2019年10月8日火曜日

窮鳥入懐

   民俗学などというと大袈裟だが「所変われば品変わる」ということを考えるのは楽しいことで、テレビでアグネス・チャンさんが日本に来た当初のことを話していたとき、上野公園の鳩を見て「わあ、おいしそう」と思ったという話もそうだった。

 土曜日に私がベランダに飛び出した折、それに驚いたドバトが反対に部屋に飛び込んできた。
 以前に、駅にいるドバトが車内に飛び込んできて大騒ぎになった時を思い出したが・・・、
 ちなみにドバトはいわゆる伝書鳩が野生化したもので、カテゴリーとしては野鳥には含まれていない。野良鳩?
 それにしても、途方に暮れて窓の外を眺めるそれは可愛いものだった。

   で、私はというとジビエ料理も伏見稲荷のスズメの丸焼きも大好きで、この鳥を料理する方針も一瞬よぎったが、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」との格言を知っているという程度の教養もあり、記念撮影の後窓から逃がしてやった。

 まあ、野鳥の中では大きく見える鳩にしても、このように捕まえると軽く小さい。
 料理にしてもささやかなものだろう。

 小学生のころ夜店で買ってきたヒヨコを育てたことがあり、コケコッコーと鳴く少し前のクワークワーと鳴き始めた頃にカシワ屋さんに(親が)売った。悲しかった。

 人は動物にせよ植物にせよ、「他人の」命をいただいて生きている。食べはしなかったがそれを実感した。
 一般に食料たるその命の交換の瞬間に立ち会う人々の方が素直に自然に感謝し、「それはかわいそう」などと語る先進国の人々の方が自然破壊に鈍感だ。

 ドバトよ、そんなことを忘れないように、時々は遊びに帰っておいで。

3 件のコメント:

  1. 「他人の命をいただいて生きている…それはかわいそうなどと語る先進国の人々の方が自然破壊に鈍感だ」という言葉に150%の同感を覚えます。

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  2. 「人間は何を食べてきたか」というドキュメンタリー番組、1985年に放映されたそうですが、私はこれを万博記念公園内にある「国立民族学博物館」のビデオコーナーで何回も見ています。
     ドイツの農家で一頭の豚を解体、雇われた職人と思しき男性が黙々と作業し、血の一滴も残さず利用し腸詰のウインナーや膀胱を膨らませそこにミンチした肉を詰めたり、ハム、ソーセージを加工していくシーンが淡々と映し出されていきます。そして解体から加工まで一部始終をその農家の子どもがこれもごく当たり前のように眺めており、昨今の女子のようにワーワー。キャーキャー騒がないのが面白かった。

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  3.  スノウさん、ひげ親父さん、コメントありがとうございます。
     どうしても文章にするとエエカッコシイになってしまいます。私はそれほど食についても原則的ではなく、けっこう加工品も食べています。
     また、一坪菜園は無農薬自然農法を毎年心がけるのですが、葉物野菜がボロボロにされたりするとコンチクショーと農薬を使うこともあります。ああ。

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