2021年1月31日日曜日

疫病除けの勧請縄

   コロナ禍でアマビエなどがいっぺんにクローズアップされたが、そもそも古くから「疫病は外から侵入してくる」という経験知は全国的にあったから、村落内への侵入を防ぐ対抗策もいろいろとあった。例えば「賽の神(さいのかみ)」であったり「勧請縄(かんじょうなわ)」である。

 勧請縄とは、疫病などの災厄が村落内に入るのを防いだり、災厄を賦与して村落から追い出す意味合いで、藁や草で作った縄、人形、わらじなどを村落の境に祀るものである。

 奈良の飛鳥の勧請縄や京都笠置の勧請縄は有名で、昔このブログでも紹介したが、わが家からクルマでなら20分もかからない木津川市鹿背山の集落の入口にもそれはある。

   鹿背山は聖武天皇の甕原(みかのはら)離宮があったあたりで、恭仁京の真ん中に位置する古い集落である。ただ恭仁京は鹿背山のあたりを空けて東西に左京、右京を造った。

   また中世には非常に珍しく武士でない興福寺が築城したとされる鹿背山城もあった。興福寺の後は松永弾正が入り、一国の大名並みの城ともいわれている。しかし現在は、巨大ニュータウンに隣接しながらも、そこだけ歴史が止まったかのような静かな農村に感じられる。

 鹿背山の勧請縄は、呪物もいたってシンプルだが、普通にクルマが走行する道路に堂々とまたがっていて、疫病も侵入するにはちょっとは躊躇しそうな気配が漂っていた。

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