2019年12月30日月曜日

桃太郎は盗人?

   倉持よつば著『桃太郎は盗人なのか?』—「桃太郎」から考える鬼の正体—(新日本出版社)を読んだ。
 原本は、2018年度「図書館を使った調べる学習コンクール」文部科学大臣賞受賞作品で、著者(倉持よつばさん)は当時小学校五年生だった。
 お母さんや図書館の司書の方々の大きな協力があっただろうが、私は著者を一人前の大人として読み進んでいった。そして、多くのことを学ばせてもらった。

 驚くほど多くの本を読み、「現地」にも足を運び、多くの人と話して、その都度悩んだこと疑問に思ったことを押さえながら考えを進めていく姿勢はあっぱれである。
 私の好きな古代史の書籍では、大の大人が反対意見や証拠に触れもせず、私に言わせれば思い付きに毛の生えた程度の独断で話を進めている本が少なからずある。
 この本を読んで「思考の訓練」をしてもらいたいと思う。

   そもそも「鬼とは何か」というテーマは私の好きなテーマであり何冊かのその種の大人の本も持っているが、この本で著者が「鬼は神でもある」とたどり着いた場面は立派な民俗学だと感じ入った。

 中身は各自が自分で読んで考えてもらうとして、少しだけ私がよつばさんに教えてもらったことを書いてみると、
 江戸時代の「桃太郎」では、桃太郎は桃から生まれたのでなく、桃を食べたおばあさんが若返って妊娠しておばあさんから生まれている。
 初期には、そもそも桃太郎は怠け者だったという話もあった。
 鬼が島に行くように考えた理由も単純に「宝物を取りに」という方が多かった。
 明治27年尋常小学校教本では「ある日、桃太郎は、ぢゞとばゞとに向ひ、此のころ、鬼ヶ島に、鬼どもあまたうちよりて、人をくるしめ、たから物をかすむるやうすゆゑ、之を征伐したしと、まうし出でたり」となっている。

 よつばさんはそこまで書いてはいないが、教育勅語が出されたのが少し前の明治23年で、明治27年には明治政府は日清戦争を起こしているから、この「桃太郎」の変化は日本の近代史の一側面であろう。
 さて皆さんはどう感じられるだろう。

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