2021年1月7日木曜日

日本政府の対中国外交

   1月5日に「習近平中国の大国主義・覇権主義」という記事を書き、そういう中国の誤った態度がどれほど日本の民主運動、とりわけ日本共産党の運動の発展を阻害してきたかと述べたが、日本のことでいうと、どうしても、大国主義に盲従した一部野党と政権及び与党のことにも少し触れておかなければならない。

 私は今でも覚えているが、毛沢東による文化大革命という暴力的な権力闘争があったとき、これを批判する日本共産党の役員が北京空港などで激しい暴行にも屈せず主張を曲げなかったことに比べ、当時の公明新聞は第一面でデカデカと文化大革命を礼賛し、当時私は奈良市に住んでいたが、後に自民党国会議員になった有名なワンマン市長も礼賛に継ぐ礼賛だった。あまり言いたくはないが当時の社会党は言わずもがなだった。

 次に天安門事件である。民主主義を求める市民の集会に戦車まで繰り出し大量の死傷者を出した、もう虐殺ともいえる事件であった。なんと、そのとき日本政府は弾圧者の側に立っていたことが昨年12月23日に公開された外交文書で明らかにされたのだった。

 1989年6月26日、日本の外務省中国課長と在日中国大使館との懇談で、日本政府(外務省)は中国側に、「(イ)先般の措置(天安門事件での弾圧行為)は中国としてもできれば取りたくなかった、(ロ)今後も合法的民主化要求は受け入れる、(ハ)改革・開放政策堅持、各国との関係発展を期待、といった内容の見解が中国政府より明確にでれば、国際世論の中国に対する悪い印象も幾分かは改善の方向に変わっていく可能性がある」などと“助言”していた。

 その上で、日本政府側が作成したと判断できる「中国政府声明(案)」には、第1項に「今次事態は、純粋に中国の国内問題。一部の扇動分子が、人民共和国の転覆を図ったものであり、(中国共産)党・政府は、これに断固反撃」などと記されていた。

 当時、西欧をはじめ国際世論は「中国政府の人権侵害に制裁を」ということであったが、日本政府は、「人権問題よりも経済」という立場で、国際世論である制裁に単に反対していたというだけではなく、あの野蛮な人権弾圧に、中国政府と同じ弾圧者の側に立って、この文書を書いていたわけである。 

 日本共産党の志位委員長は、「私たちは、日本政府が中国への制裁に反対するなど、中国の人権蹂躙(じゅうりん)には及び腰の態度だと当時から強く批判してきたが、やはりという気持ちで(公開)文書を読んだ」と発言し強く批判している。私もこのニュースには「まさかそこまで」というほど驚いて憤った。 

 翻って現代だが、日本政府の姿勢で一貫しているのは、「中国の内政問題」だと繰り返していることで、いま香港やチベットや新疆ウイグルに対する人権侵害が起こっているのに、日本政府は正面から抗議したり批判したりせず、せいぜい懸念、注視としか言っていない。

 中国政府が世界人権宣言、国際人権規約、ウィーン宣言など人権擁護の諸条約、諸宣言に賛成してきたならば、「人権問題は国際問題」である。決して内政問題などではない。

 このように、中国における人権侵害に対して及び腰の態度が続いているのは非常に重大な日本外交の弱点を示すもので、一方で自主独立の日本共産党の毅然とした姿勢はもっと注目され賛同されてよいと思う。

 かって、日本国内の重大選挙のたびに北朝鮮がミサイルを発射したり、中国が尖閣諸島に侵出したりして、それが大きく反共宣伝に利用されたことが多々あったが、政権与党の「弱腰」は単なる弱腰ではなく、相当したたかな戦略ではないかと私は少し勘ぐっている。

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