一般に、外見や身体的特徴に基いて批判するのはルッキズムと言って一種の差別になるので控えていたが、心理学などでは酷い「つくり笑いは」はホンネを隠したいときに現れるものと分析されている。
そう、あの「つくり笑い」の数々は、話の内容のホンネを隠したい、そして、自分の弱さを隠して強さを示したい・マウントを取りたいという見事なシグナルではなかっただろうか。
小さな世界で潤滑油のようにお世辞や「つくり笑い」があってもいいと思う。それをとやかく言うほど野暮ではない。
ただ、政治家が、大舞台で多用したそれはやはり批判したい。
そう、つくり笑いはホンネを隠すときに現れる。

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