2月22日に『追悼』という記事を書き、お開きは君がジョッキを倒しとき と詠んだところ、友人がそれをミニコミ紙に引用掲載してくれた。
いつもながら、プレバトの先生流にいえば「散文だ」ということにされるだろうが、とりあえず追悼句と言わせていただこう。
いつもながら、プレバトの先生流にいえば「散文だ」ということにされるだろうが、とりあえず追悼句と言わせていただこう。
「倒し」が文語の文法上正しいかどうかは大いに悩み調べ返したが、ここは無理でもいいだろうと割り切った。問題は季語である。
私は、それほど季語にこだわる必要があるのか・・と考えている派に近いのだが、そういう制約の中で言葉を探すのが俳句である。野球になぜ3球で三振なのかと言っても始まらないので、そういうルールの下でどう勝つかと考えるものである・・という反論もある。
で、ここはそのことに深入りはせず、有季定形を認めて論を進める。
さて、テーマの現実味からいうと、酔いが回ってテーブル上の酒器を倒す確率でいえば、先ずは「お銚子」である。言葉を選べば、「徳利」がいい。現物よりも言葉の調べでいえば「ちろり」(主にアルミ製の酒燗器)も・・・しかし、これらは季語にない。
「熱燗」などというよい季語があるが、倒すのは話に興じているうちに冷めたお酒であるから、ちょっとそれは事実と違う。そこで見つけたのが「ジョッキ」で、もちろん夏の季語である。
それに、お銚子を1本倒したぐらいなら布きんかティッシュで対応可能だが、けっこう残っているジョッキを倒すとテーブルどころか皆のズボンにまで襲いかかってくるから、それはもう皆がワアー!と叫んで先ずは瞬時に逃げることになる。
「君」の「それ」は、そういう大騒ぎが多かった。そしてそういうシーンは幾らも経験した。
だから誰も「しっかりせい」などと野暮な説教をするでなく、「さあさあお開きお開き」という気分になるのだった。
実に単純な追悼句だが、作者はそんなあれこれを考えてジョッキにしたのだが・・・
PS ミニコミ紙に引用してくれた友人の話だが、制限時間いっぱいの新聞編集作業の大詰めで、若干のスペースが生じ頭を抱えたところ、亡き友がスーッと頭に降りてきて文章ができたらしい。早く逝ったお詫びに舞い降りてきたのだろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿