2021年9月1日水曜日

砂けぶり 二

   砂けぶり 二
          折口信夫
 
焼け原に 芽を出した
ごふつくばりの力芝(チカラシバ)めー、
 だが きさまが憎めない。
 たった 一かたまりの 青々した草だもの
 
両国の上で、水の色を見よう。
せめてもの やすらひにー。
身にしむ水の色だ。
 死骸よ。この間、浮き出さずに居(オ)れ
 
水死の女の 印象
黒くちゞかんだ 藤の花
よごれ朽(クサ)つて 静かな髪の毛
―あゝ そこにも こゝにも
 
横浜からあるいて 来ました。
疲れきつたからだですー。
そんなに おどろかさないでください。
朝鮮人になつちまひたい 気がします
 
深川だ。
あゝ まつさをな空だー。
野菜でも作らう。
この青天井のするどさ。
 
 夜(ヨル)になったー。
また 蝋燭と流言の夜(ヨル)だ。
 まつくらな町を 金棒ひいて
 夜警に出かけようか
 
井戸のなかへ
毒を入れてまはると言ふ人々―。
われわれを叱つて下さる
神々のつかはしめ だらう
 
かはゆい子どもがー
 大道で しばって居たつけー。
 あの音―。
    帰順民のむくろのー。
 
命をもつて 目賭した
一瞬の芸術
苦痛に陶酔した
涅槃(ネハン)の 大恐慌
 
おん身らは 誰をころしたと思ふ。
 かの尊い 御名(ミナ)においてー。
  おそろしい呪文だ。
   万歳 ばんざあい
 
我らの死は、
涅槃を無視するー。
 擾乱の 歓喜と
 飽満する 痛苦と

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