2026年3月5日木曜日

巣箱をつける

    気温が上がると花粉が飛ぶ。
 が、わかっちゃいるけど外に出たくなる。春である。
 で、懸案であったオリーブの木を伐採し、黄金モチの木も大きく剪定した。
 となると、いささか上空あたりが寂しいので、巣箱を取り付けた。
 こんなところに営巣するはずもないから、いわば庭のアクセサリーである。
 それでも、たまには「どうしようかな」と覗き込むシジュウカラがいたりして、その様子を眺めているだけでも気分は晴れる。(内外の政治や戦争のことを思うと・・そんな風に思う)
 シジュウカラは以前には家の前の電柱のパイプのような部品の中で子育てをしていた。
 それに比べるとこの巣箱の方が何十倍も棲みやすそうに思うが、プライベートに難があるというだろうなあ。

2026年3月4日水曜日

天子南面

    先日ラジオで女性漫才師がトークで「雛人形はどう飾るんやったかなあ」「向かって右やったか左やったか」と言っていたが、確かにこれは難しい。 
 第1に、先ずは古代からの思想・宗教を押さえておいて、第2に、明治の脱亜入欧政策を理解しておく必要がある。
 その第1だが、古い思想を語る場合、当然ジェンダー不平等や階層差別があるが、今日のところはそのことは学問的には横に置いておいて、「お内裏」とされているので男雛が天皇、女雛が皇后と考えて大きくは間違いがない。となると当然、男雛を上位に飾るのが正しい。これは男女でなくても左右の大臣と考えてもよい。
 第2に、明治の政権は西欧の王様と王妃の立ち位置を真似て日本の伝統をコロッと投げ捨てて、左右を逆転させたので、以降、雛人形も、いわば平安流と明治以降流が並存して今に至っている。 
 よく自称保守とか右翼と言われる人が日本の伝統を投げ捨てた明治風を「伝統だ」などと言っているのは軽薄な気がするがそれはさておき、本題の左右の問題である。 
 そもそも天皇という言葉は道教にいう北極星を神格化した神(北辰信仰)のことである。 北極星であるから当然顔は南を向く。「天子南面」である。 
 そして道教では左右のうち左を上位としてきたので、飾られた内裏(雛人形)の左(向かって右)が上位になるから男雛は左(向かって右)に飾るのが正しい。 
 重ねて言うが、大河ドラマでも理解が容易いが、右大臣よりも左大臣の方が位は上である。
 古典芸能の舞台の上手、下手もそう。落語の場合も基本は通ずる。左(向かってなら右)が上(かみ)である。
 これらのイメージは京都市の地図を思い浮かべると解りやすい。御所は京の北にあって南を向いている。だから東側に左京区があって西側に右京区がある。歴史を考えない人は京都の玄関口京都駅(七条口)で降りて京都の中心街(北)を向いて「なんで右側に左京区があるの?」と悩む。普通の地図もそうである。と、とりあえず悩むのは正しい。それを考えもせず悩みもしない人は論外であるが・・。
 天子は南面す。左が上位。・・なのである。 
 この種の伝統を知らずに明治以降の流行に流されてヨシとする人は反対に飾るとよい。それも一つの判断だ。ただ、私はそういうのを好まない。

 それはさておき、我が国での「天子南面」の思想は古代史的には新しい思想だった。以降、有名な寺社は基本的に南を向いているので、そうではなく東にある三輪山(西面している三輪大神)を拝む大神神社はそれ以前からの古い神社ということができる。 
 奈良時代の古地図では春日大社も西面していたように見えるが現在は南面になっている。

2026年3月3日火曜日

カニカマの進化

    NHKテレビの『探検ファクトリー』という番組でカニカマボコの工場を紹介していた。
 第一世代のそれはほぼ長方形で、如何にもカニに似せた蒲鉾だったが、
 第二世代は、一転してタラバガニの太い脚の身という進化を遂げていて、
 その第三世代は、ズワイガニに戻って細身であった。
 
 だいたいテレビの料理番組や「あま~い」などというコメントは信じないが、この原点復帰のような解説が耳に残ったので、先日スーパーで買ってみた。そして、幾つか食べてから「これは美味しい」と感じたので、スマホでパチリとした。
 第一世代や第二世代のそれは、如何にもカニという香りがついていたが、第三世代はそれが仄かなものに変わっていたのが私の評価の要因だった。
 つまり、文章で香りのことを書くのは難しいが、例の如何にもカニという香りは、正確に言えばカニの鮮度が落ちていくにしたがって強くなる香りであるから、新鮮で上等なカニはそんなにムッとするほど香らないものである。
 さらにテレビでは、企業秘密ながらカニの身の繊維にどう似せるかに研究を重ねたと言っていたが、それも確かに進歩していた。
 私自身は蒲鉾自体をあまり食べないし、第一世代第二世代のカニカマもそれほど食べては来なかったが、もしかすると、第三世代のカニカマで芙蓉蟹(ふようはい)を作ると、ホンモノと遜色のないものができるのではないかと思った。

2026年3月2日月曜日

イランが爆撃された

    小泉進次郎防衛相は「イランの核兵器開発は決して許されない」と表明し、米国の行動に一定の理解を示したと報じられている。
 問題は常々「法の支配といった価値や原則を尊重」と強調してきた態度から、当然非難すべきアメリカ・イスラエルの軍事行動に口をつぐんでいることだ。
 イランの政教一致体制や、その下での女性差別、あるいは表現の自由の制約や弾圧には大いに批判はあるが、だからといって外交抜きで他国が戦争を仕掛けてよいことはない。
 そんな当たり前のことを言えない高市内閣は属国根性丸出しだ。
 「アメリカ、イスラエルは戦闘行為を即時停止せよ」「イランは核兵器禁止の原則に立って真摯に外交に臨め」

 こんな時だからこそ、日本国憲法前文を堂々と発信しようと思う。

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

2026年3月1日日曜日

ほんとうの中国

    著者近藤大介氏は、1965年生まれ、東大卒後講談社入社、北京大学留学、講談社北京副社長を経て週刊現代編集次長。明治大学国際日本学部講師など。
 この本を読んで共感するところ大であった。
 確かに奈良公園を歩いていると中国人(中国語)の声は大きい。
 もう一つ、アジア大陸の歴史を学んでいると、民族間の侵略、逃亡、虐殺の規模が違い過ぎる。
 それに比べて「安倍晋三政権時代に流行った「嫌中」派の理屈のナントちっぽけなことよ」と感じていたから、私の感じていた感覚と共鳴した。
 それに小さい頃、戦争に行っていた叔父たちが「中国では”標準語”を話せる中国人が少ないから中国人よりも中国語が話せた日本人はいくらでもスパイができた」みたいな武勇伝?を聞いていたこともある。
 先の「声の大きいこと」について私は、口を開いて破裂音を駆使する中国語のせいかと思っていたが、著者はそれ以外に、①暮らしのスケールが大きい、②声の大きい方が勝つ社会、③「鐘の音のように大声で・・」という学校教育、④周囲に無関心・・・と書いている。
 なにしろ面白い。そして日本人は中国を知らいのではなく、日本人は例外的に世界を知らない民族ではないかと思ったりする。
 米艦の上で、宗主国国王におもねてキャピキャピ飛び跳ねている首相とそれをカワイイと推す若者。
 中国古典の前にこの本を寝そべりながらでも読まれよ! 面白い。

2026年2月28日土曜日

お客さまは神さま

 
    転居前も含めて40年以上この街(NT)に住んでいる。
 最初に転入してきたころの駅前の中心商業施設というと近商を核としたショッピングセンタービルであったが、街が充実してきたころ、イオンを核としたさらに大きなショッピングモールが、より駅前に建った。
 いっときのガソリンスタンド競争ではないが、これで近商は競争に敗れて撤退するだろうと予想したが、私の想像に反して近商は生き残った。
 見ていると、高齢者にとっては使い易い広さ(狭さ)で、いつの間にか、高齢者は近商へ、若い層はイオンへという棲み分けができたようだった。
 また、肉や魚の質も近商の値打ちを上げていた。

 その近商が、しばらくの間休業してリニューアルすることになったので、妻と「どのようにリニューアルするのだろう」と予想をしあった。
 「あのコーナーは使い勝手が悪るかった」「あのコーナーとあのコーナーはダブって無駄だった」などなどといいあいながら、「結局、時代の流れでイオンのようにセルフレジを大幅に導入するのだろう」と予想した。
 そしてリニューアルオープンしたところ、全体的に通路が広くなって行き来しやすくなったり、成城石井が入ってバラエティーが豊かになったりしたが、予想の本命であったセルフレジは拡大されていなかった。そして、多くのショーケースが低くなっていた。
 ナルホド、近商の経営戦略の方が私の予想よりも的確な判断をしたようだ。
 つまり、いっそう高齢者が買い物をしやすいスーパーというように、イオンとさらに差別化を図ったように見える。
 シルバー民主主義などとの悪罵に敗けるな高齢者。社会が高齢者に寄り添うべきでよいのだ。

2026年2月27日金曜日

SNS選挙

    25日に自民党のネット戦略に触れて書いたが、ジャーナリスト河野慎二氏によると「1月26日に公開された高市動画は2月7日には再生回数が1億6000万回を超えたが、これが広告として再生された場合、1回につき2円が支払われたとすると、広告料は3億円以上になる」としている。要するに自民党はそれほど支払った。
 他の自民党の動画と併せるとさらに驚くような額になるが、自民党の政党交付金約125億円からすると痛くも痒くもないだろうとデイリー新潮は言っている。
 そしてこれに便乗するユーチューバーが切り抜き動画などでさらに拡散したのだろう。先のデイリー新潮は、主に参政党関連で稼いだユーチューブ・チャンネルの人の話として、「完全にショート動画一本勝負で最高月額400万円稼いだ」と書いている。
 こういう事実が積み重なると、ユーチューブでは自民党の動画が優先的に上位に表示される仕組みなのでネット社会を席巻したようだ。
 ただしAIが反自民には反自民を反映させるという憎らしい小技もあり、ネットの手のひらで庶民悟空は踊ったことになる。
 以上がいわゆる高市旋風の実態だが、デイリー新潮は要旨「自民党広報本部の広報戦略局には大手広告代理店の社員が常駐していて、選挙期間中の会議には広報本部や選対本部、組織運動本部の職員に加え代理店の社員も参加し、実際は彼らに頼りきり(自民党関係者)」と書いている。
 テレビやラジオのCMや、もっと身近なビラについては枚数や配布できる場所まで厳しく制限しているのに、インターネット上の「政党の政治活動」という形にすれば青天井というか底なしというか、自民党のトランプ化を感じる。
 このような大きな問題のあるネット社会だが、オールド民主主義者がその問題点をアウェイで主張することもなく、蚊帳の外から愚痴を言っているだけでは、蚊帳の中の若い人々の共感を呼び起こすことは困難な気がする。

2026年2月26日木曜日

トンビ 2

    トンビ(鳶)のことは2025年12月13日に「もう長い間見た記憶がない」と書いたが、この23日に庭に出ていると、頭の上でピーヒョロヒョロヒョロと間違いなくトンビの声がした。2羽のトンビが上昇気流を捕まえて舞い上がっていた。(写真はスマホで撮ってパソコンで拡大した)
 海や川の近くなら珍しくもない光景だろうが、内陸?のわが家では珍しく、懐かしい日本の原風景を感じた。
 ピーヒョロヒョロヒョロの声もいい、ほとんど羽ばたかず上昇気流だけで舞っているのもいい。

 鳶は残飯や死骸を漁るので現代ではパッとしない鳥という印象があるが、天皇即位の礼では、「霊鵄形大錦旛」(れいしけいだいきんばん)が飾られる。
 それというのも、日本書紀神武紀には鳶(鵄)が出てくるからだろう。
 神武(天皇)が長髄彦と戦っている際に、金色の鵄が天皇の弓に止まると、その体から発する光で長髄彦の軍兵たちの目がくらみ、東征軍が勝利することができたとされる。この鵄を指して「金鵄」(きんし)と呼ぶ。
 戦前は武勲をたてた兵に対して金鵄勲章が下賜され、煙草にも金鵄という煙草があったが、金鵄の包装紙が道に捨てられたり踏んづけられたりするのは不敬だというので昭和15年に「ゴールデンバット」に変更された。
 中華文明では目出度いとされている蝙蝠もいらぬとバッチリだった。

2026年2月25日水曜日

犯罪に近い


    ジャーナリスト沢木啓三氏の『メディアをよむ』(222日付赤旗日曜版)によると、今回の選挙ではインターネットの比重がますます高まったとして、10日の読売出口調査では、投票先を決める際に「SNS・動画投稿サイト」を最も参考にしたと答えた人が24%に上ったこと、そのうち35%が比例区の投票先を自民と回答し、昨夏の参院選の7%から大幅に増えたことを紹介している。 
 また14日のTBS「報道特集」では自民党のネット動画が選挙期間中に1億6000万回以上再生されたことについて専門家は、動画に「いいね」が付いた割合が0.02%と非常に低かったことから、「広告によって再生回数を増やした可能性が極めて高い」と分析していると紹介している。 
 確かに、私ならそれほど共感できる動画なら「いいね」を付けるから、0.02%は異常な感じがする。 
 そこで思い出したのは、2020年に発生した愛知県知事リコール署名大量偽造事件である。
 事件の発端は、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」企画展の一部内容に河村たかしや高須克弥それに日本維新の会の面々が起こした知事リコール署名だったが、署名活動が伸び悩んだため、事務局長であった維新の元県議田中孝博らが名簿業者から名簿を購入し、アルバイトを使って署名を大量に偽造したものだ。 
 翻って、今般の自民党の動画だが、証拠はつかめていないが、広告会社に発注して、大量のアルバイトに日がな一日特定の動画を再生させ、その結果You Tubeで最上位にお勧めとして紹介されるようにしていたのではないかと想像するがどうだろう。
 自民党には、Dappi事件のように、この種の不正にかかわったと推定される前科?もある。
 *「動画の収益化」の仕組みについて、より具体的にご存知の方はご教示いただきたい。

2026年2月24日火曜日

ヒマラヤユキノシタ

    この花の名はヒマラヤユキノシタ。いつ、どういう経過でわが家の庭に咲くようになったのかの記憶はなくなっている。
 買った記憶がないから何方かから分けていただいたのだろう。
 ずいぶん昔から、広がりすぎて随分捨てたが今でもこのように残っている。
 わが家ではほゞ雑草扱いされた可哀そうな花である。
 名前のとおり、ほとんどの草花が縮み上がるような冬季に花を咲かす。
 アフガンから中国東部の西域が原産地らしいから、その名もほゞ同意。
 文章で好きな中央アジア、シルクロードの風景を想像させてくれる。
  

2026年2月23日月曜日

光の春

    ミラノ・コルティナからグンと下ってイタリアのブーツの踵の東、アドリア海の対岸バルカン半島にアルバニアがある。
 1970年代頃この国は毛沢東主義を掲げ鎖国のような状態だったが、テレビでは夕食後多くの庶民が散歩しているのを報じ、貧しくて可哀そうな国だと感じたことを思い出す。
 さて現代、寒い日もあるが立春も過ぎ「光の春」は我が街を覆っている。
 そうすると、どこからともなく人々が湧きだしてきて、一人で、あるいはご夫婦で、散歩の人々が目立ってくる。わが家はそういう道筋にある。啓蟄などという言葉を連想する。
 そして思う、かつてアルバニアの散歩の様子を同情的に見ていたが、散歩ってけっこう健全で正しい?生活態度ではないかと。
 「ここへ行かなければ流行に後れるぞ」というようなCMなどに急かされる様に人工的な場所や行事に行って反対に季節や自然を感じないまま過ごすよりも、もしかすると、散歩って結構豊かな人生かもしれない。
 痩せ我慢かもしれないが。

2026年2月22日日曜日

枚方のプール跡

    ABCテレビの「ニュースおかえり」の中の「なんでやねん」というコーナーが面白いということは25年11月3日に書いたが、先日のそのコーナーは「枚方の住宅街のど真ん中にプールがあるのんなんでやねん」であった。 
 枚方には勤務していたこともあるが、当時の私は内勤だったので何も知らない状態でテレビを視たのだが、私の予想は「禁野弾薬庫の工員たちのためのリクリエーション施設ではなかったか」であった。
 というのも、以前にこのコーナーで「玉造に古いビリヤードがあるのんなんでやねん」が放送され、大阪環状線(城東線)がなかった当時、大阪砲兵工廠の工員たちは鶴橋から歩いていたので、その途中の玉造は繁華街であったと放送された記憶があったからである。
 そして枚方のプールの私の答えは、ほゞ及第点のようで、戦前、やはりここには禁野火薬庫と大阪工廠枚方製造所があり、工員の慰労も兼ねた映画館やプールがあったということであった。
 なお陸軍禁野火薬庫は昭和14年(1939年)、死者94人負傷者602人という大爆発事故を起こし、これは危険だということで、もっと田舎の方(東の方、京都府精華町周辺)へ移転となった。それが現在の自衛隊祝園弾薬庫である。
 先日、住民税の申告のために精華町の役場に行って、玄関前駐車場から西の方をスマホで撮影した。
 実に長閑な田園と森の風景であった。
 私は長い間、その森をただの立派な里山だと思っていたが、それが禁野火薬庫の移転してきた祝園弾薬庫の大きな土塁だったと知ったのは住み始めて後のことだった。
 いまその弾薬庫に敵国先制攻撃に使用できるミサイルを保管できるようにする工事が進んでいる。
 先制攻撃の目標は敵国の基地や弾薬庫とされているから、その敵国は同じ発想で「さらに先制」しようとするに違いない。
 外交抜きの軍事力で戦争を抑止するという発想は、果てしない軍拡競争と、ちょっとした行き違いからの戦争勃発の危険を止められない。
 長閑な森は長閑でない。

2026年2月21日土曜日

黒塚古墳の時代

    日本書紀が第
10代と書いている天皇の名は、ミマキイリビコニエであり、諡号(しごう・おくり名)は御肇国天皇(はつくにしらす天皇)。後に付けられた漢字の名前が崇神天皇である。
 この御肇国天皇という諡号からも、神武天皇の物語と欠史8代の天皇というプレ大王時代を経て、事実上の初代大王(天皇)は崇神天皇であろうと言われており、日本書紀崇神紀には、プレ大王時代を含む大和王権の最初期の征服戦争の記録と記憶が反映しているとみられる。
 日本書紀以前には、現存はしていないが「帝紀」などがあったのは確かであるから、少なくとも歴史の欠片は書紀にはあるはずだ。
 考古学的には、巨大な前方後円墳である箸墓古墳(290m)が大和の東南部に最初に築造されたのち、前方後円墳の時代が始まり、その次の次の巨大前方後円墳である行燈山古墳(242m)が崇神陵だとの意見が多いが、黒塚古墳(全長約134m)は、同時期もしくはそれ以前にが築造されている。
 岸俊男氏による旧豪族分布図によると、以上の古墳は全て三輪山の麓の纏向にあり、北に接して物部、その北に柿本や和珥などの豪族がいたとしている。
 それらの年代であるが、魏志倭人伝では卑弥呼の死は250年ごろ3世紀半ばと考えられ、箸墓古墳は3世紀中盤~後半と考えられている。これらのことから、倭人伝の卑弥呼の死後大いに乱れその後台与が立ったころから権力の集中が始まったのではないか。
 ただ、倭人伝と記紀は合わないので、神聖政治の台与の時代の後、本格的に権力を集中した大王の時代が始まったとも考えられ、その先頭に崇神がいたと考えられる。
 ということで、17日の記事の補足ナリ。
 写真は黒塚古墳石室発掘時のレプリカ。

2026年2月20日金曜日

御一新のリアルから

    物事はリアルに理解する必要がある。
 先日来岩波新書の木村哲也著『宮本常一』を読んでいるが、そこに「ナルホド」と思った記述があった。
 宮本常一が、祖父や外祖父から聞いた御一新(明治維新)の聞き書きなのだが、何故反幕府軍が強かったのかという一側面のことだった。
 普通の歴史書なら世界が産業革命にまい進する中取り残された幕府軍の思考や兵器、もっと言えば貨幣経済の時代に乗り遅れた幕府政治や封建制度などなどいろんな切口があっても・・宮本常一の聞き書きでは、少し違って次のようなものだった。
 場所は宮本の故郷長州の周防大島で、幕長戦争の一つの戦場でもあった。
 その頃長州ではそうだったらしく、百姓であった祖父も、さらには祖母も刀や薙刀の稽古をしていたという。
 そういう百姓たちは、昨日まで威張っていた武士に並んで、否、武士以上の働きができる機会だと、嬉々として戦場に出たと記述している。ナルホド、封建制度の崩壊というのはそういう生き生きとしたものでもあったのか。
 唯物史観の理論もそういうリアルな目と合わさって時代を豊かに捉えることができるのだろうと思った次第。
 翻って現代史そのものだが、悪政は必ず矛盾を拡大する。正しい批判は必ず広範な市民の要求と合致するから反撃できる。そのためにも自覚的な人々が自力をつけることが早急の課題だと聞くが、間違ってはいないがリアルな分析ではない気がしてならない。
 野村克也氏の言葉ではないが「負けに不思議の負けなし」だ。
 どの指摘が正しいかどうかでなく、そういう議論をしようともしないリベラルには不満がある。

2026年2月19日木曜日

別れ

    古い親友との別れがあった。
 文字どおり70年代を走ってきた兄弟だ。
 人情味があり、かつ実は学者肌のところもあった。
 若い頃、私はある意味、知ってイケイケドンドンを担当したが、それをどれだけ補ってくれたことか。
 滋賀の遠くからも駆けつけてくれた友もいた。兵庫の先輩からも思い出のメールがあった。
 あまり馴染みのないスタイルの別れだったので戸惑ったが、出ていくクルマに思いっきり手を振った。思いっきり。

2026年2月18日水曜日

朝蜘蛛は

 
    「朝蜘蛛は殺したらあかん」と親から教わり、そして子どもたちにも伝えてきた。
 そのこころは、蜘蛛は益虫(昆虫ではないが)だからと子どもたちには説明してきたのだが、言い習わしでは「夜の蜘蛛は殺せ」とつながるから、論理的には益虫説は成り立たない。
 蜘蛛は天気の良い日に網を張るから、朝蜘蛛が目についた日は晴天でなんとなく良い日が来るだろうといったところか。
 わが家では基本的に家蜘蛛(ハエトリ蜘蛛)は殺さない。

    そんな日、庭のバードバス(野鳥の水飲み場兼水浴び場)にツグミがやってきたので、ガラス戸越しにスマホで撮影した。
 今シーズンはツグミが少ないなあ、ツグミの世界に鳥インフルエンザのような不幸な出来事が起こったとか、渡りの途中で丸焼きにされたりとか、などと心配していたから、ちょっと嬉しい出来事だった。やはり朝蜘蛛は良いことを運んできてくれた。

2026年2月17日火曜日

黒塚古墳の被葬者を考える

    わが国最古の歴史書は日本書紀であるが、それは神話から始まっているし、第二代から第九代までの天皇にはさしたる記事もなく「欠(闕)史八代」と呼ばれているし、世界中の歴史書同様潤色も多く、かつ書紀編纂当時(奈良時代、養老
4年、720年)の勝者の論理が反映している。
 さらには太平洋戦争の敗戦までは、それを絶対的史実として批判を許さなかったものだから、反対に現代では、古代史を科学的に考える際、日本書紀を参考にするなどもっての外という意見もある。
 だがしかし、埼玉(さきたま)稲荷山鉄剣の金鐯銘では、辛亥年(471年)にこれを作る。自分はワカタケル(雄略?)に仕えてきた。七世前の上祖はオホヒコだと読めて、それは日本書紀の記述と矛盾しない。
 さて、その日本書紀崇神紀には崇神天皇が4人の将軍を全国に派遣して征服戦争を行ったことが次のように書かれている。

    【崇神九年九月九日、大彦命(オオヒコノミコト)を北陸道に、武淳川別(タケヌナカワワケ)を東海道に、吉備津彦(キビツヒコ)を西海道に、丹波道主命(タニワノミチヌシノミコト)を丹波(たんば)に遣わされた。
そして、詔(みことのり)して「もし教えに従わない者があれば兵を以て討て」と言われた。
それぞれ印綬(しるし)を授かって将軍となった。】 

これに関して小笠原好彦先生は、「3世紀に文字どおりの印綬(いんじゅ)はあり得ないだろうから、最初期の前方後円墳である桜井茶臼山古墳やメスリ山古墳などから発掘された儀仗形石製品こそ大王から委譲された権限を象徴するレガリア=印綬(しるし)であったであろうと指摘されている。(黄門様の印籠をイメージされたい)
その後よく似た儀仗形製品は副将軍と推定される古墳からも発掘されている。
 
続いて日本書紀は、【大彦命は和珥の坂(わにのさか、もしくは、山背の平坂)に着いた。
時に、少女が歌った。ミマキイリビコハヤ、オノガヲヲ、シセム卜、ヌスマクシラニ、ヒメナソビスモ。御間城入彦(ミマキイリビコ、崇神天皇)よ。あなたの命を殺そうと、その時を窺っていることを知らないで、若い娘と遊んでいるよ。
そこで大彦命はこれを怪しんで少女に尋ねた。
「お前が言っていることは何のことか」
少女は答えた。
「言っているのではなく、ただ歌っているのです」
またその歌を歌うと、急に姿が見えなくなった。
大彦は引き返して、その仔細を報告した。
天皇の姑おばである倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトビモモソヒメノミコト)は聡明で、よく物事を予知された。
その歌に不吉な前兆を感じられ、天皇に、「これは武埴安彦(タケハニヤスヒコ)が謀反を企てている兆候であろう。聞くところによると、武埴安彦の妻である吾田媛(アタヒメ)がこっそりきて、倭の香具山の土をとって、頒巾(ひれ(女性が襟から肩にかけた布))の端に包んで呪言(のろいごと)をして、『これは倭の国のかわりの土』と言って帰ったという。これでことが分った。速やかに備えなくては、きっと遅れをとるだろう」と言った。
そこで諸将を集めて議せられた。
幾時もせぬうちに、武埴安彦と妻の吾田媛が、軍を率いてやってきた。
それぞれ道を分けて、夫は山背(やましろ)より、妻は大坂(おおさか)から、共に京(みやこ)を襲おうとした。
そのとき、天皇は五十狭芹彦命(イサセリヒコノミコト(吉備津彦命))を遣わして、吾田媛の軍を討たせた。
大坂(おおさか)で迎えて大いに破った。
吾田媛を殺し、その軍卒を尽く斬った。
また、大彦と和珥氏(わにのうじ)の先祖、彦国葺(ヒコクニブク)を遣わして山背に行かせ、埴安彦を討たせた。
そのとき、忌瓮(いわいべ(神祭りに用いる瓮))を和珥(わに)の武録坂の上に据え、精兵を率いて奈良山に登って戦った。
そして、官軍が多数集まって草木を踏みならした。
それでその山を名づけて奈良山とよんだ。
また 奈良山を去って輪韓河(わからかわ)に至り、埴安彦と河をはさんで陣取り挑み合った。
このことから、当時の人は改めて、その河を(挑河いどみがわ)と呼んだ。
今、泉河いずみがわというのは、これが訛ったものである。
埴安彦は彦国葺に尋ねた。
「何のためにお前は軍を率いてやってきたのだ」
彦国葺は答えた。
「お前は天に逆らって無道である。王室を覆そうとしている。だから、義兵を挙げてお前を討つのだ。これは天皇の命令だ」
そこでそれぞれ先に射ることを争った。
武埴安彦がまず彦国葺を射たが、当らなかった。
ついで彦国葺が埴安彦を射た。
これが胸に当って殺された。
その部下たちは怯えて逃げた。
それを河の北に追って破り、半分以上首を斬った。
屍が溢れた。
そこを名づけて羽振苑(はふりその(屍体を捨てた場所。今の祝園))という。
また、その兵たちが恐れ逃げるとき、屎(くそ)が襌(はかま)より漏れた。
それで甲をぬぎ捨てて逃げた。
逃れられないことを知って、地に頭をつけて「我君あぎ」(我が君お許し下さい)といった。
当時の人は、その甲を脱いだところを伽和羅(かわら)と言った。
揮から屎が落ちたところを屎揮(くそばかま)と言った。
今、樟葉(くすは)と言うのは、これが訛ったものである。
また地に頭をつけて「我君あぎ」といったところを「我君わぎ」(和伎わきの地)という。】
 
    本題に入る。
小笠原好彦先生は古代史講座の受講生に対して「黒塚古墳の被葬者を考えよ」と宿題を出されたので、以下が私の答案骨子である。
黒塚古墳は初期の大王墓(後にいう天皇陵)である行燈山古墳などのある柳本古墳群にあり、全長134ⅿと超巨大ではないが、竪穴式石室、巨木をくり抜いた木棺、川原石と板石による合掌式の石室、三角縁神獣鏡ほか大量の銅鏡の埋納などから、白石太一郎先生の分析などではその中でも最初期(3世紀後半)の前方後円墳だとされている。
そこで私は、同古墳と、同古墳展示館を訪れた。一番確認したいことは「謎のY字型鉄製品」だった。展示館には精巧なレプリカが展示されていた。
材料は異なるが、それは桜井(外山)茶臼山古墳出土の儀仗形鉄製品とよく似た特徴的な頭であった。四道将軍や副将軍の古墳から出土したものと類似したレガリアに相違ない。
また副葬品には刀、剣、鏃(鉄製の矢じり)等々の武器が多く、武人であることも間違いない。
とすれば、崇神の命により山背で武埴安彦を討った和珥氏(わにのうじ)の先祖、彦国葺(ヒコクニブク)こそが黒塚古墳の被葬者ではないか。ヤマト王権最初期の大きな戦の英雄?だった。
和珥氏の系図では、彦国葺は、第5代孝昭天皇の4世の孫とあるから(第8代孝元天皇の皇子とも)、崇神の時代にはいわば皇族であって、柳本古墳群内に古墳築造を許されたのではないか。(後の和珥氏一族の支配地域は天理市北部から山背や近江等に拡大し、その中に柳本が含まれるかどうかは解らないが、例えば天理市和邇町や和珥池もそれほど遠方でもない。和邇下神社もある)
その和邇の土地は膳臣の土地でもあり、膳臣は大彦命についた副将軍でもあったから、和珥氏も大王家の近親であったのではないか。あるいは墓域についてのルールが確立される前であったので、大王陵(天皇陵)の近くに築造することができたと考えられないだろうか。
この推測を補強するものはないかと、別途、戦場と思われる山背(京都府精華町)の祝園神社を訪れたが由緒の割には無人であった。なお祝園神社の『いごもり祭』は武植安彦の魂を慰め豊作を祈る神事として、京都府の無形民俗文化財に指定されている。
祝園神社の少し南方の『いごもり祭のとんど会場の広場』には、『崇神帝十年役 武植安彦破斬旧跡』という石碑が静かに立っていた。
いごもり祭といい、この石碑といい、少なくともこの地には武植安彦の伝承が生きていた。
答案用紙どころか、感想文もどきの変な文章になってしまった。

追伸 歴史講座で席を同じくしていたFさん、黄泉の国でこれを読んで笑ってね。

2026年2月16日月曜日

雛草満開

    雛草(ヒナソウ)が満開だ。
 検索すると花期は3~4月とあったり6月からとあったりするが、我が家の庭では1月から咲いている。
 今まで咲いていた場所が全滅したりするが、違う場所で群生したりする。
  うまくすると「こぼれ種」で庭中を飾ることが出来そうだが、ほかの強い草花に敗けたり、私が土をほじくったりしてなかなか広がらない。
 それでも、ほかに花が少ない冬からこのように咲いてくれるので可愛い奴である。

2026年2月15日日曜日

締切

    14日の朝日新聞の読書欄に「へ~」と目についた題名の本の書評があった。 曰く、難波優輝著『なぜ人は締め切りを守れないのか』(書評:望月京(みさと))
 書評を読む限り、これは「どうしたら締め切りを守れるのか」を教えてくれる本ではないようだ。
 人には様々な固有の事情があり、時間の流れ方も一様ではないにもかかわらず、万人に一律的に期限を強いる・・・と、「締め切り」への批判は多くの共感を呼ぶだろう。
 だがしかし、書評は一転して、「死があるから人生に意味が生まれるように」と大上段から太刀を振り下ろす。ああ。

 投稿依頼に「締め切りにならないと書けない」と答えてくれる人がいる。
 また、締め切りまで余裕があればあるほど原稿が集まらないという傾向も現実にある。
 なるほど「締め切り」なるものも奥が深い。
 ちなみに私は「じょがべん」(女学生の弁当)で、苦手なものは先に食べて、・・・あとは好きなようにゆっくりしたい派だから、作品の出来は良くない。
 現職の頃、学術論文のような立派な復命書を書く人がいたが、全体としての仕事ははかどらなかった。天は二物を与えてくれはしない。

2026年2月14日土曜日

やはりネット選挙

    今度の選挙が終わってからハタと思ったことは、私自身高市自民党の行く末が心配なあまり、まったくと言ってよいほど「チームみらい」や「参政党」の政策や人物を知らないまま投票日に至ったという事実だ。
 私自身は「プレ団塊の世代」だが、当時の大人からすると「新人類」「宇宙人」だったらしい。「新人類」という世代はまだ10歳ほど次の世代のネーミングだが、感覚としてはそのハシリのようであったのだろう。
 その「新人類」と言われし吾らが、目を三角にして嘆くしかない「新新人類」が社会の主流になってきたようだ。
 以上は、吾らから見たZ世代の感覚だが、言いたいことは、社会の主流を占めつつある彼らからしたら、吾らの世代が戦争の匂いに怯え、リベラルの団結、左派の前進を訴えている主張が全く耳に届いていないのだろうということ。吾らが「チームみらい」を何も知らないうちに投票日を迎えたように、Z世代は共産党の主張や中でも高市政権の危険性への警鐘に全く触れることもなく、「そんな主張があったの?」といううちに投票日になったのだろうと今思っている。
 はっきり言おう。「共産党も出ていたの?」というのが少なくない若者の感覚ではなかったか。
 だとすると、「社会の矛盾が深まれば彼らも気づく日が来る」「その日のために自力をつけよう」という「その日」は来るだろうか。(自力をつけることを否定しているものではないが)
 さて、ネット社会は多くの問題を含んでいる。若者たちには、「AIが取捨選択して君のスマホに提供してきた情報は情報の全てではない」等々のアドバイスが必要だが、それは新聞や単行本で語っても彼らには届かない。
 それでも「私はSNSは苦手だ」なんて寝言を続けますか。リベラルの諸君。
 難しい話ではない。スマホを持っておれば党首や候補者の訴えが出てくる。それをシェア(リポストなども)拡散しようともしないのはただのセンスの問題だろうか。

2026年2月13日金曜日

しゅむ

    経験的に知っていることもイザ説明せよと言われると上手く話せないことがある。 基本的には自分の勉強不足が原因であるが…

 シチューを作りながらいつもどおり疑問が湧いたので、妻に「鍋の火を止めてから野菜に味が染みこむのはなんで?」と聞くと、「それは浸透圧や」と教えてくれたが、それがなぜ火を止めてからのことなのか解らなかった。

 結局いまもよくは解らないのだが、一番重要なのは時間の経過らしい。つまり、冷やす過程が重要なのではなく、一定の時間置くことが大切という説明もある。
 昔でいえばカンテキに練炭でコトコト煮るとか、北欧あたりのシチューもそんな感じがする。
 ただ経験知ではやっぱり、火を止めてゆっくり温度が下がっていくときに味が染みこんでいくように思うのだが…
 ネットには、「高温で野菜から出ていった水分が冷める過程で味を引き連れて戻ってくる」と書いてあるのもあるが…科学的な言葉ではないが、なんとなく拍手を送りたい。
 なお、「染む」は、牧村史陽編『大阪ことば事典』を牽くまでもなく「しゅむ」である。

2026年2月12日木曜日

なぜ大和で王権が

    昨日は、『紀元前660年に大和(奈良県)に国家が成立し大王(後の天皇)が即位したというのは「歴史の偽造」にあたる』ということを書いたが、紀元後の3世紀には大和(奈良県)に群を抜いた大王が誕生し初期国家=ヤマト王権が成立したというのは間違いない。
 では何故、その地が日本列島の中の大和(奈良県)であったのかというのは私の中で少し謎であった。
 考古学的な検証では、弥生時代の先進地は大陸との玄関口でもあった北部九州であったが、後に、大和や河内(和泉)でも巨大な集落が形成されていた。それでもそこが「何故大和か」ということがあった。

 これに関して小笠原好彦先生が、他のテーマの講演の中で触れられた指摘に大いに納得するものがあった。
 それは大和平野の河川の特異性であった。
 稲作が進んだ弥生時代には、水の管理が非常に大事であったが、例えば水争いは近代でもあったし、例えば水路の清掃という共同作業は現代でも農村では普通に大切だ。
 そしてもう一つ、河川は、当時の物資のハイウェイであり鉄道網だった。
 このため、一つひとつの河川、水系ごとにリーダー(豪族)が誕生していったことは容易に理解できる。
 さて、日本列島には背骨のように山脈があるので、ほとんどの河川はそこを源として、日本海へ、あるいは太平洋側へ、小さな支流を集めて流れていったから、ある河川を支配する豪族と、隣の河川を支配する豪族は、並立することが可能であったし、事実そうなっていた。
 ところが、大和平野(奈良盆地)は極めて特異で、北から南へ流れる川も、東から西に流れる川も、南から北へ流れる川も、すべてが盆地南西部で大和川一本に合流し、河内へと流れていくのだった。
 上流で決壊すると下流で合流する他の河川でも困るし、下流で詰まると上流で洪水が発生する。また、河内から瀬戸内海とのルートが止まる。
 こんな、大きな平野の河川が一本に合流する地域は大和以外にはない。
 つまり、大和の河川ごとの豪族は、他の河川の豪族と協力しないと己の河川の維持もできなかった。
 ここに、豪族の中の大豪族が生まれる決定的な理由があった。・・・という指摘だった。
 大いに納得したが、勉強にはきりがない。いろんな角度からもっと考えていきたい。
 それにしても、楽しい講演だった。

2026年2月11日水曜日

紀元前660年

    今日は「建国記念の日」。神武天皇即位(西暦紀元前660年)?から数えて2686年。
 紀元前660年とは縄文晩期・弥生初頭の時代にあたり、考古学的には大和(現奈良県)に国家形成の遺跡は存在しない。纏向遺跡でさえ後2世紀末以降である。
 また、根拠とされる日本書紀によると初期の天皇(当時は天皇という称号はなかったが)の年齢には100歳を超える天皇が少なくなく、出現期古墳の代表である箸墓古墳は考古学的には紀元後3世紀中ごろとされている。

 先日テレビで平安京の地図を説明していたが、当時の地図には左京には多くの貴族の邸宅や寺社が書かれているのに、右京には何も書かれていなくて、「人家ナシ」とされていた。
 ところが、発掘調査では多くの人家が見つかっている。つまり、貴族の邸宅以外は「人家」でなかったわけであるから、文献史料というものは十分に検討が必要である。

 以上のとおり、実在が疑問視される神武天皇の陵墓は、他の天皇陵とともに中世には忘れられていたが、江戸幕府の権威付けの意味もあって8代将軍吉宗の頃から、日本書紀や後の文献などを手掛かりに陵墓を探し出し修復することが行われた。
 その折、神武陵の候補地としては、神武田説、塚山古墳説、丸山説、水仙塚古墳説などがあったが、結局、神武田ミサンザイとなり、大規模な改修の後今の橿原神宮となった。

 古事記の記述の信憑性も大いにあるが、古事記は「白樫の尾の上にあり」とあるので畝傍山の尾根筋でなければならないが、一説では未開放部落の洞(ほうら)村に近すぎたため採用されなかったとの説もある。
 それでも、未開放部落が神武天皇陵を山の上から見下ろすのは畏れ多いということで、洞部落は大正時代に根こそぎ移転させられた。
 史料ではないが、住井すゑ作「橋のない川」でそのことが感動的に描かれている。
 詳しくは、移転先の「おおくぼまちづくり館」で学ぶことができる。
 そこでは、歴史は図式的に単純ではなく、部落内からも「これを機に偏見や差別から解放されないか」という運動もあったことが知れる。

 それはさておき、このように、神武天皇即位の地なるものは、「不確か」を通り越して、種々歴史の偽造にあたると私は思う。
 今日はそんな建国記念の日である。

2026年2月10日火曜日

琵琶湖はエライ

    JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)が発生したおかげで日本海側は大雪になったが、今季を俯瞰すると中部や南部では相当な水不足が発生している。
 こんな小さな国で、東西もしくは南北にホンの少し離れているだけでなんということだろう。
 わが家から遠くない奈良市の水がめ、木津川水系の布目ダムでは取水制限が始まっている。
 それでも大消費地大阪がのほほんと暮らしていけるのは琵琶湖のおかげである。
 冬季に東海道新幹線が米原あたりで雪のため遅れたりして、「この弱点は大野伴睦のせいだ」と恨めしく思うときがあるが、ここは敦賀湾から琵琶湖北部を通過して濃尾平野へ向かう雪の通り道だから、この通り道がなかったとしたら、滋賀県民全員が「琵琶湖の水止めたろか」と言わなくても大阪は根をあげることになる。
 大阪はJPCZのおかげで暮らせている。
 そのおまけが日曜日にあり、一時の雪景色を楽しんだ。

2026年2月9日月曜日

徒然草を読め

    以前に、適菜収著『100冊の自己啓発書より徒然草を読め』のことに少し触れたことがあるが、 徒然草第59段は・・・
 🔳近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。身を助けんとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて逃れ去るぞかし、命は人を待つものかは🔳
 適菜氏は、我が身を助けようとすれば「しばらく待ってから」と言うだろうか。人生もそうである。(兼好は出家のことを指しているが)やるべきことはすぐにやれ!とコメントしている。
 
 会報などへの投稿を依頼すると、常に期日キチキチいっぱいまでこないことがあるが、そういうときに限って予想外の大論文だったりして、編集方針がガタガタと崩れることがあった。
 やるべきことはすぐにやれ!相手の身になって考えよ!との適菜氏の言葉が響く。

 選挙戦の終わりが見えたので、「次は会報の原稿を頼む」との依頼を発出したところ、すぐに川柳が一句返ってきた。のんのんばあば さん、ありがとう。

 さて第93段は・・・
 🔳人皆生を楽しまざるは、死を恐れざるゆゑなり。・・・🔳
 「いろんな心配事が片づいたなら川柳の一句にも取り掛かろう」と思っていると、そんな時は決して来ない。
 確かに徒然草は的を射て厳しい。
 と言いながら川柳の一句もひねり出せない時間が続く。

2026年2月8日日曜日

天皇機関説タイフーン

    2月7日の朝日朝刊「読書」のページに平山周吉著『天皇機関説タイフーン』の書評(有田哲文評)があった。そこのタイトルは『「小さい」人物が導いた戦争の道』だった。 
 印象的な部分を若干紹介すると・・・
 🔳「戦争を起こして日本をこんなにしたのは軍人ばかりが悪いのではなく、日本中の男という男がみな卑怯だったからです。わたくしはそう思います」 発言の主は美濃部民子🔳
 さて私は、井上光貞著「わたくしの古代史学」という本を持っている。
 井上光貞は小笠原先生に言わせるとあだ名が「井上皇帝」であったらしく、父は桂太郎の三男、母は井上馨の長女というエリート。
 「わたくしの古代史学」には要旨こうあった。
 🔳2.26事件の前年、貴族院議員でもあった美濃部達吉博士は天皇機関説を槍玉にあげられ、・・父は貴族院議員であったので、先生が貴族院でなされた「弁明」を聞いた。父は先生が滔々と自説を述べ、学説を一歩も曲げなかったので、議場は粛然として先生の去るのを惜しんだ、と聞かせてくれた。🔳
 なるほど、前記の書評の民子夫人の指摘と符号が合う。
 貴族院の超エリートたちも軍部の難癖が不当だとは思っていたのである。だがしかし、揃いも揃って「卑怯」だったし、新聞もそうだった。

 今日、衆議院議員の選挙がある。首相与党が政策討論の場を逃げて、初の女性首相などという「人気」を前面に、チラチラと「得票が増えれば軍備増強と憲法改悪を強行する」と述べることで、「信を得た」というつもりだ。
 与党自民党の中にも「これではよくない」と思う人もいると思うが、高市氏のえげつない「石破内閣議員干し上げ」「旧安倍派裏金・教会議員の勢い」に怯えて口をつぐんでいる。
 権力がチラチラ見えてきたので「安保法制」も「原発」も認めた潮流も同じこと。
 将来の歴史家が、「あの時代の人間という人間が卑怯だったから」と言わせないように、戦争に向かったあの時代を学びなおす必要がありそうだ。
 と言いながら、ちょっと飲みに行って「割り勘3000円は安かったなあ」と言いつつ、「天皇機関説タイフーン」講談社3080円にはちょっとたじろぐ小さい男がここにいる。

2026年2月7日土曜日

てこの原理 そして視点

    アルキメデス曰く「我に支点を与えよ!」

 長い間庭の花崗岩製の道祖神が地震で倒れたままになっていた。
 そこが作業のし難い場所であるということもあるが、なにしろ重くて起こそうとしてもにっちもさっちもいかない。
 けっこう多くの大工道具を持っている私だが全く歯が立たない。
 クルマのジャッキも使えないし、ロープをかけてクルマで引っ張るにも周りは庭と歩道だけなので考えあぐねた。
 それに、腰を痛めるか、指を骨折するか・・が相当な確率で頭の中を飛び回った。

 そこで原点に返ってアルキメデス・・・なのだが、ホームセンターで見るテコ用のバールは高額だった。
 なので、ものは試しに一度見てみようとネットで『モノタロウ』を調べてみると、ホームセンターと比べて相当格安のものが出ていたので「エイヤッ」と購入したのが写真のバール。
 効果はてきめん。種々困難はあったが積年の課題が解決。「我に支点を与えよ、されば地球をも動かさん」と妻にうそぶいた次第。

 で、強引な連想だが、テレビを視ていると「どの党もええことばかり言っているのでその差が解らない」というような街の声がニュースで流れているが、結局、確かな視点がないからだろうと、つまらぬ言葉遊びをした。チャンチャン。

【おまけ】小学校のときに先生が「電車の車輪とレールはどっちが固い?」と問題を出した。ヒントは、交換しにくい方が固く、交換しやすい方をあえて弱く造っているということだったが、私は大きな声で「レールの方が弱い」と言って、クラス仲間からも多数の賛同を得た。
 答は、交換など修理のしやすい車輪の方をあえて弱く造っているのだが、そのとき私は執拗に「レールの方が弱い」と主張した。その訳は・・・
 私は通学途中などでいろんな工事現場や工場などを覗くのが大好きだった。
 その見聞からすると、大きなバールさえあればクラス全員で枕木から犬釘を抜き、新しいレールと取り換えるのはできそうだ! しかし、車両を持ち上げて車輪を交換するのはクラス全員が力を合わせても無理のようだった。
 今回、けっこう大きなバールを入手して、あの日のクラスを思い出した。そう、バールと支点(視点)さえあれば何でもできるぞ!!

2026年2月6日金曜日

共産近畿カルテット

    共産党は近畿の比例区に4人の候補者を立てている。
 リアルな話「現有2議席が危ない」と訴えられている。
 現有2議席は たつみコータロー と 堀川あきこ だ。
 比例の投票は政党名=日本共産党と投票すると死票はない。
 それが増えると、 清水ただし 冨士谷かえ子 まで当選する。
 このカルテットに仕事をさせたい。

 選挙区は小選挙区なので壁は厚いが、大阪1区には 竹内よしのり が立っている。
 共産党の候補者は、議員という名誉?や金が目当てで立っているわけではない。
 家族を含めてある種犠牲的精神で奮闘している。
 あと2日、どうか支持の輪を広げてほしい。

2026年2月5日木曜日

不妄語戒

    立春とはいえ、この週末はまた大寒波が予想されている。
 奈良近辺では「東大寺のお水取り(修二会)までは春は来ない」と言われるが、それは2月20日に別火が始まり、お松明で有名な本行は3月1日から14日で、いわゆるお水取りは12日の夜に行われるのでこの地の春はまだ40日ほど待たなければならない。
 参籠する練行衆は2月晦日に仏教の八斎戒を授かるのだが、その4は不妄語戒「嘘をつかない」というもので、高市氏の信仰がどの辺りなのかは知らないが、正しい意味なら仏教徒ではないように推測する。
 ただし、氏と持ちつ持たれつの関係にある世界基督教統一神霊協会(世界平和統一家庭連合)はカトリック教会、ルーテル教会など世界のキリスト教団体からはキリスト教とは認められていないただのカルト団体だから、その世界では嘘も許されているのだろう?
 高市氏は、先のNHKの党首討論会を「前日痛めた指の痛み」のため正(まさ)しく直前にドタキャンしたが、実はそれ以前から誰と代わるかの相談をしていたことが週刊誌にスッパ抜かれている。
 仏教徒であろうがなかろうが、妄語・噓つきは良くない。
 そういう人物が、「これから大胆に強行する政治に全権委任してくれ」と、白紙委任状をくれというのが今回の選挙の本質だ。
 仏教では慈悲のこころが説かれるが、良くない権力が庶民を痛めるのに抗わず、慈悲のこころの名の下に看過するのは仏のこころではないと思うが如何。

大豆の豆ごはん

    節分には年齢プラス1の数の豆を食べることになっているが、そもそも明治よりも古い習わしだから年齢というのは数え年が基本だろう。
 それにしても節分というのは立春正月の前日、いわば大晦日の行事だから、立春正月を当てての数え年がよいのでないか。となると、1月生まれのものは、満年齢プラス1の数え年でさらにプラス1になる。ややこしい。正解はよくはわからない。
 なので、できるだけ食べる数を減らすために「満年齢」を採用したいが、満年齢プラス1でも恐ろしい数になるので、結局数にこだわらずに「それだけ食べたこと」にしている。
 そんなこともあり豆が余ったので、一晩水に浸けておいて4日には豆ごはんにして戴いた。
 で、豆ごはんのパワーで週末には鬼退治といきたいが、はてさて。

2026年2月4日水曜日

Tax The Rich

 
    Tax The Rich =富裕層に課税しよう!

 「もしかしたら私には増税?」とご心配の貴方!
年間所得が1億円以上の話です。
 土地代の値上がりで不動産評価額が高くても別のことです。
 そもそも税というのは応能負担が原則です。
 Tax The Rich !

 例えば大企業の内部留保。そこに応分の課税をすれば財源は生まれます。
 企業献金ゼロの共産党だから主張し追求できます。
 けっこう良い政策だと思いませんか。
 一緒に声をあげましょう。
 Tax The Rich!!

立春大吉

    すっかり「街の鳥」となったイソヒヨドリの胸のオレンジが朱くなってきた。婚姻色の始まりであり、春の始まりだ。 昨日は節分、今日は立春。(写真の鬼、実は目が光っているのです)

 さて、立春大吉の文字は表から読んでも裏から読んでも立春大吉。故に侵入してきた鬼が「アレッ こっちが入口かと間違えて出ていってしまう」と書いてあるのを読んだが、そんなあほな!というよりも、このダジャレ並みの理屈のありがた~いお札を笑って受け入れよう。

 『石(いわ)ばしる垂水(たるみ)の上の早蕨(さわらび)の萌え出づる春になりにけるかも』

 人生、辛いこともあるが、癒されることもある。いつか正しいことに陽の当たるときが来る。元気だしてゆこう!今週末は総選挙投開票日。

 フェイスブックを見ていると面白いものがあった。大山奈々子さんのフェイスブックだったが、「女性天皇に関する候補者の考え方」(全国?神奈川?)という棒グラフで、「女性・女系天皇に賛成」(%)が、自民0、参政0。国民0、維新4、公明8、立憲53、共産98だった。
 「虎に翼」の「嫁いだ女性は無能力者」の時代じゃあるまいし、いつまで「女は子を産む機械」「女は畑」だ! 心ある女性よ考えよう。
 
 

2026年2月3日火曜日

鬼は外

    白川静文字学によると「春」の元の字(金文)は草冠に屯。寒い冬の間、閉じ込められていた草の根がようやく芽を出そうという意。
 「春」のフランス語やスペイン語は「最初の時」。英語やオランダ語には「跳ねる」の意味もある。つまり、立春を正月と思う思想には道理があり、その前日である節分に厄払いをして新たな一年を迎えようと考えるのもまた道理がある。

 2月3日は節分である。豆まきの由来は古代中国の追儺の儀式だが、日本で広まった理由の一つには文武天皇の706年に疫病が流行したので「鬼やらい」を行ったことなどがある。
 つまり豆まきは、ただの保育園の行事ではなく、歴史を重ねた真剣なものだった。そして疫病なんぞは今もまた人類の恐怖である。その上に・・・

 時あたかも、ゆるがせにできない鬼のような災難が国会を自分勝手解散し、我われの健康や平和に襲い掛かってきている。ここは熟慮の一票で退治しようと思う。そしてやっぱり豆まきも・・・
 
 日曜日に孫の凜ちゃんファミリーが「祖父ちゃん、お誕生日おめでとう」と来てくれたので、豆まきを繰り上げ実施した。祖父ちゃんは心から喜んでいる。
 さてわが家の豆まきの本番は2月3日の夜に行う。2階のベランダからはけっこう大きな声で「鬼は外、福は内」とやる。街中が高齢化していて、外からはその種の声は聞こえてこないがわが家はやる。
 四方八方の戸口でやって最後は北西で、「鬼は外、福は内、戌亥の隅にどっさりこ」と言って戸を大きくびしゃんと閉めてこれを終える。

【おまけ】節分には厄落としの行事もある。河竹黙阿弥の作った歌舞伎三人吉三の台詞は有名。
「おん厄払いましょ、厄落とし。あゝら、めでたいな、めでたいな、ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の、銭と違って金包み、こいつぁ春から縁起がいいわぇ」



2026年2月2日月曜日

鬼の寒念仏

     昔の人はエライ! つくづくそう思う!
 お正月も済んだので掛け軸を『鬼の寒念仏』に替えた。(寒念仏とは小寒から節分までの時期に行われる寒行のひとつ)
 この絵、勧進帳ではないが手には奉加帳を持っている。鉦を叩いて「我こそは善き人であるから一票を布施し給え」と空念仏を唱えている。
 エッ、現代の風刺漫画ですか?
 小道具や空念仏を信じたならえらい目に合うぞ、本性をよぉく見極めよ!と古人(大津絵)は教えている。
 そしてその種の偽善的な生き方をしてはならないとの戒めでもある。

 と、胸に手をあてつつ私の本心を訴えたい。
 「今度の総選挙、比例では日本共産党と投票しよう」。
 それこそが、政治の腐敗を一掃し、暮らしと福祉を充実させ、戦争への道をストップする力だろう。
 ニセ僧侶ならぬニセ政治屋には騙されてはならぬ。


 衆議院選挙では、比例に「候補者名」を書くと無効です。
 比例の投票用紙には「共産党」と書いてください。

2026年2月1日日曜日

どれも理に適ってる

    (1)今日は日曜日、昨日書いた(私の俳句が掲載された)赤旗日曜版の日曜日。
 その赤旗日曜版に、ちょうど選挙の真っ最中だから、「共産党を私は推す」という企画があったが、その中に作家・詩人の池澤夏樹さんの寄稿があり、心から共鳴したので紹介する。

🔳 女性が首相になるというから見ていたら、中身はまったくの自民のおっさん。国を右へ右へと引きずっていく。とんでもなく好戦的で、危うい発言で中国を挑発して嬉々としている。いざ開戦となったらどれくらい嬉しい顔をするのだろう。
 だいたい米国の空母の上で大統領に媚びてはしゃぎまくるなど、靖国の英霊がお怒りになっていないか(と冗談のつもりで言ったが本当かもしれない)。
 立憲民主党が公明党と一緒になって、妥協の果てに反原発と反安保政策の旗を降ろしてしまった。右と左を足して2で割って「中道」って、そんな計算が成り立つか?
 という風に他の政党が話にならないから日本共産党を応援するのではない。掲げる政策がどれも理に適っているからだ。この党が力を得ればその分だけ日本の政治はまっとうになる。人を不幸にする諸勢力を押し返せる。一時の好き嫌いではなく、落ち着いて考えて投票所に行こう。🔳


 (2)新聞の折り込みに自民党の法定ビラがあったが、5つの太い政策中の2本が「防衛力」と「憲法改正」であった。首相は選挙が終わったら「この政策が全権委任された」と言うつもりなのだろう。
 この政策について、素朴な感想を述べてみたい。
 さて「防衛力」のことを「抑止力」と唱えていると思うが、要するに、軍事力を増強して近隣諸国に対して「何かあったら(有事)貴国(仮想の隣国?)を叩き潰すから手を出すなよ」ということを夢見ているのだろう。難しい理屈を言わずともトランプの真似だろう。
 その場合、貴方(この読者)が、国土面積でも人口でも、近頃は経済力でも日本を超えている国が同じように考えたらどうする。その場合、「俺の国を侮るなよ」と日本を凌ぐ軍事力を持つだろう。もちろん「防衛力」「抑止力」と言いながら。
 こういうのをチキンレースと呼ぶ。「ビビったら負けや」という中学生不良グループの発想だ。
 ただこのチキンレース。近隣の国は最新鋭の核兵器で脅す必要はない。
 海上の島国には50基を超える原発が立っていて、その外部電源あたりが切れただけでこの国は壊滅的打撃を受けるのだ。
 もうエエカゲン、抑止力という幻想に惑わされず、憲法を掲げた外交で日本を守ると考えたらどうか。

 もう一つ、軍事力と憲法に関わって首相らの発言を聞いていると、「〇〇有事でアメリカが戦争しようかというときに、日本は憲法上参加しませんと言ったらアメリカは日本を守ってくれないだろう」という発想がある。
 現実には、アメリカはアメリカの利益のために日本国中に基地を置いているのだということはアメリカの記録で明らかなのに。
 ただトランプは先日「同盟国」に「俺たちがアフガンや中東で戦っていたときに貴国は何をしていた」と言って、イギリスやヨーロッパ諸国の反発を食らったが、こういうトランプ流の脅しになにがしかの貢物を出して許してもらおうという発想なのだろう。その貢物、それは日本人の命である。自衛隊をアメリカの戦場に送り出して、何人もの自衛隊員が死亡すればアメリカに対して大きな顔ができるという発想だ。

 戦闘のゲームで勝った負けたを喜んでいる青年には自分が殺される、生身の他人を殺すという現実感がないかもしれないが、
 自民党の政策ビラを太陽にかざすと、そんな「あぶり出し(文字)」が私には読める。

2026年1月31日土曜日

お辞儀するのはジョウビタキ

    (1)しんぶん赤旗日曜版21日号の俳句欄[渡辺をさむ選]に採ってもらって掲載された。久々の入選は正直嬉しい。

   🔳 北風(きた)に抗(こう)せよ蝋梅の香の意気地 🔳

    作者がコメントするのは野暮だと思うが、あらゆる生き物が首をすくめるような北風にあっても芳香を放出し続ける蝋梅に意気地を感じて詠んだもの。(そのまんまやないか)
 お正月には、「あの蝋梅に負けずに頑張って生きていこう」と子や孫に語った。(そこが実は言いたかったこと)
 そして孫には、「祖父ちゃんは破調で強調し、そしてKの韻を踏んだのだ」と蛇足を一言。孫は感心してくれた。(笑)

 ちなみに、赤旗日曜版は月に990円。購読申し込みはWebで掲載のQRコードからが簡単。
    21日号でいえばタブロイド判で32ページもあって内容豊富。未だご購読されておられない方はどうかご購読を! ほんとうに内容は豊富です。

 (2)こんな寒い日には野鳥だってどこかに隠れて暖をとっているのでは・・と思いたくなるような日にもヒッヒッヒッヒとやって来て、何度の何度もお辞儀をするジョウビタキ。
 尉火焚き(尉鶲)。これほど見事な命名はあまりない。
 白髪の上に立派な紋付を着ているから「尉」。そしてヒッヒッヒッヒの後でカチカチカチと火打石を打つから「火焚き」。おまけに胸から腹は美しいオレンジ色。
 ジョウビタキが起点でその仲間が鶲(ヒタキ)という命名もわかるわかる。その中にはルリビタキという美女もいる。
 ピラカンサの実が好物と本にあったが、我が家の庭では土の上の虫などを探しているようだ。私が庭いじりなどしていると、近くでじーっとチャンスを持っていて、私が引っ込むと掘り返した土のあたりでエサを探している。
 ヒッヒッヒッヒカチカチカチカチ。今日もやってきた。

 さて、その昔、スズメとジョウビタキは姉妹だった。母親が重い病気になったとき、スズメはお歯グロを塗っていたがすぐやめて駆けつけたので死に目に会うことができたが、ジョウビタキは化粧をしたり紋付を着たりと時間をかけたので死に目に間に合わなかった。怒った父親はジョウビタキに「もう、こんりんざい食べ物をやらない」と言ったので、今でもジョウビタキは、おじぎをしている。いっぽうスズメの口もとが黒いのは、途中で塗るのをやめたお歯グロのあとなのだ・・という民話はよくできている。

2026年1月30日金曜日

左派の共闘を応援する

    世の中は面白いもので、立憲が公明に飲み込まれたことで、ほんとうの革新政党、左派政党が輝いている。
 大阪では7区の共産党候補と9区の社民党候補の相互支援が成立。
 愛知では8選挙区で共産党候補を、1選挙区で社民党候補の相互支援が成立。 15区では共産党がれいわ新選組の候補を自主支援。
 神奈川では11区の共産党候補と15区の社民党候補を相互支援。
 福岡8区では共産党がれいわ新選組の候補を支援。
 熊本では24区の共産党候補と3区の社民党候補を相互支援。
 鹿児島では2区の共産党候補と4区の社民党候補を相互推薦。
 そして沖縄では1区の共産党赤嶺さんが保革を超えたオール沖縄の候補。
 このように、共産党と、社民党、れいわ新選組、新社会党、沖縄社会大衆党、沖縄の風、「うない・にぬふぁ」らの人々と各地で共闘が進んでいる。
 言いたいことは、立憲の右旋回などに弱気になる必要はないということ。
 考えれば、アメリカのど真ん中ニューヨークでは「社会主義者である」と公言している市長が当選している時代なのだから。

年の瀬

    年の瀬も押し迫ってきた???。節分は立春の前日だから旧暦でいうと年の瀬。同時にいよいよ新しい年=春が始まる。日の入りの光を見ていると、そういう暦が実感できる。

 その種の旧暦の雰囲気を全く投げ捨てたような現代日本だが、例えば時計の文字盤のてっぺんは相変わらず12のままだ。
 現職の頃、案内文書を書くのに、昼の12時半は午前12時30分だろうか午後12時30分だろうかと迷ったことがある。これが午後0時30分なら一切の誤解は生じないのに。
 ほんとうにてっぺんが0の表示の時計を誰か作らないものか。日本が世界に先駆けて打ち出せばいいのにと思っていたら、新聞等のテレビラジオ欄の深夜放送の番組が24時間をベースにして、25時、27時、・・などと表示されているのがあって、ナルホドこれも解りやすい知恵だと感心した。
 ちなみに、明治5年太政官達(たっし)では、午前0時は即午後12時とあるが、午後は0時の規定がなく1時から始まっているようにも見えて、ならば昼の12時半は、午前12時30分とも見える。

 このように昼のそれを午前12時30分と呼ぶのは時刻という大切な概念に混乱を与えるが、例えば解散権について、立法趣旨を考えずに「法律に書いてないから首相の特権だ」というのと同じである。
 そういうのは、いささか農業従事者を軽蔑する言い方だが、俗に「法律の百姓読み」という。はっきり言えば「詭弁」である。そういう首相を戴くことは法治国家としてよくない。
 その人が言う! 「私が信任されたら国論を分つ政治を強行する」と。OH ‼
 ナチスの全権委任法だ。
 そういうのは年の瀬ではなく、世も末という。

2026年1月29日木曜日

手形の信用

    現職の頃、約束手形を預かる仕事もあった。その中にはジャンプといって期日を伸ばしてくれという申し出に対する仕事もあったし、何よりも半年間ぐらいだったかに2回「不渡」を出すと銀行取引が停止され事実上倒産になり、預かっていた約手はただの紙切れになるからそれなりに大変だった。

 そして、現在進行形の選挙の報道や演説を見ていて、何か約手みたいだなあという気分が湧いてきた。
 あなたの信じたその手形、ほんとうに信用できますか?と。

 各党が「あれもします・これもします」と手形を振り出しているが、選挙が終わればただの紙くずというのを幾たび見てきたことだろう。
 そんなとき一番大事なことは、振出人の日頃の誠実さであり実績だと思う。

 清潔な政治の第一歩、裏金問題をスクープしたのは共産党。
 その前提のような企業団体献金をいっさい手にしていないのは共産党だけ。
 税金の分捕りみたいな政党助成金をいっさい拒否しているのは共産党だけ。
 「日本国民の金を韓国に移すのは正しい」という統一協会(教会)に徹底して対決してきたのは共産党。
 桜を見る会や森友問題をスクープして安倍晋三による政治の私物化を追及したのも共産党。
 税制でいえば、応能負担だ、大企業は社会的責任を果たせと主張する共産党。

 こういう事実の検証なしに、「この党はこう言ってます」「あの党はああ言ってます」という報道は実に危険だと、手形を扱った経験者は呟くのだが。

2026年1月28日水曜日

京都6区上條亮一を推す

    27日の夜に友人のTさんが、梅田ヨドバシ前のタムトモ第一声を見てきたと写真の送信があった。大盛況のようだった。
 ならば・・ではないが私は京都6区の街頭演説の「山の賑わい」に行ってきた。(枯れ木も山の賑わい)
 ヨドバシに比べれば何百分の一かもしれないが、だとすると私一人はヨドバシの何百人、何千人に相当する・・なんて、プラス思考で帰ってきた。実際は寒い中なかなか人は立ち止まってくれない。
 大きなショッピングセンターの駐車場に入れたので、駐車料代わりの買い物で夕食の材料を買ってきた。夕食は「中華定食もどき」にした。
 それにしても各種値段は上がっている。
 バナナのたたき売りみたいに「我が党は消費税〇年食品〇%」とか言いあっているが、誰がこの物価高の要因である円安を産んだのか、賃金抑制内部留保で株主資本主義を進めたのか、メディアのツッコミはいつもあいまいだ。
 円安というのも、少し乱暴に言ってしまえば、高額企業献金をしてくれるトヨタのために自民党が進めた政策だと思う。
 この構造を問題にしない「ゆ党」、「中道」の「公約」の頼りなさも乗り越えたい。となると、ブレない共産党と上條亮一(かみじょうりょういち)を推すしかない。

統一協会との闇

    去年の3月、東京地裁は統一協会(彼ら自身は後日「教会」と称したが元々は世界基督教統一神霊協会)(現世界平和統一家庭連合)に宗教法人法第81条に基づく解散命令を行った。
判決は、類例のない膨大な規模の被害によって、被害者数は1,559人、被害総額は約204億円に上るとした。

統一協会は、本部が韓国でありながら運営資金の約7割を日本が負担するという異常な収益構造を持っており、日本の信者から集めた献金が韓国本部の活動を支えている。
これは、「日本はエバ国家であり、神の祖国である韓国に奉仕する使命がある」という特異な教えに基づいている。(エバ=イブ国家はアダム国家・韓国に尽くす国)
 また、罪の代価を行いで支払う「蕩減」という概念を重要視し、先祖の因縁を断ち切るために、信者が金銭的献金や厳しい奉仕活動を「神への愛の証」として行う必要があると教えるもので、この「蕩減」という概念が、霊感商法や高額献金の理論的根拠として乱用された。
 このように、右翼のよく使用する言葉でいえば「売国的な」カルト団体に、なんと自民党議員の約半数が何らかの関係を持っていたというのが驚きだ。
 そこに安倍晋三の力があった。
教団は、自民党などの政党や政治家との関係を強化することで・・、

① 「世界基督教統一神霊協会」から後に「世界平和統一家庭連合」への変更を文部科学省が承認。
② 同性婚反対、夫婦別姓反対、家族制度維持などの保守的な政策を推進し、教団の教義と合致する社会の実現を目指し。
③ 霊感商法に対する行政の取り締まりを弱め、組織的な搾取活動を継続しやすくし、
④ 宗教法人特権である法人税・固定資産税等の税制優遇措置を享受し続けた。
 
 現在韓国では、韓鶴子総裁が贈賄等の罪で逮捕され、これに関係するTM文書(真(まこと)のお母さまTrue Mother)が公表されたが、そこには日本における政界工作が語られ、特に高市早苗氏は期待の星、親密な議員として登場している。
 俗にいう保守だとか右だとか称する人々が、彼らの言葉でいうこんな「売国的」なカルト集団とどうして密着するのか普通の感覚では理解しがたいが、今度の総選挙でそういう候補者や政党を信任してはいけないと強く思うものである。

 最後にとっても不思議な話だが、統一協会は北朝鮮ともズブズブで、故文鮮明総裁は金日成と兄弟関係を公言し、多額の資金援助を行い、それゆえに金正日、金正恩とも統一協会は結びつき、北から文鮮明遺族に弔電も送られた事実がある。こうなると、常識人の脳みそはついていけないが、そういえば、日本で大きな選挙があるごとに北がミサイルを飛ばすカラクリも想像の内に入ってくる。眩暈がしそうだ。