この看板、町に改修を「お願い」していては遅くなるので、自治会を通じて現物を貰うことにしている。
そこで、頭の中で設計し、強度のために適当な端材を切り出し、腐食防止のためにペンキを塗り、使えそうなネジ釘を探して組み立て、設置した。以上の作業のほとんどは表面的には何も見えない。
結局、町道の写真のカーブミラーや看板はみんな私が設置したものだが、世の中難しいもので、「もし台風の時に倒れて誰かが怪我をしたらどうするねん」という直球の疑問が投げかけられれば謝るしかない。
これに限らず、「何かあったらどうする」は恐ろしい呪いの言葉である。一見「繊細な注意」のように見えて、詰まるところはあらゆる場面で「私はしない。したくない」の逃げ口上に使われている。
何事であっても、何もしない者が責任を問われることはない。
減点方式の成果主義もそんなものだ。
現下の社会や経済の停滞にも大いにそのことが影響しているのではなかろうか。その一端はマスコミにもあるような気がしてならない。
せっかくの植樹の前面に無粋な看板だが、私自身は結構上手く設置できたように思う。

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