6月14日の『伝統という言葉』で、例えば歴代天皇の即位時の装束は「テレビドラマで見るような平安以来の貴族のそれ」 ではなく、明治天皇の前の光明天皇までは「中国皇帝同様の装束」であったことに、たかが明治以降のしきたりを、まるで古代や中世以来の『伝統』であるかのように思わされている『情報操作』に驚いたことを書いた。(以上、前説)
講演の中の一部ではあるが、レジュメには『国譲りという目眩まし』とあって、先生は「古事記にはそもそも「国譲り」なる語は出てこない」として下記のように現代語訳を述べられた。
🔳 ここをもちて、この二柱の神(タケミカヅチ、イツノヲハバリ?)は、出雲の国の伊耶佐の小浜に降り到ると、十掬の剣を抜き、波の穂に逆さに刺し立て、その剣の先にあぐらをかいて座り、そのオオクニヌシ神に問うて、言うことには、
「アマテラス大御神とタカギ神との仰せにより、問いに遣わせなさったのである。なんじが領(うしは)いている葦原の中つ国は、わが御子が支配なさる国であると、おことばを寄せなさっている。そこで、なんじの心はいかがか」と。・・・🔳
このあとオオクニヌシの子のタケミナカタを科野(しなの)の州羽(すわ)の海まで追い、突き殺そうとした・・・
つまり、古事記にあるのは『国譲り』というような平穏なものではなく、まるでプーチンやトランプのような「砲艦外交」「軍事制圧」である。
それを『国譲り』なる語で修飾した文章はほんの一部江戸末期にみられるが、本格的には、近代の、戦前の天皇制を支えた国定教科書によって広められた政治的な呼称である。
以上を踏まえて帰宅してから、千田稔監修の別冊太陽「編纂1300年記念 古事記」を調べてみると、そこには堂々と「大国主神の国譲り」のほか、「国譲り」という文字があふれていた。
昨今、女性天皇はあり得ないとか夫婦別姓はあり得ないという主張が政権主流から喧伝されているが、そしてその根拠のような「証文」として『伝統である』と主張されれているが、よく吟味すればそれらは明治の絶対主義的天皇制のもとで構築された偽りの『伝統』でしかないことが多い。
元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。
男であれ、女であれ、偽りの『伝統』という言葉にひれ伏してはならない。

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