この歌、元は1912年(大正元年)の尋常小学唱歌。
だが昭和30年代頃から野鍛冶は各地の農村から消えていき、鍛冶屋が作業場で槌音を立てて働く光景が、児童には想像が難しくなり、昭和52年には文部省の学習指導要領から削除され、昭和60年にはすべての教科書から完全に消滅した。
🔲以下がオリジナルの歌詞である。
1 暫時(しばし)も止まずに槌打つ響
飛び散る火の花 はしる湯玉
ふゐごの風さへ息をもつがず
仕事に精出す村の鍛冶屋
2 あるじは名高きいつこく老爺(おやぢ)
早起き早寝の病(やまひ)知らず
鐵(てつ)より堅しと誇れる腕に
勝りて堅きは彼が心
3 刀はうたねど大鎌小鎌
馬鍬に作鍬(さくぐは) 鋤よ鉈よ
平和の打ち物休まずうちて
日毎に戰ふ 懶惰(らんだ)の敵と
4 稼ぐにおひつく貧乏なくて
名物鍛冶屋は日日に繁昌
あたりに類(るひ)なき仕事のほまれ
槌うつ響にまして高し
🔲歌詞の変遷
農具など野道具や山道具を製作する職人を「野鍛冶」と呼ぶ。この歌の主人公である老職人も、歴史に名が残るような刀鍛冶ではなく、地域の農民とともに生きる無名の野鍛冶である。しかし彼は武勇のための兵器ではなく、民衆が平和時に生産に励むための農器具を鍛える自己の職業をかえって大いに誇りとし、勤勉に日々の労働に没頭している光景が初出時におけるこの唱歌の描く情景であった。
だが1942年(昭和17年)3月刊の「初等科音楽(二)」に収録の際には、平和を歌う三番以降の歌詞の後半が戦時下の国策に不適当として教科書から削除され、戦後も復活することがなかった。
そして戦後の昭和22年には文語調が子供には難しいとの理由から、題名が「村のかじや」と平仮名表記にされるとともに、「刃物」が「鋤鍬(すきくわ)」と変更されるなどさらに手が加えられ、最終的な歌詞は以下のようになった。用語を平易なものに書き換え、特に歌の後半部分が切り落とされたことで、本来の歌の核心であった平和賛歌・労働賛歌としての性格が失われた改変過程には異論もある。
🔲昭和17年の改定後の歌詞
1 しばしも休まず槌打つ響
飛び散る火花よ はしる湯玉
ふゐごの風さへ息をもつがず
仕事に精出す村の鍛冶屋
2 あるじは名高いいっこく者よ
早起き早寝のやまひ知らず
鐵より堅いとじまんの腕で
打ち出す刃物に心こもる
🔲昭和22年改定後の最終的な歌詞
1 しばしも休まず槌うつ響き
飛びちる火花よ はしる湯玉
ふいごの風さえ息をもつがず
仕事にせい出す村のかじ屋
2 あるじは名高い働きものよ
早起き早寝のやまい知らず
永年きたえたじまんの腕で
うち出す鋤鍬 心こもる
飛び散る火花よ はしる湯玉
ふゐごの風さへ息をもつがず
仕事に精出す村の鍛冶屋
早起き早寝のやまひ知らず
鐵より堅いとじまんの腕で
打ち出す刃物に心こもる
飛びちる火花よ はしる湯玉
ふいごの風さえ息をもつがず
仕事にせい出す村のかじ屋
早起き早寝のやまい知らず
永年きたえたじまんの腕で
うち出す鋤鍬 心こもる

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