2021年9月6日月曜日

人新世の「資本論」

   30万部超の大ベストセラー(私の購入したカバーでは20万部突破??)であるから意気投合する友人に巡り合うのに何の不思議もないが、”いよいよ総選挙”というメールを送った友人にこの本の一読を勧めたところ『(既に購入済みで)まだ第1章です。「人類の経済活動が地球を破壊する」今正にその状況。ぽちぽち読んでます。』と返信があり、”活字文化健在なり”と気分を良くしている。

 「人新世」(ひと・しんせい)とは、ノーベル化学賞受賞者パイル・クルッツェンが「地質学的に見て地球は新たな年代に突入したと言い、それを名付けたもので、人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味である。

 370頁超の論文の書評をブログ記事如きにまとめる能力はないが、カール・マルクスが資本論第1巻を刊行後、思索・探求していた諸々の史料を丁寧に読み解き、マルクスは、マルクス死後盟友エンゲルスが編集した第2巻、第3巻をさらに大きく「理論的大転換」を遂げていたと事実をあげて説明しているのは刺激的である。

 次から次へと”目から鱗”の提起があり、私は現在目に障害が生じていて読書が辛いという条件下にあったが、「早く全文を読み終えたい」という欲求がその条件を上回ったのであった。

 些細な言葉一つにしても、例えば我々はほとんど無条件に近い形で「自由」という言葉を肯定的に使用しているが、資本主義の下での「自由」は「不公平」と背中合わせ、否、事実上同質かもと大いに考えさせられた。「社会の脱炭素化」「民主主義の刷新」「資本主義の超克」も「常識」と見なされているものの根本的問い直しが必要だという。

 早い話が、世界は、資本主義の終焉以前に地球が壊れる時代である。そしてその克服の入口には、ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの指摘する「3.5%」があるという。3.5%の人々が非暴力的な方法で本気で立ち上がると、社会が大きく変わる事実が広がっていると。ウォール街の座り込みその他その他その他・・・・。

 冷笑主義を捨て、3.5%が動き出せば、資本の力は制限され、民主主義は刷新され、脱炭素社会も実現されるに違いない。

 9月2日のブログ記事のコメントで、読者の皆さんには”必読の書”だと書いたが、もし未だ購入されていない方は購入をお勧めする。そして、大いに語り合いたいものだ。

 コロナ肺炎感染拡大の下、集合しての行動が制限されるが、本は読める。意見を発信できる。SNSでも、他の電子媒体でも、手紙でも、電話でも、某住職のような「掲示」でも、方法は考えるならいくつもある。結果論としてコロナを言い訳にして何もしないのが一番良くない。政権を問う歴史的な総選挙を目前にして人生に悔いを残さない生き方をしたい。この本は読み終えるのに少し疲れるが、それ以上の力をくれる。

2021年9月5日日曜日

あゝおもしろい

   ラジオなどを聞いているとパーソナリティーなどが「コオロギなんかもう鳴いていますか?」という感じで二人ぐらいで会話をしている。きっと都会人なのだろう。この感覚が放送局に出入りしている人々の「普通」なのだろう。きっと。
 ちなみに、わが家から1分の草地では以前から文字どおり大合唱が演じられている。その草地の自然の豊かさは比較的ズボラで放ったらかしの地主(企業の研究所?)のおかげであるのだが・・。

 さて私はというとコロナや猛暑で巣ごもり状態だから、近頃は夜道を帰宅するとか散歩することもなく、反対に歳のせいで目が覚めて夜明け前に散歩したりという少々アブノーマルな生活なので十分観察(聴くこと)もできておらず正確ではないかもしれないが、今年の我が街ではアオマツムシの声があまり聞こえない。
 例年なら、騎馬民族征服説並みにヤマトの虫たちを凌駕して秋の野を我物顔にしているアオマツムシがである(それとも未明には鳴かないのだろうか)。

 先の草地だが、ツヅレサセコオロギ、エンマコオロギとあとはクツワムシみたいな割合特徴のない虫たちの中で、リーンリーンのスズムシ、チンチロリンのマツムシ、スイッチョンのウマオイは三大声楽家だとつくづく思う。
 ”生”に彼ら(基本的に♂だから彼ら)の声を聴くのは、脳やメンタルヘルスにも良いように思う。大都会の人々は便利さと引き換えに何かを失っているのでは・・などとも思う。読者のみなさん、虫の声を聴いていますか。腐敗した政治に怒ってばかりでは此方のメンタルも劣化しませんか。

 個人の感想だろうが、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は随筆のなかで、「日本人と古代ギリシャ人とは自然に対する感性が現代西洋人よりはるかに優れている」と述べている。
 鳴く虫を飼ったりして楽しむ文化は世界中にあるようだが、平安時代に「虫撰(むしえらび)」といって宮中に鳴く虫が献上されている記録がある。

 これから1か月ぐらいは俗っぽいニュースばかりが飛び交うだろうが、たまには虫の声をしんみり聴きたいと思っている。

 以前に書いたことがあるが、昔勤務していたこともある大阪市阿倍野区に、阪堺電車(チンチン電車)の「松虫」という美しい名前の停留所がある。謡曲「松虫」の地である。テーマは友情で、例によって亡霊が出てきて昔を語り終え、〽虫の音ばかりや残るらん、虫の音ばかりや残るらん、と閉じていく。

 松虫の声 アイスがなつかしい

2021年9月4日土曜日

盛者必衰

   祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅雙の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし、たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 菅義偉首相が政権運営に行き詰まり、首相と自民党総裁の座を投げ出すことになった。
 表面的には菅・二階コンビの顏では選挙が闘えないという自民党内の思惑から出発したものであっても、安倍政権から引き継いだ「身内資本主義」、コロナ対策の大失敗、強権政治による意見の封じ込め、挙句は開き直り、その全てのツケが噴出したものだ。

 後継総裁を有力視されている岸田氏にしても、元々安倍政権からの禅譲も公言されていた人物であるから、上記の諸問題が解消されることは絶対にない。
 そういう状況下で首相と自民党総裁の座を投げ出すことは、喫緊の課題であるコロナ対策への責任も放棄するものとなる。こうした事態を生み出した自民党にも共同責任がある。基本的には最大与党の瓦解が始まっている。

 今後テレビは、芸能人のスキャンダル風に面白おかしく自民党内の抗争を報じるだろう。それは、社会に広く真実の課題を覆い隠すことになるだろう。
 とまれ、国民の課題は明白だ。利己の亡者たちの派閥争いに期待することなく、今こそ憲法を踏まえた新しい政権、政権交代のときが来た。
 市民と野党の共闘の大黒柱、日本共産党を躍進させるときだ。「比例は共産党」をもう一度心に刻みたい。

2021年9月3日金曜日

進めば極楽

   戦国時代の一向一揆の際、本願寺(今の浄土真宗や真宗)の門徒たちは「進めば極楽、退けば地獄」と書いた幟を掲げて戦ったが、故に本願寺が過激思想であったわけではない。・・・と、そんなことを考えてみた。

 アフガンがタリバーン主導で政権をつくるだろうことについて一番語られるのが過激思想、ジハード(聖戦)、自爆テロの恐怖のことだろう。

 一方、イスラーム圏には「インシャーアッラー」という言葉がある。「月曜日の昼に届けてください」「わかりました。インシャーアッラー」、「明日の朝10時にお会いしましょう」「うかがいます。インシャーアッラー」で、少なからず遅刻のいいわけに使われたりするらしい。「神様の思し召し次第なので神様のお力添えを願う」ということらしいが、この「ゆるさ」とジハードがどうつながるのだろうか。

 西谷文和氏の取材記事がある意味単純で一番わかりやすいかもしれない。
 ■ その日も、米軍戦闘機が2機、村の上空を通過していった。その日は、たまたまタリバーン兵が2人、村に潜んでいて、彼らが戦闘機にロケット弾を発射した。ロケット弾は当たらなかったが、米兵は攻撃を察知し、Uターンしてきて村ごと空爆していった。タリバーン兵の場所を探すわけでもなく、地上部隊が逮捕に向かうわけでもなく、村ごと焼いて、2人のタリバーン兵を殺すのに50人の村人が犠牲になった。生き残った村人は難民になり、親を奪われた若者が報復の戦線に加わっていった。■

 中村哲氏の話ににもこういうのがあった。出稼ぎで中東戦争に行ってきたという住民に「アメリカと戦ってきたのか」と聞くと「いやアメリカに雇われてだ」という話しだった。それから氏は医療よりも灌漑に軸足を移したらしい。

 アフガンも冬は凍りつく。村を焼かれ、凍りつくテントの中で飢える若者が「明日は吹雪だ。死ぬかもしれない。同じ死ぬなら爆弾を巻き付けて米軍と自爆してやれ」・・西谷氏は自爆テロをそう解説する。

 使い古された例えだが、『北風と太陽』の童話である。超大国アメリカは一貫して『北風戦略』できたのだが、それはことごとく失敗した。戦争でテロはなくせない。
 幸い日本自衛隊はアフガンで一人のアフガン人も殺していない(間接的には米軍の殺人に手を貸してはいたが)。ペシャワール会は診療所を再開している。世界がアフガン住民に生活支援を行うならば、きっと「ゆるい」社会が徐々に歩みを再開することだろう。政権交代で世界の中の日本が尊敬される日を夢見ている。

2021年9月2日木曜日

SDGsでよいのか

   8月18日『待合室にて』で「斎藤幸平氏の100分de名著・資本論」のことを書いたが、その後朝日新聞が「私,は肥大化 いま作る新しい,公」や「東京五輪 金もうけの道具 ツケは選手にも」など相当大きな記事を掲載したので熟読した。
 そして、氏の著作『人新世の資本論』を読んでいるのだが、これは病気のせいにしてはいけないが読み終えてはいない。ただ、途中段階ではあるが非常に刺激的な内容に些かワクワクしながら、早く日本共産党が気候危機について提言をまとめてほしいものだと思ってきた。

 そんな中、9月1日、『気候危機を打開する日本共産党の2030戦略』が発表された。待ってました!と言ったところだ、ポイントを箇条書きすると、
1,気候危機とよぶべき非常事態——CO2削減への思い切った緊急行動が求められている
2,「口先だけ」の菅・自公政権——四つの問題点
3,日本共産党の提案——省エネと再エネで、30年度までに50~60%削減
4,脱炭素、省エネ・再エネをすすめる社会システムの大改革を
5,脱炭素と貧困・格差是正を二本柱にした経済・社会改革で、持続可能な成長を
6,気候危機打開へ―—いまの政治を変えるために力を合わせよう

 詳細は、https://www.jcp.or.jp/web_policy/2021/09/post-882.html を!

2021年9月1日水曜日

砂けぶり 二

   砂けぶり 二
          折口信夫
 
焼け原に 芽を出した
ごふつくばりの力芝(チカラシバ)めー、
 だが きさまが憎めない。
 たった 一かたまりの 青々した草だもの
 
両国の上で、水の色を見よう。
せめてもの やすらひにー。
身にしむ水の色だ。
 死骸よ。この間、浮き出さずに居(オ)れ
 
水死の女の 印象
黒くちゞかんだ 藤の花
よごれ朽(クサ)つて 静かな髪の毛
―あゝ そこにも こゝにも
 
横浜からあるいて 来ました。
疲れきつたからだですー。
そんなに おどろかさないでください。
朝鮮人になつちまひたい 気がします
 
深川だ。
あゝ まつさをな空だー。
野菜でも作らう。
この青天井のするどさ。
 
 夜(ヨル)になったー。
また 蝋燭と流言の夜(ヨル)だ。
 まつくらな町を 金棒ひいて
 夜警に出かけようか
 
井戸のなかへ
毒を入れてまはると言ふ人々―。
われわれを叱つて下さる
神々のつかはしめ だらう
 
かはゆい子どもがー
 大道で しばって居たつけー。
 あの音―。
    帰順民のむくろのー。
 
命をもつて 目賭した
一瞬の芸術
苦痛に陶酔した
涅槃(ネハン)の 大恐慌
 
おん身らは 誰をころしたと思ふ。
 かの尊い 御名(ミナ)においてー。
  おそろしい呪文だ。
   万歳 ばんざあい
 
我らの死は、
涅槃を無視するー。
 擾乱の 歓喜と
 飽満する 痛苦と

2021年8月31日火曜日

アフガンからの連想

   アフガンは山一つ越えると、谷一つ越える と、言葉も顔つきも全く」違う民族がモザイクのように住んでいる。中国雲貴高原の少数民族も同様だ。

 日本列島人(主に縄文人)の文化のルーツを考える場合、骨格、血液型、遺伝子、言語、遺物などなどからこれまでいろんな説が唱えられてきたが、結局ピタッとした答えは見つかっていない。わかったのは、近隣の有名な民族とはあちこち相当違うということだった。

 そこでアフガンだ。(アフガン自身とは話は外れるのだが)・・・現存する大きな民族のどこかにルーツがあると考えるより、その昔のアジアは今のアフガンのように、雲貴高原のように、種々雑多な民族がいて文化があったのではないか。もちろん相互に影響はしあいながら、そのうちのアジア極東の主流派が日本列島内で大きくなり、原日本人(縄文人)になっていったのではないか。

 だいぶ以前のテレビだが、椎名誠がシベリアの少数民族の村に行った折、「どこから来たのか」「日本から来た」「うそっ!隣村から来たんだろ」「嘘じゃない。日本人だ」「またまた、隣村の人だろう」というやりとりが非常におもしろかった。

 そんなもので縄文人のルーツはシベリアの少数民族、弥生人のルーツは元江南・現雲貴高原の少数民族あたりに親戚はないだろうか。(写真はネット上で見つけた千葉大学極東少数民族地域研究部門のイテメリン族)


 この話はあまり論理的なものではなく、どちらかというとアフガンの熱に浮された「印象」のようなものである。ただ、アイヌ問題などを少し横に置いての話だが、ほぼ同じ文化の民族が一つの国家を構成しているのは世界的には「標準」ではなく「例外」に近いのでないかと考える。そこを押さえておかないと、国際問題を見る眼がオンチになるように思う。

 ニュースを見ていても、アフガニスタン人がいてアフガニスタンという国家が普通にあるように報道されているのに違和感がある。アフガニスタン民族という民族は存在しない。

 秋めいて雀蛾は一直線

2021年8月30日月曜日

歴史修正主義を軽視しない

   東京大学史料編纂所編『日本史の森をゆく』(中公新書)の中で小宮木代良氏は『過去の出来事(事件)について、その「事実」に関しての共通認識といえるものが、その社会内で存続しうる条件は、事件後70年目あたりを境目に大きく変化するのではないか』という重要な指摘を行っている。

特に76年前、明治憲法下の帝国軍部と政府は徹底した証拠隠滅(焼却処分)を行ったから、敗戦前の第一次史料が乏しいのは当然だ、その上に当時の朝鮮の戸籍制度が不十分であったため、紙背に徹する思慮がないと朝鮮人虐殺者数が確定しないのは仕方がない。問題は、「確定的な犠牲者数がわからないからなかったことにしてしまえ」という誤りである。

前回も触れたが、日本会議系の右翼の主張は、意図的にこの論法で歴史を修正していることである。小池都知事の態度はこういう確信的な犯罪的行為と言わざるを得ない。

先の山崎雅弘氏はこうも指摘している。『歴史家の中には、過去の歴史を恣意的に歪曲する言説は正当な歴史研究の裏付けを欠いているために「まともに論じるに値しない」あるいは「相手にすると学者としての沽券に係わる」と見なし、距離を置いて傍観する人もいるようです。 けれども、専門家が傍観すれば、一般の人々は「専門家が批判も否定もしないということは一定の信憑性がある事実なのか」と思い、結果としてそれを信じる人の数が徐々に増加していくことになります』 

歴史修正主義者たちは系統的に策動している。その一端を担う小池都知事の不当で非道な行いを看過していてよいだろうか。

長くなるので短く付記するにとどめるが、虐殺されたのは朝鮮人、中国人だけではなかった。9月3日、被災者救援のため活動中の南葛労働会の本部から、川合義虎(民青同盟の前身である日本共産青年同盟初代委員長)と、居合わせた労働者9名が相次ぎ亀戸署に逮捕留置され、5日未明、近衛師団の騎兵第13連隊の兵士によって刺殺された。いわゆる「亀戸事件」。

9日ごろには、農民運動社を近衛騎兵連隊の一隊が襲い、浅沼稲次郎夫妻ら8人をとらえ重営倉にいれ、後手にしばったまま梁(はり)につりさげた。堺利彦ら第1次共産党弾圧の被告が収容されていた市ケ谷刑務所にも軍隊がおしかけ、被告たちの引き渡しを迫ったが、刑務所長が拒否したため、被告たちは命びろいした。獄外にいた山川均も追われるが、友人宅を転々と逃げ助かり、士官たちは、吉野作造や大山郁夫ら民本主義のリーダーもねらい、大山は拘引されたが、新聞社が行方をさがしたので、釈放された。そして16日には、アナーキスト・大杉栄夫妻と6歳になる甥(おい)が甘粕憲兵大尉によって絞殺される甘粕事件が起きている。このように大震災時に、驚くべき野蛮なテロリズムに支配勢力が走ったことは、けっして忘れてはならない教訓だ。(2007年9月1日赤旗記事より要約)

今日の健康川柳

夜長しトイレいくたび時計みる

2021年8月29日日曜日

折口信夫に学ぶ

   関東大震災時の朝鮮人虐殺では是非とも読んでもらいたい本がある。新潮選書・上野誠著『魂の古代学―問い続ける折口信夫』の第3章である。図書館ででも読んでもらいたい。

折口 信夫(おりくち しのぶ、明治20年―昭和28年)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 

さて、敗戦時、GHQによって存続が危ぶまれる大学が2つあった。伊勢の神宮皇学館大学と国学院大学だ。ともに国家神道の教学を担っていた。その折、折口は火中の栗を拾い国学院大学の神道教学の責任者になったのである。私は保守の人士がこの大先輩の労苦を思わないのが不思議でならない。

沖縄本島、先島、台湾の調査旅行から帰って来た折口は9月4日に横浜に上陸し、東京の自宅に戻る途中、この虐殺に遭遇し目撃し、折口自身も警察、軍隊、自警団、の「検問」を何度も受けた。君が代を歌わせたり、教育勅語を暗誦させたり、「イチエンゴジュッセン(1円50銭)」と言わせたり。 

そして、可愛い(顔よき)子供すらも撲殺する側の殺人者になっていたことに彼はショックを受けた。その時のことを追懐して詠んだ歌が、 国びとの 心(うら)さぶる世に値(あ)ひしより、顔よき子らも、頼まずなりぬ であり、『砂けぶり』という詩であった。『砂けぶり』は数次にわたって改作されているが、1947年の『砂けぶり二』では、おん身らは、誰を殺したと思ふ 陛下のみ名においてー。 おそろしい呪文だ。陛下万歳 ばあんざあい と告発、抗議したのだった。明治憲法下の日本人の自己批判でもあった。 

著者の上野誠は、「殺害された朝鮮人の数は、政府発表では231名となっているが、今日、多くの研究者たちは数千人単位で推定している。近時は中国人の殺害もあったことが明らかになっている」と述べている。とまれ、その数字の差異にどれほどの意味があろうか。 

己を革新というか保守というかはどうでもよい。その前に歴史に真面目に向き合うことが人として大切だ。そういう意味で、私は小池都知事を軽蔑する。

糞虫の図鑑眺めて静養す


2021年8月28日土曜日

小池知事の悪意

   昨日の記事の最後に私は、『小池都知事の言い分は、 1「関東大震災の全ての犠牲者に哀悼の意を示しており、個別の追悼文は控える」 2「朝鮮人虐殺は歴史家が紐解くべきもの」 3「犠牲者数の数字に異論がある」というもの』と書いたが、私の指摘が当たっていれば、その論はただ「至らない、勘違い」などではなく、高度に悪質なものだと私は考える。

第1に、天災と言ってよい震災被害者と、人災と言ってよい流言飛語による虐殺は峻別して記録・記憶しなければ科学としての歴史の意味がない。そこに追悼碑の意味もある。小池都知事の言葉の誤魔化しは、学術会議事件の際の上代文学会常任理事会声明のとおり、『前政権以来、この国の指導者たちの日本語破壊が目に余ります。日本語には豊かなコミュニケーションを担う力が十分備わっているのに、見せかけの形式に空疎な内容を盛り込んだ言説が今後も横行するなら、日本語そのものの力が低下してしまいます。日本語の無力化・形骸化を深く憂慮します。頼むから日本語をこれ以上痛めつけないでいただきたい』の指摘と同質と言ってよい。

第2に、(未来の)歴史家が紐解くものとの主張は、無責任・無定見の極みだが、実はそんなレベルのことではなく、右翼の『歴史戦、思想戦』の戦略に則った発言(戦略)であるところが危険である。

集英社新書『歴史戦と思想戦―歴史問題の読み解き方』で著者の山崎雅弘氏は、書店に嫌中国・嫌韓国の本が溢れている状況を踏まえてこう述べている。

 ■ 過去の歴史について、日本に不都合なことを「なかった」と言い、日本は何も悪くないと語る本は、読んでいる間は日本人にとって心地いいものです。けれども、そんな安心感に身を委ねてしまうと、それと引き換えに大事なものを見失ってしまうのではないか。日本は何も悪くないと誰かに言われれば、一人の日本人として肩の荷が下りたような気になるが、本当にその結論でいいのだろうか……。■

 重ねて言うが、「歴史家が紐解くもの論」はこれも論理のすり替えで問題を誤魔化す論である。

 第3に、「犠牲者数の数字に異論」というのは、これも横車の典型で、例えばヤクザが行政の窓口に横車を押してくる場合の常套手段で、枝葉末節の泥沼に引き入れてものの本質を誤魔化すやり方だ。例えば百田尚樹の『日本国紀』は南京虐殺の記述で、まず「30万人」という数字に疑義を差し挟み、その数字の信憑性を述べた後、結論で『「客観的に見れば南京大虐殺はなかった」と考えるのがきわめて自然である』と論点をすり替えている。ちなみに産経新聞は、蒋介石秘録を掲載し、その中では南京虐殺の犠牲者数について「30万人とも40万人ともいわれ、いまだにその実数がつかみえないほどである」と記している。(1976年6月23日、山崎雅弘著書)

 だいたいが報道が統制されていた戦前の記録は不十分で、敗戦時のように都合の悪い史料は焼却・隠蔽してきたのであるから、「数字に異論」は為にする印象戦術である。

 以上、小池都知事の主張は、単なる無責任というレベルでなく、非常に悪質なものだと言えよう。明日に続く。

 閉じぬ眼が片方の眼までを狂わせる

2021年8月27日金曜日

ムーミンは泣いている

   人気キャラクター『ムーミン』とコラボ企画をしている化粧品会社DHCの吉田会長は、同社のHP上で在日コリアンを差別・嫌悪・卑下する文章を度々掲載した。

YAHOOニュースから引用すると、北九州市立大の中村英樹教授(憲法学)は朝日新聞のインタビューで「吉田会長の文章はヘイトスピーチ」だとし、「社会的に知名度の高い企業のトップが差別を繰り返すのは非常に問題」だと指摘した。毎日新聞も記者コラムを通じて「欧米など海外から見れば、有名企業のトップがそのような声明を流しても特に問題になっていない日本社会の感覚は信じがたいだろう」とし、ヘイトスピーチをストップさせる法整備が必要だと主張した。(写真は朝日新聞8月25日)

そんな中8月24日、『ムーミン』の著作権を管理するフィンランドの企業は「わが社はいかなる差別も容認しない」として、DHCとのコラボ企画を中止すると発表した。 

ところで、歴史を歪めヘイトスピーチを実質的に応援する発言がHDC会長以上に影響力のある人物から発せられていることを見過ごしていて良いのだろうか。

1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が発生した。大震災自体は天災だろうが、その後、政府の中央防災会議の報告書でも『震災後に「朝鮮人が略奪や放火をした」などの流言が広まり、各地の「自警団」などが朝鮮人らを殺害する事件が多発した。1千人~数千人が殺されたと推計し、「虐殺という表現が妥当する例が多かった。」』と記している。 

1973年に自民党から共産党まで全会派が賛同して、東京都墨田区横網公園に追悼碑が建立され、毎年追悼式典が開かれ、歴代知事も追悼文を送ってきたところ、小池東京都知事は就任2年目以降その追悼文を取りやめ、近年に至っては、同公園近くでヘイトスピーチを振りまく団体と実行委員委員会をあえて同列視し、公園使用許可に不当な制限を持ち出している。

事実、小池知事の態度変更以降、「自虐、反日」などと主張して公然と式典を妨害するヘイトクライムが発生している。 

小池都知事の言い分は、「関東大震災の全ての犠牲者に哀悼の意を示しており、個別の追悼文は控える」「朝鮮人虐殺は歴史家が紐解くべきもの」「犠牲者数の数字に異論がある」というもの。ほんとうにそんな主張が成り立つのだろうか。明日に続く。

2021年8月26日木曜日

秋の気配 2

   「真夏日だ」と言われてもどことなく秋の気配が深まってきた。これで蚊が引退してくれたならいうことないのだが、反対に、寒くならないうちに世代交代を!とばかりに攻めてくる。

 写真の2はセスジスズメ(背筋雀)でスズメガ(雀蛾)の一種で、オオスカシバやホシホウジャクの仲間である。オオスカシバやホシホウジャク同様、直線的にすばしこく飛び、蛾らしくないのがいい。ホバリングをしながら花の蜜を吸う。

   近い仲間にエビガラスズメがいて、その幼虫・大きな青虫はアジアの一部では食用にされているらしい。食糧危機の対応食としての研究もされているようで、気候変動次第では食卓に海や川の海老の代わりにエビガラスズメが並ぶ日が来るかもしれない。今から慣れておくとよいかも。
 
 FMさん、お見舞いの手紙ありがとうございました。

 食べこぼす孫と競争する夕餉

 動画はツクツクホウシの声だけです。



 

2021年8月25日水曜日

精霊流し

   放送用語に一家言のあるABCラジオの浦川泰幸アナが言っていたと言って「精霊流し」を「しょうろうながし」と読むのは間違いで、正しくは「「しょうりょう」か「しょうれい」らしいと妻が言った。その誤読はグレープ(さだまさし)の「精霊流し」という題名と歌詞に由来するという。さだまさしは「しょうろうながし」と歌っているらしい。

 まあ普通には、愛用している三省堂『年中行事事典』は「しょうりょうながし」だし、広辞苑や新潮日本語漢字辞典も「しょうりょう」となっている。特段に文句はない。

 しかし、京都や他の少なくない地方では「おしょらいさん」とか「おしょうらい」とも言っているから、こういう古い伝統行事はその地で言い慣わされてきた言葉に誤りや誤読をいうのはおかしいと思う。長崎にテーマをとった「精霊流し」は「しょうろうながし」でよいではないか。

 さて、昭和30年代ぐらいまでは堺の旧市街でもお盆の飾り物や経木(卒塔婆?)を市(いち)小学校近くのお寺に持って行って川に流してもらっていた。堺の旧市は海沿いだからそれはすぐに海に出て、それ以降大浜の海水浴場には残骸?が流れ着いた。それは、夏休みも終わり、海遊びをあきらめて残っている宿題に係れという子どもたちへのシグナルでもあった。

 もちろん今ではこういうものを川から海へは流していないだろう。だが、近頃は瀬戸内海の水が澄みすぎて魚介にダメージを与えているというニュースがあったから、だからといっていろんなものを流していいとは言わないが、そういう思い出が懐かしく感じる歳になった。

 TOさん、お見舞いありがとうございます。股関節を痛められているとか、ご自愛ください。

 ボケ防止精霊流しの回想法

2021年8月24日火曜日

陰性だった

   実はここ数日、私の顔面神経麻痺どころではなかった。

 孫の凜ちゃんの熱、咳、鼻水が止まらず、近くの耳鼻科や小児科でも改善せず、ついに一番基本の大手術もした大学病院が家族全員を調べるということになっていた。

 こういう場合、いくら祖父母が心配してもどうにもならないのだが、結果の通知までは全く気分が晴れない。

 お陰様で凜ちゃんファミリーは陰性と通知があったので一安心。これも大学病院に成長を追いかけてもらっているせいで叶ったことだ。しかし体力が落ちているので1週間は注意と言われている。

 世間のコロナ騒動は決して他人事ではない。自宅療養という虚言(実際は入院拒否)で治療も受けられずに亡くなっている方もいる。ネットの情報ではこの大変な最近1週間、松井大阪市長は「公務予定なし」で出勤もしていない。

 パラリンピックの行事は多人数で実施され、テレビ映りのために小学生が動員されている。許せない。許せない。病弱の児の家族は眠れない。

秋の気配

   今週後半には暑さがぶり返してくると予報されているが、夜にはいっぺんにツヅレサセコオロギの声が大きくなり秋の顔が見えてきた感じがする。なるほど23日は処暑である。ちなみに22日は旧暦7月の十五夜で久しぶりに月を見た感じがする。

 宿根草なので全く放ったらかしだったハナトラノオも咲き始め、猛暑のうちは飛び交う昆虫も少なかったのだが、写真のとおり蜂(花虻?)も元気が出てきたみたいだ。いささか体調不良の身にはそんな程度しか季節の変化も判らない。

 さて、特発性末梢神経性顔面神経麻痺だが、友人からの情報やネット情報では「寒風にプッシュされた」という情報も多い。私の場合も、猛暑への機械的反動で、超薄着の上に冷房と扇風機をガンガンかけて震えあがるのを楽しんでいた気がある。反面教師にしてもらいたい。

 KBさん、OAさん、お見舞いありがとうございます。

 行く夏や顔面麻痺の置き土産

2021年8月23日月曜日

フィナーレ

   ほんとうなら夏祭りもあった、盆踊りもあった、そして最終盤には地蔵盆もあったというのが夏休みの定番だが、可哀相にそれらすべて何もないまま今週には2学期が繰り上げて始まるという孫の夏ちゃんのために、夏休みのフィナーレを飾る?花火大会をしに夏ちゃんファミリーが来てくれた。

 街中を「ここはカブールかい」というほど煙に巻いての花火大会には、夏ちゃんのためといいながら、私自身病気も忘れて気分が盛り上がった。

 年寄りの2年間というのも代えがたい貴重なものだが、子どもの2年間という質も大きい。コロナ対策無策というか、やることなすこと正反対の安倍・菅政権の責任は重い。ひとことで言って「人災」だと思う。

 夏ちゃんに「夏休みのフィナーレはどう過ごすの」と聞くと、「ぶらぶらする」というのが答だった。

 HKさん、KTさん、SMさん、皆さんお見舞いありがとうございます。

 お見舞いはお互いさまが合言葉

2021年8月22日日曜日

アフガンの行方は

   アフガニスタンのガニ政権が崩壊し、首都カブールはタリバーンが制圧した。日本のテレビは盗人が鞭打ち刑を公開処刑されているのを映して「近代以前の中世に戻った」と報じたが、問答無用で爆撃をして国連の発表でも10万人強の民間人を殺した米欧に「石を打つだけの」正義はあるのか。

 元来アフガンの8割は農民、1割が遊牧民だったところ、地球温暖化によってヒンズークッシュ山脈の雪が減少し、世紀の大旱魃で人々は飢えていた。日本を含む米欧はこれに対して救援を行わず、オサマビンラディンをかくまっているとして、反対に経済制裁・食糧制裁と空爆を行った。その地で力を尽くして倒れたのが中村哲医師とペシャワール会の人々だった。

 彼の地は、比較的よく似た文化で歴史を重ねてきた日本列島人には全く想像が及ばない多民族、多文化の地である。日本の戦国時代のイメージにも似ているところがある。女性の地位の問題など課題は大きいが、戦争によってはテロさえも克服はできないことを証明した。

 アフガンの諸民族は大英帝国にもソ連・ロシアにも屈しなかったとりわけて誇り高い民族だ。日本を含む米欧は「人権」や「民主主義」という謳い文句で新政権樹立に影響力を与えたいようだが、リスペクトのない「ご指導」が上手くいくはずがない。今こそ「平和外交」の出番である。日本の政権交代で新しい国際秩序を立ててもらいたいものだ。

 中村哲医師の訃報を受けて私は次のようにブログ記事を重ねた。それでもアフガンは懐が深く問題は深い。よって私の理解も非常に薄っぺらい。それでもよかったら私と一緒にもう一度過去のブログを読み返してみてほしい。テレビニュースを見ながら考え込むことも多い。(ブログの日時とタイトルは次のとおり)(表示できない場合はお尋ねください)

2021年2月18日 心はアフガンへ

2021年2月20日 スレイマン山脈

2021年2月21日 多様な世界

2021年2月22日 ダラエ・ヌール渓谷の夜

2021年2月23日 丸腰の安全保障

2021年2月24日 ふりだしに戻る

 

 なお、TYさん、KSさん、お見舞いありがとうございます。

 被介護の予行演習真っ盛り

 隻眼と言うか眼は開いたまま

2021年8月21日土曜日

糞虫ワールド

 諦観などと落ち込んでばかりはいられないので、少しは明るいニュース!

   フェイスブックのカバー写真をルリセンチコガネにしている私だから、朝日新聞にこの本が発売されたという記事を見つけたときには直ぐに購入した。『ならまち糞虫館館長中村圭一著:糞虫図鑑』(創元社)である。

 パラパラとめくったが、すでに持っている『ふんコロ昆虫記』(トンボ出版)と遜色なく楽しい本になっている感じだ。なぜ「感じ」かというと右目を含む顔面麻痺で読書が非常に辛いからである。まあ、じっくりと楽しむことにする。

   併行して『人新世の資本論』も読んでいる。読んでいるといっても、これも目のせいで全く進まないのだが、「資本主義が世界経済以前に地球を破壊する」という数々の実証と糞中の「栄枯盛衰」も頭の中で重なってくる。

 奈良公園の糞虫も圧倒的には小型なので、ド素人の私などは専ら大型のルリセンチコガネ(右は今年撮影した写真)を愛している。
 さっきまで鹿の糞に乗っかっていたのも忘れて掌に乗せて愛でている。

 YoHさん、SSさん、YaHさん、HMさん、お気遣いありがとうございます。

 【本日の川柳もどき】

 動かない口に手を添え肉を喰う

 ジンギスカン喰いウイルスとバトル

2021年8月20日金曜日

やや諦観

   かかりつけ医にとりあえず顔面麻痺の報告をしたところ、「僕ならステロイドは出さないなあ」「初期に徹底して点滴をするなあ」と感想があった。私としては別にセカンドオピニオンのつもりでもなかったのだが、こんな感想を聞くと(今の療養方針でいいのかと)心はざわつく。

 現在の症状で困っていることは、顔面右半分の眉毛、瞼、鼻、唇と口、耳の奥の麻痺で、耳の奥から首、肩にかけて鈍痛があり、咀嚼が思い通りにならず飲み物はこぼれ、目が閉じないので乾燥して痛み、顔や頭を洗うと目に洗剤や水が染む。薬の副作用で寝付かれず、睡眠も浅く、結果として疲労感もある状態だ。エエカッコを言うと文字の読めないのが一番辛い。本もテレビもパソコンもだ。

 原因はまだ特定できないと言われているが、身体の抵抗力の低下によってヘルペスウイルスが活性化した可能性もあり、とりあえず17日に予定していたイクジイは、特異に病弱の孫にヘルペスウイルスをうつしてはいけないので中止にした。

 顔面に帯状疱疹の酷い症状は今のところ出ていないが、ドクターには出る可能性を宣告されている。

 孫の夏ちゃんには福笑いみたいだと言われた。黒田知事みたいと言ってほしいが孫には歴史のかなたの話だろう。祖父ちゃんと祖母ちゃんは黒田知事誕生に走り回っていたのだぞ。

 以上、簡単に現状報告。

 HTさん、お見舞いありがとう。私より深刻な闘病中なのに痛み入ります。

 KHさん、ITさん、MSさん、HSさん、TSさん、HBでのお見舞いありがとうございます。

  今日の健康川柳

 うつなのは病気ではなく雨のせい

 そのうちに晴れる日もある保証する

 マスクしてサングラスして良い社会

2021年8月19日木曜日

整形ほゞ諦める

   5月25日の『一寸先は闇』に書いた右手薬指・小指の骨折・挫滅創だが、小指はまだ腫れている上に縫合した皮膚が拘縮して指が中途半端に曲がったままだ。それを伸ばす手術を検討中だったがだんだん邪魔くさくなってきた。医師は手術するなら腱が拘縮して関節そのものが固まる前だというのだが、その気になったら再度相談ということで治療は中止にした。 

 考えると、かかりつけ医(内科その他)、脳神経内科、整形外科、泌尿器科、歯科と、要するに面倒くさくなってきた。これしきの障害は何だと執着する気がなくなった。それよりも今は脳神経内科優先優先。

 今日の健康川柳

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