2020年5月30日土曜日

初代天皇とオホモノヌシ

三輪山
   「初国(はつくに)知らししミマキ天皇」(初代天皇ミマキイリヒコ)とされている崇神(すじん)天皇の世に疫病が流行して民が死に絶えそうになった・・というのが、文字(日本書紀)になったこの国の感染症の歴史の初見である。

 崇神天皇が夢占いをしたところ、三輪山の大物主の祟りであること、オオタタネコという人物に大物主を祭らせれば天下は安らぐだろうことがわかった。
 そこで、現堺市にあたる茅渟の県陶邑(ちぬのあがたすえむら)に居たオオタタネコに大三輪のオホモノヌシを祭らせて感染症は終息した。オオタタネコはオホモノヌシの子孫であった。

 オホモノヌシはアマテラスら天津神(あまつかみ)に対する国津神(くにつかみ)の代表である。
 そのオホモノヌシが祟ったというのだから、庶民の生活を軽んじた天皇ら「上級国民」の驕りが厄災の原因だと日本書紀は伝えたのだろう。
 う~む、歴史は奥深い。

 オオタタネコのスエムラは、初期須恵器の圧倒的な生産地であった。現代で言えば最新のコンビナートのようなものであった。
 それは朝鮮半島洛東江流域から渡来した最新の科学者、技術者の大集団であった。
 ますます歴史は奥深い。

 安倍首相ら日本会議の右翼の人々は神話と歴史をごちゃまぜにして古事記や日本書紀を語ることが好きだが、その理解はあまりに浅い。
 前述のように崇神記を読めば、現安倍政権の無策ぶりがよくわかると私は思う。

   久々の自転車に足はフレイル

1 件のコメント:

  1.  崇神記の「国家存亡の危機?」を収束させたのが、どうしてアマテラス(伊勢神宮)ではなくオホモノヌシ(大三輪神社)なのか、考えると非常に面白い。考えないと面白くない。

    返信削除