2021年2月14日日曜日

言霊(ことだま)を乗せて

   コロナ下で外出も集合も、いわんや飲食も自粛の生活が続いている。それらは単なる嗜好のものではなく、人間が人間となった基本的要素だと、ゴリラの山極寿一先生は言っておられる。曰く「社交は文化そのもの・・社会的距離を適切に取りながらも、私たちは『集まる自由』を駆使して社交という行為を続けるべきだと思う」

 いわゆる自粛生活で、コミュニケーションの基本のツールは私の場合はメールになっている。電話は少々苦手である。というのも、電話は突然つながって、実は彼我が取り込んでいたりする。実はそういういろいろな事情を超えてしまうからである。「いま電話で語り合ってもよろしいか」とは言うものの、通常は無理をしてでも「いいですよ」となるのが申し訳ない。

 それに比べるとメールは、用事を済ませてから適当に対応できるので私は好んでいる。ただし、「その件は後日にでも」というぐらいの返信はして、全く返信せず無視するような失礼なことはないように対応している。

 しかし「それでいいのか!!!」という大きな反省をいま考えている。言霊である。文字にメールに言霊は乗り移るだろうか。そういう気持ちで文章は作るように強く心がけてはいるが、基本的に言霊は声の方に乗るものだろう。と反省である。

 読経も、祝詞も、会社での辞令も、声を発するから届くので、例えば仏の前に「このお経に貴方の賛辞と我々の決意が書かれているから読んでおいてくれ」と置いておいたのでは伝わらないのである。

 友人にメールが大嫌いな人がいるが、存外彼の方が正しいのかもしれない。大いに反省している。言霊の載っていない文章では人の心は揺り動かない。といいながら、文章にも言霊は乗るはずだと私は信じている。

   ウイルスは肺も心もすり減らし

2 件のコメント:

  1.  昨夜の地震で神奈川に住む息子と東北、関東に在住の仲間(かっての仕事の)にメールを送信し、取りあえずの安否を確認した。以前の大阪北部地震の時はあちこちからお見舞いのメールが来た。
     こんな時のメールほど、便利で有難いものはないと思う。
    近々、LINEグループを作り、何かの時に備えたい。

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  2.  LINE 居酒屋獅子(ライオン)亭もよろしく。

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