梅田の地下街へは、大阪中央郵便局が地下に移っていたため導かれるように入って行ったのだが。
そこで見たものは・・・コロナ本番中?でもこうだったのかどうかは知らないが、多くのサラリーマンで飲み屋街が賑わっていたのには少々驚いた。
ほんとうはそれほど驚くことではなく、郊外に「蟄居」していた自分の方がおかしかったのかもしれないが。
だからきわめて個人的には、現職時代の遠い思い出の風景がよみがえってきた。
それは、遠い遠い故郷に帰ってきた浦島太郎の心境だ。
浦島太郎・・といえば、私自身、もう梅田地下街の主人公の感覚はなく、街の観察者という感覚が拭えなかった。
余談ながらここには『○○労組太陽分会』という立派な組合もあった。これは余談。
最後に、帰路は大阪駅か梅田か西梅田か東梅田かで迷い、けっきょく東梅田に向かったのだが、ほんとうの正解は西梅田だった気がする。
方向感覚や土地勘には自信があったはずだが、もうこれでは全くの「お上りさん」だ。
帰宅後、妻は「うめきたを見てきたん?」と尋ねたが、全く外れたところの古い古い飲み屋街だけで帰ってきた。うめきたは鉄ちゃんに任せておこう。
いかんいかん、もっと洒落たお店に行かないと、遠く時代に取り残されていく。
「コロナ蟄居」ばかりしていられない。
昨日29日 元青年だった悪だくみ3人衆で、恩師 故中道先生宅にお線香をあげに行ってきた。ウエストフィールド夫妻と地下街の立派な労働組合のY氏である。もう一人の「ますきち」は2年前に私を無視して旅だった。 先生を偲んで会食している時、サークル「不死鳥」の想い出も当然語り合りあった。元気で長生きしよう。そのためにはもっと「にくらめっこ」になり、自民党の棄民政権に抗おうと、新年あけたら再会しようとなりました。鬼がどこかで「ケタケタ 」笑ってる。
返信削除yamashirodayoriも宣伝しときました。
返信削除元気な便りありがとう! 今度会ったらコメントでも書くようにお勧めをお願いします。
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