1944年、ポーランドの首都ワルシャワで、市民がナチス・ドイツ軍占領に対して立ち上がり、蜂起は60日余り続き、約20万人の犠牲者を出しドイツ軍に鎮圧された。
その「ワルシャワ蜂起」から75年を迎えた8月1日、犠牲者を追悼した記念式典がワルシャワで行われ、ドイツのマース外相も現地を訪れ、当時のドイツ側の行いに許しを乞うた。
またマース外相はポーランドのチャプトウィチ外相と市内のワルシャワ蜂起博物館を訪れ「ドイツの名の下、ポーランドに対して行われたことを恥じている」と述べた。
さらに、ベルリンにポーランド人犠牲者の記念碑を建立することを支持するとも。
あまりに当然のことだが、この報道を知った世界中は、ナチスの加害の歴史に向き合うドイツ政府の誠実な態度を称賛し、間違っても「自虐的だ」などという声は聞こえてこない。
それは国や民族としては同じであっても、戦後のドイツがナチスドイツをきっぱり批判し再出発したからだろう。
山崎雅弘著『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』(集英社新書)で示唆を受けた一つに、「反日」という言葉があえてあいまいに使われているという指摘があった。
その中身は、正確に言えば「反大日本帝国」の問題であることを、「戦後の現憲法下の日本」あるいは「現在の日本人」であるかのようにぼやかしているところに大きな危険性があるということだ。
戦前の大日本帝国の指導者が行った弾圧や侵略の問題を批判し、この国土を引き継いだ国の国民としてそれらを反省することに何の問題があろうか。戦後ドイツの爪の垢でも飲むがいい。
まじめな国民を「反日だ」「自虐だ」と主張している人々こそ、その内実は「親大日本帝国」であり、「戦後現憲法下の日本に反対」なのだということだ。
「戦後レジームからの脱却」をいい、現憲法を「恥ずかしい憲法」だと言い放った安倍首相らの「自虐」の中身はそういうものである。
戦後憲法を羅針盤にするならば、彼らが「反日だ」という日本人こそ真の愛国者であろう。
戦後憲法を羅針盤にするならば、彼らが「反日だ」という日本人こそ真の愛国者であろう。
徴用工でいえば、世界文化遺産に登録された軍艦島を見よう。
日本人は高台あるいはアパートの高層に住み、海が荒れれば潮が上から降ってきて浸水するようなところ(塩降街と呼ばれていた)には強制連行されてきた朝鮮人や中国人捕虜が住まわされていた。
ドイツの外相ではないがそういう事実を誠実に反省して徴用工問題等の外交に臨むのが民主主義国家ではないか。
「8月や6日9日15日」という名句がある。冷静に、ワルシャワを訪れたドイツ外相と戦後ドイツに思いを馳せて歴史を振り返ろう。
そうですね、こんな時だからこそマスコミは「反日」という言葉の正確な意味、使い方を認識すべきですね。
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