2020年01月25日(土)ブログ 『樋口元裁判長が原発を止めた恐るべき理由』
福島第一原発の事故が起きてからこのかた、全国各地で提起された原発訴訟で、原発の運転を止める判決を出した裁判長はたった二人である。
そのうちの一人、元福井地裁裁判長、樋口英明氏は、12月1日に兵庫県内で行った講演で、なぜ裁判所が原発に「ノー」を突きつけたか、その理由を理路整然と語った。
静かな語り口に、迫力を感じ、筆者は思った。ひょっとしたら、福島第一原発事故のほんとうの怖さを、政府も、原子力規制委員会も、電力業界も、そして大半の裁判官も、わかっていないのではないか、あるいは、わかろうとしていないのではないかと。
「二つの奇跡」を樋口氏はあげた。それがなかったら、東日本は壊滅状態となり、4000万人が避難を余儀なくされたかもしれないのだ。
樋口氏は2014年5月21日、関西電力大飯原発3・4号機の運転差し止めを命じ、2015年4月14日には、関西電力高浜原発3・4号機について再稼働差し止めの仮処分を認める決定を出した。電力会社にとっては“天敵”のような存在だった。
樋口氏は原発について、しっかりと情報を集め、冷静に分析したうえで、確信を持って運転停止の判断をしていた。
まず、福島第一原発が、どれくらいの地震の強さを受けたのかを把握しておこう。800ガルだ。震度でいえば6強。
この揺れで、火力発電所と電線でつながっている鉄塔が折れ、外部電源が遮断された。地下の非常用電源は津波で破壊された。800ガルの地震が原発に及ぼす影響の大きさを記憶しておいていただきたい。
福島第一原発は電源のすべてを失った。稼働中だった1、2、3号機はモーターをまわせなくなって、断水状態となり、蒸気だけが発生し続けた。水の上に顔を出したウラン燃料は溶けて、メルトダウンした。
4号機でも空恐ろしいことが起きていた。定期点検中で、原子炉内にあった548体の燃料すべてが貯蔵プールに移されていたため、合計1331体もの使用済核燃料が、水素爆発でむき出しになったプールの水に沈んでいた。
使用中の核燃料なら停電すると5時間でメルトダウンするが、使用済み核燃料はエネルギー量が少ないため4、5日かかる。しかし、使用済み核燃料のほうが放射性降下物、いわゆる「死の灰」はずっと多い。もし、4号機の使用済み核燃料が溶融したらどうなるか。
菅首相の要請を受けて、近藤駿介原子力委員長が、コンピューター解析をさせたところ、放射能汚染で強制移住が必要な地域は福島第一原発から170km、任意移住地域は250kmにもおよび、東京都の1300万人を含め4000万人を超える人々が避難民になるという、恐怖のシナリオが想定された。
不幸中の幸いというべきか、4号機の燃料貯蔵プールは偶然、大量の水によって守られた。ふだんは無い水がそこに流れ込んできたからだ。
原子炉圧力容器の真上に「原子炉ウェル」という縦穴がある。ちょうど燃料貯蔵プールの隣だ。ふだん、このスペースに水は入っていない。
だが、定期点検中だった事故当時、「シュラウド」と呼ばれる隔壁の交換を水中で行う作業が遅れていたため、原子炉ウェルと隣のピットは大量の水で満たされたままだった。そして、そこから、水が隣の燃料貯蔵プールに流れ込んだのだ。
樋口氏は語る。「原子炉ウェルと貯蔵プールは別のプールです。水が行き来することはない。だけど、仕切りがズレた。地震のせいでズレたのか、仕切りが、たまたま弱くて、ズレたのかわからない。入ってきてはいけない水が入ってきた」。
ふだんは無い水がそこにあり、入るべきではないのに侵入した。おかげで、4号機プールの燃料は冷やされ、最悪の事態は免れたというわけだ。このめったにない偶然。「4号機の奇跡」と樋口氏は言う。
もう一つの「奇跡」は2号機で起きた。2号機はメルトダウンし、格納容器の中が水蒸気でいっぱいになり、圧力が大爆発寸前まで高まった。圧力を抜くためにベントという装置があるが、電源喪失で動かせない。放射能が高すぎて、人も近寄れない。
当時の福島第一原発所長、吉田昌郎氏は、格納容器内の圧力が設計基準の2倍をこえた3月15日の時点で、大爆発を覚悟した。のちに「東日本壊滅が脳裏に浮かんだ」と証言している。
ところが不思議なことに、そういう事態にはならなかった。水蒸気がどこからか抜けていたのだ。
「多分、格納容器の下のほうに弱いところがあったんでしょう。格納容器は本当に丈夫でなければいけない。だけど弱いところがあった。要するに欠陥機だったために、奇跡が起きたんです」
福島第一原発事故の放射能汚染による帰還困難地域は、名古屋市域とほぼ同じ広さの337平方キロメートルにおよぶ。それだけでも、未曾有の人災である。
しかし、二つの奇跡がなかったら、被害は国の存亡にかかわるほど甚大だったはずだ。
たまさかの工事の遅れと設備のズレで4号機プールに水が流れ込んだ。2号機の原子炉の欠陥部分から蒸気がもれ、圧力が逃げた。本来ならマイナスである二つの偶然が、奇跡的にプラスに働いた。あのとき、日本の命運は、かくも頼りないものに寄りかかっていたのである。
樋口氏が言いたいのは、原発がいかに危険であるか、もっと知ってほしいということだ。めったに起こらないことが起こっただけと高をくくってはいけない。
原発がある限り、日本が崩壊する危険性と隣り合わせであることを自覚してほしいということだ。
「二つの奇跡」の話、知っている国民がどれだけいるだろうか。そして、原発の耐震設計基準は、大手住宅メーカーの耐震基準よりはるかに低いことを知っているだろうか。
福島第一原発事故では800ガルの揺れが外部電力の喪失を引き起こした。800ガルといえば先述したように震度6強クラスだ。その程度の地震は日本列島のどこで、いつなんどき起こるかしれない。
2000年以降、震度6強以上を記録した地震をあげてみよう。鳥取県西部6強▽宮城県北部6強▽能登半島沖6強▽新潟県上中越沖6強▽岩手県内陸南部6強▽東北地方太平洋沖7▽長野県・新潟県県境付近6強▽静岡県東部6強▽宮城県沖6強▽熊本7▽北海道胆振東部7▽山形県沖6強。これだけある。
ガルで表せば、もっとわかりやすい。大阪府北部地震は806ガル、熊本地震は1740ガル、北海道胆振東部地震は1796ガルを観測している。
三井ホームの耐震設計基準は5000ガル。すなわち5000ガルの揺れに耐えるよう設計されることになっている。住友林業の耐震設計基準は3406ガルだという。
それに対して、原発の耐震設計基準はどうか。大飯原発は当初、405ガルだった。なぜか原発訴訟の判決直前になって、何も変わっていないにもかかわらず、700ガルに上がった。コンピューターシミュレーションで、そういう数値が出たと関電は主張した。
たとえ700ガルまで耐えられるとしても、安心できる設計ではないのは、これまで述べてきたことで明らかであろう。
樋口氏はため息まじりに言った。
「原発は被害がでかいうえ、発生確率がものすごく高い。ふつうの地震でも原発の近くで起これば設計基準をこえてしまう。電力会社は400とか700ガルの耐震設計基準で良しとして、大飯原発の敷地に限っては700ガル以上の地震は来ませんと、強振動予測の地震学者を連れてきて言わせる。信用できないでしょ。“死に至る病”を日本はかかえているんです」
首相官邸の影響下にある最高裁事務総局の意向を気にする“ヒラメ裁判官”がはびこるなか、政府の原発再稼働政策に逆らう判決を繰り返した気骨の裁判官は、原発の危険性について、ここまで掘り下げ、分析したうえで、結論を出していたのだ。
2014年5月、樋口氏が福井地裁の裁判長として大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じたさいの判決文にはこう書かれていた。
「原子力発電は経済活動の自由に属するが、憲法上、生命を守り生活を維持する人格権の中核部分より劣位に置かれるべきもの」
人の生命や生活のほうが、経済活動の自由より大切であると、日本国憲法を根拠に断定した根底には、「原発は被害がでかいうえ、発生確率がものすごく高い」という樋口氏の認識があった。
「3.11の後、原発を止めたのは私と大津地裁の山本善彦裁判長だけ。二人だけが原発の本当の危険性をわかっていた。ほかの人はわからなかった。それだけのことです」
原発はどこも400ガルとか700ガルとかいった低い耐震基準でつくられているが、いまや日本列島全体が、それを上まわる強さの揺れの頻発する地震活動期に入っている。にもかかわらず、経産省・資源エネルギー庁シンドロームにおかされた政府は、電源構成に占める原子力の割合を2030年に20~22%まで復活させるプランを捨てていない。
繰り返しになるが、安倍首相ら政権中枢は、原発のほんとうの怖さをいまだにわかっていない、と断定するほかないだろう。国を滅ぼさないために、憲法改正より先にすることがある。原発ゼロ方針を内外に宣言し、実現のために一歩を踏み出すことである。
薄めても同じ量には変わらない
薄めても同じ量には変わらない
以前フェースブックでこの記事が紹介されており、シェアさせてもらった記憶があつたので確認したところ記録残っていました。1月17日以前の記録はすべて消えていました。残念! 悔しい!
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