12月30日の読者の広場に投稿が掲載された。
上手くは書けなかったが言いたいことは「自分の言葉でメッセージを発信すること」の値打ちのようなことを言いたかった。
あとで読み返してみて、メッセージの伝え方を見出しにしながら、そもそも言いたいことがはっきりと伝わっていない。・・・と反省していた。
ところが1月13日、見ず知らずの仲間から「共感する」とのいわば「返歌」をいただいた。
これには、私の投稿が掲載された以上に感激した。
小さなことかも知れないが、気持ちは波紋の様に広がるのだと実感した。
メッセージの伝え方に関わっては、オックスフォード辞書の2016年の単語「Post-truth (ポスト真実)」が話題になっている。
典型は、イギリスのEU離脱派が嘘をついて住民投票を制したことやトランプが嘘をついて大統領選を制したことで、事実や真実よりも、感情的で攻撃的な言葉で弱者を仮想敵に仕立て上げる手法とそういう劇場型社会を指している。
教養ある人々が「あんなゲスな扇動が功を奏するはずがない」といっている間に、彼らは一定の結果を得た。
中野晃一先生の言を借りれば「正しいことを言っているのだから伝わって広がるに違いない」といっているうちにである。
Post-truth の時代、民主主義を守ろうという人々は本気で「メッセージの伝え方」を考える必要がないだろうか。
言葉を変えれば、どんなに立派で高邁な理屈であっても、相手の心に伝わらない話は話にならない。つまるところ、よく勉強しながら人情にも厚いというのがいいのではないか。
遊びのないハンドルみたいな人物は息苦しいと思われないか。実は私は多分に無趣味で面白くない男である。反省。
そんな遊び心で「ヒヨドリはグルメ?」を書いたらこれも掲載された。
これを読んで何人かがクスッと笑ってくれればいい。
川柳の追記
信じるという言葉を信じる投稿欄
山背(やましろ)だより・・・京阪奈の狭い範囲の役にも立たない些細な日常を綴っています。・・・(お気軽にコメントください)(匿名で記載し本文に名前を入れる方法も簡単です)。 スマホの場合は、最終ページの「ウェブバージョンを表示」をタッチして、ウェブバージョンの右にあるアーカイブで年月をタッチしていただくと以前の記事を読んでいただくことができます。ウェブバージョンの最終ページの「前の投稿」で遡ることも可能です。
2017年1月15日日曜日
2017年1月14日土曜日
粘着する美空ひばり
もう去年のことになるが、消極的に紅白歌合戦を見ていた。
島津亜矢の「川の流れのように」を聞いて変な気持ちになった。
美空ひばりが歌った歌い方に比べてなんともあっさりしている。心が響いてこない。なんだこれは?
島津亜矢の体調が悪かったのか、選曲等を巡って不満があったのか、その種のことについて全く知識がないので何もわからないが島津亜矢の歌とは到底思えなかった。
言い遅れたが私は歌謡曲については相当遠いところにいる。勘違いも多いだろう。というよりもほとんど知らない。だから、あまり本気で読んでもらっては困る。
そもそも、私は美空ひばりが嫌いだった。
あの鼻に掛けた粘っこい巻き舌は街のチンピラを思わせた。
山口組田岡組長に愛娘の様に可愛がられているのも嫌だった。
好きな上岡龍太郎が美空ひばりを絶賛していても不同意だった。
こんなことは気分の問題だから、異なるお方は「トウシローがバカめ」と笑って読み飛ばしてほしい。
「愛燦燦」や「川の流れのように」が美空ひばりの歌のまっすぐな延長線上にあったのか、それとも大きくカーブしていたのかも知らないが、私も歳をとり、なんとなくそういう歌詞が染みるようになっていた。
ちなみに、「愛燦燦」も小椋佳本人の歌よりも美空ひばりの方が素直に入ってきた。
そして、紅白の島津亜矢だった。
いつから私は美空ひばりの粘着板に絡み取られたのだろう。
初めて美空ひばりの「川の流れのように」を聞いたとき、「ああ、これが最後の持ち歌になるな」という漠とした不吉なイメージを持った。そのショッキングなイメージが心の底に沈殿してからだろうか。
島津亜矢の「川の流れのように」を聞きながら、大晦日に私は美空ひばりがいた時代に懐かしさを覚えた。
ただそれだけの記事である。
想い出のメロディーの方がいいなと大晦日
島津亜矢の「川の流れのように」を聞いて変な気持ちになった。
美空ひばりが歌った歌い方に比べてなんともあっさりしている。心が響いてこない。なんだこれは?
島津亜矢の体調が悪かったのか、選曲等を巡って不満があったのか、その種のことについて全く知識がないので何もわからないが島津亜矢の歌とは到底思えなかった。
言い遅れたが私は歌謡曲については相当遠いところにいる。勘違いも多いだろう。というよりもほとんど知らない。だから、あまり本気で読んでもらっては困る。
そもそも、私は美空ひばりが嫌いだった。
あの鼻に掛けた粘っこい巻き舌は街のチンピラを思わせた。
山口組田岡組長に愛娘の様に可愛がられているのも嫌だった。
好きな上岡龍太郎が美空ひばりを絶賛していても不同意だった。
こんなことは気分の問題だから、異なるお方は「トウシローがバカめ」と笑って読み飛ばしてほしい。
「愛燦燦」や「川の流れのように」が美空ひばりの歌のまっすぐな延長線上にあったのか、それとも大きくカーブしていたのかも知らないが、私も歳をとり、なんとなくそういう歌詞が染みるようになっていた。
ちなみに、「愛燦燦」も小椋佳本人の歌よりも美空ひばりの方が素直に入ってきた。
そして、紅白の島津亜矢だった。
いつから私は美空ひばりの粘着板に絡み取られたのだろう。
初めて美空ひばりの「川の流れのように」を聞いたとき、「ああ、これが最後の持ち歌になるな」という漠とした不吉なイメージを持った。そのショッキングなイメージが心の底に沈殿してからだろうか。
島津亜矢の「川の流れのように」を聞きながら、大晦日に私は美空ひばりがいた時代に懐かしさを覚えた。
ただそれだけの記事である。
想い出のメロディーの方がいいなと大晦日
2017年1月13日金曜日
いわゆる少女像問題
テレビなどでは、「韓国政府は10億円をもらうだけもらっておいて約束を守らないからだ」と政府を支持する論調もある。
はたしてその論調は正しいか。
外務省のホームページの公式な見解を再確認しておこう。
平成27年暮れのいわゆる日韓合意については、合意文書等の文書類は一切なく、日韓両外相共同記者発表がそれに代わるものとされている。それが次のものである。
1 岸田外務大臣
日韓間の慰安婦問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,日本政府として,以下を申し述べる。
(1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
(2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。
(3)日本政府は上記を表明するとともに,上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
2 尹(ユン)外交部長官
韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,韓国政府として,以下を申し述べる。
(1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。
(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
(3)韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。
以上が記者発表の全てである。外務省HPの公式なものである。
そして問題は、尹外交部長官の「韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」の結果が表れていないと安倍首相は怒っているそうだ。
しかし約束内容は、文字どおり「韓国政府は、韓国の民間団体に協議を行う等を通じて、解決されるよう努力する」以上でも以下でもない。
それを「韓国政府は強権的にでも撤去するだろう」と理解したのなら、理解した方(岸田外相と安倍首相)の読み(判断)間違いだったということになる。
ヒラリー勝利との読み、会談直後のトランプ氏のTPP反対表明、1ミリも領土が進展しなかったプーチン会談等この内閣の外交下手は極まっている。
他国の内政に口を出す気はないが、大統領の弾劾裁判が実際に進行している国は民主主義国家の一側面である。さらに言えば日本政府はあの朴末期政権に民間団体の立てた像を強制撤去しろと迫っているようにしか見えないが、それは民主主義国家の政府の要求として正しいだろうか。
韓国政府が日本政府に「ヘイトスピーチは日韓合意の精神に反するから逮捕して処刑しろ」といえば応じるのか。アメリカ新政権から「トランプの悪口は新聞テレビで禁止しろ」といわれたら応じるのか。
結局、「日韓合意」なるものを誇大広告した安倍政権が「かっこが付かない」というので大使帰国などをして外交の失敗?を糊塗しようとしているとしか見えない。
こういう風に、内政の行き詰まった政府が安っぽいナショナリズムを煽る傾向は民主主義の危機の時代となる。
メディアも政府も冷静で理性的に振る舞うことが大切ではないだろうか。
「日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」と約束しているのだから。
裸木はワルツを踊る外は風
軽蔑は軽蔑生むとメリルさん
「日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」と約束しているのだから。
裸木はワルツを踊る外は風
軽蔑は軽蔑生むとメリルさん
2017年1月11日水曜日
シロハラ
シロハラは大型のツグミ類で、ガイドブックでは「体長が24センチ」と書かれている。私の感覚でも異存はない。
野の鳥としては大きい方かもしれない。(キジなどを除いて)
この鳥を撮影に出かけた時には目よりも耳を優先させると、落ち葉の下のミミズなどを探す ガサッ、ゴソッ という音で見つけることができる。
クチバシで落葉をひっくり返す音だ。
飛び立つときなどにキョキョキョキョと鳴くから、キェッというツグミとは違うことが解る。
暗い林の中を好み明るい芝生のようなところには出てこないので、撮影はあまり簡単ではないが、それほど難しくもない。
夏には大陸に渡っていくから、食べられてしまわないかと心配するが、そんなことをいうと冬鳥は皆そうだろう。
実際には、一羽一羽捕って食べられるよりも、ゴルフ場の農薬・殺虫剤などの方が桁違いにダメージを与えているのではないだろうか。
虫や鳥の様子を見て人間社会の未来を想像するのが大切ではないか。
「都市の品格」という言葉があるが、野鳥の数はそのバロメーターだと思う。
冬鳥は日本のほか、韓国、北朝鮮、中国、ロシアを見聞してきたはずだから、率直な感想を聞きたいものだ。
冬鳥や汝が眼球の見たは何
野の鳥としては大きい方かもしれない。(キジなどを除いて)
この鳥を撮影に出かけた時には目よりも耳を優先させると、落ち葉の下のミミズなどを探す ガサッ、ゴソッ という音で見つけることができる。
クチバシで落葉をひっくり返す音だ。
飛び立つときなどにキョキョキョキョと鳴くから、キェッというツグミとは違うことが解る。
暗い林の中を好み明るい芝生のようなところには出てこないので、撮影はあまり簡単ではないが、それほど難しくもない。
夏には大陸に渡っていくから、食べられてしまわないかと心配するが、そんなことをいうと冬鳥は皆そうだろう。
実際には、一羽一羽捕って食べられるよりも、ゴルフ場の農薬・殺虫剤などの方が桁違いにダメージを与えているのではないだろうか。
虫や鳥の様子を見て人間社会の未来を想像するのが大切ではないか。
「都市の品格」という言葉があるが、野鳥の数はそのバロメーターだと思う。
冬鳥は日本のほか、韓国、北朝鮮、中国、ロシアを見聞してきたはずだから、率直な感想を聞きたいものだ。
冬鳥や汝が眼球の見たは何
2017年1月9日月曜日
えべっさんを巡る
今日は宵戎!
奈良公園周辺にはえべっさんが三つある。
一番歴史の古いのが大和一宮(やまといちのみや)率川(いさがわ)神社のえべっさん、
二つ目が、なら町の花街にあって、ちょっと有名な南市(みなみいち)のえべっさん、
そして春日大社のえべっさんであり、その内の前二社が十日戎ではなく五日戎なので、1月5日に初詣を兼ねてえべっさんを巡ってきた。
率川神社では、本社である大神(おおみわ)神社の巫女さんが「祓い給え・清め給え・幸(さきわ)い給え・・・」と一人一人に丁寧なお祓いをしてくれた。
それを近くの神職の方にカメラを渡して撮影していただいた。恐縮、恐縮。と、まあ、そういうことが許される程度に境内は混雑していなかった。
南市恵美須は社前に鈴が二つ下がっていて、そこで順番に鈴を鳴らして二礼二拍手一礼してお詣りするというのんびりした方式なので、順番を待つ列がズラーとなら町に連なり数十分待ちというものだった。
その途中で粕汁の振舞いもあった。
なので、こちらは賑やかで華やいでいた。
そしてお詣りの後、吉兆の付いた福笹をいただき、お社の裏に廻ってドンドンドンと叩いて、二人の孫の安寧をお願いした。
大阪の今宮戎のような、大音量のスピーカーが「商売繁盛で笹持ってこい」と繰り返す強烈なお祭り気分には欠けるが、情趣に富んだ五日戎だった。
春日大社のえべっさんは飾りつけはされていたが十日戎前の静けさだった。ここのすぐ隣には夫婦大黒社があり、ここは恋の水占いの若い女性で賑わっていた。
えべっさんは耳が遠いからお社の裏をドンドンドンと叩いて大声で頼みごとをせなあかん!とは昔からの(大阪、京都、奈良の)言い伝えである。
強い神、怖い神は世に多いが、身体(神体?)にハンディを持つ少し弱い神というのは珍しい。なので、その分懐が深いに違いないと勝手に解釈している。
えべっさんと同じハンディも持つ孫の今後の大きな手術が成功するようお願いした。
偉そうなことを言えば私はご利益があるとか罰が当たるという信仰はあまり好きでなく、今まではただただ報恩感謝で神仏にお詣りしてきたつもりだが、今は素朴に孫のご加護を本気でお祈りしている。
信仰の堕落かも知れないが許してほしい。
なお、正面からのお詣りだけでなく、裏に廻ってドンドン叩いてお願いするえべっさんのしきたりは、非常に神さまとの距離が短く、ある種のスキンシップみたいで私は好きだ。
吉兆のことは12月31日の「祝箸」の記事で触れた。
吉兆の付いた福笹は孫の夏ちゃんが欲しいというのであげた。
叩く音(ね)も艶あり花街の初戎
奈良公園周辺にはえべっさんが三つある。
一番歴史の古いのが大和一宮(やまといちのみや)率川(いさがわ)神社のえべっさん、
二つ目が、なら町の花街にあって、ちょっと有名な南市(みなみいち)のえべっさん、
そして春日大社のえべっさんであり、その内の前二社が十日戎ではなく五日戎なので、1月5日に初詣を兼ねてえべっさんを巡ってきた。
率川神社では、本社である大神(おおみわ)神社の巫女さんが「祓い給え・清め給え・幸(さきわ)い給え・・・」と一人一人に丁寧なお祓いをしてくれた。
それを近くの神職の方にカメラを渡して撮影していただいた。恐縮、恐縮。と、まあ、そういうことが許される程度に境内は混雑していなかった。
その途中で粕汁の振舞いもあった。
なので、こちらは賑やかで華やいでいた。
そしてお詣りの後、吉兆の付いた福笹をいただき、お社の裏に廻ってドンドンドンと叩いて、二人の孫の安寧をお願いした。
大阪の今宮戎のような、大音量のスピーカーが「商売繁盛で笹持ってこい」と繰り返す強烈なお祭り気分には欠けるが、情趣に富んだ五日戎だった。
春日大社のえべっさんは飾りつけはされていたが十日戎前の静けさだった。ここのすぐ隣には夫婦大黒社があり、ここは恋の水占いの若い女性で賑わっていた。
えべっさんは耳が遠いからお社の裏をドンドンドンと叩いて大声で頼みごとをせなあかん!とは昔からの(大阪、京都、奈良の)言い伝えである。
強い神、怖い神は世に多いが、身体(神体?)にハンディを持つ少し弱い神というのは珍しい。なので、その分懐が深いに違いないと勝手に解釈している。
えべっさんと同じハンディも持つ孫の今後の大きな手術が成功するようお願いした。
偉そうなことを言えば私はご利益があるとか罰が当たるという信仰はあまり好きでなく、今まではただただ報恩感謝で神仏にお詣りしてきたつもりだが、今は素朴に孫のご加護を本気でお祈りしている。
信仰の堕落かも知れないが許してほしい。
なお、正面からのお詣りだけでなく、裏に廻ってドンドン叩いてお願いするえべっさんのしきたりは、非常に神さまとの距離が短く、ある種のスキンシップみたいで私は好きだ。
吉兆のことは12月31日の「祝箸」の記事で触れた。
吉兆の付いた福笹は孫の夏ちゃんが欲しいというのであげた。
叩く音(ね)も艶あり花街の初戎
2017年1月8日日曜日
痛快な本を読んだ
最初に断わっておくと、これまで読んできた本などの印象から、私は佐高信氏も浜矩子氏もそれほど好きではなかった。
しかし、日本中のマスメディアがアベノミクスを礼讃する中で、その当初から「千万人と雖も吾往かん」と先頭を切って批判し論争の矢面に立ってきたのが浜矩子氏であったことは、好き嫌いは別にして確固たる事実であった。
そしてアベノミクスが、浜氏の指摘どおり大失敗、大失策に至ったことも確固たる事実である。
なので、遅きに失したが、いわゆる正月休みに読んでみようと書店で購入した次第。
感想は、痛快な談論風発に満腹したような感じ。
少しく長くなるが目次をあげてイメージをお伝えする。
第1章 アホノミクスは戦争国家をつくる政策である
アホノミクスという幽霊の正体
中央銀行の本分を忘れた黒田総裁
中央銀行家の仕事とは何か
安倍復権こそ自民党の大罪
タカ派は人より国家に目が行く
三菱東京UFJ銀行の「英断」
「マーケット」のいかがわしさ
新自由主義とは新統制主義である
いちばん真っ当な中央銀行は?
達成する気のない物価上昇率2%
GDP600兆円で戦争国家に
焦りだした「チームアホノミクス」
野党は本質的な批判をせよ
政権が目論む「働かせ方改革」
第2章 貧困が抵抗に向かわず、独裁を支えてしまう理由
「トランプ勝利」が意味するもの
ヒラリーの敗因
公助嫌いのアメリカン魂
サンダース登場の背景を考える
弱者が弱者を叩く構図
「豊かさのなかの貧困」という問題
人はなぜ税金を払うのか
第3章 人間と人間の出会いとしての経済
食料自給率と戦争の関係
「グローバル」を再定義する
国境を「超える」ということ
国が第一か、生活が第一か
「日本会議」を誇大視するな
「とくし丸」に見る経済活動の原点
無頓着の連鎖が大破綻を生む
「ラストワンマイル」の重要性
第4章 地域通貨が安倍ファシズムに反逆する
言語の統一と通貨の統一
エスペラント語は何を目指したか
単一通貨と共通通貨
仮想通貨の生みの親はケインズ
格差が地域通貨を生み出す
すべての通貨は仮想である
偽物化する日本
経済からしっぺ返しを喰らう
政権とメディアが使う「業界用語」
日銀内部から反乱を起こせ
第5章 マルクスの「資本論」は現代にも有効か
城山三郎は哲学的に経済を見た
バブル崩壊のメカニズム
グリーンスパン元議長の罪
経済学を目指した原点
竹中平蔵はゼミの2年先輩
経済学者たちの自主規制
「トリクルダウン」の本当の意味
野党の役割は徹底した批判でいい
要人は足を引っ張られて当然
マルクスは革命家ではない
日本とイギリスの地勢的類似
頭ではなく、本能的に考える
「資本論」が描くブラック企業の姿
官僚こそ無責任の最たるもの
第6章 「反格差」「反貧困」思想とキリスト教
「規制緩和」という罠
ゴーン礼讃が一つの転機
人のために泣けるか
イエス・キリストの戦闘性
無関心こそが悪
「いいかげん」と「良い加減」
稲田朋美の涙を叱る
第7章 安倍晋三は大日本帝国会社の総帥か
若い男子に支持される安倍政権
SEALDs的なるものの未来
役割仮面社会とアホノミクス
企業には社会的責任がある
誰のための同一労働同一賃金か
若者よ、知性を解放しよう
単なる記録装置になった記者
メディアが見逃した「安倍の言葉」
第8章 アホノミクスをどう叩きのめすか
グローバル市民主義が世界を救う
市民は皆、クレーマーたれ
怒りを失くした労働組合
怒れないのは知性の荒廃
あらゆる闘争を集約せよ
・・・目次だけで以上である。目次のタイトルからしても私自身不同意の箇所もある。
しかし、全体としては痛快だった。
この目次を見て興味を持たれたならば一読をお勧めする。
折角だから1か所だけ引用させてもらうと、「グローバルを再定義する」の項で浜先生は、 ・むしろグローバル時代はもっと人らしく生きられる時代になってしかるべき。 ・国境なき時代(グローバル)と国境の存在を前提にしなければ生きていけない国家とがせめぎ合うのが今の時代。 ・ですから、アンチ・グローバルという立場をとってしまうと、国家主義の思う壺にはまってしまう ・・と述べられている(実際の内容はもっと長く深い)のが、私などは全く考えてもいなかったいささかショッキングな指摘だった。
私などは、TPPや構造改革・規制緩和の新自由主義や、アメリカの猿真似の維新の政策に立腹して、「保護主義の何がいかんねん!」とアンチ・グローバリズムを唱えたいクチであったが、「思う壺」にはまってしまわない理論の構築が大切だと反省させられた。宿題をもらったような感じである。
文字に酔い寒夜忘れて大笑い
しかし、日本中のマスメディアがアベノミクスを礼讃する中で、その当初から「千万人と雖も吾往かん」と先頭を切って批判し論争の矢面に立ってきたのが浜矩子氏であったことは、好き嫌いは別にして確固たる事実であった。
そしてアベノミクスが、浜氏の指摘どおり大失敗、大失策に至ったことも確固たる事実である。
なので、遅きに失したが、いわゆる正月休みに読んでみようと書店で購入した次第。
感想は、痛快な談論風発に満腹したような感じ。
少しく長くなるが目次をあげてイメージをお伝えする。
第1章 アホノミクスは戦争国家をつくる政策である
アホノミクスという幽霊の正体
中央銀行の本分を忘れた黒田総裁
中央銀行家の仕事とは何か
安倍復権こそ自民党の大罪
タカ派は人より国家に目が行く
三菱東京UFJ銀行の「英断」
「マーケット」のいかがわしさ
新自由主義とは新統制主義である
いちばん真っ当な中央銀行は?
達成する気のない物価上昇率2%
GDP600兆円で戦争国家に
焦りだした「チームアホノミクス」
野党は本質的な批判をせよ
政権が目論む「働かせ方改革」
第2章 貧困が抵抗に向かわず、独裁を支えてしまう理由
「トランプ勝利」が意味するもの
ヒラリーの敗因
公助嫌いのアメリカン魂
サンダース登場の背景を考える
弱者が弱者を叩く構図
「豊かさのなかの貧困」という問題
人はなぜ税金を払うのか
第3章 人間と人間の出会いとしての経済
食料自給率と戦争の関係
「グローバル」を再定義する
国境を「超える」ということ
国が第一か、生活が第一か
「日本会議」を誇大視するな
「とくし丸」に見る経済活動の原点
無頓着の連鎖が大破綻を生む
「ラストワンマイル」の重要性
第4章 地域通貨が安倍ファシズムに反逆する
言語の統一と通貨の統一
エスペラント語は何を目指したか
単一通貨と共通通貨
仮想通貨の生みの親はケインズ
格差が地域通貨を生み出す
すべての通貨は仮想である
偽物化する日本
経済からしっぺ返しを喰らう
政権とメディアが使う「業界用語」
日銀内部から反乱を起こせ
第5章 マルクスの「資本論」は現代にも有効か
城山三郎は哲学的に経済を見た
バブル崩壊のメカニズム
グリーンスパン元議長の罪
経済学を目指した原点
竹中平蔵はゼミの2年先輩
経済学者たちの自主規制
「トリクルダウン」の本当の意味
野党の役割は徹底した批判でいい
要人は足を引っ張られて当然
マルクスは革命家ではない
日本とイギリスの地勢的類似
頭ではなく、本能的に考える
「資本論」が描くブラック企業の姿
官僚こそ無責任の最たるもの
第6章 「反格差」「反貧困」思想とキリスト教
「規制緩和」という罠
ゴーン礼讃が一つの転機
人のために泣けるか
イエス・キリストの戦闘性
無関心こそが悪
「いいかげん」と「良い加減」
稲田朋美の涙を叱る
第7章 安倍晋三は大日本帝国会社の総帥か
若い男子に支持される安倍政権
SEALDs的なるものの未来
役割仮面社会とアホノミクス
企業には社会的責任がある
誰のための同一労働同一賃金か
若者よ、知性を解放しよう
単なる記録装置になった記者
メディアが見逃した「安倍の言葉」
第8章 アホノミクスをどう叩きのめすか
グローバル市民主義が世界を救う
市民は皆、クレーマーたれ
怒りを失くした労働組合
怒れないのは知性の荒廃
あらゆる闘争を集約せよ
・・・目次だけで以上である。目次のタイトルからしても私自身不同意の箇所もある。
しかし、全体としては痛快だった。
この目次を見て興味を持たれたならば一読をお勧めする。
折角だから1か所だけ引用させてもらうと、「グローバルを再定義する」の項で浜先生は、 ・むしろグローバル時代はもっと人らしく生きられる時代になってしかるべき。 ・国境なき時代(グローバル)と国境の存在を前提にしなければ生きていけない国家とがせめぎ合うのが今の時代。 ・ですから、アンチ・グローバルという立場をとってしまうと、国家主義の思う壺にはまってしまう ・・と述べられている(実際の内容はもっと長く深い)のが、私などは全く考えてもいなかったいささかショッキングな指摘だった。
私などは、TPPや構造改革・規制緩和の新自由主義や、アメリカの猿真似の維新の政策に立腹して、「保護主義の何がいかんねん!」とアンチ・グローバリズムを唱えたいクチであったが、「思う壺」にはまってしまわない理論の構築が大切だと反省させられた。宿題をもらったような感じである。
文字に酔い寒夜忘れて大笑い
2017年1月7日土曜日
義父はウルップ島にいた
私の義父は戦争中、今でも日本軍のトーチカ跡があるというウルップ島に兵隊として派遣されていた。
親孝行したいときには親はなしとはよく言ったもので、ほとんどの日本人がよく知らないその地の風土などをもっともっと尋ねておけばよかったと悔やんでいる。妻もほとんど聞いていないという。
ウルップ島はエトロフ島の北東の島で、クナシリ島よりわずかに狭いが面積は1,450k㎡ある。ちなみに大阪府の面積が1,899k㎡だから「島」などといって侮れない。エトロフやクナシリの大きさは推して知るべし。
北アルプスや八ヶ岳に山登りをしていた頃、高山植物にチシマギキョウとかチシマウスユキソウなどと「チシマ(千島)」という名の付く草が多かったし、もっと直接的にはウルップソウというものもあった。
ネットを開くとウルップ島はラッコの島、広葉樹林の北限とあった。
知らないがどこかに懐かしさも感じる島である。
さて、ウルップ島を含む千島列島は、明治8年にロシアとの間で樺太・千島交換条約が平和的に締結されたので、カムチャッカ半島の目と鼻の先まで全千島列島は日本の領土だった。
だから、領土不拡大の原則を踏まえたポツダム宣言を受諾した日本は、敗戦国とはいえ全千島列島を一島だって奪われる理由は何もなかった。
それが今日の「四島返還」に矮小化されたのは、ひとつにはスターリン・ソ連による不当な侵攻、ふたつには自民党の前身政党によるサンフランシスコ条約時の「千島列島の放棄」という誤ったメッセージにある。
その後に「南千島は千島でない」などという詭弁を弄したので世界からほとんど相手にされていない。(ハボマイ、シコタンが北海道の沿岸の島だというのは妥当であるが)
それに対して日本共産党は、原則に立ち返って「四島返還」ではなく「全千島列島」の返還を前提に平和条約交渉を進めるべきだと主張していて、「日本共産党が一番ソ連やロシアに対して原則的で厳しい要求をしている」と驚かれたりしているが、私には幕末から明治のリーダーが必死になって不平等条約の改定に奔走した姿とダブって見える。
昨年暮れにプーチンが『遅刻に遅刻を重ねて』日本にやってきた。遅刻もまた外交だということを不愉快ながら十分に学ばされた。
ところが、「経済活動はロシアの主権の下で行われる」とロシアが繰り返し表明する下で、安倍首相は一切の反論もせず莫大な「経済協力」を約束した。
それは、「返す返す詐欺」に乗ったバカな被害者と揶揄されるだけでなく、ロシアのクリミア併合に対してEUやG7など国際社会が経済制裁の強化を決定しようとする局面で行ったということで、国際社会の取り組みを壊す許しがたい裏切り行為でもあった。
この経済援助で四島にはさらにロシア人の流入と経済活動が増え、仮に関連して日本人の活動が増えるとすると、日本人の交通事故や不慮の犯罪事故などがあった場合、当然にそれはロシアの制度で処置されるので、ますます返還は遠のいた。
安倍晋三という人は、口先だけは勇ましいが、自分の選挙のためになる話題作りのためなら何でもする人だと思う。Post-truthはヨーロッパだけのことでない。(Post-truthは前回の記事に書いた)
ウルップ草汝が故郷に父はいた
親孝行したいときには親はなしとはよく言ったもので、ほとんどの日本人がよく知らないその地の風土などをもっともっと尋ねておけばよかったと悔やんでいる。妻もほとんど聞いていないという。
ウルップ島はエトロフ島の北東の島で、クナシリ島よりわずかに狭いが面積は1,450k㎡ある。ちなみに大阪府の面積が1,899k㎡だから「島」などといって侮れない。エトロフやクナシリの大きさは推して知るべし。
北アルプスや八ヶ岳に山登りをしていた頃、高山植物にチシマギキョウとかチシマウスユキソウなどと「チシマ(千島)」という名の付く草が多かったし、もっと直接的にはウルップソウというものもあった。
ネットを開くとウルップ島はラッコの島、広葉樹林の北限とあった。
知らないがどこかに懐かしさも感じる島である。
さて、ウルップ島を含む千島列島は、明治8年にロシアとの間で樺太・千島交換条約が平和的に締結されたので、カムチャッカ半島の目と鼻の先まで全千島列島は日本の領土だった。
だから、領土不拡大の原則を踏まえたポツダム宣言を受諾した日本は、敗戦国とはいえ全千島列島を一島だって奪われる理由は何もなかった。
それが今日の「四島返還」に矮小化されたのは、ひとつにはスターリン・ソ連による不当な侵攻、ふたつには自民党の前身政党によるサンフランシスコ条約時の「千島列島の放棄」という誤ったメッセージにある。
その後に「南千島は千島でない」などという詭弁を弄したので世界からほとんど相手にされていない。(ハボマイ、シコタンが北海道の沿岸の島だというのは妥当であるが)
それに対して日本共産党は、原則に立ち返って「四島返還」ではなく「全千島列島」の返還を前提に平和条約交渉を進めるべきだと主張していて、「日本共産党が一番ソ連やロシアに対して原則的で厳しい要求をしている」と驚かれたりしているが、私には幕末から明治のリーダーが必死になって不平等条約の改定に奔走した姿とダブって見える。
昨年暮れにプーチンが『遅刻に遅刻を重ねて』日本にやってきた。遅刻もまた外交だということを不愉快ながら十分に学ばされた。
ところが、「経済活動はロシアの主権の下で行われる」とロシアが繰り返し表明する下で、安倍首相は一切の反論もせず莫大な「経済協力」を約束した。
それは、「返す返す詐欺」に乗ったバカな被害者と揶揄されるだけでなく、ロシアのクリミア併合に対してEUやG7など国際社会が経済制裁の強化を決定しようとする局面で行ったということで、国際社会の取り組みを壊す許しがたい裏切り行為でもあった。
この経済援助で四島にはさらにロシア人の流入と経済活動が増え、仮に関連して日本人の活動が増えるとすると、日本人の交通事故や不慮の犯罪事故などがあった場合、当然にそれはロシアの制度で処置されるので、ますます返還は遠のいた。
安倍晋三という人は、口先だけは勇ましいが、自分の選挙のためになる話題作りのためなら何でもする人だと思う。Post-truthはヨーロッパだけのことでない。(Post-truthは前回の記事に書いた)
ウルップ草汝が故郷に父はいた
2017年1月5日木曜日
新春詠を読んで
昨年の秋ごろから、ブログ記事にできるだけ17音(文字)を付けることにした。
それを自信をもって俳句と言い切れないところが悲しいところで、我ながらこれはどう見ても川柳だなと思うものがあったり、夏井先生流にいえば「散文を五七五に切って俳句のつもりになっている」標語のようなものも多い。というか、その方がほとんどだ。
が、何事も「やらないよりはやってみること」の方が良いだろうと居直っている。学びて思わざれば則ち罔しだ。
さて、朝日新聞元日号の「新春詠」からお二人の歌と句を摘んでみると・・・、
不時着と言ひ替へられて海さむし言葉の危機が時代の危機だ
Post-truth他所事(よそごと)ならず無表情に衝突と言ひて去りゆく女人 永田和宏 ※
殺すなかれ殺さるるなかれ薺(なずな)打つ
降る雪や奪はれても奪はれても福島 長谷川櫂
というのが印象的だった。
これらのテーマを散文で解説すると恨み節になったりお説教になったりする。
それが定型の短詩に昇華されると力強く人々の心を打つのが素晴らしい。
この歳になって、つくづくと己が才能の無さを恥じるものの、一時、「老人力」という言葉が注目されたときがあるが、その伝でいけば、「嘲笑われてもいいや」という居直りはプラスの老人力だろうと居直っている。
※ Post-truth(ポスト真実) : 客観的な事実や真実よりも、身を切る!とか取り戻す!とか守り抜く!というような、決意や熱心さを前面に押し出した嘘や誇張やホンネと言われる言葉が社会をリードし、その主張の一番の犠牲者になる層がそういう言葉に熱狂する感情社会のことだと私は理解している。(12月29日の「証拠隠滅」のコメント欄に一部記載)
※ 沖縄の新聞の見出しは「墜落」だが本土の新聞は官邸発表の「不時着」に右へ倣え!
※ 南スーダンは国連の委員会も「飢えや、集団強姦、村の焼き打ちなどで既に民族浄化が進んでいる」と警告。国連が「南スーダンへの武器の禁輸」を求めるも日本政府は反対。米国の国連大使からも批判されている。・・が、防衛相(女人)は「衝突」があっただけと。
年頭に「ポスト真実」の歌に逢ひ
お正月孫に習いし恋ダンス
それを自信をもって俳句と言い切れないところが悲しいところで、我ながらこれはどう見ても川柳だなと思うものがあったり、夏井先生流にいえば「散文を五七五に切って俳句のつもりになっている」標語のようなものも多い。というか、その方がほとんどだ。
が、何事も「やらないよりはやってみること」の方が良いだろうと居直っている。学びて思わざれば則ち罔しだ。
さて、朝日新聞元日号の「新春詠」からお二人の歌と句を摘んでみると・・・、
不時着と言ひ替へられて海さむし言葉の危機が時代の危機だ
Post-truth他所事(よそごと)ならず無表情に衝突と言ひて去りゆく女人 永田和宏 ※
殺すなかれ殺さるるなかれ薺(なずな)打つ
降る雪や奪はれても奪はれても福島 長谷川櫂
というのが印象的だった。
これらのテーマを散文で解説すると恨み節になったりお説教になったりする。
それが定型の短詩に昇華されると力強く人々の心を打つのが素晴らしい。
この歳になって、つくづくと己が才能の無さを恥じるものの、一時、「老人力」という言葉が注目されたときがあるが、その伝でいけば、「嘲笑われてもいいや」という居直りはプラスの老人力だろうと居直っている。
※ Post-truth(ポスト真実) : 客観的な事実や真実よりも、身を切る!とか取り戻す!とか守り抜く!というような、決意や熱心さを前面に押し出した嘘や誇張やホンネと言われる言葉が社会をリードし、その主張の一番の犠牲者になる層がそういう言葉に熱狂する感情社会のことだと私は理解している。(12月29日の「証拠隠滅」のコメント欄に一部記載)
※ 沖縄の新聞の見出しは「墜落」だが本土の新聞は官邸発表の「不時着」に右へ倣え!
※ 南スーダンは国連の委員会も「飢えや、集団強姦、村の焼き打ちなどで既に民族浄化が進んでいる」と警告。国連が「南スーダンへの武器の禁輸」を求めるも日本政府は反対。米国の国連大使からも批判されている。・・が、防衛相(女人)は「衝突」があっただけと。
年頭に「ポスト真実」の歌に逢ひ
お正月孫に習いし恋ダンス
2017年1月3日火曜日
加害者にもなりたくない
箪笥の奥から、父親が陸軍大臣からもらった感謝状が出てきた。
昭和12年というから、7月に盧溝橋事件が起き、日本軍が北支に展開し、8月には第二次上海事件で中支にも展開したいわゆる支那事変(日中戦争)勃発の年である。
このときも戦争とは言わず「事変」であったのだ。
(「武器」は「防衛装備」、「戦闘」は「衝突」。ああ、なんという再現ドラマをいま我々は見ているのだろう)
このときも戦争とは言わず「事変」であったのだ。
(「武器」は「防衛装備」、「戦闘」は「衝突」。ああ、なんという再現ドラマをいま我々は見ているのだろう)
他の日付の大阪府知事の感謝状もあるから、このときの恤兵金(じゅっぺいきん)は大臣感謝状に値するほど多額だったのだろう。
(「じゅっぺい」という言葉は辞書を引いて今回初めて知った)
(「じゅっぺい」という言葉は辞書を引いて今回初めて知った)
後の日付の銅や鉄の供出の「特別回収買上傳票」も出てきたし、戦時国債も大量に購入したと小さいときによく聞いた。
このことから、わが父親も戦争被害者であったというのは容易いが、しかし、この恤兵金は戦争遂行に使用されたのだし、もっと言えば、中国人や他の国の人々の殺人に寄与したことにならないか。
旧冬26日に「(ヤマトンチュウが)沖縄(ウチナー)に対する不当で差別的な安倍政権に無批判であってはいけない」という主旨の記事を書いたが、およそ庶民は被害者であるとともに加害者になってしまっていることが少なくない。本人の意思とは別にのことである。
「知らんかった!で済んだら警察はいらん」という漫才があったが、21世紀に生きる我々がそんな風であってはしょうがないだろう。
さて、「今頃何を言うねん」と言われるかもしれないが、人間という尺度で先の戦争の歴史を自分なりに解りかけてきたのはつい最近のことである。
それは、勉強の末、データや知識の集積というようなものではなく、自分が積み重ねてきた人生経験に照らして70数年前の歴史の諸事実が人間の弱さとして納得できるようになったからだと思う。
数え歳では元日に歳をとったのだが、歳をとるのも悪くはない。歴史が映像のように理解できるようになるのだからと言ったらやせ我慢か。
正月や未来は希望と孫に言ひ
さて、「今頃何を言うねん」と言われるかもしれないが、人間という尺度で先の戦争の歴史を自分なりに解りかけてきたのはつい最近のことである。
それは、勉強の末、データや知識の集積というようなものではなく、自分が積み重ねてきた人生経験に照らして70数年前の歴史の諸事実が人間の弱さとして納得できるようになったからだと思う。
数え歳では元日に歳をとったのだが、歳をとるのも悪くはない。歴史が映像のように理解できるようになるのだからと言ったらやせ我慢か。
正月や未来は希望と孫に言ひ
2017年1月2日月曜日
今年はトリ年
今年はトリ年!
先ずは、少しおめでたい感じの瑠璃鶲(ルリビタキ)で新年のご挨拶。
撮影は12月30日。
ようやく帰ってきてくれた!旧友再会!といった気分。
今年も可愛い野鳥たちと巡り合えますように。
2枚目の写真は1月1日撮影、つまり撮り初め!
3時頃妻と散歩に出かけて、「4時頃にここに飛んでくるのだが」と言って待てどもなかなか来ず、妻は先に帰ってしまったが、3時50分ごろにきっちりとやって来てくれたもの。
次に、新年を、こんなボケた写真からスタートするのは情けないが、チェッチェッチェッと笹鳴きする鶯の影である。
囀り以前の笹鳴きの鶯はほとんど姿を現さないし、その藪の中でもじっとしておらず激しく動き回る。
なので、これでも、逃げ隠れ続ける悪人の姿をおぼろげながらも捕らえたような満足感もあるが、まるで「ウォーリー(鶯)を探せ」の絵本のようになった。
その次は柄長(エナガ)で、野鳥の中で最軽量級と言われている。
この鳥も忙しい鳥で、枝におとなしく留まってはくれない。
小魚が群れて泳ぐように、この鳥もシーシーシーシーと鳴きながら群れて木から木へと移っていく。
群れているから気が弱いのかと思うとそうでもなく、エナガが先頭に立って切り開いていく中を、後から、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラなどが「どうも安全そうだ」とチャッカリと付いて飛んでいく。
「カラの混群」という。
エナガの先進性を見習いたい。
最後はお口(眼)直しのために、わが家の柿の木に来た尉鶲(ジョウビタキ)。
「尉と姥」の尉なので、お正月に相応しいと了解願いたい。
ただし、若鳥なのか雌なので頭部が白髪ではないがそこはスルーしてほしい。
尉たる所以のその二は、紋付を着ているかのような姿である。これは鮮やかに写っている。
元日や紋付羽織った尉鶲
先ずは、少しおめでたい感じの瑠璃鶲(ルリビタキ)で新年のご挨拶。
撮影は12月30日。
ようやく帰ってきてくれた!旧友再会!といった気分。
今年も可愛い野鳥たちと巡り合えますように。
3時頃妻と散歩に出かけて、「4時頃にここに飛んでくるのだが」と言って待てどもなかなか来ず、妻は先に帰ってしまったが、3時50分ごろにきっちりとやって来てくれたもの。
次に、新年を、こんなボケた写真からスタートするのは情けないが、チェッチェッチェッと笹鳴きする鶯の影である。
囀り以前の笹鳴きの鶯はほとんど姿を現さないし、その藪の中でもじっとしておらず激しく動き回る。
なので、これでも、逃げ隠れ続ける悪人の姿をおぼろげながらも捕らえたような満足感もあるが、まるで「ウォーリー(鶯)を探せ」の絵本のようになった。
その次は柄長(エナガ)で、野鳥の中で最軽量級と言われている。
この鳥も忙しい鳥で、枝におとなしく留まってはくれない。
小魚が群れて泳ぐように、この鳥もシーシーシーシーと鳴きながら群れて木から木へと移っていく。
群れているから気が弱いのかと思うとそうでもなく、エナガが先頭に立って切り開いていく中を、後から、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラなどが「どうも安全そうだ」とチャッカリと付いて飛んでいく。
「カラの混群」という。
エナガの先進性を見習いたい。
最後はお口(眼)直しのために、わが家の柿の木に来た尉鶲(ジョウビタキ)。
「尉と姥」の尉なので、お正月に相応しいと了解願いたい。
ただし、若鳥なのか雌なので頭部が白髪ではないがそこはスルーしてほしい。
尉たる所以のその二は、紋付を着ているかのような姿である。これは鮮やかに写っている。
元日や紋付羽織った尉鶲
2017年1月1日日曜日
新春
暦が一つ回って新年である。
さて、国立天文台は国の機関であり、国の暦は太陽暦だけである。つまり、旧暦というものは日本のこの世に存在していない、・・こととなっている。
という下で旧暦に関する質問にどう答えるかという涙ぐましい奮戦記が長沢工著「はい、こちら国立天文台」に綴られている。
てなことを書いたのも、これから冬本番を迎える1月1日の賀状に「新春」という文字が飛び交う可笑しさを思いながらこの記事を書いているからで、故に、本日のタイトルも「新春」にした。
ただ、お正月は厳冬とはいうものの「春遠からじ」という季節であることもまた間違いない。
庭の蕗の薹もそれを教えてくれている。
西口親雄著「ブナの森を楽しむ」には「およそ野草は原則として毒草」とあるが、同時に「毒と薬は紙ひとえ」とも書かれている。
新潟県では「バッケ花が咲くと熊が出る」と言われているらしい。バッケ花とは蕗の薹のことであり、その意味は「熊が冬ごもりから出て来る時だから気を付けろ」ということで、この種の諺を称して「自然暦」という。
読んだ本は忘れてしまったが、冬ごもりから起き出してきた熊は蕗の薹を大量に食べると読んだことがある。
そして、冬眠中に体内に溜まった毒素をデドックスするのだと。
つまり蕗の薹は熊の便秘薬らしい。
で、ご推察のとおり、昨年自公維が強行した毒素の数々を蕗の薹の写真でデドックスしていただこうとして、元日にこの記事を書いた。
お読みいただいた皆様方にとりまして、今年が平穏な一年となりますように・・・。
厳寒に夢膨らます蕗の薹
たいしたことはしないが、玄関の注連縄とともに門柱に松の枝を一本結わえている。シンプルな門松である。
門松は歳神さまの依代だから、これがなければ良い年を運び込んでもらえない。
ちょっとカッコよく門松を立てられたから、読者の皆様にも好い年がやってくるに相違ない。
さて、国立天文台は国の機関であり、国の暦は太陽暦だけである。つまり、旧暦というものは日本のこの世に存在していない、・・こととなっている。
という下で旧暦に関する質問にどう答えるかという涙ぐましい奮戦記が長沢工著「はい、こちら国立天文台」に綴られている。
てなことを書いたのも、これから冬本番を迎える1月1日の賀状に「新春」という文字が飛び交う可笑しさを思いながらこの記事を書いているからで、故に、本日のタイトルも「新春」にした。
ただ、お正月は厳冬とはいうものの「春遠からじ」という季節であることもまた間違いない。
庭の蕗の薹もそれを教えてくれている。
西口親雄著「ブナの森を楽しむ」には「およそ野草は原則として毒草」とあるが、同時に「毒と薬は紙ひとえ」とも書かれている。
新潟県では「バッケ花が咲くと熊が出る」と言われているらしい。バッケ花とは蕗の薹のことであり、その意味は「熊が冬ごもりから出て来る時だから気を付けろ」ということで、この種の諺を称して「自然暦」という。
読んだ本は忘れてしまったが、冬ごもりから起き出してきた熊は蕗の薹を大量に食べると読んだことがある。
そして、冬眠中に体内に溜まった毒素をデドックスするのだと。
つまり蕗の薹は熊の便秘薬らしい。
で、ご推察のとおり、昨年自公維が強行した毒素の数々を蕗の薹の写真でデドックスしていただこうとして、元日にこの記事を書いた。
お読みいただいた皆様方にとりまして、今年が平穏な一年となりますように・・・。
たいしたことはしないが、玄関の注連縄とともに門柱に松の枝を一本結わえている。シンプルな門松である。
門松は歳神さまの依代だから、これがなければ良い年を運び込んでもらえない。
ちょっとカッコよく門松を立てられたから、読者の皆様にも好い年がやってくるに相違ない。
2016年12月31日土曜日
祝箸
お正月の準備というといくつかあるが、ここ数年の私の大きな仕事のひとつは祝箸の箸袋の制作である。
箸袋を自作しようと考えた理由は三つある。
一つは、私が悪筆のためパソコンで名前を書くことにしたこと。
二つは、近くの有名なショッピングモールは住所が京都府であるにもかかわらず置いてあるのが全て東京風の「頭から差し込むスタイル」で、わが家のしきたり通りの関西風の下から差し込む箸袋が容易に手に入らないこと。
三つは、習字をしない罪滅ぼしでもあるが、オリジナリティーのある箸袋にしたいこと。・・・である。
問題はオリジナリティーであるが、今回は一般的には「寿」のところを「吉兆」とした。(ちなみに昨年は「笑門来福」)
この文言は、言わずと知れた「めでたいことが起こる前触れ」で、悪政の推進者達の数々の破綻とそれに代わる市民運動と野党共闘の成長を思い浮かべて選択した。
そして、この言葉が空振りに終わらないよう向かう一年努力したいと思う。
だいたいが、願いや祈りというものはあまり具体的で生臭いのはよくない。
なので今回は「吉兆」という文字の選択で満足している。
ちなみに、わが家では初詣に行かない年があっても、十日戎にはほとんど欠かさず行っている。
その福笹につけてもらう小宝が吉兆で、銭叺(ぜにかます)・銭袋・末広・小判・丁銀・烏帽子・臼・小槌・米俵・鯛等の縁起物を束ねたもので、「野の幸」・「山の幸」・「海の幸」を象徴したものと今宮戎のHPにある。
パソコンでつくる箸紙ゆるされよ
節料理吉兆の字の箸袋
安倍晋三氏は、酒席でもてなしたマスメディアの「真珠湾訪問礼賛」記事を利用して、年明けにも解散総選挙を仕掛けるかもしれない。
そうなれば、「しめたガッテン」と東京弁で応じたい。
2016年一年間、拙いブログのご愛読に深謝、深謝。
2017年、吉兆を正夢に・・・。
どうか好いお年をお迎えください。
箸袋を自作しようと考えた理由は三つある。
一つは、私が悪筆のためパソコンで名前を書くことにしたこと。
二つは、近くの有名なショッピングモールは住所が京都府であるにもかかわらず置いてあるのが全て東京風の「頭から差し込むスタイル」で、わが家のしきたり通りの関西風の下から差し込む箸袋が容易に手に入らないこと。
三つは、習字をしない罪滅ぼしでもあるが、オリジナリティーのある箸袋にしたいこと。・・・である。
問題はオリジナリティーであるが、今回は一般的には「寿」のところを「吉兆」とした。(ちなみに昨年は「笑門来福」)
この文言は、言わずと知れた「めでたいことが起こる前触れ」で、悪政の推進者達の数々の破綻とそれに代わる市民運動と野党共闘の成長を思い浮かべて選択した。
そして、この言葉が空振りに終わらないよう向かう一年努力したいと思う。
だいたいが、願いや祈りというものはあまり具体的で生臭いのはよくない。
なので今回は「吉兆」という文字の選択で満足している。
ちなみに、わが家では初詣に行かない年があっても、十日戎にはほとんど欠かさず行っている。
その福笹につけてもらう小宝が吉兆で、銭叺(ぜにかます)・銭袋・末広・小判・丁銀・烏帽子・臼・小槌・米俵・鯛等の縁起物を束ねたもので、「野の幸」・「山の幸」・「海の幸」を象徴したものと今宮戎のHPにある。
さらに続けて、江戸期に作られた歌謡にも「十日戎のうりものは、はぜ袋に取鉢、銭かます、小判に金箱、立烏帽子、米箱、小槌、たばね熨斗、笹をかたげて千鳥足」と歌われていたと書かれている。(らしい)
パソコンでつくる箸紙ゆるされよ
節料理吉兆の字の箸袋
安倍晋三氏は、酒席でもてなしたマスメディアの「真珠湾訪問礼賛」記事を利用して、年明けにも解散総選挙を仕掛けるかもしれない。
そうなれば、「しめたガッテン」と東京弁で応じたい。
2016年一年間、拙いブログのご愛読に深謝、深謝。
2017年、吉兆を正夢に・・・。
どうか好いお年をお迎えください。
2016年12月30日金曜日
2016年沖縄であったこと
裁判官は人事異動で法務省という行政府の官僚になることもあることをご存知だろうか。
行政府のトップは内閣総理大臣で、かつては各省庁で決定されていた上級幹部の人事が現在は内閣府が一元化している。
つまり、三権分立の建前はあるものの、司法の中心を担う裁判官の人事も事実上行政府(内閣)の意向が大きく関与している。
ところで福岡高裁那覇支部は、通常、裁判官の在任期間はおおよそ3年であるところ、前任者がわずか1年で転出し、赴任してきた多見谷裁判官も前任地を1年2ヵ月で異動してきた。
辺野古代執行訴訟対策のための政治的な人事異動といわれている。
結果(判決)は予想どおり「基地問題は国が考えることだから地方自治体は文句を言うな」というものだった。
そして最高裁は12月20日沖縄県の上告を退け、敗訴した沖縄県は26日「埋立承認取消処分」を取り消した。
奇しくも26日、琉球新報や東京新聞に元日本兵飯田直次郎さん(95)の手記が紹介された。
それによると、1945年6月、摩文仁の壕に潜んでいたとき周辺住民や海軍兵から「ひどい軍曹がいる」と聞いた。
住民や子どもを殺害したり女性を強姦したり食料を略奪したりするほか、その一帯で水が飲めた唯一の井戸を独り占めしているというものだった。
飯田さんは実際にその悪行を目撃し、ある晩、井戸で住民に嫌がらせをしているのを見つけ、「もう限界だ」と考え軍曹を射殺したという。(思うに、この軍曹もきっと靖国に奉られているのだろう)
また、本島南部の激戦時、食料が尽きた日本兵どおしが殺し合う事態も「よくあった」という。
「戦場では人間が人間でなくなってしまう」と振り返り、「沖縄の人々にとって戦後は終わっていない」と語っている。
この記事を読んだからというのではないが、安倍政権の姿勢には対米従属だけでなく、沖縄の人々に対する差別意識があると私は思う。
なので、それの批判をしないというのは間接的ではあるが加害行為に手を貸していることになる。
原発問題しかり、いじめ問題しかり、見て見ぬふりこそ現代日本の病巣ではないだろうか。
「見て見ぬふり」! どうすれば法律以前に倫理がある社会ができるのだろうか。
心ある宗教家の力をお借りしたい。
申(さる)師走美ら海(ちゅらうみ)黙れと判決文
沖縄県は、官房長官の慇懃無礼な言い方をなぞれば「法治国家ですから、最高裁判決を受けて『取消しの取消し』をおこなった」。しかし、辺野古の工事に関しては今後もまだまだ地方自治体の権限に属する手続きは生まれてくる。そのとき、法治国家ですから国はその手続きに従っていただこう。つまり、闘いはまだまだ続くし、どうしようもなく敗北したわけではない。
行政府のトップは内閣総理大臣で、かつては各省庁で決定されていた上級幹部の人事が現在は内閣府が一元化している。
つまり、三権分立の建前はあるものの、司法の中心を担う裁判官の人事も事実上行政府(内閣)の意向が大きく関与している。
ところで福岡高裁那覇支部は、通常、裁判官の在任期間はおおよそ3年であるところ、前任者がわずか1年で転出し、赴任してきた多見谷裁判官も前任地を1年2ヵ月で異動してきた。
辺野古代執行訴訟対策のための政治的な人事異動といわれている。
結果(判決)は予想どおり「基地問題は国が考えることだから地方自治体は文句を言うな」というものだった。
そして最高裁は12月20日沖縄県の上告を退け、敗訴した沖縄県は26日「埋立承認取消処分」を取り消した。
奇しくも26日、琉球新報や東京新聞に元日本兵飯田直次郎さん(95)の手記が紹介された。
それによると、1945年6月、摩文仁の壕に潜んでいたとき周辺住民や海軍兵から「ひどい軍曹がいる」と聞いた。
住民や子どもを殺害したり女性を強姦したり食料を略奪したりするほか、その一帯で水が飲めた唯一の井戸を独り占めしているというものだった。
飯田さんは実際にその悪行を目撃し、ある晩、井戸で住民に嫌がらせをしているのを見つけ、「もう限界だ」と考え軍曹を射殺したという。(思うに、この軍曹もきっと靖国に奉られているのだろう)
また、本島南部の激戦時、食料が尽きた日本兵どおしが殺し合う事態も「よくあった」という。
「戦場では人間が人間でなくなってしまう」と振り返り、「沖縄の人々にとって戦後は終わっていない」と語っている。
この記事を読んだからというのではないが、安倍政権の姿勢には対米従属だけでなく、沖縄の人々に対する差別意識があると私は思う。
なので、それの批判をしないというのは間接的ではあるが加害行為に手を貸していることになる。
原発問題しかり、いじめ問題しかり、見て見ぬふりこそ現代日本の病巣ではないだろうか。
「見て見ぬふり」! どうすれば法律以前に倫理がある社会ができるのだろうか。
心ある宗教家の力をお借りしたい。
申(さる)師走美ら海(ちゅらうみ)黙れと判決文
沖縄県は、官房長官の慇懃無礼な言い方をなぞれば「法治国家ですから、最高裁判決を受けて『取消しの取消し』をおこなった」。しかし、辺野古の工事に関しては今後もまだまだ地方自治体の権限に属する手続きは生まれてくる。そのとき、法治国家ですから国はその手続きに従っていただこう。つまり、闘いはまだまだ続くし、どうしようもなく敗北したわけではない。
2016年12月29日木曜日
証拠隠滅
外務省のHPからPKO参加五原則を引用すると・・・、
1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
2)国連平和維持隊が活動する地域の属する国及び紛争当事者が当該国連平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
3)当該国連平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4)上記の原則のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は撤収することができること。
5)武器の使用は、要員の生命等の防護のための必要最小限のものを基本。受入れ同意が安定的に維持されていることが確認されている場合、いわゆる安全確保業務及びいわゆる駆け付け警護の実施に当たり、自己保存型及び武器等防護を超える武器使用が可能。
・・・と書かれているが、自衛隊が派遣された南スーダンではとっくに「停戦状態」は終了し「戦争状態」、否もっとひどい「民族浄化」が進行中といわれている。
そこで、政府軍(大統領派)と前副大統領派が戦闘を行った7月7日から12日の派遣部隊の活動日誌をジャーナリストの布施裕仁氏が行政文書開示請求したところ、「すでに廃棄して不存在」と防衛大臣名で不開示の通知があった。
これは秘密保護法以前の証拠隠滅ではないだろうか。
結局、国民には何も知らされないまま、自衛隊員が死に、住民を殺し、そしてわが国民が戦争に動員される「いつかきた道」と言っていい。
![]() |
| 写真は太田理著「たてつの飛行場」から転載 |
2011年7月9日に「松下飛行機と盾津飛行場」に書いたとおり、私の父は松下飛行機(株)の結構な幹部社員だった。
父は私が小学生の時に死んだから詳しくは聞いていないのだが、敗戦時には徹底して軍に関わる書類等を焼却したと語っていた。
ただ、自分の歴史が全て抹消されるのが惜しかったのか、本当は焼却隠滅すべき印箱が家にあり、そこには軍関係のゴム印が入っていた記憶がある。
あちこちの軍の部署でも同じような証拠隠滅が行われ、影響なしと選ばれた証拠と、隠滅できなかったわずかな証拠だけを我々は現在知り得ているだけなのだ。
2011年に私が国立国会図書館に行ったときも、「残念ながら軍需工場の史料」はほとんど残っていない」ということだった。
現代も70年前と同じでないか。
なので、我々は「何もかも知っている」などと決して思わない方が良い。
否、相当取捨選択された情報に誘導されていると思った方が良い。
スーダンの日誌は雨林の闇の奥
スーダンの日誌は雨林の闇の奥
2016年12月27日火曜日
2016年新潟で起こったこと
テレビは特番ばかりだ。
それを見ると、売れている芸能人は皆海外旅行に飛び立ち、「庶民諸君はこの程度の特番で喜んでおいてくれたまえ」との置手紙を読まされたような気分になる。
だからほとんどテレビなど見ないのだが、やはりこの時期になると「この1年を振り返って」というような内容が目につく。
そういう風に振り返ってみると、2016年の出来事で忘れてはならないのは新潟県知事選挙ではなかったかと思う。
年末までの国会を見ると、年金切り下げ、TPP承認、カジノ推進法、等々の強行採決が続けられ、正直なところ気分が塞ぐ。ともすれば無力感に覆われる。
しかしそれが、実は、自公維の強さの表れではなく、虚構の強さ、本質部分での行き詰まりの表れであることを示しているのが、時系列では後先になるようだが新潟県知事選挙であったように思う。
新潟では、連合が反対派を推薦し、民進党が党としてまとまらなかったものの野党共闘が事実上出来上がり、民進党支持者の9割、共産党支持者のほぼ100%、無党派の6割強、自民党支持層の2割ほどが「脱原発」を掲げる米山隆一氏に投票して当選した。
市民連合の山口二郎法大教授の言葉を借りれば「これが勝利の方程式」だろう。
参議院選挙の当時、「民主党政権時の体たらくを思うと民進党なんかと共闘するのは反対だ」という声もあった。
しかし、このまま自公維3分の2体制を続けさせていいのかというと、市民運動と歩む野党共闘しか選択の余地がないことも広がっている。
蓮舫、野田体制の民進党の姿もあって、少し冷え気味の気分もあるが、やはり2017年の課題は市民運動と歩む野党共闘で自公維を追い払うしかない。
上の写真は出所不明の謀略ビラ。その内容とこれまでの全国各地での事実と一斉配布の動員力からして、KM党によるものだと私は推測する。
内容も1970年代からの非常に使い古した言い方で、相も変わらず「赤旗を県庁に立てさせてもいいのですか」という。
語るに落ちるとはこのことで、作戦本部・製作者が県外の東京(信濃町?)あたりだと新潟では笑われている。
なぜなら、新潟県旗は下の写真のとおり、自民党県政時代からずーっと赤旗なのだった。
年末や笑い飛ばしたきこと多し
それを見ると、売れている芸能人は皆海外旅行に飛び立ち、「庶民諸君はこの程度の特番で喜んでおいてくれたまえ」との置手紙を読まされたような気分になる。
だからほとんどテレビなど見ないのだが、やはりこの時期になると「この1年を振り返って」というような内容が目につく。
そういう風に振り返ってみると、2016年の出来事で忘れてはならないのは新潟県知事選挙ではなかったかと思う。
年末までの国会を見ると、年金切り下げ、TPP承認、カジノ推進法、等々の強行採決が続けられ、正直なところ気分が塞ぐ。ともすれば無力感に覆われる。
しかしそれが、実は、自公維の強さの表れではなく、虚構の強さ、本質部分での行き詰まりの表れであることを示しているのが、時系列では後先になるようだが新潟県知事選挙であったように思う。
新潟では、連合が反対派を推薦し、民進党が党としてまとまらなかったものの野党共闘が事実上出来上がり、民進党支持者の9割、共産党支持者のほぼ100%、無党派の6割強、自民党支持層の2割ほどが「脱原発」を掲げる米山隆一氏に投票して当選した。
市民連合の山口二郎法大教授の言葉を借りれば「これが勝利の方程式」だろう。
参議院選挙の当時、「民主党政権時の体たらくを思うと民進党なんかと共闘するのは反対だ」という声もあった。
しかし、このまま自公維3分の2体制を続けさせていいのかというと、市民運動と歩む野党共闘しか選択の余地がないことも広がっている。
蓮舫、野田体制の民進党の姿もあって、少し冷え気味の気分もあるが、やはり2017年の課題は市民運動と歩む野党共闘で自公維を追い払うしかない。
上の写真は出所不明の謀略ビラ。その内容とこれまでの全国各地での事実と一斉配布の動員力からして、KM党によるものだと私は推測する。
内容も1970年代からの非常に使い古した言い方で、相も変わらず「赤旗を県庁に立てさせてもいいのですか」という。
語るに落ちるとはこのことで、作戦本部・製作者が県外の東京(信濃町?)あたりだと新潟では笑われている。
なぜなら、新潟県旗は下の写真のとおり、自民党県政時代からずーっと赤旗なのだった。
年末や笑い飛ばしたきこと多し
2016年12月25日日曜日
メリークリスマス
24日は老人ホームのクリスマス会だった。
デイサービスのみんなで作ったという大きなクリスマスケーキの中に入れ!と要請され、サンタクロースの衣装をまとって中に屈んだ。
『乞われれば一差し舞う』しかない。
写真はシャッターチャンスのタイミングで幽霊のように写っているが、すぐに両手を広げてメリークリスマス!と登場し、「家族会からクリスマスケーキをプレゼントにやってきました」と報告すると「ありがとう」の声や歓声が広がった。
そのあと、トナカイやサンタの衣装で各部屋を回ってケーキをプレゼントした。
鈴を打ち鳴らして楽しい祝祭のムードが広がったせいだろうか、いつもは表情の乏しい方々も喜んでくれた。
こんな楽しいひと時が過ごせたのも施設介護のおかげだが、明日になると全員が「昨日、そんなことあった?」というように忘れているかもしれない。それでもいい。
夜は孫のなっちゃんファミリーがわが家にパーティーにやってきた。
なっちゃんが手巻き寿司を作って配ってくれた。
こんな時代がずーっと続いてくれたらと思ったりするが、テレビでは「今年逝かれた人々」を流していて、私の年齢とあまり変わらなかったり若い人もいた。
先のことはいい。毎日毎日の単位で感謝して生きるだけだ。
サンタ役誰より福をもらいけり
デイサービスのみんなで作ったという大きなクリスマスケーキの中に入れ!と要請され、サンタクロースの衣装をまとって中に屈んだ。
『乞われれば一差し舞う』しかない。
写真はシャッターチャンスのタイミングで幽霊のように写っているが、すぐに両手を広げてメリークリスマス!と登場し、「家族会からクリスマスケーキをプレゼントにやってきました」と報告すると「ありがとう」の声や歓声が広がった。
そのあと、トナカイやサンタの衣装で各部屋を回ってケーキをプレゼントした。
鈴を打ち鳴らして楽しい祝祭のムードが広がったせいだろうか、いつもは表情の乏しい方々も喜んでくれた。
こんな楽しいひと時が過ごせたのも施設介護のおかげだが、明日になると全員が「昨日、そんなことあった?」というように忘れているかもしれない。それでもいい。
夜は孫のなっちゃんファミリーがわが家にパーティーにやってきた。
なっちゃんが手巻き寿司を作って配ってくれた。
こんな時代がずーっと続いてくれたらと思ったりするが、テレビでは「今年逝かれた人々」を流していて、私の年齢とあまり変わらなかったり若い人もいた。
先のことはいい。毎日毎日の単位で感謝して生きるだけだ。
サンタ役誰より福をもらいけり
2016年12月23日金曜日
太陽の復活
前の記事で「クリスマス行事の基層にはキリスト教以前の冬至の各種お祭りがある」と書いたが、冬至→太陽の復活のお祭り→太陽神の誕生日→救世主の誕生日と発展したようだ。
基層の信仰は一般にアニミズムと呼ばれ、何となくレベルの低い原始的宗教と言われているが私はそうは思わない。
そこで私は、大晦日の追儺の行事を連想するのだが、洋の東西を問わずこの時期にお祭りをしたくなるのはみんな一緒だと少し愉快になる。
自分が寒がりのせいもあるだろうが、厳冬期は生命力が萎える感じがするし、この時期に、その先の春から始まる1年の平穏を祈るのは万国共通ではなかろうか。ただし熱帯地方はそうでもないかもしれないが。
キリスト教の厚い歴史のあるヨーロッパでも、多様な神々が人々の眼前から消えたのはそんなに遠いことではないようで、アイルランドの妖精たちが消えたのも戦後の経済成長期のようだ。
日本でも狐や狸が人々を騙さなくなったのも同じ頃か。
アイルランドの妖精の話の中の他愛のないものを拾うと、1950年代に道路を造るために木を切ろうとすると木から血が出た話がある。その後その道路計画は変更され、1999年にハイウェイ計画も変更されたらしい。
大阪でも谷町7丁目の道路のど真ん中に御神木が今も残っている。
非合理だと笑うのは容易いが、私はこういう話が嫌いではない。
人間は非力だと悟り、自然や他人や自分と違う考えに畏敬の念を払うことは悪くない。
というようなことを考えながらクリスマスを祝ってもいいのではないか。
あるいは、イエス様の誕生日にバカ騒ぎを・・などと眉をひそめずに、極東のアニミズムの国で原初の冬至のお祭りが継承されている・・などとこじつけて騒ぐのもありかも。
妖精の祭りは遠くクリスマス
基層の信仰は一般にアニミズムと呼ばれ、何となくレベルの低い原始的宗教と言われているが私はそうは思わない。
そこで私は、大晦日の追儺の行事を連想するのだが、洋の東西を問わずこの時期にお祭りをしたくなるのはみんな一緒だと少し愉快になる。
自分が寒がりのせいもあるだろうが、厳冬期は生命力が萎える感じがするし、この時期に、その先の春から始まる1年の平穏を祈るのは万国共通ではなかろうか。ただし熱帯地方はそうでもないかもしれないが。
キリスト教の厚い歴史のあるヨーロッパでも、多様な神々が人々の眼前から消えたのはそんなに遠いことではないようで、アイルランドの妖精たちが消えたのも戦後の経済成長期のようだ。
日本でも狐や狸が人々を騙さなくなったのも同じ頃か。
アイルランドの妖精の話の中の他愛のないものを拾うと、1950年代に道路を造るために木を切ろうとすると木から血が出た話がある。その後その道路計画は変更され、1999年にハイウェイ計画も変更されたらしい。
大阪でも谷町7丁目の道路のど真ん中に御神木が今も残っている。
非合理だと笑うのは容易いが、私はこういう話が嫌いではない。
人間は非力だと悟り、自然や他人や自分と違う考えに畏敬の念を払うことは悪くない。
というようなことを考えながらクリスマスを祝ってもいいのではないか。
あるいは、イエス様の誕生日にバカ騒ぎを・・などと眉をひそめずに、極東のアニミズムの国で原初の冬至のお祭りが継承されている・・などとこじつけて騒ぐのもありかも。
妖精の祭りは遠くクリスマス
2016年12月21日水曜日
一陽来復
少し以前から、新しい算額が東大寺の大仏様の脇に掲示されている。
新しいといえば、そこにはQRコードが付いていて、そのQRコードをスマホで読み取ると解説が出てくる。
算額というと冲方丁著『天地明察』を思い出す。そして先人の天文や暦に関する高度な知恵にはほとほと感心する。
「調査無くして発言なし」はルイ・サイヤンの言葉だっただろうか、日蝕、月蝕、それに星の出現(時と方角と高さ)「ご明察」の大前提は精確な観測でもある。
私などは、「カレンダーを使わずに2016年12月21日が冬至であることを証明せよ」と言われても途方に暮れる。
京・大阪あたりで日の入りが一番早いのは11月30日から12月9日であったらしい。
日の出が一番遅くなるのは2017年1月4日から11日とされている。
日の入りや日の出の時の山の場所(大阪であれば生駒山や淡路島の山)にどれほどの違いがあるのだろう。
真南をどのように特定するかもあるし、その南中の太陽高度の低さは棒を立ててその陰で測って解るのだろうか、そんなことも解らず1億人が「今日は冬至だ」と信じていることも考えようによっては怖い。
先日は『持統3年12月8日は西暦690年だ』と書いたが、「難しすぎて解らん」とのコメントもいただいたが、「今日が冬至だ」ということの方が難しい。
それでもきっと太陽は今日、南回帰線(南緯23度27分)を通っている(厳密に言えば見かけだが)のだろう。
陰陽道に基づく旧暦では「陰陽交互の季(とき)、陰極まって陽に復するとき」と言われ、それが『一陽来復』ということである。
そして私は毎年冬至を迎えると、「一陽」という名の非常にお世話になった先輩を思い出す。
そろそろゆっくりと酒を酌み交わして昔語りをしたいと思っている間に逝かれてしまった。
さて「一陽来復」は、感覚的にも春の遠くないことを教えてくれる。
義母から聞いた諺では「冬至十日はあほでもわかる」で、冬至から十日もすれば日が長くなり始めたなあとあほでもわかるという。
全国では、「冬至十日前から藁の節だけ日が長くなる」とか「米の粒だけ日が伸びる」「畳の目だけ日が伸びる」というのもあるらしい。
『日本の七十二候を楽しむ』という本には「古代には冬至が一年のはじまりでした」とあるが、先のブログ記事に書いたとおり旧暦正月は「雨水を含む月」であり冬至ではない。
それよりもヨーロッパのキリスト教以前の古い各種冬至のお祭りが収れんされて「クリスマス行事」が形成されたので、西暦の方が冬至と親和性が高い。
毎年、柚子湯と南瓜ぐらいは実行しているが、今年はささげご飯(赤ご飯)でも炊こうかと思っている。
鳥インフルエンザがいつのころからあったのかは知らないが、冬至から始まる冬季を畏れて春の農作業の無事を祈った先人の心はよくわかる。
高齢者にとっては自然現象でも政治の局面でも厳しい季節である。
だが「一陽来復」には「よくないことが続いたのち良い方向に転じること」という意味もある。
母曰くあほでもわかる冬至哉
新しいといえば、そこにはQRコードが付いていて、そのQRコードをスマホで読み取ると解説が出てくる。
算額というと冲方丁著『天地明察』を思い出す。そして先人の天文や暦に関する高度な知恵にはほとほと感心する。
「調査無くして発言なし」はルイ・サイヤンの言葉だっただろうか、日蝕、月蝕、それに星の出現(時と方角と高さ)「ご明察」の大前提は精確な観測でもある。
私などは、「カレンダーを使わずに2016年12月21日が冬至であることを証明せよ」と言われても途方に暮れる。
京・大阪あたりで日の入りが一番早いのは11月30日から12月9日であったらしい。
日の出が一番遅くなるのは2017年1月4日から11日とされている。
日の入りや日の出の時の山の場所(大阪であれば生駒山や淡路島の山)にどれほどの違いがあるのだろう。
真南をどのように特定するかもあるし、その南中の太陽高度の低さは棒を立ててその陰で測って解るのだろうか、そんなことも解らず1億人が「今日は冬至だ」と信じていることも考えようによっては怖い。
先日は『持統3年12月8日は西暦690年だ』と書いたが、「難しすぎて解らん」とのコメントもいただいたが、「今日が冬至だ」ということの方が難しい。
それでもきっと太陽は今日、南回帰線(南緯23度27分)を通っている(厳密に言えば見かけだが)のだろう。
陰陽道に基づく旧暦では「陰陽交互の季(とき)、陰極まって陽に復するとき」と言われ、それが『一陽来復』ということである。
そして私は毎年冬至を迎えると、「一陽」という名の非常にお世話になった先輩を思い出す。
そろそろゆっくりと酒を酌み交わして昔語りをしたいと思っている間に逝かれてしまった。
さて「一陽来復」は、感覚的にも春の遠くないことを教えてくれる。
義母から聞いた諺では「冬至十日はあほでもわかる」で、冬至から十日もすれば日が長くなり始めたなあとあほでもわかるという。
全国では、「冬至十日前から藁の節だけ日が長くなる」とか「米の粒だけ日が伸びる」「畳の目だけ日が伸びる」というのもあるらしい。
『日本の七十二候を楽しむ』という本には「古代には冬至が一年のはじまりでした」とあるが、先のブログ記事に書いたとおり旧暦正月は「雨水を含む月」であり冬至ではない。
それよりもヨーロッパのキリスト教以前の古い各種冬至のお祭りが収れんされて「クリスマス行事」が形成されたので、西暦の方が冬至と親和性が高い。
毎年、柚子湯と南瓜ぐらいは実行しているが、今年はささげご飯(赤ご飯)でも炊こうかと思っている。
鳥インフルエンザがいつのころからあったのかは知らないが、冬至から始まる冬季を畏れて春の農作業の無事を祈った先人の心はよくわかる。
高齢者にとっては自然現象でも政治の局面でも厳しい季節である。
だが「一陽来復」には「よくないことが続いたのち良い方向に転じること」という意味もある。
母曰くあほでもわかる冬至哉
2016年12月19日月曜日
お餅つきは介護に欠かせない
特養の家族会に施設から秋に「今年のお餅つきはスタッフの人手が足りないので、餅つき機を購入してそれで蒸して、その後杵でつきたい」と話があったので、それなら「蒸す作業一式は家族会が担当したい」と申し出て、今般実際に担当した。
そこで、先日の記事で紹介した薪カマド、羽釜、蒸し器等々付属するいろいろを含めて私が持参してお米を蒸した。
薪をくべて、薪の煙の匂いともち米の匂いが広がると、何人かの入居者が心の底から懐かしそうにカマドの周りに集まって来てくれた。
作業をしている当の家族会、つまり息子や娘の方はこんなのを本格的に見るのは初めてというような人が多かったが、入居者の方はかつて「へっついさん」で煮炊きしていた経験者がほとんどだ。
主婦やなんかで、ある意味現役バリバリの頃を思い出したのだろう、ほんとうに日ごろ見なかったような笑顔が広がった。
その笑顔だけで準備をした甲斐があった。
特に義母には、「このカマドもお釜も蒸し器も、みんなお祖母ちゃんが使うてたもんやで」というと、少し恥ずかしそうにそして自慢そうに笑ってくれた。
杵は、子ども用よりもう一つ小さい幼児用というのを持参したら、入居者で元気についてくれる方もいたし、スタッフが止めたが「つきたい」と出てこられる方もおられた。
さらに発泡スチロールで作った杵を3本用意して、あちこちで「エア餅つき」をしてもらった。さらには何人かには車いすに乗ってでもその杵?でついてもらった。
発泡スチロール製かどうかなどは問題ではない。みんな本気でついてくれたし、そういう風に周りも応援してくれた。
自画自賛ではないが、楽しいひと時と懐かしい回想を提供できたと思う。
ある入居者の家族などは「こんな楽しい見納め?ができてよかったね」と親御さんに話されていた。おいおいおい。
自慢ではないが、蒸し加減もよく見事なお餅がつきあがった。計画どおりの時刻に丁度よく蒸し揚げて、結局自慢である。
親孝行昔ながらのお餅つき
そこで、先日の記事で紹介した薪カマド、羽釜、蒸し器等々付属するいろいろを含めて私が持参してお米を蒸した。
薪をくべて、薪の煙の匂いともち米の匂いが広がると、何人かの入居者が心の底から懐かしそうにカマドの周りに集まって来てくれた。
作業をしている当の家族会、つまり息子や娘の方はこんなのを本格的に見るのは初めてというような人が多かったが、入居者の方はかつて「へっついさん」で煮炊きしていた経験者がほとんどだ。
主婦やなんかで、ある意味現役バリバリの頃を思い出したのだろう、ほんとうに日ごろ見なかったような笑顔が広がった。
その笑顔だけで準備をした甲斐があった。
特に義母には、「このカマドもお釜も蒸し器も、みんなお祖母ちゃんが使うてたもんやで」というと、少し恥ずかしそうにそして自慢そうに笑ってくれた。
杵は、子ども用よりもう一つ小さい幼児用というのを持参したら、入居者で元気についてくれる方もいたし、スタッフが止めたが「つきたい」と出てこられる方もおられた。
さらに発泡スチロールで作った杵を3本用意して、あちこちで「エア餅つき」をしてもらった。さらには何人かには車いすに乗ってでもその杵?でついてもらった。
発泡スチロール製かどうかなどは問題ではない。みんな本気でついてくれたし、そういう風に周りも応援してくれた。
自画自賛ではないが、楽しいひと時と懐かしい回想を提供できたと思う。
ある入居者の家族などは「こんな楽しい見納め?ができてよかったね」と親御さんに話されていた。おいおいおい。
自慢ではないが、蒸し加減もよく見事なお餅がつきあがった。計画どおりの時刻に丁度よく蒸し揚げて、結局自慢である。
親孝行昔ながらのお餅つき
2016年12月18日日曜日
鐘が鳴るなり東大寺
奈良・東大寺転害門の少し南に天平倶楽部という日本料理店があり、子規の庭という庭がある。
ここには江戸末期から大正時代にかけて對山楼・角定(たいざんろう・かどさだ)という旅館があり、著名な文人、学者、政府要人などが数多宿泊した。
正岡子規も人生最後の旅行の際、明治28年10月に4日間逗留した。
その時の日記に、「下女は、直径2尺5寸もありそうな大丼鉢に山の如く柿を盛ってきた。・・・柿も旨い。場所もよい。余はうっとりとしてゐるとポーンという釣鐘の音がひとつ聞こえた。彼女は「初夜※が鳴る」といふて、尚柿をむき続けてゐる。・・・あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるといふ」とある。
このため、このときの印象を温めたまま法隆寺に行って、かの有名な俳句を詠んだと言われている。
素人には法隆寺でなく東大寺でも一向に構わないと思うのだが、天平時代創建の東大寺よりも飛鳥時代創建の法隆寺にする方が空間と時間の広がりを感じさせると、ものの本にある。
つまり、素直に写生すれば、「柿食へば鐘が鳴るなり東大寺」なのである。
写真は東大寺勧学院近くの柿の木。東大寺福祉療育病院の前。
これでもかと東大寺の柿は言ひ
※ 初夜(そや) 広辞苑では「漏刻で亥の二刻から子の二刻までの称」とある。外に、「戌の刻。その時間に行われる勤行」や「夜を三分した最初の刻。その時の勤行」や「夜の最初の鐘(初夜の鐘)」という解説もあり、下女(実は子規の勘違いで對山楼の女主人との説もある)がどういう意味で使い、子規がどう理解したのかは私は知らないが、上述の日記(くだものという随筆になっている)に、「ある夜、夕飯も過ぎて後・・」とあるから夜の6時から8時頃と想像しても大きくは外れていないように思う。
ここには江戸末期から大正時代にかけて對山楼・角定(たいざんろう・かどさだ)という旅館があり、著名な文人、学者、政府要人などが数多宿泊した。
正岡子規も人生最後の旅行の際、明治28年10月に4日間逗留した。
その時の日記に、「下女は、直径2尺5寸もありそうな大丼鉢に山の如く柿を盛ってきた。・・・柿も旨い。場所もよい。余はうっとりとしてゐるとポーンという釣鐘の音がひとつ聞こえた。彼女は「初夜※が鳴る」といふて、尚柿をむき続けてゐる。・・・あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるといふ」とある。
このため、このときの印象を温めたまま法隆寺に行って、かの有名な俳句を詠んだと言われている。
素人には法隆寺でなく東大寺でも一向に構わないと思うのだが、天平時代創建の東大寺よりも飛鳥時代創建の法隆寺にする方が空間と時間の広がりを感じさせると、ものの本にある。
つまり、素直に写生すれば、「柿食へば鐘が鳴るなり東大寺」なのである。
写真は東大寺勧学院近くの柿の木。東大寺福祉療育病院の前。
これでもかと東大寺の柿は言ひ
※ 初夜(そや) 広辞苑では「漏刻で亥の二刻から子の二刻までの称」とある。外に、「戌の刻。その時間に行われる勤行」や「夜を三分した最初の刻。その時の勤行」や「夜の最初の鐘(初夜の鐘)」という解説もあり、下女(実は子規の勘違いで對山楼の女主人との説もある)がどういう意味で使い、子規がどう理解したのかは私は知らないが、上述の日記(くだものという随筆になっている)に、「ある夜、夕飯も過ぎて後・・」とあるから夜の6時から8時頃と想像しても大きくは外れていないように思う。
2016年12月17日土曜日
真田丸の堀の上
16日にNHK歴史秘話ヒストリアが真田丸の堀を考古学的に調べていたが、実は私の(父親の)家は先の大阪大空襲までその堀の上にあった。
正確には堀の外(南側)かもしれない。
その地の旧家ということで、東高津神社の鳥居には父親の名前もある。
私は三男坊の末子ということもあり、あまりわが家の家系などに興味もなく過ごしてきたし、私自身が戦後生まれであるから、この地で育ったという郷愁もない。
しかし、その番組を見て少しだけ興味が湧いたので、過去帳の写しを眺めてみた。
すると、少なくとも11代前からそこに住んでいたようで、初代の妻が亡くなったのは享保年間(1716~)だった。
50歳で亡くなったとすると寛文年間(1661~)頃に生まれたことになるから、徳川第4代将軍家綱、5代綱吉の頃に大阪に住んでいたことになる。
なお、そのころ宗門改めの徹底がなされたというから、わが家の過去帳が整備されたのがこの頃ということで、もっと以前から住んでいたのかもしれない。
いずれにしても、大坂夏の陣(1615年)が終ってからそう遠くなく住み始めていた可能性が高い。
誰だって木の股から生まれたわけではないから、どの家系にも歴史はある筈だが、武家でももちろん公家でもない家で、たまたま過去帳の写しがあり、大坂夏の陣近くまで想像できたので、ちょっと感慨深いものがある。
真田丸の堀の南側というと、大坂冬の陣で幸村が大勝し、徳川の兵の屍累々だったと言われているが、大阪では元墓場の上に家を建てると商売が繁盛すると喜ばれていた。
冬ざれや浪速の丘の真田丸
正確には堀の外(南側)かもしれない。
その地の旧家ということで、東高津神社の鳥居には父親の名前もある。
私は三男坊の末子ということもあり、あまりわが家の家系などに興味もなく過ごしてきたし、私自身が戦後生まれであるから、この地で育ったという郷愁もない。
しかし、その番組を見て少しだけ興味が湧いたので、過去帳の写しを眺めてみた。
すると、少なくとも11代前からそこに住んでいたようで、初代の妻が亡くなったのは享保年間(1716~)だった。
50歳で亡くなったとすると寛文年間(1661~)頃に生まれたことになるから、徳川第4代将軍家綱、5代綱吉の頃に大阪に住んでいたことになる。
なお、そのころ宗門改めの徹底がなされたというから、わが家の過去帳が整備されたのがこの頃ということで、もっと以前から住んでいたのかもしれない。
いずれにしても、大坂夏の陣(1615年)が終ってからそう遠くなく住み始めていた可能性が高い。
誰だって木の股から生まれたわけではないから、どの家系にも歴史はある筈だが、武家でももちろん公家でもない家で、たまたま過去帳の写しがあり、大坂夏の陣近くまで想像できたので、ちょっと感慨深いものがある。
真田丸の堀の南側というと、大坂冬の陣で幸村が大勝し、徳川の兵の屍累々だったと言われているが、大阪では元墓場の上に家を建てると商売が繁盛すると喜ばれていた。
冬ざれや浪速の丘の真田丸
2016年12月16日金曜日
陰陽石
一昨日に太陰暦と太陽暦に関わる記事を書いたからではないが、続いて陰と陽の話である。
古くは縄文の遺跡からも石棒(せきぼう)=陽石は出土し、豊穣を願う素朴な信仰と考えられているが、弥生、古墳、奈良時代、否それ以降もそれは多々ある。
秋に貝塚・寺内町をOB会で散策したときも、女性の願いをかなえてくれるという摂社を持つ感田神社の環濠跡の池の中にそれは屹立してあった。
「日本文化の根底をなしているのは道教である」とは故福永光司先生の指摘だが、その教えでは「陰陽二気が交わって和気を生じ、その和気が万物を生じる」という。
なので、少なくとも古墳時代以降は、「素朴な信仰」というよりも「道教」の具現化だったのかもしれない。きっとそうだろう。
そしてその思想は、現代でも脈々とこの列島で承認されているように思う。
蛇足ながら福永光司先生は「道教の教えの根源は飲食男女である」と述べておられる。
さらに余談ながら、日本中が儒教の教え、縦型の文化で統一されていた頃、大阪の文化、より正確には大阪の堺の文化だけがそれについて行かなかったと述べて西鶴まで論を展開されている。以上、余談。
陰石は春に遠足に行った春日大社の裏参道、水谷神社の前の道にもあり、「子授け石」との表示があるがあまり目立たないから、知らずに跨ぐと想定外のことが起こるかも知れぬ。
さて、大阪市内に仁徳天皇ほかを祭る高津宮(高津神社)がある。
歌舞伎役者の襲名のお練りの出発点であったり、大きな芝居の成功祈願でも有名な上に、上方落語「高津の富」で大阪人なら、少なくともその名前を知らぬ人はない。
そして、ここの本殿の周辺に摂社があったりするのだが、その一角に陽石と陰石が祀られている。
目的意識的に祀られたのか、結果としてそのように見立てられて後年祀られたのかは知らないが、きちんと注連縄と鳥居もある。
陰石の横に北新地奉納の燈籠があるのには、「いったい何を祈願したのだろうか」と想像を逞しくしたくなる。
「建立しよう」と言い出した人がいて、ああでもないこうでもないと意見が出て・・・・、そのいきさつに興味が尽きない。
北新地のホステスさんの守り神なのだろうか。男性客を吸い込んでしまおうというのだろうか。解らない。
北風や新地の名前の石灯籠
古くは縄文の遺跡からも石棒(せきぼう)=陽石は出土し、豊穣を願う素朴な信仰と考えられているが、弥生、古墳、奈良時代、否それ以降もそれは多々ある。
秋に貝塚・寺内町をOB会で散策したときも、女性の願いをかなえてくれるという摂社を持つ感田神社の環濠跡の池の中にそれは屹立してあった。
「日本文化の根底をなしているのは道教である」とは故福永光司先生の指摘だが、その教えでは「陰陽二気が交わって和気を生じ、その和気が万物を生じる」という。
なので、少なくとも古墳時代以降は、「素朴な信仰」というよりも「道教」の具現化だったのかもしれない。きっとそうだろう。
そしてその思想は、現代でも脈々とこの列島で承認されているように思う。
蛇足ながら福永光司先生は「道教の教えの根源は飲食男女である」と述べておられる。
さらに余談ながら、日本中が儒教の教え、縦型の文化で統一されていた頃、大阪の文化、より正確には大阪の堺の文化だけがそれについて行かなかったと述べて西鶴まで論を展開されている。以上、余談。
陰石は春に遠足に行った春日大社の裏参道、水谷神社の前の道にもあり、「子授け石」との表示があるがあまり目立たないから、知らずに跨ぐと想定外のことが起こるかも知れぬ。
さて、大阪市内に仁徳天皇ほかを祭る高津宮(高津神社)がある。
歌舞伎役者の襲名のお練りの出発点であったり、大きな芝居の成功祈願でも有名な上に、上方落語「高津の富」で大阪人なら、少なくともその名前を知らぬ人はない。
そして、ここの本殿の周辺に摂社があったりするのだが、その一角に陽石と陰石が祀られている。
目的意識的に祀られたのか、結果としてそのように見立てられて後年祀られたのかは知らないが、きちんと注連縄と鳥居もある。
陰石の横に北新地奉納の燈籠があるのには、「いったい何を祈願したのだろうか」と想像を逞しくしたくなる。
「建立しよう」と言い出した人がいて、ああでもないこうでもないと意見が出て・・・・、そのいきさつに興味が尽きない。
北新地のホステスさんの守り神なのだろうか。男性客を吸い込んでしまおうというのだろうか。解らない。
北風や新地の名前の石灯籠
2016年12月14日水曜日
持統三年十二月己酉朔丙辰
カジノ法案が急展開した日にこんな呑気な記事をアップすることを許してほしい。
さて、日本書紀持統天皇三年に「十二月己酉朔丙辰雙六禁斷(しはす つちのととり の ひのえたつ のひ すごろくをいましめやむ)」とある。
この記録を引いて清水ただし衆議院議員が国会で「持統天皇の689年以来この国では賭博は禁止されている」とカジノ法案を批判し、毎日新聞なども少し含み笑いをしながらもこれを報じた。
この例えは、今回は清水議員発ではあるが以前に大門議員も引用していたもので、当時私は、枝葉末節のことながら、「持統三年十二月八日は西暦では689年ではなく690年ではないか」と大門さんのFBにコメントしたが、何方からもご教示はなかった。今回も私のFB等に載せてみたが同様だった。
なので、もう一度自分で確かめようと調べ始めたが、いざ手持ちの本やインターネットでは材料不足で遅々として進まなかった。
まず、日本書紀の中の暦にはいくらかの混乱があったりするところから引っかかってしまったが、結論を言えば、日本書紀の多くの部分は儀鳳暦で記述されているが持統三年時点は元嘉暦であることだった。ただし、持統紀の中でも「持統元年から五年まで」は結果として元嘉暦と儀鳳暦が一致するということだった。ここまで理解するのに時間がいった。
次に「己酉朔丙辰(つちのととり朔 の ひのえたつ)」を確かめるのにあちこちの本を読んでみると、この意味は「この十二月の朔(一日・ついたち)は六十干支の己酉であり、その丙辰の日」つまり己酉から順に・庚戌・辛亥・壬子・葵丑・甲寅・乙卯・丙辰と六十干支を数えて「八日目」、つまり「八日」だということにたどり着くのにもひと汗かいた。
以上で、「持統三年十二月八日」は確定した。
次は「和暦・西暦換算」だが、ネット上に「和暦・西暦対照表」というのがあり、それによると、持統三年十二月八日はグレゴリオ暦(要するに西暦)690年1月26日、ユリウス暦なら1月23日、干支年は己丑、干支日は丙辰とあった。
だが、他に同様のデータは見つからなかった。
国立天文台か古代史学会あたりが公表してくれてもいいようなものだが、残念ながらその種の権威あるデータにはたどり着けなかった。
そうではあるが、和暦(いわゆる旧暦)と西暦のおおよその関係は現代の暦からも推測は十分可能である。
そこで、そもそも和暦(太陰太陽暦)の正月元日の決め方だが、まず最初に新月(朔)を一日(ついたち)として29日の小の月と30日の大の月で月が決まる。太陽周期との誤差は閏月で調整する。
そういう「ひと月」を前提として、太陽周期(つまり1年)を冬至や立春や春分などというように二十四等分や七十二等分した二十四節気、七十二候の中の「雨水」を含む月が正月で、その頭の新月の日(朔)が正月の元日である。雨水は二十四節気の第2番目、正月中。立春の次が雨水。
誤解が多いのは立春だが、立春は月の満ち欠けとは関係ない。だから、旧正月は立春の前後になることが多いがリンクはしていない。場合によっては、正月前の「去年」の内に立春が来ることがあり「年内立春」と呼ばれる。二十四節気、七十二候の筆頭が立春であることや、「旧暦では立春を基準に日を数え始める」というような記述が本の中に多いので誤解を生じることが多い。
そんな薀蓄は聞かなくても、1月下旬から2月上旬あたりに旧正月があり、中国では大型連休で帰省の大旅行が起こったり、日本にも爆買いツアーがやってきたり、神戸・南京町や横浜・中華街で春節の獅子舞が出ることはニュースで誰もが知っている。
ということは、旧暦(和暦もそう)の11月や12月の一部が新暦(西暦)の新年になっていることは誰もが感覚では十分に知っていることで、全くもって珍しい話ではない。
だから、ネット上の「和暦・西暦対照表」はほゞ正しいと認めてもよいのでないか。
普通、年単位で対照する場合は、「持統三年イコール西暦689年」で何ら差支えないのだが、以上のとおり、旧暦の年末近くになると、旧暦では未だ正月には達していないが、新暦では既に新年の正月(1月)ということになる。
横道のついでに、新暦を太陽暦と呼ぶのなら、1月1日は冬至の翌日か立春の日にしておけばいろいろと解りやすかったようにも思う。これは横道。
結論として、持統三年十二月八日は西暦では既に新年になっていて西暦690年だった。
故に、真実を貴ぶ革新陣営の人々は、「誰かがそう言った」というようなことではなく、はっきりと「それは690年のことだった」と語ってほしいと私は思う。
ただ、基本的に私は門外漢であるので、以上の説に誤りがあればご教示をいただきたい。
冬の夜あっそうだったと独りごと
さて、日本書紀持統天皇三年に「十二月己酉朔丙辰雙六禁斷(しはす つちのととり の ひのえたつ のひ すごろくをいましめやむ)」とある。
この記録を引いて清水ただし衆議院議員が国会で「持統天皇の689年以来この国では賭博は禁止されている」とカジノ法案を批判し、毎日新聞なども少し含み笑いをしながらもこれを報じた。
この例えは、今回は清水議員発ではあるが以前に大門議員も引用していたもので、当時私は、枝葉末節のことながら、「持統三年十二月八日は西暦では689年ではなく690年ではないか」と大門さんのFBにコメントしたが、何方からもご教示はなかった。今回も私のFB等に載せてみたが同様だった。
なので、もう一度自分で確かめようと調べ始めたが、いざ手持ちの本やインターネットでは材料不足で遅々として進まなかった。
まず、日本書紀の中の暦にはいくらかの混乱があったりするところから引っかかってしまったが、結論を言えば、日本書紀の多くの部分は儀鳳暦で記述されているが持統三年時点は元嘉暦であることだった。ただし、持統紀の中でも「持統元年から五年まで」は結果として元嘉暦と儀鳳暦が一致するということだった。ここまで理解するのに時間がいった。
次に「己酉朔丙辰(つちのととり朔 の ひのえたつ)」を確かめるのにあちこちの本を読んでみると、この意味は「この十二月の朔(一日・ついたち)は六十干支の己酉であり、その丙辰の日」つまり己酉から順に・庚戌・辛亥・壬子・葵丑・甲寅・乙卯・丙辰と六十干支を数えて「八日目」、つまり「八日」だということにたどり着くのにもひと汗かいた。
以上で、「持統三年十二月八日」は確定した。
次は「和暦・西暦換算」だが、ネット上に「和暦・西暦対照表」というのがあり、それによると、持統三年十二月八日はグレゴリオ暦(要するに西暦)690年1月26日、ユリウス暦なら1月23日、干支年は己丑、干支日は丙辰とあった。
だが、他に同様のデータは見つからなかった。
国立天文台か古代史学会あたりが公表してくれてもいいようなものだが、残念ながらその種の権威あるデータにはたどり着けなかった。
そうではあるが、和暦(いわゆる旧暦)と西暦のおおよその関係は現代の暦からも推測は十分可能である。
そこで、そもそも和暦(太陰太陽暦)の正月元日の決め方だが、まず最初に新月(朔)を一日(ついたち)として29日の小の月と30日の大の月で月が決まる。太陽周期との誤差は閏月で調整する。
そういう「ひと月」を前提として、太陽周期(つまり1年)を冬至や立春や春分などというように二十四等分や七十二等分した二十四節気、七十二候の中の「雨水」を含む月が正月で、その頭の新月の日(朔)が正月の元日である。雨水は二十四節気の第2番目、正月中。立春の次が雨水。
誤解が多いのは立春だが、立春は月の満ち欠けとは関係ない。だから、旧正月は立春の前後になることが多いがリンクはしていない。場合によっては、正月前の「去年」の内に立春が来ることがあり「年内立春」と呼ばれる。二十四節気、七十二候の筆頭が立春であることや、「旧暦では立春を基準に日を数え始める」というような記述が本の中に多いので誤解を生じることが多い。
そんな薀蓄は聞かなくても、1月下旬から2月上旬あたりに旧正月があり、中国では大型連休で帰省の大旅行が起こったり、日本にも爆買いツアーがやってきたり、神戸・南京町や横浜・中華街で春節の獅子舞が出ることはニュースで誰もが知っている。
ということは、旧暦(和暦もそう)の11月や12月の一部が新暦(西暦)の新年になっていることは誰もが感覚では十分に知っていることで、全くもって珍しい話ではない。
だから、ネット上の「和暦・西暦対照表」はほゞ正しいと認めてもよいのでないか。
普通、年単位で対照する場合は、「持統三年イコール西暦689年」で何ら差支えないのだが、以上のとおり、旧暦の年末近くになると、旧暦では未だ正月には達していないが、新暦では既に新年の正月(1月)ということになる。
横道のついでに、新暦を太陽暦と呼ぶのなら、1月1日は冬至の翌日か立春の日にしておけばいろいろと解りやすかったようにも思う。これは横道。
結論として、持統三年十二月八日は西暦では既に新年になっていて西暦690年だった。
故に、真実を貴ぶ革新陣営の人々は、「誰かがそう言った」というようなことではなく、はっきりと「それは690年のことだった」と語ってほしいと私は思う。
ただ、基本的に私は門外漢であるので、以上の説に誤りがあればご教示をいただきたい。
冬の夜あっそうだったと独りごと
2016年12月13日火曜日
イルミネーションが見られない
老人ホームでは紅葉のライトアップの時期が終了し、今度はクリスマスのイルミネーションが始まった。
しかし、入所者の夜は早く、夕食が済んだら就寝する人も少なくない。
それに、車椅子と窓の位置の関係で、2階の方々にはほとんど見ることができないので、窓の下のイルミネーションをスマホで撮って、「実は毎晩、窓の外はこうなっているのだよ」と教えてあげなければならない。
老人ホームでは世間がこのように近くて遠い。
完全空調の室内には季節の変化も届きにくい。
「今日は雨ですね」と話しかけたら、「雨なんか降ってるのを見たことない」との返事が返ってきたこともある。
長寿が暦の月日だけの問題だとしたら悲しい。
だから明日はスマホを持って行って近くて遠い庭の話をしようと思う。
イルミネーションは点滅し、色を変え、サンタやトナカイは動きを繰り返して賑やかだが、建物の中は静まっている。
星冴えてイルミネーション止(とど)まらず
クリスマスの前にはお餅つきがある。
先日ホームセンターに行ったら、大人用の普通の杵と子供用の杵と並べて、幼児用の杵というのを売っていた。
あまりに可愛いので、つい衝動買いをしてしまった。
これなら元気な入所者は車椅子ででも搗くことができるかもしれない。
それも叶わない入所者には「エア餅つき」をしてもらうつもりだ。
「エア餅つき」用に発泡スチロール製のモスキート級の杵を何本か用意(手作り)する。
こんなことで一瞬でも季節を感じてくれればと思っている。
しかし、入所者の夜は早く、夕食が済んだら就寝する人も少なくない。
それに、車椅子と窓の位置の関係で、2階の方々にはほとんど見ることができないので、窓の下のイルミネーションをスマホで撮って、「実は毎晩、窓の外はこうなっているのだよ」と教えてあげなければならない。
老人ホームでは世間がこのように近くて遠い。
完全空調の室内には季節の変化も届きにくい。
「今日は雨ですね」と話しかけたら、「雨なんか降ってるのを見たことない」との返事が返ってきたこともある。
長寿が暦の月日だけの問題だとしたら悲しい。
だから明日はスマホを持って行って近くて遠い庭の話をしようと思う。
イルミネーションは点滅し、色を変え、サンタやトナカイは動きを繰り返して賑やかだが、建物の中は静まっている。
星冴えてイルミネーション止(とど)まらず
クリスマスの前にはお餅つきがある。
先日ホームセンターに行ったら、大人用の普通の杵と子供用の杵と並べて、幼児用の杵というのを売っていた。
あまりに可愛いので、つい衝動買いをしてしまった。
これなら元気な入所者は車椅子ででも搗くことができるかもしれない。
それも叶わない入所者には「エア餅つき」をしてもらうつもりだ。
「エア餅つき」用に発泡スチロール製のモスキート級の杵を何本か用意(手作り)する。
こんなことで一瞬でも季節を感じてくれればと思っている。
2016年12月12日月曜日
日本維新の会は詐欺集団だと思う
神戸新聞NEXT 12/11(日) 7:30配信の記事である。大見出しは「旧維新の党支部 政党交付金8700万、謎の還流」である。こんな詐欺集団を放置しておいてよいものだろうか。以下に記事を転載する。
旧維新の党から「おおさか維新の会」(現・日本維新の会)に参加した国会議員などが代表を務め、解散が決まった全国の21支部が、新設の政治団体「なんば維新」に計約8700万円の政党交付金を寄付していたことが10日、神戸新聞社の調査で分かった。政党助成法では寄付行為を禁じていないが、専門家らは「解散時の残金を国に返還するよう実質的に定められている」と、一連の現金移動を疑問視している。(小川 晶、紺野大樹、大盛周平)
総務省によると、なんば維新の設立届提出は昨年12月11日。所在地はおおさか維新の本部と同じで、代表者と会計責任者は同党関係者が就いていた。
同省が公表した政党交付金の使途等報告書によると、同12月下旬に全国の21支部が計約8700万円をなんば維新に寄付していた。兵庫県関係でも、参院県選挙区第1支部が約1900万円、参院比例区第53支部が約1100万円を寄付し、2支部とも同月31日に解散していた。
なんば維新の会計責任者は、神戸新聞社の取材に「お金を一時的にプールするためになんば維新を使った」と説明。寄付された政党交付金は、なんば維新が解散する2016年3月10日までに、おおさか維新の各支部などへ政治資金として戻したという。県内の支部関係者は「おおさか維新に政党交付金が出る16年4月までの活動資金として必要だった」などと話している。
政党助成法では、支部解散時の残金返還を総務相が命じることができると規定している。市民団体「政治資金オンブズマン」共同代表の上脇博之・神戸学院大教授(憲法学)は「原資が税金である以上、総務相が返還を求めない選択肢はなく、実質的な義務と解釈できる」と指摘。「政党の分裂や合流による支部の解散はあくまで政党側の都合で、残金は国庫に返納するのが筋。解散直前に寄付で移す行為は『返納逃れ』と捉えられても仕方がない。政党に交付した現金を他の政治団体に自由に移せる制度そのものの問題も大きい」としている。
【維新の党】日本維新の会と結いの党が合流して2014年9月に誕生した。最高顧問を務めていた橋下徹氏が党運営をめぐり執行部と対立し、15年8月に離党。同10月、おおさか維新の会の結党大会を開いた。維新の党は16年3月に民主党と合流し、民進党となった。
【政党交付金】直近の国勢調査の人口に250円を乗じた金額を基準に、国会議員数と国政選挙の得票率に応じ、年4回に分けて支給する。2015年の総額は約320億円。維新の党は約27億円を受け取った。分裂騒動では取り扱いが問題になり、同年12月8日に「必要経費を精算した後の残金」を返納することで双方が合意したが、直後に全国の支部に6億円近くを分配しており、その一部がなんば維新に流れていたことになる。同党が解散後の16年9月に明らかにした返還額は約2億円だった。
背中(せな)寒し巧言令色鮮し仁
背中(せな)寒し巧言令色鮮し仁
2016年12月11日日曜日
探鳥会を案内する
| ジョウビタキのペア |
http://usukuchimonndou.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html
両側町とは背割り方式ともいい、道を挟んだお向かい同士が同じ町内を構成することで、私は街のコミュニティの上では有意義なものだとコメントした。
それを、判り難いだとか、郵便配達し辛いだとかといって、道路で囲まれた区画単位にしたのは比較的新しいことで、今ではその方が標準になっている。
そのおかげで?、わが家などはお向かいさんが違う町内というか、全く違う自治体というようになっている。
そういう中で、斜め向かいの隣の自治体の奥さんから私に、頼まれごとがあった。
「友人たちとバードウォッチングをしたいので案内してほしい」と。
かくして、両側町的付き合いでバードウォッチングの案内をした。
案内する上はできるだけ珍しい野鳥をたくさん見せてあげたいが、今冬は鳥インフルエンザのせいだろうか?私の実感で言えば野鳥が少ない。
少々残念だが、自然相手というものはこういうものだろう。
それでも、カワラヒワやメジロの大群をじっくり見ることができて、ちょうど光(天気)の加減もよくて、「きれいだ、きれいだ」と喜んでもらうことができた。
最後にには一瞬だったがシロハラも出てきてくれた。
私自身久しぶりのバードウォッチングを楽しんだ。
それにしても今冬は野鳥が少ない。
北の地で何があったのだろうか。
鼻水で先生になる探鳥会
【余禄】 昨日の記事の臘梅だが、この香り高く美しい花をヒヨドリが啄ばむので少々困っていたが、昨日はヒヨドリが葉っぱをムシャムシャと食べていた。ヒヨドリが臘梅の葉を食べるなどということは聞いたことも読んだこともなかったが、実際に食べているのだから仕方がない。掲載したのはその証拠写真。
2016年12月10日土曜日
年年歳歳
つい先日も近しい人の訃報に接し、『歳歳年年人不同』(歳歳年年、人、同じからず)が実感として心に染みる年頃になった。
が、今日のブログは『年年歳歳花相似』(年年歳歳、花、あい似たり)の方である。
わが家の臘梅は律儀というか少しせっかち気味で、新暦で臘月(12月)の声を聞くと開花を始める。
まだ落葉も済まないうちから咲き始めるので、残った葉っぱで目立たないのだが、庭中に清々しい芳香が漂うので開花を知る。
という話を、毎年12月のこの頃に記事を書くので『年年歳歳花相似』とはよく言ったものだと毎年自分で感心する。
蝋細工のようなきれいな花なので蝋梅という説もあるが、私の狭い実感としては臘月に咲くので臘梅である。
「そこまで言うなら旧暦で語るべし」という批判もあろうが、そこは勝手にスルーする。
私の体には、「臘梅の匂いがしてきた」「ああ臘月(12月)だなあ」という体内暦が染みついているのだ。
実は、この臘梅のすぐ横にリラ(ライラック)の木を植えていたので、長い間日陰の身であったが、ある年にリラを伐採してからいっぺんに元気になってきた。ただ、ナラ枯れと思われる症状で大きな幹を昨年枯らしたが、その部分を伐採して本体を守ることができた。
庭の中では狭い端っこに生えているのだが、少し剪定を控えて大きくしようかと思い始めている。
そして、毎年、『年年歳歳花相似 歳歳年年人不同』などと偉そうに口にできたら幸せだと思う。
臘梅は臘月に咲く律義者
臘梅の香は新春を予感させ
が、今日のブログは『年年歳歳花相似』(年年歳歳、花、あい似たり)の方である。
わが家の臘梅は律儀というか少しせっかち気味で、新暦で臘月(12月)の声を聞くと開花を始める。
まだ落葉も済まないうちから咲き始めるので、残った葉っぱで目立たないのだが、庭中に清々しい芳香が漂うので開花を知る。
という話を、毎年12月のこの頃に記事を書くので『年年歳歳花相似』とはよく言ったものだと毎年自分で感心する。
蝋細工のようなきれいな花なので蝋梅という説もあるが、私の狭い実感としては臘月に咲くので臘梅である。
「そこまで言うなら旧暦で語るべし」という批判もあろうが、そこは勝手にスルーする。
私の体には、「臘梅の匂いがしてきた」「ああ臘月(12月)だなあ」という体内暦が染みついているのだ。
実は、この臘梅のすぐ横にリラ(ライラック)の木を植えていたので、長い間日陰の身であったが、ある年にリラを伐採してからいっぺんに元気になってきた。ただ、ナラ枯れと思われる症状で大きな幹を昨年枯らしたが、その部分を伐採して本体を守ることができた。
庭の中では狭い端っこに生えているのだが、少し剪定を控えて大きくしようかと思い始めている。
そして、毎年、『年年歳歳花相似 歳歳年年人不同』などと偉そうに口にできたら幸せだと思う。
臘梅は臘月に咲く律義者
臘梅の香は新春を予感させ
2016年12月9日金曜日
トルコの現状
朝日新聞で11月29日に掲載された主に弁護士たちで立ち上げた「一人一票実現国民会議」の意見広告の一部(冒頭部分)を転載すると・・・
1 エルドアン・トルコ大統領は、軍の一部によるクーデターの未遂事件を理由に、2016/7/20,緊急事態宣言を発し、1ヵ月間に、
1⃣ 3万5022人を、逮捕・拘束し、
2⃣ 8万1000人強を、免職や停職の処分にし(CNNニュース)、
3⃣ 同時に、同大統領は、言論の自由を停止し、報道機関・131社(通信社・3社、テレビ局・16局、ラジオ局・23局、出版社・29社を含む)を閉鎖しました(BBCニュース)。
2 しかし、日本の新聞、テレビは、【エルドアン大統領の緊急事態宣言の発令に関する詳しい情報】を大きく報道していません。
そのため、日本国民(1億2000万人)のほとんどは、
① 【トルコ大統領が、本件7月に緊急事態宣言を発して強権政治を行っているという事実】にも、
② 【緊急事態宣言の怖さ】にも、
気づいていません。
・・・・・と記載して、自民党憲法改正案の緊急事態宣言(98条、99条)の危険性を指摘すると同時に、同改憲案47条が「一人一票」を否定し恣意的な選挙区と定数を構想していることを批判している。
全く同感だ。
それにしても、自分たちジャーナリズムの根幹に関わるこの問題を日本のマスコミはどうしてスルーするのだろう。
エルドアンの強権政治を批判することは同種の安倍政権への批判と「邪推?」されないかとびくびくしているのだろうか。
麻生大臣が「・・・ナチスの憲法改正・・・あの手口に学んだらどうかね」といみじくも教えてくれたとおり、安倍自公政権の強権政治に麻痺したのでは取り返しのつかない明日が待っている。
今日の記事は少々硬い話になったのでお口直しに拙いジョークをひとつ…
「実はドイツはアメリカに対抗するために密かにキューバのスポンサーとして同国を支援していた」ことをご存知か?
それが証拠には、フィデル・カストロはadidas(本社ドイツ・バイエルン州)のトレーニングウェアを愛用してスポンサー契約に応じていた。
カリブから一報はadidas姿なり
1 エルドアン・トルコ大統領は、軍の一部によるクーデターの未遂事件を理由に、2016/7/20,緊急事態宣言を発し、1ヵ月間に、
1⃣ 3万5022人を、逮捕・拘束し、
2⃣ 8万1000人強を、免職や停職の処分にし(CNNニュース)、
3⃣ 同時に、同大統領は、言論の自由を停止し、報道機関・131社(通信社・3社、テレビ局・16局、ラジオ局・23局、出版社・29社を含む)を閉鎖しました(BBCニュース)。
2 しかし、日本の新聞、テレビは、【エルドアン大統領の緊急事態宣言の発令に関する詳しい情報】を大きく報道していません。
そのため、日本国民(1億2000万人)のほとんどは、
① 【トルコ大統領が、本件7月に緊急事態宣言を発して強権政治を行っているという事実】にも、
② 【緊急事態宣言の怖さ】にも、
気づいていません。
・・・・・と記載して、自民党憲法改正案の緊急事態宣言(98条、99条)の危険性を指摘すると同時に、同改憲案47条が「一人一票」を否定し恣意的な選挙区と定数を構想していることを批判している。
全く同感だ。
それにしても、自分たちジャーナリズムの根幹に関わるこの問題を日本のマスコミはどうしてスルーするのだろう。
エルドアンの強権政治を批判することは同種の安倍政権への批判と「邪推?」されないかとびくびくしているのだろうか。
麻生大臣が「・・・ナチスの憲法改正・・・あの手口に学んだらどうかね」といみじくも教えてくれたとおり、安倍自公政権の強権政治に麻痺したのでは取り返しのつかない明日が待っている。
今日の記事は少々硬い話になったのでお口直しに拙いジョークをひとつ…
「実はドイツはアメリカに対抗するために密かにキューバのスポンサーとして同国を支援していた」ことをご存知か?
それが証拠には、フィデル・カストロはadidas(本社ドイツ・バイエルン州)のトレーニングウェアを愛用してスポンサー契約に応じていた。
カリブから一報はadidas姿なり
2016年12月8日木曜日
薪カマドの改良
先日のお餅つき大会では薪(まき)カマドを使って「もち米」を蒸した。
薪をくべて羽釜でお湯を沸かすのだが、ガス等にはない独特の雰囲気が出る。
その炎と煙は文句なく人々を高揚させる。
老人ホーム家族会で話していた際、「餅つきは薪カマドで蒸すと入居者も喜ばないか」と話すと、「それはどんなものですか?BBQコンロみたいなものですか?」と、全くイメージがわかないスタッフがいたが無理もないことだ。
先日のお餅つき大会で3台用いた薪カマドの内の1つはわが家のカマドだが、妻の実家で使っていた年代もので、非常に単純な、いわば鋳物製の小型ドラム缶に火口があるようなものである。
だから、ホームセンターで売っている廉価なカマドよりも風格はあるのだが、性能はもうひとつであった。
そこで今般、次のように改良した。
ひとつは煙突等がないものだからどうも燃焼効率がよくないので、カマド上部と羽釜の羽との隙間を拡大した。
安い材料でいろんな方法を試したが、最終的に、余っていた鉄製の植木鉢スタンドの脚を鉄切鋸の刃で切断して逆立ちさせた。
二つ目は、薪の下に空間を作って空気を流れさせる台=ロストルがないので、ホームセンターでガスコンロの五徳と金網などを物色したが、バーベキュー用の金網代わりのロストルを見つけた。
問題はその下の空間をどう作るかで耐火煉瓦も考えたが、長さ50ミリのボルト、ナットと直径30ミリのワッシャーで脚を付けた。
この改良がどの程度有効かは近日試される。
ホームセンターに行けば廉価な薪カマドが売られているが、それを買ったのではこんな手作りの楽しみは味わえない。
暮来月(くれこづき)餅つき道具の手入れかな
薪をくべて羽釜でお湯を沸かすのだが、ガス等にはない独特の雰囲気が出る。
その炎と煙は文句なく人々を高揚させる。
老人ホーム家族会で話していた際、「餅つきは薪カマドで蒸すと入居者も喜ばないか」と話すと、「それはどんなものですか?BBQコンロみたいなものですか?」と、全くイメージがわかないスタッフがいたが無理もないことだ。
先日のお餅つき大会で3台用いた薪カマドの内の1つはわが家のカマドだが、妻の実家で使っていた年代もので、非常に単純な、いわば鋳物製の小型ドラム缶に火口があるようなものである。
だから、ホームセンターで売っている廉価なカマドよりも風格はあるのだが、性能はもうひとつであった。
そこで今般、次のように改良した。
ひとつは煙突等がないものだからどうも燃焼効率がよくないので、カマド上部と羽釜の羽との隙間を拡大した。
安い材料でいろんな方法を試したが、最終的に、余っていた鉄製の植木鉢スタンドの脚を鉄切鋸の刃で切断して逆立ちさせた。
二つ目は、薪の下に空間を作って空気を流れさせる台=ロストルがないので、ホームセンターでガスコンロの五徳と金網などを物色したが、バーベキュー用の金網代わりのロストルを見つけた。
問題はその下の空間をどう作るかで耐火煉瓦も考えたが、長さ50ミリのボルト、ナットと直径30ミリのワッシャーで脚を付けた。
この改良がどの程度有効かは近日試される。
ホームセンターに行けば廉価な薪カマドが売られているが、それを買ったのではこんな手作りの楽しみは味わえない。
暮来月(くれこづき)餅つき道具の手入れかな
2016年12月7日水曜日
暴走内閣の矛盾
TPPや年金削減法案の強行採決に続いてカジノ法案まで強行採決という政治を見せつけられると、正直なところ絶対少数の無力感を感じる。
そんな中、右翼組織日本会議をバックボーンとする暴走安倍首相が、今度は真珠湾でオバマ大統領とともに犠牲者を慰霊するという。
この見かけ上のギャップは何だろう。
私は感覚的に、「私が安倍首相なら1月総選挙だ」と言ってきたが、そこへ向けての必死のイメージづくりのような気がしてならない。
アベノミクスの大失敗は誰の目にも明らかになった。中心中の中心人物黒田日銀総裁自身が認めている。
財政も、リーマンショック直後の2009年度以来7年ぶりに年度途中で赤字国債を発行しなければならなくなった。
TPPや年金法案の悪法ぶりは日増しに広がっている。
カジノ法案に至っては、すべての商業新聞が批判している。
だからこの先、経済のイメージ、他国の悪口だけで保ってきた内閣支持率が高止まりするはずがない。
一番の忠犬ぶりを担ってきた籾井NHK会長の再選も閉ざされたようだ。
なので必死で「頼りになるリーダー」のイメージを作ろうと外交の大常識を踏み外してトランプ氏に一番乗りをしたが、これはアメリカ政府から強く叱られた上に、トランプ氏にも「TPPは離脱する」と歯牙にもかけられなかった。
プーチン氏には択捉、国後を放棄してでも小さな2島返還の感触だけでも匂わせてもらって話題を作ろうとしたが、一般新聞ですらがすでに失敗を見込んでいる。
そこで最後のイメージ戦略が真珠湾慰霊ではないのか。
そもそもそれは日本政府の発意でもなく、アメリカの外交問題評議会(CFR)が発行する隔月発行雑誌フォーリン・アフェアーズ・リポートが6月に日本政府に勧めていた行動だし、そこに乗ってトランプ詣で叱られたことへの謝罪というのが本質なのだろうが、統制されたメディアによって見かけは前向きに華々しく報道されることだろう。
「自虐史観の見直し」と「天皇退位反対」が首相の本心だろうが、選挙のためならどんな嘘でもつく男である。国会で、「自民党は強行採決など考えたこともなければしたこともない」としゃあしゃあと言ってのけたことは記憶に新しい。
真珠湾奇襲は謝罪せず、憲法解釈は変更し、駆けつけ警護部隊を送り出した。
その口で「慰霊と平和」を口にするのである。
唯一安倍首相にとって今ありがたいことは、野党第一党蓮舫・野田民進党の野党共闘への消極姿勢と、面舵いっぱい誘導する連合だろう。
だから、野党共闘の整わない間に解散総選挙と企んでいると私は推測する。
と考えると、先に書いた「年度途中赤字国債」も選挙用のバラマキだという底意が見えてくる。
本来は、日本の首相が真珠湾に行くことは良いことだろうが、マスコミのムードに流されずにその本質を見つめたい。
暴走内閣は強さの表れではなく、どうしようもない「行き詰まり」の結果であろう。
谷町筋の谷町8丁目に近松門左衛門の墓がある。
ビルとガソリンスタンドに挟まれた小さな入口の奥である。
あまりよくは知らないが、武士社会の行き詰まりと、登場した貨幣経済の、ある種残酷さを感じながら書かれた故にその戯曲は当時の庶民から大きな喝采を得たのではなかろうか。

現代大阪に二重写しを思うのは穿ち過ぎだろうか。
大阪市内の公明党代議士3名はカジノ法に賛成した。
まねき無き門左の墓にも師走かな
そんな中、右翼組織日本会議をバックボーンとする暴走安倍首相が、今度は真珠湾でオバマ大統領とともに犠牲者を慰霊するという。
この見かけ上のギャップは何だろう。
私は感覚的に、「私が安倍首相なら1月総選挙だ」と言ってきたが、そこへ向けての必死のイメージづくりのような気がしてならない。
アベノミクスの大失敗は誰の目にも明らかになった。中心中の中心人物黒田日銀総裁自身が認めている。
財政も、リーマンショック直後の2009年度以来7年ぶりに年度途中で赤字国債を発行しなければならなくなった。
TPPや年金法案の悪法ぶりは日増しに広がっている。
カジノ法案に至っては、すべての商業新聞が批判している。
だからこの先、経済のイメージ、他国の悪口だけで保ってきた内閣支持率が高止まりするはずがない。
一番の忠犬ぶりを担ってきた籾井NHK会長の再選も閉ざされたようだ。
なので必死で「頼りになるリーダー」のイメージを作ろうと外交の大常識を踏み外してトランプ氏に一番乗りをしたが、これはアメリカ政府から強く叱られた上に、トランプ氏にも「TPPは離脱する」と歯牙にもかけられなかった。
プーチン氏には択捉、国後を放棄してでも小さな2島返還の感触だけでも匂わせてもらって話題を作ろうとしたが、一般新聞ですらがすでに失敗を見込んでいる。
そこで最後のイメージ戦略が真珠湾慰霊ではないのか。
そもそもそれは日本政府の発意でもなく、アメリカの外交問題評議会(CFR)が発行する隔月発行雑誌フォーリン・アフェアーズ・リポートが6月に日本政府に勧めていた行動だし、そこに乗ってトランプ詣で叱られたことへの謝罪というのが本質なのだろうが、統制されたメディアによって見かけは前向きに華々しく報道されることだろう。
「自虐史観の見直し」と「天皇退位反対」が首相の本心だろうが、選挙のためならどんな嘘でもつく男である。国会で、「自民党は強行採決など考えたこともなければしたこともない」としゃあしゃあと言ってのけたことは記憶に新しい。
真珠湾奇襲は謝罪せず、憲法解釈は変更し、駆けつけ警護部隊を送り出した。
その口で「慰霊と平和」を口にするのである。
唯一安倍首相にとって今ありがたいことは、野党第一党蓮舫・野田民進党の野党共闘への消極姿勢と、面舵いっぱい誘導する連合だろう。
だから、野党共闘の整わない間に解散総選挙と企んでいると私は推測する。
と考えると、先に書いた「年度途中赤字国債」も選挙用のバラマキだという底意が見えてくる。
本来は、日本の首相が真珠湾に行くことは良いことだろうが、マスコミのムードに流されずにその本質を見つめたい。
暴走内閣は強さの表れではなく、どうしようもない「行き詰まり」の結果であろう。
谷町筋の谷町8丁目に近松門左衛門の墓がある。
ビルとガソリンスタンドに挟まれた小さな入口の奥である。
あまりよくは知らないが、武士社会の行き詰まりと、登場した貨幣経済の、ある種残酷さを感じながら書かれた故にその戯曲は当時の庶民から大きな喝采を得たのではなかろうか。
現代大阪に二重写しを思うのは穿ち過ぎだろうか。
大阪市内の公明党代議士3名はカジノ法に賛成した。
まねき無き門左の墓にも師走かな
2016年12月5日月曜日
餅つき大会 復命
今ではわが町内会最大の行事となったお餅つき大会が盛会裏に終了した。
昨日書いた「何かあったら」という心配事が「何もなかって」ホッとした。
全部で19臼搗きあげた。参加者は300人を超えた。
そんなわけで、なんとなく「自治会主催お餅つき大会」のモデル事業(成功例)のようになり、これから新たにお餅つき大会を始めようという近所の大規模マンション群の自治会からも勉強に来られた。
マンションとなると、もうほんとうに「お餅つきはしたことがない」という会員ばかりらしい。
普通には、近頃の自治会というとどこも女性陣が主流になり、社会人になりきれない会社人の参加が少ないものだが、わが行事の最大の特徴は「お爺さん」がたくさん参加しているところにある。
この爺さんパワーがカマドや臼周りの餅つき行事には欠かせない。
反対に言えば、回を重ねたお餅つき大会がお爺さんを家から呼び出したと言えるかもしれない。「懐かしいやないか」と。
会社では管理職であろう40代50代が、餅つき大会では爺さん連中から子供扱いされているのも可笑しい。
わが街は一言でいえば新興住宅地であるから、ともすれば希薄になりがちな住民どおしの交流がこのように進むのは防災や防犯上も意味があるはずだ。
「地域の絆」なんて言葉を百回繰り返すよりも値打ちがありはしないか。
さて、昨日の記事で述べた子どもの参加だが、結果としては丸める作業に挑戦した子は少なかった。この原因究明と対策はこの国の未来を左右しないか。
それでも、つき手の方には何人もが行列を作り、親が記念写真を撮ったりして大いに盛り上がった。女性陣もけっこうつき手に挑戦してくれた。
反省点もあるが、それは毎年少しずつ進歩すればよい。
もちつき会年寄の声いきいきと
【附録】 蒸して、搗いて、丸めるという餅つきは、黄河流域の、搗いて粉にして、丸めて、蒸すという中華の文化ではなく、長江流域の江南の文化である。
昨日書いた「何かあったら」という心配事が「何もなかって」ホッとした。
全部で19臼搗きあげた。参加者は300人を超えた。
そんなわけで、なんとなく「自治会主催お餅つき大会」のモデル事業(成功例)のようになり、これから新たにお餅つき大会を始めようという近所の大規模マンション群の自治会からも勉強に来られた。
マンションとなると、もうほんとうに「お餅つきはしたことがない」という会員ばかりらしい。
普通には、近頃の自治会というとどこも女性陣が主流になり、社会人になりきれない会社人の参加が少ないものだが、わが行事の最大の特徴は「お爺さん」がたくさん参加しているところにある。
この爺さんパワーがカマドや臼周りの餅つき行事には欠かせない。
反対に言えば、回を重ねたお餅つき大会がお爺さんを家から呼び出したと言えるかもしれない。「懐かしいやないか」と。
会社では管理職であろう40代50代が、餅つき大会では爺さん連中から子供扱いされているのも可笑しい。
わが街は一言でいえば新興住宅地であるから、ともすれば希薄になりがちな住民どおしの交流がこのように進むのは防災や防犯上も意味があるはずだ。
「地域の絆」なんて言葉を百回繰り返すよりも値打ちがありはしないか。
さて、昨日の記事で述べた子どもの参加だが、結果としては丸める作業に挑戦した子は少なかった。この原因究明と対策はこの国の未来を左右しないか。
それでも、つき手の方には何人もが行列を作り、親が記念写真を撮ったりして大いに盛り上がった。女性陣もけっこうつき手に挑戦してくれた。
反省点もあるが、それは毎年少しずつ進歩すればよい。
もちつき会年寄の声いきいきと
【附録】 蒸して、搗いて、丸めるという餅つきは、黄河流域の、搗いて粉にして、丸めて、蒸すという中華の文化ではなく、長江流域の江南の文化である。
2016年12月4日日曜日
餅つき禁止!?
昨日は「町内餅つき大会」の準備作業だった。
ということは、今日は本番になる。
さて、先週、日本農業新聞が「食中毒防止の観点から餅つき禁止の自治体が出てきて、餅つき行事を中止した団体もある」と報じた。
テレビの「ちちんぷいぷい」でもよく似た内容の報道がされたし、タイミングよく??わが家のポストに京都府のノロウイルスのチラシも全戸配布された。
数年前から餅つきを止めた団体も近くに幾つかある。
この種の話は昨年も書いたことなのだが、わが地域の保健所は何年か前から「登録された特定の人しかお餅を触らないよう」指導してきた。なので、ここ数年、自治会では子どもたちに丸めさせないようにしてきた。私の「反対意見」は通らなかった。保健所は杵でつく人も特定するようにといってきたが、さすがにこれはあまりに馬鹿馬鹿しいので無視してきた。
また、別の話だが、わが自治会では使用していないのだが、プロパンガスの使用について消防署は否定的な言葉を吐き、薪コンロにするというと、野焼き禁止だダイオキシンだという話が役所から出る。
ボランティアでイベントをするのもいやはや大変なのだ。
元に戻って、厚生労働省監視安全課によると、餅つきを原因とした食中毒発生件数の統計はないという。ないのだ、
もし、統計に基づいて少しでも可能性のあることを禁止するというなら、仕出し弁当や外食産業は全面的に廃業させなければならないことになるだろう。なぜなら、その業種での食中毒は時々報じられている。
なので結局、弱い者いじめ、小さい者いじめ的に「起こったら大変だ」という思想がこの瑞穂の国を席巻しているわけだ。(またまた横道だが、カジノ法案で依存症が増えて事件を起こすようなことが増えるのはこれは間違いないことなのだが、その件では「起こったら大変だ」と言わないのも不思議だが、それはまあおいて置こう)
クレーマーが善とされ、「責任者出てこい」を一番恐れる役所にも同情しないわけでもないし、そもそも企業では成果主義が善とされ、「何かが起こったら」減点されるものだから、賢明な選択が「何もしない」「少しでも危険性のあることは止めとこう」「見て見ない振りをする」となるのもむべなるかなである。
以上のこと以外にも、重い杵で餅をつくのだし、熱湯が行き来するから、餅つき行事はけっこうなリスクがあるのも事実だ。ということを言えばほんとうにキリがない。
そこでわが自治会だ・・・。
前述のようにここ数年は「限られた人だけで丸めてきた」が、今年はついに「手洗いの徹底とビニール手袋の使用を前提に子どもたちにも丸めさせよう」と素晴らしい決定をした。
「伝統だ、文化だ」といいながら何もさせない。ただ見ときなさいではよくないと一致した。
手洗いが不十分な子供を見つけたら役員でなくても徹底させればいいのだ。結局、世間一般では大人が大人でなくなっていないか。
他家の子をよう叱れない大人が、見て見ぬふりをして、常に自分を「お客様」の位置においておいて「何かがあったら」クレームをつける。
食中毒の心配よりも、この国の大人の未熟さの方が私は哀しい。
わが自治会は偉い!
今日は本番だ。
冬ざれや餅つきするなのニュースあり
ということは、今日は本番になる。
さて、先週、日本農業新聞が「食中毒防止の観点から餅つき禁止の自治体が出てきて、餅つき行事を中止した団体もある」と報じた。
テレビの「ちちんぷいぷい」でもよく似た内容の報道がされたし、タイミングよく??わが家のポストに京都府のノロウイルスのチラシも全戸配布された。
数年前から餅つきを止めた団体も近くに幾つかある。
この種の話は昨年も書いたことなのだが、わが地域の保健所は何年か前から「登録された特定の人しかお餅を触らないよう」指導してきた。なので、ここ数年、自治会では子どもたちに丸めさせないようにしてきた。私の「反対意見」は通らなかった。保健所は杵でつく人も特定するようにといってきたが、さすがにこれはあまりに馬鹿馬鹿しいので無視してきた。
また、別の話だが、わが自治会では使用していないのだが、プロパンガスの使用について消防署は否定的な言葉を吐き、薪コンロにするというと、野焼き禁止だダイオキシンだという話が役所から出る。
ボランティアでイベントをするのもいやはや大変なのだ。
元に戻って、厚生労働省監視安全課によると、餅つきを原因とした食中毒発生件数の統計はないという。ないのだ、
もし、統計に基づいて少しでも可能性のあることを禁止するというなら、仕出し弁当や外食産業は全面的に廃業させなければならないことになるだろう。なぜなら、その業種での食中毒は時々報じられている。
なので結局、弱い者いじめ、小さい者いじめ的に「起こったら大変だ」という思想がこの瑞穂の国を席巻しているわけだ。(またまた横道だが、カジノ法案で依存症が増えて事件を起こすようなことが増えるのはこれは間違いないことなのだが、その件では「起こったら大変だ」と言わないのも不思議だが、それはまあおいて置こう)
クレーマーが善とされ、「責任者出てこい」を一番恐れる役所にも同情しないわけでもないし、そもそも企業では成果主義が善とされ、「何かが起こったら」減点されるものだから、賢明な選択が「何もしない」「少しでも危険性のあることは止めとこう」「見て見ない振りをする」となるのもむべなるかなである。
以上のこと以外にも、重い杵で餅をつくのだし、熱湯が行き来するから、餅つき行事はけっこうなリスクがあるのも事実だ。ということを言えばほんとうにキリがない。
そこでわが自治会だ・・・。
前述のようにここ数年は「限られた人だけで丸めてきた」が、今年はついに「手洗いの徹底とビニール手袋の使用を前提に子どもたちにも丸めさせよう」と素晴らしい決定をした。
「伝統だ、文化だ」といいながら何もさせない。ただ見ときなさいではよくないと一致した。
手洗いが不十分な子供を見つけたら役員でなくても徹底させればいいのだ。結局、世間一般では大人が大人でなくなっていないか。
他家の子をよう叱れない大人が、見て見ぬふりをして、常に自分を「お客様」の位置においておいて「何かがあったら」クレームをつける。
食中毒の心配よりも、この国の大人の未熟さの方が私は哀しい。
わが自治会は偉い!
今日は本番だ。
冬ざれや餅つきするなのニュースあり
2016年12月3日土曜日
ヒリヒリ、アツアツ
私は20代後半には東京にいて、陳建民(1919-1990)氏のグループの店のヒリヒリと超辛くて旨い麻婆豆腐の虜になったが、関西に帰ってからは食べる機会を逸していた。
そして、それよりも前の20代前半にはよく大阪千日前の珉珉で皮の薄い餃子を食べていたが、これもその後あまり食べる機会がなくなっていた。その理由は別になく、歳とともに少しお洒落な店に行ったからだろうか。
で先日、古書を渉猟しようと思ってわざわざ千日前ビッグカメラ西の天地書房に足を向けたところ、これが移転か閉店をした模様でまるで浦島太郎の気分を味わった。
そこでいくらか肩を落として千日前周辺を歩いてみると、なんと、珉珉千日前本店がまだあった。
と驚くのも、昔は戎橋筋と千日前筋を結ぶ東西の少し大きな通りの真ん中に大きな丸い提灯があって、余談ながらその前には「啖呵売」の店があり、その提灯のところを路地に入っていくのだったが、その提灯をもう何年も見ていなかったので、てっきり、「餃子の〇〇」に敗れて閉店したのだと勝手に想像していたからだった。
なので、即餃子付きの麻婆定食を頼んだところ、餃子は皮の薄いあの珉珉の味の上に、熱々の器に入った四川麻婆豆腐が花山椒たっぷりで、つまり、陳建民流の麻婆豆腐で、猫舌の私はヒリヒリアツアツ、アツアツヒリヒリ喜びながらのたうちまわった。それでいて値段は格安。
心は一度に20代に飛び、先ほどまでの天地書房肩透かしによる落胆が嘘のように満足した。
家に帰ると妻が「今日は何食べたん?」「オムライス?」「天津飯?」と聞いたが、あの自分史的感動を言葉で伝えることは無理だと感じたので、「内緒!」とだけ答えた。
青春の店あり味あり冬の暮
そして、それよりも前の20代前半にはよく大阪千日前の珉珉で皮の薄い餃子を食べていたが、これもその後あまり食べる機会がなくなっていた。その理由は別になく、歳とともに少しお洒落な店に行ったからだろうか。
で先日、古書を渉猟しようと思ってわざわざ千日前ビッグカメラ西の天地書房に足を向けたところ、これが移転か閉店をした模様でまるで浦島太郎の気分を味わった。
そこでいくらか肩を落として千日前周辺を歩いてみると、なんと、珉珉千日前本店がまだあった。
と驚くのも、昔は戎橋筋と千日前筋を結ぶ東西の少し大きな通りの真ん中に大きな丸い提灯があって、余談ながらその前には「啖呵売」の店があり、その提灯のところを路地に入っていくのだったが、その提灯をもう何年も見ていなかったので、てっきり、「餃子の〇〇」に敗れて閉店したのだと勝手に想像していたからだった。
なので、即餃子付きの麻婆定食を頼んだところ、餃子は皮の薄いあの珉珉の味の上に、熱々の器に入った四川麻婆豆腐が花山椒たっぷりで、つまり、陳建民流の麻婆豆腐で、猫舌の私はヒリヒリアツアツ、アツアツヒリヒリ喜びながらのたうちまわった。それでいて値段は格安。
心は一度に20代に飛び、先ほどまでの天地書房肩透かしによる落胆が嘘のように満足した。
家に帰ると妻が「今日は何食べたん?」「オムライス?」「天津飯?」と聞いたが、あの自分史的感動を言葉で伝えることは無理だと感じたので、「内緒!」とだけ答えた。
青春の店あり味あり冬の暮
2016年12月2日金曜日
ささげご飯
今年の農作業で最初にした失敗は春の「ささげ豆」の種まきだった。
その失敗が判ったのは秋の収穫時だった。
毎年の「ささげ豆」と比べると豆が黒いのである。
どうも、そういう種類の種をまいたらしい。
ということなので、少しばかり色の黒いささげご飯になった。
収穫祭といったところである。
「赤ご飯」というと、以前に書いたことがあるが父が生きていた私の小さい頃、わが家では甲子(きのえね)の日に大黒様の掛け軸を掛けて赤ご飯を三角錐に山盛りにしたものを供え、湯気で御飯茶碗の蓋がガチャンと落ちると「よかったよかった」というしきたりがあった。
父母とも亡くなった今は、具体的に何処から来た信仰であったのか解らない。
寺社で大黒様を見ると、そういうしきたりと繋がっていないかと調べてみたりしたが、も一つ解らない。
関西では赤飯や赤ご飯はアズキが普通だが、お江戸では割れやすいアズキは切腹を連想するとかで、ささげ豆で作ると本で読んだことがある。焼き魚の基本も背開きだと。
なので、ちょっとお江戸っぽいわが家の収穫祭になった。
さて、寒波のニュースが流れているが、ミニトマトはまだまだ順に実をつけている。
「西陽除け」のグリーンカーテンの西洋朝顔も順に咲いている。
土をいじっていると「事実は小説よりも奇なり」ということが少なくない。
一年の苦労がこれとささげ飯
その失敗が判ったのは秋の収穫時だった。
毎年の「ささげ豆」と比べると豆が黒いのである。
どうも、そういう種類の種をまいたらしい。
ということなので、少しばかり色の黒いささげご飯になった。
収穫祭といったところである。
「赤ご飯」というと、以前に書いたことがあるが父が生きていた私の小さい頃、わが家では甲子(きのえね)の日に大黒様の掛け軸を掛けて赤ご飯を三角錐に山盛りにしたものを供え、湯気で御飯茶碗の蓋がガチャンと落ちると「よかったよかった」というしきたりがあった。
父母とも亡くなった今は、具体的に何処から来た信仰であったのか解らない。
寺社で大黒様を見ると、そういうしきたりと繋がっていないかと調べてみたりしたが、も一つ解らない。
関西では赤飯や赤ご飯はアズキが普通だが、お江戸では割れやすいアズキは切腹を連想するとかで、ささげ豆で作ると本で読んだことがある。焼き魚の基本も背開きだと。
なので、ちょっとお江戸っぽいわが家の収穫祭になった。
さて、寒波のニュースが流れているが、ミニトマトはまだまだ順に実をつけている。
「西陽除け」のグリーンカーテンの西洋朝顔も順に咲いている。
土をいじっていると「事実は小説よりも奇なり」ということが少なくない。
一年の苦労がこれとささげ飯
2016年12月1日木曜日
本丸はISDS
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| 「TPPの本質はISDSだ」バーニー・サンダース |
それにしても、トランプ氏の当選によって発効する可能性のないTPPを強行する自公維は狂気の沙汰だ。
トランプ氏は、一連の発言からみて、今後強力な2国間協議を迫るだろう。
そのときに、今回TPP承認という国会決議をしておくならば、このTPPの水準が出発点にされ更なる譲歩を迫られるのは火を見るよりも明らかだから、現与党には独立国のリーダーとしての外交力、そのセンスがゼロだと私は思う。
そしてそのTPPだが、その本丸がISDS条項だと私は思うのだが、新聞やテレビはほとんどそのことに触れないのにはがっかりする。いや、本丸であるからこそ触れないのだろう。
ISDS条項というのは、多国籍企業がTPP締結国の国家や自治体を訴えることができる条項で、多額の賠償金を課すことができる。
その裁判所、裁判官は多国籍企業が担うのである。
同様の条項で各地で行われた事実を見ると・・・・
ウルグアイが子どもたちの喫煙を禁止して健康を守る法律を制定したところ、フィリップス・モリス社はウルグアイ政府に高額の賠償を求めた。「我々が子どもたちにタバコを吸わせて金儲けをするのを妨害した」と。
エジプトが労働法を改正して最低賃金を引き上げたところ、フランスの廃棄物処理会社ヴェオリア社がエジプト政府に1億1千万ドルの賠償を求めた。「エジプト労働者の生活改善は多国籍企業の利益を損なう悪行だ」と。
スウェーデンの電力会社バッテンフォール社は原発廃止を決めたドイツ政府に50億ドルの賠償を求めている。
この種のISDS条項を、日本発の多国籍企業は東南アジアやインドやメキシコに対して持っておきたいのだ。
こうなれば、自治体や政府の上に多国籍企業が君臨することになる。
国民が民主主義的な討議によって環境基準を定めたり、健康のために薬物を規制したり、国営の健康保険制度を充実したり労働法を改正したりすれば、それらはたちまち多国籍企業のほしいままの利益の障害になるとして賠償させられ、そういう制度を無効にさせられるのである。
これは単に経済の問題ではなく、各国の民主主義、民主政治を踏みにじるものである。
トランプ氏の「おかげ」で、TPPが即時発効することは遠のいた。
なので、このISDS条項の大問題点をもっともっと広く広める必要があるように考える。
訳も分からず「グローバル化に乗り遅れるな」的な脅迫に踊らされてはならない。
顔なしに国すべて売るTPP
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