「家の作りやうは夏をむねとすべし」で有名な徒然草だが、適菜収氏に言わせると「徒然草は世をはかなんだ老人が仏教思想に基づいたわびさびをおだやかに語った」というイメージは間違いで・・・
世論に流されるな!
薄汚い人間になるな!
高をくくるな!
知ったような顔をするな!
不安に支配されるな!
ひるむな!
本当のことだけを言え!
・・・と「腐った世の中と戦え」と叫んだ、「徒然草は過激な思想書だ!となる。
兼好法師は鎌倉時代末期から南北朝時代の人間だが、近代~現在の西欧思想と同じ地平に達していた。
中学校で「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて・・・」などと暗記したときのイメージとは大いに異なる。
第52段「仁和寺にある法師・・」は、一人で石清水八幡宮に行ったが、山上の八幡宮を拝まずに、男山のふもとの付属寺院や末社だけを拝んで、これで全部だと思って帰ったことを書いている。その道に通じ導いてくれる人がいたほうがいい・・という。
自分のことを笑われているような気になった。
当面は12月20日Das Kapitalで書いた資本論の新たに刊行された草稿を中心とする理論の勉強だが、仁和寺の法師のように「どうせ剰余価値だろう」などと高をくくって解かったつもりにならないようにと自分を戒めたい。

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