2018年6月30日土曜日

夏越し茅の輪

   時の速さを嘆く自分を嘆きたい。もう半年が経った。
 夏越の大祓(なごしのおおはらえ)の今日30日は所要があるので、前々日に大神(おおみわ)神社に参ってきた。
 ここはいろんな意味で古式を残しているので面白い。

 実母が生存中は大祓の人形(ひとがた)なんて低俗な呪い(まじない)みたいで嫌いだったが、どういう訳か今は普通に孫の人形を納められる。私も変わった?
 といって、ご利益だとか罰が当たるだとかお祓いだとか背後霊だとかの迷信やスピリチュアルなどは一切信じていないし、現実社会でそれらがもっている負の要因を批判している。

 以上を大前提に、拝殿に進むと、ご承知のとおりここ(大神神社)には本殿はなく、『三ツ鳥居』を通して三輪山自体を拝するというのは伊勢神宮よりももっと古式を残している証しである。
 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)というのもその名からすると造物主というか創造神だろう。
 大物主大神と大国主神(おおくにぬしのかみ)との教義上の理屈(関係)(大物主大神は大国主神の幸魂、奇魂である=書紀)はさておき、参拝時に「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守給(まもりたまえ)幸給(さきはえたまえ)」と三度唱える。
 少しの解説を知るならば、仏像の前に書かれている「オンコロコロ・・・のご真言」よりは私には解りやすい。

 そして茅の輪くぐりだが、先のとおり大神神社といえば『三ツ鳥居』で、別名三輪鳥居というように古書にも「一社の神秘なり」とある。
 写真のとおり、それに対応した独特の茅の輪である。つまり、だから私もわざわざここまで実見しに来たわけである。
 真ん中の茅の輪の上には杉、右の茅の輪の上には松、左の茅の輪の上には榊という、三霊木が掲げられている。
 平安時代の書には「三輪の明神は社もなく祭の日には茅の輪を三つ作りて・・それをまつる」とあるらしい。
 有名な「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶといふなり」という古歌を声を出して歌いながら8の字形にくぐって帰ってきた。

 このように、いろんな意味で遠い先祖がどんな恐れや願いを込めて生きていたかが察せられるので寺社巡りは楽しい。
 ただ、神社本庁・日本会議の民主主義否定、戦前(歴史とも伝統ともいえないほどのあだ花のような一時期)復古の活動は許容できない。私宛に大祓の案内が来るそこそこ有名な神社があるのだが、日本会議のパンフレットが同封されていたときからは赴いていない。

   「祓」と書かれた団扇があった。
 「知らず識らずのうちに心身についた罪禍事を、この団扇を扇げば吹き飛ばしてくれる」らしい。
 あまりに単純明快な連想に私は笑った。そして写真のとおり一つ求めた。
 この団扇、平和行進に持って行こう。何を吹き飛ばしたいかって? 言わずと知れている。

   祓えとふ最古の社の団扇あり

4 件のコメント:

  1. うっとおしい世事を祓う様な気持ちなる記事を読まして頂きました。有難う御座います。

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  2.  スノウさん、ありがとうございます。片面に「なくそう核兵器」片面に「祓」の団扇を作った。軽いジョークだが大物主大神も笑って許してくれるだろう。「俺の造った国土をこれ以上壊さないでくれ!」と。

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  3.  部屋の片づけや雷雨が来そうなので近くの神社の「大祓え」にもお参りしませんでした。そのかわりいつも行く和菓子屋さんで「水無月」を買い美味しくいただきました。
     それから今年の「愛染さん」は露店を締め出し、宝恵かごの道中もなし、愛染娘の募集もせず、と急な変更があったそうです。何でも若者が騒ぎ、近所からクレームが出たそうですが「え~ほんまかいな」と思うような対応です。徳島の阿波踊りも何やら揉めている様で、大きな祭りにしたい、観光客を呼び込みたい、という儲け主義が暴走しているのかもしれません。

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  4.  水無月は私も食べました。妻が「この日に水無月を食べるのは関西だけらしい」と言いました。
     愛染さんのニュースは夕方のニュースで度々していました。暴走する青少年に街中が手を焼いているようです。都会というものの病かも知れません。
     阿波踊りは市長派と反市長派の喧嘩みたいですね。

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