2026年1月3日土曜日

初詣

   
正月は正月らしくあるのがいい・・・
 なんて・・エラそうな言葉で飾って、実はミーハーそのもの?の初詣に行ってきた。
 商売をしているわけでもなく、稲作をしているわけでもないが、わが家から、自転車→近鉄→京阪で一番行きやすいという極めて安直な考えで伏見稲荷に行き、『しるしの杉』(写真)を戴いてきた。
 ミーハー初詣であるから千本鳥居の先(のお山)は全てエスケープしたが、その代わり?もちろん「お帰り道」の参道でしっかり直会(なおらい)?をして神々と交歓した。
    稲荷は元々「稲成り」つまり稲作の神であるとの説があるから、稲穂の害鳥スズメを懲らしめるのは神意に叶う神事に近いもの・・と言い合って、夫婦でお神酒を舐めて身を清めてきた。
    ああ、今年もこのように軽薄な日々を過ごすことだろう。
    孫たちのためにキツネのお面の煎餅を買い、焼いている職人さんに「小さい頃はほんとうのお面のように大きく感じたものだ」と会話をしたが、今でも心の底では「あの頃はもっと大きな煎餅であったはずだ」と疑っている。

2026年1月2日金曜日

きゃぴきゃぴ支持率

    朝日新聞が年末に『ベテラン政治記者が振り返る2025年』という鼎談を掲載したが、その中の、高橋純子編集委員の指摘には少しハッとさせられた。

 「発足後の高市政権だが、歴代屈指の高支持率を維持している。この原動力をどう見る」に対して氏は、「”初の女性首相”は相当大きい。特に若い世代に効いている。原子力空母に搭乗し、トランプ氏の横できゃぴきゃぴされると私は閉口するが、若い世代は”素直でかわいい”と好意的に受け取っているようだ。また、メディアの報道が手ぬるく、”高市アゲ”に傾いている点は見過ごせない。高市氏は安倍晋三の後継者を自任しているぶんメディア戦略を相当練っているはずだが、メディアがそれにまんまと転がされているのではないか。高支持率に乗じた無自覚な報道ぶりには大いに疑問を感じる。」と語っている。

 私が「ハッとした」のは、「何を今さら」と言われるかもしれないが、いわゆる高支持率は一瞬のあだ花ではなく、実際に若い層にはその種の期待というか、親近感があるということだった。高橋氏ではないが私もあの「きゃぴきゃぴ」には、外交以前の、日本人としてのある種の屈辱感のようなものを感じて閉口したが、それが「かわいい」と????

 日々のラジオを聞いていても、ごく普通のトークの中で、「中国(大陸)が台湾の周囲で軍事演習をしているが、いつ沖縄に来るかわからい。怖いことだ。」のような文言がスラーっと出てきている。
 反対にいうと、そんな仮定にどんな根拠があるのか、現実の産業や商業上あり得ない話が普通に話されているメディアの現状に、理性的な人々は”もっと解りやすく話す(反論する)必要がある”ように思う。
 「こんなアホナ世論はすぐに是正される」と何もせずに話す人がいるが、私は少し違うような気がする。
 今年はもっとメッセージの伝え方を熟慮しなければならないと年頭にまず決意。

2026年1月1日木曜日

お飾り

 ① 写真1はわが家の門松。もうこの歳になると歳神さまがお出でくださるのはけっこうなのだがそうもいっておられない。老いもまた自然のことである。
 で、お正月に諸々の目出度い神さまたちに来てもらうためには依代(よりしろ)が必要で、この1対の松はそれである。 

② わが家には日頃、神さまよりも野鳥が訪問してくれる。
 窓ガラスの内側からそれを見ていると心は穏やかになる。
 そんな友人である鳥さんたちのバードテーブルにもお正月のお飾りをしてあげた。日頃のお礼である。
 写真2のようにヤマガラも喜んでいたように見えたが、「こりゃアナンダ」と思っていたのかもしれない。

 

賀正


   「暦が一枚変わっただけで何が目出度い!」 などと言っちゃあお終いよ!の気もするので、
 なので、あけましておめでとうございます。
 「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」(高浜虚子)は、虚子晩年の老境と解説されている。・・と解せば、今年もちっぽけながら信念を貫いて歩んでいきたいものだ。
 とはいえ、「去年今年あっといふまに吾れ老いし」(草間時彦)の方がぴったりな昨今なのであまり自信はない。
 さてさて、その外にも世に名句、名言は多いが、中村哲氏の著書にあった、「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」 を年頭の言葉にしようと思う2026年元日であります。
 今年もよろしくお願いします。