6月3日の『今日の大阪ことば』で「妻が『母親が【おけんたい】という言葉を使っていた』と教えてくれたが私は知らなかった」と書いたが、先日、上方文化に造詣が深い友人二人にその話をすると、二人とも即座に「自分からはあまり使わないが知ってはいる」と返事があった。
Kさんは、「母親なんかが日常的には『おけんたいにもの言うて』等と言っていた。相手の発した言葉に対して軽く受け流す、多分に上から目線な言い方だったように感じている」。
Yさんは、「あそこ(家、場所)やったら『おけんたい』や」、「○○さんやったら『おけんたい』や」、「そんなん(行為)『おけんたい』や」というように使っていた・・と。
そして翌日Yさんから、「何処かで聞いた記憶があり一日中探すと『米朝落語』にあった。『百年目』で番頭の隠れ船遊びの中で『障子開け放したら覗かれたらあかんさかい、ピシャッと閉めとき、閉めて閉めて、閉めて。『おけんたい』で行けるのやない世間はばかって行てる花見やないか・・というのがあった」とメールが届いた。
で、なるほどその手があったかと本などを繰ってみると、米朝の『百年目』に「大きな声出したらいかん。迎えに来いでもえぇっちゅうねん。あんだけ『けんたい』に行ける花見やない言ぅたぁるやないか」というのがあり、ネットには「やいやい言いな。『おけんたい(公然と、堂々と)』で行く花見やないとあれほどゆうたぁるやないか」もあったし・・
さらには、『昆陽の御池』に「シ~ッ! 大きな声出しな、『顕態(けんたい)』でやれることやってんのんと違うで」というのと、『注意書』で『ケンタイ=平気・当然・大っぴら。遠慮しないで』まであった。
おまけに桂米紫の『十七蔵』に「『おケンタイ』で浮気がでけるといぅ、これやなんか、今日のお土産でございます。その代わり・・」というセリフと、先と同じ『注意書』があった。・・平気・当然・大っぴら。遠慮しないで・・と。
上方落語は『日本国語大辞典』以上の活きた辞典だが、これを実際の会話の中で使用するには私の「上方文化度」は低すぎる。

0 件のコメント:
コメントを投稿