イタリア暮らしの長い?ヤマザキマリさんの著書の中に、宿をとってあげた日本人男性とのメールのやりとりの中で、「ママも賛成といっています」というので、「お母さまとの旅行楽しんでください」と応えると、「ママって妻のことです」と返ってきた話があった。
ヤマザキさんはそれを、「子どもを産んだ女性は主たる性格が母親になるからだろうか」というような分析をしていて、少し納得したが、違う角度からいえば日本語の表現に行きつくと思う。イタリアではそんなことはありえないらしい…?
そもそも表意文字、漢字文化圏では言葉の一つ一つに古い時代の古臭い概念やイメージが強くついているものだから、会話ベースで「妻」や「夫」がなかなか広がらないということがある。
実際会話の中でお相手の配偶者を何と呼ぶかについては、成熟した答はなかなかない。「お連れ合いさん」ということばにも腕白小僧が友だちのことを「ツレが・・」というマイナスイメージも感じたり。
そして、少なくない企業文化の中に、「課長さん」「主任さん」みたいに役職名を使用する文化が圧倒的に広がっていることもある。
そこで「もしもし、そこのお母さん!」と呼び止められて、「私はあんたなんか産んだ覚えはないわ」と怒るのは筋違いで、「そこの、社会階層でいえばお母さんに分類される年齢みたいな女の方」と呼びかけられているのであるが、それを家庭内に適用すれば、夫から見ての妻ではあっても、「主たる社会階層でいえばママ、お母さん」となるのである。
そういう文化の延長かも知れないが、大阪近辺では妻のことを「嫁はん」と言ったりする人も少なくなく、テレビの芸人もよく使っているが、先日テレビのプレバトで夏井いつき先生が生徒?に対して、「嫁というのは息子の妻のことじゃ!」と言葉の使い方を叱っていて大笑いをした。


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