クチナシの花に限らないが、この種の白い花の盛りは一瞬だ。365日のうちの2~3日が過ぎればそれは黄ばんでさらに茶色に変色して、「卯の花腐し」の言葉があるようにまるで腐った感じがする。
しかもその盛りが梅雨の最中に起こるから、例の歌謡曲ではないが、クチナシの花はハクモクレンほどの明るさもなく可哀相である。
妻は〽今では指輪も回らぬほど太ってしまったが、それもよし。
クチナシは姿よりも香であり、それは鬱陶しい梅雨空を忘れさせる。
もうひとつ、梅雨というと、象潟や雨が西施のねぶの花 が思い起こされる。
しかし私の印象ではどうも合歓の花はバタ臭く、春秋時代の美人のイメージにつながらない。
昨日今日入って来た外来の洋木の感じがする。
というよりも、大陸の文化は私がイメージする東洋というよりもけっこうバタ臭く、芭蕉翁の感覚の方が素直であったかもしれない。
京劇のそれには侘び寂びは無用かも。
例の「令和の梅花の宴」もそうだが、現代の政府首脳らが「日本の古典だ」と騒ぐ一方で、古典学者は一様に「当時の梅はバタ臭いものの象徴でもあった」と解説している。
まあ京都人が「大阪とは違う」と言っているような差なのかもしれないが。
くちなしの香と晴天とは似合わない
2年前の6月22日かな? 芭蕉の「象潟や雨に
返信削除西施が ねぶの花 」の 句を 載せてくれてましたね? 雨に煙る合歓の花に 伝説上の美女 西施 の事を ノートに 書きとめていたのを 思い出しました。西施の顰みに倣う 等 あの日の 勉強は 何処へです。 でも 梅雨になれば 又 思い出したいです。
読み返すと「同じような季節に(当然か)同じような印象」を書いている、自分の進歩のなさに笑ってしまいます。
返信削除それにしても「ノートに書き留めて・・」は嬉しいような恥ずかしいような・・。
いつも 新しい事 知らない事を 愉しませて貰っています。この句は何故かノートに控えていました。病の姉と向かいあっていた時でした。だからノートから、見つけられて嬉しくなりました(^_^)
返信削除貴重な感想をありがとうございました。
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