当初アメリカは「イラン軍が爆撃した」と公表していたが、ニューヨークタイムスが報じたところでは、アメリカ軍のデータが古くて軍事施設と設定されていたので起こった誤爆だったという。
入力されたデータで発射されるミサイルという何とも「乾いた」恐怖を覚える。現代の戦争は戦場から遠く離れた指令室のデータが独り歩きする。
きっと、誤入力に関連した人間たちはそれほど胸を痛めていないことだろう。現代戦争の恐ろしいところである。
いわゆる西側ながらイランの友好国と言われていた日本では、このニュースは瞬く間に「古いニュース」となり、テレビは「ガソリン代の予想屋」と化している。
確かに石油は産業の大きな要素だが、私はそれと同時に授業中にミサイルで殺された児童たちの代わりに怒り続けたい。
その子どもたちの遺体らしい白布の並んだ写真がフェイスブックにあったのでシェアしたところ、旧フェイスブック社であるMeta(メタ)社から「その写真はAIのファクトチェックで正確でないとなったので貴君(私)のフェイスブック記事の公開の順位を大幅に下げる」と連絡があった。
もし正確でない写真であったのならと反省もするが、本末転倒のAIにも怒りが湧く。
慎重になることと委縮することは同じでない。
物の本質を突いた意見は言い続けなければならない。言い続ける。
春愁い 児の殺されしは 事実なり

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