別に意識もせず、今のクルマは長い間乗ってきたとは思っていたが、いざ思い出してみると16年間も乗ってきていた。
そこで走馬灯のように記憶を探ると、このクルマを買ったときは息子も娘も結婚していなかったし、もちろん二人の孫は影も形もなかった。短いようで長いともいえるのが人生かもしれない。
そして、このクルマは、二人の親の介護や看護などにもよく走ったことを思い出した。
ただの実用のクルマであったが、そう思うと長期間の友人でもあった。
そこで「とき」をひっくり返して次のクルマを何年乗るだろうかと考えると、16年先は免許を返納しているかもしれない。
客観的にはそうだろうから、クルマのディーラーも、「リースもあります」とか「買取保証もあります」などと、先の長くない何となく寂しい「提案」もしてくる。
そういう年齢だ!というのが客観的な自分の位置である。認める認めないにかかわらず客観的にはそうなのだ。
そこでたどり着いた結論が、期限なしの文句なく購入という判断で、ミソは、孫の夏ちゃんが「祖父ちゃん頂戴」と言ってきたらプレゼントしてあげようという結論だった。
それが良い。 時よ止まれ! おまえは美しい!

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