2026年10月26日月曜日

本歌取り

    先日私は「君が代」の歌について、高三隆達(たかさぶりゅうたつ)は古今和歌集の詠み人知らずの「我が君は」の一首を本歌取りしたのだろうと書いたが、そもそも私は和歌については全くの門外漢で、私のこの感想が正しいのかどうかは自信がない。
 ということで後先が反対になったが、岩田正著『短歌のたのしさ」を書架の奥から引っ張り出してきたところ、本歌取りについてもいろいろ解説があるのだが、次の文章が私には気に入った。

 🔳 本歌取りは、なにも短歌から短歌へとはかぎらない。芭蕉の名句、
     時鳥啼くや五尺のあやめ草
は言うまでもなく王朝時代の「古今和歌集」恋歌に載る「詠み人しらず」の名歌、
     郭公(ほととぎす)なくや五月(さつき)のあやめ草あやめも知らぬ恋をするかな
から来ていることは周知の事実である。 この芭蕉の句はまことに驚くべき俳句で、この歌の上三句をただ「月」を「尺」に変えただけで、そっくり借用して俳句にしてしまっている。驚くべきことである。
 ・・・本歌取りは、あくまでも原作の句調や韻律や言葉をとってきても、趣や内容の全く変わった別の世界の作品に仕立てあげねばならない。換骨奪胎という言葉もあるとおり、それはたんなる焼き直しではないのだ。・・・🔳

 「我が君は」を「君が代は」に換骨奪胎したのは、もしかしたら高三隆達以前の、例えば梁塵秘抄の中の名もない歌い手、芸能者であったかもしれないが、「流行歌」に仕上げたのは高三隆達その人だろう。
 「それくらいの言い換え」などと言うなかれ。「月」と「尺」の俳聖を思うべし。
 とすると、「君が代」についての政府見解のなんと非文学的なことよ。

 🔲 Xの「ノジ子@nojiko_muse」さんの投稿に次のようにあった。
 君が代、現代語訳を見た瞬間、印象ひっくり返った。
 りくりゅうの金メダル表彰式で、スクリーンに英語とイタリア語の訳が出てた。
 意味がこれ。
 「あなたの命がどうかいつまでも長く続きますように。
 小石が積もって岩になって、苔が生えるほどに、あなたの命が長く続きますように。
 そして幸せでありますように」🔲

 それでいい・・・・・・・!

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