2026年2月20日金曜日

御一新のリアルから

    物事はリアルに理解する必要がある。
 先日来岩波新書の木村哲也著『宮本常一』を読んでいるが、そこに「ナルホド」と思った記述があった。
 宮本常一が、祖父や外祖父から聞いた御一新(明治維新)の聞き書きなのだが、何故反幕府軍が強かったのかという一側面のことだった。
 普通の歴史書なら世界が産業革命にまい進する中取り残された幕府軍の思考や兵器、もっと言えば貨幣経済の時代に乗り遅れた幕府政治や封建制度などなどいろんな切口があっても・・宮本常一の聞き書きでは、少し違って次のようなものだった。
 場所は宮本の故郷長州の周防大島で、幕長戦争の一つの戦場でもあった。
 その頃長州ではそうだったらしく、百姓であった祖父も、さらには祖母も刀や薙刀の稽古をしていたという。
 そういう百姓たちは、昨日まで威張っていた武士に並んで、否、武士以上の働きができる機会だと、嬉々として戦場に出たと記述している。ナルホド、封建制度の崩壊というのはそういう生き生きとしたものでもあったのか。
 唯物史観の理論もそういうリアルな目と合わさって時代を豊かに捉えることができるのだろうと思った次第。
 翻って現代史そのものだが、悪政は必ず矛盾を拡大する。正しい批判は必ず広範な市民の要求と合致するから反撃できる。そのためにも自覚的な人々が自力をつけることが早急の課題だと聞くが、間違ってはいないがリアルな分析ではない気がしてならない。
 野村克也氏の言葉ではないが「負けに不思議の負けなし」だ。
 どの指摘が正しいかどうかでなく、そういう議論をしようともしないリベラルには不満がある。

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