2011年3月25日金曜日

妻は島崎今日子さんのファン

 妻は島崎今日子さんのファンである。
 今朝の朝日新聞の『キュー』も「ほんまにそのとおりや」と言って私に「読んで」と持ってきた。
 《 ・・・この事故に関して情報が規制されていると感じるのは、疑心暗鬼がすぎるか。
 ・・・ジャンクも含め情報の選択権は我々にあるべきだ。
 嫌な空気が流れている。
 私は放射能漏れを知ると新幹線に飛び乗り、関西に来た。以来、どうしようもない後ろめたさから逃れられずにいるが、
  ・・・スーパーモーニングで吉永みち子氏が、「東京から逃げ出した人は無責任だ」と発言したとき、余りにも予想された批判に暗澹たる気持ちになった。
 危機感を訴える人やメディアは「不謹慎だ」「不安を煽るな」とバッシングされる。日常を懐かしんだだけで、「こんな時に」と集中砲火を浴びる。「欲しがりません、勝つまでは」から外れた者は「非国民」と糾弾され、沈黙を強いられるという構図はいつか来た道のままだ。  ライター・島崎今日子 》
 私もこの論に同意する。
 付言すれば、「命がけで原発と対応している人々がいるこのときに、原発の危険性を指摘し過去の原発政策の批判をするのは人でなし」という風潮がメディアからは確実に流されている。
 そして、関西のラジオを(ラジコで)聴いた関東の視聴者から、言葉尻を捕らえたようなクレームが寄せられたと聞くと心が塞ぐ。
 被害者の言うことが何でも正義であるはずがないし、被害者の心は被害者以外には判らないというのもおかしい。
 歴史によると、『自粛、自粛』と言われたときにはその裏で『暴走』がすすんでいる。

1 件のコメント:

  1.  最近歳のせいなのか、テレビにむかって文句を言うようになった気がします、自分の意見と違ったりコメンテーターがあたかも自分の意見が世論であるがごとき言うことああります。例えば国会議員定数と行政改革の一体のものとして捉え議員定数削減(特に比例区)、消費税増税等々枚挙いとまがないが、こんな意見を聞くと我知らず言っています。
     どうにかなるものでもないのに、アホかと思います。
     今日は久しぶりに、釣行しました風が強く冷たかったがそこそこの釣果(ガシラ)に満足です。
     今晩は煮付けで一杯です。

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