2026年6月28日日曜日

古事記にハマる

    古事記学会の講演会の三浦祐之(すけゆき)講演が新鮮だったことは、6月23日に「国譲り」という言葉にスポットを当ててブログ記事に書いた。
 そこで講演の翌日に近所の書店の在庫状況をネットで調べたところなかったので、次善の策としてアマゾンをポチッとするとその日の夜遅くに配達されたのが、ちくま新書・三浦祐之著『古事記を読みなおす』であった。

 三浦氏は講演でも「記紀神話などという捉え方をすると大間違いだ」「古事記と日本書紀は大いに異なるものだ」と強調されたが、出雲神話の分量やその視点は書紀とはある意味正反対のよう”でも”ある。
 となると、書紀と同じように天皇から求められて苦労して書き上げたという太安万侶の「序」は序としては偽書であろうと著者はいう。
 そして、古事記は書紀以前にほぼ完成していたが国家には正式採用されなかった。却下された??
 それを、まるで採用されたかのように安万侶は後に序を書いた。・・・面白い。
 それではほんとうに古事記を書いたのは誰か。滅ぼされた出雲に大いに心を寄せて書いたのは誰か。
 私はワクワクして本を読み進めたが、真犯人?にはたどり着けなかった。

 ただ、古代の大豪族は夫々「氏(うじ)の歴史」を持っていた。だから書紀にも「一書曰く」としていろんな説が述べられている。
 昨日の記事を振り返ると、大神神社は伊勢神宮よりも古い(長い)歴史を持っていた。
 古代に大神神社の祭祀を担っていた大豪族は大神氏であった。
 大神神社の大物主大神は出雲の大国主神の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)である」(書紀)と称している。いろいろ推理は広がる・・・・

 「三輪王朝説」でなかっても、古事記がこんなに楽しいものだったとは知らなかったし、楽しい宿題を受け取った気分でいる。

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