昭和20年代、堺の中心部では市(いち)小学校近くのお寺でその種の法要があり、お盆に使ったものなどを納めていた。
それが旧堺市の環濠を造っていた川に流されたので、お盆が過ぎると海水浴場にはその種のゴミ?が流れ着き、台風によるうねりもあり、その結果、ほゞお盆までが海水浴のピークであった。
余談ながら、その頃の大阪湾には「おわい舟」が出ていて糞尿が投棄されていたが、それでも現代の海よりは綺麗であったというのがおかしい。
さて、千年の都京都は海から遠かったからか、燈篭流しよりも送り火がお盆の掉尾を飾る一大行事になっている。また送り火はわざわざお寺に出向く必要もない。
そんなことで、孫の夏ちゃんと送り火を行なった。
わが家のお盆の行事はこれでお終い。
折口信夫のいうとおり、お墓参りよりも「みんなが集まって楽しく飲食するのが大事」。
タコスパーティー バンザイ!

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