平和なニッポン!でいいのかもしれないが、何かこの国はおかしいぞ!と思うことも大切かも知れない。

 お盆休みといってもサンデー毎日の私のことでない。
 言いたいことは世間一般のことであるし、身近なところでいえば医院が軒並みお盆休みである。
 14日に孫の凜ちゃんを預かって、一日中わが家で元気だったのだが、その夜から高熱を出したらしい。
 あくる15日、医院は・・・である。

 わが孫のよかった?のは、大学病院に定期的に罹っていることで、「すぐに来なさい」との言葉に助けられて高速道路を駆けて診てもらいに行った。
 大学病院は駐車場も満車に近く、院内にも患者があふれていた。
 こんなニュースは見たことが無いな!と少し不思議な気がした。
 この国は、予定調和のようなニュースでマインドコントロールされていないだろうか。

 「一月以上のバカンスが普通になっているヨーロッパあたりの病院や医院はどうなっているのだろう」と、少し調べたくなった。
 全く感覚的な経験論だが、乳幼児は土日祝日に熱を出す。
 何か法則性でもあるのだろうか。
 以上、私のお盆休みの報告である。

2018年8月15日水曜日

三種の神器と8月15日

   八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま) 本体は宮中に鎮座
 八咫鏡(やたのかがみ) 本体は伊勢・皇大神宮(内宮)に鎮座
 草薙剣(くさなぎのつるぎ) 本体は名古屋・熱田神宮に鎮座 ・・・している。
 古来「皇位」の唯一無二の「保証」とされているが、人の命以上に重い神器などあろうはずがない。

 しかも、昭和15年(皇紀2600年)に日本から神道を満州国国教とさせられた折、皇帝溥儀はこう言った。
 「裕仁天皇は・・三種の神器を出して私に説明した。私は心の中で思った。北京の瑠璃廠(骨董屋街)にはこんなものはいくらでもあると聞いている。太監が紫禁城から盗み出した・・どれ一つをとっても、これよりは値打ちがある」(著書『わが人生』)
 客観的には溥儀の言うとおりだろう。

 さて、昭和20年4月、東京大空襲だけでなく全国の地方都市も順次焦土と化していった。
 「早期講和」が必要なことは誰の目にも明かなことだったが、指導者の会議は正に踊るがごときだった。
 この時点で「聖断」が下されていたならばと「死んだ子の歳を数え」れば、6月の沖縄の島民の4分の1を超える「玉砕」も、ヒロシマ、ナガサキの悲劇もなかった。
 満州に置き去りにされた悲劇もシベリア抑留だって回避できた可能性は大きい。

 ようやく8月9日の深夜(正確には10日午前2時過ぎ)、最高戦争指導会議において、昭和天皇は「私は外務大臣の案(ポツダム宣言受諾)に賛成する」と「聖断」を下した。
 『昭和天皇独白録』の有名な箇所であるが、・・・
 当時私の決心は第一に、このまゝでは日本民族は亡びて終ふ、私は赤子を保護することができない。
 第二に、国体護持の事で木戸も仝意見であったが、敵が伊勢湾附近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の餘裕はなく、その確保の見込みが立たない、これでは国体護持は難しい、故にこの際、私の一身は犠牲にしても講和をせねばならぬと思った。
 と、その理由を述べている。
 愛新覚羅溥儀が「骨董屋街にいくらもある」と感じた三種の神器・・・、

 8月15日玉音放送はこのように三種の神器を守るために決断されたものだった。
 庶民レベルでいえば戦争に勝ちも負けもない。
 15日前後のテレビは、敗戦から立ち上がった立派な日本民族を讃えるだろうが、その戦後復興も朝鮮戦争特需、朝鮮民族の不幸とバーターで得られたものであることを忘れてはならない。
 リアルに歴史を見る者だけが真の愛国者だと私は言いたい。

2018年8月14日火曜日

真摯に向き合う

 8月上旬のテレビには戦争を振り返る番組が少なくないが、どうも戦争の被害者としての側面に比べ、加害責任と真摯に向き合う量が少ないように思う。
 庶民にとっては被害者として「二度と嫌だ」と確認することも意味のないことではないが、いみじくも安倍首相が戦争法の際に使ったパネルのように、「海外の邦人救出のために出動できない自衛隊でいいのか」的なロジックに乗せられやすい危うさが被害強調論にはある。

 加害責任というと、自分の優しい父や祖父が鬼のような無差別殺戮や強姦をしたなんて信じたくもないし、事実、ほとんどの戦争経験者は口を噤んだまま彼岸に行った。
 そして帝国軍部は敗戦時に膨大な証拠隠滅を行った。
 (例の森友問題などを見ていると、日本の支配層には反省という言葉はなく、悪しき「伝統」が継承されていることよと嫌になる)

   さて、加害責任の一つの典型として南京大虐殺に向き合ってみる。
 現役時代の一時東区大手前に勤務していたことがある。
 そのビルや大手前病院の前にあるのが追手門学院の小学校だった。前身は偕行社の小学校だった。偕行社は陸軍将校の同窓会である。(現在は陸上自衛隊幹部も)

 その偕行社が機関紙『偕行』83年11月号で「南京事件に関する情報提供のお願い」をした。
 目的はいわゆる南京大虐殺への反論のためだった。ところが・・・

 「多くの敗残兵を捕らえたが”ヤッテシマエ”と襲いかかるケースが多かった。城内掃討中でも、獅子山付近で百四・五十名の敗残兵を見つけたが、襲いかかって殺した」(島田勝巳第二機関銃中隊長)
 「大勢のなかには刺殺、斬首などの真似をした馬鹿者も居りました。入城後数日、下関(シャーカン)で毎日、捕虜が処分されているという噂を聞き、又実際にその光景を見ました。・・・一人ずつ歩かせて桟橋の端に来た時、突き落として小銃で射殺していました」(石松正敏第二野戦高射砲兵司令部副官)
 ・・・等々の証言が寄せられ、連載の最終回(85年3月号)に編集部執筆責任者加登川幸太郎氏は「弁解の言葉はない。・・被害者である中国の人びとが、日本軍の非行を何と告発、非難されようが、非はわれわれの側にある。これは何とも致し方がない」と述べている。
 (出典:『日本の侵略と植民地支配』新日本出版社)
 
 南京大虐殺の影に隠れているが、「シンガポール華僑粛清事件」も同様だった。
 彼のリー・クアンユー氏は回顧録の中で「日本は、・・英国よりも残忍で常軌を逸し、悪意に満ちていることを示した。・・同じアジア人として我々は日本人に幻滅した」と語り、「・・・これらの過去を隣人に対して認めないならば、人々はこうした恐怖が繰り返されることもありえると怖れるしかない」と歴代自民党政府を批判した。

   明日は8.15、少し冷静に日本軍の加害責任に思いを巡らせたい。
 そうだとすると、個人的な先祖崇拝だけでよいのかという疑問も湧いてくる。
 ええカッコではないが、全てのアジアの戦争被害者、オキナワ、ヒロシマ、ナガサキの犠牲者等々に思いを寄せてお盆の迎え火を焚いてみた。
 

2018年8月13日月曜日

死んだ女の子

 ナツメロというよりも近頃全くといってよいほど聴かなくなった歌に『死んだ女の子』がある。(私だけ?)
   ヒロシマ、ナガサキの8月に因んで思い出しておこう。
 ナジム・ヒクメットはトルコの有名な詩人である。
 木下航二は「原爆を許すまじ」も作曲している。

【作曲】木下航二
【作詞】ナジム・ヒクメット
【訳詞】飯塚 広

扉をたたくのはあたし あなたの胸に響くでしょう
小さな声が聞こえるでしょう
あたしの姿は見えないの

十年前の夏の朝 私は広島で死んだ
そのまま六つの女の子
いつまでたっても六つなの

あたしの髪に火がついて 目と手が焼けてしまったの
あたしは冷たい灰になり
風で遠くへ飛び散った

あたしは何にもいらないの 誰にも抱いてもらえないの
紙切れのように燃えた子は
おいしいお菓子も食べられない

扉をたたくのはあたし みんなが笑って暮らせるよう
おいしいお菓子を食べられるよう
署名をどうぞして下さい

 以上が私の知っていた歌だが、最後のフレーズは歌っていたかどうか記憶がない。
 ところで、歌詞を検索している途中で、別の歌詞で元ちとせさんが歌っているのを知った。
 元さんのいうのには、プロデューサーから歌ってみるよう言われ「歌の意味も分からず、自分の中で曲に対する何かがつかめてなかった」まま、結局、録音はしたが発表はしなかった。

 2002年のデビュー後、イベントで広島に来た時、平和記念公園と原爆資料館に立ち寄り衝撃を受け、「最初は訳が分からなかった。だんだん頭が整理されてきて、悔しさや悲しさがこみ上げてきた」。その時「死んだ女の子」が頭の中に浮かび「ぜひ歌いたい」。その場でプロデューサーに言ったという。

 やるからには世界中に訴えたい、と国際的に活動する坂本龍一さんに編曲を依頼。被爆60年の05年に発表。「自分たちが受け継がないと風化し、忘れられてしまう。私は『音楽』という人生を選んだので、歌で少しでも力になれればと思う。
 「原爆や戦争が遠い世界のことと思っている人に、意識の持ち方を少しでも変えてもらえればうれしい」と、元ちとせさんは訴えている。

 元さんの歌う『死んだ女の子』

【作曲】外山雄三
【作詞】ナジム・ヒクメット
【訳詞】中本信幸
【編曲・プロデュース】坂本龍一

あけてちょうだい たたくのはあたし
あっちの戸 こっちの戸 あたしはたたくの
こわがらないで 見えないあたしを
だれにも見えない死んだ女の子を

あたしは死んだの あのヒロシマで
あのヒロシマで 夏の朝に
あのときも七つ いまでも七つ
死んだ子はけっして大きくならないの

炎がのんだの あたしの髪の毛を
あたしの両手を あたしのひとみを
あたしのからだはひとつかみの灰
冷たい風にさらわれていった灰

あなたにお願い だけどあたしは
パンもお米もなにもいらないの
あまいあめ玉もしゃぶれないの
紙きれみたいにもえたあたしは

戸をたたくのはあたしあたし
平和な世界に どうかしてちょうだい
炎が子どもを焼かないように
あまいあめ玉がしゃぶれるように
炎が子どもを焼かないように
あまいあめ玉がしゃぶれるように

 you tubeで聴く限り私は坂本龍一の編曲はもひとつの感じがするが、若い人々にはどうなんだろう。
 老いては子に従えかな。

2018年8月12日日曜日

献杯

   妻が「翁長さんて自民党やってんな」と驚いていた。
 何を今さらだが、翁長さんも沖縄4区の仲里さんも自民党沖縄県連の幹事長だった。
 こういう沖縄の真面目な保守から共産党までが力強く団結しているのがオール沖縄の実態で、それに対抗しているのは本土の「役職」や「札束」に魂を売った人々だと私は思っている。

 そして、諸条件は多種多様に異なるけれど、オール沖縄的というか、古臭い言い方をすれば救国戦線というか、そういう保革を問わない良識人の大同団結の条件は全国で広がっているように思う。
 原発推進の電力労連のように、そういう連合に靡く勢力のように、社会はそれほど単純ではないけれど、螺旋階段はそれでも上へと昇っていく。
 願わくば、自覚的民主陣営の皆さんがそういう時代認識を持って、広い度量を発揮されんことを望む。

 沖縄の翁長知事、わが師匠内山昻さん、わが友谷山義博さんに献杯した。

2018年8月11日土曜日

ローマ教皇のカード

 カトリック中央協議会によると、今年1月にローマ教皇フランシスコが作成したカード(年賀状?)の日本語版が7月に完成した。

   写真はアメリカ人従軍カメラマンが長崎で被爆から遠くない時期に撮ったといわれている。
 一般に『焼き場に立つ少年』として有名で、少年は妹の順番を直立不動で待っている。
 カード裏面には「戦争がもたらすもの」との教皇フランシスコのことばと署名があり、さらに写真について「・・・この少年は、血がにじむほど唇を噛み締めて、やり場のない悲しみをあらわしています」といった説明が添えられている。

 教皇が新年のカードにこの写真を採用された見識にはこころから敬意を表したい。
 そして、翻って日本のマスコミの鈍感さを感じている。
 いや待て、鈍感なのはマスコミだけだろうか。

 さて、8月7日の『広島のYさん』で、「私がいくら勉強してもYさんの夜の恐怖感は共有できないと思うが、しかし私は、そんなYさんがいた。きっと文字にできないほどの恐怖だったのだということを伝言ゲームのように継承することができる。 
 なので、毎年8月に長谷やんがこんなことをくり返し書きよんねんということでも広めていただければ幸いだ」と書いたが、9日の田上長崎市長の『長崎平和宣言』の中に次のようなくだりがあった。

 平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりに出来ることはたくさんあります。被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。と。

 安倍政権の傲岸不遜な態度を見ていると草の根的な運動が無力に見えたりするが、明らかな事実は、世界の大勢は国連において核兵器禁止条約を採択したのであり、各国においてその批准を求める運動が目に見えるほどに進んでいるということだろう。

 同時に私たちは、唯一の戦争被爆とともに15年戦争の侵略の歴史にも視野を広げ、現実に生起している戦争準備の諸政策ともつなげて理解し行動することが大切だと思う。
 

2018年8月10日金曜日

鬼の霍乱

 ただ今鬼の霍乱中。

2018年8月7日火曜日

広島のYさん

 昨日8月6日はヒロシマ原爆の日だったので、「またか!」と言われようが私の原爆関係の経験話を書く(何回でも)。
 もちろん、私は昭和21年度生という戦後生まれだから直接的な被爆の体験はない。
 青年になっていろいろ勉強する中で原水爆禁止の大切さを学んだという相当リアリティーを欠いた「頭でっかち」だった。
 だから労働組合の役員になってからも、「広島支部はどうしてもっと原水禁運動をリードしないのだろう」などと生意気な感想も持っていた。しかし・・・

 1970年代中盤の頃だった。
 私たちの労働組合も相応に原水禁運動に取り組み、原水協や被団協とともにニューヨークの国連本部やアメリカのテレビ局などに働きかける代表団を送りだした。それが広島支部のYさんだった。
 職場では広島局の幹部だったし、労働組合では中国地協の名物議長、恰幅も押し出しも大幹部だった。

 そのYさんの帰朝報告が恵比寿の会館であり、その夜Yさんと私が同じ部屋に宿泊した。
 その夜中、Yさんの「うおおおお~~」という叫び声で私は跳び起きた。心臓発作ではなさそうなのでそのままにしたが、その後も「うおおおお~~」が何回も続き、結局眠ることができなかった。(文字なので「うおおおお~~」としたが、それは到底文字では伝えきれない悲鳴というか絶叫だった)

   翌朝Yさんは「長谷やん、夕べワシ迷惑かけなかったか?」と言ってきた。
 「実は、昼間に原爆関係の話をすると夜には必ずうなされるんじゃ。だからこれまでも原爆の話をするのは避けてきたんじゃ」ということだった。

 これから相当のち私は仕事で「職務による精神障害や自殺」の労災認定業務に深くかかわることになったが、その際、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に出くわすたびにあの夜のことが思い出される。

 過去に部落解放運動の中で「踏まれた痛さは踏まれた者しか判らない」と言われたことがあったが、寅さんではないが「それを言っちゃおしまい」だと私は思う。
 私がいくら勉強してもYさんの夜の恐怖感は共有できないと思うが、しかし私は「そんなYさんがいた。きっと文字にできないほどの恐怖だったのだ」ということを「伝言ゲームのように継承」することができる。
 実際にはYさんの恐怖の体験も怖ろしくて聞くことができなかったのだが。

 昨年広島の原爆資料館の、被爆者の記憶をもとにつくられた被爆再現人形が「怖いからという理由?」で撤去されて議論を呼んだが、原爆投下から70年以上が経ち多くの被爆者も亡くなってゆくなか被爆の恐ろしさをいかに伝えていくかどんどん難しくなっている。

 維新の大阪市政は「ピース大阪」の加害責任の展示を止めさせてきた。
 昨日安倍首相は国連の核兵器禁止条約に一言も触れなかった。
 
 「私も直接的な被爆体験はないし、間接的な体験も乏しいし」と思われる読者の皆さんは、せめて「毎年8月に長谷やんがこんなことをくり返し書きよんねん」ということでも広めていただければ幸いだ。

2018年8月6日月曜日

ヘルパンギーナだった

   乳幼児の夏風邪というとプール熱だとか手足口病が有名だが、実はウイルス性のヘルパンギーナというのが大流行していて警戒警報下にあるということだ。
 うちの小さい孫の高熱もその後の食欲不振もバッチリそれだった。

 ウイルス性だから、一度罹患したら耐性になるわけでもなく、周囲を完全に除菌しなければならないが、それが普通の除菌アルコールぐらいでは効き目がないらしい。

 そんなことで、玩具その他を熱湯消毒はできないが、もう熱湯消毒に近い炎天下の日光消毒を行い、その後ウイルス除去用の除菌スプレイで玩具類から部屋中まで消毒しまくった。
 日替わりでイクジイをする夏ちゃんへの感染防止も課題だ。

 ただ、冷房を利かせすぎた睡眠のせいもあり、祖父ちゃん祖母ちゃんも咳やクシャミや鼻水の症状が出てきているので感染したようで、こちらの対処も待ったなしである。
 「一般に乳幼児が罹るが体力の落ちた老人も感染する」とあるから、世間で生じていることは例外なくやってくる。

 それはさておき、月末には介護施設の夏祭りを行う。いろんな議論があったがカレーライスは今年も販売することになった。
 以前に書いたが、ウェルシュ菌による食中毒が起こりやすく、その性格から「行事性食中毒」という怖ろしい言葉さえあるという。
 この菌の種が入ると、100℃の再加熱でも死なずに増殖するというから手が付けられない。

 これまで暢気すぎたのかもしれないが、病弱の乳幼児や超高齢者のことを考えると日々病気等の勉強が必要だ。

2018年8月5日日曜日

人気の玩具

 夏休みになって二人の孫と遊んでばかりいる。
 ところで二人の孫の各家にはけっこう高価な玩具があるのに、わが家には高価な玩具は全くない。
 つまりそれぞれの孫のお家の高価な玩具は”向うの祖父ちゃん祖母ちゃん”からのプレゼントがほとんどで、わが家からのプレゼントもほとんどない。

   そんな孫がわが家でいま一番遊ぶ玩具というと8本の円筒である。
 正体を明かせば全てサランラップの芯で、小さい孫には太鼓のバチになったり、メガホンになったり、積木になったりする。時々齧ったりもする。

 大きな夏ちゃんはこれでボーリングもどきのゲームをいろいろ考え出す。
 団扇で扇いで円筒を転がして敵陣に攻め込むとか、途中の円柱を倒したら負けとか、もちろん相手は祖父ちゃんで、自分が負けそうになるとルールを変更したりして祖父ちゃんに挑戦する。そして最後には勝者になって気分よく引き上げる。

 そのお付き合いがしんどいのなんのって。

 小さな孫は以前に祖父ちゃんがダンボールで作った家も気に入っている。
 今でもダンボールの家に入って、訳もなく窓から円筒を投げ出したりしている。
 こんなだから、妻も「蒲鉾の板を捨ててもいいか」と必ず私に尋ねてきて、もちろん「ダメ! 積木になる」と私が答える。
 この孫たちが大きくなったら、「あの頃は上等な玩具が無かった」と振り返るか「変わった玩具があった」と思ってくれるか。それはわからない。

   室外機火星は赤し熱帯夜

2018年8月4日土曜日

女性の輝く国?

 自民党の杉田議員の主張はナチスが障害者を大量虐殺した優生思想と同質のものであると8月1日の記事に書いたが、LGBTに関わって杉田議員の主張は、結婚をして子供を産むというのが生産的な国民なのであって、子供を産まない者は生産性がないから制度の保護もすべきでないし税金を使うべきでないというものだった。

 それを聞いて太平洋戦争時の国策スローガン『産めよ増やせよ』を思い出していたところ、一方で東京医大は、女医は子供を産むので使いにくいから大学入試で一律減点していたといった。あれれれれ。

 何か正反対のことを言っているようにも見えるが、結局「女性は産む機械」(柳澤元厚労相)と女性を馬鹿にしているのだから、ある意味自民党的人々の論理は一貫している。

   ニュージーランドの女性首相が産休から復帰したというニュースと並んでそんなことが報じられる国って恥ずかしくないだろうか。

 昨日に続いて『関口知宏ヨーロッパ鉄道の旅』ではスエーデンの育児休業パパが常識になっている話題もあった。

 安倍晋三右翼政権のうちに日本は世界の進歩から周回遅れになっている。

   失言は証拠残すなと注意され

2018年8月3日金曜日

女王の鏡


 NHKBSプレミアムで関口知宏ヨーロッパ鉄道の旅の再放送をしていて昨日の朝のそれはクロアチアだった。

   バルカン半島というと私などは『ヨーロッパの火薬庫』という形容がすぐに出てくるが、それを想像させる行事が紹介されていた。

 いろんな言い方がある様だが、確か『リェリェ』とか『女王の行進』と言っていた。少しネットを検索すると次のようなことらしい。

 オスマントルコ時代、トルコ軍により村の全ての男性が囚われてしまった。
 そこで彼らの奥さんや恋人達は、派手な衣服を身に付け、頭には造花で飾った男物の帽子、両手に鎌と髪の毛という格好でトルコ軍の野営地に向かうと、トルコの兵士達は、お化けが来たのかと思い、恐ろしくなって逃げていった。
 そうしてゴリャニの女性達は自分の夫や父や兄弟・恋人達を解放した。
 以来、聖霊降臨祭の祭日に、彼女達が着たのと同じものを身に付けてその出来事を記念するようになった。
 現在は、若い女性達が手に持つものが、鎌と髪の毛ではなくサーベルになっている。
 なお、ユネスコの世界無形文化遺産にもなっている。

 この記事を何故私が書いたかというと、掲載した写真では少し解り辛いかもしれないが、その帽子の全面に鏡が着けられていたからで、きっとその輝きにトルコ兵は怖気たのだと思う。
 そして同じことは古墳時代の銅鏡にもあったのではないだろうかと想像したからだった。

 記紀神話ではアマテラスが「これを私だと思って祀れ」と言ったから銅鏡は広まったといわれているが、それ以前に天孫族の銅鏡の輝きはまつろわぬ民を驚かしたことだろう。
 古代道教が呪具としたことが主たる理由かもしれないが、直接的にはクロアチアの『女王』のように使われたのではなかったか。
 美しい女性たちがサーベルを掲げて行進する、クロアチアの行事を観ながらそんなことを考えてみた。

 写真を追加!!
 矢印のところに鏡!!

2018年8月2日木曜日

内ミンミン

 夏休みに入って週に2日孫の夏ちゃんと遊ぶことになった。
 一人っ子のせいか此の頃トミに恥ずかしがり屋になった。
 裏返しで祖父ちゃん祖母ちゃんには生意気に口答えをする。

 そこで祖父ちゃんが、「夏ちゃんみたいな子のことを何というでしょう」「1 内大仏、2 内弁慶、3 内ミンミン」とクイズを出し、内弁慶の説明をした。
 すると「祖父ちゃんはソファーに座ったままの内大仏で、宿題しろとか蝉みたいにうるさい内ミンミンだ」と言い返してきた。
 〽内弁慶、内弁慶! と囃し立てると、〽内ミンミン、内ミンミン!と返してきた。

   先日はわが家に来た途端セミ捕りに行き、クマゼミとアブラゼミを捕ってきて、部屋の中に解放した。
 夏ちゃんは最初はその大きな声と羽ばたきに逃げ回っていたが、そのうちにポケットに入れたり祖父ちゃんの頭に止まらせたりして遊びまくった。

 結果、ゲーム機は一度も出さずに夏休みらしい一日とすることができたが、今後どのような企画で過ごさせようかと頭が痛い。

 「今度はセミを料理して食べてみようか」と誘ったが、即拒否されてしまった。

2018年8月1日水曜日

朝ドラが半分辛い

 『半分青い』の主人公は片耳が聞こえない。その子どもがおたふく風邪に罹って縁者が親と同じになるのでないかと心配する。
 その場面を辛くて見ていられなかった。

 孫の凜ちゃんは心臓その他に障害を持って生まれたので、長い間音に反応しなかった。
 相当経ってからの検査の結果はドラマの主人公と同じだったが、正直にいうと「片方は聞こえてよかった」と感謝した。

 さて、「普通」とは何だろう。
 3歳の誕生日を迎えた凜ちゃんは「普通」の子の1歳に近づきつつある(1歳未満の)段階だ。
 世間の祖父母は孫の将来を夢見て楽しい話題で盛り上がるのだろうが、私たちにとってそれはない。口を開けば心配事が出てしまうから語りたくない。
 ただ過去を見て、誕生直後に救急車がたまたま大学病院に向かってくれたのがよかった、2度の心臓手術も悪くなかった、ゆっくりではあるが「1歳に向かって」成長している、と感謝するだけだ。

   自民党の杉田水脈議員流にいえばこの孫には「生産性」がないのかもしれない。
 医療や福祉として受け取る税金は「無駄」の塊と杉田議員は言うのだろう。

 以前の住居の近くに福祉センターがあり、ご近所に重い障害児を抱える家庭もあり、実母がボランティアに参加していたから、「この世には”今障害のある人”と”今後障害を持つであろう人”でなっている」ということも知っていた。
 それでも正直にいうと、孫が医療や福祉で受け取るサービスには申し訳ない気持ちがないことはない。

 だから、「そんなことはない、基本的人権ではないか」ということも、当事者としては大きな声では躊躇する。
 世のため人のためには躊躇してはいけないとは思いつつ。

 でも、はっきり言わなければならない。「生産性は生きる全てですか」。
 東京版には30日に載ったのだろうが朝日新聞大阪版「声」31日に、栃木県酒井純子さんの投稿が載った。
 酒井さんはよく言っていただいた。勇気がいったことだろう。

 付け加えれば、杉田議員の主張はナチスが障害者を大量虐殺した優生思想である。それを咎めない自民党も肯定していると断じなければならない。
 「杉田議員は辞職しなさい」と多くの人々(健常者)が声をあげてほしい。