2026年1月15日木曜日

古き仏たち

    菊の香や奈良には古き仏たち 芭蕉 といわれるが、仏像を信仰から離れて鑑賞するのも面白い。と、・・少し不遜なのは申し訳ないが。
 例えば興福寺の阿修羅像。20世紀初頭にピカソらが唱えたキュビズムが人間の顔を多面的に描いたが、すでに奈良時代の仏像はひとつの体にいくつもの顔を持っていた。これって考えると至極納得。キュビズムの先駆かも。

 私が子どもの頃の漫画に「未来の飛行機」というのがあって、それには長い翼とそこにプロペラがいくつもついていたが、人間の発想というか想像力は昔もよく似たもので、各地の千手観音というのは、こういう力もある、ああいう力もあるというのを形にしたらそうなったのだろう。
 その発想を「単純だ」というのではなく、人知を超える知恵や働きを文字以外で伝えるのには適切だったのだと思う。

 服装(着物)の文化でいうと、多くの埴輪は左衽(さじん・左前)であったが、719(養老3)年に右衽※とされて今日に至っている。ところが古い仏像には右衽も左衽もあるから、律令など浸透していなかったのか、それとも仏師のこだわりか? きっと前者ではないか。
 そもそも左衽は中国の北方民族=夷狄の風俗とされていたが、騎馬民族の戦闘力が格段に勝っていたので、紀元前3世紀、趙の武霊王は胡服騎射を採用したとあるので仏教の守護神四天王に左衽が見られないかと注目しているが、戦闘服のためもうひとつよくはわからない。
 ・・・というようなことを考えながら、実生活には何の効用もないが、奈良の古刹を巡っている。

右衽(うじん)を右前(みぎまえ)という。前の相手の人から見て右側の衽(おくみ・襟)が上であるからという説明もあるが、前という字には先という意味もあるから右の襟を先に合わせてから左を上に合わせるという意味で右前だと思う。

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