2026年1月24日土曜日

石筍みたい

    22日の夜、外の水道管が破裂してはならないので少しずつ水が流れるようにしていたら、23日にはこんなのができていた。鍾乳洞内にできる石筍(せきじゅん)みたいなものだが、石筍に比べればあまりにインスタント。
 それにしてもよくできたものだ。
 JCPZが発生して近畿北部は大雪だったが、わが家周辺はたまに風花(かざはな)が見られただけ。それでも夜にはこんな石筍もどきができた。
 去年あたりから健康第一・金銭第二で一晩中床暖を付けているから、そういう外気も知らずに過ごしている。ありがたいことだ。
 日本国憲法第25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とされているが、軍拡と大企業優遇、トランプ第一の政治の下で震えている人々はいないだろうか。
 テレビを視ていると「選挙の争点は消費税」みたいな解説があって、「各党の間にそれほど相違はない」とか「消費税を減税すれば福祉を削らなければならない」みたいなミスリードが目につくが、ここは「平和や人権尊重の憲法を守る」か「人権や福祉よりも軍拡」で憲法改悪の方向に進むのかが問われる総選挙なんだと思う。

2026年1月23日金曜日

少年老い易し

    小笠原好彦先生の古代史の講座に参加している。
 そのことでお金が儲かることもないし資格が与えられたり何か進級することもないので、社会的地位やスキルのような承認欲求とも縁遠いが、少しばかり心が豊かになるような気だけはする。
 人生の第四コーナーで悔やんでいるわけでもなく、こんなものだと老人顔するのも嫌なので、生きているうちは青春だと思うことにしたい。
 今年初めての先日の講座では、冒頭、先生が次の詩を吟じてくださった。 

    「偶成」 朱熹(朱子)
    少年易老學難成
    一寸光陰不可輕
    未覺池塘春草夢
    階前梧葉已秋聲
 
 少年老い易く学成り難し
 一寸の光陰軽んずべからず
 未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
 階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声
 
 若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから・・・。
 春に池のほとりに草がゆらぐのを見ながらうつらうつらと夢を見ていたかと思うと、庭先のアオギリはもう秋の気配を帯びている。
 (偶成 「たまたまできた」の意)
 漢詩にしても俳句や短歌にしても、文章を削ぎ落して訴えるのが肝心とか。先日から政治状況を睨んで原稿を募集したが、言いたいことがいっぱいあるのだろう、大論文みたいな原稿も少なくなかった。新聞編集では「長い記事は短い。短い記事は長い」という鉄則がある。漢詩とまではいわないが、俳句などの短詩に挑戦してトレーニングするのも有効かも。

2026年1月22日木曜日

中野晃一氏のスピーチ

 
 中野晃一氏のスピーチは解りやすい。
 そんなに長くもない。
 下記のアドレスを反転させて「移動」を選択すると見ることができる。
 ぜひとも見てほしい。

https://www.facebook.com/reel/3126324274221039/?s=fb_shorts_profile&stack_idx=0


気象は地球規模

    昔話になる。気象庁の労働組合は、 省庁再編などもあり現在は国土交通労働組合の一部であるが昔は全気象労働組合として独立していた。
 ヒロシマの黒い雨訴訟で「増田雨域」として話題になった気象学者故増田善信氏が委員長であったときもある。

 もう30年ぐらい前のことだが私は大阪管区気象台で全気象の方々とある相談していたが、それが今日と同じように、記録的な寒波が近づいてきているときだった。
 そのとき、全気象の組合員でもある気象台の職員の方々が、熱気を帯びて職場の中を駆け回っていた印象が今も残っている。
 労働組合の相談をしている周囲でも、どんなに強く大きい寒波がどこにあって、どのように発達しながら日本列島各地に向かっているのかという観測データの話が盛り上がっていた。
 観測機器も手作業に近く、だいたいテレビの天気予報用の黒板も気象台の会議室の隅にNHKと民放用があったころである。
 その熱気に私は「技術系、自然科学系の仕事っていいなあ」と思ったものだった。
 昨日今日あたり、データは格段に機械化されただろうが、やはり予報官たちは熱気を帯びて議論しているのだろうか。

 25年10月24日と26年1月5日にも書いたが、大阪管区気象台が21日「JPCZが停滞するから大雪の危険」と発表し、テレビ各局もそれを伝えている。
 だが、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)がどうして発生するのかという解説はどこのテレビ局もしていないように思う。
 地球規模で起こっていることを狭い日本国内だけで理解しようとするのは如何なものか。
 何か近頃、「島国根性」という言葉が頭に浮かぶことが多くなった。

2026年1月21日水曜日

全権委任

 デジタルクリエーター タガミケンイチ氏のFBの指摘に同意するのでその主旨を以下にほぼ再録する。

🔳 高市首相いわく、”そしてその後政府が提出しようとしている法律案、これも賛否の分かれる大きなものでございます。だからこそ国会が始まる前に国民の皆様の信を問いたい、そう考えました。そして信任をいただけたらこれは力強く進めてまいります。”だそうです。法律案具体的に言っていない。

信任されたら全権委任いただきましたと承知するであろう法律案は、思いつくだけでも、改憲、非核三原則、スパイ防止策、増税、年金など。これはナチスヒトラーと同じ手法。議会制民主主義の否定です。減税騒ぎで騙されている。

もう一つスルーされているのは、16日自民党の小野寺五典安全保障調査会長や日本維新の会の青柳仁士衆院議員らがネタニヤフ首相表敬訪問したこと。パレスチナジェノサイドを認めたことになる。

高市氏を支持する若い方が支持する理由、政治のことはよくわからないが、おちゃめ、かっこいい、決断力があり期待できそう。具体的に何を期待するのか分かりませんが。🔳

 以上、極めて大切な指摘である。

みんな真面目

    高市政権に厳しい審判を というスタンスで原稿を募集したところ、みんなから大いに真面目な原稿が集まった。
 内容に一切問題はないのだが、というか立派な原稿ばかりだが、労働組合でいうところの情勢報告というか、新聞でいえば社説や主張というか、一言で言って堅いし長い。
 広報活動の注意事項に「長いは短い」というのがある。長い記事は読む人が少ないから人に読まれた総字数は短い、反対にいうと「短いは長い」と言われる。 
 それにどうしてもミニコミ紙には速報性はないから、少し前の台湾有事などにフォーカスしすぎて、読者の手元に届くころには少し微妙なタイムラグも生じるかもしれない。
 ならば「寸鉄人を刺す」みたいなひとことコラム(文字の風刺画?)をと考えたが実際に書こうとすると凡才には大いに難しい。
 しかしここは恥も外聞もなく挑戦するしか仕方がない。そんな気持ちで編集長に送信したが、・・・もう、あとはよろしく。
 最後に、井上ひさしさんの言葉を複唱、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」。ははあ~~。

2026年1月20日火曜日

寒波の前

    19日は暖かったが、ラジオはこの後強い寒波が長く来るから気をつけろとアナウンスしている。JCPZの直撃だ。
 なので19日中にと、きつい棘に抵抗されながら花柚子を収穫した。その場所はわが家の中で一番収穫のし難い場所なので梯子を架けての少々危険な作業だったがどうにか目的を達した。
 3家族のジャムや柚子茶になる。 
 ただし、孫の夏ちゃんが後日採りに来る分は木に残しておいた。

 その作業中ひとつ好い事があった。頭上をゆったりと鷹が飛んで行ったのだ。鹿背山のオオタカだと思うがカメラは持っていなかった。オオタカは久し振りだった。
 この辺りでは鷹はカラスの集団に追いかけられて不様なことが多いが、19日はほんとうに悠々と飛んでいて見とれた。

    庭での作業中、蝋梅の香りが爽やかだった。
 「いい香りですね」「明日から寒いそうですね」などと通行人が声をかけてくれた。
 長期の大寒波! ウスイエンドウの苗、気の早いアジサイの新芽、ニオイバンマツリ等々寒さに弱い草木は耐えられるだろうか。

 夜には首相の記者会見があった。「与党連合が過半数を得たら憲法改正、防衛政策の見直しが支持されたことになる」との発言には寒波以上に背筋が寒くなった。
 CIA並みの機関を作る、スパイ防止法を作るなどは特高警察国家の宣言と思われる。
 中国に対してはまるで開戦前夜のようだった。
 常識ある経済界からしても高市内閣は亡国の政権ではないだろうか。
 いま対抗しなくていつの日か!という気持ちになってきた。

2026年1月19日月曜日

羊頭狗肉でなければよいが

    幾つかのテレビ局の夕方のテレビで、ニュースの終わりに赤ちゃんの誕生や誕生日を祝う短いコーナーがあるが、近頃は、キラキラネームを通り越して「その漢字でそう読ませるか??」という名前に驚くことが多い。
 もうそれが普通なのだから「驚くあんたが古い」と言われそうなので、まあそれも子供への親ばかなのだろうと認めようか。
 ところで、政党の名前はどうだろう。
 過去の新党の名前を適当に思い出してみると、国民新党、新自由クラブ、日本創新党、みんなの党、維新の党、改革クラブ、希望の党、減税日本、サラリーマン新党、新党さきがけ、スポーツ平和党、福祉党、民主改革連合などなど、どうも「名は体を表す」とは言い難いものも少なくない。
 キラキラネームではないが、単純に名前と名前から受けるイメージや宣伝文句で「信じる」のは〇〇詐欺にあう思考傾向と似ている。西洋ばかり眺めて東洋の知恵を馬鹿にすると「羊頭狗肉」の故事成語が解らない。
 さて、ラテン語に由来する、共有、共通、共同という意味の「コミュニズム」は町のコミュニティー会館などとして普遍性を持っているが、生産手段を協同体で運用しようという近現代の思想を「共産主義」と訳したのは明治の日本人で、言ってみれば、その言葉(漢字)を中国などが輸入したので、言葉(漢字)のことだが本家が日本だというのはあまり知られていない。
 「中道」という言葉は仏教にもあるが、右と左の中間が中道だというのはあまりに安っぽい理解でないか。釈迦の教えはそんなに安っぽくはない。例えば話題の「台湾有事」について、日本が攻められてもしないのに出かけて戦争しようという右の意見と、憲法違反の戦争はするなという左の意見の間の「中道」ってあるのだろうか。
 遠い昔に民社党という政党があったが、中道の名の下に肝心なところで裏切ってばかりいたように感じている。 
 今度の方々は、最初の最初から「安保法制は合憲」「原発再稼働容認」らしいから、もっと解りやすい。

2026年1月18日日曜日

嫌な時代の雰囲気

    近くのけっこう広い公園と
そこに表示されている注意書きをパチリ。
 どう見ても全てのボール遊びが禁じられている。
 ボール遊びといってもピンからキリだが、固くないボールもあるのじゃないか。
 小さい子供にあたったらどうする。何かあったらどうする。・・そういうことだろうなあ。

  世にいうモンスターペアレント対応だろうか。
 何かとりあえずは禁止にしておけば責任はかわされるというような底意が見えるようだ。個人の感想だが。
 ニッポン、ほんとうにそんなのでよいのだろうか。
 下の黄色い表示は最近追加されたものだ。
 きっと自治体に注文というか抗議あたりがあったのだろう。想像。
 カスタマーハラスメントにうなだれる公務員の姿が見えるようだが、職員側も一人で悩まずみんなで相談して、力を合わせて意見を述べたらどうだろう。
 この看板から、公務員のメンタル不調が透かし見えるようだ。・・みんな個人の感想。

2026年1月17日土曜日

胡姫酒肆

    先日、漢、唐の長安城の市(市場)について講義を受けたが、そのレジュメの中に、西市の中の「行(こう)」の分布図があった。
 行とは市場の中の果物屋とか肉屋とか同業者による商店街のようなものである。
 古代中国の市場であるから基本的には壁に囲まれているのだが、その西門周辺に、〇〇食店というのと並んで酒肆や胡姫酒肆とあったので、李白の「少年行」を思い出した。

  「少年行」 李白
   五陵年少金市東  
   銀鞍白馬度春風  
   落花踏盡遊何處  
   笑入胡姫酒肆中 
 
 五陵の年少 金市の東
 銀鞍 白馬 春風を度る
 落花踏み盡くして何れの處にか遊ぶ
 笑って入る胡姫の酒肆の中

「五陵の豪族の子弟らが東市を行く、白馬に銀の鞍をつけ春風を受けて進んでいく、落花を踏みつくして一体どこへ行こうというのだ、笑いながら入っていくのは胡姫のいる酒肆の中だ」
・・李白が詠んだのは東市だが、子弟らが入っていったのは胡姫酒肆だった。そして長安はクルド人など胡姫の居る西域に近かった。キャバレーかショーパブといったところだろうか。胡旋舞などの言葉は今もある。
さらに城壁に沿っては、公の記録にはなかっても安宿と歓楽街があったともいう。
古い古い古代史の勉強が、いやに解りやすいイメージになってきた。
(掲載した図はネットにあった「井出敏博の日々逍遥」にあったもの)

2026年1月16日金曜日

あれから31年

    1.17からもう31年も経過したのかと思うとゾッとするが、記憶は昨日のことのように残っている。その記憶はとりあえず横に置いて・・・
 
 さて、神戸の六甲道で被災された洋食屋Mon Ami(もなみ)が大阪で再開された店でたまたま人が少なかったとき(普通は常に店外に行列状態)に、カウンターでオーナーに「梅田から西向いて電車に乗ると街が美しくなりましたね」と話しかけたときオーナーが、「そう見えますか?」「私には借金の山に見えるんです」と返されたのを今も思い出す。

 その後の東日本大震災や能登半島地震を見ても、日本列島は自然災害を避けられないが、「阪神」のとき政府が「日本は資本主義の国だから個人補償はできない」と言い放ったのに対して、日本共産党が、小田実氏や幅広い住民やそのグループと団結して、避難所の諸問題の改善から、個人財産への支援金支給である「被災者生活再建支援法」を成立させたのは特筆すべきことだった。

 他国の大災害のニュースの映像などを見ると、避難所などの施設や環境が大きく改善されているように見えるが、それに比べると、この国では軍事費や「裏金」は膨らんでいる一方、ほんとうに災害対策は放ったらかしの気がする。
 災害も怖いが、この国の政治の劣化も怖ろしい。

 阪神のニュースで頑張られた久米宏氏の訃報にお悔やみを申し上げたい。

2026年1月15日木曜日

小正月

    1月15日は小正月。
 先日友人から「お正月飾りはいつ外すのが正しいのでしょう。関西は15日と書かれているものが多いが近所はもう外しているが」というメールを戴いた。
 世間全体が気ぜわしい時代にいつまでもお正月気分ではいられないという雰囲気にも一理はあるし、だいたい解散総選挙という生臭い話が降ってわいてきたので、私も注連飾りなどを少し早く外した。
 そして15日、神社に行く暇も惜しいので、わが家でとんどを催行した。
 そこそこそれらしいとんどであった。

古き仏たち

    菊の香や奈良には古き仏たち 芭蕉 といわれるが、仏像を信仰から離れて鑑賞するのも面白い。と、・・少し不遜なのは申し訳ないが。
 例えば興福寺の阿修羅像。20世紀初頭にピカソらが唱えたキュビズムが人間の顔を多面的に描いたが、すでに奈良時代の仏像はひとつの体にいくつもの顔を持っていた。これって考えると至極納得。キュビズムの先駆かも。

 私が子どもの頃の漫画に「未来の飛行機」というのがあって、それには長い翼とそこにプロペラがいくつもついていたが、人間の発想というか想像力は昔もよく似たもので、各地の千手観音というのは、こういう力もある、ああいう力もあるというのを形にしたらそうなったのだろう。
 その発想を「単純だ」というのではなく、人知を超える知恵や働きを文字以外で伝えるのには適切だったのだと思う。

 服装(着物)の文化でいうと、多くの埴輪は左衽(さじん・左前)であったが、719(養老3)年に右衽※とされて今日に至っている。ところが古い仏像には右衽も左衽もあるから、律令など浸透していなかったのか、それとも仏師のこだわりか? きっと前者ではないか。
 そもそも左衽は中国の北方民族=夷狄の風俗とされていたが、騎馬民族の戦闘力が格段に勝っていたので、紀元前3世紀、趙の武霊王は胡服騎射を採用したとあるので仏教の守護神四天王に左衽が見られないかと注目しているが、戦闘服のためもうひとつよくはわからない。
 ・・・というようなことを考えながら、実生活には何の効用もないが、奈良の古刹を巡っている。

右衽(うじん)を右前(みぎまえ)という。前の相手の人から見て右側の衽(おくみ・襟)が上であるからという説明もあるが、前という字には先という意味もあるから右の襟を先に合わせてから左を上に合わせるという意味で右前だと思う。

2026年1月14日水曜日

一部の議員秘書

    国会議員の秘書というと受付やお茶くみと誤解されている方もおられるが、実は少なからず議員の代理で仕事をしたりする。 
 古い話をしてもよい歳になったから語ると、私が労働組合の役員であった頃、野党とはいえ社会党の議席は多く、それを支えていたのが総評だった。
 そして有力な労働組合の大幹部は社会党議員の秘書を兼ねていたので、「議員の秘書だ」というと使用者側にけっこうな圧を持っていた。そんな現場をいくつも見てきた。秘書には秘書のバッジがあった。
 我われは、いわゆる総評非主流派で政党支持の自由派であったから、そういうものを冷ややかに眺めていた。
 そんな古い思い出を書いたのは、1986年から本格化した統一協会による自民党秘書への潜入作戦が統一協会の霊感商法温存に絶大な力を発揮し、はては山上被告の家庭破壊のような不幸をいっぱいバラマイタからである。
 だから多くの自民党議員が統一協会員を秘書にしていたということは大きな半ば犯罪行為だったと私は感じている。
 そして最近、国民民主党の某秘書の兼業先が堂々と東京電力になっていたと報道された。
 ここまで露骨でなくても、国民民主党の議員本人が電力総連、つまりは電力会社社員というのも少なくない。
 原発に反対できないはずである。
 この記事は、議員秘書制度を否定しているものではない。しかし、議員の国保税ちょろまかしを指南した維新の元秘書なども含め、よくない秘書もいる。

2026年1月13日火曜日

原稿を書く

    突然(というほど予想外でもなかったが)の衆議院解散総選挙が現実味を帯びてきたので、受けて立つミニコミ紙を急遽発行しようということになった。
 この急転直下は高市政権の弱さの表れそのものだが、そこは力関係。もたもたしていると弾き飛ばされる。
 ミニコミ紙で反撃しようとその旨を発信したところ、瞬間的に原稿を送ってくれた友人がいて感激した。
 つられて私も3本ほど書いたが、書きたいテーマは山ほどある。今は裏方に回ろうと書くのを抑制しているところだ。
 高齢者にとっては短期決戦はありがたい気もするが、始動が遅れれば時機を逸す。
 「こういうテーマで書くよ」とテーマ分担の予約も入っている。
 多彩なテーマで短い読みやすい記事がたくさん集まるといいなあ。

2026年1月12日月曜日

枯凋性(こちょうせい)

    雑木林にひときわ目立つ木がある。なぜ目立つかといえば常緑樹でもなく、落葉樹のようだが枯れ葉が落ちず、「ちゃらんぽらん」の漫才ではないが、中途半端やなあ~。
 こういうのを枯凋性(こちょうせい)というらしく、先祖は常緑樹であったものが落葉樹に変身中らしい。知らんけど。
 名前はブナ科コナラ属のクヌギで、実はドングリ中のドングリ。
 夏にはカブトムシなどの甲虫が来るので有名。

    検索してみると、冬にも葉が落ちないので「受験生の守り神」というような文に出くわしたが、それならもっと美しい常緑樹がいっぱいあるのに・・、それに枯れ葉の見た目があまり美しいとも思えないので、この文章にはへえ~というのが私の感想。

 シイタケ栽培の原木でもある。昔友人の「種打ち」を手伝ったことがある。わが家では息子がシイタケが苦手だったので、わが家では栽培してこなかったが一度やってみようかな。
    備長炭に代表される白炭に対してクヌギの炭は黒炭、その代表が菊炭。
 

2026年1月11日日曜日

十日戎から楽々亭

    10日に今宮戎神社(今宮の戎っさん)の「十日戎」に出かけた。このお参りをしなくてはどうも年が改まった気がしない。
 さてさて神さまの世界も俗物人間どもに汚されていると見えて、福笹を付けてくれる福娘やお嬢さんたちに向けては「撮影禁止」の表示が大々的になされていた。
 AIによって悪質な編集がされるからと思うとやむを得まいが・・・
 もう一つ、例のコロナ以降、社殿の裏でドンドンと叩く銅鑼もなくなったままだ。ただ、裏の賽銭箱には長蛇の列だった。昔はこんなことはなかったが??? 神さまの世界も時代とともに・・・なにか味気ないなあ。
 でもって並ぶのは止めて、裏の遠くから、”奈良の夏ちゃん、凜ちゃん、頼んまっせ!”と声をあげてきた。

    そして、今宮戎から難波へ出て、しばらくぶり(何十年ぶり?か)で夫婦で焼肉の楽々亭へ入った。
 ここへ来たからには、ロースなんかの焼肉では面白くないので、盛り合わせ以外にマメ、ツラ、ハートを追加した。焼肉というよりも、ホルモンと言っていた時代を思い出す。もちろんアオ(ネギ)の追加も昔のままお願いした。

 20代の頃よく来ていたことをいろいろ思い出して、気分は半世紀以上若返ったが、にごり酒を飲み過ぎて帰りのホームでへなへなとひっくり返った。現実は後期高齢者以外の何者でもない。妻には節酒せよとお説教を戴いた。
 戎っさん! 商売繁盛はエエから家内安全を頼んます。
 その上に余力があれば、内外の好戦主義者にお灸をすえてね!
 天気もよく、まあ好い十日戎だった。

2026年1月10日土曜日

祖父ちゃんカレー

    孫の凜ちゃんが来るのでカレーを作ることになった。
 別にルールが決まっているわけではないが、わが家ではカレーはだいたい私が担当する。
 なので今回もいろいろ考えたが結局最もオーソドックスな牛筋肉&じゃが芋カレーにした。
 勝手な私の好みだが、カレーはやはり牛(ぎゅう)である。そしてベースは筋肉がよい。うす切りやカレーシチュー用の赤身はもの足りない。
 野菜はじゃが芋、ニンジンと大量の玉ねぎ、それにトマト、マッシュルーム。夏ならズッキーニなどもよいがあとは適当。
 凜ちゃん仕様ということもあり、基本のトマトソースに、あとはニンニク、赤ワイン、各種スパイスといったところで、前半は鍋料理というよりも私はフライパンで炒めながら調理をする。
 そうして、まあまあ気に入った仕上がりになったので妻に最後の味見を勧めたところ、「この頃のカレールーは何でもおいしくなるようできてるなあ」だった。むむむむ。
 もちろん凜ちゃんには「ボーノ」を戴いた。

2026年1月9日金曜日

年頭に

    年が改まり親しい友人たちと顔を合わせると、「今年こそ頑張ろう」と言うのでなく、「いよいよ体があかんようになった」という言葉が多かった。
 健康や果ては命にも限界のあることは遠くは釈迦も、近くはK・マルクスも言っているから、その間を精一杯生きようと返したが、何ともしんどい年明けになった。
 その上に、』河野裕子歌集『葦舟』を読んだから少ししんみりだ。
 河野裕子は元々病弱だったうえに癌を患い、手術や長い闘病生活の上に夭折したが、この『葦舟』は生前最後の歌集である。
  🔳まぎれなく転移箇所は三つありいよいよ来ましたかと主治医に言へり
  🔳大泣きをしてゐるところへ帰りきてあなたは黙って背を撫でくるる
  🔳俺たちに残ってゐるのは五年かなトースト食べつつ普段の口調で
 すごい河野裕子と永田和宏。そして、短歌というものの力もすごい。
 話は元に戻って、
  🔳遠からずその日は必ずやって来る あの頃あんなに元気だったのに
  🔳笑ひ事ぢやないから笑ふほかなくて三分咲きの桜見にゆかうぢやないの
 はい、わかりました。

2026年1月8日木曜日

栴檀(楝)

    冬晴れに栴檀(楝)の実が美しい。
 読んだ本には、この実には毒があるとあったが、先輩のFさんは「小さい頃食べていたぞ」と私に教えてくれた。
 試しに一粒齧ってみたが一粒ぐらいでは何もわからなかった。といって大量に食べてみる気にもならないので、とりあえずは本の方を信じてそれ以上手を出してはいない。
 なお、ヒヨドリほかの野鳥たちは喜んで食べている。

 以前、老人ホームでテーブルにピラカンサを生けて「綺麗でしょ」と言われたことがあったが、「実には毒があると書かれていますよ」と私が言うと、スタッフが驚いて片付けたことがあった。
 お洒落のつもりでアジサイの葉に食べ物をもって中毒が発生したニュースもあったが、植物の毒性はややこしい。

    大阪の中の島の中央公会堂で集会などがあった後、一杯やりに土佐堀川を北浜へ渡る橋が『栴檀の木橋』で、昔は橋沿いに栴檀の木の大木があったとか。今はない。

 「栴檀は双葉より芳し」という言葉があるが、そこでいう栴檀は実は白檀のことで写真のこれではない。実際、芳香などはない。
 そのことを知らない人がプラシーボ効果みたいなもので、この楝の花を香しいと言ったりするのも少し面白い。

 この写真は家から1分も歩かないところの街路樹。
 正月の運動不足解消のため少し歩いてパチリとした。 



2026年1月7日水曜日

世の中と戦え

    今年最初に読み終えた本は、適菜収著『徒然草を読め』だったが、読後、「乱読&積んどく」にふさわしい本という感想を抱いた。
 「家の作りやうは夏をむねとすべし」で有名な徒然草だが、適菜収氏に言わせると「徒然草は世をはかなんだ老人が仏教思想に基づいたわびさびをおだやかに語った」というイメージは間違いで・・・
 世論に流されるな!
 薄汚い人間になるな!
 高をくくるな!
 知ったような顔をするな!
 不安に支配されるな!
 ひるむな!
 本当のことだけを言え!
・・・と「腐った世の中と戦え」と叫んだ、「徒然草は過激な思想書だ!となる。
 兼好法師は鎌倉時代末期から南北朝時代の人間だが、近代~現在の西欧思想と同じ地平に達していた。

 中学校で「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて・・・」などと暗記したときのイメージとは大いに異なる。
 第52段「仁和寺にある法師・・」は、一人で石清水八幡宮に行ったが、山上の八幡宮を拝まずに、男山のふもとの付属寺院や末社だけを拝んで、これで全部だと思って帰ったことを書いている。その道に通じ導いてくれる人がいたほうがいい・・という。
 自分のことを笑われているような気になった。
 当面は12月20日Das Kapitalで書いた資本論の新たに刊行された草稿を中心とする理論の勉強だが、仁和寺の法師のように「どうせ剰余価値だろう」などと高をくくって解かったつもりにならないようにと自分を戒めたい。

2026年1月6日火曜日

トランプは他国侵攻を止めよ

    2001年9月11日にアルカイーダによる米国同時多発テロがあった。それ自体は全く許せないテロであったが、これをきっかけにアメリカではアラブ系の人々やイスラム教徒に対して、異常なバックラッシュ(反発)が展開された。 
 そういう強烈な国際的ともいえる「世論」というか雰囲気の下でアメリカは、イラクのサダム・フセインが大量破壊兵器(ほぼ核兵器)を隠し持ってテロリストを支援していると喧伝し、2003年3月にイラク侵攻を開始した。
 今頃なぜそんなことを書くかといえば、当時の日本政府も主要メディアもアメリカ発のそういう喧伝を一緒になって拡散していて、私なども、核兵器は別にしても、相当な大量破壊兵器をフセインのイラクは持っているのだろうなあと、なんとなく信じたからである。
 しかし、フセインは2003年12月に米軍に拘束され、2006年に処刑されたが、結局、大量破壊兵器はイラクのどこからも発見されなかった。
 これは後にアメリカ自身も、そして有力な支持国イギリスも「誤った判断によるものだ」と反省したが、日本政府はその支持を一切反省しなかった。
 このとき、一時的とはいえアメリカ発の嘘の情報操作によって、それを信じた自分自身がいたという苦い反省が今も心の底にある。

 さて、この1月3日午前2時、トランプ大統領は議会への通知さえなく米軍をベネズエラへ侵攻させ、マドゥロ大統領夫妻を拘束し、「適切に政権移行できるまでは同国をアメリカが運営する」「米企業がベネズエラの石油事業を立て直し、利益は同国や米国に還元する」などと発表した。
 2003年に騙された私は声を大にして言う。
 これは国際法違反の侵略行為である。主要な狙いはベネズエラの石油利権である。・・と。
 マドゥロの政治如何にかかわらず主権国家に軍事力で侵攻するのは国際法違反である。
 そして「トランプにノーベル平和賞を」と公言していた日本国首相である。日頃「法の支配」などと大見えを切っていたが、現実の問題に直面すると「国際法を守れ」とすら言わない。
 ついこの間まで中国の軍事演習を批判していたのではなかったか。
 この首相は安倍晋三譲りの詭弁の達人だから、もう一度言うが、我われは騙されてはいけない。
 トランプは次はホンキでグリーンランドを取りに行く。

2026年1月5日月曜日

JPCZの復習

    正月2日にテレビの天気予報を見ていると、ごく普通の顔で「JPCZがやってくる」と言っていたので驚いた。JPCZなんてみんな知っているのだろうか。かくいう私は去年の10月までそんな気象用語は全く知らなかった。

 去年の10月24日にこのブログに書いたが、JPCZとは、Japan sea Polar airmass Convergence Zone  日本海寒帯気団収束帯というものらしいが、自分自身の勉強のために、坪木和久著『天気のからくり』にそっておさらいをしておく。

 🔳 冬季、発達した低気圧が日本の東に進み、大陸上に高気圧が発達すると、西高東低の気圧配置となり、大陸から季節風の寒気の吹き出しが起こる。
 このとき日本海上には朝鮮半島の付け根から北陸地方に延びる、ひときわ太い帯状の雲が気象衛星から見られる。これがJPCZに伴う帯状雲で、通常の雪雲の高さならたかだか3㎞ぐらいだが、この帯状雲は5~6㎞にまで達することがあり、線状降水帯と同じような積乱雲が列を成して次々と上陸してくるので強い雪が長く続く。雷も?
 問題?はなぜそういうものができるかということだが、それは朝鮮半島の付け根付近にある白頭山(標高2744ⅿ)を主峰とする、全体では九州と同じぐらいの大きさの大規模な山岳(長白山脈)だ。
 厳冬期の大陸の寒気は日本海上に水のように流れ出すが、寒気は重いので白頭山を乗り越えることができず、東と西に分かれて流れ出し、風下側の日本海上でぶつかり合うことでJPCZが形成される。
 さらにJPCZには直径が数十㎞(ときには直径数百㎞)の渦が発生することがあり、単独、または数個の渦列で、上陸地点に大雪と突風をもたらす。雷も?🔳

 世界的にも有名な日本の大雪の故郷が、実は中国国境の北朝鮮の白頭山だったというのには驚くが、冷静に考えれば、気候も環境もそして文化も、近隣諸国と無関係に孤立しているわけではない。
 空から地球を眺めれば、国境などないとジョン・レノンは歌い上げた。大切な視点と言えよう。

2026年1月4日日曜日

新年宴会


夏ちゃんファミリー、凜ちゃんファミリーと時間差(昼食と夕食)で新年宴会だったから、要するに一日中飲んでいたことになる。

 写真は凜ちゃんファミリーと行なった焚火で、うまく焼けたお餅を凜ちゃんも喜んだ。
 焚火でお餅を焼くなんて、なんと贅沢な・・と勝手に祖父ちゃんも嬉しかった。

 夏ちゃんは、年末に書いた祖父ちゃん自作の箸紙の句について尋ねてくれた。
 季重なり、破調の上に、北風・抗・香・意気地の気とKの韻を踏んだつもりというと、大いに賛同してくれた。

 何か年初から楽しい新年宴会だった。
 
【追加】写真2枚目は12月27日に書いたブロワー。焚火前に掃除をしてくれた。

2026年1月3日土曜日

初詣

   
正月は正月らしくあるのがいい・・・
 なんて・・エラそうな言葉で飾って、実はミーハーそのもの?の初詣に行ってきた。
 商売をしているわけでもなく、稲作をしているわけでもないが、わが家から、自転車→近鉄→京阪で一番行きやすいという極めて安直な考えで伏見稲荷に行き、『しるしの杉』(写真)を戴いてきた。
 ミーハー初詣であるから千本鳥居の先(のお山)は全てエスケープしたが、その代わり?もちろん「お帰り道」の参道でしっかり直会(なおらい)?をして神々と交歓した。
    稲荷は元々「稲成り」つまり稲作の神であるとの説があるから、稲穂の害鳥スズメを懲らしめるのは神意に叶う神事に近いもの・・と言い合って、夫婦でお神酒を舐めて身を清めてきた。
    ああ、今年もこのように軽薄な日々を過ごすことだろう。
    孫たちのためにキツネのお面の煎餅を買い、焼いている職人さんに「小さい頃はほんとうのお面のように大きく感じたものだ」と会話をしたが、今でも心の底では「あの頃はもっと大きな煎餅であったはずだ」と疑っている。
【追記】丸焼きにはスズメとウズラがある。
 ウズラはスズメよりも二回りは大きくてそれだけ身も大きいが、同時に骨も太い。
 丸焼きはどちらかというと骨を齧っているようなものだから、私には、ウズラはもう一つだ。その昔はツグミを売っていたが、今では捕獲が禁止されているので、思い出の先だ。といっても、丸焼きの味はスズメやウズラとそんなに変わらない。
 ツグミの丸焼きは、大きなキツネ煎餅の思い出同様、記憶の世界・・・

2026年1月2日金曜日

きゃぴきゃぴ支持率

    朝日新聞が年末に『ベテラン政治記者が振り返る2025年』という鼎談を掲載したが、その中の、高橋純子編集委員の指摘には少しハッとさせられた。

 「発足後の高市政権だが、歴代屈指の高支持率を維持している。この原動力をどう見る」に対して氏は、「”初の女性首相”は相当大きい。特に若い世代に効いている。原子力空母に搭乗し、トランプ氏の横できゃぴきゃぴされると私は閉口するが、若い世代は”素直でかわいい”と好意的に受け取っているようだ。また、メディアの報道が手ぬるく、”高市アゲ”に傾いている点は見過ごせない。高市氏は安倍晋三の後継者を自任しているぶんメディア戦略を相当練っているはずだが、メディアがそれにまんまと転がされているのではないか。高支持率に乗じた無自覚な報道ぶりには大いに疑問を感じる。」と語っている。

 私が「ハッとした」のは、「何を今さら」と言われるかもしれないが、いわゆる高支持率は一瞬のあだ花ではなく、実際に若い層にはその種の期待というか、親近感があるということだった。高橋氏ではないが私もあの「きゃぴきゃぴ」には、外交以前の、日本人としてのある種の屈辱感のようなものを感じて閉口したが、それが「かわいい」と????

 日々のラジオを聞いていても、ごく普通のトークの中で、「中国(大陸)が台湾の周囲で軍事演習をしているが、いつ沖縄に来るかわからい。怖いことだ。」のような文言がスラーっと出てきている。
 反対にいうと、そんな仮定にどんな根拠があるのか、現実の産業や商業上あり得ない話が普通に話されているメディアの現状に、理性的な人々は”もっと解りやすく話す(反論する)必要がある”ように思う。
 「こんなアホナ世論はすぐに是正される」と何もせずに話す人がいるが、私は少し違うような気がする。
 今年はもっとメッセージの伝え方を熟慮しなければならないと年頭にまず決意。

2026年1月1日木曜日

お飾り

 ① 写真1はわが家の門松。もうこの歳になると歳神さまがお出でくださるのはけっこうなのだがそうもいっておられない。老いもまた自然のことである。
 で、お正月に諸々の目出度い神さまたちに来てもらうためには依代(よりしろ)が必要で、この1対の松はそれである。 

② わが家には日頃、神さまよりも野鳥が訪問してくれる。
 窓ガラスの内側からそれを見ていると心は穏やかになる。
 そんな友人である鳥さんたちのバードテーブルにもお正月のお飾りをしてあげた。日頃のお礼である。
 写真2のようにヤマガラも喜んでいたように見えたが、「こりゃアナンダ」と思っていたのかもしれない。

 

賀正


   「暦が一枚変わっただけで何が目出度い!」 などと言っちゃあお終いよ!の気もするので、
 なので、あけましておめでとうございます。
 「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」(高浜虚子)は、虚子晩年の老境と解説されている。・・と解せば、今年もちっぽけながら信念を貫いて歩んでいきたいものだ。
 とはいえ、「去年今年あっといふまに吾れ老いし」(草間時彦)の方がぴったりな昨今なのであまり自信はない。
 さてさて、その外にも世に名句、名言は多いが、中村哲氏の著書にあった、「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」 を年頭の言葉にしようと思う2026年元日であります。
 今年もよろしくお願いします。