2019年12月31日火曜日

箸紙と言霊

 時間だけはある身だから、お正月の用意はほとんど済んだので歳時記などを開いてみるとこんなのが目についた。
 太箸や戦後を生きて五十年 多賀谷栄一
 それが75年になろうというのはすばらしいことだが、「戦前」の匂い芬々をどうしよう。
 箸紙に名書かぬ二人暮らしかな 森田 峠
   これもわかる。「去年」までは老人ホームに母の祝箸を持って行ったが「今年」はそれもなくなった。
 子どもたちも元日には来ないからもうやめても良いのだが、五日に予定している「全員集合」にはこれがないと少し寂しい。祝箸と箸紙のことである。

 古く大阪の箸紙は下から上へ入れる形だが、近所のショッピングモールやホームセンターにはそういうのがなく、みんな上から下に入れる東京式である。
 そんなもので私は、毎年末、大阪式のを手作りしている。そして、手作りだから例の「寿」では味がないので、その部分も毎年オリジナルを考えている。
 
 目出度い漢字や二字熟語を考えるのだが、今年はある意味シンプルに『希望』とした。
 歳をとると愚痴や批判の言葉が増えるが、まさか箸紙に『溜息』はないだろうし、自らを鼓舞する意味も込めて『希望』にした。
 これは言霊である。

 世の中はそんなに単純でないことは解っているが、希望を語らない者の上には希望はやってこない。
 明年、私のブログをお読みいただいた皆様の希望が叶えられますように!
 この1年も、ブログご愛読?ありがとうございました。 

2 件のコメント:

  1. ほぼ毎日のブログ更新、本当に頭が下がります。コメント無精の我が身を振り返り反省しきりです。来年もよろしくお願いします。
    追伸:「大山古墳はなぜ巨大化したか」の労作、コピーして読み返します。

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  2.  大山古墳のレジメはプリントアウトしておく価値はあると思います。
     私も今日は「倭の五王」の本を読み返しておりました。
     というのも、12月8日の『古代史に遊ぶ』の記事の最後に書いたように、宮川先生に質問し、「土師ニサンザイ古墳の被葬者は倭王武以外に居ないでしょう」と聞いたことが頭に残っていたからです。
     しかし、仁徳から武烈の記紀の記述はほんとうに解りません。古市と百舌鳥の古墳群は日本国民全体の文化遺産なのですから、丁寧な学術的探究がなされるべきでしょう。
     「現天皇の祖先の墓であるからダメ」というのは改めるべきでしょう。
     科学的(考古学的)に矛盾する『他人の墓』を『〇〇天皇陵』と言い続ける方が冒涜だと思います。
     明年もお付き合いよろしくお願いいたします。

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