【関西アクセントは関西人の生活のすみずみに染み渡っていて、関西人の生活と密着している。非常に特徴的なのは、標準語で書かれた文章を読むときも、関西人は標準語アクセント(≒東京アクセント)ではなく、関西アクセントで読むのである。
これは子どもの頃からの習慣で、小学校の国語の授業で音読をするとき、クラス全員が声を揃えて関西アクセントで教科書を読み上げるのである。
この様子を初めて見た他地方の先生方の多くは、かなり驚くそうだ。なぜなら、いくら方言が強い地域でも、教科書を読むときは標準語アクセントで読むからだ。というより、教科書を読むことは、標準語を習得するという意味あいもあるのである。国語の授業が即標準語の学習につながらないのが、関西という土地柄の不思議さである。】
私が義務教育を受けたのは遥か昔のことであるから現代の事情は知らないが、文章の意味を十分に理解し相手にも正確に伝えるためには、関西では、関西アクセントで読むのが最もふさわしいに決まっているから、他地方ではそうでないらしいことだったことの方が反対に大きな驚きだった。
なので、嫁(息子の妻や)婿(娘の夫)に「ほんとうのところどうだった」と尋ねると、やっぱり授業の音読(だけ)では標準語アクセントだったという事実をこの歳になって初めて知って少し感慨を覚えている。
そうしたら「灯台下暗し」で、妻は開発初期の千里で育ったから、金水先生の「関西という概念」の例外で転勤族の多い土地柄だったから、「私らは標準語アクセントで読んでいた」という、これもまた貴重な証言に出くわした。
ならば全くのニュータウンであるこの地で育った孫の夏ちゃんはどうかと手元の本を読んでもらったところ、微妙に関西弁的な標準語というか、標準語っぽい関西弁だった。う~ん。
「蜘蛛に似た雲」「端にある箸」、皆さんどういうアクセントそしてイントネーション?
「大阪ことば」のついでに、妻は「母親が『おけんたい』と言うことがあったが近頃は耳にしなくなった」と私に教えてくれたが、「おけんたい」など私は初耳で全く解らなかった。
そこでいつもの『大阪ことば事典』を牽くと、ケンタイ。当然。平気。オは御ではなく大であろう。[例]そんなこと、オケンタイや(当然すぎるほど当然だ)・・というのが出てきた。
京都弁、あるいは関西~中四国の言葉という文章もネットでは出てきた。
この頃は、よしもと的な芸人の影響で広い意味で関西弁がメジャーになっているが、その本家本元の関西で死語辞典に移されている関西弁も多い。ガンバレ上方落語!
でも、オケンタイ、もう我が子や孫には伝わらないだろうなあ。

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